説明

生物防汚剤、防汚処理方法および防汚処理物品

【課題】環境に配慮し、食用水産物に対しても安全であり、優れた防汚効果をもたらす新規な水棲生物防汚剤、防汚処理方法および防汚処理物品を提供すること。
【解決手段】生物忌避性基を有する重合体と塗膜形成材料とを少なくとも含み、上記重合体が、アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の生物忌避性基が、実質的に加水分解しない連結基を介して結合している重合体であることを特徴とする生物防汚剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物防汚剤、防汚処理方法および防汚処理物品に関する。
【背景技術】
【0002】
海洋航行船舶などは、航行中に海水中に棲む水棲生物が海水中に没する船底面や船側面に付着または固定することが見られ、これらの水棲生物との摩擦抵抗によって船舶などの航行速度の低下をもたらし、燃料の消費も増加し、また、補修の頻度も増え、経済的にも多大な損失を被るなどの色々な弊害をもたらしている。また、海洋魚類の養殖場においても隔離網に同様に海洋生物が付着し、網の開口部の減少による新鮮な海水の流入などが妨げられ、養殖魚の生育に弊害となっている。
【0003】
海水中に生息し、船体や海中の構造物に付着する水棲生物としては、非常に多くの水棲生物があり、水棲動物としてはフジツボ類、コケムシ類、セルブラ類、ほや類などであり、植物としては海藻類が挙げられ、特にフジツボ類、海藻類が挙げられる。
【0004】
これら水棲生物の付着を防止するために船底防汚塗料として錫化合物や銅化合物を含む塗料が使用されてきた。しかしながら、それらの錫化合物や銅化合物は海水中に溶出し、環境の汚染や魚、貝、海藻などへの汚染をもたらし、それらを食料とする人達にも汚染が広がり、健康を阻害するなどの大きな社会問題になってきている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたもので、水棲生物が船底や網糸などの基材に対する着生、生育、脱落の生態メカニズムを検討して見出された生物忌避性材料を水棲生物付着防止剤として使用するものである。生物忌避性材料として、水棲生物の生理的、物理的作用を利用した、しかも海水中に溶出しない非放出性の重合体を使用することによって、環境に配慮し、食用水産物に対しても安全であり、優れた防汚効果をもたらす新規な水棲生物防汚剤、防汚処理方法および防汚処理物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記問題点を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、実質的に加水分解しない結合基を介して生物忌避性基(以下単に「忌避性基」という場合がある)が連結している重合体(以下「忌避性重合体」という場合がある)は安全な有機物質であり、塗料として塗膜を形成し、長期間海水中に浸漬された際においても、上記重合体は粒子として脱落することはあっても水中に溶出する材料ではなく、環境に対しても汚染することはなく、水産資源に対しても安全であり、防汚性能についても、忌避性重合体を表面に高密度に有する塗膜が水棲生物の着生を減少させ、また、付着した水棲生物も細胞の生育が阻害されたり死滅したりし、付着した水棲生物が経時的に基材面から剥離する傾向が見られ、その結果としてこの死滅した水棲生物の上にさらに水棲生物が付着堆積しても、該付着堆積した水棲生物は、その自重により、さらに海水の流動力などの物理的な作用もあいまって、ついには付着した水棲生物が脱落する現象を見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明の構成は以下の通りである。
1.忌避性基を有する重合体と塗膜形成材料とを少なくとも含み、上記重合体が、アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の忌避性基が、実質的に加水分解しない連結基を介して結合している重合体であることを特徴とする生物防汚剤。
2.前記重合体が、線状重合体(A)および/または重合体微粒子(B)である前記1に記載の生物防汚剤。
3.前記連結基が、アミン結合、アンモニウム結合、エーテル結合、チオエーテル結合および炭化水素結合からなる群から選ばれた少なくとも1種の実質的に加水分解しない結合基である前記1に記載の生物防汚剤。
【0008】
