説明

生殖細胞用デバイス

【課題】生殖細胞の取り扱いに好適であり、特に中空糸が用いられることによって、凍結保存や培養に際しての生殖細胞の取り扱いに適したデバイスであって、その中空糸の保護手段を提供する。
【解決手段】生殖細胞用デバイス10は、両端が開口された中空糸11と、中空糸11の第1端に接続されて、その内部空間が中空糸11の内部空間と連続する流路を構成する注射針12と、注射針12にスライド可能に設けられて、中空糸11より注射針12側へ退避した第1姿勢、及び中空糸11の周囲を覆う第2姿勢に姿勢変化可能なカバー13とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生殖細胞の取り扱いに好適に用いられ、中空糸の内部空間に生殖細胞を内包しうる生殖細胞用デバイスに関し、特に中空糸の保護に適した手段を有する生殖細胞用デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの不妊治療や動物のクローンの分野において、卵子や初期胚などの生殖細胞を培養したり凍結保存することがある。この培養や凍結保存において、生殖細胞を培地から取り出したり、凍結保存容器に対して出し入れしたりすることがある。このような生殖細胞の取り扱い作業は、ピペットの如くストロー形状の器具を用いて、生殖細胞をストロー内へ吸い込む或いはストロー内から吐き出すことにより行われている。この他にも、膜状又は板状のデバイス(例えば、北里サプライ社製、クライオトップ)が用いられたり、ループ形状のナイロン糸(例えば、北里サプライ社製、クライオループ)が用いられたりしている。
【0003】
特許文献1には、初期胚の遺伝情報の判定のために使用される器具が開示されている。この器具は、移植前初期胚から細胞を取り出すために使用され、ピペットに類似するパイプ材(2)を有する。このパイプ材(2)は、細いガラス管であり、その先端に鋭利な突き刺し部(3)が形成されている。パイプ材(2)の他端はマイクロマニピュレータ用の微量吸引及び排出が可能な操作器具に接続されている。初期胚にパイプ材(2)が突き刺され、初期胚内の細胞がパイプ材(2)の内部に吸引される。
【0004】
特許文献2には、中空糸内部で細胞を培養又は保存するための器具が開示されている。この器具は、細胞懸濁液流通管(1)に中空糸固定部(3)を介して中空糸(4)の束が固定され、その中空糸(4)の束の先端が硬化性樹脂(5)で封止されている。中空糸(4)の束が培地に浸漬された状態で細胞懸濁液流通管(1)が吸引され、細胞懸濁液流通管(1)及び中空糸(4)の束に培地が満たされる。その後、細胞懸濁液流通管(1)を通じて中空糸(4)の束に細胞懸濁液が注入されると、中空糸(4)の内部に細胞が堆積される。
【0005】
特許文献3には、生体組織マトリックスへ細胞を播種する方法が開示されている。この方法においては、播種すべき細胞が充填された生体分解性中空糸が生体組織片に埋め込まれ、その生体組織片において中空糸から細胞が放出される。
【0006】
【特許文献1】特開2003−33200号公報
【特許文献2】特開2003−339368号公報
【特許文献3】特開2007−168号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、生殖細胞の培養において培地を交換する度に、従来のストロー形状の器具を用いて、培地などに対して生殖細胞の取出し及び吐き出しを繰り返す作業は煩雑であるという問題がある。
【0008】
また、生殖細胞を凍結保存する際に、例えばガラス化により凍結保存するのであれば、濃度勾配を有する複数のガラス化平衡液に生殖細胞を順次浸漬するが、その際に、従来のストロー形状の器具を用いて、複数種のガラス化平衡液に対して生殖細胞の注入及び取出しを繰り返す作業は煩雑であるという問題がある。さらには、凍結保存された生殖細胞を解凍して培地に注入する際にも、同様の煩雑さが問題となる。
【0009】
本発明は、これらの事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、生殖細胞の取り扱いに好適であり、特に中空糸が用いられることによって、凍結保存や培養に際しての生殖細胞の取り扱いに適したデバイスであって、その中空糸の保護手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1) 本発明にかかる生殖細胞用デバイスは、両端が開口された中空糸と、上記中空糸の第1端に接続されて、その内部空間が当該中空糸の内部空間と連続する流路を構成する第1管体と、上記第1管体にスライド可能に設けられて、上記中空糸より当該第1管体側へ退避した第1姿勢、及び上記中空糸の周囲を覆う第2姿勢に姿勢変化可能なカバーと、を具備する。
