説明

生体組織の体積治療装置

本発明は生体組織の標的領域の熱治療装置に関し、この装置は、標的領域内の焦点(P)にエネルギーを供給するためのエネルギー発生手段、該領域内の空間温度分布を測定する手段、および焦点(P)の引き続いた複数処置ポイントの方向への変位を制御する手段と、前記発生手段が前記引き続く複数処置ポイントに付与するエネルギーを制御する手段とを備えた制御装置、を含んでおり、前記制御装置は、治療を実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する手段をさらに備えていて、前記引き続く複数処置ポイントの各ポイントが、それ以前の処置ポイントの位置ならびに空間およびエネルギー分布に基づいて決定される位置および処置エネルギーを有することを特徴とする。本発明はまた、関連する熱治療方法にも関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はハイパーサーミア(温熱療法、加温療法)を用いた生体組織の治療に関係する分野に関する。
【背景技術】
【0002】
局部的なハイパーサーミアを用いた治療は、生体組織の目標部位または領域を局部的に加熱することからなる。この種の治療法を遺伝子治療に使用する場合、熱は例えば、熱感受性プロモータに対するその作用のために使用されうる。熱はまた、生体組織を壊死させるため、および腫瘍アブレーションのためにも使用することができる。
【0003】
従って、局部的ハイパーサーミアを用いた治療法は多くの利点を与える。これらの利点は質的および経済性の両方に関係する。質的な観点からは、この治療法は遺伝子治療、投与薬剤の局部的沈着、腫瘍アブレーションを制御するための強力な可能性を与える。経済性の観点からは、この治療法は患者の外来治療に適合性があるので、入院日数の減少などが可能となる。
【0004】
ハイパーサーミアを用いた治療に対して、熱は例えばレーザー、マイクロ波もしくは高周波、集束させた超音波などにより供給されうる。一般的に、局部的ハイパーサーミアを用いる治療法によって、その侵襲性が最小限に低減された外科処置を行うことが可能となる。しかし、上述した各種のエネルギー供給源の中では、集束超音波が特に興味をそそる。なぜなら、それは、集束領域に隣接した組織を著しく加熱せずに、生体内の深くで、非侵襲的に集束部を加熱することができるからである。
【0005】
いずれの場合も、治療中、その治療領域およびそのすぐ隣接部の温度を正確かつ連続的に制御しなければならない。このために、磁気共鳴映像法(MRI)を使用することができる。MRIでは、温度分布の正確なマッピングおよび詳細な解剖学的情報を得ることが可能である。また、加熱器具を制御することにより、超音波では治療器具が完全に非侵襲性となる非侵襲的な温度制御を得ることができる。
【0006】
集束超音波による治療中の点温度制御のための磁気共鳴温度測定に基づいた装置も既に知られている。
治療すべき腫瘍のサイズは一般に超音波の焦点のサイズよりずっと大きい。1.5MHzの周波数で、焦点のサイズは波長、即ち、生体器官内では1mmに近い。他方、MRIにより検出できるガン性腫瘍は1センチ近いサイズのものである。化学療法によりこの種の腫瘍のサイズを縮小させることができるが、点集束超音波(ポイント超音波)を用いた治療は不十分である。
【0007】
点温度制御の技術を複数のポイントにわたって続けて使用することができる。しかし、この手法は非常に時間がかかる。なぜなら、温度がその初期状態に戻るように各ポイント間で数分の待ち時間が必要となるからである。また、2つの標的ポイントの間に位置する腫瘍細胞を壊死させることができない危険性がある。
【0008】
複数のポイントを同時に加熱する点を除いて点温度制御に近い技術を用いて、温度の空間制御を行うことがその後に構想された。例えば、1つの解決策は、2004年4月24日出願の「生体組織の熱治療アセンブリ」と題する仏国特許出願第04−04562号により進められ、これは標的領域の特定のプランに従った温度制御を提供した。しかし、この解決策は集束のための方向の制約が大きく、さらに長い処置時間を必要とするため、装置の効率性は非常に小さい。
【0009】
PCT出願公開WO02/43804に提案された別のシステムは、壊死せずに残っている部分(面積)を処置するように次の処置ポイントの位置を選択する目的で、いくつかの処置ポイントに付随する熱投入量(熱ドース)の分布を監視することを提案する。熱投入量パラメータは一般に一定である。このシステムは壊死に必要な熱投入量が既に達成されている部分についての処置を回避するが、なおいくつかの欠点が残っている。まず、それは非常に不正確である。なぜなら、熱投入量分布の監視は相対的に二値的(二進法的)であり、ある部分をさらに処置しなければならないかどうかを決定するために、その部分が壊死しているか否かを決定することしかできない。また、熱投入量分布の監視は、処置プロセスを遅くしがちな大きな操作上の制約を伴う。なぜなら、特に達成された熱投入量の正確な画像を得る前に処置領域を完全に冷却させる必要があるからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】PCT出願公開WO02/43804
【発明の概要】
【0011】
本発明の目的は、上述した問題点の少なくとも1つを解消することができる、標的領域の熱治療装置、および関連する方法を提供することである。
この目的を達成するために提案される、生体組織の標的領域を治療するための熱治療装置は、
・標的領域内の焦点Pにエネルギーを付与するためのエネルギー発生手段、
・該領域内の温度の空間分布を測定するための測定手段、および
・引き続いた複数の処置ポイント(治療ポイント)の方向への焦点Pの移動を制御する手段と、この引き続く処置ポイントに前記発生手段により付与されるエネルギーを制御する手段とを備えた制御装置、
を備え、前記制御装置が、治療を実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する手段をさらに備えていて、前記引き続く複数処置ポイントの各ポイントの位置および処置エネルギーが、それ以前の処置ポイントの位置および空間エネルギー分布に基づいて決定されることを特徴とする。
【0012】
従って、本発明の装置では、三次元であってもよい広い体積の治療を高い均質性で達成することが可能なる。
エネルギー源をスポットの処置ポイント上に集束させる時、生ずるエネルギーの空間分布は、その処置ポイントだけに位置するのではなく、処置ポイントに隣接した面積にも広がる。従って、それ以前の処置ポイントを考慮に入れることにより、標的領域のどの部分も過剰露出にはならないように、処置すべき新たなポイントの位置とエネルギー強度を調整することが可能となる。
【0013】
このようにして、過剰露出となりうる有害な処置ポイントのオーバーラップ(重複)が起こるのを避けられる。
また、ここに提案する装置は非常に正確である。なぜなら、次回の各処置ポイントのパラメータを、それぞれ前回の処置ポイントの空間エネルギー分布に基づいて設定することができるからである。その領域内の温度の空間分布から、それ以前の処置ポイントの空間エネルギー分布を差し引くことが可能となり、その値から、その領域の完全な治療または処置のためにまだなし遂げなければならない残りの空間エネルギー分布を演繹(導出)することができる。これは、相対的に二値的な熱投入量監視ではそうであるように、標的領域の壊死閾値に到達しなければならないが、それをわずかしか超えられない場合に特に有利である。また、温度分布を監視するために標的領域のどんな冷却も行う必要がないので、処置時間を最適化することができる。
【0014】
最後に、空間エネルギー分布のオーバーラップ効果を考慮することにより、ある領域を治療するのに用いる合計エネルギーを著しく低減させることができ、従って、患者に対する付随するリスクも低減させることができる。これは、この領域の中心に処置ポイントを位置させる必要がなくなるからである。
【0015】
好ましいが制限を意図しない本発明の熱治療装置の態様は次の通りである。
・処置ポイントの空間分布が三次元である。
・制御装置が、標的領域を治療するための温度調節システムにより規定された必要エネルギーの空間分布に基づいて実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する手段を備える。
【0016】
・制御装置が、比例積分微分(PID)制御システムに従って標的領域を治療するための必要エネルギーの空間分布を決定する手段を備える。
・実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する前記手段が、1つの処置ポイントに特有の空間エネルギー分布を用いた、標的領域を治療するための必要エネルギーの空間分布のデコンボリューション(deconvolution)手段を備える。
【0017】
・実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する前記手段が、標的領域を治療するのに残っている残留エネルギーの最大空間分布に対応する処置ポイントを決定する手段を備え、この残留エネルギーの空間分布は、標的領域を治療するための必要エネルギーの空間分布からそれ以前の処置ポイントに特有の空間エネルギー分布を差し引いた値に対応する。
【0018】
・制御装置が、次式のように実施すべき処置ポイント空間およびエネルギー分布を決定する手段を備える:
【0019】
【数1】