4.前記重合体の少なくとも1部の構成単位が、下記一般式(1)で表わされるスチレン(6−)メチレン基である前記1に記載の生物防汚剤。

(式中のXは、アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の生物忌避性基である。)
5.前記重合体が、ハロゲン化メチルスチレン共重合体に忌避性基を有する化合物を反応させて得られる重合体、またはハロゲン化メチルスチレンに忌避性基を有する化合物を反応させた単量体を重合して得られる重合体である前記1に記載の生物防汚剤。
6.前記重合体(A)と塗膜形成材料(B)との配合質量比が、A:B=95:5〜5:95である前記1に記載の生物防汚剤。
7.前記1〜6のいずれかに記載の生物防汚剤を基材に塗布または含浸し、あるいは基材に混練または内添することを特徴とする基材の生物防汚処理方法。
【0009】
8.前記7に記載の方法で処理されたことを特徴とする生物防汚処理物品。
9.アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の忌避性基が、アミン結合、アンモニウム結合、エーテル結合、チオエーテル結合および炭化水素結合からなる群から選ばれた少なくとも1種の実質的に加水分解しない連結基を介して連結されていることを特徴とする単量体。
10.下記一般式(2)で表されることを特徴とする単量体。

(式中のXは、アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の生物忌避性基である。)
【発明の効果】
【0010】
従来、防汚塗料に使用されてきた錫化合物や銅化合物の忌避作用は、それらのイオンが徐々に溶出して水棲生物に作用し、水棲生物が忌避して付着を避ける作用あるいは付着しても死滅させることで脱落させようとする作用である。それに対して本発明の水棲生物防汚剤は、忌避性基が実質的に加水分解性を有しない連結基で結合した重合体を使用している。これらは長期間海水中に浸漬された際においても、環境に対して汚染せず、安全な有機物質であり、魚類や貝類、海藻などの食用水産物に対しても安全であり、衛生的である。
【0011】
本発明で使用する前記重合体は、可溶性重金属イオンを使用しないにもかかわらず、防汚効果をもたらすメカニズムは必ずしも完全に解明されている訳ではないが、そのメカニズムには、水棲生物の船底などの基材に対する生態メカニズムである着生、生育、脱落などの生物体の生理的作用、物理的作用が関係していると考えられる。忌避性線状重合体あるいは重合体微粒子が塗膜中に、特に塗膜表面に露出して存在していることによって、塗膜に対する水棲生物の着生を減少させ、また、塗膜表面にある忌避性基により付着した生物体の細胞が破壊されて付着層が死滅するなどして生育に阻害をきたし、基材面から剥離する傾向が見られた。また、その結果としてこの破壊された水棲生物の上にさらに水棲生物が付着堆積しても、付着堆積した水棲生物はその自重によって、さらに海水の流動力など物理的な作用もあいまってか、ついには塗膜表面から剥離し脱落するものと考察できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に発明を実施するための最良の形態を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
本発明で使用できる忌避性重合体としては、線状の重合体(A)および微粒子状の重合体(B)が使用できる。忌避性基の支持体となる重合体としては、公知の付加重合体系、縮合重合体系、熱硬化重合体系など、全ての重合体系が使用できる。付加重合体系としてはビニル系、ジエン系、(メタ)アクリル系などの公知の(共)重合体、縮合重合体系としてはエステル系、アミド系、ウレタン系などの公知の(共)重合体、熱硬化重合体系としてはメラミン−ホルムアルデヒド系、フェノール−ホルムアルデヒド系、エポキシ−アミン系、イソシアネート−アルコール系などの公知の熱硬化性樹脂初期縮合物を使用した硬化物などが挙げられる。
【0013】
本発明に使用する忌避性基としては、アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基などが挙げられる。これらの忌避性基から選ばれた少なくとも1種が、実質的に加水分解しない結合基を介して上記重合体に連結している。
【0014】
