説明

発酵液からのコハク酸の精製方法

発酵法又は酵素的方法により得られたコハク酸及び陽イオンを含むコハク酸含有液を、同コハク酸含有液に含まれる水素イオン以外の陽イオンに対して当量以上のH型強酸性陽イオン交換樹脂と接触させ、得られたイオン交換処理液からコハク酸結晶を析出せしめ、精製されたコハク酸を得ることにより、コハク酸を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コハク酸塩を蓄積させた発酵ブロスからコハク酸を精製する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
コハク酸は、近年、生分解性ポリマーの原料として注目されている。更に、コハク酸は4−炭素中間体として特殊化学品の原料として広く使われている。生分解性ポリマーや特殊化学品の原料となるためには、高純度のコハク酸を安価に製造することが必要である。この理由は、コハク酸から最終生成物への反応が、原料コハク酸に含まれる不純物によって阻害されたり、あるいは最終生成物の品質の劣化原因となるからである。
【0003】
したがって、発酵法や酵素法により、ポリマーや特殊化学品の原料としてのコハク酸を製造するためには、不純物を多く含む発酵ブロスや酵素反応液から効率よく不純物を淘汰し、かつ安価に製造する必要がある。
【0004】
一般的に、コハク酸を発酵法や酵素法で製造するためには、至的なpHを保つために培地あるいは酵素反応液に対イオンを添加する。このためコハク酸を蓄積させた培養液あるいは酵素反応液では、多くの場合コハク酸は塩の形で存在する。従って、高純度のコハク酸を製造するためには、発酵培地、あるいは酵素反応液に添加する対イオンを除去する必要がある。さらに、発酵ブロスには他の有機酸やアミノ酸などの多くの不純物が含まれており、これらを効率よく除去する必要がある。
【0005】
従来、高純度のコハク酸を製造する方法としては、イオン交換樹脂を用いる方法、コハク酸の難溶性塩を用いる方法、電気透析を用いる方法等が報告されている。
イオン交換樹脂を用いる方法は、陰イオン交換樹脂を用いる方法と、弱酸性陽イオン交換樹脂を用いる方法に大別される。
【0006】
陰イオン交換樹脂を用いる方法では、まずコハク酸塩を含む原料液に陰イオン交換樹脂を接触させてコハク酸を樹脂に吸着させた後に、有機溶媒、アンモニア水等で溶離する方法(特許文献1、2参照)が報告されている。しかしながら、本法では溶離液中に含まれる有機溶媒やアンモニア等のアルカリを除去・回収する必要があり、工程が複雑となる。
【0007】
一方、陽イオン交換樹脂にコハク酸の対イオンを吸着させ、コハク酸を貫流液として回収する方法(特許文献3参照)が報告されている。しかしながらこの方法では使用するイオン交換樹脂が弱酸性陽イオン交換樹脂であるため、原料液のコハク酸の対イオンがアンモニアに限定されており、他の対イオンとのコハク酸塩には適用出来ないという問題がある。
【0008】
コハク酸の難溶性塩を利用する方法としては、コハク酸塩を含む原料液にカルシウムイオンを添加して、コハク酸カルシウム沈殿として回収する方法(特許文献4)がある。しかし、この方法では、沈殿からカルシウムを除去する際に副生するカルシウム塩の処理が煩雑となるという問題がある。
【0009】
電気透析を利用する方法としては、(特許文献5、6参照)があるが、本法の場合、原料液中に含まれる他の有機酸(酢酸)がコハク酸と同じ挙動を示し、これを除去することが困難であるという問題がある。
【0010】
ところで、コハク酸等の有機酸を含有する水性溶液から有機酸を回収する方法として、水性溶液中の水素イオン濃度を、H型イオン交換樹脂等を用いて、有機酸の陰イオンと結合するのに必要な量又はそれ以上となるように調整する方法が報告されている(特許文献7)。この方法において、水素イオン濃度を、有機酸の陰イオンと結合するのに必要な量以上に調整する場合、好ましい濃度は当量よりも1〜約10%高い濃度であると記載されている。しかし、水素イオン濃度をこのような濃度に調整しても、前記方法では、コハク酸の対イオンである発酵液等に含まれる陽イオンをほぼ完全に除くことは困難であるため、コハク酸の純度が低くなるという問題点がある。
【特許文献1】特開昭62−238231号公報
【特許文献2】米国特許第5,132,456号
【特許文献3】特開昭62−238232号公報
【特許文献4】特開昭62−294090号公報
【特許文献5】特開平2−283289号公報
【特許文献6】特開平3−151884号公報
【特許文献7】国際公開第01/66508号パンフレット(WO 01/66508)
【発明の開示】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、コハク酸塩を蓄積させた発酵ブロスあるいは酵素反応液から、高純度のコハク酸を高収率で精製する簡便な方法を提供することである。
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、特定量以上のH型強酸性陽イオン交換樹脂を用いたイオン交換と、コハク酸の晶析を組み合わせることで、コハク酸含有液中の不純物を効率よく除去し、高純度のコハク酸を高収率で製造することができることを見出し、発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち本発明は、以下のとおりである。
(1)発酵法又は酵素的方法により得られた陽イオンを含むコハク酸含有液からコハク酸を精製する方法において、前記コハク酸含有液を、同コハク酸含有液に含まれる水素イオン以外の陽イオンに対して当量以上のH型強酸性陽イオン交換樹脂と接触させ、得られたイオン交換処理液からコハク酸結晶を析出せしめ、精製されたコハク酸を得ることを特徴とするコハク酸の精製方法。
(2)前記コハク酸含有液が、コハク酸の塩を含むことを特徴とする(1)の方法。
(3)前記コハク酸の塩が、コハク酸のナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、及びアンモニウム塩より選ばれることを特徴とする(2)の方法。
(4)前記コハク酸含有液は炭酸塩を含み、かつ、当該コハク酸含有液に酸を添加してpHを5.0以下に調整した後、H型強酸性陽イオン交換樹脂と接触させることを特徴とする、(3)の方法。
(5)前記酸として、前記イオン交換処理液を用いることを特徴とする(4)の方法。
(6)前記酸として、前記イオン交換処理液から析出したコハク酸を除いた溶液を用いることを特徴とする(4)の方法。
(7)微生物の菌体又はその処理物を水性反応液中で有機原料に作用させることによりコハク酸含有液を取得し、このコハク酸含有液を、同コハク酸含有液に含まれる水素イオン以外の陽イオンに対して当量以上のH型強酸性陽イオン交換樹脂と接触させ、得られたイオン交換処理液からコハク酸結晶を析出せしめ、精製されたコハク酸を得ることを特徴とする、コハク酸の製造方法。
