説明

疎水性セルロース誘導体からなる繊維

【課題】 ドライな風合いを有しながら耐熱性の高い熱可塑性セルロースエステル繊維を提供する。
【解決手段】 公定水分率が1.0〜3.5%、ガラス転移温度が155〜200℃であり、炭素数3〜19のアシル基で少なくとも置換されたセルロースエステルを主成分とすることを特徴とする熱可塑性セルロースエステル繊維およびそれからなる繊維構造物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性セルロースエステル繊維に関するものである。より詳しくは特定の公定水分率と特定のガラス転移温度(Tg)と特定の置換基を有するセルロースエステルを主成分とする熱可塑性セルロースエステル繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セルロースエステルやセルロースエーテルなどのセルロース系材料は、地球上で最も大量に生産されるバイオマス材料として、また自然環境下にて生分解可能な材料として、昨今、大きな注目を集めている。加えて、セルロース系材料は屈折率が低いため、それを繊維にした場合には鮮明発色性に優れるという長所も併せ持っている。
【0003】
セルロース系繊維は、溶融紡糸法によって繊維化することができないため、溶媒を使用する湿式あるいは乾式の製糸方法によって製造されているが、この溶媒には有害なものが多く環境負荷が懸念される。また、溶液紡糸では生産速度が遅く、溶媒の回収による費用増加もあるためコストが高いことも課題である。
【0004】
このため環境負荷の低減および生産性向上を目的として、セルロース混合脂肪酸エステルを溶融紡糸して繊維を得る技術が提案されている(特許文献1参照)。セルロースに脂肪酸エステル(アルキル基)を導入することで、セルロースに熱可塑性を付与するという技術である。しかしながら、セルロース混合脂肪酸エステルは側鎖に長鎖アルキル基を導入した場合には疎水性が向上し、ドライな風合いを有する布帛は得られるものの、熱軟化温度が低下し、例えば衣料用に用いる場合にアイロンがけを行うと、てかりが生じるという問題があった。一方、溶融紡糸可能な程度の短いアルキル基を導入した場合には、熱軟化温度の低下は抑制できるものの親水性が高く、ドライな風合いを有する布帛が得られないという問題があった。
【0005】
すなわち、ドライな風合いと耐熱軟化性の両立が可能であり、溶融紡糸によって繊維化が可能な熱可塑性セルロースエステル繊維がないというのが現状である。
【0006】
また、光学フィルム用途で芳香族化合物を含むセルロースエステルからなる組成物が提案されている(特許文献2参照)。しかしながら、この提案では、繊維に関しては、何ら示唆されていない。
【特許文献1】特開2004−182979号公報(第1頁)
【特許文献2】特開2004−347778号公報(第1頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、上記従来技術の問題点を解決し、ドライな風合いを有しながら耐熱性の高い布帛とすることが可能な熱可塑性セルロースエステル繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、特定の公定水分率とガラス転移点を有する熱可塑性セルロースエステル繊維を見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、下記の構成を有するものである。すなわち、
(1)公定水分率が1.0〜3.5%、ガラス転移温度が155〜200℃であり、エステル側鎖の少なくとも一部が炭素数3〜19のアシル基であるセルロースエステルを主成分とすることを特徴とする熱可塑性セルロースエステル繊維。
【0009】
(2)セルロースエステルがグルコース単位あたり0.2〜2.0個の芳香環をその化学構造の一部として含むことを特徴とする前記(1)に記載の熱可塑性セルロースエステル繊維。
【0010】
(3)セルロースエステルがアセチル基と炭素数3〜19のアシル基、芳香環を含む置換基によって少なくとも置換されており、該セルロースエステルのアセチル基置換度(DSace)、アシル基置換度(DSacy)、芳香族環を含む置換基の置換度(DSary)が下記式(I)から(IV)を満たすことを特徴とする前記(1)または(2)に記載の熱可塑性セルロースエステル繊維。
(I)2.0≦DSace+DSacy≦2.9