【0020】
・制御装置が、エネルギー発生手段により付与されたエネルギーを不均一な温度管理計画(temperature regimen)に基づいて制御する手段を備える。
・制御装置が、エネルギー発生手段により付与されたエネルギーを、各処置ポイントに対して時間シフトさせた温度管理計画に基づいて制御する手段を備える。
【0021】
本発明はまた、
・標的領域内の空間温度分布を測定し、
・この標的領域内の引き続いた複数の処置ポイントの方向への焦点Pの移動を命令し、
・焦点Pにエネルギーを付与する、
工程を含む生体組織の標的領域の熱治療方法であって、実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する工程をさらに含み、引き続いた複数処置ポイントの各ポイントの位置および処置エネルギーが、それ以前の処置ポイントの位置および空間エネルギー分布に基づいて決定されることを特徴とする熱治療方法も提案する。
【0022】
ここ提案された治療方法は、上に提案された治療装置を用いて実施することができる。この治療装置はさらに、ここに提案された治療方法の他の特徴的な工程を、好ましいが制限を意図しない態様に従って実施することができる手段をさらに備えていてもよい。
【0023】
本発明の他の特徴および利点は、例示のみを目的とし、制限を意図しない、添付図面を参照しながら読むべきである、以下の説明から明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本熱治療装置の各種の特徴的な構成要素を図示する。
【図2】図2a〜2cは、焦点を電子的に移動させるための電気信号の位相シフトを図示する。
【図3】マトリクス型トランスデューサの前面における256個の素子の分布を示す。
【図4】図4aおよび4bは、焦点の形状、即ち、処置ポイントにより誘導された空間エネルギー分布を説明する音場(acoustic field)のシミュレーションを図示する。
【図5】256個の電気信号を発生する発生器の構成を図示する。
【図6】図6a〜6cは、焦点を4つの点にわたって電子的に移動させることにより得られた温度マップを示す。
【図7】焦点を2つの連続したスパイラル(らせん)に沿って電子的に移動させることにより得られた温度マップを示す。
【図8】図8a〜8cは、3つの直交する平面、即ち、それぞれ平面kzy、平面kxzおよび平面kxyにおいて、焦点の形状、即ち、ある処置ポイントにより誘導された空間エネルギー分布の形状のフーリエ変換を図示する。
【図9】集束ポイントの重なり(オーバーラップ)に起因して、必要エネルギーに比べて生じた余剰エネルギーを図示する。
【図10】図10a〜10cは、最大アルゴリズム検出の最初の3つのイテレーション(繰り返し)を図示する。
【図11】最大アルゴリズム検出の最初の3つのイテレーションで得られた、必要エネルギーに比べて生じたエネルギーを図示する。
【図12】図12〜15は、最大アルゴリズムの検出を適用して、所定形状の焦点(図12i,12iiおよび12iii)および立方体分布(cubic distribution)の必要エネルギー(図13i,13iiおよび13iii)で、ポイントの密度(図14i,14iiおよび14iii)とこの点密度により生じたエネルギー(図15i,15iiおよび15iii)を示す。異なる図であることを示す添え字i,ii,iiiは、それらの図が、それぞれ横断面(transverse plane)、前頭面(coronal plane、冠状面)および矢状面(sagittal plane)に沿って得られたものであることを意味する。
【図13】図12について説明した通りである。
【図14】図12について説明した通りである。
【図15】図12について説明した通りである。
【図16】図16a〜16cは、立方体分布の必要エネルギーで3つの中心スライスにおいて最大アルゴリズムの検出により確立された点密度を示す。
【図17】図16a〜16cに示した点密度からとった12ポイントの軌跡を示す。
【図18】図18aおよび18bは、オフセンターの(中心を外れた)ポイントについて5s/mmだけシフトさせた温度−時間および空間管理計画を図示する。
【図19】図19aおよび19bは、幅11mmのセグメント(部分)の温度監視中に得られた2つの熱マップを示し、図19cは幅11mmのセグメントの温度制御後に得られた熱投入量(thermal dose)マップを示す。
【図20】図19aおよび19bにおけるように制御された11個のボクセルについての経時的な最高、平均および最低温度の変化を、設定温度と比較して示す。
【図21】図21aおよび21bは、図19aおよび19bにおけるように実施された温度上昇の最初、中間、および最後に、それぞれX軸およびZ軸に沿った空間温度分布を図示する。
【図22】図22aおよび22bは、図19aおよび19bにおいて15℃に保持された加熱温度中の4時点における、それぞれX軸およびZ軸に沿った空間温度分布を図示する。
【図23】図23aおよび23bは、オフセンターのポイントについて温度管理計画をシフトさせた幅11mmのセグメントの温度監視中に得られた2つの熱マップを示し、図23cは、オフセンターのポイントについて温度管理計画をシフトさせた幅11mmのセグメントの温度制御後に得られた熱投入量マップを示す。
【図24】図23aおよび23bにおけるように制御された11個のボクセルについての経時的な最高、平均および最低温度の変化を、設定温度と比較して示す。
【図25】図25aおよび25bは、図23aおよび23bにおける温度上昇中の異なる5時点での、それぞれX軸およびZ軸に沿った空間温度分布を図示する。
【図26】図26aおよび26bは、図23aおよび23bにおいて15℃に保持された加熱温度中の4時点における、それぞれX軸およびZ軸に沿った空間温度分布を図示する。
【図27】各ポイントで同期またはシフトさせた温度管理計画により得られた図19aおよび19bならびに23aおよび23bにおける加熱中の中点高さ、即ち、7.5℃での幅を示す。
【図28】8×8×12mm3の立方体体積の温度制御において、温度上昇の中間での熱マップを示す。異なる図であることを示す添え字i,ii,iiiは、それらの図が、それぞれスライス3、スライス4およびスライス5に関して得られたものであることを示す。
【図29】温度上昇の最後での図28と同様の熱マップを示す。添え字の意味は図28と同じである。
【図30】図28と同様の温度制御後に得られた熱投入量マップを示す。添え字の意味は図28と同じである。
【図31】図28および29におけるように制御された147個のボクセルについての経時的な最高、平均および最低温度の変化を、設定温度と比較して示す。
【図32】図28および29における加熱温度上昇の最初、中間および最後における3個のスライスのX軸に沿った空間温度分布を示す。異なる図であることを示す添え字i,ii,iiiは、それらの図が、それぞれスライス3、スライス4およびスライス5に関して得られたものであることを示す。
【図33】図32と同様であるが、Z軸に沿った空間温度分布を示す。
【図34】図28および29における加熱温度上昇の最初、中間および最後におけるY軸に沿った温度を示す。
【図35】8×8×12mm3の楕円体体積の温度制御において、温度上昇の中間での熱マップを示す。異なる図であることを示す添え字i,ii,iiiは、それらの図が、それぞれスライス3、スライス4およびスライス5に関して得られたものであることを示す。
【図36】温度上昇の最後での図35と同様の熱マップを示す。添え字の意味は図35と同じである。
【図37】図35と同様の温度制御後に得られた熱投入量マップを示す。添え字の意味は図35と同じである。
【図38】図35および36におけるように制御された87個のボクセルについての経時的な最高、平均および最低温度の変化を、設定温度と比較して示す。
【図39】図35および36における加熱温度上昇の最初、中間および最後における3個のスライスのX軸に沿った空間温度分布を示す。異なる図であることを示す添え字i,ii,iiiは、それらの図が、それぞれスライス3、スライス4およびスライス5に関して得られたものであることを示す。
【図40】図39と同様であるが、Z軸に沿った空間温度分布を示す。
【図41】図35および36における加熱温度上昇の最初、中間および最後におけるY軸に沿った温度を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
[本発明装置]
全体的説明:
図1は、生体組織の治療(処置)すべき標的領域を測定して、標的領域の特性決定(例えば、その移動)を行うように意図された標的領域の測定信号を付与する手段を備えた生体組織の治療装置を示す。生体組織の治療すべき標的領域の画像を得るための測定手段としては、例えば、MRI撮像(イメージング)手段2を使用することができる。例えば、1.5テスラのMRI撮像装置を使用すると、治療対象の患者の患部領域の3D解剖学的マップおよび温度マップを同時に得ることができ、その空間解像度は1mmのオーダー、精度は0.5℃のオーダー、時間解像度は1秒のオーダーである。
【0026】
磁石内部で獲得された測定値を、MRIリコンストラクタ(再構成器)5により画像に変換させる。該リコンストラクタはフーリエ変換を行って、フィルタリングしてから、獲得ユニット6にこの画像を表示する。
【0027】
加熱される部分を含む温度マッピングはMRIにより実施される。このデータは、MRI獲得ユニット6の高速ネットワーク接続によりリアルタイムで、監視ユニットの形態の装置の制御手段7に送られる。この制御手段7は、特に温度マップの監視および超音波システムの案内に特化されている。
【0028】
これらのデータに基づいて、制御手段7は、例えばコンピュータプログラムを用いて、解剖学的および熱的(温度)マップに基づきその後の集束ポイント(焦点)の位置および強度を評価する。
【0029】
次回の焦点の座標およびパワーは、エネルギー発生手段(3,4)に伝えられる。より正確には、これらのデータは光ファイバーを経由して数ミリ秒で256パス信号発生器4に伝えられる。この発生器4は、それに接続されたマトリックス型トランスデューサ3が選択された焦点P上に集束された超音波を発生するように位相シフトされている超音波電気信号を発生させて、それを増幅する。こうして、集束ポイント内部に誘導された温度上昇により、壊死を達成するのに必要な熱投入量を得ることが可能となる。
【0030】
焦点の電子的シフト:
焦点の電子的シフトの原理は、各エレメント(素子)に由来する波動の所望位置での増加的(強め合う)干渉を生じるように電気信号の位相を調整することからなる。図2a〜2cは、集束ポイント(集束点)の電子的シフトを誘導する、電気信号の位相シフトの1例を示す。
【0031】
超音波の伝搬方向において、位相は波長λについて2πだけ変化する。そのため、エレメント番号0に対するエレメント番号nの電気信号の位相Φnは次の位相の法則を用いて算出される。
【0032】
【数2】