より具体的には、n−デシルアミン基、n−ドデシルアミン基、n−ヘキサデシルアミン基などの脂肪族アミノ基;脂環族アミノ基、N,N−ジメチル−n−デシルアンモニウム基、N,N−ジメチル−n−ドデシルアンモニウム基、N,N−ジメチル−n−ヘキサデシルアンモニウム基、それらのアンモニウム基;アニリン基、アニシジン基などの芳香族アミノ基、それらのアンモニウム基;4−オクチルアニリン基、4−ノニルアニリン基、4−ドデシルアニリン基などの脂肪族炭化水素基置換芳香族アミノ基、それらのアンモニウム基;ピリジン基、ピリジニウム基、4−オクチルピリジン基、4−ノニルピリジン基、4−ドデシルピリジン基などの脂肪族炭化水素基置換ピリジン基、それらのピリジニウム基;フェノール基、クレゾール基、アミノフェノール基などのフェノール性水酸基およびポリエチレングリコール基などが挙げられる。
【0015】
また、実質的に加水分解しない結合基としては、直接結合およびアミン結合、アンモニウム結合、エーテル結合、チオエーテル結合および炭化水素結合などである。連結鎖として、例えば、ポリアルキレン(炭素数2〜4)グリコール鎖や炭化水素(炭素数1〜40)鎖などをスペーサーとして介在させることも良い方法である。海水によってマトリックス相(塗膜)が親水化するように形成する。
【0016】
本発明で使用できる典型的な忌避性線状重合体あるいは重合体微粒子の構成単量体の1例を挙げる。
(1)アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の忌避性基が、アミン結合、アンモニウム結合、エーテル結合、チオエーテル結合および炭化水素結合からなる群から選ばれた実質的に加水分解しない連結基を介して連結されている単量体。
【0017】
(2)下記一般式(2)で表される単量体。

(式中のXは、アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の生物忌避性基である。)
【0018】
さらに、上記のスチレン(6−)メチレン基に忌避性基が結合した重合体の好ましい製造方法を挙げる。
(1)6−ハロゲン化メチルスチレン(共)重合体に忌避性基を有する化合物を反応させる方法。
(2)6−ハロゲン化メチルスチレンに忌避性基を有する化合物を反応させて忌避性基を有する単量体を合成し、次いで重合させる方法。
【0019】
上記の方法に加えて以下の方法が挙げられる。
(A1)忌避性基を分子中に有する前記以外の単量体やマクロモノマーを必要に応じて他の単量体と混合し、重合し、忌避性重合体とする方法。
(A2)忌避性基に容易に変わり得る基を分子中に有する単量体やマクロモノマーを必要に応じて他の単量体とを混合し、重合し、次いで忌避性基に変える方法。
(A3)予め反応基を分子中に有する単量体を重合させ、次いで忌避性基を有する反応性化合物と反応させる方法。
【0020】
(A4)重合体微粒子の合成の際に、予め核(コア)になる重合体微粒子を重合し、さらにシェル(殻)になる単量体は上記(A1)、(A2)、(A3)と同様に選択して表面に含浸させ、重合し、(A2)、(A3)の場合にはさらに上記の後処理を行い、シェル表面を修飾する方法。
(A5)反応基を分子中に有する単量体の(共)重合体を、忌避性重合体の先駆体として忌避性基を有する反応性化合物と共に塗料化し、塗膜中で反応させ、忌避性を有する塗膜を得る方法。
【0021】
付加重合体の合成方法としては、忌避性重合体の形態に合う公知の重合方法、例えば、溶液重合、乳化重合、懸濁重合、ソープフリー重合がすべて使用できる。重合媒体も有機溶剤、水−有機溶剤混合溶媒、水が選ばれる。
【0022】
さらに前記忌避性基以外に、親水性基が結合している共重合体鎖や、親水基が数多く結合しているマクロモノマーのグラフト共重合体鎖は、海水中に溶出することができるので防汚性に効果的である。共重合されてもよい親水性基を有する単量体としては従来公知の単量体が挙げられる。例えば、スチレンスルホン酸、ビニルスルホン酸など;(メタ)アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸など;(メタ)アクリル酸エチル硫酸エステル、2−(メタ)アクリロイルエチルアシッドフォスフェート、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート、トリメチルアンモニウムエチル(メタ)アクリレート塩酸塩、3−トリメチルアンモニウム(2−ヒドロキシ)−プロピル(メタ)アクリレート塩酸塩、(メタ)アクリル酸、マレイン酸、イタコン酸などのカルボキシル基を有する単量体のヒドロキシエチルエステル、グリセリルエステル、ポリエチレングリコールエステル、メトキシポリエチレングリコールエステルなどが挙げられる。
