説明

球状黒鉛鋳鉄用Bi系接種剤およびこれを用いる球状黒鉛鋳鉄の製造方法

【課題】Biの歩留まりを安定的に向上させ、黒鉛粒数を増加させ、厚肉鋳物でもBi接種効果を十分発揮させることが可能となるBi系接種剤を提供する。
【解決手段】球状黒鉛鋳鉄の鋳鉄溶湯に接種を行うためのBi系接種剤であって、Biと、Ni、Cuのいずれか1種または2種とを含む混合物または合金であることを特徴とする、球状黒鉛鋳鉄用Bi系接種剤とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、球状黒鉛鋳鉄用Bi系接種剤およびこれを用いる球状黒鉛鋳鉄の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1に記載されるように、球状黒鉛鋳鉄の製造では、鋳鉄溶湯(以下、単に、溶湯ともいう)に黒鉛球状化剤(以下、単に、球状化剤ともいう)および接種剤が添加される。
球状化剤として、Mg、Mg系合金、Ca系合金、REM(希土類元素)系合金、Si系合金が実用され、中でもMg、Mg系合金が最も多用されている。
【0003】
接種は、黒鉛粒数を増加し、機械的特性を向上させたり、チル化の防止やまた異常黒鉛の発生防止を目的として行われる。接種剤としては主にフェロシリコン(Fe-Si(Ca含有))が使われ、その添加量はSi量で0.4%以下である。
一方、Biについては接種剤としての作用効果があることが知られている(特許文献1〜3)。
【0004】
特許文献1では、遠心鋳造製複合ロールの内層にするダクタイル鋳鉄の溶湯組成にB:0.0005〜0.05%の限定を加えた理由として、微量のBi添加は黒鉛を微細晶出させる効果があり、黒鉛粒数が増加するが、過量添加では黒鉛量が減少し、鋳鉄の脆化をもたらす傾向が顕現する旨述べている([0017])。
特許文献2では、遠心鋳造製圧延用複合ロールの内層組成の限定要件にBi:0.001〜0.05%を加えた理由として、有害元素として位置づけられているBiについて、溶湯中に微粒子として分散し、溶湯とこれらBiの液相との間に新たな界面を多数形成することに着目して実験を行い、過少では黒鉛の均一微細分散効果が少なく、過多ではBi含有炭化物の生成により材質が脆くなる知見を得た旨述べている([0012])。
【0005】
特許文献3には次の諸点が記載されている。すなわち、Bi添加の効果が著しく認められるのは小物鋳物に限られ、圧延用ロールのような大型鋳物では黒鉛の微細晶出効果はほとんど認められなかった点([0014])、その理由としてBiの添加のみでは鋳造後の凝固まで(黒鉛が晶出するまでの間)Biの効果が持続する時間が極めて短く、大型鋳物においては、鋳造後、凝固時間が多く要するためその効果を奏し得ないと予想される点([0014])、これに対し同文献記載の発明では、微量のBi(Bi:0.0005〜0.05%)と同時に、SnまたはSn+Cuを適量(Sn:0.01〜0.2%、Cu:0.1〜2.0%)含有させることで、それらの相乗効果によって、圧延用ロールのような大型鋳物でも黒鉛の微細晶出効果が顕著に認められるようになると共に、凝固速度の特に遅い圧延用複合ロールの内層の上軸端部に発生していた異常黒鉛(チャンキー黒鉛)の発生を防止でき、内層の強靭性を大幅に上昇させることが可能になった点([0015])である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3002392号公報
【特許文献2】特開2002−317237号公報
【特許文献3】特開2005−270991号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本鉄鋼協会編「第3版鉄鋼便覧第V巻、鋳造・鍛造・粉末冶金」昭和57年(1982)10月1日、丸善発行、p.76〜92
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし上記従来の、Biのみを用いた接種技術では、Biの歩留まりが低く不安定である、黒鉛粒数の増加効果が不安定である、特に厚肉鋳物(ロール軸材)では効果が現れにくい、といった課題があった。このような、Biの接種効果が不安定であるという課題は、特許文献3の技術をもってしても、十分に解決されたとは言い難い。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、前記課題を解決するために実験・検討を重ねた結果、Bi系接種剤として、BiをNiおよび/またはCuと混合した、あるいは好ましくは合金化した、ものを使用することにより、Biの歩留まりを向上させ、黒鉛粒数を増加させ、厚肉鋳物でもBi接種効果を十分発揮させ得ることを見出し、本発明をなした。
