説明

生体模型のための粘膜材

【課題】粘弾性、水濡れ性、切り心地等が生体軟組織に類似した生体軟組織模型の成形用水性ゲル組成物の提供。
【解決手段】鹸化度が97モル%以上でかつ重合度が500〜3000の第一のポリビニルアルコールと鹸化度が70〜90モル%でかつ重合度が500〜3000である第二のポリビニルアルコールとを含み、含水率が70〜95重量%である、生体軟組織の模型を成形するための水性ゲル組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体軟組織の剥離や切開等の手術の教育やトレーニングに適した、ポリビニルアルコールを含む生体軟組織の模型を成形するための水性ゲル組成物及びそれからの生体軟組織の模型に関する。より詳しくは、本発明は、粘弾性、水濡れ性、切り心地等の特性が生体軟組織に類似した生体軟組織の模型を成形するためのポリビニルアルコールを含む水性ゲル組成物及びそれからの生体軟組織の模型に関する。
【背景技術】
【0002】
血管壁、内臓、口腔粘膜等の生体軟組織の剥離や切開等の手術の教育やトレーニングのために生体軟組織の模型が用いられている。血管壁や内臓の模型を成形するための材料として、ポリビニルアセテートのホモポリマー又はそのコポリマーと樹液との混合物にゼラチン及びアクリル樹脂を配合した生体モデル作成用組成物が知られている(特許文献1)。しかし、特許文献1記載の組成物は、以下に記載する欠点を有している。
(1)多数の材料を使用するため、所望の特性を有する組成物を得ることが容易ではなかった。
(2)使用する原料が天然物由来であるため、一定の品質の原料を得るのが困難であった。
(3)生体軟組織に特有な切れ味や水濡れ性等の特性を表現するのが困難であった。
一方、ポリビニルアルコールを含む水溶性ゲルがマウスガードの成形用組成物として知られている(特許文献2)。しかし、特許文献2は、ポリビニルアルコールを含む水溶性ゲルを生体軟組織の模型の成形用に使用できることをまったく記載又は示唆していない。
【特許文献1】特開2005−128134号公報
【特許文献2】特開2003−102748号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、上記した従来技術の欠点を改良して、生体軟組織に類似した特性(粘弾性、水濡れ性、切り心地、水分保持性、表面摩擦係数等)を有する生体軟組織の模型を成形するための水性ゲル組成物及びそれから成形した生体軟組織の模型を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者等は、粘弾性、水濡れ性、切り心地等の特性が生体軟組織に類似した生体軟組織の模型の成形のための組成物について鋭意検討を行った結果、本発明を完成させるに至った。
【0005】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
(1)鹸化度が97モル%以上でかつ重合度が500〜3000の第一のポリビニルアルコールと鹸化度が70〜90モル%でかつ重合度が500〜3000である第二のポリビニルアルコールを含み、含水率が70〜95重量%である、生体軟組織の模型を成形するための水性ゲル組成物。
【0006】
(2)第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比が99:1〜70:30である、(1)記載の水性ゲル組成物。
【0007】
(3)第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比が99:1〜80:20である、(2)記載の水性ゲル組成物。
【0008】
(4)第一のポリビニルアルコールが99モル%以上の鹸化度及び500〜2000の重合度を有する、(1)〜(3)のいずれか1項記載の水性ゲル組成物。
【0009】
(5)第二のポリビニルアルコールが86〜90モル%の鹸化度及び500〜2000の重合度を有する、(1)〜(4)のいずれか1項記載の水性ゲル組成物。
【0010】
(6)生体軟組織が口腔軟組織、鼻腔軟組織又は耳腔軟組織である、(1)〜(5)のいずれか1項記載の水性ゲル組成物。
【0011】
(7)(a)第一及び第二のポリビニルアルコールを水又は第一及び第二のポリビニルアルコールを溶解しかつ水と混和性の有機溶媒と水との混合溶媒に溶解してポリビニルアルコール溶液を作成する工程、及び
