説明

皮膚色素沈着マーカーとその利用技術

【課題】色素沈着マーカーとなりうる物質を探索すること。
【解決手段】皮膚細胞及び/又は皮膚組織(三次元皮膚モデルを含む)における特定のタ
ンパク質の発現を測定することを含む、色素沈着の度合いを判定する方法であって、前記
特定のタンパク質は色素沈着の度合いに伴って発現が増加する、または色素沈着の素因の
程度によって発現が変化するものである前記方法及び、色素沈着の度合いを判定するため
のキット及び色素沈着の予防及び/又は改善に効果のある物質を同定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚色素沈着マーカーとその利用技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的にシミと言われている色素沈着は、色調(黒色、褐色、青色など)や大きさ・形状も様々で、先天性あるいは後天性の疾患、炎症後に生じた色素沈着など様々である。知られている色素沈着の種類も老人性色素斑、肝斑、雀卵斑(そばかす)、大田母斑、炎症性色素沈着、光線性花弁状色素斑、脂漏性角化症等多岐にわたる。これら色素沈着の原因としては遺伝的要因や紫外線、精神的ストレス、ホルモンバランス、体質・食生活など環境要因・外的要因等によって発症すると考えられているが、その発症メカニズムは明確でない。さらに、色素沈着の場合は年齢を重ねるごとに複合的に発症している場合や、色素沈着の初期症状においては類似症状が多く、色素沈着のなかのどの疾患かを判別するのが困難である。
現在、色素沈着状態や度合いを客観的に評価する方法として、皮膚表面の「しみ」「そばかす」を形成するメラニン顆粒の分布や深さを近紫外線、可視、近赤外線の組み合わせにより評価する方法(特許文献1)、皮膚上の参照領域と判定領域における光の広がりの変化に基づいて色素沈着の深さを判定する方法(特許文献2)、ビデオマイクロスコープなど画像データーとコンピューターとの組み合わせにより色素沈着の評価を測定する方法(特許文献3)など、肌の色を光による反射や吸収をパラメーターとして定量する評価系が一般的に用いられている(非特許文献1、2、3)。また、皮膚の色素沈着の度合いを複数の色見本と対比照合することによって評価する方法などもある(特許文献4)。
しかし、これらの方法は肌の色合いを数値化したものであって色素沈着の種類やメカニズム(生成機構)などを特定するにはいたらない。
一方、色素沈着ができる初期段階においては皮膚表面に顕在化する前に様々な刺激により情報伝達物質のα-MSH, bFGF, CGRP, エンドセリンなどが多量に作られ、それらの発現によりメラノサイトが刺激され、メラニン色素が大量に作られるといったような細胞レベルにおける様々なタンパク質の変化が行われていると考えられる。さらに、in vitroの系を用いた実験においてもメラノサイトにUVを照射した場合、細胞の増殖因子マーカーである、p73, Nup88, p27, Id1,PCNAが、 またアポトーシス関連タンパク質であるbcl-2の発現が増減するという報告もある(非特許文献4)。また色素沈着の種類によっても皮膚表面での形、色合いが異なることから皮膚内部で変化している色素沈着部位のタンパク質の種類は異なると考えられる。これまでに、シミの状況をバイオプシーによる皮膚組織を用いて侵襲的にシミ部と正常部を比較し、シミ部位においてNT−3、ADAM9、HB−EGFといったタンパク質の発現が顕著に増加しているという報告はある(特許文献5)。また、非侵襲的な方法としてテープストリッピングもしくは擦過を介して採取した皮膚に由来する角層を試料として、インターロイキン1(IL−1)とインターロイキン1レセプターアンタゴニスト(IL−1ra)の存在量分析をし、肌質の評価をする方法が特許文献6に開示されている。
しかしながら、非侵襲的なテープストリッピングなどの方法を用いて肌表面の角質層から色素沈着に特異的なタンパク質の検索を行ったり、それらのタンパク質を用いて色素沈着の度合いを判定するといった方法は今までに報告がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3219551号公報
【特許文献2】特開2007−125324号公報
【特許文献3】特開平7−313469号公報
【特許文献4】特開2006−204901号公報
【特許文献5】特開2004−205246号公報
【特許文献6】特許第3590708号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Skin Pharmacol 7:217, 1994
【非特許文献2】Contact Dermatitis 35: 1,1996
【非特許文献3】Journal of Biomedical Optics 7:329−340,2002
