説明

畑作物へのカドミウム吸収抑制剤

【課題】消石灰などのアルカリ剤に比べ取り扱いやすく、効果が持続し、土壌塩基バランスを損なわずに、農作物のカドミウム吸収を抑制することができるカドミウム吸収抑制剤を提供すること。
【解決手段】酸化マグネシウム10〜70質量%及び炭酸カルシウム30〜90質量%を含有する、畑作物のカドミウム吸収抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カドミウム含有農用地の畑作物がカドミウムを吸収するのを抑制するために用いるカドミウム吸収抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
わが国の現行の食品衛生法に基づく「食品、添加物等の規格基準」では、玄米中のカドミウム濃度が1mg/kg以上ではならないと定められており、1mg/kg以上の玄米は、販売や加工などが禁止され、焼却処分されている。また0.4〜1mg/kgの玄米においては、1970年〜2003年は国が、2004年以降は国から補助金を受けた社団法人全国米麦改良協会が買い上げて、非食用として処理している。
一方、コーデックス(WHOとFAOによる合同食品規格委員会)が定めた農作物のカドミウム含有量は、精米においては0.4mg/kgであり、国内においても基準値の改正(1mg/kg→0.4mg/kg)が見込まれている。また、コメ以外の農作物に関しても国際基準値の批准に向けた調査が実施されており、設定されることでカドミウム汚染土壌が顕在化すると考えられる。
【0003】
カドミウム汚染土壌の対策として、例えば、汚染土壌を取り除き非汚染土壌を客土する方法が知られている(非特許文献1)。しかし、客土法は莫大な費用がかかり、客土に利用する土壌の確保や汚染土壌の処分も問題となる。
また、消石灰などのCa系アルカリ剤を投入する方法も知られている(非特許文献2)。しかしながら、生石灰(CaO)や消石灰(Ca(OH)2)はアルカリ度が高く、目標pHに制御することが困難であるため、極端に土壌pHが高くなることにより、農作物の生育阻害や他の重金属イオンの流出などを引き起こす可能性がある。また、生石灰の水和反応生成物である消石灰は、溶解度積が大きいため、すぐに高pHを示すものの、土壌水分中へ溶出して土壌から溶出し、カドミウム吸収抑制効果が持続しないという問題があった。更に、炭酸カルシウム(CaCO3)や苦土炭酸カルシウム(CaMg(CO3)2)は効果の持続性が高いものの、アルカリ度が低いために、目標pHにするための施用量が多くなり、特に炭酸カルシウムは土壌中に大量のカルシウムが存在することとなり、土壌の塩基バランスが崩れ、マグネシウム等のイオンの吸収が抑制されて生育阻害が起こるという問題もあった。
【0004】
また、酸化マグネシウムを施用することにより、カドミウム吸収が抑制されることが知られている(非特許文献3)。しかし、酸化マグネシウム単独で施用すると、目的pHにするための施用量が少量であるため、土壌と均一に混合することが難しく、ムラが生じ、スポット的にpHが高い部分と低い部分ができてしまう。その結果、pHが必要以上に高い部分では畑作物の生育に悪影響が出てしまい、pHが低い部分ではカドミウム吸収抑制が達成されないという問題があった。
更に、酸化マグネシウムのみでは、生石灰や消石灰の場合と同様に、土壌pHを収穫時まで高く保つ効果が低いという問題もあった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】農用地の土壌の汚染防止等に関する法律(昭和四十五年十二月二十五日法律第百三十九号)
【非特許文献2】農林水産省 農業環境技術研究所 技術マニュアル・資料「水稲のカドミウム吸収抑制のための対策技術」平成17年3月改訂
【非特許文献3】菊地哲郎ら他10名、「酸化マグネシウム資材による水稲のカドミウム吸収抑制効果 (2)酸化マグネシウム資材の施用による水稲のカドミウム吸収抑制(圃場試験)」、H18 農業土木学会大会講演会講演要旨集、p.260−261
