説明

生体成分の保存方法

【課題】水を主体とする媒体中で、かつ常温、常圧という生体成分に対して温和な条件のもと、凍結することなく固定化された生体成分を保存する方法を提供すること。
【解決手段】 生体成分が分散された水溶性ポリマー溶液と、水溶性化合物溶液とを混合して三次元架橋体を形成し、該三次元架橋体の状態で保存すること生体成分の保存方法であり、好ましくは前記水溶性ポリマーがホスホリルコリン基及びフェニルボロン酸基を含有するポリマーであり、前記水溶性化合物が多価水酸基を有する化合物である生体成分の保存方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体成分を保持保存する方法、及び輸送する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に細胞や組織などの生体成分を生きた状態で固定化することは、バイオテクノロジー、バイオエンジニアリングを基盤としたバイオテクノロジーや再生医療の産業化のためには重要な技術である。通常、生体成分の一つである動物細胞の保存には凍結保存液に細胞、組織を分散させてガラスやプラスチック製の凍結保存用チューブに入れ、凍結保存されるのが一般的である(非特許文献1参照)。
具体的には、作業者が自ら調製した細胞培養液や血清に10%のジメチルスルホキシドや、メチルセルロースを添加したものや、専用に処方が調製された保存液が市販されそれを使用している。
また、プレートに細胞を保持したまま保存する技術も開発されている(特許文献1参照)。
【0003】
これらの保存液に細胞を分散させたバイアルに封入して凍結させて液体窒素中で保存するのが一般的であるが、凍結時には急速冷凍してはならず、徐々に温度を下げて凍結させる必要がある。その目的のために液体窒素を徐々に供給し1分間に1℃から2分間に1℃温度降下をする専用の凍結装置が市販されている。
こうした装置は高額であるため簡便法として、イソプロピルアルコールを−80℃以下の超低温冷凍庫に入れた場合の温度降下が1分1℃に近いのでこれを利用しバイアルを凍結する方法や、バイアルをまず冷蔵庫(4℃)、次に−20℃の冷凍庫に1時間、−80℃の超低温冷凍庫で一晩かけて凍結する方法などがある。
そうして厳密に温度管理して液体窒素保存しても、解凍後の細胞生存率が著しく悪い(数%以下、ほとんど生存している細胞がいない)細胞がかなり存在している。特に初代細胞や、生殖細胞、融合細胞、遺伝子導入細胞等、重要な機能を持つ細胞群に多く存在する。これらの細胞は保存することができないため必要な時に必要な実験ができない。
また、解凍後の細胞もすぐに培養容器に播種して培養を開始しないと継時的に細胞の活きが悪化していくことが知られている。
【0004】
ジメチルスルホシキド自体は細胞に対して毒性を持っており長時間暴露することは好ましくなく、また、細胞によっては凍結時に加えるジメチルスルホシキドにより変性を受けることもあり(ヒト由来急性骨髄性白血病細胞株HL−60細胞はジメチルスルホキシドにより好中球様細胞へ分化誘導が惹起される)、本来ならば使用を控えたい試薬であり、そのため種々の細胞凍結保存液が研究、開発、販売されている。
こうした努力によって細胞、組織保存技術は進んできたにもかかわらず凍結保存が効かない細胞は多数存在しており、これらの細胞を安定して培養することはバイオテクノロジーの発展に寄与するものである。
また、生体成分の安定した保存には、保存中に多く生じる変性を防ぐ必要がある。
【0005】
細胞は通常、4〜37℃では保存することはできず、上記の細胞保存液を加えても保存開始時から細胞死が発生し、24時間以内にほとんどの細胞が死滅する。37℃では細胞は培養によって維持するしか方法はないが、培養には毎日の観察、培地交換等の世話が必要で、保存とは言いがたい。また、培養中に細胞が変質したり、長期培養が不可能な細胞が存在する等、保存することは困難である。
細胞や組織などの生体成分を維持するには、超低温での冷凍保存しか方法はないが、それでは保存できない生体成分が多数存在しており、安定して生体成分を保存、保持可能な方法が渇望されている。例えば、細胞では、肝実質細胞、膵島細胞、ミクログリア細胞などの機能分化を果たした細胞群や、造血幹細胞、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞、サルES細胞等の幹細胞群、卵子やEC細胞などの保存が困難である。これらの細胞は非常に有用な細胞であり、安定した保存方法の開発が望まれている。
【0006】
【非特許文献1】「培養細胞実験ハンドブック」、羊土社、2004年、P69−74