【非特許文献4】Carcinogenesis 24(12):1929−1934,2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、以上のようなことから、従来法に比べて、より簡便に、非侵襲的に色素沈着の度合い、さらには予防・予知できるような客観的なマーカーを指標とする評価系を提供することを目的とする。さらには、この色素沈着マーカーを利用して色素沈着の原因に対する的確な色素沈着の予防または改善に有用な成分をスクリーニングできる効果効能評価系を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、皮膚色素沈着部位、色素沈着部位の近傍、非色素沈着部位(顎下)から非浸襲的に安全、簡便に角層採取ができるテープストリッピングを用いて角層を採取し、そこからタンパク質を回収し、色素沈着部位特異的に変動するタンパク質をSDS−PAGEを用いて調べた。
その結果、9種類のタンパク質が、非色素沈着部位に比べて色素沈着部位において特異的に発現量が増加していることがわかった(図1、表1)。これらのタンパク質を質量分析(MS)で同定を行ったところ8種類が同定され、これまで色素沈着との関係が知られていなかった、Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1, β-actin, Keratin 14, Keratin 1, SCCA2のタンパク質が含まれていた。
さらに、これらのタンパク質の特異的な抗体を用いてウェスタンブロッティング法で発現量を確認したところ、Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1の4種類は後述する全ての色素沈着部位(図2及び表2参照)において発現が増加している一方、β-actin, Keratin 14, Keratin 1, SCCA2は後述する3つ若しくは4つの色素沈着部位(図3及び表2参照)のみで発現が増加していることがわかった。
さらに、これら色素沈着マーカーと色彩色差計による肌の明るさとの相関を調べたところこれらマーカータンパク質の発現量が肌の明るさと逆相関することがわかった。つまり、色素沈着が重度ほどこれらのタンパク質の発現量が増加し、色素沈着が軽度ほどこれらのタンパク質の発現量が少なくなることを見出した。
【0007】
一方、色素沈着近傍部位は、非色素沈着部位に比べて色素沈着になりやすいことがすでに知られている。そこで、色素沈着近傍部位における色素沈着マーカーの発現量を調べた。その結果、色素沈着近傍部位は、肌の明るさは非色素沈着部位とほぼ変わらないが、マーカータンパク質の発現量は色素沈着部位の半分もしくは1/3程度まで発現量が増加していた。このことから、角層中のこれらのタンパク質の発現量を測定することにより顕在化していない色素沈着の予知マーカーとして使用できる。
【0008】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0009】
色素沈着の予防及び/又は改善に効果のある物質を同定する方法であって、以下の工程

(a) 被験物質と皮膚細胞及び/又は皮膚組織を接触させる工程、
(b) 工程(a)で被験物質と接触させた皮膚細胞及び/又は皮膚組織を所定時間培養す
る工程、
(c) 工程(b)で培養した皮膚細胞及び/又は皮膚組織における下記8種類のタンパク
質の内1種類又は複数種類について、発現及び/又はその遺伝子発現を経時的に測定する
工程、及び
(d) 工程(c)で測定したタンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現を、対照の皮膚
細胞及び/又は皮膚組織における前記測定タンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現と
比較することにより、皮膚細胞及び/又は皮膚組織における測定したタンパク質の発現及
び/又はその遺伝子発現に対する被験物質の効果を評価する工程、
を含む色素沈着の予防及び/又は改善に効果のある物質を同定する方法。

タンパク質:Bleomycin hydrolase(ブレオマイシン ハイドラーゼ), Annexin(アネキシン) II, Cathepsin(カテプシン) D, Arginase(アルギナーゼ) 1, β-actin(アクチン), Keratin(ケラチン) 14, Keratin(ケラチン) 1, SCCA2
【発明の効果】
【0010】
本発明により色素沈着の度合いを分析することができる。
本発明は、非侵襲的なテープストリッピング手段を用いた皮膚サンプルを用いて分析することができるので、安全かつ簡便である。
本発明により、色素沈着の度合いを判定できる客観的なマーカーを指標とする評価系が確立できる。
この評価系を用いて、従来法に比べてより詳細に、色素沈着の度合いを判定することができる。
また、この色素沈着マーカーを利用して色素沈着の予防または改善に有用な成分をスクリーニングする方法や色素沈着の度合いを判定できるキットも提供される。
本発明により、シミ対策、シミ予防の美容が容易となる。即ち、シミ等色素沈着部位に対する化粧料、医薬部外品、医薬品又は美容用健康食品の選択、シミ等の危険性のある部位に対する化粧料、医薬部外品、医薬品又は美容用健康食品の選択及びそのために有効な情報を提供することができる。シミ対策等の美容カウンセリングを的確に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】皮膚組織における色素沈着部位タンパク質の発現変動を示す。
【図2】(a)及び(b)は色素沈着部位、非色素沈着部位でのBleomycin hydrolase, Annexin IIの発現変化の結果を示し、(c)及び(d)は色素沈着部位、非色素沈着部位でのCathepsin D, Arginase 1の発現変化の結果を示す。
