説明

発酵麦芽飲料の製造方法

【課題】噴き濁りの主要因となる小麦麦芽を用いず、大型醸造設備に適した下面発酵酵母を用いて、ヴァイツェンビール様のフルーティー香を有する発酵麦芽飲料を製造する方法の提供。
【解決手段】発酵原料として大麦麦芽を用いてマイシェを調製し、当該マイシェに糖化処理を行って麦汁を調製する仕込工程と、得られた麦汁に下面発酵酵母を接種し、発酵を行う発酵工程と、を少なくとも有し、3ppm以上の酢酸イソアミル及び/又は300ppb以上の4VGを含有する発酵麦芽飲料を製造することを特徴とする、発酵麦芽飲料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小麦を原料として使用せずに、ヴァイツェンビール様のフルーティー香を有する発酵麦芽飲料を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビール等の発酵麦芽飲料において、芳香は、官能性を左右する重要な要素である。ビール等の芳香は、単一の香りではなく、青草様の新鮮な香りや、華のような香り、フルーティーな香り、柑橘系の香り、華やかなエステル香、甘い香り、というように、様々な香りが含まれており、それぞれの香りのバランスによって、独特の芳香となる。
【0003】
例えばドイツの伝統的なビールの一種であるヴァイツェンビールは、独特のフルーティーな香気を有する。ヴァイツェンビールは小麦麦芽を使用し、主として上面発酵酵母を用いて醸造して得られるビールであり、これらの製法によって独特のフルーティー香が付与されている。
【0004】
一般的に、上面発酵酵母はエステル生成力が強く、ヴァイツェンビールの特徴香である4VG(4ヴィニルグアイアコール)を生成する種も多い。一方、ピルスナータイプのビールに用いられる下面発酵酵母は、上面発酵酵母に比べてエステルの生成量が少なく、4VGも全く、あるいはほとんど生成しない。また、ヴァイツェンビールは、小麦を全原料の半分程度以上使用して醸造され、小麦タンパク由来の濁りがある状態で販売されるのが通常であるが、その濁りのために、噴きの問題も比較的多い。
【0005】
一方で、酢酸イソアミルは、フルーティーさを付与する醸造香の香気成分の一種である。麦芽等の麦由来の成分の使用比率が低い発酵アルコール飲料では、酢酸イソアミル等の香気成分の含有量が不十分となり易い。そこで、酢酸イソアミル含有量を高めることによって、香気の高い発酵アルコール飲料を製造することが試みられている。例えば、特許文献1には、発酵原液に、ロイシンやロイシン残基を含むアミノ源を添加することにより、酢酸イソアミル含有量の高い発酵液を得る方法が開示されている。ロイシンが発酵液中に豊富に存在すると、酵母によって取り込まれて資化される途中の段階で、前駆体であるイソアミルアルコールが生成されることにより、酢酸イソアミル含有量が増加する。
【0006】
また、近年の消費者の健康志向の高まりにより、発酵麦芽飲料に対しても、各種機能性成分を高める試みがなされている。このような機能性成分の一種として、抗酸化作用、紫外線吸収作用、抗菌作用等を有するフェルラ酸がある。
【0007】
フェルラ酸はイネ科植物の細胞壁に多く、主に、細胞壁を構成するアラビノキシラン層と結合した状態で存在している。このため、原料として麦芽、大麦、小麦、米等を用いた場合には、仕込工程、発酵工程において、これらの原料のアラビノキシラン層から、多糖分解酵素(キシラナーゼ、グルカナーゼ、エステラーゼ等)の働きによりフェルラ酸が遊離するため、フェルラ酸を含有する酒類を製造することができる。また、遊離したフェルラ酸は、煮沸中に脱炭酸されて4VGが生成される。あるいは、発酵中に一部の上面酵母種によって、フェルラ酸が遊離・脱炭酸されて4VGが生成される。(例えば、非特許文献1参照。)
【0008】