【0033】
この式において、長さLnは座標(Xn,Yn,Zn)のエレメントnの中心と座標(XF,YF,ZF)の所望の集束ポイントとの間の距離に対応する。この長さは、次のピタゴラスの式を用いて直接算出される。
【0034】
【数3】

【0035】
この位相シフトの算出法は、点エレメントをとるため近似的であるが、音場のより完全な解析を用いて得られるのと同じ結果を与える。上式(式1)を用いた電気信号の位相の計算は、長さLnの平方根の計算しか必要としないため、非常に正確で非常に素早い。空間温度の制御中に、位相シフトの計算は非常に頻繁に行われるので、この方法は、常に使用される唯一のものとなる。
【0036】
トランスデューサの機械化されたシフトに比べて、焦点の電子的シフトは、1秒あたりに多数の被加熱ポイントについて移動させることができるので、空間的に温度を制御するのに特に有用である。また、トランスデューサは固定されたままであるので、この焦点の移動は、磁気感受性の変化に関連する画像形成における人工的な異物を何も創成しない。集束ポイントの電子的な移動は、次に述べるように、速度に関しては何の制約も受けないが、一方で別の種類の制約を受ける。
【0037】
・焦点の位置がトランスデューサに印加された電気信号の位相により各時点ごとに再規定されるため、速度の制限がない。使用する電気信号発生器だけが、すべてのパスを新たな望ましい値に切り換える前にデータ移転のためにいくらかの時間を必要とする。従って、焦点位置が変化する間の最小時間は60msである。
【0038】
・第2に、集束効果は複合ピエゾ素子が信号を発する場所でのみ生ずることができる。この領域は素子のサイズ、使用する周波数、トランスデューサの焦点距離とずっと程度は小さいがその形状に依存する回折の効果により規定される。次に説明するマトリックス型トランスデューサの場合、焦点のシフトは15mm×15mm×28mmの楕円(長円)体の内部に限られる。
【0039】
移動速度に関する真の制約が何もなくなるので、空間の比例積分微分(PID)制御を最適化することができる。この種の温度調節システムのより詳しい説明については、「生態組織の熱治療アセンブリ及びこのアセンブリの実施方法」と題する1999年9月13日出願の仏国特許出願第99−11418号に有益な言及がなされているので、これを参考文献としてここに援用する。他方、電子的シフトの主な欠点は、その移動の増幅が小さく、加熱を小体積に制限することである。
【0040】
マトリックス型トランスデューサの説明:
この出願のために、1.5MHzで動作する超音波マトリックス型トランスデューサがイマソニック(Imasonix)社と共同で開発された。焦点距離80mm、開口(アパーチャ)半径55mmのこのトランスデューサは、開口角(angle of aperture)86°を形成する。このトランスデューサのために選択した素子の半径は、回転軸に沿って−16mm〜13mmで、2つの直交軸に沿って±7.5mmという範囲にわたって焦点の位置決め自由度を有するように2.9mmとする。トランスデューサ表面上での素子の分布は、焦点を移動させた時に二次ローブ(副ローブ)が小さくなるように高密度(コンパクト)非対称とする。
【0041】
図3は、このトランスデューサの製造のために選択した素子の配置を示す。この配置により、7%未満の二次ローブで集束ポイントを上記範囲にわたって移動させることが可能となる。
【0042】
図4aおよび4bは、20×20mm2のウインドウでこの幾何学形状の上記トランスデューサにより作られる音場のシミュレーションを図示する。開口角80°のこのトランスデューサの場合、焦点のサイズは0.76×0.76×3.47mm3となる。このトランスデューサの幾何学形状は、小さな開口角の音ウインドウで十分であるため、かなり汎用性がある。
【0043】
1.5TのMRIとの完全な適合性のために、このトランスデューサならびに付属ケーブルおよびコネクタの製造に使用する各部材は、その磁場への干渉が最小限となるように設計する。このために、銅、錫、鉛、セラミック、樹脂、シリコーン樹脂といった選択された材料は、磁化率が水と空気の間にあるものである。これらの材料では、トランスデューサはMRI画像にゆがみを生ずることはない。また、このトランスデューサの輪郭形状はMRI画像にはっきりみえるので、その位置を、従って作られる焦点の位置を容易に確認することができる。
【0044】
マルチパス(多重通路)発生器の説明:
マトリクス型トランスデューサの使用を可能にする256パス信号発生器の電子的構成を図5に示す。
【0045】
PCに装備されているMOXA C104Hカードによって、シリアルポートの速度を115200Kb/sから460800Kb/sに増大させる。必須情報の周波数、位相および振幅のみを転送することにより、シヌソイド(正弦波)を再規定(リデフィニション、再定義づけ)するための全てのデータが22ms(ミリ秒)で送信される。
【0046】
また、光ファイバーは、長距離にわたる高速ビットレート(伝送速度)が可能であることに加えて、電磁妨害に対して優れた防護を与える。光ファイバーにより、外部妨害を全く生じず、データをMRIのファラデー・ケージ(遮蔽箱)を通過させることができる。このようにして、MRI室外部の監視ユニットとMRI室内部の信号発生器との間の接続がMRI装置の動作を妨害せずに確保される。
【0047】
また、この発生器はMRI室の内部で動作させるために開発されたものである。カードは、電磁放射の発生が低くなるように設計された。従って、発生器の設置には、従来は必要であった256個の壁面フィルタリングボックスの代わりに、2本の光ファイバーを各ケーブルがファラデー・ケージを通過することができるように設置することが必要になるだけである。
【0048】
この発生器は、68HC11マイクロプロセッサにより操作される。このマイクロプロセッサは、それぞれ8つのシヌソイドを発生する32枚のカードのPLD(プログラマブル・ロジック・デバイス)にデータを分配する。PLDはその後、位相および周波数に関するデータをDDS(ダイレクト・デジタル・シンセシス)発生器にアドレス指定し、増幅器を動作させる。位相および周波数変調のためのオリジナル設計を備えたDDSは高速で正確な信号切り換えを確保する。これは、ラグライン(lag lines)では±5°より大きな位相精度を超えることがない超音波信号の他の発生器に比べた大きな改善を意味する。その後、シヌソイドの振幅が可変利得増幅器により調整される。全てのDDSに共通の1つのクロックを使用することにより、全ての出力段階の完全に同期した使用が確保される。換言すると、この共通クロックによって、各シヌソイドの位相は同じように参照化される。
【0049】
信号の規定(定義づけ、デフィニション)は、次の順で上記データを格納したファイルを転送することにより行われる。
・次式の値を有する、全ての出力に共通の周波数をコード化するための4つの任意オクテット。
【0050】
【数4】

【0051】
従って、周波数は±3MHzの精度で0〜24MHzの範囲内で規定される。
・2オクテットについての512のオクテットは、次式に従って各信号のそれぞれの位相を規定する。
【0052】
【数5】

【0053】
これにより全ての位相が±0.04°の精度で0〜360°の範囲内で調整されうる。
・256オクテットを用いて、次式に従って各パスの出力パワーを調整する。
【0054】
【数6】