【図3】色素沈着部位、非色素沈着部位でのβ-Actin, Keratin 1, Keratin 14, SCCA2の発現変化の結果を示す。
【図4(a)】色素沈着部位、非色素沈着部位における肌の明るさとマーカータンパク質の発現量との相関を示す。
【図4(b)】色素沈着部位、非色素沈着部位における肌の明るさとマーカータンパク質の発現量との相関を示す。
【図4(c)】色素沈着部位、非色素沈着部位における肌の明るさとマーカータンパク質の発現量との相関を示す。
【図4(d)】色素沈着部位、非色素沈着部位における肌の明るさとマーカータンパク質の発現量との相関を示す。
【図5(a)】色素沈着部位、非色素沈着部位、色素沈着近傍部位における肌の明るさとマーカータンパク質の発現量との相関を示す。
【図5(b)】色素沈着部位、非色素沈着部位、色素沈着近傍部位における肌の明るさとマーカータンパク質の発現量との相関を示す。
【図5(c)】色素沈着部位、非色素沈着部位、色素沈着近傍部位における肌の明るさとマーカータンパク質の発現量との相関を示す。
【図5(d)】色素沈着部位、非色素沈着部位、色素沈着近傍部位における肌の明るさとマーカータンパク質の発現量との相関を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。
【0013】
本発明は、皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現を測定することを含む、色素沈着の度合いを判定する方法を提供する。特定のタンパク質は色素沈着の度合いに伴って発現が変化するものである。
発現が変化する態様としては、タンパク質発現の有無が変わること、発現量が増減することなどが挙げられる。
特定のタンパク質は、Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1, β-actin, Keratin 14, Keratin 1, SCCA2の8種類からなる群より選択することが好ましい。選択するタンパク質は1種でも複数種であってもよい。
【0014】
Bleomycin hydrolaseは、分子質量52,562Daの細胞内タンパク質である。パパインファミリーの一種で中性システインプロテアーゼ。ブレオマイシンを脱アミノ化する。一般的なBleomycin hydrolasの生理学的な働きはあまり知られていない。新生ラット皮膚中に多く発現するが成熟ラットにはあまり発現していないことが報告されている。遺伝子配列情報(BLMH,Cancer Res. 56: 1746-1750 (1996), X92106)。アミノ酸配列情報(Bleomycin hydrolase, Biochemistry. 35: 6706-6714 (1996), Q13867)。
【0015】
Annexin IIは、分子質量38,473Daの細胞内タンパク質である。一部細胞外へ分泌されるという報告もある。カルシウムで制御される膜結合タンパク質でこのタンパク質には二つのカルシウムイオンが結合する。細胞膜近傍に局在している。二組あるannexin リピートのうち、一つはカルシウムが結合し、一つはリン脂質が結合する。このタンパク質は細胞膜にあるリン脂質に結合しているアクチンや細胞骨格系のタンパク質と架橋したり、t-PA (tissue plasminogen activator)を介してプラスミノーゲンを活性化したりする。遺伝子塩基配列情報(Annexin A2 ,Gene 95:243-251(1990), BC015834)。アミノ酸配列情報(Annexin A2, J.Biol. Chem. 266:5169-5176(1991), P07355)。
【0016】
Cathepsin Dは、分子質量44,552Daの分泌タンパク質である。細胞内においては酸性プロテアーゼ活性を有する。カテプシンDはエンドリソソーム系蛋白質分解システムの一翼を担っており、ほとんどすべての細胞のリソソーム、メラノソームに存在している。また中枢神経系で多く発現しており欠損マウスでは神経変性疾患を生ずることが報告されている。遺伝子配列情報(CTSD,Proc.Natl. Acad. Sci. U.S.A.. 82:4910-4914(1985),M63134)。アミノ酸配列情報(Cathepsin D, J. Proteome Res. 2:69-79(2003), P07339)。
【0017】
Arginase 1は、分子質量34,735Daの細胞内タンパク質である。L-アルギニンをL-オルニチンと尿素に加水分解する一方向反応酵素。肝臓に局在するが、腎臓、脳、乳腺、皮膚にもごくわずか認められる。欠損するとアルギニン血症をおこし、精神発育遅延、痙攣性四肢麻痺を来す。遺伝子配列情報(Arginase typeI, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84:412-415(1987).,AY074488)。アミノ酸配列情報(Arginase-1, P05089)。
【0018】