【特許文献1】特開2001−16626号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、水を主体とする媒体中で、化学的反応、熱、光、放射線照射などの物理的手法を利用することなく、かつ常温、常圧という生体成分に対して温和な条件のもと、凍結することなく固定化された生体成分を保存する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の通りである。
(1)生体成分が分散された水溶性ポリマー溶液と、水溶性化合物溶液とを混合して三次元架橋体を形成し、該三次元架橋体の状態で保存することを特徴とする生体成分の保存方法。
(2)前記水溶性ポリマーがホスホリルコリン基及びフェニルボロン酸基を含有するポリマーである(1)記載の生体成分の保存方法。
(3)前記水溶性化合物が多価水酸基を有する化合物である(1)又は(2)記載の生体成分の保存方法。
(4)前記生体成分が、細胞、細胞により構築した細胞三次元組織体、生殖細胞、遺伝子改変細胞、及び生体由来の組織から選ばれる少なくとも一つである(1)〜(3)いずれか記載の生体成分の保存方法。
(5)生体成分が分散された水溶性ポリマー溶液と、水溶性化合物溶液とを混合して三次元架橋体を形成し、該三次元架橋体の状態で輸送することを特徴とする生体成分の輸送方法。
(6)前記水溶性ポリマーがホスホリルコリン基及びフェニルボロン酸基を含有するポリマーである(5)記載の生体成分の輸送方法。
(7)前記水溶性化合物が多価水酸基を有する化合物である(5)又は(6)記載の生体成分の輸送方法。
(8)前記生体成分が、細胞、細胞により構築した細胞三次元組織体、生殖細胞、遺伝子改変細胞、及び生体由来の組織から選ばれる少なくとも一つである(5)〜(7)いずれか記載の生体成分の輸送方法。
(9)(1)〜(4)いずれか記載の生体成分の保存方法で保存された三次元架橋体に、水酸基を有する化合物を添加することで架橋構造を解いて生体成分を回収することを特徴とする生体成分の回収方法。
(10)(5)〜(9)いずれか記載の生体成分の輸送方法で輸送された三次元架橋体に、水酸基を有する化合物を添加することで架橋構造を解いて生体成分を回収することを特徴とする生体成分の回収方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明に従って生体成分を保存することにより、今までの凍結による保存方法と異なり、凍結融解による生体成分へのダメージを軽減できるとともに、凍結保存が不可能であった生体成分も安定して保存することが可能となる。これにより、凍結することなく常温付近で固定化された生体成分は高い活性を維持でき、バイオ産業や再生医療における細胞、組織等の保存・輸送に有効に利用できるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、生体成分が分散された水溶性ポリマー溶液と、水溶性化合物溶液とを混合して三次元架橋体を形成し、該三次元架橋体の状態で保存・輸送する生体成分の保存・輸送方法である。
【0011】
本発明に使用する水溶性ポリマーは、ホスホリルコリン基及びフェニルボロン酸基を含有するポリマーであることが好ましい。
【0012】
ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーは、ホスホリルコリン基を含有するモノマーと、フェニルボロン酸基を有するモノマーを液状で混合し、ラジカル発生剤の存在下でラジカル重合反応させることにより製造することができる。更に、ゲル化させた際の容器基材への結合性を該ポリマーに付与する目的等のため、必要ならば他のモノマーを加えて多元共重合体とすることも可能である。
【0013】
ホスホリルコリン基を含有するモノマーとしては、ビニル基やアリル基などの炭素−炭素二重結合を重合性基として有し、かつホスホリルコリン基を同一分子中に有する化合物であることが好ましい。
例えば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、(2−メタクリロイルオキシルエチル−2’−(トリメリチルアンモニア)エチルホスフェート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル−2‘−(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート等が挙げられるが、特に2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)が好ましい。
【0014】