(II)1.5≦DSace≦2.4
(III)0.5≦DSacy≦1.4
(IV)0.2≦DSary≦1.0
(4)前記(1)から(3)のいずれか1項記載の熱可塑性セルロースエステル繊維を用いてなることを特徴とする繊維構造体。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、熱流動性および曳糸性に優れ、溶融紡糸による繊維化が容易であり、セルロースエステルを主成分とする耐熱軟化性が良好でかつドライな風合いを有する熱可塑性セルロースエステル繊維および布帛を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の熱可塑性セルロースエステル繊維についてさらに詳細に説明する。
【0013】
本発明の熱可塑性セルロース誘導体からなる繊維は、公定水分率が1.0〜3.5%、ガラス転移温度が155〜200℃であり、炭素数3〜19のアシル基で少なくとも置換されたセルロースエステルを主成分とするものである。
【0014】
本発明におけるセルロースエステルは炭素数3〜19のアシル基で少なくとも置換されたセルロースエステルである。炭素数3〜19のアシル基で少なくとも置換されていることにより、熱流動性が向上し、得られる繊維の特性が良好になる。
【0015】
炭素数3〜19のアシル基で少なくとも置換されているセルロースエステルの具体例としては、セルロースアセテートプロピオネート、セルロースプロピオネート、セルロースアセテートブチレートおよびセルロースブチレートなどを例示することができるが、なかでもセルロースにアシル基の炭素数が2であるアセチル基と炭素数が3であるプロピオニル基が結合したセルロースアセテートプロピオネートおよびセルロースにアシル基の炭素数が2であるアセチル基と炭素数が4であるブチリル基が結合したセルロースアセテートブチレートは、適度な公定水分率およびガラス転移温度を有するため、本発明では特に好ましく用いられる。
【0016】
本発明におけるセルロースエステルは側鎖に芳香環を含むことが好ましい。芳香環を有することで、繊維にした場合にガラス転移温度を下げることなく公定水分率を高くすることができるためである。芳香環はセルロースエステルのグルコース単位あたり、0.2〜2.0個有することが好ましい。セルロースエステルのグルコース単位とは、下式(1)で表されるものを示す。
【0017】
【化1】

【0018】
また、グルコース単位あたり、0.2〜2.0個とは、セルロースエステル全体の平均としてグルコース単位あたり0.2〜2.0個の芳香環を有することを示す。0.2個以上芳香環を有することで、公定水分率が十分高くなり、2.0個以下にすることで炭素数3〜19のアルキル基を導入することができるため熱流動性を高く保つことができる。芳香環はセルロースエステルのグルコース単位あたり0.3〜1.0個有することがより好ましく、0.3〜0.5個有することがさらに好ましい。
【0019】
芳香環を含む側鎖としては、下式(2)で表される化合物がセルロースのアセチル基あるいは炭素数が3〜19のアシル基で置換されていない水酸基と共有結合したものであることが好ましい。
【0020】
【化2】

【0021】
R1はセルロースの水酸基と共有結合が可能な置換基であり、置換基の例としては、グリシジル基、イソシアネート基、チオイソシアネート基、カルボキシル基、ホルミル基が挙げられ、セルロースの水酸基とエーテル結合、カルバネート結合、エステル結合、カーボネート結合などを形成することができる。セルロースの水酸基と芳香環を含む化合物との結合の種類はエステル結合であることが好ましい。n1は1〜6の整数を表す。n1は1または2であることが好ましく、1であることがより好ましい。
【0022】
R2は水素原子あるいは置換基であることが好ましい。置換基としては特に限定されないが、芳香環を有するもの、S、O、Pなどのヘテロ原子を含むもの、脂肪族基などが好適に用いられる。また、側鎖は芳香環同士が違いに連結して、縮合多環を形成していても良い。
【0023】
芳香環を含む側鎖の具体例としては、ベンゾイル基、ナフチル基、フェニルアセチル基などに代表されるエステル類、フェニルエーテル、ナフチルエーテル、ベンジルエーテルなどに代表されるエーテル類が挙げられるがこれに限定されない。
【0024】