フェルラ酸を高含有する酒類の製造方法も幾つか開示されている。例えば、特許文献2には、キシラナーゼ活性/フェルラ酸エステラーゼ活性の比が4.1以上である植物細胞壁分解酵素剤を用いることにより、フェルラ酸を高含有する酒類を製造する方法が開示されている。酒類中のフェルラ酸の含有量を高めるためにフェルラ酸含有量の高い原料を用いた場合には、フェルラ酸以外のタンパク質や脂質等の含有量も高くなり、雑味等も強くなりやすいため、活性炭処理を行い、余剰のタンパク質等を除去する。フェルラ酸は主に細胞壁を構成する糖と結合した状態で存在しているが、特許文献2に記載のような植物細胞壁分解酵素剤を用いることにより、遊離型フェルラ酸の生成を抑え、活性炭にほとんど吸着されない糖結合型フェルラ酸の割合を増加させることができる。この結果、フェルラ酸含有量が高く、かつ酒質に優れた酒類を製造することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−325561号公報
【特許文献2】特開2007−202504号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】コーゲ(Coghe)、外4名、ジャーナル・オブ・アグリカルチュラル・アンド・フード・ケミストリー(Journal of Agricultural and Food Chemistry)、2004年、第52巻、第602〜608ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上面発酵酵母も、噴きの主要因となる小麦麦芽も用いず、大型醸造設備に適した下面発酵酵母を用いて、ヴァイツェンビール様のフルーティー香を有する発酵麦芽飲料を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、酢酸イソアミルと4VGの含有量が、ヴァイツェンビール様のフルーティー香の指標とし得ること、及び、最終製品中の両成分の含有量をそれぞれ適当な範囲に調製することにより、小麦麦芽と上面発酵酵母を用いることなく、ヴァイツェンビール様のフルーティー香を有する発酵麦芽飲料を製造し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、本発明は、
(1) 発酵原料として大麦麦芽を用いてマイシェを調製し、当該マイシェに糖化処理を行って麦汁を調製する仕込工程と、
得られた麦汁に下面発酵酵母を接種し、発酵を行う発酵工程と、
を少なくとも有し、
3ppm以上の酢酸イソアミル及び/又は300ppb以上の4VGを含有する発酵麦芽飲料を製造することを特徴とする、発酵麦芽飲料の製造方法、
(2) 前記マイシェ中で、多糖分解酵素による酵素反応を行うことを特徴とする前記(1)に記載の発酵麦芽飲料の製造方法、
(3) 発酵原料として、さらに、発芽前の大麦を用いることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の発酵麦芽飲料の製造方法、
(4) 発酵原料中の大麦麦芽と大麦の総量に対する大麦麦芽量の割合が、25%以上であることを特徴とする前記(3)に記載の発酵麦芽飲料の製造方法、
(5) 4VGの含有量が1500ppb以下であることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれか一つに記載の発酵麦芽飲料の製造方法、
(6) 発酵原料として、さらに、ロイシン又はロイシン残基を含むアミノ酸源を用いることを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれか一つに記載の発酵麦芽飲料の製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の発酵麦芽飲料の製造方法により、大型醸造設備に適した下面発酵酵母を用いて、ヴァイツェンビール様のフルーティー香を有する発酵麦芽飲料を製造することができる。また、本発明の発酵麦芽飲料の製造方法は、小麦麦芽を原料として使用しないため、ヴァイツェンビールよりも噴き濁りが少ない発酵麦芽飲料を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】参考例1において、各麦汁中の4VG含有量(ppb)の測定結果を示した図である。