フェニルボロン酸基を有するモノマーとしては、ビニル基やアリル基などの炭素−炭素二重結合を重合性基として有し、かつホフェニルボロン酸基を同一分子中に有する化合物であることが好ましい。
例えば、p−ビニルフェニルボロン酸、m−ビニルフェニルボロン酸、p−(メタ)アクリロイルオキシルフェニルボロン酸、m−(メタ)アクリロイルオキシフェニルボロン酸、p−(メタ)アクリルアミドフェニルボロン酸、p−ビニルオキシフェニルボロン酸、m−ビニルオキシフェニルボロン酸、ビニルウレタンフェニルボロン酸などが挙げられるが、p−ビニルフェニルボロン酸又はm−ビニルフェニルボロン酸が好ましい。
【0015】
他のモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸ナトリウム、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、グリセロール(メタ)アクリレート、N−ビニルピロリドン、アクリロニトリル、(メタ)アクリルアミド、ビニルベンゼンスルホン酸ナトリウム等の親水性モノマー、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、スチレン、酢酸ビニル等の疎水性モノマー、(3−メタクリロイルオキシプロピル)トリメトキシシラン等のアルキルオキシシラン基を有するモノマー、シロキサン基を有するモノマー、グリシジルメタクリレート等のグリシジル基を含むモノマー、アリルアミン、アミノエチル(メタ)アクリレート等のアミノ基を有するモノマー、カルボキシル基、水酸基、アルデヒド基、チオール基、ハロゲン基、メトキシ基、エポキシ基、スクシンイミド基、マレイミド基を有するモノマーを挙げることができる。
【0016】
前記の内、特に好ましいモノマーの組み合わせは、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(以下MPCと略す)、p−ビニルフェニルボロン酸、及びブチル(メタ)アクリレートによる3元共重合体である。
【0017】
ラジカル発生剤としては、アゾビスイソブチロニトリル、4,4’−アゾビス(4−シアノペンタン酸)等の脂肪族アゾ化合物、過酸化ベンゾイルやこはく酸パーオキシド等の過酸化物が好ましい。
【0018】
ポリマー中の組成モル分率は、モノマー混合溶液の組成で制御することができる。ホスホリルコリン基を有するモノマー単位のモル分率の範囲は0.01〜0.99であり、好ましくは0.30〜0.70の範囲であり、さらに好ましくは0.45〜0.60の範囲である。ポリマー中のフェニルボロン基を有するモノマー単位のモル分率の範囲は0.01〜0.99であり、好ましくは0.03〜0.50の範囲であり、さらに好ましくは0.30〜0.40の範囲である。
【0019】
また、該ポリマーの分子量はゲル浸透クロマトグラフィーで測定し、ポリエチレンオキシドを標準物質として換算し、その範囲は、1,000〜10,000,000であり、好ましくは10,000〜1,000,000、さらに好ましくは、20,000〜300,000である。分子量が上限値を超えると、水媒体への溶解性が低下する可能性がある。
【0020】
本発明に使用する水溶性化合物は、多価水酸基を有する化合物であることが好ましい。多価水酸基を有する化合物は水系溶媒に対して溶解し、均一な溶液となることが必要である。例としては、単糖類、二糖類、多糖類、低分子多価アルコール、ポリビニルアルコール等が挙げられるが、多糖類又はポリビニルアルコール(PVA)を選択することが構造の安定した三次元架橋体を構成するために好ましい。
【0021】
ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーを含む水系溶液と、多価水酸基化合物を含む水溶液を混合することで、三次元架橋体が製造できる。
三次元架橋体中に生体成分を捕捉し安定に保存するためには、溶媒は水系であるべきで有機溶媒の使用は極力避けるべきである。また、溶媒の生理的に問題が生じないpHは7.0〜8.0の範囲であることが望ましい。
【0022】
ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマー、及び多価水酸基化合物は水系溶媒に溶ける範囲で使用可能であるが、0.5〜20重量%の範囲で使用可能であり、好ましくは 2.5〜10重量%の範囲が好ましい。
【0023】
三次元架橋体を形成するための温度は、生体成分を保存することから、0〜37℃であることが好ましく、4~37℃であることが更に好ましい。この範囲外の温度では生体成分に障害が生じる恐れがある。