(8)前記水性反応液のpHを炭酸マグネシウム又は水酸化マグネシウムで中和することを特徴とする(7)の方法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の方法は、発酵法又は酵素的方法により得られた陽イオンを含むコハク酸含有液からコハク酸を精製する方法において、前記コハク酸含有液を、同コハク酸含有液に含まれる水素イオン以外の陽イオンに対して当量以上のH型強酸性陽イオン交換樹脂と接触させ、得られたイオン交換処理液からコハク酸結晶を析出せしめ、精製されたコハク酸を得ることを特徴とする。
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
<1>コハク酸含有液の調製
本発明が適用される発酵法又は酵素的方法により得られた陽イオンを含むコハク酸含有液は、コハク酸、及び水素イオン以外の陽イオンを含むものであれば特に制限されないが、具体的には、コハク酸を含む発酵液、又は炭素源もしくはコハク酸合成の原料又は中間体からコハク酸を生成する反応を触媒する微生物、その処理物又は酵素による反応液等が挙げられる。
【0017】
コハク酸含有液としては、コハク酸塩、好ましくはコハク酸の中性塩を含むことが好ましい。塩として具体的には、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、アンモニウム塩等が挙げられる。
【0018】
本発明におけるコハク酸含有液の製造法は特に限定されないが、例えば、特開平5−68576号公報、及び特開平11−196888号公報に記載の方法を用いることができる。具体的には、ブレビバクテリウム属に属し、コハク酸生成活性を有する微生物菌体又はその処理物を、フマル酸又はその塩等の有機原料を含有する水性反応液に作用させることにより、コハク酸含有液を得ることができる。
【0019】
前記微生物としては、好気性コリネ型細菌、例えば、ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)MJ−233株、及びブレビバクテリウム・フラバムMJ−233−AB−41株等が挙げられる。
【0020】
MJ−233株は、1975年4月28日に、通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(現 独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305−8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に受託番号FERM P−3068として寄託され、1981年5月1日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP−1497が付与されている。また、MJ−233−AB−41株は、1976年11月17日に、通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(現 独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305−8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に受託番号FERM P−3812として寄託され、1981年5月1日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP−1498が付与されている。
【0021】
尚、本発明においては、用いる微生物はブレビバクテリウム属細菌に限られず、コハク酸を産生するものであれば特に制限されない。このような微生物としては、例えば、キャンディダ(Candida)属に属する微生物(特公昭56−17077号公報)、アナエロビオスピルリム・サクシニシプロデュセンス(Anaerobiospirillum succiniciproducens)等が挙げられる。
【0022】
前記反応液には、還元型及び/又は酸化型のニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを添加してものよい。その添加濃度は、0.1mM〜50mM、好ましくは1mM〜40mMである。
【0023】
前記好気的コリネ型細菌等の微生物は、細胞内のピルビン酸カルボキシラーゼ(PC)活性が増強するように改変されていてもよい。例えば、PCをコードする遺伝子で微生物を形質転換することによって、PC活性を増強することができる。用いるPC遺伝子としては、微生物または動植物由来の遺伝子、より具体的にはヒト、マウス、ラット、酵母、又はコリネバクテリウム属、バチルス属、リゾビウム属もしくはエシェリヒア属に属する微生物由来の遺伝子が挙げられる。PC遺伝子の取得、及びPC遺伝子が導入されたコハク酸生産菌については、特開平11−196888号公報に記載されている。また、微生物のホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を増強することによっても、コハク酸の生産能が向上することが期待される(特公平7−83714号公報、特開平9−121872号公報参照)。
【0024】
PC遺伝子及び同遺伝子を含むプラスミドとして具体的には、特開平11−196888号公報に記載のpPC−PYC2及び同プラスミドが保持するサッカロマイセス・セレビシエ由来のPC遺伝子(PYC2)が挙げられる。また、サッカロマイセス・セレビシエ由来の他のPC遺伝子(PYC1)も用いることができる。
【0025】
好気性コリネ型細菌、特にPC遺伝子が導入された同細菌を用いる場合、有機原料を含有する水性反応液に同細菌又はその処理物を作用させる際に、同反応液は炭酸イオンもしくは重炭酸イオンまたは二酸化炭素ガスを含有することが好ましい。また、この反応は、嫌気的条件下で行うことがより好ましい。
【0026】
好気性コリネ型細菌を本発明の方法に用いるためには、まず菌体を通常の好気的な条件で培養したのち用いることができる。培養に用いる培地は、通常微生物の培養に用いられる培地を用いることができる。例えば、硫酸アンモニウム、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム等の無機塩からなる組成に、肉エキス、酵母エキス、ペプトン等の天然栄養源を添加した一般的な培地を用いることができる。
【0027】
培養後の菌体は、遠心分離、膜分離等によって回収し、菌体をそのまま又は処理物として次に示す反応に用いられる。ここでいう処理物とは、例えば、菌体をアクリルアミド、カラギーナン等で固定化した固定化菌体、菌体を破砕した破砕物、その遠心分離上清、またその上清を硫安処理等で部分精製したPC活性を有する画分等を指す。
【0028】
反応液には、水、緩衝液、培地等が用いられるが、適当な無機塩を含有した培地が最も好ましい。
【0029】
本発明に用いる有機原料としては、発酵法においては、コハク酸を生成し得るものであれば特に限定されることなく、一般的な有機原料から選択できる。具体的には、安価であり、コハク酸の生成速度の速いグルコースやエタノールが好適に用いられる。この場合、グルコースの添加濃度は、0.5g/L〜500g/Lが好ましく、エタノールの添加濃度は、0.5g/L〜30g/Lが好ましい。