【図2】参考例2において、各麦汁中の4VG含有量(ppb)の測定結果を示した図である。
【図3】参考例1及び2において、各麦汁中のフェルラ酸と4VGをプロットした結果を示した図である。
【図4】参考例3において、各麦汁中の4VG含有量(ppb)の測定結果を示した図である。
【図5】参考例4において、各麦汁の発酵工程におけるロイシン消費量と発酵後の酢酸イソアミル含有量をプロットした結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明及び本願明細書において、発酵麦芽飲料とは、酒税法上の分類にとらわれず、麦芽を原料とし、発酵工程を経て製造される飲料を意味し、アルコール飲料であってもよく、ノンアルコール飲料であってもよい。発酵麦芽飲料としては、具体的には、ビール、麦芽を原料とする発泡酒、ローアルコール飲料、ノンアルコールビール等が挙げられる。その他、麦芽を原料とし、発酵工程を経て製造された飲料を、アルコール含有蒸留液と混和して得られたリキュール類であってもよい。なお、アルコール含有蒸留液とは、蒸留操作により得られたアルコールを含有する溶液であり、一般に蒸留酒に分類されるものを用いることができる。
【0017】
ビールや発泡酒等の発酵麦芽飲料は、通常、仕込、発酵、貯酒、濾過の工程で製造される。まず、仕込工程として、麦芽と麦芽以外の発酵原料(澱粉質)から麦汁を調製する。具体的には、まず、麦芽若しくはその破砕物、麦芽以外の発酵原料、及び原料水を仕込槽に加えて混合してマイシェを調製する。マイシェの調製は、常法により行うことができ、例えば、35〜50℃で20〜90分間保持することにより行うことができる。また、必要に応じて、麦芽と澱粉質以外にも、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、プルナラーゼ等の糖化酵素やプロテアーゼ等の酵素剤を添加することができる。その他、スパイスやハーブ類、果物等を添加してもよい。その後、当該マイシェを徐々に昇温して所定の温度で一定期間保持することにより、麦芽由来の酵素やマイシェに添加した酵素を利用して、澱粉質を糖化させる。糖化処理時の温度や時間は、用いる酵素の種類やマイシェの量、目的とする発酵麦芽飲料の品質等を考慮して、適宜決定することができ、例えば、60〜72℃にて30〜90分間保持することにより行うことができる。糖化処理後、76〜78℃で10分間程度保持した後、マイシェを麦汁濾過槽にて濾過することにより、透明な麦汁を得る。その他、麦芽の一部、大麦の一部又は全部、及び温水を仕込釜に加えて混合して調製したマイシェを、糖化処理した後、前述の仕込槽で糖化させたマイシェと混合したものを、麦汁濾過槽にて濾過することにより麦汁を得てもよい。
【0018】
ホップを用いる場合には、得られた麦汁を煮沸釜に移し、ホップを加えて煮沸する。ホップは、煮沸開始から煮沸終了前であればどの段階で混合してもよい。煮沸した麦汁を、ワールプールと呼ばれる沈殿槽に移し、煮沸により生じたホップ粕や凝固したタンパク質等を除去した後、プレートクーラーにより適切な発酵温度まで冷却する。該発酵温度は、通常8〜15℃である。
【0019】
次いで発酵工程として、冷却した麦汁に酵母を接種して、発酵タンクに移し、発酵を行う。さらに、貯酒工程として、得られた発酵液を、貯酒タンク中で熟成させ、0℃程度の低温条件下で貯蔵し安定化させた後、濾過工程として、熟成後の発酵液を濾過することにより酵母及びタンパク質等を除去して、目的の発酵麦芽飲料を得ることができる。また、酵母による発酵工程以降の工程において、例えばスピリッツと混和することにより、酒税法におけるリキュール類を製造することができる。得られた発酵麦芽飲料は、通常、充填工程により瓶詰めされて、製品として出荷される。
【0020】
発酵条件を調整することにより、アルコール生成量を減らした(すなわち、ローアルコールの)発酵麦芽飲料を製造することができる。また、発酵工程後に、逆浸透膜や蒸発等の手法によりアルコールを除去することにより、ノンアルコールの発酵麦芽飲料を得ることができる。