【0011】
本発明において生殖細胞とは、始原生殖細胞、精子、精子細胞、卵子、卵母細胞、初期胚を含む包括的な概念である。ここで、精子細胞とは、精子となる過程における前駆細胞をいう。卵母細胞とは、卵子となる過程における前駆細胞をいう。初期胚とは、着床前の受精卵をいう。
【0012】
中空糸とは、生殖細胞を通過させないが、水や電解質、タンパク質などを通過させうる径の孔を複数有する膜がストロー形状に成形されたものをいう。中空糸を形成する膜として、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアクリロニトリル、ポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、セルロースアセテート、再生セルロースなどが挙げられる。この膜が有する細孔径は、ナノメートルオーダーのものであればよい。また、膜の厚みは、前述の生殖細胞を観察できる程度の透明性を中空糸が有するためには、好ましくは0.5〜30μmであり、さらに好ましくは1〜10μmである。
【0013】
中空糸の内径は、対象となる生殖細胞を内包することができる程度が選択され、好ましくは20〜1000μmであり、さらに好ましくは50〜500μmである。
【0014】
中空糸の長さは、数個の生殖細胞を内包することが可能であり、後述される気泡を形成したりするに適した長さが選択され、好ましくは1〜100mmであり、さらに好ましくは10〜40mmである。中空糸の長さがこの範囲内であれば、卵母細胞、卵子及び初期胚であれば1〜数十個程度を内包することができ、始原生殖細胞、精子及び精子細胞であれば数十〜数万個程度を内包することができ、かつ、その内包された複数個の生殖細胞に対して中空糸の両開口側に気泡を形成することができる。
【0015】
第1管体は、中空糸と接続可能なものであって、接続された中空糸を支持する剛性を有する。第1管体は、その内部空間が中空糸の内部空間と連続して気体又は液体の流路となり得るものである。第1管体の素材は特に限定されないが、例えば、ステンレスなどの金属や、プラスチック、ガラスなどが挙げられる。なお、本発明において、中空糸の両端のうち、第1管体と接続される側が第1端と称され、反対側が第2端と称される。
【0016】
第1管体の形状は、特に限定されず、円管、角管などを採用しうるが、通常、中空糸が円筒形状となるので、円管であることが好ましい。
【0017】
第1管体の外径又は内径は、中空糸との接続を考慮して選択される。例えば、第1管体に対して中空糸を外嵌させるのであれば、第1管体の外径は中空糸の内径と同程度としてもよい。逆に、中空糸に対して第1管体を外嵌させるのであれば、第1管体の内径は中空糸の外径と同程度としてもよい。また、筒形状のジョイントを用いて中空糸と第1管体とを接続するのであれば、第1管体の外径は中空糸の外径と同程度としてもよい。
【0018】
第1管体の長さは、ハンドリングを考慮して選択され、50〜1000mm程度がハンドリングに優れるので好適である。
【0019】
中空糸と第1管体との接続は、内嵌や外嵌、ジョイントによる機械的な接続構造が選択されてもよく、さらに医療用接着剤などを用いて接着固定が行われてもよい。
【0020】
カバーは、第1管体にスライド可能に設けられている。カバーは、第1管体に対してスライド可能である。また、カバーは、中空糸の周囲を覆った状態において、他の部材との衝突によって容易に変形しない程度の剛性を有する。カバーの素材は特に限定されないが、生殖細胞の凍結保存に際して耐性を有するプラスチックや金属が用いられる。
【0021】
カバーの形状は、特に限定されないが、例えば、円筒形状や角筒形状などの筒形状が採用される。筒形状が採用されることによって、第1管体に対してスライドされると、その筒形状のカバーに対して中空糸が出入されうる。なお、カバーには、スリットや貫通孔が適宜穿たれてもよく、また、カバー自体がメッシュ構造であってもよい。
【0022】
カバーの内径又は内側寸法は、中空糸を非接触に覆うに適した寸法が選択される。カバーの内径又は内側寸法は、カバーのスライドに際して中空糸と接触しない程度であれば、カバーの全域に渡って一定である必要はない。また、カバーの長さは、中空糸の長さを考慮して選択される。前述されたように、中空糸の長さは、好ましくは1〜100mmであり、さらに好ましくは10〜40mmであるから、カバーの長さも同程度に設定される。
【0023】
