説明

皮膚バリア機能の評価方法

【課題】洗顔料や洗顔料に配合された界面活性剤等に由来する、洗浄による肌荒れを精度良く評価する方法を提供する。
【解決手段】皮膚から水を用いてピロリドンカルボン酸を抽出し、その抽出量によって皮膚バリア機能を評価する方法。あるいは、皮膚から水又は界面活性剤水溶液を用いてピロリドンカルボン酸を抽出し、水と界面活性剤による抽出量の比を算出することを特徴とする皮膚バリア機能の評価方法。なお、界面活性剤水溶液がラウリル硫酸ナトリウム水溶液であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚バリア機能を評価する方法および皮膚洗浄剤の皮膚に与える影響を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の肌荒れは、外的要因による皮膚の損傷や、疾病や肌質による皮膚状態の悪化により生じ、皮膚のバリア機能が損なわれるとともに、外界からの物質の侵入により炎症が生じ易くなっている。皮膚のバリア機能が損なわれた皮膚に低刺激性で保湿効果の高い化粧料を適用すると皮膚の性状を改善する効果が高いが、健常者向けの使用性、機能性を重視した化粧料をバリア機能が損なわれた皮膚に適用すると肌荒れが悪化する恐れがある。従って、化粧料を消費者に提供するに際して、消費者の皮膚のバリア機能を評価し、その状態に適した化粧料を提供することが好ましい。
皮膚画像の乾燥性落屑性変化を検出し、肌荒れを測定する装置が知られている(特許文献1:特開昭63−161935号公報)。しかしながら、顕著な肌荒れは判別できるが弱い肌荒れを評価することは困難であった。
皮膚中の芳香族アミノ酸の蛍光を測定し、ケラチンの疎水的環境(肌荒れ)を評価する方法(特許文献2:特開平9−173301号公報)が知られているが、健常部との比較が必要であり、各被験者の皮膚性状を評価することは困難であった。
皮膚からのエタノール抽出物をDPPH(ジフェニルピクリルヒドラジル)と混合し、DPPHの吸光度の減衰率を用いて肌荒れを評価する方法が知られている(特許文献3:特開平11−76168号公報)。しかしながら、皮膚の汚染が肌荒れとして検出される問題を有していた。
皮膚に複数の化学物質を適用し、浸透量の比(例えば黄色4号/赤色215号、1,3−ブタンジオール/グリセリン−1−ベンジル−3−n−ヘキシルジエーテル、フラビンアデニンジヌクレオチド/リボフラビン、フラビンモノヌクレオチド/リボフラビン等)を皮膚性状の指標とする評価方法(特許文献4:特開2003−199717号公報)が知られているが、浸透した化学物質と塗布した皮膚上の化学物質を分けて測定することが困難であり、誤差が生じ易い問題があった。
また皮膚洗浄剤が皮膚に及ぼす影響、特に肌荒れを引き起こす要因となるか否かを簡便に評価する方法がなかった。このため、洗浄剤を用いて一定条件で皮膚洗浄したのち水分蒸散量を測定することが一般的に行われていたが、必ずしも皮膚洗浄剤の皮膚に及ぼす影響を適切に評価する方法ではなかった。
【特許文献1】特開昭63−161935号公報
【特許文献2】特開平9−173301号公報
【特許文献3】特開平11−76168号公報
【特許文献4】特開2003−199717号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
