説明

白金族元素の分離回収方法

【課題】非鉄金属製錬工程や白金族元素含有物の処理工程において発生する低濃度の白金族元素と高濃度の不純物元素とが共存する白金族元素の含有溶液から、全ての種類の白金族元素を濃縮物として高収率且つ経済的に分離回収する方法を提供すること。
【解決手段】本発明の白金族元素の分離回収方法は、白金族元素含有物から、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンと、の錯塩形成を妨げる元素を分離除去した後、上記分離除去後の白金族元素含有物の塩酸溶液と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンであって、且つ、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と錯塩を形成可能なイオンの塩と、を混合することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非鉄金属製錬工程や白金族元素含有物の処理工程において発生する低濃度の白金族元素と高濃度の不純物元素とが共存する白金族元素の含有溶液から、全ての種類の白金族元素を濃縮物として高収率で分離回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白金族元素は、触媒能に優れ、工業的に利用価値の高い希少金属原料であり、近年では、燃料電池、排ガス浄化等の触媒として利用されている。鉱石に含まれる白金族元素は極微量であり、資源的に希少であることから、工業的に利用される白金族元素の大部分が、銅製錬における電解精製過程で発生する銅電解スライム、白金族元素を使用する工場において副次的に発生する廃棄物や廃液、白金族元素を含有する使用済触媒等から回収されている。これらの中でも、銅電解スライムから白金族元素を分離回収する方法については、種々提案されている。
【0003】
銅電解スライムから白金族元素を分離回収する方法は、乾式製錬及び電解を経由する乾式法と、直接ハロゲン化物により白金族元素を浸出させる湿式法に大別される。近年では、亜硫酸ガスの発生、高温熔体を取り扱う作業、高いエネルギー消費量、低い分離効率等の問題を有する乾式法から、湿式法に移行しつつある。これまで、本願発明者は、湿式法における白金族元素の分離回収法として、銅電解スライムの塩素浸出液から金を分離した白金族元素、セレン、テルル、銅を含有する水溶液をポリアミン型アニオン交換樹脂と接触させ、白金族元素を該樹脂に吸着させることで分離する方法を報告している(特許文献1)。また、本願発明者は、水に懸濁した銅電解スライムから、塩素により金、白金族元素、セレン、テルル、銅を浸出させ、該浸出液から、ジブチルカルビトールにより金を抽出させ、トリメチルアンモニウムクロライドとリン酸トリブチルとの混合物により白金族元素を抽出させて分離する方法を報告している(特許文献2)。これらの方法によれば、白金族元素のうち、白金、パラジウム、ロジウム及びルテニウムについて回収することができる。
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載された方法では、白金族元素と樹脂との親和力が極めて強く、白金とパラジウムとは溶離による分離が可能であるものの、その他の元素は樹脂中に残留するため、樹脂中に十分な白金族元素が蓄積した時点で、加熱、焙焼等により樹脂を分解して、焙焼残渣から白金族元素を再度、浸出させて回収する必要があった。また、樹脂による分離回収法によれば、極微量の白金族元素に対して、過剰容量の樹脂塔を必要とするため、設備投資の負担が大きく、樹脂の交換や分解にも費用を要する。
【0005】
特許文献2に記載された方法では、抽出溶媒と白金族元素の親和力が極めて強いため、溶媒抽出分野において一般的に用いられている逆抽出法では、白金族元素を分離回収することができず、抽出溶媒と白金族元素のクロロ錯体との結合を断ち切るために、強還元剤により白金族元素を還元し、抽出溶媒中から微細な金属粉として白金族元素を分離回収する必要があり、操作が煩雑であった。また、分離回収には、過剰量の溶媒が必要であるため、上記樹脂による分離回収法と同様に、費用がかかる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−131745号公報
【特許文献2】特開2000−178664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、非鉄金属製錬工程や白金族元素含有物の処理工程において発生する低濃度の白金族元素と高濃度の不純物元素とが共存する白金族元素の含有溶液から、全ての種類の白金族元素を濃縮物として高収率且つ経済的に分離回収する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らが鋭意研究を重ねたところ、銅製錬工程等で発生する白金族元素含有物からある特定の不純物元素を分離除去した後、該分離除去後の白金族元素含有物の塩酸溶液と、ある特定のイオンの塩とを混合することで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明では、以下のようなものを提供する。