セルロースの水酸基へ芳香環を含む置換基を導入する手法としては周知の方法を用いることができる。例えば、未置換水酸基を有するセルロースエステルに芳香族カルボン酸の酸塩化物あるいは酸無水物などのアシル化剤、グリシジルエーテル基を有する芳香族化合物などのエーテル化剤によって導入することができる。また、セルロースからセルロースエステルを製造する反応液中にアシル化剤、エーテル化剤を共存させることで、芳香族基をセルロースエステルに導入することもできる。
【0025】
セルロースエステルとして、セルロースアセテートプロピオネートおよび/またはセルロースアセテートブチレートに芳香環を含む側鎖を有するものを用いる場合、アセチル基置換度(DSace)、アシル基置換度(DSacy)、芳香環を含む置換基の置換度(DSary)は下記式(I)から(IV)を満たすことが好ましい。
(I)2.0≦DSace+DSacy≦2.9
(II)1.5≦DSace≦2.4
(III)0.5≦DSacy≦1.4
(IV)0.2≦DSary≦1.0
すなわち、DSace+DSacyが2.0以上であれば溶融成形に必要な組成物の熱流動性が良好であるため、溶融成形時の着色を防止することができ、良好な色調の繊維特性を有する繊維が得られ、また得られた繊維の公定水分率が低くなるためドライな風合いの繊維および布帛を得ることができる。また、2.9以下であれば、残りの水酸基に芳香環を含む置換基を導入することができるため、本願の目的である特定の公定水分率とガラス転移温度を有するセルロースエステル繊維を得ることができるため好ましい。DSace+DSacyは2.4〜2.8であることがより好ましく、2.5〜2.7であることがさらに好ましい。
【0026】
セルロースエステルのアセチル基の置換度(DSace)とアシル基の置換度(DSacy)、芳香環を含む置換基の置換度(DSary)は繊維および布帛とした場合でも熱軟化温度が高く、適度なドライ感を有するものとなるため、上式(II)、(III)、(IV)を満たすことが好ましい。DSaceは1.7〜2.2、DSacyは0.5〜1.0、DSaryは0.2〜0.6であることがより好ましい。
【0027】
炭素数3〜19であるアシル基で少なくとも置換されたセルロースエステルの重量平均分子量(Mw)は5.0万〜25.0万であることが好ましい。重量平均分子量(Mw)が5.0万以上の場合、溶融紡糸して得られるセルロースエステルを主成分とする熱可塑性セルロースエステル繊維の機械的特性(特に強度)が高くなり好ましい。また、重量平均分子量(Mw)が25.0万以下で、溶融粘度が下がり、溶融紡糸法による安定した繊維化を行なうことができるため良好な力学特性の繊維が得られ、好ましい。良好な機械的特性と安定した溶融紡糸性の観点から、重量平均分子量(Mw)は、より好ましくは6.0万〜22.0万であり、さらに好ましくは8.0万〜20.0万である。重量平均分子量(Mw)とは、GPC測定により算出した値をいい、実施例にて詳細に説明する。
【0028】
本発明のセルロースエステル繊維は、セルロースエステルを70重量%以上含有することが好ましい。セルロースエステルの含有量が70重量%以上では、セルロースエステル繊維が持つ鮮明発色性などが効果的に発現されるため好ましい。セルロースエステルの含有量は85重量%以上がより好ましく、90重量%以上がさらに好ましい。セルロースエステル繊維が100重量%のセルロースエステルから構成されていても良い。
【0029】
本発明のセルロースエステル繊維は、その流動性を高めることを目的に可塑剤を2〜25重量%を含むことが好ましい。可塑剤量は、熱流動性の制御および得られる繊維がセルロースエステルとしての特性を維持するという観点から組成物全体に対して5重量%〜20重量%の範囲であることが好ましい。また、可塑剤量は10重量%以上がより好ましく、15重量%以上がより好ましい。
【0030】
本発明で用いられる可塑剤は水溶性可塑剤であることが好ましい。水溶性とは、20〜100℃の温度の水に1重量%以上(10g/L)溶解することをいう。水溶性可塑剤を含んでなるセルロース混合脂肪酸エステル組成物からなる繊維は、衣服などの最終製品になるまでのいずれかの工程中において、有機溶剤を用いなくても水中で水溶性可塑剤を除去することが可能であり、その場合、最終製品の耐熱軟化性が良好になるという大きな利点を有している。
【0031】
可塑剤としては、セルロースエステルとの相溶性が良い化合物を用いる。可塑剤はグリセリン骨格を有したエステル化合物やポリアルキレングリコール、カプロラクトン系化合物などが好ましく用いられ、ポリアルキレングリコールが特に好ましい。