(b)得られたポリビニルアルコール溶液をゲル化する工程
を含む、(1)〜(6)のいずれか1項記載の水性ゲル組成物の調製方法。
【0012】
(8)工程aで混合溶媒を使用した場合、さらに
(c)工程bで得られたゲルから有機溶媒を除いた後、ゲルを水に浸漬する工程
を含む、(7)記載の調製方法。
【0013】
(9)(1)〜(6)のいずれか1項記載の水性ゲル組成物又は(7)若しくは(8)記載の方法により調製された水性ゲル組成物を含む、生体軟組織の模型。
【0014】
(10)生体軟組織が口腔軟組織、鼻腔軟組織又は耳腔軟組織である、(9)記載の生体軟組織の模型。
【0015】
(11)(1)〜(6)のいずれか1項記載の水性ゲル組成物又は(7)若しくは(8)記載の方法で調製された水性ゲル組成物を成形することを含む、生体軟組織の模型の製造方法。
【0016】
(12)(a)第一及び第二のポリビニルアルコールを水又は第一及び第二のポリビニルアルコールを溶解しかつ水と混和性の有機溶媒と水との混合溶媒に溶解してポリビニルアルコール溶液を作成する工程、
(b)得られたポリビニルアルコール溶液を生体軟組織の鋳型に注入した後ゲル化する工程、及び
(c)得られた水性ゲル組成物を鋳型から取り出す工程
を含む、(11)記載の製造方法。
【0017】
(13)工程aで混合溶媒を使用した場合、さらに
(b’)工程bで得られたゲルから有機溶媒を除去した後、ゲルを水に浸漬する工程
を含む、(12)記載の製造方法。
【0018】
(14)(9)〜(11)のいずれか1項記載の生体軟組織の模型又は(12)若しくは(13)記載の方法で製造した生体軟組織の模型を組み込んだ生体模型。
【発明の効果】
【0019】
本発明の水性ゲル組成物は、第一及び第二のポリビニルアルコールを併用することにより、単一の鹸化度のポリビニルアルコールを単独で使用する場合に比べ、生体軟組織により近い特性が得られる。
【0020】
したがって、本発明の水性ゲル組成物を用いることにより、粘弾性、水濡れ性、切り心地、水分保持性等の特性が動物の生体軟組織に酷似し、剥離性やメス等で切ったときの切り心地が実際の生体軟組織によく似た生体軟組織の模型を作製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の生体軟組織の模型を成形するための水性ゲル組成物は、鹸化度が97モル%以上でかつ重合度が500〜3000の第一のポリビニルアルコールと鹸化度が70〜90モル%でかつ重合度が500〜3000である第二のポリビニルアルコールを含み、含水率が70〜95重量%である。
【0022】
本発明において、第一のポリビニルアルコールの鹸化度が97モル%を下回ると、粘性率が非常に高くなり、かつゲル化しにくくなるという欠点が生じる。また、第一のポリビニルアルコールの重合度が500を下回ると、強度が低くなりすぎるという欠点が生じ、3000を上回ると、弾性率が高くなりすぎるという欠点が生じる。
【0023】
本発明において、第二のポリビニルアルコールの鹸化度が70モル%を下回ると、粘性率が高くなりすぎ、かつゲル化しにくくなるという欠点が生じ、90モル%を上回ると、弾性率が低くなるという欠点が生じる。また、第二のポリビニルアルコールの重合度が500を下回ると、強度が低くなりすぎるという欠点が生じ、3000を上回ると、弾性率が高くなりすぎるという欠点が生じる。
【0024】
本発明において、ゲルの含水率が70重量%を下回ると、硬くなりすぎるという欠点が生じ、95重量%を上回ると、柔らかくなりすぎるという欠点が生じる。本発明における含水率は、水性ゲル組成物に対する水又は混合溶媒の重量%をいう。
本発明における鹸化度、重合度及び含水率は、それぞれ、残留酢酸基量の測定法、液体クロマトグラフィー法及び重量測定法により測定できる。
【0025】
本発明の水性ゲル組成物において、鹸化度が97モル%以上でかつ重合度が500〜3000の第一のポリビニルアルコールは、完全鹸化型のポリビニルアルコールとして市場から入手することができるし、公知の方法で製造することもできる。このような第一のポリビニルアルコールは、例えば、日本酢ビ・ポバール株式会社から、商品名JF−05、JF−10、JF−17、JF−20、V、VO、VC−10として、株式会社クラレから、PVA−105、PVA−110、PVA−117、PVA−117H、PVA−120、PVA−124として、市販されている。第一のポリビニルアルコールは、好ましくは、99モル%以上の鹸化度と500〜2000の重合度を有する。その理由は、生体軟組織により近い弾性率が得られるからである。このようなポリビニルアルコールは、例えば、日本酢ビ・ポバール株式会社から、商品名V、VO、VC−10として、株式会社クラレから、PVA−117Hとして、市販されている。