【0009】
(1)白金族元素含有物から、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンと、の錯塩形成を妨げる元素を分離除去した後、上記分離除去後の白金族元素含有物の塩酸溶液と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンであって、且つ、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と錯塩を形成可能なイオンの塩と、を混合することを特徴とする白金族元素の分離回収方法。
【0010】
(2)上記カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンであって、且つ、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と錯塩を形成可能なイオンは、アンモニウムイオン、ヒドラジニウムイオン、エチレンジアミンイオン、又はアルカリ金属イオンである(1)に記載の白金族元素の分離回収方法。
【0011】
(3)上記アルカリ金属イオンは、セシウムイオンである(2)に記載の白金族元素の分離回収方法。
【0012】
(4)上記塩酸溶液は、上記白金族元素含有物を酸化剤の存在下で酸処理し、該酸処理により得られる浸出残渣を酸化剤の存在下でアルカリ処理し、該アルカリ処理により得られる浸出残渣を酸化剤の存在下で塩酸処理して得られる浸出液である(1)〜(3)いずれかに記載の白金族元素の分離回収方法。
【0013】
(5)上記酸処理は、硫酸により行われる(4)に記載の白金族元素の分離回収方法。
【0014】
(6)上記酸処理により得られる浸出液は、銅、砒素、テルル及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種以上の金属を含む(4)又は(5)に記載の白金族元素の分離回収方法。
【0015】
(7)上記アルカリ処理により得られる浸出液は、砒素、セレン及びテルルからなる群から選択される少なくとも1種以上の金属を含む(4)又は(5)に記載の白金族元素の分離回収方法。
【0016】
(8)上記塩酸処理により得られる浸出液は、白金族元素を含む(4)又は(5)に記載の白金族元素の分離回収方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、非鉄金属製錬工程や白金族元素含有物の処理工程において発生する低濃度の白金族元素と高濃度の不純物元素とが共存する白金族元素の含有溶液から、全ての種類の白金族元素を濃縮物として高収率且つ経済的に分離回収することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の具体的な実施形態について、詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0019】
本発明の白金族元素の分離回収方法は、白金族元素含有物から、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンと、の錯塩形成を妨げる元素を分離除去した後、上記分離除去後の白金族元素含有物の塩酸溶液と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンであって、且つ、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と錯塩を形成可能なイオンの塩と、を混合することを特徴とする。本発明の方法では、白金族元素を濃縮物として分離回収するために、白金族元素含有物の塩酸溶液と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンであって、且つ、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と錯塩を形成可能なイオンの塩と、を混合する。そして、より高収率での分離回収を実現するために、上記イオンの塩との混合前に、白金族元素含有物から、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンと、の錯塩形成を妨げる元素を分離除去する。本発明の方法では、コストの低減化を実現するために、従来法のような白金族元素と強力な結合を形成しやすい溶媒やイオン交換樹脂等の分離媒体を必要としない方法を採用した。