【0023】
前記の忌避性基を有する単量体および親水性基を有する単量体と従来公知の疎水性の単量体を共重合することも好ましい方法である。疎水性の単量体としては、例えば、スチレン、エチレン、プロピレン、ブタジエン、イソプレン、(メタ)アクリル酸の脂肪族(C1〜C30)、芳香族(C6〜C15)、脂環式(C6〜C15)炭化水素エステルなど、また、重合体微粒子に架橋結合をもたらす多官能性単量体、例えば、ジビニルベンゼン、アルキレン(C2〜C4)グリコールジ(メタ)アクリレート、ポリ(C2〜C30)アルキレン(C2〜C4)グリコール(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、メチレンビスアクリルアミドなどが挙げられる。
【0024】
本発明の生物防汚剤は、忌避性線状重合体や重合体微粒子が塗膜表面に露出する状態を形成する塗料として使用することが好ましい。例えば、忌避性線状重合体や重合体微粒子を塗膜形成材料中に高濃度に添加すること、忌避性線状重合体を塗膜中で相分離させ、高濃度の膜部分をつくること、忌避性重合体微粒子の粒径を比較的大きくすること、さらに忌避性重合体微粒子の粒径を水棲生物の忌避する粒径に制御することなどが挙げられる。徐々に表面から溶解していく自己研磨(ポリシング)型の樹脂系は塗膜中の忌避性重合体が順次表面に露出することができるので好ましい。
【0025】
本発明の生物防汚剤を構成する塗膜形成材料としては、公知の樹脂材料が使用できる。樹脂の分類からは、例えば、合成ゴム系樹脂、アクリル系樹脂、ビニル系樹脂、塩化ゴム系樹脂、エポキシ系樹脂、シリコーン系樹脂、フッ素系樹脂などおよびそれらの共重合体系、混合系などが挙げられる。
【0026】
上記した生物防汚剤において、忌避性重合体(A)と塗膜形成材料(B)との配合質量比は、A:B=95:5〜5:95であり、忌避性重合体が塗膜表面に高密度に露出して欲しい点からいえば、好ましくはA:B=80:20〜30:70である。
【0027】
本発明の生物防汚剤を基材に塗布または含浸し、あるいは基材に混練または内添することにより基材を生物防汚処理し、水棲生物防汚処理物品が得られる。本発明の水棲生物防汚剤は従来の防汚塗料と同様の用途、例えば、海洋航行船舶の海水中に没する船底面や船側面の塗装に、また、海洋魚類の養殖場においても隔離網などの広範な用途で使用できる。
【0028】
さらに、別の実施の態様として、海中に浸漬する建造物や部材などの合成樹脂成型物や、魚網や隔離用網などに合成繊維が使用されているが、それらの場合には上記物品の表面を本発明の生物防汚剤で塗装したり、含浸する方法のみでなく、それらの合成樹脂製品や合成繊維製品中に本発明の生物防汚剤を内添する方法も優れた方法である。それらの基材樹脂に適合する生物防汚剤をマスターバッチの形状や、紡糸液に適合する生物防汚剤の分散液として使用することも好ましい。合成樹脂としてはポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、合成ゴム、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂などの公知の樹脂が挙げられる。合成繊維としては、ポリプロピレン繊維、ポリエチレン繊維、ポリアクリロニトリル繊維、ナイロン繊維、ポリエステル繊維などの公知の繊維が挙げられる。
【0029】
また、本発明の生物防汚剤は、建造物や住宅などにおける洗濯場、洗い場、流し、洗面所、風呂場などの水周り個所におけるかびなどの生物的汚れに対して、あるいは住宅、病院、公共施設などの空気清浄機のフィンや充填材の抗菌性塗布材料などとしても使用できる。
【実施例】
【0030】
次に実施例および比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。なお、文中、「部」または「%」とあるのは質量基準である。
【0031】
[合成例1]
(1)加熱装置としてのウオーターバス、攪拌機、モノマー滴下装置、試薬投入口、逆流冷却器および窒素ガス吹込み口を備えた重合反応装置を準備し、重合容器に水100部、エタノール342.5部および分散安定剤としてポリアクリル酸(平均分子量:25万)6部を仕込み、攪拌してポリアクリル酸を溶解した。次いでモノマーとしてスチレン(St)45部、およびアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)0.75部を混合して、添加し、窒素ガス気流下、70℃で8時間攪拌し、懸濁重合を行った。得られた重合体の粒径は動的光散乱法で測定したところ約1μmであった。