カバーと第1管体との接続は、カバーが第1管体に対して中空糸に接離する方向、つまり第1管体の長さ方向にスライド可能であれば、公知の接続機構が採用されうる。例えば、カバーの一部が、長さ方向に対して一定形状の第1管体に対して外嵌されることによって、カバーが第1管体の長さ方向にスライド可能となる。また、カバーのスライドを円滑かつ確実にするために、第1管体又はカバーにスライドガイドなどが設けられてもよい。
【0024】
カバーは、第1管体に対してスライドすることによって、中空糸より第1管体側へ退避した第1姿勢と、中空糸の周囲を覆う第2姿勢とに姿勢変化する。カバーが第1姿勢にされると、カバーは、中空糸の周囲に存在せず、第1管体の周囲を覆った状態となる。したがって、中空糸の周囲が露出されて、中空糸を直接に視認したり、中空糸を直接に切断したりすることが可能となる。カバーが第2姿勢にされると、カバーは中空糸の周囲を覆う。これにより、中空糸は、他の部材が直接接触しないように保護される。
【0025】
なお、前述された第1姿勢においては、中空糸の大半が露出されていればよく、カバーが中空糸の一部のみを覆う状態が第1姿勢から除かれるものではない。また、前述された第2姿勢においては、中空糸の大半が覆われていればよく、中空糸の一部のみが露出された状態が第2姿勢から除かれるものではない。
【0026】
生殖細胞用デバイスの使用に際して、カバーを第1姿勢とする。これにより、中空糸を直接に視認することができる。一方、使用までの間においてカバーが第2姿勢にされることにより、使用前に、中空糸が他の部材に接触したりして損傷することが防止される。
【0027】
カバーを第1姿勢にした後、例えば、顕微鏡などによって培地中の生殖細胞を確認して、生殖細胞用デバイスの第1管体を操作して、第1管体に接続された中空糸を培地中に挿入し、中空糸の先端を生殖細胞に近接させる。そして、適当な吸引具を用いて、第1管体を通じて中空糸の内部空間を負圧とすると、その負圧が吸引圧となって、中空糸の先端から生殖細胞が培養液と共に中空糸の内部空間へ吸引される。複数個の生殖細胞を中空糸の内部空間へ吸引する場合には、この作業を繰り返す。
【0028】
中空糸の内部空間へ生殖細胞を吸引した後、第1姿勢のカバーを第2姿勢にスライドさせる。これにより、中空糸が他の部材に接触したりして損傷することが防止される。
【0029】
培地から取り出した生殖細胞を凍結保存する場合には、中空糸から生殖細胞を取り出すことなく、中空糸に内包された状態の生殖細胞を凍結保存溶液に浸漬する。前述のように、中空糸の孔は、生殖細胞を通過させないが、培養液や凍結保存溶液などを通過させるので、中空糸の内部空間に生殖細胞が内包された状態を維持しながら、中空糸の内部空間の培養液や生殖細胞の細胞内液などを凍結保存溶液に置換することができる。これにより、複数個の生殖細胞を中空糸により一体としたまま凍結保存することができる。
【0030】
(2) 上記カバーは、内部空間に液体が流出入可能な開口を有するものであってもよい。
【0031】
カバーの開口は、例えば、筒形状の先端における開口であっても、筒形状の周壁に形成された貫通孔によるものであってもよい。前述されたように、中空糸内部に吸引された生殖細胞を凍結保存する際に、第2姿勢にされたカバーと共に中空糸を凍結保存溶液に浸漬しても、開口を通じてカバーの内側へ凍結保存溶液が進入するので、前述されたように、中空糸の内部空間の培養液などを凍結保存溶液に置換することができる。
【0032】
(3) 上記カバーは、円筒形状であって、上記中空糸の第1端側から第2端側へ向かって、その内周面がテーパ形状に拡径されたものであってもよい。
【0033】
第1管体に接続された中空糸は、第1管体の長さ方向に対して若干傾いて延出することが想定される。このように傾いた中空糸に対してカバーをスライドさせると、中空糸の第1端から第2端へ向かうにつれて、中空糸とカバーの内周面との距離が縮まり、カバーがスライドする過程において中空糸と接触するおそれがある。カバーの内周面が、第1端側から第2端側へ向かってテーパ形状に拡径されることによって、仮に中空糸が前述されたように傾いていたとしても、その中空糸と接触する可能性が低減される。
【0034】
(4) 本発明に係る生殖細胞用デバイスは、上記第1管体の内部空間に対して吸引圧を付与する吸引具を更に具備するものであってもよい。
【0035】
吸引具とは、中空糸及び第1管体の内部空間を負圧として、中空糸の開口から生殖細胞を液体と共に吸引させることが可能なものである。このような吸引具として、注射筒やマイクロポンプなどが挙げられる。生殖細胞用デバイスをディスポーザブル品とするには、吸引具としてディスポーザブルの注射筒を選択することがコストや廃棄の観点から好ましい。
【0036】
吸引具と第1管体との接続は特に限定されず、後述されるような第2管体を介して吸引具と第1管体とが接続されても、吸引具に第1管体が直接に接続されてもよい。
【0037】