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、消石灰などのアルカリ剤に比べ取り扱いやすく、効果が持続し、土壌塩基バランスを損なわずに、畑作物のカドミウム吸収を抑制することができるカドミウム吸収抑制剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、斯かる現状に鑑み、種々検討した結果、酸化マグネシウムと炭酸カルシウムを特定の割合で組み合わせて用いれば、施用量が適量であるため、土壌のpHにムラを生じることなく土壌と混合することができ、しかも、土壌塩基バランスを損なわずに、カドミウム含有農用地の畑作物がカドミウムを吸収するのを抑制でき、しかもその効果が持続することを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、酸化マグネシウム10〜70質量%及び炭酸カルシウム30〜90質量%を含有し、カドミウム含有農用地の畑作物がカドミウムを吸収するのを抑制するために用いるカドミウム吸収抑制剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明のカドミウム吸収抑制剤は、酸化マグネシウムと炭酸カルシウムを併用しているため安価であり、施用量が適量であるため土壌のpHにムラを生じさせることがない。また、マグネシウムとカルシウムを含んでいるため、土壌塩基バランスを損なわず、生育に悪影響を与えることがない。
更に、本発明のカドミウム吸収抑制剤に用いられる炭酸カルシウムは、消石灰や生石灰に比べて溶解度積が小さいため、カドミウム吸収抑制効果を持続させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明で用いる酸化マグネシウムとしては、炭酸マグネシウムを焼成して得たものや、水酸化マグネシウムを焼成して得たもの等が挙げられる。酸化マグネシウムには低温焼成品と高温焼成品があるが、高温焼成品は水和活性に乏しく、十分な吸収抑制効果が得られない場合があるので、低温焼成品(軽焼マグネシウム)を使用するのが好ましい。
なかでも、炭酸マグネシウム又は水酸化マグネシウムを主要原料として、好ましくは650〜900℃、より好ましくは750〜900℃、特に好ましくは800〜900℃で焼成して得た酸化マグネシウムを使用することが好ましい。炭酸マグネシウム又は水酸化マグネシウムを主要原料として前記温度で焼成して得た酸化マグネシウムは、土壌に添加・混合した場合に、優れたカドミウム吸収抑制効果を発揮することができる。
なお、使用する酸化マグネシウムは、粒度が細かい(例えば、ブレーン値2000cm2/g以上)ものが好ましい。
【0011】
酸化マグネシウムは、カドミウム吸収抑制剤中に10〜70質量%、好ましくは50〜70質量%含有される。10質量%未満では、目的pHにするための施用量が増大し、その結果炭酸カルシウムの施用量が増し、マグネシウムやカリウムイオンの吸収が抑制されて畑作物の生育阻害が起こる可能性がある。また、70質量%を超えると、施用量は減るものの、土壌と均一に混合することが困難となり、ムラが生じてスポット的に土壌のpHが高い部分と低い部分が生じてしまう。更に、酸化マグネシウムの含有量が70質量%を超え、炭酸カルシウムの含有量が30質量%未満になると、土壌のpHを収穫時まで高く保つ効果が低減してしまう。すなわち、酸化マグネシウムの含有量が10〜70質量%の範囲外であると、カドミウム吸収抑制効果が低減してしまう。
【0012】
本発明で用いる炭酸カルシウムとしては、例えば、工業用炭酸カルシウム粉末、試薬の炭酸カルシウム粉末、炭酸石灰(炭カル)肥料や、炭酸カルシウムを含有するものを使用することができる。炭酸カルシウムを含有するものとしては、例えば、石灰石粉末、カキやホタテの貝殻やサンゴ等の粉砕物を使用することができる。
【0013】