【0032】
さらに、この懸濁重合液にクロロメチルスチレン(CMS)25部、ジビニルベンゼン(DVB)12.5部、およびAIBN0.56部の混合液を添加し、攪拌した後、窒素ガス気流下70℃で8時間重合した。表面に反応性のクロルメチル基を有するコア−シェル型の架橋された重合体微粒子を得た。遠心分離機を用いて、重合反応混合物から重合体微粒子を濾別、洗浄した。得られた架橋重合体微粒子をキシレン/n−ブタノール混合溶媒(75/25)中に再分散させた(固形分:21.6%)。以下の各合成例における重合反応および合成反応も同様の装置を使用して行った。
【0033】
(2)ポリエチレングリコール(PEG)(凡その平均重合度:9)のジグリシジルエーテル(エポキシ当量:268)の50%キシレン/n−ブタノール混合溶媒(9/1)溶液107.2部を仕込んだ。そこへオクチルアニリンの50%キシレン/n−ブタノール混合溶媒溶液41.2部を85〜90℃にて3時間で滴下し、さらに90〜115℃にて4時間攪拌した。次いで、ジエチルアミン(DEA)の50%キシレン/n−ブタノール混合溶媒溶液15.0部を50℃にて3時間で滴下し、さらに50〜55℃にて5時間攪拌し、反応をさせ、3級アミン化した。片末端がオクチルアニリン基であり、他末端が3−ジエチルアミノ(2−ヒドロキシ)プロピル基が結合したPEGを主成分とするPEG誘導体溶液を得た(固形分:51.8%)。各段階の反応の進行は赤外スペクトルで確認した。
【0034】
(3)反応容器に上記(1)で得られたクロルメチル基を有するコア−シェル型架橋重合体微粒子の分散液250部を仕込み、次いで上記(2)で得られた3−ジエチルアミノ(2−ヒドロキシ)プロピル基と3−オクチルフェニルアミノ(2−ヒドロキシ)プロピル基を結合したPEG誘導体13.5部を含むキシレン/n−ブタノール混合溶媒溶液27.0部を添加し、70℃で3時間、80℃で5時間反応させた。反応後、反応液を300部のエタノールに投入し、重合体微粒子を濾別し、エタノールで洗浄した。PEG鎖を介してオクチルアニリンで修飾された架橋重合体微粒子ペーストを得た。以下、「忌避性微粒子−1」と称する。
【0035】
[合成例2]
(1)合成例1(2)と同様にして、PEG(凡その平均重合度:22)のジグリシジルエーテル(エポキシ当量:551)110.2部に3−エチルアミノ−4−メチルフェノール15.2部およびDEA7.5部を順次反応させて片末端が3−(ヒドロキシトリル(エチル)アミノ)−(2−ヒドロキシ)プロピル基および他端が3−ジエチルアミノ(2−ヒドロキシ)プロピル基を結合したPEGを主成分とするPEG誘導体を得た。次いでハイドロキノン0.07部を添加し、CMSの50%メチルエチルケトン(MEK)溶液30.6部を50℃にて1時間で滴下し、さらに50〜55℃にて2時間攪拌し、反応をさせた。水酸化ナトリウム水溶液で塩酸を中和した後、減圧蒸留でMEKを溜去し、PEGをスペーサーとして3−エチルアミノ−4−メチルフェノール基が結合したスチレン系モノマーを得た。
【0036】
(2)St80部、上記(1)で得られたPEGをスペーサーとして3−エチルアミノ−4−メチルフェノール基が結合したスチレン系モノマー10部、DVB10部と2,2’−アゾビス(2−アミジノプロパン)塩酸塩0.2部とを混合した。重合反応装置に脱イオン水400部を入れた。窒素ガスを導入して昇温し、上記のモノマー混合液を滴下し、65〜70℃にて8時間重合反応を行った。以下、「忌避性微粒子−2」と称する。
【0037】
[合成例3]
(1)合成例1(2)のPEGジグリシジルエーテルのDEAとの反応と同様にして、ラウリルオキシPEG(n:15)モノグリシジルエーテル(エポキシ当量:971)97.1部にDEA7.4部を反応させて、3−ジエチルアミノ(2−ヒドロキシ)プロピル基が結合したPEGモノラウリルエーテルを生成させた。続いて、合成例2(1)の反応に準じて、CMS15.3部を反応させ、水酸化ナトリウムで中和して、3−(スチリルメチル(N,N−ジエチル−)アミノ)(2−ヒドロキシ−)プロピル基が結合したPEGモノラウリルエーテル(ラウリルオキシPEG鎖が結合したスチレン系モノマー)を得た。
【0038】