【0020】
本発明の方法を適用する白金族元素含有物としては、例えば、銅製錬における銅電解スライムやその処理物、白金族鉱物から白金族元素を分離して濃縮する過程で発生する中間物、白金族元素を精製、回収する工場や白金族元素を使用する工場から副次的に発生する廃棄物や廃水の沈殿物等が挙げられる。
【0021】
本発明の方法では、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンと、で水に溶解し難い錯塩を形成させることにより、白金族元素を選択的に分離することができる。式(1)に、白金族元素のクロロ錯塩の形成反応を示す。式(1)において、Mは白金族元素、Bはカリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有するアルカリ金属イオンである。
【0022】
【化1】

【0023】
4価の白金族元素イオンに塩化物イオンが6配位したクロロ錯体([MCl2−)は、巨大な陰イオンであり、かかる陰イオンと同程度の大きさのイオン半径を有する陽イオン、すなわち、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンと水に溶解し難い錯塩を形成する。カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンとしては、アルカリ金属イオンが好ましく、例えば、カリウムイオン、セシウムイオン、ルビジウムイオン、フランシウムイオン等が挙げられる。これらの中でも、セシウムイオンが、白金族元素の収率が良く、また、分離回収した白金族元素の結晶やその母液を還元することにより、塩化セシウムとして再生することができ、再利用可能で経済性に優れる点において好ましい。なお、アルカリ金属イオンではないが、アンモニウムイオン、ヒドラジニウムイオン、及びエチレンジアミンイオンも、上記[MCl2−で表されるクロロ錯体と同程度の大きさのイオン半径を有する陽イオンであるため、安定した白金族元素のクロロ錯塩を形成することができる。
【0024】
本発明の方法では、上記錯塩形成前に、該錯塩形成を妨げる元素をあらかじめ白金族元素含有物から分離除去する。一例として、白金族元素含有物が銅電解スライムである場合について説明する。白金族元素含有物である銅電解スライム中には、銅、鉛、セレン、テルル等の多くの不純物元素が存在するが、これら不純物元素の大部分の陽イオンは、上記式(1)の反応を阻害する。銅電解スライムの主成分である銅では、下記式(2)に示すイオン交換反応が進行する。
【0025】
【化2】

【0026】
Cu[MCl]は、B[MCl]よりも溶解度が高く、Cu[MCl]が生成すると、結果的に白金族元素を錯塩の結晶として分離することができなくなる、又は、白金族元素の収率の著しい低下を招く。そこで、白金族元素の錯塩の形成を促進するためには、白金族元素を浸出させる前に、銅電解スライム中の不純物元素を分離する必要がある。
【0027】
白金族元素含有物から錯塩形成を妨げる不純物元素を除去する方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができるが、処理コストを最小限にするためには、少ない処理工程数でできるだけ多くの種類の元素を選択的に、且つ、確実に分離除去できることが好ましい。また、不純物元素の分離除去時に白金族元素の損失を最小限に抑えることも重要である。これらの要件を満たす方法としては、例えば、上記白金族元素含有物を酸化剤の存在下で酸処理し、該酸処理により得られる浸出残渣を酸化剤の存在下でアルカリ処理する方法が挙げられる。この方法によれば、2工程で白金族元素含有物中に含まれるほぼ全ての不純物元素を除去することができ、また、白金族元素の損失もほとんど生じない。なお、上記塩酸溶液は、上記アルカリ処理により得られる浸出残渣を塩酸処理することにより得ることができる。
【0028】
[酸処理]
本発明の方法では、白金族元素含有物から錯塩の形成を妨げる不純物元素を除去するために、白金族元素含有物を酸化剤の存在下で酸処理することが好ましい。酸処理には、例えば、硫酸、塩酸、リン酸、スルファミン酸等の溶液を用いることができ、これらの中でも、除去対象となる不純物元素と難溶性の塩を形成し難く、また、安価で大量に入手可能であり、更に、環境負荷が低いという点において、硫酸が好ましい。硫酸を用いる場合、その濃度は金属状の銅に対して1mol/L以上であることを要する。ただし、硫酸の濃度は、高いほど硫酸銅の溶解度が低下し、銅電解スライム粒子上に結晶が析出し、反応速度が低下する場合がある。
【0029】