【0026】
本発明における鹸化度が70〜90モル%で重合度が500〜3000の第二のポリビニルアルコールは、部分鹸化型のポリビニルアルコールとして市場から入手することができるし、公知の方法で製造することもできる。第二のポリビニルアルコール、例えば、日本酢ビ・ポバール株式会社から、商品名JP−05、JP−10、JP−17、JP−20、JP−27として、株式会社クラレから、PVA−205、PVA−210、PVA−217、PVA−220、PVA−224として、市販されている。第二のポリビニルアルコールは、好ましくは86〜90モル%の鹸化度と500〜2000の重合度を有する。その理由は、水性組成に優れるからである。このような部分鹸化型のポリビニルアルコールは、例えば日本酢ビ・ポバール株式会社から、商品名JP−5、JP−10、JP−15、VP−18、VP−20として、株式会社クラレから、PVA−205、PVA−210、PVA−217、PVA−220として、市販されている。
【0027】
本発明の水性ゲル組成物は、好ましくは70〜90、特に70〜80重量%の含水率を有する。その理由は、生体軟組織に非常に似た弾性率が得られるからである。
【0028】
本発明の水性ゲル組成物において、第一及び第二のポリビニルアルコールの量比は、対象とする生体軟組織の特性によって変化し得る。湿潤粘膜を含む生体軟組織用の場合、第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比を、好ましくは99:1〜70:30、より好ましくは99:1〜80:20とする。その理由は、第二のポリビニルアルコールの重量比が1を下回ると、弾性率が高くなりすぎ、かつ粘性率が低くなりすぎ、30を上回ると、弾性率が低くなりすぎ、かつ粘性率が高くなりすぎるからである。
【0029】
本発明における生体軟組織は、硬組織を除く組織、すなわち骨と歯を除く組織を意味し、例えば、口腔粘膜等の口腔軟組織、鼻腔粘膜等の鼻腔軟組織、耳腔粘膜等の耳腔軟組織、内臓(脳、心臓、肝臓、膵臓、脾臓、腎臓、膀胱、肺、胃、小腸、大腸、子宮、食道)、皮膚、筋肉、血管、眼球を含む。好ましい生体軟組織は、湿潤粘膜を含む軟組織、例えば、口腔軟組織、鼻腔軟組織、耳腔軟組織、眼球である。ポリビニルアルコールの鹸化度、重合度、比率や組成物中の含水率を上記の範囲内で変化することにより、対象の生体軟組織により類似する特性を有する生体軟組織の模型を成形するための水性ゲル組成物を得ることができる。各生体軟組織に好適な配合例を以下に例示する。
【0030】
生体軟組織が口腔軟組織である場合、使用する第一及び第二のポリビニルアルコールの混合物の平均鹸化度は90〜95、平均重合度は1000〜2000、第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比は99:1〜70:30、ゲル組成物の含水率は70〜95重量%であることが好ましい。
【0031】
生体軟組織が鼻腔軟組織である場合、使用するポリビニルアルコール混合物の平均鹸化度は90〜98、平均重合度は1000〜2000、第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比は99:1〜80:20、ゲル組成物の含水率は70〜95重量%であることが好ましい。
【0032】
生体軟組織が耳腔軟組織である場合、使用するポリビニルアルコール混合物の平均鹸化度は90〜98、平均重合度は1000〜2000、第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比は99:1〜80:20、ゲル組成物の含水率は70〜95重量%であることが好ましい。
【0033】
生体軟組織が胃、腸、肝臓等の内臓である場合、使用するポリビニルアルコール混合物の平均鹸化度は85〜98、平均重合度は1000〜2000、第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比は99:1〜70:30、ゲル組成物の含水率は70〜95重量%であることが好ましい。