(5) 上記第1管体と上記吸引具とが、可撓性を有する第2管体で連結されてもよい。
【0038】
可撓性を有する第2管体として、例えば天然ゴム、ポリウレタン、シリコーンゴム、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン・プロピレン共重合体などをチューブ形状に成形したものが挙げられる。第2管体の長さは特に限定されないが、第1管体と吸引具とを別々に操作するに適した長さが採用され、50〜1000mm程度であれば、一方の手で第1管体を操作しながら他方の手で吸引具を操作できるの好適である。
【0039】
第2管体の両端は、第1管体又は吸引具と接続可能な形状である。第2管体と第1管体又は吸引具との接続構造は特に限定されず、外嵌などのように直接に接続されても、ジョイントなどを介して間接に接続されてもよい。
【0040】
第1管体と吸引具とが可撓性を有する第2管体で連結されることにより、第1管体と吸引具とを離れた位置で別々に操作することができるので、生殖細胞用デバイスのハンドリングが向上される。
【発明の効果】
【0041】
本発明にかかる生殖細胞用デバイスによれば、各々の内部空間が流路として連続されて第1管体と中空糸とが接続されているので、吸引具により流路に吸引圧を付与すると、中空糸の内部空間へ生殖細胞を取り込むことができる。この中空糸の孔は、生殖細胞を通過させないが、培養液や凍結保存溶液などを通過させるので、中空糸の内部空間に生殖細胞が内包された状態を維持しながら、中空糸の内部空間の培養液や生殖細胞の細胞内液などを凍結保存溶液に置換することができる。また、第1管体に対してカバーがスライドされて第1姿勢と第2姿勢とに姿勢変化されるので、使用前や生殖細胞を中空糸の内部空間へ吸引した後においては、第2姿勢のカバーによって中空糸が他の部材と接触して損傷することが防止される。一方、生殖細胞を中空糸の内部空間へ吸引したり、中空糸を切断したりするときには、カバーが第1姿勢とされることによって、中空糸を直接に視認したり切断したりすることができる。これにより、凍結保存や培養に際して、生殖細胞の取り扱いに適し、かつ中空糸が損傷から保護されるデバイスが実現される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
以下、本発明の好ましい実施形態を説明する。なお、本実施形態は本発明の一実施態様にすぎず、本発明の要旨を変更しない範囲で実施態様を変更できることは言うまでもない。
【0043】
[図面の説明]
図1は、本発明の実施形態にかかる生殖細胞用デバイス10の全体構成を示す斜視図である。図2は、中空糸11、注射針12及びカバー13の分解斜視図である。図3は、第1姿勢のカバー13を示す拡大斜視図である。図4は、第2姿勢のカバー13を示す拡大斜視図である。図5〜図12は、生殖細胞用デバイス10を用いた生殖細胞凍結保存方法の手順を示す模式図である。なお、図5〜図12には、生殖細胞用デバイス10の中空糸11、注射針12及びカバー13の一部のみが示されており、チューブ14及び注射筒15は各図に示されていない。
【0044】
[生殖細胞用デバイス10]
図1に示されるように、生殖細胞用デバイス10は、主として、中空糸11と、注射針12と、カバー13と、チューブ14と、注射筒15と、を有する。
【0045】
中空糸11は、生殖細胞を通過させないが、水や電解質、タンパク質などを通過させうる径の孔を複数有する膜が、両端が開口したストロー形状に成形されたものである。中空糸11の内径及び長さは、対象となる生殖細胞に対応させて適宜選択されるが、内径は数百μm程度であり、長さは数cm程度である。
【0046】
注射針12は、本発明における第1管体の一実施態様である。注射針12は一般的なものであり、ステンレス製のカヌラがハブに固定されている。注射針12のカヌラの先端開口に中空糸11の一端が挿入されて、医療用接着剤により中空糸11と注射針12固定されている。これにより、中空糸11の内部空間が注射針12のカヌラの内部空間と連続する。この連続した内部空間は、後述されるように吸引圧が付与されて気体又は液体の流路となる。本明細書において、注射針12と連結された側の中空糸11の端が第1端と称され、注射針12から延出された先端が中空糸11の第2端と称される。
【0047】
カバー13は、注射針12にスライド可能に設けられている。カバー13は、円筒形状であり、中空糸11の第1端側から第2端側(矢印101)へ向かってテーパ形状に拡径されている。この拡径によって、カバー13の内周面が、矢印101へ向かってテーパ形状に拡径されている。
【0048】