酸化剤としては、特に限定されないが、硫酸イオンと錯形成しやすいルテニウムの損失を最少にするため、極力緩和な酸化剤が好ましく、空気、酸素、又は過酸化水素により酸化することが好ましい。反応速度は速く、常温でも反応は進行するが、より迅速に反応させるため、60〜90℃程度に加温することが好ましい。反応の終点は、反応溶液の酸化還元電位(対銀/塩化銀電極)が最大となる点であり、液性にも依存するが、通常、400〜500mVである。
【0030】
この酸処理により、例えば、白金族元素含有物が銅電解スライムの場合、金属銅やその化合物、砒素銅、テルル銅が溶解する結果、ヒ素、テルルの多くが浸出される。また、ニッケルを含有する場合には、同時に浸出される。なお、銅の含有量が多い場合、硫酸銅の結晶の残留を避けるため、残渣は十分に水洗する必要がある。
【0031】
[アルカリ処理]
本発明の方法では、白金族元素含有物から白金族元素の錯塩の形成を妨げる不純物元素を除去するために、酸処理により得られる浸出残渣を酸化剤の存在下でアルカリ処理することが好ましい。アルカリの種類は、アルカリ金属の水酸化物であれば、特に限定されるものではないが、水酸化ナトリウムが、安価である点において好ましい。水酸化ナトリウムを用いる場合、水酸化ナトリウム濃度は、セレン、テルルに対して2倍モル、砒素に対して3倍モル以上は必要であるが、必要最低濃度では反応速度が遅く、また、高濃度領域では、テルル酸ナトリウムの結晶が析出するため、4〜8mol/Lであることが好ましい。
【0032】
酸化剤としては、緩和なものが好ましく、例えば、空気、酸素により酸化することが好ましい。強力に酸化すると、ルテニウムや白金がそれぞれルテニウム酸アルカリ、白金酸アルカリとして溶解し、損失を生じるからである。ただし、反応速度が遅い場合には、反応溶液の酸化還元電位(対銀/塩化銀電極)が常にマイナス領域に維持される速度であれば、次亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸ナトリウム等の強酸化剤を添加してもよい。なお、過酸化水素は、アルカリ性で自己分解するため好ましくない。反応温度は反応促進のため、60〜90℃の範囲内であることが好ましい。反応の終点は、空気、酸素を使用した場合には、反応溶液の酸化還元電位(対銀/塩化銀電極)が最大となる点であるが、硫酸による浸出以上に液性の影響を強く受けるため、ばらつきは大きく−400〜−200mV付近である。したがって、酸化剤を使用した場合は、−200mVを目標に酸化剤を添加するとよい。
【0033】
このアルカリ処理により、少なくともセレン、テルル及び砒素を浸出させることができる。濾過により固液分離した後、テルル酸ナトリウムの結晶が析出した場合には、残渣を十分に水洗する必要がある。アルカリで溶出する元素の大部分は陰イオンを形成する元素であるため、式(2)のようにクロロ錯塩の結晶の形成を直接阻害しないが、これらの元素を除去することにより、後の塩酸浸出液の減容化が可能となり、結晶化時の母液への溶解損失を減少させることができる。損失量は、溶解度と液量の積で決定されるためである。
【0034】
[塩酸処理]
本発明の方法では、錯塩の形成を妨げる不純物元素が含まれていない白金族元素含有物の浸出液を得るために、例えば、上記アルカリ処理により得られる浸出残渣を、酸化剤の存在下で塩酸処理する。この塩酸処理によれば、非常に溶解速度の遅い白金族元素が溶解し、該溶解した白金族元素が全て4価の白金族元素イオンとなり、該白金族元素イオンに塩化物イオンが6配位したクロロ錯体が形成される。そして、上記アルカリ処理により得られる浸出残渣に残留した白金族元素のほぼ全てが、塩酸溶液中に浸出される。塩酸濃度は、6配位のクロロ錯体形成のために、3mol/L以上であることを要し、6mol/L以上であることが好ましい。
【0035】
酸化剤としては、特に限定されるものではなく、例えば、塩素、過酸化水素等を用いることができる。ただし、ナトリウムよりもイオン半径の小さいアルカリ金属は、上記式(2)の反応により錯塩の溶解度を増加させるため、次亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸ナトリウム、塩素酸ナトリウム等のナトリウム化合物の多量使用は極力避けることが好ましい。本発明の方法では、浸出反応を確実に進め、浸出液中の白金族元素の全てを4価に酸化させ、4価の白金族元素イオンに塩化物イオンが6配位したクロロ錯体を形成させるため、80〜90℃の温度範囲にて、反応溶液の酸化還元電位(対銀/塩化銀電極)が最大値を示した後、酸化剤を添加しながら最大値付近の値を3時間以上維持させることが好ましい。なお、反応の終点の酸化還元電位(対銀/塩化銀電極)は、通常、800〜1200mVである。
【0036】
この塩酸処理により、白金族元素の他に、金、アンチモン、ビスマス等が浸出され、銀の全量及び鉛の大部分は残渣として残留する。なお、白金族元素とともに浸出される不純物元素は、錯陰イオン(陰イオンを形成している錯体)を形成し、陽イオン交換反応が起こらないため、白金族元素の収率には影響を与えない。