β-actinは、分子質量41,737Daの細胞骨格タンパク質である。actinはほとんどの細胞に局在し、細胞の移動および形態の維持に関与している。また、細胞内オルガネラの局在や輸送、細胞質分裂など多くの機能を担っている。さらに筋収縮のカルシウム調節もアクチンフィラメントが担う多くの機能の一つとなっている。遺伝子配列情報(ACTB, Nucleic Acids Res. 12:1687-1696 (1984), M10277)。アミノ酸配列情報(Beta-actin, Nat. Biotechnol. 21:566-569(2003), P603)。
【0019】
Keratin 14は、分子質量51,490Daの細胞骨格タンパク質である。ケラチン5とヘテロ四量体を作る中間系フィラメントの成分である。上皮に存在し、特に基底層に近いところにおいて発現が多く見られる。上皮系の未分化マーカーとしても使われている。遺伝子配列情報(Keratin 14, Proc.Natl.Acad.Sci.USA.82:1609−1613,1985,BC002690)。アミノ酸配列情報(Keratin,type I cytoskeletal 14,P02533)。
【0020】
Keratin 1は、分子質量66,018Daの細胞骨格タンパク質である。ケラチン10とヘテロ四量体を作る中間系フィラメントの成分である。胎児の上皮系に多く存在している。上皮系の終分化マーカーとしても使われている。遺伝子配列情報(KRT1,Proc.Natl. Acad.Sci.U.S.A., 82:1896-1900, M98776)。アミノ酸配列情報(Keratin, type II cytoskeltal 1, P04264)。
【0021】
SCCA2 (Squamous cell carcinoma antigen 2)は、分子質量44,854Daの細胞内タンパク質。扁平上皮癌組織より抽出、精製された腫瘍マーカーとして知られている。子宮頸癌をはじめ、食道癌、肺癌、頭頚部癌など各臓器の扁平上皮癌で利用されている。SCCA2はセリンプロテアーゼインヒビター(セルピン)族に属し、セリンプロテアーゼやシステインプロテアーゼの分解を阻害することが報告されている。遺伝子配列情報(Squamous cell carcinoma antigen 2, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 92:3147-3151(1995), U19557)。アミノ酸配列情報(Squamous cell carcinoma antigen 2, P48594)。
【0022】
上記のタンパク質は、前駆体タンパク質であっても、成熟タンパク質であってもよく、また、切断型であっても、非切断型であってもよい。前駆体タンパク質としては、プロタンパク質、プレプロタンパク質などを挙げることができる。プロタンパク質、プレプロタンパク質などには、シグナルペプチドを持つものもある。
【0023】
本発明の方法において、皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現の測定は、ウェスタンブロット法、免疫組織化学分析法、ELISA法、抗体チップ、cDNAマイクロアレイ、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET; Fluorescence resonance energy transfer)測定法などで測定することができる。
【0024】
特定のタンパク質の発現をタンパク質レベルで測定するためには、測定の対象となるタンパク質を特異的に認識する抗体を用いるとよい。抗体は、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体のいずれであってもよい。これらの抗体は公知の方法で製造することができるし、また、市販されているものもある。ウェスタンブロット法で測定する場合には、抗体は、125I標識プロテインA、ペルオキシダーゼ結合IgGなどを用いて二次的に検出される。免疫組織化学分析法で測定する場合には、抗体は、蛍光色素、フェリチン、酵素などで標識するとよい。
【0025】
本発明において、皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現の有無を検出してもよいし、発現量を測定してもよい。タンパク質の発現の有無は所定の位置におけるスポットやバンドの出現の有無により確認できる。タンパク質の発現量はスポットやバンドの染色強度により測定できる。あるいはまた、タンパク質を定量してもよい。複数のタンパク発現を同時に検出するためには、プロテインチップ(抗体を基板に固定)(NATURE REVIEWS, DRUG DISCOVERY, VOLUME1, SEPTEMBER 2002, 683-695)、ルミネックス(NATURE REVIEWS, DRUG DISCOVERY, VOLUME 1, JUNE 2002, 447-456)等の検出法を用いることが好ましい。
【0026】
皮膚細胞及び皮膚組織は判定の対象となる被験体に由来するものであるとよく、被験体の生物種としては、ヒト、ブタ、サル、チンパンジー、イヌ、ウシ、ウサギ、ラット、マウス、モルモットなどの哺乳動物を挙げることができる。
【0027】