【0055】
従って、出力パワーは±8mWの精度で4Wまでにわたって変動しうる。
通信プロトコルのフォーマットは半二重接続モードのX−MODEMである。128オクテットの各転送パケットが、1オクテットについてコード化されたCRC(巡回冗長検査)により受信を制御する受信機により受信確認される。このようにして、該コンピュータは、秘密保持プロトコルを用いて、22msごとに周波数、位相または振幅を規定するファイルを送信することができる。
【0056】
このデータは次いで68HC11マイクロプロセッサの近傍のメモリーカードに格納された後、32枚のPLDロジックカードのそれぞれに再分配される。全てのカードの論理回路がそれらの情報を受けとったら、スイッチ信号が全カードに同時に送られる。この瞬間から始まって、各論理回路は全シヌソイドの周波数、位相および振幅を同時に変更する。これにより、超音波ビームが部分的にデフォーカス(焦点ぼけ)し、従って患者の安全性に有害である過渡的状態を避けることができる。
【0057】
マイクロプロセッサ内で実行されるプログラムにより課せられる制限により拘束されるが、全出力の状態(ステータス)を変更するための最短時間は60msに制限される。
要約すると、この発生器は下記が可能となるように設計される:
・信号再規定(再定義づけ)の迅速さ
・信号の同時変化
・電磁放射が低い
・出力シヌソイドの正確な規定
・安全なデータ交換
・可搬性。
【0058】
焦点の電子的シフトの例:
焦点の電子的シフトの原理およびマトリクス型トランスデューサの適正な機能遂行を試験するため、集束ポイントを一辺が8mmの正方形の周囲で4ポイント移動させた。この軌跡を、200Wの一定電力で125msごとに集束ポイントの位置を変化させることにより0.5sごとに周期的に繰り返した。同時に3.9秒ごとに4mmの5スライス(エコー時間18ms)を行うことにより、図6a〜6cにみられる加熱が、4集束ポイントから同時に誘導されるようである。
【0059】
この焦点の移動方法は非常に素早い。なぜなら、最大変位速度(displacing speed)がなくなり、使用する発生器による60msの最小電子的信号切り換え時間だけになるからである。生成した信号の位相規定精度は1mmの波長に対応する期間の212分の1である。また、256の信号間の位相誤差は互いに平均化される。焦点の理論的位置決め精度は1mm/(256×212)=1nmである。ただし、この結果は、非常に小さいメッシング(meshing)と非常に高い数値精度を必要とするシミュレーションでも検証することは難しいままである。
【0060】
可能な軌跡の種類は、各ポイントがその中心点から7.4mmより遠くに離れない距離にある限り、任意に選択することができる。図7は、2つの引き続いたスパイラル(らせん)加熱中に得られた全ての熱マップを示す。直径10mmの各スパイラルは96ポイントからなり、20s持続する。使用したシーケンスは前と同じであり、3.9sごとに1獲得の速度である。
【0061】
各ポイントに印加された電力は、移動の大きさに対して補償された強度である、50Wの一定電力である。このようにして、本実験ではそうであると思われるが、組織が異質性を持たない限り、得られた加熱は均質である。パワー(電力)または点密度(ポイント密度)は、後で説明する2D温度制御アルゴリズムによっても恐らく制御可能かもしれない。しかし、焦点を所定空間の全方向に電子的に移動させることができるので、三次元(3D)温度制御を使用することが好ましい。
【0062】
[体積温度制御]
PID空間アルゴリズムを用いて3Dエネルギー分布:
空間温度制御は、空間の各ポイントでのPID自動化の微分式の拡張に基づく。
【0063】
【数7】

【0064】
この式では、空間および時間変数ζは、次式に示すように、空間の各ポイント
【0065】
【数8】

【0066】
における時間tでの設定温度TCと測定温度Tとの差である。
【0067】
【数9】

【0068】
空間および時間温度制御の原理は、空間の各ポイントを個々に取り扱う。従って、加熱された各ポイントの設定温度を互いから独立して個々に規定することができる。しかし、1ポイントだけを単独で加熱することは困難であるので、所望温度に向かう収束は必ずしも保証されない。特に波動伝搬軸に沿った焦点付近では、温度の上昇が常に内在する。また、熱拡散効果は、あるポイントから隣接ポイントに加熱を伝搬する傾向を示す。これらの理由から、設定温度の空間解像度が焦点の空間解像度を超えることがなく、かつ隣接する2ポイント間の温度勾配が拡散係数に対して高すぎないことを条件に温度制御を行うことができる。異なる加熱ポイント間の相互作用と組織挙動を予測するのに使用される熱伝達式は次の通りである。
【0069】
【数10】

【0070】
従って、PID微分式は、印加された電力が次のように選ばれる時に平衡がとれる。
【0071】
【数11】

【0072】
空間分布をもつ電力を印加する、即ち、異なる複数ポイントを同時に加熱する、ことは非常に困難である。これは、複数のポイントに同時に集束するマトリクス型トランスデューサを用いて達成することができる。しかし、このようなマトリクス型トランスデューサの使用は、多くの有害な二次ローブを誘導することから、非常に危険であって、制限される。より良質の結果が、各ポイントに逐次的に集束することによって、より単純に得られる。
【0073】
焦点を移動させる方式が電子的および機械的のいずれであるかに関係なく、印加される電力の空間分布ではなく、各ポイントに投入されるエネルギーを考慮する必要がある。
【0074】
【数12】

【0075】
時間間隔tAは、加熱される全ポイントをカバーするのに必要な時間である。この時間はまた、PID制御を計算する周波数も規定する。逆反応(カウンターリアクション)の安定性を保証するため、システムの応答時間tR(2/qに等しい)は制御時間tAより大きくなければならない。一般に、応答時間は制御時間の3倍となるように選択する。
【0076】
PID制御された調節を実施するには、比例、積分および微分の項をポイント制御と同様にして計算する。また、挙動の予測を高速フーリエ変換(FFT)を用いて、または離散化して計算することができる。空間PID制御はポイントPID制御と同じ式に基づいているので、それは使用した組織パラメータに関して同じ安定性を与える。
【0077】
加熱体積のよりよい制御のために、全体積にわたって前記の式(式7)を用いた3D空間温度制御を実施することが好ましい。ただし、これは、こうして計算された3D空間エネルギー分布を投入する能力を必要とする。これは、該体積内に含まれるボクセル数が非常に多いことと、特に既に述べたオーバーラップ効果を考慮すると、かなり複雑である。
【0078】
3Dエネルギー投入方法:
前記の総括式(式7)を用いて、三次元での所望温度を得るために、全例において必要エネルギーを算出することができる。マルチパス信号発生器に付属するマトリクス型トランスデューサは非常に高速なツールであるが、このエネルギーを与えるのが常に容易であるとは限らない。
【0079】
材料の制限を考慮すると、或る種の空間エネルギー分布は実際的ではない。例えば、その設定温度よりかなり高温のポイントでのPID式(式7)の計算は、一般に負のエネルギー値を生ずる。低温療法用の器具は存在するが、超音波トランスデューサでは多量のエネルギーの抜き取りは可能ではない。従って、PID制御はこのポイントでは実現可能ではない。そうなると、解決策は、拡散または潅流の効果により組織が十分に冷却されるまで待つことになる。
【0080】
また、必要な空間エネルギー分布が1×1×1mm3のディラック(Dirac)であると、3倍もより長い0.76×0.76×3.47mm3の集束ポイントを持ち、実現可能ではない。従って、1つの集束ポイントにより誘導された空間エネルギー分布E1ptを考慮に入れる必要がある。焦点の移動を並進に模擬することができるなら、軌跡ETrajにより投入されたエネルギーは次式を用いてフーリエ空間内ですばやく算出される。
【0081】
【数13】

【0082】
この表式では、軌跡関数Γは、点密度の空間分布である。今日に至るまで、2D温度制御について、ある軌跡により生じたエネルギーは点密度と同じように考えられてきた。なぜなら、前頭面(coronal plane)内で焦点は1つのボクセルに対応するからである。この法則は、前頭面においてMRIにより獲得されたボクセルの幅が0.76mmを超えない限り、検証される。三次元の検討の場合には、この近似は超音波伝播コーンのオーバーラップ効果のために決して検証されない。この効果は、スパイラル軌跡の例において示したように、伝搬軸に沿って数センチメートルの長さにわたって加熱を誘導することができる。従って、生じた全エネルギー分布の全体が、音場の空間分布に依存するこのオーバーラップ現象により制限される。前記式(式8)によると、この全体は図8a〜8cに示した焦点の形状の変換に直接関係する。
【0083】
1ptの変換は、kYが0ではない大部分のポイントについて0であるので、同じことがETrajの変換にもあてはまる。他方、E1ptは平面kXZを完全にカバーする。換言すると、全ての実現可能なエネルギー分布の全体はY方向には細部を含むことができないが、XおよびZ方向には細部を含むことができる。通例、フーリエ空間では、E1ptの変換がゼロであると、実現可能なエネルギー分布はゼロである。また、点密度は負になることはできないので、前記式(式8)を検証する正の軌跡関数が存在しなければならない。
【0084】
温度制御を実施するために、音場をシミュレーションするのに用いた操作に逆操作を適用しなければならない。軌跡を用いてエネルギー分布を計算する代わりに、あるエネルギー分布から軌跡を導出(演繹)しなければならない。前述した制約を考慮すると、この問題は、次式により記述されるように、デコンボリューションを用いて解決することができる。
【0085】
【数14】