【0037】
[白金族元素の回収]
本発明の方法では、上記のように、錯塩の形成を妨げる元素を分離除去した白金族元素含有物の塩酸溶液と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンであって、且つ、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と錯塩を形成可能なイオンの塩と、を混合し、水に溶解し難い錯塩を形成させることにより、白金族元素を選択的に分離して回収する。錯体を形成させるために、塩化セシウムを用いる場合、混合の形態は、結晶であっても液体であってもよい。塩化セシウムは、白金族元素の錯陰イオンの結晶析出が終了するまで添加する必要がある。終点は、浸出液の濁りがなくなることにより確認することができる。塩化セシウムによれば、セシウムイオンの共通イオン効果により、白金族元素のクロロ錯体のセシウム塩の溶解度を、水に対する溶解度よりもかなり低い濃度まで下げることができる。なお、回収された白金族元素のクロロ錯塩は、付着する不純物元素を分離するために洗浄を行ってもよい。洗浄する場合には、白金族元素の溶解度の上昇を防ぐため、塩化セシウムを100g/L程度含有する水溶液を用いることが好ましい。
【0038】
本発明の方法によれば、白金、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、イリジウム及びオスミウムの全ての種類の白金族元素を高収率で回収することができる。そして、回収された白金族元素の結晶は、白金族元素の高濃度の濃縮物として、定法に従い、原料としてそのまま使用することができる。なお、一般的には、還元後、白金族金属混合物として分離する、又は水酸化アルカリで加水分解した後、白金族混合水酸化物にして使用する。本発明の方法では、同時にセシウムも母液に浸出させて回収することができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの記載に何ら制限を受けるものではない。
【0040】
表1に示す組成を有する銅電解スライムを試験試料として用いた。
【0041】
【表1】

【0042】
<工程(1)>
上記銅電解スライムの乾燥物300gを2mol/Lの硫酸1500mL中に懸濁し、混合しながら60℃まで加温した。得られたスラリーを60℃に保持しながら、このスラリーの酸化還元電位(対銀/塩化銀電極)が最大となり、平衡に達するまで30%過酸化水素水を添加した。なお、上記スラリーの酸化還元電位の最大値は454mVであり、30%過酸化水素水の添加量は184mLであった。次いで、このスラリーを吸引濾過にて固液分離し、濾液と残渣とを得た。得られた残渣は、洗浄液(水)が無色になるまで洗浄した。そして、濾液及び洗浄液中の白金族元素の同定及び定量をICP−MSにより分析し、白金族元素以外の元素の同定及び定量をICP−AESにより分析した。結果を表2に示す。なお、得られた浸出液(濾液+洗浄液)の量は、2210mLであった。また、得られた残渣(洗浄後)は231g(湿重量)であった。
【0043】
<工程(2)>
工程(1)で得られた洗浄後の残渣231g(湿重量)を6mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液1500mL中に懸濁し、混合しながら80℃まで加温した。得られたスラリーを80℃に保持しながら、このスラリーの酸化還元電位(対銀/塩化銀電極)が−200mVとなるように、25%亜塩素酸ナトリウム水溶液を添加した。なお、25%亜塩素酸ナトリウム水溶液の添加量は169mLであった。次いで、このスラリーを吸引濾過にて固液分離し、濾液と残渣とを得た。得られた残渣は、洗浄液(水)が無色になるまで洗浄した。そして、濾液及び洗浄液中の白金族元素の同定及び定量をICP−MSにより分析し、白金族元素以外の元素の同定及び定量をICP−AESにより分析した。結果を表2に示す。なお、得られた浸出液(濾液+洗浄液)の量は3110mL(濾液:1270mL,洗浄液:1840mL)であった。また、得られた残渣(洗浄後)は133g(湿重量)であった。
【0044】
なお、工程(1)及び工程(2)の処理により浸出した一部の元素については、次式により、浸出率を算出した。
浸出率(%)=浸出した元素の重量/(浸出した元素の重量+残渣中の元素の重量)×100
【0045】
<工程(3)>