皮膚のバリア機能を高感度で評価する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明の主な構成は、次のとおりである。
1.皮膚から水を用いてピロリドンカルボン酸を抽出し、その抽出量によって皮膚バリア機能を評価する方法。
2.皮膚から水又は界面活性剤水溶液を用いてピロリドンカルボン酸を抽出し、水と界面活性剤による抽出量の比を算出することを特徴とする皮膚バリア機能の評価方法。
3.界面活性剤水溶液がラウリル硫酸ナトリウム水溶液であることを特徴とする2項に記載の評価方法。
4.界面活性剤又は皮膚洗浄剤により洗浄後の皮膚からの、ピロリドンカルボン酸抽出量を測定することを特徴とする、界面活性剤又は皮膚洗浄剤の評価方法
【発明の効果】
【0005】
肌荒れを経皮水分蒸散量よりも高感度に検出、評価することができる。
界面活性剤で惹起した肌荒れの程度を定量的に評価することができる。
種々の界面活性剤で肌荒れを惹起し、本発明の評価方法で肌荒れの程度を評価することにより、肌荒れを起こし難い界面活性剤や皮膚洗浄剤を容易にかつ適切に選択できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
ピロリドンカルボン酸は角層の下層に多く存在する天然保湿因子である。皮膚から抽出されるピロリドンカルボン酸の挙動について、以下の知見を見出した。皮膚に存在するピロリドンカルボン酸は水よりも界面活性剤水溶液による抽出量が大きい。この抽出量の差は、肌荒れすると小さくなる。バリア機能が破壊されると水でもピロリドンカルボン酸が抽出されやすいので、ピロリドンカルボン酸の水抽出量と界面活性剤水溶液抽出量の差が小さくなる。
【0007】
本発明の皮膚バリア機能の評価手順として、まず、被験者の皮膚から水及び界面活性剤水溶液でピロリドンカルボン酸を抽出する。水で抽出する部位と界面活性剤水溶液で抽出する部位は重ならない近傍とする。抽出操作としては、抽出部位に枠を押し付け、枠内に水又は界面活性剤水溶液を入れて、攪拌しながらピロリドンカルボン酸を抽出する。枠は例えば直径2cmの円筒が適当であり、円筒の先端をすぼめることにより、円筒内の液体が飛散することを防止することができる。水又は界面活性剤水溶液を攪拌する方法としては、被験者の測定部位(例えば腕)を振盪器に載せて揺らしてもよいし、攪拌棒にてかき混ぜてもよい。尚、本手法は、中山書店 現代皮膚科学大系4B《検査II 実験法》 山村雄一ら、1981年6月25日第1刷発行、139ページに記載のカップ法を参考にして確立したものである。
【0008】
ピロリドンカルボン酸を抽出するための界面活性剤はアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、ノニオン界面活性剤、両性界面活性剤等、いずれの界面活性剤を用いてもよいが、アニオン界面活性剤が好ましい。アニオン界面活性剤の中でもラウリル硫酸ナトリウムがピロリドンカルボン酸の抽出力に優れるため好ましい。
抽出したピロリドンカルボン酸は高速液体クロマトグラフィーなどにより分析することができる。
ピロリドンカルボン酸(PCA)の水抽出量または、PCA水抽出量/PCA界面活性剤抽出量を求めることにより、皮膚バリア機能を高感度で評価することができる。また界面活性剤や皮膚洗浄剤の皮膚への影響を速やかに且つ正確に判断することが可能となる。
【実施例1】
【0009】
ラウリル硫酸ナトリウムによる皮膚バリア機能損傷試験並びに皮膚バリア機能の評価