【0024】
水溶性ポリマー溶液に予め生体成分を分散して、この分散液に多価水酸基化合物を含む水溶液を混合し、三次元架橋体を形成することによって、生体成分を三次元架橋体内に封入することができる。
逆に多価水酸基化合物を含む水溶液に予め生体成分を分散して、この分散液に対して水溶性ポリマーを混合し、三次元架橋体を形成することもできる。また、培養容器上で培養した細胞の上で、水溶性ポリマー溶液と多価水酸基化合物を含む水溶液を混合して三次元架橋体を構築し、細胞を三次元架橋体内に包埋することもできる。
【0025】
本発明に使用する生体成分としては、細胞、細胞により構築した細胞三次元組織体、生殖細胞、遺伝子改変細胞、生体由来の組織等が挙げられる。
【0026】
本発明において、三次元架橋体内に封入した生体成分を保存又は輸送するための温度は、0〜37℃であることが好ましく、4~37℃であることが更に好ましい。
【0027】
本発明の生体成分の保存・輸送方法で保存・輸送された三次元架橋体に、水酸基を有する化合物を添加することで架橋構造を解いて生体成分を回収することが可能である。水酸基を有する化合物としては、グルコース等が挙げられる。
【実施例】
【0028】
(ホスホリルコリン基とフェニルボロン酸基を同時に含有するポリマーの合成)
フラスコに2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)5.3gを秤量し、エタノール30gを仕込み、攪拌しながら容器内をアルゴンガス置換した。p−ビニルフェニルボロン酸(VPBA)0.44g、n−ブチルメタクリレート(BMA)1.3gおよび2、2’−アゾビスイソブチロニトリル0.05gを添加し、均一なるように攪拌した。密栓をした後、60℃に加温し、48時間反応させた。得られた反応溶液をジエチルエーテル/クロロホルム(8/2)溶液に滴下し、固体のポリマーを得た。得られたポリマーのNMR分析の結果、MPC/VPBA/BMA=53/11/36(モル比)であった。また数平均分子量は、27,000であった。このポリマーをPMBVとする。
(多価水酸基化合物)
市販のポリビニルアルコール(PVA)で平均重合度1500(和光純薬製、160−03055)のものを用いた。
【0029】
以下の実施例、比較例は、細胞を取り扱う実験のため、断り書きのない限りクリーンベンチ内での無菌的作業で行った。
《実施例1》
PVAを加温した超純水に溶かして5重量%溶液を作製した。これを0.2μmの滅菌済み濾過フィルター(東洋紡製、ADVANTEC3912212)を通して濾過滅菌した。PMBVをウシ胎児血清(インビトロジェン社製、10099−141)10%含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM、インビトロジェン社製、11885−084)で5重量%になるように溶解し同じく濾過滅菌した。
使用細胞はヒト肝癌由来細胞のHepG2(DSファーマバイオメディカルより入手、EC85011430)を使用した。10%ウシ胎児血清含有ダルベッコ改変イーグル培地でHepG2細胞を細胞培養用フラスコ(住友ベークライト製、MS−21250)で培養した。細胞がセミコンフレントになったところで、細胞面を滅菌済みリン酸緩衝液、D−PBS(インビトロジェン製、14190−144)で洗浄し、0.25%トリプシン/EDTA1mL(インビトロジェン製、25399−054)を加えて5分間、37℃で反応した。細胞を回収後、血球計算版で生細胞数を計測した。PMBV溶液に細胞を分散させ1x10細胞/1mLに調製した。
細胞培養用24ウェルプレート(住友ベークライト製、MS−80240)の各ウェルに5重量%PVA溶液を0.25mL入れ、ウェル底面に液を均一にしておいた。その上から細胞を分散させたPMBV溶液を等量加え直ちにプレートを傾斜させてPVA溶液とPMBV溶液を混合させ37℃の5%炭酸ガス培養器中に静置した。三次元架橋(ゲル化)は混合後直ちに発生し、30分間の静置で完全にゲル化した。三次元架橋体(ゲル)内にHepG2細胞が保持されていることは光学顕微鏡観察により確認した。
このゲルを37℃で4週間保存した。
図1の左に4週間保存後の写真を示す。ゲル内では細胞は球状に存在しており、また、ゲル包埋時には細胞は単細胞分散させたが、ある程度のコロニーを形成していることから、少ないながらも増殖していることが観察された。しかし、図1の右に示すように同じ日に35mm径シャーレに播種し、4週間保存したHepG2細胞は増殖過多ですでに死滅していることからゲル内に保存されていることが示された。
【0030】
《実施例2》