カバー13の両端は開口しており、注射針12のハブ側となる第1端21の内径は、注射針12のカヌラの外径とほぼ同等である。したがって、カバー13の第1端21側の一部分は、矢印101に沿って一定の径をなしており、この第1端21側の一部分が、注射針12のカヌラに外嵌されて、注射針12とカバー13とが連結されている。注射針12のカヌラは矢印101に沿って一定の外径をなしているので、カバー13は、第1端21側の一部分が注射針12のカヌラをガイドとして矢印101に沿ってスライド可能となっている。
【0049】
カバー13の第2端22は、開口されている。第2端22における内径は、第1端21における内径より大きく、前述されたように、第1端21から第2端22へ向かってカバー13の内周面がテーパ形状に拡径されている。前述されたように、注射針12のカヌラの先端開口に中空糸11の一端が挿入されて固定されることによって、図2に示されるように、中空糸11及び注射針12のカヌラはほぼ同一の軸線102上に連結される。しかし、中空糸11は繊細であるので、軸線102に対して若干傾くこともあり得るが、カバー13の内周面が第1端21から第2端22へ向かってテーパ形状に拡径されていることによって、仮に中空糸11が軸線102に対して若干傾いていたとしても、中空糸11がカバー13の内周面と接触する可能性が低減される。
【0050】
カバー13は、その第1端21近傍が注射針12のカヌラに対してスライドすることによって、図3に示されるように、中空糸11より注射針12側へ退避した第1姿勢と、図4に示されるように、中空糸11の周囲を覆う第2姿勢とに姿勢変化する。カバー13が第1姿勢にされると、カバー13が中空糸11の周囲に存在せず、注射針12のカヌラの周囲を覆った状態となる。これにより、中空糸11の周囲が露出される。カバー13が第2姿勢にされると、カバー13が中空糸11の周囲を覆う。これにより、中空糸11が他の部材と直接接触しないようにカバー13によって保護される。
【0051】
チューブ14は、本発明における第2管体の一実施態様である。チューブ14は、シリコーンゴム製である。チューブ14の内径及び外径は、注射針12及び注射筒15に対応させて適宜選択される。図1においては、チューブ14が、その長さ方向に対して一部が省略されて現されているが、チューブ14の長さは、注射針12と注射筒15とを作業者が両手に分けて持って操作できるに適した長さであり、通常、数十cm程度である。チューブ14の可撓性は、注射針12と注射筒15とを作業者が両手に分けて持って操作した際にチューブ14が座屈せず、かつチューブ14の内部空間が後述される吸引に適した負圧にされた際にチューブ14が内部空間を閉塞して潰れない程度である。チューブ14の一端は、ジョイントなどを介して注射針12のハブと接続されている。これにより、注射針12の内部空間は、チューブ14の内部空間と連続されている。このジョイントなどは、公知のものを適宜用いればよいので、ここでは詳細な説明が省略される。
【0052】
注射筒15は、本発明における吸引具の一実施態様である。注射筒15は、シリンジ31に対してプランジャ32が引き出されることにより、プランジャ32の先端に接続された不図示のガスケットが移動して、シリンジ31の内部空間に負圧を発生させる。この負圧が吸引圧として注射針12の内部空間に付与される。
【0053】
注射筒15の構成は一般的である。シリンジ31は略円筒形状であり、その先端側が縮径されて円筒形状の取付部33が形成されている。取付部33の両端は開口しており、一端がシリンジ31の内部空間と通ずる。つまり、取付部33の内部空間は、シリンジ31の内部空間と外部とを連続させるポートを形成する。この取付部33にチューブ14の他端が外嵌されて、シリンジ31の内部空間とチューブ14の内部空間とが連続されている。シリンジ31の基端側は開口されており、その基端側からプランジャ32が内部空間へ挿入されている。プランジャ32は、シリンジ31の内部空間の軸線方向の長さより長く、シリンジ31の内部空間の最奥部まで挿入された状態で、プランジャ32の一部がシリンジ31の基端から外部へ突出している。
【0054】
各図には現れていないが、プランジャ32の先端にはガスケットが接続されている。ガスケットは、ゴムなどの弾性素材からなる円柱体であり、シリンジ31の内部空間に気密に嵌合されて、プランジャ32とともにシリンジ31の内部空間を軸線方向へスライド移動可能である。プランジャ32が延びる方向は、ガスケットのスライド方向と一致する。ガスケットがシリンジ31の基端側へ移動されると、シリンジ31の内部空間が負圧となって、取付部33から気体又は液体が内部空間へ吸引される。
【0055】
[生殖細胞凍結保存方法]