【0034】
生体軟組織が血管である場合、使用するポリビニルアルコール混合物の平均鹸化度は85〜98、重合度は1000〜2000、第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比は99:1〜70:30、ゲル組成物の含水率は70〜95重量%であることが好ましい。
【0035】
生体軟組織が皮膚である場合、使用するポリビニルアルコール混合物の平均鹸化度は95〜98、平均重合度は1000〜2000、第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比は99:1〜80:20、ゲル組成物の含水率は70〜95重量%であることが好ましい。
【0036】
本発明の水性ゲル組成物は、生体軟組織に近い静止表面摩擦係数、例えば0.1以下の静止表面摩擦係数を有している。シリコーン(静止表面摩擦係数が1.5以上)に比べ非常に小さい。
【0037】
本発明の水性ゲル組成物は、必要に応じて、本発明の効果を阻害しない範囲内で、少量(例えば水性ゲル組成物に対して30、好ましくは10、特に好ましくは5重量%以下)の、第一及び第二のポリビニルアルコール以外の通常のゲル化剤を含むことができる。さらに、本発明の水性ゲル組成物は、実際の生体の色彩を再現するための着色料、保存性改善のための抗菌剤、防黴剤等の添加物を含むこともできる。
【0038】
本発明の水性ゲル組成物は、例えば、
(a)第一及び第二のポリビニルアルコールを水又は第一及び第二のポリビニルアルコールを溶解しかつ水と混和性の有機溶媒と水との混合溶媒に溶解してポリビニルアルコール溶液を作成する工程、及び
(b)得られたポリビニルアルコール溶液をゲル化する工程
を含む調製方法により調製できる。
【0039】
本発明の水性ゲル組成物の調製に使用する第一及び第二のポリビニルアルコールは、顆粒、粉末、溶液の形態であってよいが、溶解性の点から、好ましくは粉末状の形態である。
【0040】
ポリビニルアルコール溶液における第一及び第二のポリビニルアルコールの使用量は、該溶液に対して15〜30重量%,好ましくは20〜30重量%である。第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比は、好ましくは99:1〜70:30、より好ましくは99:1〜80:20である。
【0041】
ポリビニルアルコール溶液を作成する溶媒は、水であるか、又は第一及び第二のポリビニルアルコールを溶解しかつ水と混和性の有機溶媒と水との混合溶媒であるが、第一及び第二のポリビニルアルコールを溶解しかつ水と混和性の有機溶媒と水との混合溶媒が好ましい。その理由は、低温において凍結しないからである。
【0042】
第一及び第二のポリビニルアルコールを溶解しかつ水と混和性の有機溶媒としては、ジメチルスルホキシド、グリセリン等が例示でき、ジメチルスルホキシドが好ましい。その理由は、ポリビニルアルコールの溶解性に優れ、また、生成するゲルに適度な弾力性を与えるからである。
【0043】
混合溶媒における水と有機溶媒との比率は、ポリビニルアルコールを溶解し得る限り制限はないが、重量基準で、好ましくは1:1〜1:10、より好ましくは1:2〜1:5、特に好ましくは1:4である。
【0044】
ポリビニルアルコールの溶媒への溶解は、公知の方法、例えば60〜120℃、好ましくは100〜120℃、特に約100℃での加温と攪拌によって行うことができる。加熱は、開放下で行ってもよいが、好ましくは密閉条件で行う。
【0045】
ポリビニルアルコール溶液のゲル化は、例えば−20℃で冷却することによって行うことができる。本発明の方法によれば、ゲル化のための冷却時間を極めて短くできる。
【0046】
本発明の水性ゲル組成物の調製方法は、工程aで混合溶媒を使用した場合、さらに
(b’)工程bで得られたゲルから有機溶媒を除去した後、ゲルを水に浸漬する工程
を含むことができる。この方法によれば、使用した有機溶媒を含まない水性ゲル組成物を調製できる。
【0047】
水性ゲルの脱溶媒は、エタノールを用いて行うことができる。具体的には、脱溶媒は、水と有機溶媒との混合溶媒を含む水性ゲルをエタノールに浸漬し、有機溶媒をエタノールに置換することによって行うことができる。
【0048】
脱溶媒した水性ゲルを水に浸漬することにより、ゲル中のエタノールを水に置換することができる。