【0086】
フーリエ空間では、ETrajがゼロではない場合、ΓはETraj/E1ptの比に対応し、ETrajがゼロの場合には、この軌跡により投入されるエネルギーを最小にするためにΓはゼロとなるよう選択される。こうすると、実空間では、軌跡関数の正の値だけが保持される。
【0087】
残念ながら、全観測ウインドウにわたって必要エネルギーと生じたエネルギーとの差を最小にするこの解法は、標的(ターゲット)体積についてのエネルギーを低下させて、その外側に投入されたエネルギーを最小にする傾向がある。観測ウインドウの大きさ、従って、標的体積の外側のボクセル数に依存して、投入すべきエネルギーの過小評価が多かれ少なかれ起こる。また、正のE1pt関数によるコンボリューション(畳み込み)の結果は、低域フィルターである。E1ptによるデコンボリューションは逆の効果を生じ、輪郭線(contour)を増し、ノイズを増幅させる。デコンボリューション法を用いて得られた軌跡関数は観測ウインドウのサイズに依存し、計算されたエネルギー分布より低い信号雑音比を有するので、PID制御の安定性を維持するには別の解法を使用する必要がある。
【0088】
最大アルゴリズムの検出:
軌跡関数を必要エネルギーの空間分布に等しくなるように選択することからなる2D温度制御に用いたトリビアル(単純自明)な解法は、オーバーラップ効果が無視できる場合には効率的である。その例示のために、図9は、正方形空間分布を形成するために一緒にグループ化された3つの形態の焦点を示す。
【0089】
このグラフでは、赤色の曲線は必要エネルギーを表し、黒色の曲線は書き換えられた(translated)集束ポイントにより生じたエネルギーを表す。より長い距離にわたって各焦点の二次ローブは、その中心が既に必要エネルギー値に到達している残りの集束ポイントにそれら自体を加える。従って、この例で生じたエネルギーは、所望値を70%超過する。ここで使用した焦点の形状は、波動の伝搬軸に沿って測定された強度にオーバーラップを高めるため係数2を乗じた値に対応する。実際には、重なり(スーパーインポジション)が三次元で起こるので、この超過はずっと大きな値に達する。
【0090】
あまりラジカルではない1つの解決策は、各ポイントを、残りのポイントの影響を観測することによってイテレーション(繰り返し)により演繹することからなる。このアルゴリズムの目的は、空間内の全ポイントで必要なエネルギーレベルに到達するための最低エネルギーの軌跡を見いだすことである。
【0091】
集束の原理は、放出された全エネルギーを1点に集中させることである。このため、ある要求された点エネルギーについて、最高の収率はこのポイント(点)に集束することにより得られる。また、必要エネルギーの任意の空間分布について、必要エネルギーが最大であるポイントに集束することが最適である。しかし、このポイントに印加された集束エネルギーはその周囲に作られた集束ポイントに依存する。図9に示された誤差を再現しないように、このポイントに印加されたエネルギーは必要エネルギーレベルより低くなければならない。任意に、このポイントに印加されるべきエネルギーを次いで必要エネルギーの値のパーセンテージRに等しくなるように選択する。この印加されるべき集束ポイントを考慮に入れたなら、必要エネルギーの最大分布をそれ以前に演繹された集束ポイントから生ずるエネルギー分布を差し引いた差に対応するポイントを探してアルゴリズムを繰り返す。図10a〜10cは、90%のパーセンテージRで方形関数(square function)に適用されたこのアルゴリズムの最初の3回の繰り返しを示す。
【0092】
このアルゴリズムは数学的には下記の数列の形態で書かれる。
【0093】
【数15】

【0094】
この式において、ディラック関数の値δは、その値が1である起点を除いたすべての位置で0である。温度制御は有限数Nのボクセルについて行われるので、N回の繰り返し後、最大残留エネルギーEnは少なくとも(1−R)倍だけ減少する。
【0095】
【数16】