また、酵素法においては、有機原料としては、フマル酸、又はフマル酸ナトリウム、フマル酸アンモニウム等の塩が挙げられる。
【0030】
尚、コハク酸含有液の製造に微生物の生菌体を用いる場合、コハク酸の生成は、発酵によるものであるか酵素的反応によるものであるかの厳密な区別は困難であるが、結果として陽イオン及びコハク酸を含む溶液が得られる限り、本発明においてはいずれであるかは問わない。
【0031】
反応液には、一般にpHを至適に保つため、陽イオンをコハク酸の対イオンとして添加することが望ましいが、必ずしも対イオンを添加しなくても良い。コハク酸の対イオンとしては、発酵または酵素反応を阻害しない陽イオンであれば特に制限は無い。一般にはナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、アンモニウムイオンあるいはこれらの組み合わせが、好ましくはナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、アンモニウムイオンあるいはこれらの組み合わせがコハク酸の対イオンとして用いられる。
【0032】
反応液のpHの中和を、炭酸マグネシウム及び/又は水酸化マグネシウムを用いて行うと、コハク酸の生成速度及び収率を向上させることができる点で好ましい。反応液のpHは、好ましくはpH5〜10、より好ましくはpH6〜9.5に保つことが望ましい。
【0033】
コハク酸含有液の調製において、炭酸イオンもしくは重炭酸イオンまたは二酸化炭素ガスを含有する反応液を用いる場合、炭酸イオン、重炭酸イオンは、1mM〜500mM、好ましくは2〜300mM、さらに好ましくは3〜200mMの濃度で添加する。二酸化炭素ガスを含有させる場合は、溶液1L当たり50mg〜25g、好ましくは100mg〜15g、さらに好ましくは150mg〜10gの二酸化炭素ガスを含有させる。
【0034】
また、前記嫌気的条件とは、溶液中の溶存酸素濃度を低く抑えて反応させることを指す。この場合、溶存酸素濃度として0〜2ppm、好ましくは0〜1ppm、さらに好ましくは0〜0.5ppmで反応させることが望ましい。そのための方法としては、例えば容器を密閉して無通気で反応させる、窒素ガス等の不活性ガスを供給して反応させる、二酸化炭素ガス含有の不活性ガスを通気する等の方法を用いることができる。
【0035】
反応の温度は、通常15℃〜45℃、好ましくは25℃〜37℃で行う。pHは、5〜9、好ましくは6〜8の範囲で行う。反応は、通常5時間から120時間行う。反応に用いる菌体の量は、とくに規定されないが、1g/L〜700g/L、好ましくは10g/L〜500g/Lさらに好ましくは20g/L〜400g/Lが用いられる。菌体の調製物を用いる場合は、上記の量の菌体量に相当する量を用いることが好ましい。
【0036】
上記でいう調製物とは、例えば、菌体をアクリルアミド、カラギーナン等で固定化した固定化菌体、菌体を破砕した破砕物、その遠心分離上清、またその上清を硫安処理等で部分精製した画分等を指す。
【0037】
上記にようにして得られるコハク酸含有液には、通常、コハク酸の対イオンとしての陽イオン類、コハク酸以外の有機酸類、アミノ酸類、無機塩類、タンパク質、糖類、脂質、菌体等が含まれている。
【0038】
<2>イオン交換
本発明においては、上記のようにして得られるコハク酸含有液を、このコハク酸含有液に含まれる水素イオン以外の陽イオンに対して当量以上のH型強酸性陽イオン交換樹脂と接触させ、得られたイオン交換処理液からコハク酸結晶を析出せしめ、精製されたコハク酸を得る。
【0039】
イオン交換又は晶析工程に先だって、発酵液または酵素反応液中の菌体又はその処理物等は除去しておくことが望ましい。一般には、この操作は、イオン交換に先立って行うことが好ましいが、イオン交換後、晶析工程の前に行ってもよい。コハク酸含有液からの菌体又はその処理物の除去方法は特に限定されず、一般に菌体の除去に用いられる、ろ過、遠心分離、又はそれらの組み合わせのいずれの方法も適用可能である。
【0040】
また、コハク酸含有液が炭酸イオンもしくは重炭酸イオンまたは二酸化炭素ガスを含有する場合、コハク酸含有液をH型強酸性イオン交換樹脂に接触させると、水素イオンと陽イオンが交換される結果、液のpHが低下し、炭酸イオン及び重炭酸イオンは水素イオンを受け取り炭酸ガスとして放出される。このとき激しく発泡し、イオン交換の操作が著しく困難になる場合がある。したがって、イオン交換を行う前に、コハク酸含有液に酸を加え、液を酸性状態に調整することで脱炭酸することが好ましい。
【0041】
前記酸性状態としては、pH5.0以下、好ましくはpH4.8以下であることが好ましい。添加する酸としては、特に制限は無いが、一般に塩酸や硫酸などの安価な酸が用いられる。更に、添加する酸として、後述するイオン交換操作後のコハク酸含有液(イオン交換処理液)や、イオン交換処理液から析出したコハク酸を除いた溶液(コハク酸の晶析母液)を用いることができる。これらのイオン交換溶液や母液はpHが低いため、発酵ブロスのpH低下に有効であるだけでなく、添加された液は本発明の方法の工程を繰り返すことにより循環して使用されるので、収率低下や廃酸処理などのコスト増加原因にはならないというメリットがある。
【0042】
コハク酸含有液、好ましくは除菌操作、必要に応じて脱炭酸処理を行ったコハク酸含有液を、H型陽イオン交換樹脂に接触させる。このイオン交換操作によって、コハク酸含有液中の陽イオン、及びアミノ酸類がイオン交換樹脂に吸着し、除去される。本発明者らは、この操作によって、塩基性アミノ酸のみならず中性アミノ酸、酸性アミノ酸までもが除去されることを見いだした。通常、発酵液のpHは中性付近であり、このpH領域ではアミノ酸類は、塩基性アミノ酸はプラスに帯電し、中性アミノ酸は未解離であり、酸性アミノ酸はマイナスに帯電した状態で存在する。従って、酸性アミノ酸や中性アミノ酸は陽イオン交換樹脂には吸着されない。ところが、H型の強酸性陽イオン交換樹脂にコハク酸塩を含む原料液を接触させると、原料液からコハク酸の対イオンである陽イオンが除去され、水素イオンと交換される結果、pHが低下する。その結果、中性アミノ酸及び酸性アミノ酸もプラスに帯電し、陽イオン交換樹脂に吸着されると考えられる。
本発明に使用されるH型強酸性陽イオン交換樹脂としては、特に制限されず、低架橋度のものでも高架橋度のものでも使用できる。またゲル型、ポーラス型のいずれの形態であっても使用できる。具体的には、市販されているダイヤイオンSK1B、SK104、SK110、PK212、PK216(三菱化学株式会社製)又はこれらの他グレードの製品等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0043】
本発明において、強酸性イオン交換樹脂は、使用する前にH型に変換しておく必要がある。H型に変換する方法としては特に制限されず、一般に用いられている方法が使用でき、回分式、単塔カラム式、多塔カラム式のいずれの操作法も用いることができる(化学工学便覧、改訂四版、化学工学協会編、丸善 参照)。また、H型にするためには酸を使用するが、この酸としては、強酸性イオン交換樹脂のpKよりpKaが低い酸を選択する。また、イオン交換樹脂の劣化の原因となる酸化力を有さない酸であることが望ましい。本発明には、この要件を満たしていればいずれの酸も使用することができる。一般には、前記酸としては塩酸や希硫酸が用いられるが、これらに限定されない。