【0021】
麦芽以外の発酵原料として、例えば、大麦、小麦、コーンスターチ、コーングリッツ、米、こうりゃん等の澱粉原料や、液糖や砂糖等の糖質原料がある。ここで、液糖とは、澱粉質を酸又は糖化酵素により分解、糖化して製造されたものであり、主にグルコース、マルトース、マルトトリオース等が含まれている。
【0022】
本発明の発酵麦芽飲料の製造方法(以下、「本発明の製造方法」と略記することがある。)は、小麦麦芽を発酵原料として用い、かつ上面発酵酵母により発酵させて得られるヴァイツェンビール様のフルーティー香を有する発酵麦芽飲料を、小麦麦芽も上面発酵酵母も使用せずに製造することを特徴とする。つまり、本発明の製造方法においては、発酵原料として用いる麦芽は全て大麦麦芽であり、かつ、発酵工程において用いる酵母は、下面発酵酵母である。
【0023】
なお、本発明の製造方法において用いられる大麦麦芽は、一般的な製麦処理により大麦を発芽させたものを用いることができる。具体的には、収穫された大麦を、水に浸けて適度に発芽させた後、熱風により焙燥することにより、大麦麦芽を製造することができる。大麦麦芽は常法により破砕してもよい。
【0024】
ヴァイツェンビール様のフルーティー香を有する発酵麦芽飲料を製造するため、本発明者は、まず、ヴァイツェンビールの香気成分を分析し、ピルスナースタイルのビールと比較した。ピルスナービールは、下面発酵ビールの一種であり、日本で最も一般的なビールである。市販の3種類のヴァイツェンビールと、同じく市販の1種類のピルスナービールとを、測定サンプルとして用いた。なお、各成分の測定は、後記実施例及び参考例に記載の方法により行った。
【0025】
【表1】

【0026】
これらの測定結果から、各香気成分の閾値を考慮すると、酢酸イソアミルと4VGがヴァイツェンビールのフルーティーな香気の特徴であることが分かった。酢酸イソアミルは、3種いずれのヴァイツェンビールにおいても、ピルスナービールよりも3倍以上含有量が高く、4VGに関しても、ヴァイツェンビールのほうがピルスナービールよりも含有量が高いことが分かった。
【0027】
つまり、発酵麦芽飲料中の酢酸イソアミルと4VGの含有量が、ヴァイツェンビール様のフルーティー香の指標として使用し得ることがわかった。さらに研究を進めた結果、本発明者は、小麦麦芽も上面発酵酵母も使用せずに製造する場合であっても、酢酸イソアミルや4VGを通常よりも高濃度で生成させることにより、ヴァイツェンビール様のフルーティー感を高めた発酵麦芽飲料を製造し得ることを見出した。これらの知見は、本発明者によって初めて得られた知見である。
【0028】
すなわち、本発明の製造方法は、発酵原料として大麦麦芽を用いてマイシェを調製し、当該マイシェに糖化処理を行って麦汁を調製する仕込工程と、得られた麦汁に下面発酵酵母を接種し、発酵を行う発酵工程と、を少なくとも有し、3ppm以上の酢酸イソアミル及び/又は300ppb以上の4VGを含有する発酵麦芽飲料を製造することを特徴とする。
【0029】
本発明の製造方法においては、製造される発酵麦芽飲料(以下、「本発明の発酵麦芽飲料」ということがある。)中の酢酸イソアミル含有量と4VG含有量のうち少なくとも一方が、所定の濃度以上であればよい。つまり、本発明の発酵麦芽飲料中の酢酸イソアミル含有量が3ppm以上の場合には、当該発酵麦芽飲料中の4VG含有量は、300ppb未満であってもよい。同様に、本発明の発酵麦芽飲料中の4VG含有量が300ppb以上の場合には、当該発酵麦芽飲料中の酢酸イソアミル含有量は3ppm未満であってもよい。本発明の製造方法においては、よりヴァイツェンビール様のフルーティー香が強い発酵麦芽飲料を製造することができるため、酢酸イソアミル含有量3ppm以上であり、かつ4VG含有量が300ppb以上である発酵麦芽飲料を製造することが好ましい。
【0030】