以下に、生殖細胞用デバイス10を用いた生殖細胞凍結保存方法が説明される。本実施形態では、生殖細胞用デバイス10を用いた手法が一例として説明されるが、本発明にかかる生殖細胞凍結保存方法は、生殖細胞用デバイス10以外の器具が用いられてもよいことは言うまでもない。
【0056】
以下に説明される生殖細胞凍結保存方法は、主として、生殖細胞浮遊液から生殖細胞41及び培養液42を中空糸11の内部空間へ吸引する第1ステップ(S1)と、生殖細胞41及び培養液42を内包した中空糸11をガラス化溶液43に浸漬する第2ステップ(S2)と、生殖細胞41及びガラス化溶液43を内包する中空糸11を冷却する第3ステップ(S3)と、の3つのステップを有する。
【0057】
凍結保存すべき生殖細胞41は培養液42中に浮遊している。培養液42は、培地皿などの容器に保持されているが、図5〜図10では容器が省略されて複数個の生殖細胞41及び培養液42の一部のみが示されている。培養液42中には複数個の生殖細胞41が浮遊しており、これら生殖細胞41は、同一個体から採取された単一種類のものである。
【0058】
なお、培養液42は生殖細胞41の種類及び目的により選択され、例えば、精子細胞や卵母細胞、初期胚を培養する場合には、TCM−199培地、RPMI−1640培地、DMEM培地、MEM培地、α−MEM培地、IMDM培地などが挙げられる。また、ヒトの体外受精を目的とする培地として、HUCUM培地(ニプロ社製)が挙げられる。ウシの体外受精を目的とする培地として、TCM−199培地、SOF培地、CR1培地、KSOM培地、IVF100培地、IVF110S培地、IVMD101培地、IVD101培地(機能性ペプチド研社製)が挙げられる。ブタの体外受精を目的とする培地として、NCSU培地、PZM−5培地(機能性ペプチド研社製)が挙げられる。
【0059】
生殖細胞用デバイス10の使用に際して、カバー13を第1姿勢とする。これにより、中空糸11を直接に視認することができる。一方、使用までの間においてカバー13が第2姿勢にされることにより、使用前に、中空糸11が他の部材に接触したりして損傷することが防止される。
【0060】
図5に示されるように、第1ステップ(S1)において、生殖細胞用デバイス10の注射針12を片手で持って操作し、中空糸11を培養液42中に挿入する。そして、他方の手で注射筒15を操作してプランジャ32をシリンジ31から引き出し、中空糸11内に微量の培養液42を吸引する。
【0061】
つづいて、図6に示されるように、注射針12を操作して中空糸11の先端を培養液42から取り出し、再び注射筒15を操作して微量の空気を中空糸11の内部空間へ吸引する。これにより、中空糸11に吸引された微量の培養液42は、中空糸11の内部空間を注射針12側へ若干移動する。
【0062】
つづいて、図7に示されるように、注射針12を操作して中空糸11の先端を再び培養液42中に挿入し、顕微鏡を用いて培養液42中の生殖細胞41を確認しながら、中空糸11の先端を生殖細胞41に近接させる。そして、注射筒15を操作して、中空糸11の内部空間へ生殖細胞41を培養液42と共に吸引する。これにより、中空糸11の内部空間において、生殖細胞41及び培養液42が存在する液体層44より第1端側(注射針12側)に、微量の気体層45が形成される。つまり、中空糸11の内部空間には、第1端側(注射針12側)から順次、培養液42のみの層、気体層45、生殖細胞41及び培養液42を含む液体層44がそれぞれ形成される。
【0063】
つづいて、図8に示されるように、中空糸11の先端を培養液42から取り出さずに、その先端を他の生殖細胞41に近接させ、注射筒15を操作して、中空糸11の内部空間へ他の生殖細胞41を培養液42と共に吸引する。中空糸11の内部空間へ吸引する生殖細胞41の個数は特に限定されないが、本実施形態では、3個の生殖細胞41が培養液42とともに中空糸11の内部空間へ吸引されて液体層44が形成されている。
【0064】
中空糸11の内部空間へ3個の生殖細胞41を吸引した後、図9に示されるように、注射針12を操作して中空糸11の先端を培養液42から取り出し、注射筒15を操作して、微量の空気を中空糸11の内部空間へ吸引する。これにより、中空糸11内の液体層44及び気体層45は、中空糸11の内部空間を注射針12側へ若干移動する。
【0065】
つづいて、図10に示されるように、注射針12を操作して中空糸11の先端を再び培養液42中に挿入し、注射筒15を操作して、中空糸11の内部空間へ培養液42を吸引する。これにより、液体層44に対して第2端側(先端側)に、微量の気体層46が形成される。
【0066】
前述されたようにして、中空糸11の内部空間へ生殖細胞41を吸引した後、第1姿勢のカバー13を第2姿勢にスライドさせる。これにより、中空糸11がカバー13によって囲まれて、中空糸11が他の部材に直接に接触して損傷することが防止される。