【0044】
コハク酸含有液をH型強酸性イオン交換樹脂に接触させる方法は特に制限されず、上記に記載の一般に用いられている方法が使用でき、回分式、単塔カラム式、多塔カラム式のいずれの操作法も用いることができる(化学工学便覧、改訂四版、化学工学協会編、丸善 参照)。通常は、H型強酸性イオン交換樹脂を充填したカラムにコハク酸含有液を通液させるカラム法が用いられるが、バッチ法も用いることができる。
なお、本発明において、H型強酸性イオン交換樹脂にコハク酸含有液を接触させて得られた液を貫流液と定義する。
【0045】
本発明においては、H型強酸性イオン交換樹脂の必要交換容量は、コハク酸含有液に含まれる水素イオン以外の陽イオンに対して当量以上の量であることが必要である。ここで、「水素イオン以外の陽イオン」とは、金属陽イオンに加えて、前述したようにイオン交換処理中にマイナスに帯電するアミノ酸類も含む。これらの陽イオンに対して当量以上の交換容量を持つH型強酸性イオン交換樹脂を用いることによって、コハク酸含有液中の不純物を効果的に除去することができる。特に、晶析のみでは完全に除去することが困難なナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、アンモニウムイオン等のイオンや、セリン、グルタミン酸、アラニン、バリン、メチオニン、チロシン等のアミノ酸を効率的に除去することができる。なお、貫流液中の水素イオン以外の陽イオンの濃度は、合計でコハク酸に対し1.0%以下、好ましくは0.5%以下であることが望ましい。
【0046】
コハク酸含有液や貫流液に含まれる水素イオン以外の陽イオンの濃度は、例えば、金属陽イオンはイオン電極法、原子吸光法、イオンクロマトグラフ法等により、アミノ酸の濃度はアミノ酸分析装置(以上分析機器の手引き第9版 平成13年9月5日 社団法人 日本分析機器工業会発行)等により測定することができる。
【0047】
<3>晶析
イオン交換を行ったコハク酸含有液から、コハク酸結晶を析出せしめる。結晶を析出させる方法としては、イオン交換処理液の濃縮、冷却、有機溶媒添加、又はこれらの組み合わせによる方法が挙げられる。この操作によって、精製されたコハク酸が得られる。晶析処理によって、特にコハク酸以外の有機酸や、脱炭酸処理又はイオン交換処理によって除去し切れない炭酸イオンやアンモニウムイオン等が効率よく除去される。
【0048】
濃縮の条件としては特に制限はなく、通常は減圧濃縮法が用いられるが、この方法に限らず逆浸透膜濃縮法(化学工学便覧 改訂四版 1978丸善)、電気透析を使った濃縮法(食品膜技術,1999光琳)等も用いることができる。
【0049】
減圧濃縮の圧力は50kPa以下、好ましくは25kPa以下、特に好ましくは15kPa以下の圧力条件下で行うことが望ましい。
濃縮によりコハク酸結晶を析出せしめるためには、濃縮濃度はコハク酸の溶解度以上となるようにする。コハク酸の溶解度は、例えば化学便覧基礎編II改訂2版(日本化学会、1975年、丸善)等に記載されている。
冷却によりコハク酸結晶を析出せしめるためには、液のコハク酸濃度がコハク酸の溶解度以下となる温度に冷却することにより行う。
コハク酸の溶解度は、例えば化学便覧基礎編II改訂2版(日本化学会、1975年、丸善)等に記載されている。
有機溶媒添加によりコハク酸結晶を析出せしめるためには、メタノール、エタノール等の有機溶媒を添加することにより行う。
コハク酸の有機溶媒への溶解度は、例えば化学便覧基礎編II改訂2版(日本化学会、1975年、丸善)等に記載されている。
コハク酸の結晶化は、濃縮、冷却、有機溶媒添加を単独で行うことの他、これらを組み合わせて行うこともできる。
析出した結晶は、通常の方法で母液と分離される。分離方法は、ろ過、遠心ろ過、遠心沈降等の方法を用いることが出来るが、これらに限定されない。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
〔参考例1〕PC遺伝子増幅株の構築
<1>酵母サッカロマイセス・セレビシエ由来のPC遺伝子(PYC2)を含むDNA断片のクローン化
(A)サッカロマイセス・セレビシエの全DNAの抽出:
酵母用増殖培地(YPAD)1L[組成:10g Yeast Extract,20gペプトン,20gグルコース,100mgアデニン及び蒸留水:1000ml]にサッカロマイセス・セレビシエW303−1A株(Yeast,Vol.2,163−167(1986))を白金耳を用いて植菌し、対数増殖期後期まで30℃で培養し、菌体を集めた。
【0051】
得られた菌体を10mg/mlの濃度になるよう、10mg/mlリゾチーム、10mM NaCl、20mMトリス緩衝液(pH8.0)及び1mM EDTA・2Naの各成分を含有する溶液15ml(各成分の濃度は最終濃度である)に懸濁した。次にプロテナーゼKを最終濃度が100μg/mlになるように添加し、37℃で1時間保温した。さらにドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を最終濃度が0.5%になるように添加し、50℃で6時間保温して溶菌した。この溶菌液に、等量のフェノール/クロロホルム溶液を添加し、室温で10分間ゆるやかに振盪した後、全量を遠心分離(5,000×g,20分間,10〜12℃)し、上清画分を分取した。この上清に酢酸ナトリウムを0.3Mとなるよう添加した後、2倍量のエタノールをゆっくりと加えた。水層とエタノール層の間に存在するDNAをガラス棒でまきとり、70%エタノールで洗浄した後、風乾した。得られたDNAに10mMトリス緩衝液(pH7.5)−1mMEDTA・2Na溶液5mlを加え、4℃で一晩静置し、以後の実験に用いた。
【0052】
(B)サッカロマイセス・セレビシエ由来のPC遺伝子(PYC2)を含むDNA断片のクローン化及び組換え体の創製:
上記(A)項で調製した染色体DNAを鋳型として、PCRを行った。PCRに際しては、下記の1対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成し、使用した。
【0053】
(a−1)5’−TTT CAT ATG AGC AGT AGC AAG AAA TTG−3’(配列番号1)
(b−1)5’−TTT CCT GCA GGT TAA CGA GTA AAA ATT ACT TT−3’(配列番号2)
【0054】
実際のPCRは、パーキンエルマーシータス社製の「DNAサーマルサイクラー」を用い、反応試薬として、レコンビナント・タックDNA・ポリメラーゼ・タカラ・タック(Recombinant TaqDNA Polymerase TaKaRa Taq)(宝酒造製)を用いて下記の条件で行った。
【0055】
反応液:
(10×)PCR緩衝液 10μl
1.25mM dNTP混合液 16μl
鋳型DNA 10μl(DNA 含有量 1μM以下)