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
(1) 球状黒鉛鋳鉄の鋳鉄溶湯に接種を行うためのBi系接種剤であって、Biと、Ni、Cuのいずれか1種または2種とを含む混合物または合金であることを特徴とする、球状黒鉛鋳鉄用Bi系接種剤。
(2) Bi含有量が質量%で0.1%以上40%未満である前記(1)に記載の球状黒鉛鋳鉄用Bi接種剤。
(3) 前記Bi系接種剤に、さらに質量%でMg:0.5%以上30%以下を含有させてなる前記(1)または(2)に記載の球状黒鉛鋳鉄用Bi接種剤。
(4) 球状黒鉛鋳鉄の製造方法において、鋳鉄溶湯に添加する接種剤の少なくとも一部として前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の球状黒鉛鋳鉄用Bi系接種剤を使用することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【0010】
前記(4)においては、使用する接種剤を黒鉛球状化剤と共に鍋内に設置し、該鍋内に鋳鉄溶湯を注湯するのがよく、あるいは、鋳鉄溶湯への接種剤の添加時もしくは添加直後に鋳鉄溶湯を攪拌するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、Biの歩留まりを安定的に向上させ、黒鉛粒数を増加させ、厚肉鋳物でもBi接種効果を十分発揮させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】Bi接種による黒鉛粒数増加機構の予想図
【図2】Niを含有するBi系接種剤の効果の予想図
【図3】実施例における実験の概要を示す模式図
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、溶湯へのBi接種(Bi系接種剤添加の意、以下同じ)が黒鉛粒数を増加させるメカニズムを図1のように予想した。すなわち、Biは溶湯2に溶けず液体Bi粒子1として2相分離して溶湯2中に浮遊する特異な元素であり、液体Bi粒子1が黒鉛3の核生成物質として作用していると考えられる。
Bi接種後の溶湯中Bi濃度は数10ppm以下と極めて低く、その分散状況については未だ詳細は不明であるが、本発明者らは、Biの分散粒子間がNiおよび/またはCuで埋まった形態を有する混合物もしくは好ましくは合金(Ni‐Bi合金、Cu‐Bi合金、Ni‐Cu‐Bi合金のいずれか1種または2種以上であり、あるいはさらにMgやSiを含有してもよい)を、Bi系接種剤として用いることで、溶湯中で液体Bi粒子をより微細に安定して分散させることができ、さらには、従来と比べ溶湯中の核生成サイトを減らすことなくBi添加量を低減できるため、黒鉛の形状悪化やザク欠陥等の品質問題も解決されることを究明した。
【0014】
前記Bi系接種剤を用いることによる効果は次の如く予想される。例えばNiを含有するBi系接種剤が溶湯中で溶融する際、BiとNiは互いに溶融し、Ni-Bi融液(合金)となる。次にこのNi‐Bi融液はFeを主成分とする溶湯中へ分散していくが、その際、図2(a)に示すようにNi‐Bi融液4からはNiが溶出するためその界面反応に伴いNi‐Bi融液4と溶湯2との界面張力は大幅に低下する。溶湯中のNi‐Bi融液は準粘性領域での分散液滴とみなせるため、その液滴径は乱流の渦のエネルギー消散密度の1/2乗に反比例し、界面張力に比例することから、界面張力の大幅な低下により、Ni‐Bi融液4はより細かく分散する。さらに、図2(b)に示すように、分散された微細なNi‐Bi融液4からはその後もNiが溶出するため体積が縮小し最後はさらに小さな液体Bi粒子1が生成する。また、Ni-Bi融液の周囲にはNiの濃化層が形成されるため、黒鉛核の生成温度が高くなり、結果として、黒鉛の核生成能が向上する。なお、Biと組み合わせる元素として、Niに代えてあるいは加えて、Cuを用いても同様の効果が期待できる。