【0067】
第2ステップ(S2)において、内部空間に生殖細胞41及び培養液42を内包する中空糸11をガラス化溶液43に浸す。このとき、カバー13は、第1姿勢である。前述されたように、中空糸11の孔は、生殖細胞41を通過させないが、培養液42やガラス化溶液43を通過させるので、中空糸11の内部空間に生殖細胞41が内包された状態が維持されながら、中空糸11の内部空間の培養液42や生殖細胞41の細胞内液などがガラス化溶液43に置換される。また、別の態様として、カバー13を第2姿勢として、中空糸11をガラス化溶液43に浸してもよい。この場合、図11に示されるように、カバー13の第2端22は開口されているので、第2端22からガラス化溶液43がカバー13の内部空間へ流入する。なお、カバー13の第1端21と注射針12のカヌラとの間には、気体が流通可能な程度の隙間が存在する。
【0068】
なお、生殖細胞41の凍結保存方法として、高濃度の凍害保護液中での急速冷凍と、低濃度の凍害保護液での通常冷凍とが挙げられる。高濃度の凍結保護液中での急速冷凍は、ガラス化とも称され、このときの凍害保護液がガラス化溶液43に相当する。細胞内保護タイプのガラス化溶液43として、ジメチルスルホキシド(DMSO)含有液、エチレングリコール含有液、プロパンジオール含有液などが挙げられる。細胞外保護タイプのガラス化溶液43として、シュークロース含有液、トレハロース含有液、フィルコールコンレイ溶液が挙げられる。
【0069】
また、中空糸11内の培養液42をガラス化溶液43に置換する際に、生殖細胞41に対して緩慢な条件を選択したい場合には、ガラス化溶液43として、培養液42が適度な濃度勾配で混合された複数種のものが用いられる。このような濃度勾配は、例えば2〜5種類に設定される。複数種のガラス化溶液43が用いられる場合には、予め調整された各ガラス化溶液43が準備されており、図11に示されるようにして、複数種のガラス化溶液43に中空糸11が順次浸漬される。
【0070】
第3ステップ(S3)において、培養液42がガラス化溶液43と置換された中空糸11を、液体窒素又は液体ヘリウムに投入する。このとき、カバー13は、第2姿勢である。第3ステップについては図示されていないが、図11に示されたガラス化溶液43と同様に、カバー13の第2端22から液体窒素などがカバー13の内部空間へ流入して、中空糸11内にガラス化溶液43と共に内包されている生殖細胞41がガラス化される。
【0071】
生殖細胞41をガラス化した後、図12に示されるように、カバー13を第1姿勢して中空糸11を露出し、中空糸11の注射針12側を切断して、生殖細胞41及びガラス化溶液43を内包する中空糸11を、生殖細胞用デバイス10から分離する。そして、ガラス化された生殖細胞41を内包する中空糸11は、冷凍保存に適した容器などに封入してフリーザ内に保存する。また、第3ステップ(S3)において、中空糸11を注射針12から切断することなく、中空糸11が接続された注射針12をチューブ14及び注射筒15から分離して、その中空糸11及び注射針12を、冷凍保存に適した容器などに封入してフリーザ内に保存してもよい。
【0072】
なお、前述のように中空糸11の内部空間に内包されて凍結保存された生殖細胞41は、中空糸11と共に加温液に浸すことにより解凍される。その後、中空糸11の一端から内部空間へ排出圧を付与すると、中空糸11の内部空間から生殖細胞41が外部へ排出される。また、中空糸11の内部空間に生殖細胞41を内包させた状態で培養を行うのであれば、解凍後に、生殖細胞41を内包する中空糸11を所望の培地中に投入すればよい。
【0073】
[本実施形態の作用効果]
本実施形態に係る生殖細胞用デバイス10によれば、各々の内部空間が流路として連続されて中空糸11と注射針12のカヌラとが接続されているので、注射筒15により流路に吸引圧を付与すると、中空糸11の内部空間へ生殖細胞41を取り込むことができる。この中空糸11の孔は、生殖細胞41を通過させないが、培養液42やガラス化溶液43などを通過させるので、中空糸11の内部空間に生殖細胞41が内包された状態を維持しながら、中空糸11の内部空間の培養液42や生殖細胞41の細胞内液などをガラス化溶液43に置換することができる。また、注射針12のカヌラに対してカバー13がスライドされて第1姿勢と第2姿勢とに姿勢変化されるので、使用前や生殖細胞41を中空糸の内部空間へ吸引した後においては、第2姿勢のカバー13によって中空糸11が他の部材と接触して損傷することが防止される。一方、生殖細胞41を中空糸11の内部空間へ吸引したり、中空糸11を切断したりするときには、カバー13が第1姿勢とされることによって、中空糸11を直接に視認したり切断したりすることができる。これにより、凍結保存や培養に際して、生殖細胞41の取り扱いに適し、かつ中空糸11が損傷から保護されるデバイスが実現される。