炭酸カルシウムは、カドミウム吸収抑制剤中に30〜90質量%、好ましくは30〜50質量%含有される。30質量%未満では、酸化マグネシウムの含有量が増大するため、施用量は減るものの、土壌への施用にムラが生じて、スポット的に土壌のpHが高い部分や低い部分が生じてしまう。さらに炭酸カルシウムの含有量が30質量%未満では、土壌のpHを収穫時まで高く保つ効果が低減してしまう。すなわち、炭酸カルシウムの含有量が30〜90質量%の範囲外であると、カドミウム吸収抑制効果が低減してしまう。
【0014】
本発明のカドミウム吸収抑制剤は、更にマンガン化合物を含有することができる。
マンガン化合物としては、例えば、二酸化マンガン、水酸化マンガン等が挙げられる。
マンガンは、カドミウムとの拮抗作用を有するため、本発明の吸収抑制剤に用いることにより、畑作物のカドミウム吸収抑制の相乗効果を期待することができる。
【0015】
本発明のカドミウム吸収抑制剤は、更に酸化鉄を含有することができる。
酸化鉄としては、例えば、FeO、Fe2O3(三二酸化鉄)、Fe3O4(四三酸化鉄)等が挙げられる。
【0016】
本発明のカドミウム吸収抑制剤は、更にリン酸含有物を含有することができる。
リン酸含有物としては、例えば、リン鉱石、製リンスラグ、リン酸肥料等が挙げられる。
【0017】
本発明のカドミウム吸収抑制剤は、更にカリウムを含有することができる。
カリウムを添加することにより、土壌の石灰:苦土:カリの塩基バランスを最適に保つことができ、畑作物の生育をより向上させることができる。
【0018】
本発明のカドミウム吸収抑制剤は、カドミウム含有農用地の畑作物がカドミウムを吸収するのを抑制することができる。
本発明のカドミウム吸収抑制剤は、カドミウム含有農用地へ添加・混合して用いられる。カドミウム含有農用地へ添加する際には、カドミウム含有農用地10aあたり、50〜400kg添加し、土壌pHを6〜8、特に6.5〜7.5にするのが好ましい。
より詳細には、緩衝曲線法により緩衝曲線を求め、施用量を決定することができる。
【0019】
緩衝曲線法により施用量を決定する場合には、カドミウム吸収抑制剤とカドミウム含有農用地の土壌を用いて緩衝曲線を作成し、目的のpHにするために必要なカドミウム吸収抑制剤の施用量を決定する。
より具体的には、乾土10g相当量の風乾土に、吸収抑制剤を0、10、25、50、100mgずつ添加する。これに純水を25mL添加し、振とう機で200rpm、一晩振とうする。その後エアポンプなどによって毎分約2Lの割合で2分間空気を吹き込む。通気後直ちにpHを測定して緩衝曲線を求める。このようにして求めた緩衝曲線から、目的のpHにするために必要な吸収抑制剤の施用量を決定することができる。
【0020】
本発明のカドミウム吸収抑制剤をカドミウム含有農用地へ施用する際には、均一に施用する必要がある。例えば、適当に農用地を分割し、その分割された区画ごとに吸収抑制剤を添加または散布する、あるいは、ライムソワー等の機械を用いてカドミウム吸収抑制剤を均等に散布することができる。このようにして散布した後、ロータリー等の作業機を装着したトラクターを用いて、土壌とカドミウム吸収抑制剤を2回、特に3回混合するのが好ましい。
【0021】
本発明のカドミウム吸収抑制剤によりカドミウムの吸収を抑制される畑作物としては、特に制限されないが、サトイモ、オクラ、ホウレンソウ、コムギ、ダイズ等に好適に使用することができる。
【実施例】
【0022】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに何ら制限されるものではない。
【0023】
実施例1
植物の吸収抑制効果を評価するために、サトイモの栽培試験を行った。
吸収抑制剤(実施例1)として、酸化マグネシウム70質量%及び炭酸カルシウム30質量%を混合したものを用いた。まず、吸収抑制剤を施用しない区を比較例1とした。実施例1は、土壌の初期pHを7.0にするために必要な吸収抑制剤量160kg/10aを施用した。また、比較例2として等量の160kg/10aの苦土炭カル(CaMg(CO3)2)を、比較例3は3倍量である480kg/10aの苦土炭カルを施用した。