【0049】
水に浸漬した水性ゲルは、必要に応じて、熱処理をすることができる。熱処理は、アニーリングのために行うものであり、例えば40〜70℃、好ましくは60〜70℃、例えば65℃で1時間ほど加熱することにより行う。熱処理により、水性ゲル組成物の弾性率を変化させることができ、例えば70℃での熱処理により、水性ゲル組成物の弾性率を低下させることができる。したがって、水性ゲル組成物の一部分を異なる温度条件で熱処理すれば、その部分の弾性率をその他の部分と相違させることができる。
【0050】
熱処理により水分が失われた場合には、含水により元の水性ゲルの含水率にまで回復することができる。この含水率の回復は、完全鹸化型のポリビニルアルコール単独の水性ゲルでは観察されない。本発明の水性ゲル組成物を乾燥して完全に水分を除去しても、含水処理により元の水性ゲル組成物に復元できる。
【0051】
本発明は、上記した水性ゲル組成物を含む生体軟組織の模型を包含する。生体軟組織としては、上記のような生体軟組織が含まれ、好ましくは、口腔軟組織、鼻腔軟組織、耳腔軟組織又は眼球である。
【0052】
本発明の水溶性ゲル組成物は、積層して生体軟組織の模型とすることができる。また、2以上の異なる本発明の水性ゲル組成物を用いることにより、生体軟組織の模型の一部分をほかの部分と異なる物性とすることができる。
【0053】
本発明の生体軟組織の模型は、上記した水性ゲル組成物を成形することを含む方法により製造することができる。水性ゲル組成物の成形は、公知の方法により行うことができる。たとえば、水性ゲル組成物を加圧して所望の形状に成形する。
【0054】
水性ゲル組成物から生体軟組織の模型への成形は、
(a)第一及び第二のポリビニルアルコールを水又は第一及び第二のポリビニルアルコールを溶解しかつ水と混和性の有機溶媒と水との混合溶媒に溶解してポリビニルアルコール溶液を作成する工程、
(b)得られたポリビニルアルコール溶液を生体軟組織の鋳型に注入した後ゲル化する工程、及び
(c)得られた水性ゲル組成物を鋳型から取り出す工程
を含む方法によって行うこともできる。
【0055】
生体軟組織の鋳型は、水性ゲルを生体軟組織の形状に成形できる型であればよく、材質は特に限定されない。鋳型は、その一部として、骨模型等の生体硬組織の模型を含むことができる。
【0056】
鋳型へのポリビニルアルコール溶液の注入は、公知の方法によって行うことができるが、加圧下、例えば150〜160kg/cmの圧力下での圧入が、気泡を少なくする又は注入された物質を均質化できる点で好ましい。
【0057】
生体軟組織の模型の製造方法は、工程aで混合溶媒を使用した場合、さらに
(b’)工程bで得られたゲルから有機溶媒を除いた後、ゲルを水に浸漬する工程
を含むことができる。この方法によれば、使用した有機溶媒を含まない生体軟組織の模型を製造できる。
【0058】
本発明は、上記の生体軟組織の模型を組み込んだ生体模型も包含する。生体模型としては、生体又はその一部の模型が含まれ、具体的には、口腔模型、鼻腔模型、耳腔模型、眼部模型、頭部模型、胸部模型、腹部模型等を例示できる。
【0059】
本発明の生体口腔模型は、例えば、水性ゲル組成物を別途作成した骨模型等の生体硬組織の模型に圧着成形して得ることができる。骨模型、歯科模型等の生体硬組織の模型は公知であり、石膏、木材、紙、金属、合成樹脂等から製造される。また、本発明の生体口腔模型は、ポリビニルアルコール溶液を生体硬組織の模型をその一部として含む鋳型に注入しゲル化した後、生体硬組織の模型以外の鋳型を取り外して得ることもできる。
【0060】
本発明の生体軟組織の模型は、骨模型,歯科模型等の生体硬組織模型との密着性に優れるとともに、生体硬組織模型からの剥離の際には均一に剥離するので、実際の粘膜剥離手術と同様の感触を実現できる。
【実施例】
【0061】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0062】
〔実施例1〜5〕及び[比較例1]