【0096】
この不等式は、最大残留エネルギーが0に向かって収束するような幾何学的収束を確認する。印加される最大焦点エネルギーは、算術的収束ではなく、この幾何学的収束を得るために、一定ピッチではなく、残留エネルギーのあるパーセンテージとなるように選ばれる。また、軌跡関数Γnの数列の収束が保証されるが、それは、その各ポイントが図9に示されたトリビアル関数により制限された増大する数列を意味するためである。
【0097】
収束で、得られた軌跡関数Γは、各ポイントで必要エネルギーに到達する最小エネルギーのそれに対応する。必要エネルギー分布が実現可能関数(平方根のような)の一部ではない場合、この軌跡により生じたエネルギーは一部のポイントで(正方形の外側縁部の)所望のエネルギーレベルを超えている。しかし、より小さいエネルギーとなることが望まれる全てのボクセルで少なくとも壊死は得られる。
【0098】
図11は、図10に示した3つの集束ポイントにより生じたエネルギーを示す。中央のポイントが必要エネルギーには到達していないため、収束が達成されていない。その後の繰り返し(イテレーション)は、中央のポイントの値を増大させることからなるであろう。どの場合も、各ステップにおいて最大のパーセンテージ(1−R)が常に残ることから、収束は決して達成されない。このため、停止判定基準を使用することが不可欠である。選択したのは、最後の最大値の初期最大値のパーセンテージとの比較であり、これにより、生じたエネルギーの得られた精度を規定することが可能となる。
【0099】
また、係数Rは、上式(式11)に係るアルゴリズムの収束速度を規定する。Rが1に近いほど、収束は速くなるが、同時に、検出された最大ポイントで投入されるべきエネルギーを推測するには高すぎる値が得られる危険性も大きくなる。このような生成エネルギーの不必要な行き過ぎを避けるために、1−Rの値は、1に正規化される関連する集束ポイントの二次ローブの合計に等しいか、それより大きくなるように選択することができる。この結果は集束ポイントの間隔、従ってMRIイメージング(撮像)の解像度、に依存するので、Rに比較的低い値を選ぶことがより簡単となる。この選択はそれほど制限を課すものではない。なぜなら、精度2%の場合で集束係数Rが10%であっても、計算時間は1GHzプロセッサの場合で10msを超えないからである。しかし、これは制御されるN個のボクセルについて単独に、最大値を探し、残留エネルギーを算出することにより、コードを最適化することを必要とする。そうしないと、コードは観測ウインドウのサイズに依存して100倍以上も遅くなる。
【0100】
得られた軌跡関数は、Rがある値を超えない限り、選択したR係数に関係なく同一となる。唯一の不明確さは、ある等しい値になった場合の最大値の選択にあり、これは前述した(正)方形のような一様な必要エネルギーに印加された第1回のイテレーションに対してあてはまる。実際には、この奇妙なケースは頻繁には起こらず、別のものではなく1つの最大値の選択は、それらが両方ともエネルギー投入を必要とすることから、何ら実際の結果を招くことはない。選択した解決策は、加熱された体積の周囲に位置する領域がより高い点密度を必要とすることから、遭遇した最初の最大値である。
【0101】
図12〜15は、この最大アルゴリズムの検出を、10%の係数Rおよび5%の精度で7×7×9mm3の立方体3D体積に適用した例を示す。MRIと同様に、使用した解像度は1×1×4mm3のボクセルからなる6スライスである。得られた点密度は主にこの立方体の角部(コーナー)に位置し、次いで縁部、好ましくは上側と下側の縁部に位置する。要するに、それは中空形状である。一般に、必要エネルギーの形態に関係なく、最も高い点密度はその外周部に位置する。
【0102】
結果の精度を検証するため、この点密度で前記式(式8)を用いて算出した生成エネルギーを、図15i,15iiおよび15iiiに再現して示す。予想通り、生成エネルギーは、該立方体の全体にわたって5%以内で必要エネルギーに対応する。他方、立方体の外側ではエネルギーが必ず生成している。それは特に、超音波伝搬のコーンがオーバーラップするY軸に沿って起こる。
【0103】
最大アルゴリズムの検出を用いて、精度、素早さおよび安定性を持ちつつ点密度を規定することができる。ノイズ(雑音)の高周波数は実行不可能な高い勾配(特にY軸に沿って)を有するので、得られた軌跡関数の信号雑音比は、必要なエネルギー分布の信号雑音比に等しいか、それより高くなる。また、この分布が実現可能ではない場合には、一部のポイントにおける生成エネルギーが必要エネルギーを超えて、最小エネルギーで全ポイントにおいて所望温度に到達する。これらの全ての利点が完全に治療ニーズに対応し、唯一の欠点は、必要エネルギーの平均した行き過ぎ(mean overstepping)であり、これはノイズのレベルと制御されたボクセルの数と共に増大する。
【0104】
軌跡の抽出:
最大アルゴリズムの検出を用いた点密度の空間分布の計算がすんだら、上述した材料の全ての制約を考慮に入れて1つの軌跡を抽出しなければならない。
【0105】
予め得られた軌跡関数(図16a〜16cを参照)は、7×7ボクセルの正方形が非ゼロ(non-zero)である3スライスからなる。理想的には、147ポイントの軌跡は必要エネルギーを5%以内で生ずるように得られるべきである。しかし、逆反応が可能な限り頻繁に生ずることができるように、軌跡の時間長さはあるMRI画像(dynamic)の時間長さに等しくなるように選択される。従って、制御時間は、1つのMRI画像の獲得時間、即ち、この場合には2.4秒に等しくなるように選択される。発生器の最小切り換え時間が60msであることを考慮すると、これは、この時間間隔中に最大40ポイントしか処置できない。また、画像転送および処理時間は完全には規則的ではないため、その時間長さが1つのMRI画像の獲得時間より短い軌跡を使用しなければならない。従って、ポイント持続時間に関して2倍のフレキシビリティー余裕を確保することが有益である。この自由度により、非常に高いエネルギーレベルを必要とするポイントを、非常に高い電力での短時間加熱ではなく、適度な電力でより長い時間にわたって処置することが可能となる。高レベルの音響出力は、非常に短時間でも、ここで求めている効果ではない、組織の挙動を変質させるキャビテーション(空洞形成)効果を引き起こすのに十分効果的である。結論として、図17に示すような、12ポイントを持つ2.2秒持続する1つの軌跡だけが、147ポイントの初期軌跡関数の中から選ばれる。
【0106】
選ばれたポイントは最高エネルギーレベルをもつものであり、残りのポイントは計算された逆反応により必要と判定されれば、その後の軌跡によってカバーされる。その軌跡上でのこれらのポイントの時間順序は、使用する時間長さが短いことを考慮すると、誘導された加熱に対して何らかの著しい効果を有するようには見えない。
【0107】
ポイントの位置とそれらのエネルギーレベルが規定(定義付け)されてしまえば、その各ポイントの時間長さまたは電力(パワー)を調整することによりこの軌跡を実行することが可能である。この選択が可能である場合、電力よりは時間長さを変化させる方が好ましい。装置の摩耗ならびに患者の安全性を考慮すると、強い電力よりは、長い時間の超音波処理の使用が、ずっとより慎重である。明らかに、1ポイントの時間長さは2.2秒を超えてはならない。全ポイントの合計が選択された軌跡の時間長さに等しくなければならないからである。また、発生器の全信号の切り換え時間が制限されているため、各ポイントに対して80msの最小時間が課せられる。使用する電力に関して、ここでは最大電力が200Wに制限されるが、下限の制限はない。明らかに、軌跡のポイントの1つにゼロの電力が付随する場合には、これはリストから自動的に除去される。
【0108】
要約すると、これらの時には矛盾する制約の全ては、各ポイントそれぞれの時間長さお電力を規定するためのアルゴリズムの使用を必要とする。このアルゴリズムは、各ポイントに同じ電力を組み合わせることにより初期化されるが、その際の持続時間は所望のエネルギー分布を達成するように計算された変動しうる値とする。最初に選択された電力定数に重要性はない。その後、それは変更させるからである。
【0109】
イテレーション(繰り返し)ループの第1工程は、所望の軌跡持続時間を得るように1つの同じ係数によって全てのポイントの時間長さを変更することからなる。各ポイントの電力をこの同じ係数で除して、各ポイントで所望のエネルギーを維持するようにする。
【0110】
第2工程の目的は、その持続時間が短すぎる全てのポイントに最小時間を賦課することである。その持続時間が延長されるそれらのポイントについては、最初に規定されたエネルギーを維持するために、電力を低減する。
【0111】
第3の最終工程は、選択された最大電力を超えた全てのポイントの電力を低下させることである。予め規定したエネルギーを維持するために、次いで、変更したポイントの持続時間を増大させる。
【0112】
これらの後段の2工程は軌跡の総時間を増大させるので、アルゴリズムが第1工程での計算を10回程度再び繰り返す。処理されるポイント数が少ない(12ポイント)ので、このアルゴリズムは非常にすばやく(1ミリ秒より短時間で)行われる。しかし、場合によっては、所望のエネルギーでこれらの制限をクリアする軌跡が存在しない。例えば、所望の全エネルギーが最大電力に軌跡の持続時間を乗じた積より大きい場合、またはポイント数に最小時間を乗じた積が軌跡の持続時間を超える場合である。しかし、このイテレーション・ループを去ると、最大電力および最小時間に関する制限が常に検証される。軌跡の持続時間だけを計画されたものより長くすることができる。この場合、最後のポイントは処置されない。初期軌跡関数の残りのポイントと同様に、これらのポイントは次回のMRI画像中に処理される。
【0113】
必要エネルギーから点密度関数への変移は、焦点の形状、従ってトランスデューサの形状により制限される。その後、軌跡関数の打ち切られた(discretized)軌跡への変換は、使用した信号発生器によりさらにかなり制限される。
【0114】
設定温度の時間シフト:
ここまでに説明した方法は、所望温度に到達させるために軌跡を計算することを可能にする。その後に要求されるのは、所望の加熱を行うのに適した設定温度を選択することである。多くの場合、この温度は、腫瘍アブレーションのために必要な熱投入量を得るように、数分間にわたる12℃〜15℃の目標温度により一時的に規定される。この設定温度は、例えば、遺伝子発現または医薬の局所沈着のための非破壊的使用の場合には、ずっと低い温度となるように選択することができる。温度上昇の遷移期がシヌソイド半減期によって得られる。これは、設定曲線およびその導関数の不連続性の創出を防止し、これはむしろ制御の安定性に有益である。
【0115】