(2)重合反応装置にキシレン−酢酸ブチル(1/1)混合溶媒150部を仕込んだ。別に上記(1)で得られたラウリルオキシPEG鎖が結合したスチレン系モノマー20部、St25部、メチルメタクリレート(MMA)25部、メタクリル酸ブチル(BMA)25部、2−ヒドロキシエチルメタアクリレート(HEMA)5部およびAIBN2部を混合し、モノマー混合液を準備した。重合装置に窒素ガスを導入して昇温し、内温が65℃で上記のモノマー溶液を40部添加して1時間反応させた後、70℃にして残りの溶液を3時間かけて滴下した後80℃で6時間反応した。ラウリルオキシPEG鎖を有する基を側鎖に有するSt−MMA−BMA−HEMA共重合体溶液(固形分:40%)を得た。以下、「忌避性重合体−1」と称する。
【0039】
[合成例4]
合成例3と同様にして、フェニルオキシPEG(n:5)−モノグリシジルエーテル(エポキシ当量:400)40.0部にDEA7.4部を反応させて得られた3−ジエチルアミノ(2−ヒドロキシ)プロピル基が結合したPEGモノフェニルエーテルにCMS15.3部を反応させて、3−(スチリルメチル(N,N−ジエチル−)アミノ)(2−ヒドロキシ)プロピル基が結合したPEGモノフェニルエーテル(フェニルオキシPEG鎖が結合したスチレン系モノマー)を得た。それを使用して同様に共重合し、フェニルオキシPEG鎖を有する基を側鎖に有するSt−MMA−BMA−HEMA共重合体溶液(固形分:40%)を得た。以下、「忌避性重合体−2」と称する。
【0040】
[合成例5]
合成例1(1)で得られたクロルメチル基を有するコア−シェル型架橋重合体微粒子分散液250部を仕込み、N,N−ジメチルアニリン12.3部を添加し、130℃で8時間反応させジメチルアニリンで表面が修飾された重合体微粒子を得た。反応後、反応液を300部のエタノールに投入し、重合体微粒子を濾別し、エタノールで洗浄した。フェニルジメチルアンモニウム基で表面修飾された架橋重合体微粒子ペーストを得た。以下、「忌避性微粒子−3」と称する。
【0041】
[合成例6〜7]
合成例5の架橋重合体微粒子の表面修飾反応と同様にして、N,N−ジメチルアニリンに代えて表1のアニリン系化合物を反応させた。反応後、反応液をエタノールに投入し、重合体微粒子を濾別し、洗浄し、塩基性化合物で表面修飾された架橋重合体微粒子ペーストを得た。以下、表1で示す名称で表わす。
【0042】

【0043】
[合成例8]
(1)合成例3と同様にして、モノマーとしてCMS20部、St25部、MMA25部、BMA25部およびHEMA5部を使用して、合成例3と同様にして重合反応を行い、反応性のクロルメチル基を有する、CMS−St−MMA−BMA−HEMA共重合体溶液(固形分:40%)を得た。以下、「忌避性先駆重合体−1」と称する。
【0044】
(2)上記(1)で得られたCMS−St−MMA−BMA−HEMA共重合体の溶液125部を仕込んだ。この中に2−ジメチルアミノエチルフェノール50%MEK溶液19.8部を滴下して添加し、80℃で8時間攪拌、反応させた。反応後、反応液を500部のエタノールに投入し、重合物を析出させた。濾別し、数回エタノールで洗浄した。さらに300部のエタノール中で60℃に加温した後、冷却し、濾別し、さらにエタノールで洗浄した。以下、「忌避性重合体−3」と称する。
【0045】
[合成例9]
63.57部のポリエチレングリコール(PEG)(凡その平均重合度:9)のジグリシジルエーテル(エポキシ等量:268)と25部のオクチルアニリンと20部のn−ブタノールを仕込んだ。140℃にて4時間攪拌した。片末端がオクチルアニリン基であり、他末端がエポキシ基である分子量約4,000(GPCポリスチレン換算)のオリゴマーを得た(固形分:86%)。GPCによれば未反応のオクチルアニリンは認められなかった。各段階の反応の進行は赤外スペクトルで確認した。
【0046】
[比較例1]
重合容器にキシレン/n−ブタノール混合溶媒(7/3)150部を仕込み、90℃に加熱する。次いでMMA50部、メタクリル酸ブチル(BMA)35部、HEMA15部、およびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート1.5部のモノマー混合液を2時間にわたって滴下し、窒素ガス気流下で6時間反応し、MMA−BMA−HEMA共重合体のキシレン溶液を得た(固形分:40%)。以下、「比較用アクリル樹脂」と称する。
【0047】
[実施例1]