上記記載のa−1,b−1プライマー 各々1μl(最終濃度0.25μM)
レコンビナント・タックDNA・ポリメラーゼ 0.5μl
滅菌蒸留水 61.5μl
【0056】
以上を混合し、この100μlの反応液をPCRにかけた。
PCRサイクル:
デナチュレーション過程:94℃ 60秒
アニーリング過程 :52℃ 60秒
エクステンション過程 :72℃ 120秒
以上を1サイクルとし、25サイクル行った。
【0057】
上記で生成した反応液10μlを0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行い、約3.56kpのDNA断片が検出できた。
【0058】
<2>PC遺伝子によるコリネ型細菌組み換え体の作製
(A)シャトルベクターの構築
特開平3−210184号公報に記載のプラスミドpCRY30内に存在する、コリネ型細菌内でのプラスミドの安定化に必要な領域の配列をもとに、下記の1対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成した。
【0059】
(a−2)5’−TTT CTC GAG CGC ATT ACC TCC TTG CTA CTG−3’(配列番号3)
(b−2)5’−TTT GAA TTC GAT ATC AAG CTT GCA CAT CAA−3’(配列番号4)
【0060】
上記プラスミドpCRY30は、次のようにして構築されたプラスミドである。ブレビバクテリウム・スタチオニス(Brevibacterium stationis)IFO12144(1988年7月18日に工業技術院生命工学工業技術研究所(現 独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305−8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)にFERM P−10136の受託番号で寄託され、1988年7月18日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、FERM BP−2515の受託番号が付与されている)からプラスミドpBY503(このプラスミドの詳細については特開平1−95785号公報参照)DNAを抽出し、制限酵素XhoIで大きさが約4.0kbのプラスミドの複製増殖機能を司る遺伝子を含むDNA断片(複製領域)を切り出し、制限酵素EcoRIおよびKpnIで大きさが約2.1kbのプラスミドの安定化機能を司る遺伝子を含むDNA断片(安定化領域)を切り出す。これらの両DNA断片をプラスミドpHSG298(宝酒造製)のEcoRI−KpnI部位及びSalI部位にそれぞれ組み込むことにより、プラスミドベクターpCRY30を調製することができる。
【0061】
実際のPCRは、パーキンエルマーシータス社製の「DNAサーマルサイクラー」を用い、反応試薬として、レコンビナント・タックDNA・ポリメラーゼ・タカラ・タック(Recombinant TaqDNA Polymerase TaKaRa Taq)(宝酒造製)を用いて下記の条件で行った。
【0062】
反応液:
(10×)PCR緩衝液 10μl
1.25mM dNTP混合液 16μl
鋳型DNA 10μl(DNA 含有量 1μM以下)
上記記載のa−2,b−2プライマー 各々1μl(最終濃度0.25μM)
レコンビナント・タックDNA・ポリメラーゼ 0.5μl
滅菌蒸留水 61.5μl
以上を混合し、この100μlの反応液をPCRにかけた。
【0063】
PCRサイクル:
デナチュレーション過程:94℃ 60秒
アニーリング過程 :52℃ 60秒
エクステンション過程 :72℃ 120秒
以上を1サイクルとし、25サイクル行った。
【0064】
上記で生成した反応液10μlを0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行い、約1.1kbのDNA断片が検出できた。
【0065】
上記で増幅産物を確認できた反応液10μl、プラスミドpBluescriptIISK+1μlを各々制限酵素EcoRIおよびXhoIで完全に切断し、70℃で10分間処理させることにより制限酵素を失活させた後、両者を混合し、これに、T4 DNAリガーゼ10×緩衝液1μl、T4 DNAリガーゼ1unitの各成分を添加し、滅菌蒸留水で10μlにして、15℃で3時間反応させ、結合させた。
【0066】
得られたプラスミド混液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology,53,159(1970)〕によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造製)を形質転換し、アンピシリン50mgを含む培地〔トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl 5g及び寒天16gを蒸留水1Lに溶解〕に塗抹した。
【0067】
この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを抽出し、該プラスミドを制限酵素(EcoRI,XhoI)により切断し、挿入断片を確認した。この結果、プラスミドpBluescriptIISK+の長さ3.0kbのDNA断片に加え、長さ1.1kbの挿入DNA断片が認められた。本プラスミドをpBSparと命名した。
【0068】
米国特許5,185,262号明細書記載のプラスミドpCRY31内に存在する、コリネ型細菌内でのプラスミドの複製に必要な領域の配列をもとに、下記の1対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成した。
【0069】
(a−3)5’−TTT GGT ACC GAC TTA GAT AAA GGT CTA−3’(配列番号5)
(b−3)5’−TTT CTC GAG TGC TGG TAA AAC AAC TTT−3’(配列番号6)
【0070】
上記プラスミドpCRY31は、次のようにして構築されたプラスミドである。前記pBY503由来の複製領域とプラスミドpHSG398(宝酒造製)とを連結したプラスミドpCRY3(このプラスミドを保持するブレビバクテリウム・フラバム MJ233 GE102は、1988年1月8日に工業技術院生命工学工業技術研究所(現 独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305−8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6))にFERM P−9802の受託番号で寄託され、1988年1月8日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、FERM BP−2513の受託番号が付与されている)をKpnIで部分分解してDNA断片を得る。一方、pBY503をブレビバクテリウム・スタチオニス(IFO12144(FERM BP−2515)から調製し、KpnIで完全分解し、約7kbのDNA断片を精製する。これらのDNA断片を連結し、各種制限酵素で切断したときに下記表に示す切断パターンを示すプラスミドを選択することによって、pCRY31が得られる。