【0074】
なお、カバー13は、第2端22が開口されて、その開口から内部空間へ液体が流出入可能であるが、カバー13の開口は、例えば、カバー13の周壁に形成された貫通孔やスリットによるものであってもよいし、カバー13自体がメッシュ構造であってもよい。
【0075】
また、カバー13は、円筒形状であって、第1端21側から第2端22側へ向かって、その内周面がテーパ形状に拡径されているので、仮に中空糸11が軸線102に対して傾いていたとしても、その中空糸11がカバー13と接触する可能性が低減される。
【0076】
なお、本実施形態に係る生殖細胞用デバイス10は、注射針12の内部空間に対して吸引圧を付与する注射筒15、及び注射針12と注射筒15とを接続するチューブ14を具備するが、チューブ14及び注射筒15は汎用品を用いることができるので、必ずしも必須の構成とされなくてもよい。つまり、中空糸11、注射針12及びカバー13を主要な構成として生殖細胞用デバイス10が構成されてもよい。また、注射針12と注射筒15との接続も特に限定されず、チューブ14を介さずに、注射筒15に注射針12が直接に接続されてもよいし、注射筒15が用いられずに、チューブ14に対して口などから吸引圧が付与されてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】図1は、本発明の実施形態にかかる生殖細胞用デバイス10の全体構成を示す斜視図である。
【図2】図2は、中空糸11、注射針12及びカバー13の分解斜視図である。
【図3】図3は、第1姿勢のカバー13を示す拡大斜視図である。
【図4】図4は、第2姿勢のカバー13を示す拡大斜視図である。
【図5】図5は、生殖細胞用デバイス10を用いた生殖細胞凍結保存方法の手順を示す模式図である。
【図6】図6は、生殖細胞用デバイス10を用いた生殖細胞凍結保存方法の手順を示す模式図である。
【図7】図7は、生殖細胞用デバイス10を用いた生殖細胞凍結保存方法の手順を示す模式図である。
【図8】図8は、生殖細胞用デバイス10を用いた生殖細胞凍結保存方法の手順を示す模式図である。
【図9】図9は、生殖細胞用デバイス10を用いた生殖細胞凍結保存方法の手順を示す模式図である。
【図10】図10は、生殖細胞用デバイス10を用いた生殖細胞凍結保存方法の手順を示す模式図である。
【図11】図11は、生殖細胞用デバイス10を用いた生殖細胞凍結保存方法の手順を示す模式図である。
【図12】図12は、生殖細胞用デバイス10を用いた生殖細胞凍結保存方法の手順を示す模式図である。
【符号の説明】
【0078】
10・・・生殖細胞用デバイス
11・・・中空糸
12・・・注射針(第1管体)
13・・・カバー
14・・・チューブ
15・・・注射筒(吸引具)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
両端が開口された中空糸と、
上記中空糸の第1端に接続されて、その内部空間が当該中空糸の内部空間と連続する流路を構成する第1管体と、
上記第1管体にスライド可能に設けられて、上記中空糸より当該第1管体側へ退避した第1姿勢、及び上記中空糸の周囲を覆う第2姿勢に姿勢変化可能なカバーと、を具備する生殖細胞用デバイス。
【請求項2】
上記カバーは、内部空間に液体が流出入可能な開口を有する請求項1に記載の生殖細胞用デバイス。
【請求項3】
上記カバーは、円筒形状であって、上記中空糸の第1端側から第2端側へ向かって、その内周面がテーパ形状に拡径されたものである請求項1又は2に記載の生殖細胞用デバイス。
【請求項4】
上記第1管体の内部空間に対して吸引圧を付与する吸引具を更に具備する請求項1から3のいずれかに記載の生殖細胞用デバイス。
【請求項5】
上記第1管体と上記吸引具とが、可撓性を有する第2管体で連結された請求項4に記載の生殖細胞用デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−148362(P2010−148362A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−326900(P2008−326900)
【出願日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【出願人】(801000027)学校法人明治大学 (161)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】