本発明の発酵麦芽飲料中の酢酸イソアミル含有量は4ppm以上、4VG含有量は500ppb以上であることがより好ましい。特に、酢酸イソアミル含有量を、例えば4〜8ppmとすることにより、非常に良好なヴァイツェンビール様のフルーティー香を有する発酵麦芽飲料を製造することができる。
【0031】
4VGは、含有量が多い場合、フェノリックな臭いを有する。このため、例えば、本発明の発酵麦芽飲料中の4VG含有量を1500ppb以下とすることにより、フェノリック臭が発酵麦芽飲料に付与されることを抑制することができる。
【0032】
酢酸イソアミルは、イソアミルアルコールとアセチルCoAのアシル基を基質として生成される。イソアミルアルコールは、ロイシンが酵母に資化される途中の段階で生成されるため、例えば、発酵中のロイシン消費量を高めることによって、発酵麦芽飲料中の酢酸イソアミル含有量を高めることができる。発酵中のロイシン消費量は、ロイシン含有量の高い麦汁を発酵に用いることや、エステル生成が活発な条件で発酵を行うこと、ロイシンに対する資化性の高い下面発酵酵母を使用すること等によって、高めることができる。例えば、発酵温度を10℃よりも高くすることや、発酵させる麦汁を高濃度にすること等により、エステル生成が活発な条件で発酵を行うことができる。
【0033】
ロイシン含有量の高い麦汁は、例えば、ロイシン又はロイシン残基を含むアミノ酸源を発酵原料として用いることによって調製することができる。ロイシン残基を含むアミノ酸源としては、ロイシンを含むタンパク質やその分解物等が挙げられる。タンパク質分解物は、ロイシン含有量が比較的高いタンパク質の分解物であることが好ましいが、植物由来、動物由来又は微生物由来のいずれのタンパク分解物でもよい。タンパク分解物は、例えば、原料となる植物等の組織や培養液から、抽出・精製分離後、熱や圧力による分解、酸やアルカリによる分解、酵素による分解等を行うことにより得られたものを用いることができる。
【0034】
ロイシン又はロイシン残基を含むアミノ酸源は、仕込工程において、麦芽等の他の発酵原料と同時にマイシェへ添加してもよく、仕込工程終了後、酵母を接種する前の麦汁へ添加してもよく、発酵開始後の麦汁に添加してもよい。
【0035】
4VGは、細胞壁のアラビノキシラン層から遊離したフェルラ酸が、煮沸中に脱炭酸されることで生成することが明らかとなっている。実際に、後記参考例1及び2に示すように、麦汁中のフェルラ酸量が多いほど、4VG生成量が増大することが確認された(図3)。このため、例えば、マイシェ中で、多糖分解酵素による酵素反応を行い、アラビノキシラン層からより多くのフェルラ酸を遊離させることによって、発酵麦芽飲料中の4VG含有量を高めることができる。このような多糖分解酵素としては、例えば、グルカナーゼ、キシラナーゼ、エステラーゼ等が挙げられ、これらの酵素活性は単独又は共存している場合がある。また、これらの酵素は併用してもよい。なお、多糖分解酵素による酵素反応は、マイシェに酵素を添加しておき、当該マイシェを当該酵素の至適温度付近で一定時間保持することにより、糖化処理と同時に行うことができる。また、マイシェに添加する多糖分解酵素の量は、使用する酵素の種類、活性度、反応温度等を考慮して、適宜決定することができる。
【0036】
発酵麦芽飲料中の4VG含有量は、タンパク質休止の時間の長さを長くすることによっても、高めることができる。タンパク休止とは、麦芽由来の酵素や添加した酵素剤由来の酵素によって、主に原材料中のタンパク質を分解する工程である。具体的には、40℃〜60℃の範囲の温度帯で30分〜120分保持する工程をさす。
【0037】
好ましいタンパク休止時間は、発酵原料の種類や量、糖化処理の温度等を考慮して、適宜決定することができる。本発明の製造方法においては、タンパク休止時間が60分間以上であることが好ましく、90分間以上であることがより好ましく、120分間以上であることがさらに好ましい。
【0038】