80重量部の第一のポリビニルアルコール粉末(日本酢ビ・ポバール株式会社製のJ−POVAL V;鹸化度99.0モル%以上、重合度1700)と20重量部の第二のポリビニルアルコール粉末(日本酢ビ・ポバール株式会社製のJ−POVAL VP−18;鹸化度86.0〜90.0モル%、重合度1800)を混合してポリビニルアルコール混合物を得た。この混合物40〜10重量部をジメチルスルホキシド/水混合溶媒(重量比80/20)60〜90重量部に120℃に加熱しながら溶解して、含水率60、70、75、80、85及び90重量%のポリビニルアルコール溶液を作成した。別途作成した鋳型に各ポリビニルアルコール溶液を注入した。その後、鋳型を室温まで冷却してポルビニルアルコール溶液をゲル化した。鋳型中のゲルをエタノールに120分浸漬することによりジメチルスルホキシドをエタノールに置換して除去した後、鋳型中のゲルを水に十分浸漬してゲル中のエタノールを水と置換した後、ゲルを鋳型から取り出して、水性ゲル組成物を得た。表1に、実施例1〜5及び比較例1における、第一及び第二のポリビニルアルコールの鹸化度、重合度及び配合比、水性ゲル組成物の含水率を示した。
【0063】
〔比較例2〜9〕
実施例1〜5における第一及び第二のポリビニルアルコールの代わりに、第一のポリビニルアルコールのみを用いて(比較例2〜4)又は第二のポリビニルアルコールのみを用いて(比較例5〜7)、実施例1〜5と同様にして水性ゲル組成物を得た。さらに、実施例1〜5における第一及び第二のポリビニルアルコールの代わりに、鹸化度95〜97モル%、重合度1700のポリビニルアルコール(日本酢ビ・ポバール株式会社製のVM−17:中間型PVA)のみを用いて(比較例8、9)、同様にして水性ゲル組成物を得た。表1に、比較例2〜9における、ポリビニルアルコールの鹸化度、重合度及び配合比、水性ゲル組成物の含水率を示した。
【0064】
【表1】

【0065】
〔実施例6〜13〕
実施例1〜5における第一及び第二のポリビニルアルコールの重量比を、98/2、95/5、90/10、80/20、75/25、70/30、60/40及び50/50に変える以外は、実施例1〜5と同様にして水性ゲル組成物を得た。表2に、実施例6〜13における、ポリビニルアルコールの鹸化度、重合度及び配合比、水性ゲル組成物の含水率を示した。
【0066】
【表2】

【0067】
〔試験例〕
実施例1〜13及び比較例1〜9で得られた水性ゲル組成物の保形性、硬度、粘性及び切り心地を、以下に記載の方法により、7名のパネル(歯科医、歯科技工士、高分子物性の専門家ら)によって評価したところ、表3(実施例1〜5及び比較例1〜9)及び表4(実施例6〜13)の結果が得られた。
保形性:肉眼による官能検査により測定した。評価 ○:良好;△:やや不良×:不良
硬度:触感による官能検査により測定した。評価 5:硬すぎる;4:硬い;3:良好;2:柔らかい;1:柔らかすぎる
粘性:触感による官能検査により測定した。評価 5:低すぎる;4:やや低い;3:良好;2:やや高い;1:高すぎる
切り心地:メス(15番)を用いる官能検査により測定した。評価 ○:良好;△:やや不良;×:不良
【0068】
表3及び表4から、実施例1〜13の水性ゲル組成物は、保形性が良好でありかつ生体軟組織に極めて近い硬度、粘弾性及び切り心地を有するが、比較例1〜9の水性ゲル組成物は、保形性、硬度、粘弾性及び切り心地のうちの少なくとも1つの特性において劣ることがわかる。特に、実施例1〜5と比較例1〜9の対比により、鹸化度の異なる2種のポリビニルアルコールを使用することにより、単一の鹸化度のポリビニルアルコールを単独で使用する場合よりも極めて優れた特性が得られることがわかる。
【0069】
【表3】

【0070】
【表4】

【0071】
〔実施例14〕
実施例3のポリビニルアルコール溶液を、顎提模型をその一部に含む生体口腔組織の鋳型に圧入(150〜160kg/cm)した後、冷却ゲル化、脱溶媒、熱処理及び含水を実施例1〜5と同様に行った。その後、顎提模型以外の鋳型を取り外して生体口腔軟組織の模型と顎提模型が一体化した生体口腔模型を得た。得られた生体軟組織の模型は、顎提模型との密着性に優れるとともに、剥離の際には顎提模型から均一に剥離した。
【0072】
〔実施例15〕
人工食道を形成するステント(材質:ニッケルチタン)の表面に、実施例6のポリビニルアルコール溶液を塗布(厚み:2mm)して、冷却ゲル化、脱溶媒及び含水を実施例1〜5と同様に行った。均一な膜厚で、表面が滑らかな食道軟組織を有する生体食道模型を得た。
【0073】
〔実施例16〕