【0071】
【表1】

【0072】
実際のPCRは、パーキンエルマーシータス社製の「DNAサーマルサイクラー」を用い、反応試薬として、レコンビナント・タックDNA・ポリメラーゼ・タカラ・タック(Recombinant TaqDNA Polymerase TaKaRa Taq)(宝酒造製)を用いて下記の条件で行った。
【0073】
反応液:
(10×)PCR緩衝液 10μl
1.25mM dNTP混合液 16μl
鋳型DNA 10μl(DNA 含有量 1μM以下)
上記記載のa−3,b−3プライマー 各々1μl(最終濃度0.25μM)
レコンビナント・タックDNA・ポリメラーゼ 0.5μl
滅菌蒸留水 61.5μl
以上を混合し、この100μlの反応液をPCRにかけた。
【0074】
PCRサイクル:
デナチュレーション過程:94℃ 60秒
アニーリング過程 :52℃ 60秒
エクステンション過程 :72℃ 120秒
以上を1サイクルとし、25サイクル行った。
【0075】
上記で生成した反応液10μlを0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行い、約1.8kbのDNA断片が検出できた。
上記で増幅産物を確認できた反応液10μl、プラスミドpBSpar 1μlを各々制限酵素XhoIおよびKpnIで完全に切断し、70℃10分処理させることにより制限酵素を失活させた後、両者を混合し、T4 DNAリガーゼ10×)緩衝液1μl、T4 DNAリガーゼ1unitの各成分を添加し、滅菌蒸留水で10μlにして、15℃で3時間反応させ、結合させた。
【0076】
得られたプラスミド混液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology,53,159(1970)〕によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造製)を形質転換し、アンピシリン50mgを含む培地〔トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl 5g及び寒天16gを蒸留水1Lに溶解〕に塗抹した。
【0077】
この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを抽出し、該プラスミドを制限酵素(XhoI,KpnI)により切断し、挿入断片を確認した。この結果、プラスミドpBSparの長さ4.1kbのDNA断片に加え、長さ1.8kbの挿入DNA断片が認められた。本プラスミドをpBSpar−repと命名した。
【0078】
上記で作製したプラスミドpBSpar−rep 1μl、pHSG298(宝酒造社製)1μlを各々制限酵素KpnIおよびEcoRIで完全に切断し、70℃で10分処理させることにより制限酵素を失活させた後、両者を混合し、これに、T4 DNAリガーゼ10×緩衝液1μl、T4 DNAリガーゼ1unitの各成分を添加し、滅菌蒸留水で10μlにして、15℃で3時間反応させ、結合させた。
【0079】
得られたプラスミド混液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology,53,159(1970)〕によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造製)を形質転換し、カナマイシン50mgを含む培地〔トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl 5g及び寒天16gを蒸留水1Lに溶解〕に塗抹した。
【0080】
この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを抽出し、該プラスミドを制限酵素により切断し、挿入断片を確認した。この結果、プラスミドpHSG298の長さ2.6kbのDNA断片に加え、長さ2.9kbの挿入DNA断片が認められた。本プラスミドをpHSG298par−repと命名した。
【0081】
(B)tacプロモーターの挿入
tacプロモーターを含有するプラスミドpTrc99A(ファルマシア社製)を鋳型としたPCR法により、tacプロモーター断片を増幅させるべく、下記の1対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成した。
【0082】
(a−4)5’−TTT GGT ACC GAT AGC TTA CTC CCC ATC CCC−3’(配列番号7)
(b−4)5’−TTT GGA TCC CAA CAT ATG AAC ACC TCC TTT TTA TCC GCT CAC AAT TCC ACA CAT−3’(配列番号8)
【0083】
実際のPCRは、パーキンエルマーシータス社製の「DNAサーマルサイクラー」を用い、反応試薬として、レコンビナント・タックDNA・ポリメラーゼ・タカラ・タック(Recombinant TaqDNA Polymerase TaKaRa Taq)(宝酒造製)を用いて下記の条件で行った。
【0084】
反応液:
(10×)PCR緩衝液 10μl
1.25mM dNTP混合液 16μl
鋳型DNA 10μl(DNA 含有量 1μM以下)
上記記載のa−4,b−4プライマー 各々1μl(最終濃度0.25μM)
レコンビナント・タックDNA・ポリメラーゼ 0.5μl
滅菌蒸留水 61.5μl
以上を混合し、この100μlの反応液をPCRにかけた。
【0085】
PCRサイクル:
デナチュレーション過程:94℃ 60秒
アニーリング過程 :52℃ 60秒
エクステンション過程 :72℃ 120秒
以上を1サイクルとし、25サイクル行った。
【0086】
上記で生成した反応液10μlを3%アガロースゲルにより電気泳動を行い、約100bpのDNA断片が検出できた。
【0087】
上記で増幅産物を確認できた反応液10μl、上記(A)で作製したプラスミドpHSG298par−rep 5μlを各々制限酵素BamHIおよびKpnIで完全に切断し、70℃で10分処理させることにより制限酵素を失活させた後、両者を混合し、これに、T4 DNAリガーゼ10×緩衝液1μl、T4 DNAリガーゼ1unitの各成分を添加し、滅菌蒸留水で10μlにして、15℃で3時間反応させ、結合させた。
【0088】
得られたプラスミド混液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology,53,159(1970)〕によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造製)を形質転換し、カナマイシン50mgを含む培地〔トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl 5g及び寒天16gを蒸留水1Lに溶解〕に塗抹した。
【0089】