また、発酵原料として、大麦麦芽に加えてさらに発芽前の大麦を用いる場合には、発酵原料中の大麦麦芽と発芽前の大麦との総量に対する大麦麦芽の割合(麦芽使用比率)が、高いほうが好ましい。麦芽使用比率は、使用する麦芽の品種や産地、収穫年度、その他に使用する澱粉質の種類や添加量等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、25%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましい。
【0039】
発酵原料として用いられる発芽前の大麦は、可食性の任意の品種の大麦を用いることができるが、麦芽の製造に用いられている品種の大麦であることが好ましい。また、未精白のものであってもよく、精白されたものであってもよい。ポリフェノール等の渋味成分や雑味成分は、大麦穀皮等に多く含まれているため、大麦穀皮が除去されている精白された大麦であることがより好ましい。さらに、糖化酵素による糖化がなされ易いため、粉砕大麦や大麦押麦であることが好ましく、大麦押麦をさらに粉砕したものであることも好ましい。ここで、粉砕大麦は、未精白又は精白された大麦を粉砕したものであり、大麦押麦は、未精白又は精白された大麦を、蒸気で加熱した後に圧扁したものである。
【0040】
本発明の製造方法は、小麦麦芽と上面発酵酵母を用いない点と、製造される発酵麦芽飲料中の酢酸イソアミル含有量又は4VG含有量を所定の濃度以上にするために行う前述の処理以外は、通常、発酵麦芽飲料を製造する際に行われる工程と同様の工程により行うことができる。
【実施例】
【0041】
次に実施例及び参考例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等に限定されるものではない。
【0042】
[参考例1]
麦芽使用比率を50%とし、様々な濃度のグルカナーゼを添加して調製したマイシェに対して、500mLスケールの自動糖化装置を用いて、シングルインフュージョン法により仕込工程を行い、得られた麦汁中の4VG含有量及びフェルラ酸含有量を測定した。
具体的には、500mLスケールの自動糖化装置の仕込槽に、50gの大麦麦芽の粉砕物と、50gの粉砕大麦と、300mLの原料水とを添加して混合し、マイシェを調製した。このマイシェに、穀物粉砕物(大麦麦芽と大麦の総量)1kgに対して、0、0.5、1、1.5、2gとなるように、グルカナーゼをそれぞれ添加した後、50℃でタンパク休止時間を60分間として、糖化処理を行った。
【0043】
得られた麦汁中のフェルラ酸量を、HPLCを用いて測定した。次いで、麦汁を100℃で60分間加熱して温度負荷をかけて、4VGを生成させた。その後、麦汁をガスクロマトグラフィー/質量分析(GC/MS)法を用いて分析し、4VG含有量を測定した。
【0044】
各麦汁中の4VG含有量(ppb)の測定結果を図1に示す。この結果、マイシェへのグルカナーゼの添加量が多くなるほど、麦汁中の4VG含有量が高くなることがわかった。
【0045】
[参考例2]
麦芽使用比率が異なるマイシェを調製して仕込工程を行い、得られた麦汁中の4VG含有量及びフェルラ酸含有量を測定した。
具体的には、大麦麦芽と粉砕大麦の配合量が表2に記載の量となるように調製した5種類のマイシェを調製した。これらのマイシェに、穀物粉砕物(大麦麦芽と大麦の総量)1kgに対して1gのグルカナーゼ(1g/kg粉砕物)を添加し、500mLスケールの自動糖化装置を用いて、参考例1と同様にして、仕込工程を行い、得られた麦汁中のフェルラ酸含有量及び4VG含有量を測定した。
【0046】
【表2】

【0047】
各麦汁中の4VG含有量(ppb)の測定結果を図2に示す。この結果、麦芽使用比率が高くなるほど、麦汁中の4VG含有量が高くなることがわかった。
【0048】
また、参考例1及び2において調製した全10種の麦汁中のフェルラ酸と4VGを、それぞれプロットし、近似曲線を作成した。各麦汁中のフェルラ酸と4VGをプロットした結果を図3に示す。この結果、フェルラ酸濃度と4VG生成量に相関関係があることが認められた。
【0049】
[参考例3]
麦芽使用比率を50%とし、グルカナーゼ(1g/kg粉砕物)を添加したマイシェに対して、反応時間を変更した仕込試験を実施し、得られた麦汁中の4VG含有量及びフェルラ酸含有量を測定した。