合成例1で得られた忌避性微粒子−1を下記の固着用アクリル樹脂のキシレン/n−ブタノール溶液と固形分質量比で65/35で、混合し、酢酸ブチルで固形分25%に調整した後、忌避性微粒子−1の粉末を超音波で微分散させ、塗料を調製した。防錆処理を施した試験用鋼板の周囲の上下左右および中央に境界を作り、それぞれ約1cmの幅でエポキシ系下塗り塗料を塗布し、保護と境界を作った。その下半分に上記の塗料を厚く塗布して常温下で10日間乾燥した。塗膜の厚みはほぼ110〜130g/m2であった。上半分は下記比較例2で示すように比較用のアクリル樹脂を塗布した。上記で使用した固着用アクリル樹脂は以下のようにして合成した。合成例1に使用した重合装置を使用し、重合容器にキシレン114部、n−ブタノール38部を仕込み、90℃に加熱する。次いでMMA35部、BMA35部、アクリル酸15部、HEMA15部、およびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート1.5部の混合液を2時間にわたって滴下し、窒素ガス気流下で6時間反応して得た(固形分:40%)。また、上記の試験用鋼板はテストパネル社製の中目両面サンドプラスト鋼板(幅×長さ×厚さ:70×150×1mm)にタールエポキシ系の下塗り塗料を乾燥後で約150g/m2で塗布し、風乾して準備した。
【0048】
[比較例2]
実施例1で調製した各塗板上の区分した上半分に、防汚性能の比較のための比較例1で得られた樹脂溶液を塗布し、常温下で10日間乾燥した。塗膜の厚みはほぼ110〜130g/m2であった。以下の実施例においても同様に上下に分けて塗布し、比較した。
【0049】
[実施例2〜8]
表2の固形分での配合処方により実施例1で述べた塗料の調製方法および塗装方法に従い、塗装板を調製した。膜厚はほぼ110〜130g/m2であった。
【0050】

【0051】
[実施例9]
合成例8(1)のクロルメチル基を有する忌避性先駆重合体−1を樹脂分で95部およびアニシジン5部を含む固形分50%に調整した塗料を調製した。この塗料を実施例1と同様にして試験用鋼板上に塗布して常温下で10日間乾燥した。塗膜の厚みはほぼ110〜130g/m2であった。同じ塗液をポリプロピレン製容器中で10日間乾燥して、フィルム(200g/m2膜)をヘキサンにて抽出試験を行った結果、ヘキサン可溶分は認められなかった。
【0052】
[実施例10]
合成例8(1)のクロルメチル基を有する忌避性先駆重合体−1を樹脂分で60部および合成例9のオクチルアニリン基を持つオリゴマー50部を含む固形分40%に調整した塗料を調製した。この塗料を実施例1と同様にして試験用鋼板上に塗布して常温下で10日間乾燥した。塗膜はほぼ110〜130g/m2であった。
【0053】
[試験方法および塗装鋼板浸漬試験]
(1)試験方法および試験用塗装鋼板の海水浸漬試験は内湾の比較的海水流の少ない、幼魚の成育場に隣接する場所で、魚の餌の投与のあることから栄養分の多い環境で行った。水温は凡そ25〜28℃、COD濃度は4〜10mg/Lを示した。COD濃度については瀬戸内海の比較的海水のきれいなところで1〜2mg/L、港の中など水の色が緑から黄色に見えるところでは3〜5mg/Lと言われている。実施例1〜10および比較例2で調製した塗装した試験用鋼板をポリ塩化ビニル製の枠に上下固定して吊るした。塩ビ製枠を海面より1〜2mの深さに浸漬した。4週間にわたって1週間ごとに試験用鋼板を上げて試験用鋼板の上半分、下半分のフジツボの付着状態を観察し、状態の変化を評価した。
【0054】
(2)状態観察の結果および評価
○:非放出性防汚塗料としての機能を有している。
△:非放出性ではあるが、防汚塗料としての機能はやや不十分である。
×:非放出性ではあるが、防汚塗料としての機能を有していない。
【0055】

【0056】
[比較例3]
実施例と同様にして亜酸化銅を用いたポリシング型の塗装板を調製し、同様にして海水浸漬を行い、防汚性を評価した。フジツボは殆ど付着しておらず、非常に優れた防汚性を示していたが、試験用鋼板の周囲の上下左右、中央境界のエポキシ系下塗り塗料を塗装した部分にも同様にフジツボが付着していなかった。これは防汚塗料の塗装されていない部分を含めた隣接する環境も亜酸化銅の溶出の影響を受けていることを示している。それに対し、上記実施例1〜10の塗装物はエポキシ系下塗り塗料を塗装した部分にはフジツボが著しく多く、しかも強固に付着しており、使用された重合体が溶出していないことを示している。これによって、実施例に使用した各種重合体は環境への負荷が小さいことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0057】