【0032】
具体的なグリセリン骨格を有したエステル化合物としては、グリセリンステアレート、グリセリンパルミテート、グリセリンラウレート、グリセリンカプレート、グリセリンオレート、ジグリセリンジアセテート、ジグリセリンジプロピオネート、ジグリセリンジブチレート、ジグリセリンジカプリレートおよびジグリセリンジラウレートなどが挙げられるが、これらに限定されず、これらを単独もしくは併用して使用することができる。
【0033】
ポリアルキレングリコールの具体的な例としては、数平均分子量(Mn)が好ましくは200〜4000であるポリエチレングリコールやポリプロピレングリコールなどが挙げられるが、これらに限定されず、これらを単独もしくは併用して使用することができる。ポリアルキレングリコールの数平均分子量(Mn)は400〜1000がより好ましい。数平均分子量(Mn)とは、GPC測定により算出した値をいい、実施例にて詳細に説明する。
【0034】
本発明のセルロースエステル繊維は、ホスファイト系着色防止剤を含有していることが好ましい。ホスファイト系着色防止剤を含有している場合、紡糸温度が高い範囲においても着色防止効果が非常に顕著であり、得られる繊維の色調が良好になる。
【0035】
ホスファイト系着色防止剤の具体例としては、テトラキス(2,4−ジ−t−ブチルフェニル)[1,1−ビフェニル]−4,4’−ジイルビスホスホナイト、テトラキス(2,6−ジ−t−ブチルフェニル)[1,1−ビフェニル]−4,4’−ジイルビスホスホナイト、テトラキス(2,6−ジ−t−ブチルフェニル−4−メチル)[1,1−ビフェニル]−4,4’−ジイルビスホスホナイト、ビス(2.6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト、ビス(2−t―ブチル−4−クミルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト、ビス(4−t−ブチル−2−クミルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト、ビス(2.6−ジ−t−ブチル−4−エチルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト、ビス(2.4−ジ−t−ブチル−6−メチルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイトが好ましいがこれに限定されない。
【0036】
ホスファイト系着色防止剤の配合量は、セルロースエステル繊維に対して0.005重量%〜0.5重量%の範囲であることが好ましい。配合量を0.005重量%以上とすることで加熱時のセルロースエステルの着色を抑制することができる。ホスファイト系着色防止剤の配合量は、より好ましくは0.01重量%以上であり、さらに好ましくは0.05重量%以上である。一方、ホスファイト系着色防止剤の配合量を0.5重量%以下とすることにより、セルロースエステルの分子鎖を切断し重合度を低下することによる劣化を抑制することができ、得られる繊維の機械的特性が良好となる。ホスファイト系着色防止剤の配合量は、より好ましくは0.3重量%以下であり、さらに好ましくは0.2重量%以下である。
【0037】
本発明のセルロースエステル繊維は、上述した成分以外にも、アシル基が異なる脂肪酸エステルを含む他の樹脂や、各種の添加剤、例えば、艶消し剤、消臭剤、消泡剤、整色剤、難燃剤、糸摩擦低減剤、紫外線吸収剤、赤外線吸収剤、結晶核剤、酸化防止剤、着色顔料、静電剤、抗菌剤など酸化防止剤、難燃剤および滑剤などの添加剤を含んでいても構わない。
【0038】
セルロースエステル繊維の単繊維繊度は、0.1〜20dtexであることが好ましく、単繊維繊度がこの範囲であれば、染色により鮮明で深みのある発色性が得られ、かつ繊維としてのソフト感にも優れている。本発明のセルロースエステル繊維は、この単繊維繊度であれば、モノフィラメントでもマルチフィラメントでも良く、また、長繊維以外に短繊維(ステープル)でも構わない。
【0039】
また、本発明のセルロースエステル繊維は、繊維の断面形状に関して特に制限がなく、真円状の円形断面であっても良いし、また、多葉形、扁平形、楕円形、W字形、S字形、X字形、H字形、C字形、田字形、井桁形および中空などの異形断面糸でも良い。多葉形、扁平形、楕円形、W字形、S字形、X字形、H字形、C字形、田字形、井桁形などの異形断面にすることで、布帛によりドライな風合いを付与することができるため好ましい。