6名の被験者に対して、ラウリル硫酸ナトリウム(SDS)による皮膚バリア機能損傷の前後における皮膚バリア機能を評価した。
測定方法
1.1 ピロリドンカルボン酸(PCA)抽出量
以下の手順により、被験者の皮膚から抽出されたピロリドンカルボン酸の量を測定した。
1)被験者の前腕内側部に直径2cmの円筒状カップを装着する。
2)カップ内に水又は5%SDS(ラウリル硫酸ナトリウム)水溶液2mLを入れ、栓をする。
3)カップを装着した腕を溶液が漏れないように振とう器にのせる。
4)そのまま10分間振とうし、ピロリドンカルボン酸(PCA)を抽出する。
5)その後、カップ内の溶液をスポイトで取り出し、2mLチューブへ入れる。
6)この溶液を0.45μmメンブランフィルターでろ過し、高速液体クロマトグラフィーでピロリドンカルボン酸を定量する。
7)試料溶液及び標準溶液各々20μLをとり、下記の条件により高速液体クロマトグラフィーで測定し、得られたピーク面積から検量線法を用いて試料溶液に含まれるピロリドンカルボン酸の濃度を算出する。
高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析条件
カラム:TSK−GEL ODS−80Ts 4.6mmφ×150mm
検出器:フォトダイオードアレイ UV210nm
溶離液:0.5M硫酸ナトリウム、0.1Mリン酸 水溶液
流 速:0.4mL/min
注入量:20μl
【0010】
1.2 経皮水分蒸散量
本発明の評価方法と比較するために、従来から行われている経皮水分蒸散量を測定する。
Delfin製Vapometerを用いて、経皮水分蒸散量を測定した。測定環境は温度23℃、相対湿度25%で10分間順化後に測定する。
【0011】
2.界面活性剤水溶液洗浄による皮膚バリア機能の損傷方法並びに評価方法
2.1 界面活性剤水溶液で洗浄することにより、モデルとして皮膚バリア機能を損傷させる前に、皮膚表面の写真を撮影し、前記1.1及び、1.2の手順により前腕内側部のピロリドンカルボン酸(PCA)抽出量並びに経皮水分蒸散量を測定した。
2.2 10%SDS(ラウリル硫酸ナトリウム)水溶液に前腕内側部を浸し、ゴム手袋で100往復摩擦し洗浄した。水洗後、水分をふき取り、皮膚表面の写真を撮影し、1.1、1.2の手順により前腕内側部のPCA抽出量並びに経皮水分蒸散量を測定した。
2.3 2.2の洗浄操作を約1時間おきに繰り返し、6回洗浄後に、皮膚表面の写真を撮影し、1.1、1.2の手順により前腕内側部のPCA抽出量並びに経皮水分蒸散量を測定した。
2.4 界面活性剤水溶液洗浄による肌荒れ(皮膚バリア機能の損傷)を、マイクロスコープにより撮影した皮膚表面の写真を以下の基準により目視判定することにより評価した。
0点:キメが明瞭で細かい。
1点:キメの乱れが認められる。
2点:キメが不明瞭。
評価点を平均し、0点以上0.5点未満は肌荒れが殆ど生じていない(皮膚バリア機能が正常)、0.5点以上1.5点未満は肌荒れが生じている(皮膚バリア機能が損傷している)、1.5点以上2点以下は肌荒れが顕著に生じている(皮膚バリア機能が顕著に損傷している)と評価した。
【0012】
3.結果
3.1 10%SDSによる皮膚バリア機能の損傷の皮膚の目視観察による評価
2.4に従って、10%SDSによる洗浄前、1回洗浄後、6回洗浄後の皮膚バリア機能を目視評価した。
【0013】
【表1】