【0015】
もっとも、Bi系接種剤中のBi含有量(質量%)は、0.1%以上40%未満とするのが好ましい。これが0.1%未満では、NiやCuの添加量が多くなり、実質的に本技術の適用が困難であり、一方、40%以上ではBiの微細分散が困難となるためである。
また、前記Bi系接種剤中に、さらに質量%でMg:0.5%以上30%以下を含有させると、Mgの爆発的な反応でNi-Bi融液がより微細に分散されるため好ましい。
【0016】
前述のように、本発明のBi系接種剤は、混合物であるよりも合金である方が、Bi接種効果の更なる安定化の観点から好ましい。かかる合金の好ましい組成(成分含有量;質量%)は次のとおりである。
・Ni‐Bi合金の場合:Bi:0.1%以上40%未満、Mg:0(より好ましくは0.5)〜30%、Si:0〜50%、残部Ni及び不可避的不純物
・Ni‐Cu合金の場合:Bi:0.1%以上40%未満、Mg:0(より好ましくは0.5)〜30%、Si:0〜50%、残部Cu及び不可避的不純物
・Ni‐Cu‐Bi合金の場合:Bi:0.1%以上40%未満、Mg:0(より好ましくは0.5)〜30%、Si:0〜50%、Cu:1〜50%、残部Ni及び不可避的不純物
本発明の製造方法では、鋳鉄溶湯に添加する接種剤の少なくとも一部として本発明のBi系接種剤を使用する。本発明のBi系接種剤は、単独で使用することができるが、他の接種剤、例えば従来から主に使用されているフェロシリコン等と併用することもできる。溶湯組成は通常のものでよい。
【0017】
溶湯への好ましい添加方法としては、置注法(非特許文献1、p.81参照)が挙げられる。すなわち、使用する接種剤を球状化剤と共に鍋(取鍋)内に設置し、該鍋内に鋳鉄溶湯を注湯するというものである。なお、球状化剤は従来から実用されているものでよい。置注法では、球状化剤の爆発的な反応により鍋内溶湯が攪拌されることで添加物質と溶湯との反応が促進されるので、溶湯を攪拌する攪拌手段は別に必要とされない。また、置注法以外の方法も採用できるが、その場合、溶湯への添加時もしくは添加直後に溶湯を別の攪拌手段で攪拌することで添加物質と溶湯との反応を促進させる必要があり、かかる別の攪拌手段として、機械式攪拌、ガスバブリング、あるいは注湯流への添加などが挙げられる。但し、前述のMg含有接種剤では、攪拌を省略することも可能である。
【0018】
また、溶湯へのBi系接種剤の添加量は、該溶湯から鋳造される鋳物製品中のBi含有量(質量%)が0.0005〜0.0025%となるように決定するのがよい。
【実施例】
【0019】
実施例として次の鋳造実験を行った。この実験では、図3に示すように、高周波溶解炉5(定格溶解量30kg)で溶製した通常の鋳鉄溶湯組成範囲内の組成を有する溶湯2(溶湯重量21kg)を、Mg処理用鍋6に注湯し、置注法にて球状化処理および接種を行った後、Yブロック鋳型7に鋳込んで、図3に寸法を示すYブロック鋳物11を鋳造した。鋳込温度は1330〜1380℃とした。
【0020】
置注法は、次の各水準で行った。
(水準1) Mg処理用鍋6の鍋底に設けたポケット内に、注湯に先立って、球状化剤8としてMg合金と、接種剤9としてフェロシリコンとを設置し、その上をカバー材10で被覆しておく。球状化剤8と接種剤9とは、溶湯中の含有量(質量%)が、球状化剤Mg合金では1.6%(Mg 0.08%相当)、接種剤フェロシリコンでは0.27%(Si 0.2%相当)となる量だけ設置した。
(水準2) 水準1において、さらに、球状化剤8と接種剤9との間にBi系接種剤9Aとして金属Biを、溶湯中の含有量(質量%)が0.005%となる量だけ設置した。それ以外は水準1と同様とした。
(水準3) 水準2において、Bi系接種剤9Aとして金属Biに代えてNi-Bi合金(Ni-1.0Bi(数値単位は質量%))を、溶湯中の含有量(質量%)が0.5%(Bi 0.005%相当)となる量だけ設置した。それ以外は水準1と同様とした。
(水準4) 水準2において、Bi系接種剤9Aとして金属Biに代えてCu-Bi合金(Cu-1.0Bi(数値単位は質量%))を、溶湯中の含有量(質量%)が0.5%(Bi 0.005%相当)となる量だけ設置した。それ以外は水準1と同様とした。