具体的には、500mLスケールの自動糖化装置の仕込槽に、50gの大麦麦芽の粉砕物と、50gの粉砕大麦と、300mLの原料水とを添加して混合し、マイシェを調製した。このマイシェに、穀物粉砕物(大麦麦芽と大麦の総量)1kgに対して1gのグルカナーゼ(1g/kg粉砕物)を添加した後、50℃でタンパク休止時間を60、90、又は120分間として、それぞれ糖化処理を行った。得られた麦汁中のフェルラ酸含有量及び4VG含有量を、参考例1と同様にして測定した。
各麦汁中の4VG含有量(ppb)の測定結果を図4に示す。この結果、タンパク休止時間が長くなるほど、麦汁中の4VG含有量が高くなることがわかった。
【0050】
[参考例4]
常法により調製した麦汁に様々な濃度のロイシンを添加して、発酵中のロイシン消費量と酢酸イソアミルの生成量の関係を調べた。
具体的には、当社で一般的な麦汁4Lを採取し、当該濃度になるようにL−ロイシン(味の素社製)を添加して、ロイシン含有量測定のためのサンプル(発酵前サンプル)とした。次いで、この冷却済み麦汁4Lに、下面発酵酵母を接種し、13℃で7日間発酵させた。発酵後の発酵液の一部を採取し、ロイシン含有量測定のためのサンプル(発酵後サンプル)とした。
【0051】
各サンプル中のロイシン含有量を測定し、各麦汁の発酵前サンプル中のロイシン含有量から発酵後サンプル中のロイシン含有量を差し引いた値を、ロイシン消費量(mg/100mL)とした。各サンプル中のロイシン含有量は、L−8800A Amino Acid Analyzar(HITACHI社製)によって測定した。
また、発酵後サンプル中の酢酸イソアミル量を、ビール分析の国際基準とされているEBC(European Brewery Convention)のAnalytica−EBC標準法に準じて、GCを用いて測定した。
【0052】
各麦汁の発酵工程におけるロイシン消費量と発酵後の酢酸イソアミル含有量をプロットした結果を図5に示す。この結果から、発酵中のロイシン消費量と酢酸イソアミルの生成量には、強い相関関係が認められた。
【0053】
[実施例1]
発酵麦芽飲料中の酢酸イソアミル含有量及び4VG含有量と、ヴァイツェンビール様のフルーティー香の強さとの関係を調べた。
まず、本発明の製造方法により、発酵麦芽飲料を製造した。具体的には、20kgの大麦麦芽の粉砕物と、20kgの粉砕大麦と、100Lの原料水とを添加して混合し、マイシェを調製した。このマイシェに、穀物粉砕物(大麦麦芽と大麦の総量)1kgに対して1gのグルカナーゼ(1g/kg粉砕物)を添加した後、50℃でタンパク休止時間を60分間として、糖化処理を行って麦汁を得た。得られた麦汁に80gのホップを添加して100℃で60分間煮沸した。その後、当該麦汁中の沈殿物を除去した後、8℃まで冷却した。この冷却済み麦汁に、下面発酵酵母を接種し、7日間発酵させた。さらに、貯酒工程として、得られた発酵液を、貯酒タンク中で7日間熟成させ、0℃程度の低温条件下で貯蔵し安定化させた後、濾過工程として、熟成後の発酵液を濾過することにより酵母及びタンパク質等を除去して、目的の発酵麦芽飲料(試作品A)を得た。
【0054】
一方、市販のピルスナービールAに、酢酸イソアミルの標品(三栄源社製)を、酢酸イソアミル濃度が3.0ppmとなるように添加した発酵麦芽飲料を試作品Bとし、同じく市販のピルスナービールAに、4VGの標品(三栄源社製)を、4VG濃度が300ppbとなるように添加した発酵麦芽飲料を試作品Cとし、同じく市販のピルスナービールAに、酢酸イソアミルの標品(三栄源社製)を、酢酸イソアミル濃度が3.0ppm、4VGの標品(三栄源社製)を、4VG濃度が300ppbとなるように添加した発酵麦芽飲料を試作品Dとした。なお、ピルスナービールAは、表1に示す香気成分の測定結果を得るための測定試料として用いたビールと同種のものである。
【0055】
ピルスナービールAと試作品A〜C中の香気成分を分析した。各成分の測定は、ビール分析の国際基準とされているEBC(European Brewery Convention)のAnalytica−EBC標準法に準じて、GCを用いて行った。分析結果を表3に示す。