【0040】
本発明のセルロースエステル繊維の物性は、特に限定されるものではないが、高次加工での工程通過性などの観点から、強度0.5〜2.0cN/dtexが好ましく、0.8cN/dtex以上2.0cN/dtex以下がさらに好ましい。また、伸度が8〜60%であることが好ましく、10%以上がさらに好ましい。
【0041】
本発明のセルロースエステル繊維のガラス転移温度は155〜200℃である。ガラス転移温度とは、示差走査熱量測定器を用いて、昇温速度10℃/分で測定し、JISK7121に従い求めた中間点ガラス転移温度である。ガラス転移温度が155℃以上であることによって、布帛を衣料用途に用いた場合にはアイロンがけなどの熱をかける場合においても誘着などによって物性が悪化することがない。200℃以下であることで、溶融紡糸に必要な熱流動性を容易に付与することができ、得られる繊維の物性が良好になるため好ましい。ガラス転移温度は160℃以上が好ましく、170℃以上がよりこの好ましい。また、190℃以下であることがより好ましい。
【0042】
本発明のセルロースエステル繊維の公定水分率は1.0〜3.5%である。公定水分率は相対湿度65RH%、20℃での平衡水分率を表し、以下の式1で求められる。
【0043】
公定水分率(%)={(吸湿重量−乾燥重量)/乾燥重量}×100 (式1)
1.0%以上であることで、繊維を衣料として用いた時に適度な吸湿性を与えることができる。また、3.5%以下であることで、本願の目的であるドライな風合いを繊維に与えることができる。公定水分率は2.0以上が好ましい。また、3.0%以下であることが好ましい。
【0044】
次に、本発明の熱可塑性セルロースエステル繊維の製造方法について説明する。
【0045】
ポリマーとしては炭素数3〜19のアシル基で少なくとも置換されたセルロースエステル70〜97.5重量%、可塑剤2〜25重量%を少なくとも含むセルロースエステル組成物が用いられる。これらの成分は、例えば、2軸混練機などを用いて、溶融紡糸を行う前に混練しても構わないし、溶融紡糸を行う際にスタティックミキサーなどを用いて混合しても構わない。セルロースエステル、可塑剤の詳細は前述した化合物と同じである。
【0046】
また、このセルロースエステル組成物は、前述したホスファイト系着色防止剤を含んでいても構わず、発明の効果を損ねない範囲でその他の樹脂や添加剤を含んでいても構わない。
【0047】
本発明では、溶融紡糸を行う前に、このセルロースエステル組成物を乾燥させ、組成物の含水分率を0.03〜0.3%としておくことが好ましい。含水分率が0.03%以上にすることで、組成物の乾燥後の取り扱いが容易になり好ましい。含水分率が0.3%以下である場合、溶融紡糸時、水分により発泡することもなく、安定して紡糸を行うことができ、得られるマルチフィラメントなどの繊維の機械的特性も良好となる。含水分率は、より好ましくは0.2%以下であり、さらに好ましくは0.1%以下であり、最も好ましくは0.08%以下である。
【0048】
本発明では、このセルロースエステル組成物を、溶融紡糸して繊維を得ることができる。溶融紡糸を行うことにより、セルロースエステル組成物の溶融状態から冷却固化に至るまでに十分に発達した繊維構造を形成させることが可能となり、加えて環境負荷が小さく、生産性にも優れる。溶融紡糸の方法としては、例えば、エクストルーダーを用いた押出などを好適な手段として採用することができる。
【0049】
溶融紡糸における紡糸温度は220℃〜280℃の範囲であることが好ましい。紡糸温度を220℃以上とすることにより、紡糸口金より吐出された繊維糸条の伸長粘度が十分に低下するため、メルトフラクチャー(紡糸口金孔通過時においてポリマーの剪断応力が高いと流線乱れが発生し、紡糸口金より吐出された糸条の形状が不規則になる現象)起因の短ピッチの周期斑が現れず、均一な繊維を得ることができる。さらには紡糸口金より吐出された繊維糸条の細化過程がスムーズになるため、繊維特性が良好となり、また紡糸張力が過度に高くならないため糸切れが多発せず、製糸性が安定する。また、紡糸温度を280℃以下とすることにより、セルロースエステル組成物の熱分解を抑制することができるため、得られる繊維の分子量低下による機械的特性不良や着色による品位悪化が発生しない。紡糸温度は、より好ましくは230℃〜270℃であり、さらにより好ましくは240℃〜260℃である。