(水準5) 水準2において、Bi系接種剤9Aとして金属Biに代えてNi-Cu-Bi合金(Ni-40Cu-1.0Bi(数値単位は質量%))を、溶湯中の含有量(質量%)が0.5%(Bi 0.005%相当)となる量だけ設置した。それ以外は水準1と同様とした。
(水準6) 水準2において、Bi系接種剤9Aとして金属Biに代えてNi-Mg-Bi合金(Ni-5.0Mg-1.0Bi(数値単位は質量%))を、溶湯中の含有量(質量%)が0.5%(Bi 0.005%相当)となる量だけ設置した。それ以外は水準1と同様とした。
(水準7) 水準2において、Bi系接種剤9Aとして金属Biに代えて金属Biと金属Niとの混合物(Bi質量/Ni質量=1/99)を、溶湯中の含有量(質量%)が0.5%(Bi 0.005%相当)となる量だけ設置した。それ以外は水準1と同様とした。
【0021】
得られたYブロック鋳物について、次の調査を行った。
(A)化学分析により組成を調べた。その結果を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
表1の鋳物中のBi量と前記溶湯中のBi含有量(Bi歩留まり100%とした場合のBi含有量)とを見比べると、本発明例では、比較例に比べBiの歩留まりが高くなっている。
(B)Yブロック鋳物の底からの高さが65mmの部位から試験片を採取して、研磨面(ノーエッチ)の光学顕微鏡観察による黒鉛粒数密度の測定、並びにYブロック長手方向の引張試験(試験片直径10mm)による引張強度TS及び伸びELの測定を行った。その結果も表1に併せて示す。
【0024】
表1に示すように、本実施例において、Bi系接種剤を添加していない水準1(比較例)では、チャンキー黒鉛が発生し、黒鉛粒数密度は著しく低く、伸びが低位であった。また、Bi金属を接種剤として用いた水準2(比較例)では、チャンキー黒鉛の発生はなかったものの、黒鉛粒数密度は98個/mmと低く、強度-延性のバランス特性を示すTS×ELはおよそ7000(MPa・%)程度であり、さらには、Biの歩留まりは18%と低い値を示した。
【0025】
一方、本発明例ではいずれもチャンキー黒鉛の発生がないとともに、黒鉛粒数密度は140個/mm以上と黒鉛の微細分散がなされている。また、Bi歩留は40〜50%と格段に上昇しており、本発明による接種効果の安定性を示すものと思われる。さらに、強度-延性のバランス特性を示すTS×ELは8500(MPa・%)以上であり、本発明による機械的特性向上効果が明らかに示されている。
【0026】
なお、上記の本発明の実施例では、図3に示した鋳型で鋳込み実験を行った場合の効果について示したが、本発明は鋳型サイズや溶湯量に制限されるものではなく、より小型、もしくは、熱間圧延用ロールのような大型の鋳物においても効果を十分に発揮するものである。
【符号の説明】
【0027】
1 液体Bi粒子
2 溶湯
3 黒鉛
4 Ni‐Bi融液
5 高周波溶解炉
6 鍋(Mg処理用鍋)
7 Yブロック鋳型
8 球状化剤
9 接種剤
9A Bi系接種剤
10 カバー材
11 Yブロック鋳物


【特許請求の範囲】
【請求項1】
球状黒鉛鋳鉄の鋳鉄溶湯に接種を行うためのBi系接種剤であって、Biと、Ni、Cuのいずれか1種または2種とを含む混合物または合金であることを特徴とする、球状黒鉛鋳鉄用Bi系接種剤。
【請求項2】
Bi含有量が質量%で0.1%以上40%未満である請求項1に記載の球状黒鉛鋳鉄用Bi接種剤。
【請求項3】
前記Bi系接種剤に、さらに質量%でMg:0.5%以上30%以下を含有させてなる請求項1または2に記載の球状黒鉛鋳鉄用Bi接種剤。
【請求項4】
球状黒鉛鋳鉄の製造方法において、鋳鉄溶湯に添加する接種剤の少なくとも一部として請求項1〜3のいずれか1項に記載の球状黒鉛鋳鉄用Bi系接種剤を使用することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−36423(P2012−36423A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−174948(P2010−174948)
【出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)