【0014】
洗浄前は、肌荒れが殆ど生じていない(皮膚バリア機能が正常)が、1回洗浄後、6回洗浄後はともに肌荒れが生じていた(皮膚バリア機能が損傷していた)。1回洗浄後と比べて6回洗浄後の方が、肌荒れ(皮膚バリア機能の損傷)が激しかった。
【0015】
3.2 10%SDS(ラウリル硫酸ナトリウム)水溶液による皮膚バリア機能の損傷並びに本発明方法による評価結果を、表2,並びにグラフ化して図1〜4に示す。
【0016】
【表2】

【0017】
図1は経皮水分蒸散量の変化を示すグラフである。一般的な皮膚バリア機能の指標である経皮水分蒸散量について、洗浄前と1回洗浄後、6回洗浄後の結果間に有意差が認められなかった。すなわち経皮水分蒸散量測定試験では、バリア機能の損傷を検出できなかった。
図2はPCA水抽出量の変化を示すグラフである。PCA水抽出量は、10%SDS洗浄により上昇し、6回洗浄後において、洗浄前と危険率5%で有意差が認められた。このことから、PCA水抽出量を測定することにより、皮膚バリア機能損傷の指標として一般的な経皮水分蒸散量よりも高感度で、皮膚バリア機能の評価ができることがわかった。
図3はPCA5%SDS抽出量の変化を示すグラフである。PCA5%SDS抽出量は、1回洗浄後、6回洗浄後のいずれにおいても、洗浄前と比べて有意に少なかった。バリア機能を損傷させるために、10%SDSで洗浄した結果、皮膚中のPCA量が減少したためと考える。PCA5%SDS抽出量はバリア機能の損傷よりも皮膚中のPCAの存在量を反映している。
PCA水抽出量は、皮膚バリア機能損傷と10%SDS洗浄操作によるPCAの減少、皮膚中のPCA存在量の個人差の影響を受ける。そこで、PCA水抽出量を皮膚中のPCA量を反映する5%SDS抽出量で除することにより、PCA水抽出量に影響を与える皮膚中のPCA存在量の変動(10%SDS洗浄操作によるPCAの減少及び皮膚中のPCA存在量の個人差)を相殺し、より、高感度でバリア機能を評価できると推測した。図4はPCA水抽出量/PCA5%SDS抽出量の比の変化を示すグラフである。PCA水抽出量/PCA5%SDS抽出量の比の値は、洗浄前と比べて、1回洗浄後は5%有意で比の値が上昇し、6回洗浄後は1%有意で比の値が上昇した。この結果から、PCA水抽出量/PCA5%SDS抽出量の比を算出することにより、PCA水抽出量よりもさらに高感度で皮膚バリア機能を評価できた。
【実施例2】
【0018】
界面活性剤の皮膚に及ぼす影響の評価
6名の被験者に対して、皮膚に対する作用が低刺激であるといわれている界面活性剤N−アシルグルタミン酸ナトリウム(AGS)の皮膚に及ぼす影響を評価した。
評価方法は実施例1に準じ、10%SDS溶液の洗浄に代えて10%AGS水溶液を用いて皮膚を洗浄し、その後皮膚からのPCAを抽出するとともに水分蒸散量を測定した。
1.結果
1.1 10%AGSによる皮膚バリア機能の損傷評価
実施例1の2.4に従って、10%AGSによる洗浄前、1回洗浄後、6回洗浄後の皮膚バリア機能を評価した。結果を表3に示す。
【0019】
【表3】

【0020】
洗浄前、1回洗浄後、6回洗浄後のいずれについても、肌荒れが殆ど生じていない(皮膚バリア機能が正常)と評価した。
【0021】
1.2 10%AGS(N−アシルグルタミン酸ナトリウム)水溶液による皮膚バリア機能の損傷並びに評価結果を、表4に示す。
【0022】
【表4】

【0023】
PCA水抽出量及びPCA水抽出量/PCA5%SDS抽出量は10%AGSによる1回洗浄後、6回洗浄後において、洗浄前と比べて有意な差はなかった。AGSはSDSと比べて低刺激であり、皮膚バリア機能の損傷が生じにくいことを評価できた。すなわち本発明方法は、洗浄剤や界面活性剤の評価にも適用できることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】10%SDS洗浄による皮膚バリア機能損傷後の経皮水分蒸散量の変化を示す
【図2】10%SDS洗浄による皮膚バリア機能損傷後のPCA水抽出量変化を示す
【図3】10%SDS洗浄による皮膚バリア機能損傷後、5%SDSで抽出されるPCA量変化を示す
【図4】10%SDS洗浄による皮膚バリア機能損傷後のPCA水抽出量と5%SDSで抽出されるPCA量の比率の変化を示す

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚から水を用いてピロリドンカルボン酸を抽出し、その抽出量によって皮膚バリア機能を評価する方法。
【請求項2】
皮膚から水又は界面活性剤水溶液を用いてピロリドンカルボン酸を抽出し、水と界面活性剤による抽出量の比を算出することを特徴とする皮膚バリア機能の評価方法。
【請求項3】
界面活性剤水溶液がラウリル硫酸ナトリウム水溶液であることを特徴とする請求項2に記載の評価方法。
【請求項4】
界面活性剤又は皮膚洗浄剤により洗浄後の皮膚からの、ピロリドンカルボン酸抽出量を測定することを特徴とする、界面活性剤又は皮膚洗浄剤の評価方法

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−71917(P2010−71917A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−242199(P2008−242199)
【出願日】平成20年9月22日(2008.9.22)
【出願人】(593106918)株式会社ファンケル (310)
【Fターム(参考)】