【0050】
紡糸された繊維の引取方法は、特に制限されるものではなく、回転するローラーを用いて引き取っても良いし、ネットなどで捕集しても構わない。ローラーを用いて引き取る場合の紡糸速度は500m/min〜3000m/minであることが好ましい。紡糸速度を500m/min〜3000m/minとすることにより、発達した繊維構造を形成することが可能となり、繊維特性に優れた繊維を得ることができる。紡糸速度は、より好ましくは1000m/min〜2500m/minである。また、繊維を引き取った後に連続して延伸を施し、巻き取っても構わない。
【0051】
本発明によって得られるセルロースエステル繊維の物性は、特に限定されるものではないが、高次加工での工程通過性などの観点から、強度0.5〜2.0cN/dtexが好ましく、0.8cN/dtex以上2.0cN/dtex以下がさらに好ましい。また、伸度が8〜60%であることが好ましく、10%以上60%以下であることがさらに好ましい。
【0052】
溶融紡糸によって得られた繊維は、引き取り後から最終製品に至るいずれかの公定において、可塑剤を溶出することが好ましい。可塑剤を溶出することによって、最終的に得られる繊維の耐熱軟化性が向上する。可塑剤の溶出は布帛を室温以上100℃以下の温水に曝すことによって行うことができる。
【0053】
本発明のセルロースエステル繊維の製造方法に関して最も好適な例は、アセチル基の置換度(DSace)が1.8〜2.4であり、プロピオニル基の置換度(DSacy)が0.5〜0.8であり、芳香環を含有する置換基の置換度(DSary)が0.2〜0.7であり、重量平均分子量が8万〜20万のセルロースアセテートプロピオネート誘導体70〜85重量%、平均分子量が200〜4000であるポリエチレングリコール10〜25重量%およびホスファイト系着色防止剤0.05〜0.2重量%を2軸エクストルーダーにより200〜240℃の温度で溶融混練し、ペレット化した後、乾燥し、エクストルーダータイプの紡糸機によって、紡糸温度240〜260℃、引取速度1000〜2500m/minで溶融紡糸を行い、油剤を付着させた後巻き取ってパッケージとなし繊維とすることである。
【0054】
本発明の熱可塑性セルロースエステル繊維は繊維構造体として好適に用いられる。繊維構造体とは、具体的に糸、織物、編物、不織布が挙げられ、これらからなる製品を含む。特に衣料用、産業用途に用いることができる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明する。実施例中の各特性値は、次の方法で求めたものである。
【0056】
(A)セルロースエステルの置換度
乾燥したセルロースエステル0.9gを秤量し、アセトン35mlとジメチルスルホキシド15mlを加え溶解した後、さらにアセトン50mlを加えた。撹拌しながら0.5N−水酸化ナトリウム水溶液30mlを加え、2時間ケン化した。熱水50mlを加え、フラスコ側面を洗浄した後、フェノールフタレインを指示薬として0.5N−硫酸で滴定した。別に試料と同じ方法で空試験を行った。滴定が終了した溶液の上澄み液を100倍に希釈し、イオンクロマトグラフを用いて、有機酸の組成を測定した。測定結果とイオンクロマトグラフによる酸組成分析結果から、下記式により置換度を計算した。
【0057】
TA=(B−A)×F/(1000×W)
DSace=(162.14×TA)/
[{1−(Mwace−(16.00+1.01))×TA}+{1−(Mwacy−(16.00+1.01))×TA}×(Acy/Ace)]]
DSacy=DSace×(Acy/Ace)
TA:全有機酸量(ml)
A:試料滴定量(ml)
B:空試験滴定量(ml)
F:硫酸の力価
W:試料重量(g)
DSace:アセチル基の置換度
DSacy:炭素数3以上のアシル基の置換度
Mwace:酢酸の分子量
Mwacy:炭素数3以上のカルボン酸の分子量
Acy/Ace:酢酸(Ace)と炭素数3以上のカルボン酸(Acy)とのモル比
162.14:セルロースの繰り返し単位の分子量
16.00:酸素の原子量
1.01:水素の原子量。
【0058】
(B)GPCによるセルロースエステルの重量平均分子量(Mw)測定
