説明

異形下唇弁を有するパンジー及びその作出方法

【課題】異形下唇弁を有するパンジー、その形質をパンジーの後代に伝達する方法及びその形質を有するパンジーの作出方法を提供する。
【解決手段】下唇弁が縦方向に50%以上内曲する遺伝性形質を有するパンジー、及び前記パンジーを花粉親とし、正常花弁を有するパンジーを種子親として両者を交配することを含む、異形下唇弁の形質をパンジーの後代に伝達する方法及び異形下唇弁を有するパンジーの作出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異形下唇弁を有するパンジー及び該パンジーの作出方法に関する。更に詳細には、本発明のパンジーは、その下唇弁が縦方向に強く内曲〜抱合する遺伝性形質を有することを特徴とする。
【背景技術】
【0002】
パンジー(スミレ科ビオラ属)は、ヨーロッパ原産のViola tricolorにV.lulea、V.cornuta、V.altaica、V.calcarataの野生種などが交配されてできた園芸種であり、ヨーロッパをはじめ、アメリカ、日本などで新しい系統、品種が多数作出されている。現在、パンジーは、花壇には非常に重要な植物として位置づけられており、それには品種改良(育種)の果たした役割は大きい(非特許文献1)。
【0003】
本来、パンジーは春の長日で開花する性質であったものが、育種により、短日期に開花するばかりか、冬季の極低温下さえも開花を継続する品種が作出されており、秋、冬、春にかけて花を楽しむことができる。また、花卉の園芸上最も重要な形質である花器の改良により、花の大きさ、花形、花色に関し、多様化が急速に進んでいる。花の少ない寒い時期でも開花し、消費者に好まれる花であることから、パンジーの更なる新品種が求められている。
【0004】
例えば、パンジーの花形変異の中で、花弁周囲が波打つ、いわゆるフリル状となる形態(フリンジ咲き)がある。フリンジ咲きパンジー品種(例えばカンカンミックス、フラメンコミックス、シャロンシュープリーム、オルキなど)の人気は高く、種子やポット苗が多数販売されている。フリンジ咲きパンジーは、フリル形質を持つ系統を交配して作出されるが、片親のみがフリル形質を持つ系統である場合、子のフリル形質の発現は不完全で非常に弱く、フリルの程度が小さい。従って、子において完全なフリル形状を求めるには、両親がフリル形質を持つ系統である必要がある。
【0005】
また、フリンジ咲き以外にも、商品価値を高める新しい花形を有するパンジーが求められている。
【0006】
【非特許文献1】鈴木基夫(1989)、(9)パンジー、サンシキスミレ、植物遺伝資源集成、IV花卉、p.986、講談社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、下唇弁が縦方向に強く内曲〜抱合する(異形下唇弁の)系統のパンジーを提供することである。
本発明の別の目的は、異形下唇弁の形質をパンジーの後代に伝達する方法を提供することである。
本発明の別の目的は、異形下唇弁を有するパンジーの作出方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、育成中のパンジーのなかから、下唇弁が縦方向に強く内曲〜抱合しているパンジーの突然変異個体を見つけ、そのパンジーを花粉親とし、他の正常花弁を有するパンジーを種子親として両者を交配したところ、花粉親と同じような異形下唇弁を有するパンジーが作出され、その形質が後代において遺伝することを確認し、その形質を有する系統として確立することに成功し、本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明は、要約すると、以下の特徴を有する。
【0010】
本発明は、第1の態様において、下唇弁が縦方向に50%以上内曲する遺伝性形質を有することを特徴とするパンジーを提供する。
別の実施形態において、雌性不稔性である。
第2の態様において、前記パンジーを花粉親とし、正常花弁を有するパンジーを種子親として両者を交配することを含む、下唇弁が縦方向に50%以上内曲する形質をパンジーの後代に伝達する方法を提供する。
第3の態様において、前記パンジーを花粉親とし、正常花弁を有するパンジーを種子親として両者を交配することを含む、下唇弁が縦方向に50%以上内曲する遺伝性形質を有するパンジーの作出方法を提供する。