栽培管理条件は現地慣行に従い、定植は平成20年6月10日、収穫は同年10月30日に行った。収穫後、可食部(孫イモ)中のカドミウム濃度を測定した。分解操作は、書籍「土壌、水質及び植物体分析法 平成13年3月(財団法人 日本土壌協会)」を参考に行い、分解液中のカドミウム濃度をICP発光装置により測定した。
【0024】
【表1】

【0025】
CODEXでの根菜類のCd含有量規制値は0.10mg/kgである。比較例1では、サトイモ中Cd濃度が0.16mg/kg と基準以上の濃度であるが、吸収抑制剤を施用することで0.06mg/kgまで低下することが確認された。また、比較例2では0.10mg/kg、比較例3では0.05mg/kgであった。
収穫時の土壌のpHは、実施例1>比較例3>比較例2>比較例1であった。
実施例1は、最も高いpHを示し、これがサトイモのCd吸収抑制に繋がったと考えられる。比較例2は、pHが低く、この程度のpHでは十分なカドミウム吸収抑制効果が得られなかった。比較例3は0.1mg/kg 以内にカドミウムの吸収を抑制できたが、実施例1の3倍量と多量施用しないと達成できないことが分かる。
【0026】
実施例2〜3
表1に示す組成の吸収抑制剤を用い、実施例1と同様にサトイモ栽培を行った。吸収抑制剤を施用しない区を比較例4とした。比較例5〜7、実施例2〜3は、土壌のpHが7になる量の吸収抑制剤を施用した。定植、収穫、サトイモの分解操作は、実施例1と同様に行い、収穫時の土壌pHを測定した。結果を表2に示す。
詳しくは、比較例5は、酸化マグネシウムを120kg/10a、比較例6は酸化マグネシウム80%と炭酸カルシウム20%を混合させた資材を142kg/10a、実施例2は酸化マグネシウム70%と炭酸カルシウム30%を混合させた資材を153kg/10a、実施例3は、酸化マグネシウム10%と炭酸カルシウム90%を混合させた資材を260kg/10a、比較例7は、炭酸カルシウムを300kg/10a施用した。
【0027】
【表2】

【0028】
比較例5および比較例6のサトイモ中のCd含有量は国際基準値を超えたが、実施例2は下回った。この結果から、炭酸カルシウムの配合割合が30質量%より少ない場合は、収穫時まで土壌pHを高く保つことができず、Cd吸収抑制効果が十分発揮されないことがわかる。
実施例3、比較例7のサトイモ中のCd含有量は、国際基準値を下回った。しかし、比較例7のサトイモの収量は他の例と比べて低く、望ましいとされている1,000g/株(農家ヒヤリング)を下回った。この結果から、炭酸カルシウムを単独で多量に施用すると、サトイモの収量が少なくなり、生育障害が発生していることがわかる。
以上の結果から、本発明のCd吸収抑制剤は、酸化マグネシウム10〜70質量%及び炭酸カルシウム30〜90質量%の割合で混合して、土壌pHが7になる量施用すると、良好なCd吸収抑制効果を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化マグネシウム10〜70質量%及び炭酸カルシウム30〜90質量%を含有する、畑作物のカドミウム吸収抑制剤。
【請求項2】
酸化マグネシウムが、650〜900℃で焼成されたものである請求項1記載のカドミウム吸収抑制剤。
【請求項3】
土壌のpHを6〜8にする請求項1又は2記載のカドミウム吸収抑制剤。
【請求項4】
カドミウム含有農用地10aあたり、50〜400kg添加・混合して用いる請求項1〜3のいずれか1項記載のカドミウム吸収抑制剤。
【請求項5】
畑作物が、サトイモ、オクラ、ホウレンソウ、コムギ又はダイズである請求項1〜4のいずれか1項記載のカドミウム吸収抑制剤。

【公開番号】特開2011−6529(P2011−6529A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−149373(P2009−149373)
【出願日】平成21年6月24日(2009.6.24)
【出願人】(000000240)太平洋セメント株式会社 (1,449)
【Fターム(参考)】