実施例1の保存中のゲルを以下の方法で溶解させて細胞を回収し接着培養を実施した。
市販の40%D−グルコース(シグマアルドリッチ製、G8769)をD−MEMで10%に調製した。保存中のゲルをオートクレーブ滅菌済みの手術用鋏でゲルをカットした。このゲルの断片に先に調製した10%D−グルコース液を加えてゲルを溶解させた。
ゲルの溶解液を遠沈管にいれ、1000rpmで1分遠心し、細胞をペレットで回収した。得られた細胞ペレットにD−MEMを加え新たな細胞分散液を準備した。細胞数を1x10細胞/mLに調製した後、35mm径の組織培養用シャーレ上に細胞を播種し再培養を開始した。
図2は、2週間保存後のゲルを溶解して回収した細胞を播種しなおして再培養した観察結果である(左が培養1日目、右が培養3日目)。細胞は生存して接着伸展しているのみならず、3日目の観察像から細胞増殖が起こっていることが確認でき、細胞機能が保存されていることが確認できた。
【0031】
《実施例3》
PVA溶液は実施例1と同じものを使用した。PMBVは、血管内皮細胞増殖培地、HuMedia―EG2(クラボウ製、KE−2150S)に5重量%になるように溶解し、濾過滅菌した。
使用細胞のヒト血管内皮細胞は、市販のヒト臍帯静脈由来血管内皮(クラボウ製、KE−4109)をHuMedia−EG2を用いて細胞培養用フラスコ(住友ベークライト製、MS−21250)で培養し、実施例1と同じ方法で細胞を回収した。細胞数を計測の後、PMBV溶液で 5x10細胞/mLに調製した。
24ウェルプレートの各ウェルにあらかじめ5%PVA溶液を0.25mL入れておき、さらにその上に細胞分散させたPMBV溶液を0.25mLづつ加えて混合した後、37℃5%炭酸ガス培養器内でゲル化させた。
ゲル化の後は、同じ培養機中で37℃で保存した。培地交換は実施せず。
2週間後、実施例2の方法に則ってゲルを溶解して細胞を回収し細胞数、生存率を計測した。また、回収した細胞を常法で培養し、細胞挙動を調べた。
図3の左に示すように、2週間保存後のヒト血管内皮細胞は球状を保っていた。又、図3の右に示すように、2週間保存後ゲルを溶解して回収した細胞は、通常の内容時の形態とほとんど変わりなくゲル保存の後も続けて培養できることが確認できた。
【0032】
《比較例1》
コラーゲンI型0.3%溶液(高研製、1−PC)を用いたゲル包埋培養を実施した。
コラーゲンはpH中性領域におけるコラーゲン繊維の再構成機能を用いてゲル化させ、その際に細胞を分散させてゲルを構成した。具体的には、滅菌済みの容器に、コラーゲンI型溶液8部を氷で冷やしておき、10倍濃度に調製したF12培地(インビトロジェン製、11765−054)1部、水酸化ナトリウムHEPES溶液1部を氷令下に混合し、その中に、回収した実施例3で回収したヒト血管内皮細胞を分散させ、24ウェルプレートに播種した。次いで37℃で30分間加温しゲル化させた。そのまま、引き続いてインキュベーター内で37℃で培養した。培地交換は1日置きに実施した。
2週間後、コラーゲンゲルに0.5%コラゲナーゼ(和光純薬製、031−17601)含有ハンクス平衡塩液(インビトロジェン製、24020−117)を加えて37℃で加温し、ゲルを溶解した。溶解後、遠沈管に溶解液を移し1000rpmで1分間遠心し、細胞をペレットにして回収した。細胞ペレットを10%ウシ胎児血清含有DMEMで洗浄、再度DMEMに分散させた後、生細胞数を計測した。
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示すように三次元架橋体中に保持した場合の細胞の生存率は89%であり、コラーゲンゲル内の保存による場合の細胞の生存率55%と有意な差が見られた。これはゲルを溶解する際に比較例1では酵素を使用して細胞ダメージが生じていることを示しており、本発明による三次元架橋体による保存の優位性が示された。
【0035】
《実施例4》
先ずHepG2細胞を10%ウシ胎児血清含有D−MEMを用いて90mm径シャーレ上で培養し、細胞を増殖させた。次に、増殖したHepG2細胞をトリプシン/EDTAを用いて回収した。血球計算板で細胞数を計測し、10,0000細胞/培地1mLになるように調製した細胞分散液をスミロンセルタイトX(住友ベークライト社製、MS−9035X)35mm径シャーレに2mL分注し、37℃、炭酸ガス5%のインキュベーター内で3日間培養し細胞が凝集してなるスフェロイドを形成させた。
PVA溶液は実施例1と同じものを使用した。PMBVは、10%ウシ胎児血清含有のダルベッコ改変イーグル培地に5重量%になるように溶かし、濾過滅菌した。
スフェロイドは回収、遠心し、PMBV溶液でスフェロイド分散液に調製した。