工程(2)で得られた洗浄後の残渣329g(湿重量)を9mol/Lの塩酸500mLに懸濁し、混合しながら80℃まで加温した。得られたスラリーを80℃に保持しながら、このスラリーの酸化還元電位(対銀/塩化銀電極)が最大となるように、30%過酸化水素水を添加した。なお、このスラリーの酸化還元電位の最大値は997mVであった。そして、酸化還元電位を997mVに3時間維持した後、このスラリーを吸引濾過にて固液分離し、濾液と残渣とを得た。得られた残渣は、洗浄液(水)が無色になるまで洗浄した。そして、濾液及び洗浄液中の白金族元素の同定及び定量をICP−MSにより分析し、白金族元素以外の元素の同定及び定量をICP−AESにより分析した。結果を表2に示す。なお、得られた濾液の量は530mLであり、洗浄液の量は375mLであった。また、得られた残渣(洗浄後)は44.8g(乾燥重量)であった。
【0046】
<工程(4)>
工程(3)で得られた濾液530mLに、褐色の沈澱(結晶)が生成しなくなるまで塩化セシウムを添加(添加量:181g)した後、吸引濾過にて固液分離し、濾液と結晶とを得た。そして、得られた結晶は、洗浄液が無色になるまで洗浄した。洗浄液には、0.6mol/Lの塩化セシウムを含む1mol/Lの塩酸を用いた。得られた濾液、洗浄後の結晶、洗浄液のそれぞれに含まれる白金族元素の同定及び定量をICP−MSにより分析し、白金族元素以外の元素の同定及び定量をICP−AESにより分析し、結晶化率を算出した。なお、得られた濾液の量は109mLであり、洗浄液の量は23mLであった。また、得られた結晶は10.5g(乾燥重量)であった。
【0047】
なお、結晶化率は、次式により算出した。
結晶化率(%)=結晶中の白金族元素の重量/(結晶中の白金族元素の重量+濾液中の白金族元素の重量+洗浄液中の白金族元素の重量)×100
【0048】
【表2】

【0049】
硫酸を用いた酸処理により、銅が93%、砒素が70%、テルルが27%浸出された。これに対して、白金族元素では、ルテニウムが0.008g/L浸出されたものの、他の白金族元素は、いずれも定量限界未満又は検出限界未満であり、浸出は確認できなかった。
【0050】
水酸化ナトリウムを用いたアルカリ処理により、砒素が28%、セレンが48%浸出された。これに対して、白金族元素では、白金が0.003g/L浸出されたものの、他の白金族元素は、いずれも定量限界未満又は検出限界未満であり、浸出は確認できなかった。得られた残渣は、133g(湿重量)であり、アルカリ処理により、大きな減量が確認された。
【0051】
各白金族元素の結晶化率は、パラジウムが99.8%以上(濾液及び洗浄液におけるパラジウムの分析値が定量限界未満)、白金が97.8%、ルテニウムが96.1%、ロジウムが95.0%以上(濾液及び洗浄液におけるロジウムの分析値が定量限界未満)であり、いずれも高収率で回収されることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金族元素含有物から、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンと、の錯塩形成を妨げる元素を分離除去した後、
前記分離除去後の白金族元素含有物の塩酸溶液と、カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンであって、且つ、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と錯塩を形成可能なイオンの塩と、を混合することを特徴とする白金族元素の分離回収方法。
【請求項2】
前記カリウムイオンのイオン半径以上の大きさのイオン半径を有する陽イオンであって、且つ、白金族元素イオンに塩化物イオンが配位したクロロ錯体と錯塩を形成可能なイオンは、アンモニウムイオン、ヒドラジニウムイオン、エチレンジアミンイオン、又はアルカリ金属イオンである請求項1に記載の白金族元素の分離回収方法。
【請求項3】
前記アルカリ金属イオンは、セシウムイオンである請求項2に記載の白金族元素の分離回収方法。
【請求項4】
前記塩酸溶液は、前記白金族元素含有物を酸化剤の存在下で酸処理し、
該酸処理により得られる浸出残渣を酸化剤の存在下でアルカリ処理し、
該アルカリ処理により得られる浸出残渣を酸化剤の存在下で塩酸処理して得られる浸出液である請求項1〜3いずれかに記載の白金族元素の分離回収方法。
【請求項5】
前記酸処理は、硫酸により行われる請求項4に記載の白金族元素の分離回収方法。
【請求項6】
前記酸処理により得られる浸出液は、銅、砒素、テルル及びニッケルからなる群から選択される少なくとも1種以上の金属を含む請求項4又は5に記載の白金族元素の分離回収方法。
【請求項7】
前記アルカリ処理により得られる浸出液は、砒素、セレン及びテルルからなる群から選択される少なくとも1種以上の金属を含む請求項4又は5に記載の白金族元素の分離回収方法。
【請求項8】
前記塩酸処理により得られる浸出液は、白金族元素を含む請求項4又は5に記載の白金族元素の分離回収方法。