この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを抽出し、該プラスミドを制限酵素により切断し、挿入断片を確認した。この結果、上記(A)作製のプラスミドの長さ5.5kbのDNA断片に加え、長さ0.1kbの挿入DNA断片が認められた。このプラスミドをpHSG298tacと命名した。
【0090】
(C)PC遺伝子のシャトルベクターへの挿入
<1>(B)で増幅産物を確認できた反応液10μl、上記(B)で作製したプラスミドpHSG298tac 5μlを各々制限酵素BglII、SseIまたはBamHI、SseIで各々切断し、70℃で10分処理させることにより制限酵素を失活させた後、両者を混合し、これに、T4 DNAリガーゼ10×緩衝液1μl、T4 DNAリガーゼ1unitの各成分を添加し、滅菌蒸留水で10μlにして、15℃で3時間反応させ、結合させた。
【0091】
得られたプラスミド混液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology,53,159(1970)〕によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造製)を形質転換し、カナマイシン50mgを含む培地〔トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl 5g及び寒天16gを蒸留水1Lに溶解〕に塗抹した。
【0092】
この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを抽出し、該プラスミドを制限酵素(SseI,NdeI)により切断し、挿入断片を確認した。この結果、上記(B)作製のプラスミドの長さ5.6kbのDNA断片に加え、長さ3.56kbの挿入DNA断片が認められた。
このプラスミドをpPC−PYC2と命名した。
【0093】
(D)ブレビバクテリウム・フラバム MJ−233−AB−41株の形質転換
本プラスミドを米国特許第5,185,262号明細書記載の方法に従って、ブレビバクテリウム・フラバム MJ−233−AB−41(FERM BP−1498)に導入した。
【0094】
〔実施例1〕
コハク酸2アンモニウム塩を蓄積させた発酵液からコハク酸を精製した。
【0095】
(H型強酸性陽イオン交換樹脂の準備)
H型陽イオン交換樹脂の調整は、以下のように行った。
1.6LのNa型強酸性陽イオン交換樹脂SK1BL(三菱化学株式会社製)をカラムに充填した。当該カラムに1mol/Lの塩酸を1.6L/hrの流速で5L通液し、樹脂をH型に変換した。引き続き、カラムに純水を20L通液して樹脂を洗浄した後、以下の実験に用いた。
【0096】
(発酵によるコハク酸の生産)
以下の方法によりコハク酸を発酵法で製造した。
【0097】
グルコース:100g、硫酸マグネシウム・7水和物:0.5g、正リン酸:0.65g、大豆タンパク加水分解液(全窒素含量35g/L):14.3mL、硫酸アンモニウム:1.0g、硫酸第一鉄・7水和物:20mg、硫酸マンガン・水和物:20mg、D−ビオチン:1mg、塩酸チアミン:1mg及び消泡剤(GD−113、日本油脂社製):0.05mLを1L中に含む培地400ml作成し、pHを1N KOHで6.5に調整した後、1Lのジャーファーメンターに入れ120℃、20分加熱殺菌した。冷却後、プラスミドpPC−PYC2で形質転換したブレビバクテリウム・フラバムMJ−233−AB−41菌株を植菌し、30℃に保温した。通気は毎分300ml、攪拌は毎分700回転で、pHをアンモニアガスにて7.6に調整しながら20時間培養を行った。得られた培養液の内100mlを以下のコハク酸発酵に用いた。
【0098】
グルコース:520g、硫酸マグネシウム・7水和物:2.6gを1L中に含む糖溶液を79ml作成し、120℃、20分加熱滅菌した。また、正リン酸:1.21g、大豆タンパク加水分解液(全窒素含量35g/L):5.39mL、硫酸アンモニウム:1.86g、硫酸第一鉄・7水和物:37.14mg、硫酸マンガン・水和物:37.14mg、D−ビオチン:1.86mg、塩酸チアミン:1.86mg及び消泡剤(GD−113):0.09mLを1L中に含む培地を221mL作成し、pHを1N KOHで6.5に調整した後、120℃、20分加熱滅菌した。滅菌した糖溶液と滅菌した培地を1Lのジャーファーメンターに入れ、冷却後、前述の培養液を100mL加えて全量を400mLとした後、30℃に保温した。通気は毎分20ml、攪拌は毎分400回転で、pHをアンモニアガスにて7.6に調整しながら24時間コハク酸発酵を行った。
上記のコハク酸発酵を9回行い、コハク酸濃度25g/Lの培養液を3.6L得た。
【0099】
(コハク酸塩を蓄積させた発酵液からのコハク酸結晶の精製)
得られた培養液は、120℃、20分間加熱殺菌を行い、引き続き5000×G、20分の遠心分離を行い、上清液3.5Lを得た。
【0100】
得られた上清液は、前述のH型陽イオン交換樹脂に通液し、貫流液2.2Lを得た。得られた貫流液は、ロータリーエバポレーターでコハク酸濃度が19.2%になるまで濃縮し、コハク酸結晶を析出させて、コハク酸スラリーを得た。得られたコハク酸スラリーは10℃まで冷却して、コハク酸結晶を析出させた。結晶と母液を分離した。得られたコハク酸結晶は、結晶を洗浄するために結晶重量の15倍体積のコハク酸の飽和水溶液に再懸濁した後、結晶を分離した。
【0101】
〔比較例1〕
実施例1と同様の方法で、コハク酸を蓄積させた発酵液を殺菌(120℃、20分)、除菌(5000×G、20分)し、これをコハク酸濃度が234g/Lとなるようにロータリーエバポレーターで濃縮した。得られた濃縮液に硫酸を添加してpHを2.2に調整し、10℃に冷却してコハク酸結晶を析出させた。その後、実施例1と同様にして結晶を分離し、飽和コハク酸水溶液でリスラリー洗浄をし、洗浄結晶を得た。
実施例1および比較例1で得られたコハク酸結晶の分析値を表2に示す。
【0102】
【表2】

【0103】
表2に示すように、実施例1では洗浄コハク酸結晶には他有機酸やアミノ酸はほとんど検出されなかったのに対し、比較例1では多くの中性アミノ酸および塩基性アミノ酸が検出された。このことは、コハク酸晶析では、中性アミノ酸および塩基性アミノ酸が結晶に取り込まれやすいことを示唆している。
尚、比較例1より得られたコハク酸結晶には有機酸の含量は非常に低くかった。このことは、コハク酸の晶析により有機酸類は比較的よく結晶から除去されることを示唆している。
実施例1においては、中性アミノ酸や塩基性アミノ酸はH型強酸性陽イオン交換樹脂により吸着除去されており、このためコハク酸結晶からは全く検出されなかったものと推定される。このことを確認するために、実施例1におけるH型強酸性陽イオン交換樹脂カラムへの供給液と貫流液の分析を行った。分析結果を表3に示す。
【0104】
【表3】

【0105】
表3に示すように、H型強酸性陽イオン交換樹脂カラムからの貫流液からは、供給液中に含まれる多くのアミノ酸類がほとんど除去されていることが分かる。このことにより、アミノ酸はH型強酸性陽イオン交換樹脂に吸着除去され、その結果、目的生産物であるコハク酸結晶にはほとんど検出されなかったものと推定される。