別の実施形態において、下唇弁が縦方向に50%以上内曲する形質を有するパンジーと前記正常花弁を有するパンジーが、約1:1で出現する。
別の実施形態において、栄養繁殖または播種で増殖することを更に含む。
本明細書中、縦方向とは、花の中心部から外縁に向けての方向をいう。
本明細書中、内曲とは、花弁が内側に向かって曲がっていることをいう。
本明細書中、抱合とは、花弁が内側に向かって曲がり、花弁の縁が重なっていることをいう。
本明細書中、フリルとは、花弁の縁の波打をいうが、花弁全体が波打っているものも含める。また、フリル状花弁を有する花を一般的にフリンジ咲きの花というが、花弁全体が波打っている花もフリンジ咲きに含め、特に区別しない。
【発明の効果】
【0011】
本発明のパンジーは、下唇弁が縦方向に強く内曲〜抱合しているという、いままでのパンジーには無かった異形下唇弁を有しており、パンジーの商品価値を高めることができる。容易に栄養繁殖、播種で増殖することができ、また苗などの形態で市場に流通させることができる。
【0012】
また、異形下唇弁を有するパンジーの花粉を交配に用いることにより、後代にわたって異形下唇弁の形質を伝達及び維持できる。
【0013】
更に、種子親として様々な品種のパンジーと、花粉親として本発明のパンジーを交配すれば、異形下唇弁を有する様々な新品種パンジーを作出できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本明細書中、パンジーは、スミレ科ビオラ属に属し、園芸上パンジー又はビオラと呼ばれる植物を含む。園芸では、花が比較的大きいパンジーと、花が小さいビオラに分類されているが、実際には中小輪系パンジーや大輪系ビオラなどが販売されており、その境目はなく、本発明ではいずれもパンジーと称し、区別しない。花期は10月〜5月であり、播種は7月〜2月、挿し芽は夏の高温時(例えば気温約30℃以上)は適さないが、それ以外はいつでも可能である。耐暑性は弱く、耐寒性は強い。本来は多年草であるが、日本では夏越しするのが難しく、園芸上は1年草扱いである。
【0015】
パンジーは、一般的に5枚の花弁を持つが、多弁のものもあり、特に限定されない。5枚の花弁の場合、上2枚を上弁、横2枚を側弁、下一枚を下唇弁という。
【0016】
本発明のパンジーは、下唇弁が、縦方向に30%以上、40%以上、好ましくは50%以上、60%以上、70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、100%、またはそれ以上内曲していることを特徴とし、そのような形質を発現する遺伝子型を有する系統である。本発明のパンジーの下唇弁は、好ましくは50%以上内曲しているものから、100%またはそれ以上内曲しているもの、即ち、巻き込んで縁が重なって抱合し、筒状になっているものを含む。
【0017】
通常、パンジーは稔性を有し、自殖(自家受粉)もしくは他家受粉で容易に種子を得ることができる。また、ビオラとパンジーを交配し、種子を得ることもできる。しかしながら、本発明のパンジーは雌性不稔性であり、自家受粉、他家受粉のいずれであっても種子を得られない。しかし、雄性稔性(花粉稔性)であるので、本発明のパンジーを花粉親とし、少なくとも雌性稔性である他のパンジーを種子親として交配すれば種子が得られる。
【0018】
なお、本発明のパンジーの栄養系母本は、出願人が所有しており、特許法施行規則第27条の3の規定に準じて、分譲を保証することができる。
【0019】
次に、本発明のパンジーの作出方法について説明する。
まず、稔性の正常花弁のパンジーにおいて、開花前(開葯前)のものを選び、下唇弁及び雄蕊を除去する。次に、前記突然変異株において、開花してから数日たった花から花粉を採取し(例えば、花を何回か軽くはじくと、下唇弁の基部付近に花粉がたまる)、その花粉を前記除雄花が開花した後、雌蕊の柱頭に付着させる。受粉が成功していれば、子房が膨らみ始め、約35日後に種子が採取できる。
【0020】
上記方法で採取された種子を播種すると、異形下唇弁の形質を有するパンジーと、正常花弁を有するパンジーが約1:1で出現する。このことは、本発明のパンジーの下唇弁が50%以上内曲する形質が優性遺伝子支配であると仮定すると、ヘテロ接合性である本発明のパンジー系統の花粉と劣性遺伝子をホモにもつ他のパンジー系統との交雑後代で、ヘテロ接合性の本発明のパンジーの個体と劣性ホモ接合性の他のパンジーの個体が1:1分離すると説明できる。