設定温度の空間分布に関して、隣接組織を最善に保護しつつ標的領域の均質な治療を得る目的で、該分布は腫瘍全体にわたって一様で、その外側ではゼロにとなるように一般に選択される。従って、温度スケジュールは、その振幅が予め規定した設定時間に従って変動する方形関数(square function)である。
【0116】
しかし、ある体積全体の温度上昇はかなりの量のエネルギーを必要とし、それは材料の制限と体積の大きさを考慮すると1〜2分続くかもしれない。しかし、この時間中に、加熱は拡散作用により外側に向かって伝播する。この作用を制限する1つの方法は、スパイラル軌跡の場合のように、設定温度の分布を、その体積の周囲に位置するポイントで温度上昇を停止するように変更することからなる。このためには、中心ポイントからのそれらの距離に比例してややシフトさせた各ポイントに対して同じ設定時間を使用する。こうすると、まず中心ポイントが加熱される。この加熱は次いでオペレータにより規定された速度で隣接のポイントに伝播する。図18aおよび18bは、この時間設定を1ミリメートルあたり5秒だけシフトさせた、11ボクセル(−5mmから+5mmまで)のセグメントを加熱するために逐次的に使用された時間設定の例を示す。
【0117】
従って、時間設定値は、処置の最後(全てのポイントについて同期させる)を除いて、互いにずらされていく。中心ポイントが周辺ポイントより前に効果的に冷えることは起こりえない。この温度設定の空間分布は、25秒の間隔にわたって時間設定に似た形態をとる。温度上昇が経時的に直線的であるなら、空間設定も直線を形成する。曲線の場合も同様である。中心ポイントに対して対称性の効果により、空間温度設定は、最初は振幅および幅が増大する三角形を形成する。所望の幅および振幅が達成されたなら、この空間設定は丸くなり、次第に方形関数を形成し、その後の均質な処置を可能にする。
【0118】
[実験結果]
本発明の温度制御方法の効率を評価するために、既に述べたマトリクス型トランスデューサおよび256パスの信号発生器を用いていくつかの制御を実施した。使用した獲得シーケンスは、1×1×4mm3サイズの128×128ボクセルの6スライスをもつ常に同じものであった。使用した傾斜エコーシーケンスのエコー時間は18msであり、繰り返し時間は300msであった。また、既知の画像処理技術を以下に示した結果に系統的に適用した。
【0119】
直線温度制御:
実施した第1の空間制御はX軸に沿って整列した11mmの1つのセグメントをカバーした。使用した温度管理計画は、熱投入量の3.5倍を得るために15℃で120秒の均質加熱であった。温度上昇は、11の制御されたボクセルについて最初は同期されたやり方で行われた。
【0120】
図19aおよび19bは、温度上昇の中間および最後に得られた温度マップを示す。加熱された形状はまさしく所望の形、即ち、温度が均質な幅11mmの1つのセグメント、に対応している。いつも通り、熱拡散は温度を隣接組織に伝播させ、それが得られた壊死をやや拡張させ、図19cの熱投入マップに示すように、加熱の最後には12×4mm2の大きさになる。
【0121】
視覚に比べてより統計的な検討のために、図20はPID制御が実施された11個のボクセルについての最低、平均および最高温度を示す。これらの全てのポイントが、平均で0.6℃の範囲内で設定温度に追従している。最低値と最大値との差は、全加熱を通して2℃前後である。従って、全ての制御されたポイントが選択された温度管理計画により所望の熱投入量を誘導している。
【0122】
図21aおよび21bは、それぞれX軸およびZ軸に沿った温度上昇の最初、中間および最後の温度分布を示す。多重(multiple)集束ポイントにより生じた温度上昇は、その振幅がそれ以前に選択された空間および温度設定値に応じて変動する均質加熱を構成する。常に温度勾配の確立を妨害する熱拡散の作用のみで、方形関数の作成が防止されてしまう。空間の全方向への熱拡散は加熱面積を広げる。
【0123】
図22aおよび22bに示すように、15℃の設定温度に到達したら、この設定温度を加熱の最後まで正確に保持する。異なる熱マップ間の唯一の差は、熱拡散による加熱面積の漸進的な拡大である。
【0124】
シフトさせた線形温度制御:
すぐ上に述べた実験を、温度管理計画を、中心から離れた距離にあるポイントについては温度上昇をやや遅らせる図18bおよび18bに示したものに置き換えて、繰り返した。この変更の目的は、温度の広がりを縮小させることである。先の加熱と比較できるように、この新たな温度管理計画は全てのポイントについて80秒にわたる温度上昇で前のように選択された。最高設定温度は、周辺(外周)ポイントで同じ熱投入量を生ずるように、15℃で100秒間であった。中心ポイントは、15℃の最高温度にやや早く到達したため、ややより強く壊死が起こった。
【0125】
図23aおよび23bは、この温度管理計画の中間と最後、すなわち、それぞれMRI画像32および48で得られた2つの熱マップを示す。予想通り、中心ポイントがまず加熱され、次に隣接ポイントが加熱されて所望の最終的な11mmの1セグメントの一様な加熱に到達した。いつもどおり、加熱は熱拡散により拡張されたが、図19aおよび19bに示した熱マップに比べて、今回はセグメントの最後でX軸に沿ってずっと小さい範囲におさまった。図23cに示した11×4mm2の加熱の最後に得られた壊死は、先に得られたものと似ていたが、唯一の差は1ミリメートルだけやや短いことである。
【0126】
11個の制御されたボクセルの最低、平均および最高温度の統計学的検討(図24を参照)は、温度管理計画が全てのポイントについて同じではなかったため、やや異なっている。従って、温度上昇中に、中心ポイントは最高温度のポイントに整然と対応し、2つの周辺ポイントは最低温度のポイントに整然と対応する。この温度上昇中に、最高温度と最低温度との差は、中心領域と最も偏っている部分との差に対応するように広がる。温度上昇が完了すると、この最高温度との差は以前と同じように2℃に戻る。また、15℃の温度保持は0.5℃の平均精度に従わされる。
【0127】
空間制御アルゴリズムが温度を制御する際の融通性を観測するために、5つの三角形温度管理計画と得られた対応する温度を図25aおよび25bに示す。賦課された温度勾配が熱分散により生ずるものを超えることがない間は、温度の空間分布はそれらの形状に関係なく設定温度に正確に従う。最大傾斜が2℃/mmのこの例では、この制限は障害とはならない。また、X軸に沿って加熱された体積の外側の温度は、90秒の時点で4℃を超えないので、より低い。他方、Z軸に沿った加熱体積の広がりは、先の例よりいくらか大きい。これは、中心ポイントでの温度上昇がより急速に起こるからである。
【0128】
図26aおよび26bに示すように、温度は加熱体積にわたって一定かつ均質に維持され、外側温度だけが漸増する。熱拡散による加熱の広がりを評価し、2つの前の実験と比較するために、図27は、X軸およびZ軸に沿った加熱体積の中点高さ、即ち、7.5℃での幅を示す。
【0129】
60sから120sまでの温度上昇中、前記2つの実験の中点高さは非常に異なる。同期させた温度設定で加えられた加熱は、全てのポイントを同時に7.5℃の中点値を超えさせてしまう。これは、80sで中点高さの幅が突然増大することを説明する。他方、シフトさせた温度設定で加えられた加熱は、まず中心温度を7.5℃より高くし、次いで隣接ポイントを相互にそのようにする。これは11mmまで中点高さの幅の漸進的な増大を引き起こす。その後、熱拡散により中点高さの幅が増大する。その結果、シフトさせた温度設定による加熱の場合には、X軸に沿った中点高さの幅が、同期させた設定により得られたものより1mm小さくなる。これは、中心から外れているオフセンターのポイントが後から加熱されるためである。Z軸に沿って、程度はずっと小さいが反対の現象が認められるが、これは中心ポイントがより急速に加熱されるためである。加熱が進行するにつれて、これらの差は減少する。これにより、シフトさせた設定を用いて得られた壊死のサイズが説明される。この壊死は、同期させた設定で得られたものに比べて、長さは1ミリメートル長く、幅は同じである。
【0130】
3D立方体温度制御:
3D体積に対する温度制御アルゴリズムの性能を評価するため、図13i,13iiおよび13iiiにおいて既に説明した147ポイントの立方体を220秒間12℃の同期管理計画で加熱して、体積全体にわたる熱投入量を得た。この実験で得られた結果は図28、29および30に示されている。
【0131】
対象となる3スライスの温度マップは、予想通り6℃、次いで10℃の立方体加熱を示している。正方形形状はスライス3(組織内の最も深くに位置する)で明らかに見られ、スライス4および5ではますます丸くなっている。同じことが加熱の最後に得られた壊死にもあてはまり、それは一辺8mmの正方形形状であるが、スライス4および5では次第に丸くなっている。
【0132】
図31に示した加熱体積全体についての最低、平均および最高温度の統計学的分析は、先に得られたものより大きな差を示している。最高温度と最低温度との差は、制御ポイントの数が147/11=13倍も多くなっているため、実際上2℃ではなく平均6℃である。この差に及ぼすノイズの影響も従って3倍より多くなる。他方、算出された平均温度はノイズによる影響がますます小さくなる。しかし、設定温度の3℃高という一定の超過を明らかに示している。この影響は、PID制御アルゴリズムおよび最大必要エネルギーの検出アルゴリズムに由来し、それらのアルゴリズムは、最も低温のボクセルを、高温すぎないボクセルの犠牲により設定温度に到達させてしまうからである。また、系統的に最低温度のボクセルはスライス3に、最高温度のボクセルはスライス4に位置する。この影響をより詳しく観察するために、図32および33は、それぞれX軸およびZ軸に沿って3つの中心部のスライスについて、温度上昇の最初、中間および最後に達成された加熱を示す。
【0133】
設定温度はスライス3では正確に達成される。しかし、このスライスはスライス4および5より全体的により低温である。これら残り2つのスライスで測定された温度は設定温度を実際上超える。最も高温のスライスであるスライス4では、この温度超過は6℃に達することがある。
【0134】
異なる超音波伝搬コーンの重なり効果によって、表面の加熱は長さ方向において1.3倍より長い加熱を誘起する。従って、スライス3に加えられた各加熱はスライス4および5に対して等価の加熱を誘導する。組織を通過する時の超音波の減衰効果という別の作用により、スライス3(組織内で最も深くに位置するスライス)に到達するエネルギーはスライス4および5を通過したエネルギーより低くなる。その結果、スライス3の温度だけが制御される。最も深くに位置するスライスへの加熱が残りのスライスに対してより大きな加熱を誘導するからである。表1に詳しく示すように、放出された全エネルギーの85%がスライス3に集束される。
【0135】
【表1】