公知の方法に準じて、患者の三次元データ(CT)からラピッドプロトタイピング(RP)により患部及び周辺の血管形状を再現したモデル(材質:石こう又はワックス)を得た。このモデルに、実施例6で得られたポリビニルアルコール溶液を塗布(厚み:2mm)して、冷却ゲル化、脱溶媒、熱処理及び含水を実施例1〜5と同様に行い、生体血管模型を得た。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の水性ゲル組成物を用いることにより、粘弾性、水濡れ性、切り心地、含水率等の特性が動物の生体軟組織に酷似し、剥離性やメス等で切ったときの切り心地が実際の生体軟組織によく似た生体軟組織の模型を作製することができるので、本発明の水性ゲル組成物から得られる生体軟組織の模型は、生体軟組織の剥離や切開等の手術の教育やトレーニングに適している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鹸化度が97モル%以上でかつ重合度が500〜3000の第一のポリビニルアルコールと鹸化度が70〜90モル%でかつ重合度が500〜3000である第二のポリビニルアルコールとを含み、含水率が70〜95重量%である、生体軟組織の模型を成形するための水性ゲル組成物。
【請求項2】
第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比が99:1〜70:30である、請求項1記載の水性ゲル組成物。
【請求項3】
第一のポリビニルアルコール:第二のポリビニルアルコールの重量比が99:1〜80:20である、請求項2記載の水性ゲル組成物。
【請求項4】
第一のポリビニルアルコールが99モル%以上の鹸化度及び500〜2000の重合度を有する、請求項1〜3のいずれか1項記載の水性ゲル組成物。
【請求項5】
第二のポリビニルアルコールが86〜90モル%の鹸化度及び500〜2000の重合度を有する、請求項1〜4のいずれか1項記載の水性ゲル組成物。
【請求項6】
生体軟組織が口腔軟組織、鼻腔軟組織又は耳腔軟組織である、請求項1〜5のいずれか1項記載の水性ゲル組成物。
【請求項7】
(a)第一及び第二のポリビニルアルコールを水又は第一及び第二のポリビニルアルコールを溶解しかつ水と混和性の有機溶媒と水との混合溶媒に溶解してポリビニルアルコール溶液を作成する工程、及び
(b)得られたポリビニルアルコール溶液をゲル化する工程
を含む、請求項1〜6のいずれか1項記載の水性ゲル組成物の調製方法。
【請求項8】
工程aで混合溶媒を使用した場合、さらに
(b’)工程bで得られたゲルから有機溶媒を除去した後、ゲルを水に浸漬する工程
を含む、請求項7記載の調製方法。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか1項記載の水性ゲル組成物又は請求項7若しくは8記載の方法により調製された水性ゲル組成物を含む、生体軟組織の模型。
【請求項10】
生体軟組織が口腔軟組織、鼻腔軟組織又は耳腔軟組織である、請求項9記載の生体軟組織の模型。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれか1項記載の水性ゲル組成物又は請求項7若しくは8記載の方法で調製された水性ゲル組成物を成形することを含む、生体軟組織の模型の製造方法。
【請求項12】
(a)第一及び第二のポリビニルアルコールを水又は第一及び第二のポリビニルアルコールを溶解しかつ水と混和性の有機溶媒と水との混合溶媒に溶解してポリビニルアルコール溶液を作成する工程、
(b)得られたポリビニルアルコール溶液を生体軟組織の鋳型に注入した後ゲル化する工程、及び
(c)得られた水性ゲル組成物を鋳型から取り出す工程
を含む、請求項11記載の製造方法。
【請求項13】
工程aで混合溶媒を使用した場合、さらに
(b’)工程bで得られたゲルから有機溶媒を除去した後、ゲルを水に浸漬する工程
を含む、請求項12記載の製造方法。
【請求項14】
請求項9〜11のいずれか1項記載の生体軟組織の模型又は請求項12若しくは13記載の方法で製造した生体軟組織の模型を組み込んだ生体模型。

【公開番号】特開2007−316434(P2007−316434A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−147108(P2006−147108)
【出願日】平成18年5月26日(2006.5.26)
【出願人】(899000035)株式会社 東北テクノアーチ (68)
【出願人】(506180394)有限会社 テクノ・キャスト (3)
【Fターム(参考)】