セルロースエステルの濃度が0.15重量%となるようにテトラヒドロフランに完全に溶解させ、GPC測定用試料とした。このGPC測定用試料を用い、下記の条件のもと、Waters2690でGPC測定を行い、ポリスチレン換算により重量平均分子量(Mw)を求めた。なお測定回数は3回であり、その平均値をMwとした
・カラム :東ソー製TSK gel GMHHR−Hを2本連結
・検出器 :Waters2410 示差屈折計RI
・移動層溶媒:テトラヒドロフラン
・流速 :1.0mL/分
・注入量 :200μL。
【0059】
(C)GPCによる可塑剤の数平均分子量(Mn)測定
可塑剤の濃度が0.15重量%となるようにテトラヒドロフランに完全に溶解させ、GPC測定用試料とした。このGPC測定用試料を用い、下記の条件のもと、Waters2690でGPC測定を行い、ポリスチレン換算により数平均分子量(Mn)を求めた。なお測定回数は3回であり、その平均値をMnとした
・カラム :東ソー製TSK gel GMHHR−Hを2本連結
・検出器 :Waters2410 示差屈折計RI
・移動層溶媒:テトラヒドロフラン
・流速 :1.0mL/分
・注入量 :200μL。
【0060】
(D)単繊維繊度
長さ100mのかせを作り、重量を測定し100倍することでマルチフィラメントのトータル繊度を測定し、これを単繊維数で除して単繊維繊度を求めた。
【0061】
(E)強伸度
温度20℃、湿度65%の環境下において、島津製作所製オートグラフAG−50NISMS形を用い、試料長20cm、引張速度20cm/minの条件で引張試験を行って、最大荷重の示す点の応力(cN)を繊度(dtex)で除した値を強度(cN/dtex)とした。またそのときの伸度を伸度(%)とした。なお測定回数は5回であり、その平均値を強度と伸度とした。
【0062】
(F)ドライな風合い
得られた織物を試料とし、10人の被験者による官能検査を総合してドライな風合いを評価した。8人以上がドライな風合いを有すると感じたものを○、5〜7人を△、4人以下をドライな風合いを持たないとして×とした。
【0063】
(G)耐熱性
得られた織物を用いて、150度に加熱したプレス機でプレスを行った。表面にてかりが全く見られないものを耐熱性良好として○、てかりが見られるが繊維同士に誘着がみられないものを△、繊維同士に誘着が見られるものを耐熱性が不良して×とした。
【0064】
[合成例1]
セルロース(日本製紙(株)製溶解パルプ、相対粘度13.8)100重量部に、酢酸240重量部とプロピオン酸67重量部を加え、50℃の温度で30分間混合した。混合物を室温まで冷却した後、氷浴中で冷却した無水酢酸172重量部と無水プロピオン酸168重量部をエステル化剤として、硫酸4重量部をエステル化触媒として加えて、150分間撹拌を行い、エステル化反応を行った。エステル化反応において、温度が40℃を超えるときは、水浴で冷却した。反応後、反応停止剤として酢酸100重量部と水33重量部の混合溶液を20分間かけて添加して、過剰の無水物を加水分解した。その後、酢酸333重量部と水100重量部を加えて、80℃の温度で1時間加熱撹拌した。反応終了後、炭酸ナトリウム6重量部を含む水溶液を加えて、析出したセルロースアセテートプロピオネートを濾別し、続いて水で洗浄した後、60℃の温度で4時間乾燥した。得られたセルロースアセテートプロピオネートのアセチル基およびプロピオニル基の平均置換度は各々2.0と0.7であり、重量平均分子量(Mw)は17.8万であった。
【0065】
[合成例2]
合成例1で得られセルロースアセテートプロピオネート100重量部とジクロロメタン600重量部を混合した。セルロースアセテートプロピオネートがジクロロメタンに完全に均一に溶解したところで、無水安息香酸36重量部を混合した。続いて、ピリジン15重量部およびN,N−ジメチルアミノピリジン1.3重量部を混合した。その後、30℃で5時間加熱攪拌した。反応終了後、メタノールを加えて析出したセルロースアセテートベンゾエートプロピオネートを濾別し、メタノールで洗浄した後、60℃の温度で4時間乾燥した。得られたセルロースアセテートプロピオネートのアセチル基、プロピオニル基、ベンゾイル基の平均置換度は各々2.0、0.7および0.3であり、重量平均分子量(Mw)は18.2万であった。
【0066】
実施例1