【0106】
〔実施例2〕
コハク酸2ナトリウム塩と炭酸水素ナトリウムを同時に蓄積させた発酵液から、コハク酸結晶を精製した。
【0107】
(H型強酸性陽イオン交換樹脂の準備)
実施例1と同様の方法でH型強酸性陽イオン交換樹脂4.7Lを調整した。
【0108】
(発酵によるコハク酸2ナトリウム塩、及び炭酸水素ナトリウムの生産)
実施例1記載の方法に準拠してコハク酸ナトリウムと炭酸ナトリウムを同時に蓄積させた発酵を行った。ただし、pH調整はアンモニアに替えて2.5mol/L炭酸ナトリウム水溶液で行った。その結果、コハク酸濃度70g/Lの培養液を3.1L得た。
【0109】
(発酵液からのコハク酸結晶の精製)
得られた発酵液3.1Lを、MF膜モジュール、(ミリポア社製PELLICON−2膜モジュール、有効膜面積0.1m2、孔径0.22μm)を使ってクロスフローろ過して除菌を行った。更に、ろ液が2.6L得られた段階で、膜循環液に純水を1L添加し、希釈ろ過を行った。その結果、除菌液3.6Lを得た。
【0110】
(酸添加による脱炭酸)
得られた除菌液に、実施例1で得られたイオン交換樹脂カラムの貫流液、および晶析母液を添加してpHを4.0に調整することによって脱炭酸を行い、脱炭酸液を得た。
【0111】
(H型強酸性陽イオン交換樹脂への通液)
得られた脱炭酸液を、前述のH型強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムに4.7L/hrの流速で通液し、貫流液3.5Lを得た。通液終了後、更に純水を3.8L通液し、貫流液を合計で7.3L得た。
【0112】
(コハク酸の結晶化)
得られた貫流液7.3Lを、粒状活性炭カラムに通液して脱色を行った後、この液を実施例1と同様にしてコハク酸濃度30wt%の濃度まで濃縮し、得られたスラリーは10℃で1晩攪拌した。その後、コハク酸結晶は実施例1と同様の方法で分離し、コハク酸の飽和水溶液で洗浄を行い、洗浄コハク酸結晶を得た。
実施例2で得られたコハク酸結晶の分析値を示す。
【0113】
【表4】

【0114】
表4に示すように、コハク酸ナトリウムを蓄積させた発酵液を原料とした場合でも、非常に高純度のコハク酸を得ることができた。このように、本発明は1価の陽イオンをコハク酸の対イオンとした発酵液にも適用できる。
【0115】
〔比較例2〕
実施例2と同様にしてコハク酸2ナトリウム塩と同時に炭酸水素ナトリウムを蓄積させた発酵液を原料として、コハク酸結晶を精製した。この際、脱炭酸を行わずにH型強酸性イオン交換樹脂に通液した。
【0116】
(H型強酸性陽イオン交換樹脂への通液)
上記発酵液を除菌し、得られた除菌液を、H型陽イオン交換樹脂カラムに通液した。その結果、陽イオン交換樹脂カラムの上面から発泡し、イオン交換操作は不可能であった。従って、晶析工程に至らなかった。
【0117】
〔実施例3〕コハク酸マグネシウム発酵液からのコハク酸の製造
2価金属塩であるコハク酸マグネシウム発酵液からコハク酸を精製した。
【0118】
(H型強酸性陽イオン交換樹脂の準備及び発酵法によるコハク酸の製造)
実施例1と同様の方法でH型強酸性陽イオン交換樹脂4.7Lを調整した。
実施例1と同様の培養方法で、コハク酸マグネシウム発酵を行った。ただし、中和剤としてアンモニアの代わりに水酸化マグネシウムを使用した。具体的には、pH調整用アンモニアに代えて2.5mol/Lの水酸化マグネシウムスラリーを用いた。培地のpHは7.5〜7.7に維持した。その結果、コハク酸濃度50g/Lの培養液を1L得た。
【0119】
得られた培養液は、120℃で20分間加熱殺菌を行った後、5000×G、15分の遠心分離で菌体を沈殿させ、上清液を得た。得られた上清液は、実施例1と同様にH型強酸性陽イオン交換樹脂に通液し、得られた貫流液を減圧濃縮し、コハク酸結晶を得た。
実施例3で得られたコハク酸結晶の分析値を表5に示す。
【0120】
【表5】

【0121】
表5に示すとおり、2価陽イオンであるマグネシウムのコハク酸塩からも、本発明により高純度のコハク酸を得ることが出来ることが分かった。このように、本発明は、1価陽イオンを対イオンとするコハク酸発酵液のみならず、2価陽イオンを対イオンとするコハク酸発酵液にも適用できる。
【産業上の利用可能性】
【0122】
本発明により、発酵法又は酵素法により得られるコハク酸含有液から高純度のコハク酸を容易に得ることが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵法又は酵素的方法により得られた陽イオンを含むコハク酸含有液からコハク酸を精製する方法において前記コハク酸含有液を、同コハク酸含有液に含まれる水素イオン以外の陽イオンに対して当量以上のH型強酸性陽イオン交換樹脂と接触させ、得られたイオン交換処理液からコハク酸結晶を析出せしめ、精製されたコハク酸を得ることを特徴とするコハク酸の精製方法。
【請求項2】
前記コハク酸含有液が、コハク酸の塩を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記コハク酸の塩が、コハク酸のナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、及びアンモニウム塩より選ばれることを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記コハク酸含有液は炭酸塩を含み、かつ、当該コハク酸含有液に酸を添加してpHを5.0以下に調整した後、H型強酸性陽イオン交換樹脂と接触させことを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記酸として、前記イオン交換処理液を用いることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記酸として、前記イオン交換処理液から析出したコハク酸を除いた溶液を用いることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項7】
微生物の菌体又はその処理物を水性反応液中で有機原料に作用させることによりコハク酸含有液を取得し、このコハク酸含有液を、同コハク酸含有液に含まれる水素イオン以外の陽イオンに対して当量以上のH型強酸性陽イオン交換樹脂と接触させ、得られたイオン交換処理液からコハク酸結晶を析出せしめ、精製されたコハク酸を得ることを特徴とする、コハク酸の製造方法。
【請求項8】
前記水性反応液のpHを炭酸マグネシウム又は水酸化マグネシウムで中和することを特徴とする請求項7に記載の方法。

【国際公開番号】WO2005/030973
【国際公開日】平成17年4月7日(2005.4.7)
【発行日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−514273(P2005−514273)
【国際出願番号】PCT/JP2004/014354
【国際出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】