従来から防汚塗料に使用されてきた錫化合物や銅化合物の忌避作用は、それらのイオンが徐々に溶出して水棲生物に作用し、忌避あるいは死滅させる作用である。それに対して本発明の水棲生物防汚剤は、実質的に加水分解しない結合基を介して忌避性基を連結している重合体を使用している。これらは長期間海水中に浸漬された際においても、環境に対して汚染せず、安全な有機物質であり、魚類や貝類、海藻などの食用水産物に対しても安全であり、衛生的である。このような生物防汚剤を基材に塗布または含浸し、あるいは基材に混練または内添することにより水棲生物防汚処理物品が得られる。
【0058】
本発明の水棲生物防汚剤は、従来の防汚塗料と同様の用途、例えば、海洋航行船舶の海水中に没する船底面や船側面の塗装に、また、海洋魚類の養殖場においても隔離網などにも使用できる。海中に浸漬する建造物や部材などの合成樹脂成型物や、魚網や隔離用網などの合成繊維に対して本発明の防汚剤を適用する場合は、基材樹脂に適合するマスターバッチの形態で、また、紡糸液に適合する生物防汚剤の分散液として使用して、合成樹脂製品や合成繊維製品中に本発明の生物防汚剤を内添することもできる。また、本発明の生物防汚剤は、建造物や住宅などの水周り個所に発生するかびなどの生物的汚れに対して、あるいは住宅、病院、公共施設などの空気清浄機のフィンや充填材の抗菌性塗布材料としても使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物忌避性基を有する重合体と塗膜形成材料とを少なくとも含み、上記重合体が、アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の生物忌避性基が、実質的に加水分解しない連結基を介して結合している重合体であることを特徴とする生物防汚剤。
【請求項2】
前記重合体が、線状重合体(A)および/または重合体微粒子(B)である請求項1に記載の生物防汚剤。
【請求項3】
前記連結基が、アミン結合、アンモニウム結合、エーテル結合、チオエーテル結合および炭化水素結合からなる群から選ばれた少なくとも1種の実質的に加水分解しない結合基である請求項1に記載の生物防汚剤。
【請求項4】
前記重合体の少なくとも1部の構成単位が、下記一般式(1)で表わされるスチレン(6−)メチレン基である請求項1に記載の生物防汚剤。

(式中のXは、アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の生物忌避性基である。)
【請求項5】
前記重合体が、ハロゲン化メチルスチレン共重合体に生物忌避性基を有する化合物を反応させて得られる重合体、またはハロゲン化メチルスチレンに生物忌避性基を有する化合物を反応させた単量体を重合して得られる重合体である請求項1に記載の生物防汚剤。
【請求項6】
前記重合体(A)と塗膜形成材料(B)との配合質量比が、A:B=95:5〜5:95である請求項1に記載の生物防汚剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の生物防汚剤を基材に塗布または含浸し、あるいは基材に混練または内添することを特徴とする基材の生物防汚処理方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法で処理されたことを特徴とする生物防汚処理物品。
【請求項9】
アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の忌避性基が、アミン結合、アンモニウム結合、エーテル結合、チオエーテル結合および炭化水素結合からなる群から選ばれた少なくとも1種の実質的に加水分解しない連結基を介して連結されていることを特徴とする単量体。
【請求項10】
下記一般式(2)で表されることを特徴とする単量体。

(式中のXは、アミノ基、アンモニウム基、ピリジン基、ピリジニウム基、フェノール基およびポリエチレングリコール基からなる群から選ばれた少なくとも1種の生物忌避性基である。)

【公開番号】特開2007−277432(P2007−277432A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−106767(P2006−106767)
【出願日】平成18年4月7日(2006.4.7)
【出願人】(591039425)高知県 (51)
【出願人】(597154966)学校法人高知工科大学 (141)
【出願人】(000002820)大日精化工業株式会社 (387)