【0056】
【表3】

【0057】
これら4種の発酵麦芽飲料のヴァイツェンビール様のフルーティー香に対する官能検査を、訓練されたビール専門パネル9名で行った。具体的には、2種類の発酵麦芽飲料を飲み比べ、どちらのヴァイツェンビール様のフルーティー香が強いかを評価した。
この結果、試作品BとピルスナーAとを比較したところ、9名のうち7名が、試作品Bのほうがヴァイツェンビール様のフルーティー香が強いと評価した。
同様に、試作品CとピルスナーAとを比較したところ、9名のうち7名が、試作品Cのほうがヴァイツェンビール様のフルーティー香が強いと評価した。
同様に、試作品DとピルスナーAとを比較したところ、9名全員が、試作品Dのほうがヴァイツェンビール様のフルーティー香が強い、と評価した。
同様に、試作品Aと試作品Dとを比較したところ、9名のうち7名が、試作品Aのほうがヴァイツェンビール様のフルーティー香が強いと評価した。
これらの結果から、発酵麦芽飲料中の酢酸イソアミル含有量と4VG含有量の少なくともいずれか一方を、所定の濃度以上とすることにより、ヴァイツェンビール様のフルーティー香を付与させることができること、及び酢酸イソアミル含有量と4VG含有量の両者を所定の濃度以上とすることにより、より強いヴァイツェンビール様のフルーティー香を有する発酵麦芽飲料を製造し得ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の発酵麦芽飲料の製造方法は、大型醸造設備に適した下面発酵酵母を用いて、噴き濁りが少なく、かつヴァイツェンビール様のフルーティー香を有する発酵麦芽飲料を製造できるため、ビールや発泡酒、清涼飲料水等の製造分野で利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵原料として大麦麦芽を用いてマイシェを調製し、当該マイシェに糖化処理を行って麦汁を調製する仕込工程と、
得られた麦汁に下面発酵酵母を接種し、発酵を行う発酵工程と、
を少なくとも有し、
3ppm以上の酢酸イソアミル及び/又は300ppb以上の4VGを含有する発酵麦芽飲料を製造することを特徴とする、発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項2】
前記マイシェ中で、多糖分解酵素による酵素反応を行うことを特徴とする請求項1に記載の発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項3】
発酵原料として、さらに、発芽前の大麦を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載の発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項4】
発酵原料中の大麦麦芽と大麦の総量に対する大麦麦芽量の割合が、25%以上であることを特徴とする請求項3に記載の発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項5】
4VGの含有量が1500ppb以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項6】
発酵原料として、さらに、ロイシン又はロイシン残基を含むアミノ酸源を用いることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の発酵麦芽飲料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−38(P2012−38A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−136801(P2010−136801)
【出願日】平成22年6月16日(2010.6.16)
【出願人】(311007202)アサヒビール株式会社 (36)