【0021】
本発明のパンジーは、異形下唇弁以外の形質、例えば花色、花弁のフリルなどについて種子親の形質の影響がみられ、上弁、側弁、下唇弁のそれぞれにおいて、発色、フリルなどに変化が生じる。同一の花粉親・種子親を有する異形下唇弁のパンジーであっても、株が異なれば発色等が異なる(例えば花色が濃い/薄い)ことがある(図4A及び図4B)。同様に、正常花弁のパンジーでも、株が異なれば発色等が異なることがある(図4A及び図4B)。また、本発明のパンジーの植物体は、種子親の植物体と比べて若干小さくなる傾向がみられる。
【0022】
種子親として、望ましい形質を有する個体を選択すれば、その望ましい形質と下唇弁が内曲する形質を併せ持つ新品種パンジーを作出することができる。また、1回の交配で、異形下唇弁のパンジー、正常花弁のパンジー、それらの花色の異なるパンジー等、複数の新品種を作り出すことも可能である。
【0023】
上記作出方法で得た本発明のパンジーの花粉は、更に後代のパンジーを作出するのに使用できる。上記作出方法を繰返し、播種して花を咲かせると、再度異形下唇弁の形質を有するパンジーと正常花弁を有するパンジーが1:1で出現する。異形下唇弁の形質は何代も再現することができ、異形下唇弁に関わる遺伝子型を有する系統として確立される。
【0024】
本発明のパンジーは栄養繁殖、例えば挿し芽で増やすことができ、側枝を切断して培養土に挿せばよい。栄養繁殖によれば子株は親株の性質を引き継ぐので、栄養繁殖したすべての個体が本発明のパンジーの形質を有する。
【0025】
本発明のパンジーの栽培は、通常の方法、例えば市販の培養土を含む鉢に定植することで、容易に開花するに至る。
【0026】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、これらに限定されない。
【実施例1】
【0027】
2003年、育成中の約5000株のパンジーの中から、下唇弁が縦方向に抱合している(異形下唇弁)突然変異株1株を見つけた(図1)。後代系統を得るために、自家受粉、及び既存の育種系統(正常花弁系統)との他家受粉を行った(ここで、既存の育種系統(正常花弁系統)とは、交配により得られたF1個体を自殖し、F2以降、個体選抜と自殖を繰り返すことで、形質が均一になった系統(自殖系統)をいう)。
【0028】
上記突然変異株の種子を8月上旬に播種し、1ヵ月後の幼苗を、培養土を含む鉢に定植し、開花後に花粉親、種子親に供試した。
【0029】
交配の結果、異形下唇弁個体の自家受粉、並びに育種系統を花粉親とする他家受粉では種子を獲得することはできなかった。育種系統を種子親に、異形下唇弁個体を花粉親とする交配の結果、各種子親系統で種子を獲得するに至った。
【0030】
獲得した種子を播種し、開花させて、出現した異形下唇弁個体を花粉親とし、正常花弁系統を種子親として同様に交配を行い、後代種子を獲得する、というサイクルを繰返した。その結果、異形下唇弁の形質が遺伝性であることが確認された。
【実施例2】
【0031】
異形下唇弁系統のパンジーを花粉親に、正常花弁系統のパンジーを種子親に交配し、種子を得た。正常花弁系統は、育種系統(自殖系統)であるJ33(ビオラ、淡青紫/中黄色:ブロッチ)、V99(ビオラ、白:ライン入り)、J209(ビオラ、赤:ブロッチ)及びK302(ビオラ、黄色)の4系統である。
【0032】
2004年8月上旬に市販の播種用土に播種し、1ヶ月後の幼苗を、培養土を含む鉢に定植した。開花後、異形下唇弁個体を選抜し、育種系統を種子親とする交配を行い、後代種子を採取した。
【0033】
その後代を検定した(開花させた)ところ、図2に示すように、異形下唇弁を有する様々なパンジーを作出することができた。なお、図2の上段のパンジーは、最初の交配時の種子親がJ33であり、下段のパンジーは左から、V99、J209、K302である。
【実施例3】
【0034】
異形下唇弁系統の自家受粉を試みた。下唇弁は強度に内曲していることから、花弁をすべて除去し、雌蕊を完全に露出させ、下唇弁上に付着した花粉を柱頭の先端に確実に付着させた(図3、右側:花弁除去前、左側:花弁除去後)。異形下唇弁系統の全てのパンジーで、種子が得られることはなく、不稔であった。