24ウェルプレートの各ウェルにあらかじめ5%PVA溶液0.25mLを入れておき、さらにその上にスフェロイドを分散させたPMBV溶液を0.25mLづつ加えて混合した後、37℃5%炭酸ガス培養器内でゲル化させた。
ゲル化の後は、同じ培養機中で37℃で保存した。実施例2の方法に従ってゲルを溶解してスフェロイドを回収し細胞数、生存率を計測した。
【0036】
《比較例2》
コラーゲンI型0.3%溶液(高研製、1−PC )を用いたゲル包埋培養を比較例として実施した。
コラーゲンゲルは比較例1と同様にスフェロイドを用いて作製。
2週間後、コラーゲンゲルに0.5%コラゲナーゼ(和光純薬製)含有ハンクス緩衝液(インビトロジェン製)を加えて37℃で加温し、ゲルを溶解した。溶解後、遠沈管に溶解液を移し1000rpmで1分間遠心しスフェロイドを回収した。スフェロイドを10%ウシ胎児血清含有DMEMで洗浄、再度DMEMに分散させた後、生細胞数を計測。
【0037】
【表2】

【0038】
表2に示すように三次元架橋体中に保持した場合の細胞の生存率は92%であり、コラーゲンゲル内の保存による場合の細胞の生存率65%と有意な差が見られた。これはゲルを溶解する際に比較例2では酵素を使用して細胞ダメージが生じていることを示しており、本発明による三次元架橋体によるスフェロイド保存の優位性が示された。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明によると、凍結することなく常温付近で生体成分を三次元架橋体の中に固定化することが可能で、固定された生体成分は高い活性を維持でき、バイオ産業や再生医療における細胞、組織の保存に有効に利用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】HepG2細胞の三次元架橋体保存状態(ゲル内保存)と通常培養(35mm径シャーレ培養)での細胞形態の写真
【図2】三次元架橋体から回収したHepG細胞の再培養形態の写真
【図3】三次元架橋体内のヒト血管内皮細胞と三次元架橋体から回収した細胞の再培養形態の写真

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体成分が分散された水溶性ポリマー溶液と、水溶性化合物溶液とを混合して三次元架橋体を形成し、該三次元架橋体の状態で保存することを特徴とする生体成分の保存方法。
【請求項2】
前記水溶性ポリマーがホスホリルコリン基及びフェニルボロン酸基を含有するポリマーである請求項1記載の生体成分の保存方法。
【請求項3】
前記水溶性化合物が多価水酸基を有する化合物である請求項1又は2記載の生体成分の保存方法。
【請求項4】
前記生体成分が、細胞、細胞により構築した細胞三次元組織体、生殖細胞、遺伝子改変細胞、及び生体由来の組織から選ばれる少なくとも一つである請求項1〜3いずれか記載の生体成分の保存方法。
【請求項5】
生体成分が分散された水溶性ポリマー溶液と、水溶性化合物溶液とを混合して三次元架橋体を形成し、該三次元架橋体の状態で輸送することを特徴とする生体成分の輸送方法。
【請求項6】
前記水溶性ポリマーがホスホリルコリン基及びフェニルボロン酸基を含有するポリマーである請求項5記載の生体成分の輸送方法。
【請求項7】
前記水溶性化合物が多価水酸基を有する化合物である請求項5又は6記載の生体成分の輸送方法。
【請求項8】
前記生体成分が、細胞、細胞により構築した細胞三次元組織体、生殖細胞、遺伝子改変細胞、及び生体由来の組織から選ばれる少なくとも一つである請求項5〜7いずれか記載の生体成分の輸送方法。
【請求項9】
請求項1〜4いずれか記載の生体成分の保存方法で保存された三次元架橋体に、水酸基を有する化合物を添加することで架橋構造を解いて生体成分を回収することを特徴とする生体成分の回収方法。
【請求項10】
請求項5〜9いずれか記載の生体成分の輸送方法で輸送された三次元架橋体に、水酸基を有する化合物を添加することで架橋構造を解いて生体成分を回収することを特徴とする生体成分の回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−136201(P2009−136201A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−315271(P2007−315271)
【出願日】平成19年12月5日(2007.12.5)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【出願人】(592057341)
【Fターム(参考)】