合成例2で製造したセルロースアセテートベンゾエートプロピオネート82重量%と平均分子量600のポリエチレングリコール(PEG600)17.9重量%さらにホスファイト系着色防止剤としてビス(2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト0.1重量%を二軸エクストルーダーにて230℃の温度で混練し、5mm程度にカッティングしてセルロースエステル組成物ペレットを得た。このペレットの260℃、120s−1での溶融粘度は265Pa・sであった。
【0067】
このペレットを80℃の温度で8時間の真空乾燥を行い(乾燥後の含水分率は600ppm)、紡糸温度260℃にて吐出量10.0g/minの条件で0.23mmφ−0.30mmLの口金孔を12ホール有した口金より紡出した。この紡出糸条を、温度25℃、風速0.25m/secの冷却風によって冷却し、油剤を付与して収束させた後、1000m/minで回転する第1ゴデットローラーにて引き取った後ワインダーにて巻き取った。製糸性は良好であり、糸切れは発生しなかった。
【0068】
得られた繊維の物性を表1に示すが、良好な強伸度を有していた。この繊維を用いて幅約10cmの筒編みを作製し、70℃×20minの精練の後を行い、可塑剤であるポリエチレングリコールを溶出した。得られた繊維の物性(強度、伸度、ガラス転移温度、公定水分率)は表1の通りである。
【0069】
続いて、耐熱性および風合い評価を行ったところ、十分な耐熱性と良好なドライな風合いを有することが分かった。
【0070】
実施例2〜7
実施例1と同様に種々のセルロースエステルを用いて評価を行った結果を表1、2に示す。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【0073】
比較例1、2
実施例1と同様に種々セルロースエステルを用いて評価を行った結果を表3に示す。
【0074】
比較例3
実施例1と同様にセルロースジアセテート(ダイセル化学工業社製)を用いて評価を行った。熱流動性が低く、溶融紡糸によって繊維化することができなかった。
【0075】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の熱可塑性セルロースエステル繊維は、衣料用繊維、産業用繊維および不織布などとして用いることができ、特にドライな風合いを有し、耐熱性が高いことから特に衣料用繊維として好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
公定水分率が1.0〜3.5%、ガラス転移温度が155〜200℃であり、エステル側鎖の少なくとも一部が炭素数3〜19のアシル基であるセルロースエステルを主成分とすることを特徴とする熱可塑性セルロースエステル繊維。
【請求項2】
セルロースエステルがグルコース単位あたり0.2〜2.0個の芳香環をその化学構造の一部として含むことを特徴とする請求項1に記載の熱可塑性セルロースエステル繊維。
【請求項3】
セルロースエステルがアセチル基と炭素数3〜19のアシル基、芳香環を含む置換基によって少なくとも置換されており、該セルロースエステルのアセチル基置換度(DSace)、アシル基置換度(DSacy)、芳香族環を含む置換基の置換度(DSary)が下記式(I)から(IV)を満たすことを特徴とする請求項1または2に記載の熱可塑性セルロースエステル繊維。
(I)2.0≦DSace+DSacy≦2.9
(II)1.5≦DSace≦2.4
(III)0.5≦DSacy≦1.4
(IV)0.2≦DSary≦1.0
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項記載の熱可塑性セルロースエステル繊維を用いてなることを特徴とする繊維構造体。

【公開番号】特開2008−174869(P2008−174869A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−9952(P2007−9952)
【出願日】平成19年1月19日(2007.1.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成18年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「基盤技術研究促進事業(民間基盤技術研究支援制度)/溶融紡糸により得られる天然物由来新規繊維の研究」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】