【実施例4】
【0035】
異形下唇弁系統の自家受粉で不稔であったことから、花粉の稔性を調査した。異形下唇弁系統のパンジーの花粉を正常花弁系統のパンジーに交配すると、種子が得られ、異形下唇弁系統の花粉は稔性を有することが確認された。
【0036】
また、得られた一莢あたりの種子数を調査した。その結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
得られた種子量も種子親自殖と差異はなく、その種子稔性も正常であった。このことより、自家受粉による不稔性は雌性不稔であることが推定された。
【実施例5】
【0039】
異形下唇弁の遺伝を解析するために、異形下唇弁系統のパンジーの花粉を正常花弁系統のパンジーと交配し、次代の形質分離を調査した。その結果を表2に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
後代検定の結果、正常花弁個体と異形下唇弁個体がほぼ1:1に分離することが明らかになった。前述したように、異形突然変異が優性遺伝子支配であるとすると、ヘテロ接合性の異形下唇弁系統の花粉と劣性遺伝子をホモに持つ正常花弁系統との交雑後代で、正常花弁個体:異形下唇弁個体=1:1で出現すると考えられる。
【実施例6】
【0042】
異形下唇弁系統の多様化を図るために、異形下唇弁系統のパンジーを花粉親として様々な正常花弁系統のパンジーと交配を行った。即ち様々な花色を有する正常花弁のパンジーに受粉させ、各々の交配から種子を得て、次代の形質を評価した。
【0043】
その結果、種子親の形質に応じてさまざまな花弁の形状、花色及び異形下唇弁を持つ個体が出現し、新品種のパンジーが得られることが確認された。同一の種子親・花粉親でも、子の株が違えば、花色等が違うことがあることが分かった。ただし、正常花弁個体:異系下唇弁個体は約1:1で出現した。図4A及び図4Bに、花粉親のパンジー、種子親のパンジー、これらを交配して生じた異形下唇弁のパンジー及び正常花弁のパンジーを示す。
【実施例7】
【0044】
本発明のパンジーの栄養繁殖性を調べた。異形下唇弁個体の側枝を切断し、培養土に挿し芽を行った(図5)。容易に発根がみられ、本発明のパンジーの形質は安定していた。即ち、栄養繁殖により、容易に本発明のパンジーを増殖することが可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明のパンジーは、市場価値の高いパンジーの育成・販売に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】異形下唇弁を有する突然変異株を示す。
【図2】本発明のパンジーを示す。
【図3】本発明のパンジー及びその雌蕊を示す。
【図4A】本発明のパンジーの花粉親、種子親及びそれらの子を示す。
【図4B】本発明のパンジーの花粉親、種子親及びそれらの子を示す。
【図5】栄養繁殖による本発明のパンジーを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下唇弁が縦方向に50%以上内曲する遺伝性形質を有することを特徴とするパンジー。
【請求項2】
雌性不稔性である、請求項1に記載のパンジー。
【請求項3】
請求項1または2に記載のパンジーを花粉親とし、正常花弁を有するパンジーを種子親として両者を交配することを含む、下唇弁が縦方向に50%以上内曲する形質をパンジーの後代に伝達する方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載のパンジーを花粉親とし、正常花弁を有するパンジーを種子親として両者を交配することを含む、下唇弁が縦方向に50%以上内曲する遺伝性形質を有するパンジーの作出方法。
【請求項5】
下唇弁が縦方向に50%以上内曲する形質を有するパンジーと前記正常花弁を有するパンジーが、約1:1で出現する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
栄養繁殖または播種で増殖することを更に含む、請求項4または5に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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