【0136】
それにもかかわらず、Y軸に沿って測定された温度を示す図34に示されるように、最高はスライス4に位置する。従って、スライス3、4および5の外側では温度は低下する。明らかにこの低下は、特にトランスデューサと加熱体積との間のスライス6では非常に制限される。このスライスで得られた壊死は、残りのスライスで得られたものと同等のサイズである。組織吸収およびオーバーラップ効果のために、エネルギー源であるトランスデューサに向かうかなり細長い加熱が得られることになる。実際には、この結果は、治療が皮膚からの距離が15mm以内の位置で適用される場合には皮膚熱傷を生ずることがあるから、治療の安全性にとって有害である。
【0137】
これらの生理学的および材料の制約にもかかわらず、PID制御により、最も深くに位置するスライスを壊死させるのにぜひとも必要なエネルギーの規定が可能となる。このアルゴリズムは、吸収係数および組織減衰を考慮に入れた集束ポイントのモデル形状を用いてさらに最適化させることができるが、これをしなくても目的とする結果は得られる。
【0138】
【表2】

【0139】
投入エネルギーの幾何学的分布の検討(表2)は、全エネルギーの2/3が角部(コーナー)に、1/3が縁部(エッジ)に、無視しうる割合が中心に位置することを示している。この分布は図16a〜16cの最大アルゴリズムの検出で得られた点密度に似ている。一般に、3Dトポロジー(位相数学)の場合、中心部は周辺集束ポイントからの熱拡散を通して間接的に加熱されるため、体積内部に必要となる集束は非常に低くなる。このため、3Dシフトさせた温度管理計画を使用すると、生じた加熱に顕著な差を生じない。
【0140】
球状3D温度制御:
立方形加熱が得られることは、理論的には最も有意義であるが、概略球形である腫瘍の形状とは本当には一致しない。また、エネルギーのほぼ全てが立方体の角部や縁部に投入される。より均質なエネルギー分布とより現実的な加熱を得るために、球形加熱を用いて前述した実験を繰り返した。温度時間設定は同一であったが、空間設定から立方体の角部および縁部を除去した。
【0141】
他の実験と同様に、温度上昇の中間と最後で得られた2つの温度マップと、加熱の最後に生じた投入量を図35および36に示す。新たに選択された球形形状を考慮すれば、得られた温度マップおよび熱投入量は、観察されたスライスに応じて径に大小はあるが、丸くなっている。スライス5で生じた加熱および壊死の直径(図37iii)だけが予定よりやや大きい。また、加熱は、球の中心が少し高温であったスライス4を除いて、標的体積についてかなり均質であった。各加熱体積で、熱拡散および音ビームの重なりの作用を考慮すると、中心温度がより高くなっている。
【0142】
図38に示された制御された体積についての最高温度と最低温度との差は、今度は5℃である。この差は、先のものよりは小さいが、未だにかなり高いままである。これは、まず、89という制御されたボクセル数が軌跡あたりのカバーされるポイント数よりずっと多いことと、第二に目的とする球形形状が厳密に実現可能な形状には属していないためである。このトランスデューサ幾何学形状で実現可能な体積は、その高さ/幅比が1.3以上でなければならない、むしろより細長い楕円(長円)体である。しかし、それでも、立方体形状に比べれば球形形状はより実現可能性が高く、従って平均温度が設定温度を超える超過温度は、先の3℃ではなく2℃である。
【0143】
図39および40は、温度上昇中のX軸およびZ軸に沿って測定された温度をより詳細に示す。前と同様に、スライス3が最も低温で、スライス4が最も高温である。他方、達成された加熱は、設定温度にずっと近い。組織とトランスデューサは前と同一であるのに、組織を通過する際の減衰効果および伝搬コーンの重なり効果がより小さい。減衰がずっと小さいのは、最も深くに位置するスライス3が前の47個ではなく21個のポイントを含むからである。オーバーラップがより少ないのは、中心から最も離れたポイントである立方体の角部および縁部が空間設定から除去されたからである。投入エネルギーの深さ分布は今度はより均質となる。
【0144】
【表3】

【0145】
表3に詳しく示すように、集束ポイントはスライス3とスライス4との間でかなり等しく分布している。この選択は、スライス5の目的とする加熱(実際には集束ポイントを全く含んでいないにもかかわらず)につながっている。他方で、このスライスは上側のスライスへの集束により加熱されたので、加熱面積は、スライス4より小さな直径をもつことはできない。そのため、スライス5で得られた最終的な壊死は、空間温度管理計画で規定されたものよりずっと大きくなる。
【0146】
図41は、Y軸に沿って測定された中心温度を示し、これは、スライス3、4および5の間の良好な加熱均質性を確認するものである。さらに、他のスライスでは温度がより急速に下がるが、これは加熱体積がより小さいサイズであるためである。また、先に図31でもそうであるように、温度上昇の開始時にスライス3の温度が設定温度よりやや低いのは偶然ではない。この減衰係数に対する集束ポイントの形状の不履行に関するこのエラーは、PID制御により素早く補償される。
【0147】
結論として、異なる焦点のオーバーラップがあまり広がらない場合には、必要エネルギーを適用すべき点密度に擬することにより空間温度制御を行うことができる。これはマルチスパイラル(multispiral)2D空間制御では特にそうである。なぜなら、全ての焦点が波動伝搬軸に垂直な前頭面(冠状面)に位置するからである。
【0148】
他方、イメージング面が超音波波動の伝搬軸を含んでいる場合には、異なる集束ポイントがオーバーラップする。
そうなると、点密度による必要エネルギーの近似は高すぎるエネルギーを生ずるので、もはや有効ではない。この生じたエネルギーの超過(オーバーステップ)は、3D温度制御中に最も顕著であり、従ってオーバーラップ効果を定量化するために集束ポイントの形状を考慮に入れることが不可欠となる。
【0149】
焦点の形状を考慮に入れるため最大アルゴリズムの検出をPID空間制御と連動させることにより、3D温度制御が可能となる。それにより、温度は処置体積全体について制御されうるようになる。
【0150】
上に説明した3D逆作用システムは、設定体積の平均温度ではなく最低温度を制御するためである。これは、悪性腫瘍のアブレーションにとって実際的である。それにより、該体積の各ボクセルについて壊死が保証されるからである。一方、熱感受性リポソームの活性化といった非破壊的な用途に対しては、この制御は、代わりに、超えるべきではない最高温度を保証するように変更すべきである。両方を同時に達成する制御は当然ながら理想的であろう。これは、加熱体積のサイズおよび形状に応じて、いくらかは実現可能である。数ポイントのセグメントはかなり近い例となる。その形状に関係なく体積全体について正確な制御を得るには、理想的にはトランスデューサはオーバーラップ効果を低減するように大きな開口角を備えるべきである。この技術的制約は、改善は可能であるものの、完璧にすることはできない。従って、処置を始める前に、アブレーションの体積を予想して調整するために誘導される加熱の模擬を行うことが得策である。
【0151】
読者は、ここに説明した新たな知見および利点から実質的に逸脱せずに多くの変更をなしうることは理解しよう。従って、この種のすべての変更が、本発明における生体組織の熱治療装置の範囲内、および付随する熱治療方法の範囲内に包含されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
・標的領域内の焦点(P)にエネルギーを供給するためのエネルギー発生手段(3, 4)、
・該領域内の温度の空間分布を測定するための測定手段(2)、および
・焦点(P)の引き続いた複数処置ポイントの方向への移動を制御する手段と、前記発生手段(3, 4)が前記引き続く複数処置ポイントに付与するエネルギーを制御する手段とを備えた制御装置(7)、
を備える生体組織の標的領域を治療するための熱治療装置であって、
前記制御装置(7)は、治療を実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する手段をさらに備えていて、前記引き続く複数処置ポイントの各ポイントが、それ以前の処置ポイントの位置および空間エネルギー分布に基づいて決定された位置および処置エネルギーを有することを特徴とする熱治療装置。
【請求項2】
前記複数処置ポイントの空間分布が三次元であることを特徴とする、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記制御装置が、標的領域を治療するための温度調節システムにより規定された必要エネルギーの空間分布に基づいて実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する手段を備えることを特徴とする、請求項1または2に記載の装置。
【請求項4】
前記制御装置が、比例積分微分制御システムに従って標的領域を治療するための必要エネルギーの空間分布を決定する手段を備えることを特徴とする、請求項3に記載の装置。
【請求項5】
実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する手段が、1つの処置ポイントに特有の空間エネルギー分布を用いた、標的領域を治療するための必要エネルギーの空間分布のデコンボリューション手段を備えることを特徴とする、請求項3または4に記載の装置。
【請求項6】
実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する手段が、標的領域を治療するのに残っている残留エネルギーの最大空間分布に対応する処置ポイントを決定する手段を備え、この残留エネルギーの空間分布は、標的領域を治療するのに必要なエネルギーの空間分布からそれ以前の処置ポイントに特有の空間エネルギー分布を差し引いた値に対応することを特徴とする、請求項3または4に記載の装置。
【請求項7】
前記制御装置が、次式に従って実施すべき処置ポイント空間およびエネルギー分布を決定する手段を備えることを特徴とする、請求項6に記載の装置:
【数17】

【請求項8】
前記制御装置が、前記エネルギー発生手段により供給されるエネルギーを非一様な温度設定ポイントに関して制御する手段を備える、請求項1〜7のいずれかに記載の装置。
【請求項9】
前記制御装置が、前記エネルギー発生手段により供給されるエネルギーを、各処置ポイントに対して時間シフトさせた温度設定ポイントに関して制御する手段を備える、請求項1〜8のいずれかに記載の装置。
【請求項10】
・標的領域内の空間温度分布を測定し、
・この標的領域内の引き続く複数処置ポイントの方向への焦点(P)の移動を制御し、
・焦点(P)にエネルギーを付与する、
工程を含む生体組織の標的領域を治療するための熱治療方法であって、
実施すべき処置ポイントの空間およびエネルギー分布を決定する工程をさらに含み、前記引き続く複数処置ポイントの各ポイントが、それ以前の処置ポイントの位置ならびに空間およびエネルギー分布に基づいて決定された位置および処置エネルギーを有することを特徴とする熱治療方法。

【図1】
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【図2a】
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【図2b】
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【図2c】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6a−6c】
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【図7】
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【図8a−8c】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12i−12iii】
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【図13i−13iii】
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【図14i−14iii】
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【図15i−15iii】
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【図16a−16c】
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【図17】
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【図18】
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【図19a−19b】
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【図19c】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23a−23b】
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【図23c】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28i−28iii】
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【図29i−29iii】
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【図30i−30iii】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35i−35iii】
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【図36i−36iii】
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【図37i−37iii】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【図41】
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【公表番号】特表2010−501301(P2010−501301A)
【公表日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−526032(P2009−526032)
【出願日】平成19年8月13日(2007.8.13)
【国際出願番号】PCT/EP2007/058361
【国際公開番号】WO2008/025667
【国際公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【出願人】(505179971)サントル・ナシオナル・ドゥ・ラ・ルシェルシュ・シアンティフィーク(セーエヌエールエス) (18)
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE(CNRS)
【Fターム(参考)】