本発明の方法により、色素沈着の度合いを判定するためには、皮膚生検試料、あるいはそこから得られる培養皮膚細胞、培養皮膚組織、などを用いることができる。皮膚生検試料としては、後述の実施例に記載のように、皮膚の角層をテープストリッピング(以下「角質チェッカー」と表現することもある。)により採取したものを用いてもよい。
【0028】
皮膚細胞としては、表皮角化細胞、皮膚線維芽細胞、ランゲルハンス細胞、色素細胞(メラノサイト)、悪性黒色腫細胞(メラノーマ)などを挙げることができる。皮膚細胞は国内ではヒューマンサイエンス研究資源バンク、理化学研究所細胞銀行、海外ではthe American Type Culture Collectionから供給される。またClontech社、クラボウ社、PromoCell社から入手できる。また、公知の方法により皮膚から採取することができる(分子生物学研究のための新細胞培養実験法,p57−71,羊土社,1999)。
【0029】
皮膚組織としては、皮膚の角層、表皮、真皮などを挙げることができる。皮膚組織は、Biochain社、Super Bio Chips社から購入できる。また、公知の方法により皮膚から採取することができる(Acta.Derm.Venereol.,85,389−393,2005)。三次元皮膚モデルはクラボウ社、TOYOBO社などから市販されており、これらを使用することが出来る。また、公知の方法{J.Invest.Dermatol.,104(1),107−112,1995}により作製することもできる。
【0030】
皮膚生検試料は、細胞であっても、組織であってもよい。皮膚生検試料としては、後述の実施例に記載のように、皮膚の角層を角質チェッカーなどのテープにより採取したものを用いるとよい。角質チェッカーは角層の不全角化度や細胞面積を測定し、肌荒れの程度や角層のターンオーバー速度を評価するための角層サンプルを採取する際に従来から使用されている(化粧品の有用性・評価技術の進歩と将来展望,日本化粧品技術者会,薬事日報社,p95−96)。さらには、安全で簡便な生体内組織中の特定物質の定量方法としても使用されている(特開2002−318230号公報)。カウンセリング店舗や自宅で簡単に安全に角層サンプルを採取でき、非浸襲で角層からタンパク質を得る方法として非常に有用である。
【0031】
本発明の一つの例として、色素沈着の度合いは、以下のような基準で測定し、分析、判定することができる。
【0032】
実施例1(図4(a))に示すBleomycin hydrolaseの抗体を用いた分析例のように、色素沈着を有しているボランティアから皮膚検体を入手し、特定マーカータンパク質の発現量を測定し、それらの発現量と肌色の測定方法の一つである色彩色差計の肌の明るさの程度の標準曲線を作成する。標準検体と分析検体の発現量の比較から分析検体の色素沈着の度合いを分析、判定する。
【0033】
本発明は、色素沈着の度合いを分析、判定するためのキットも提供する。本発明のキットは、皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質であって、色素沈着の度合いに伴って発現が変化する前記特定のタンパク質の発現を測定することができる試薬を含む。
【0034】
一つの例として、本発明のキットは、色素沈着の度合いに伴って発現が変化する特定のタンパク質を特異的に認識できる抗体を試薬として含む。
特定のタンパク質は、Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1, β-actin, Keratin 14, Keratin 1, SCCA2の8種類からなる群より選択することが好ましい。
キットには、さらに、皮膚組織を採取するための粘着テープ、粘着テープ上のタンパク質を免疫化学的に検出するための試薬一式、取扱説明書などが含まれてもよい。取扱説明書には、キットの使用方法の他、色素沈着の度合いの判定基準なども記載しておくとよい。
【0035】
本発明は、色素沈着の予防及び/又は改善に効果のある物質を同定する方法も提供する。この方法は、以下の工程:
(a)被験物質と皮膚細胞及び/又は皮膚組織を接触させる工程、
(b)工程(a)で被験物質と接触させた皮膚細胞及び/又は皮膚組織を所定時間培養する工程、
(c)工程(b)で培養した皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現を測定する工程であって、前記特定のタンパク質は色素沈着の度合いに伴って発現が変化するものである前記工程、及び
(d)工程(c)で測定した特定のタンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現を対照の皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現と比較することにより、皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現に対する被験物質の効果を評価する工程を含む。
【0036】
被験物質は、いかなる物質であってもよく、タンパク質、ペプチド、ビタミン、ホルモン、多糖、オリゴ糖、単糖、低分子化合物、核酸(DNA、RNA、オリゴヌクレオチド、モノヌクレオチド等)、脂質、上記以外の天然化合物、合成化合物、植物抽出物、植物抽出物の分画物、それらの混合物などを挙げることができる。
【0037】
(a)工程において、被験物質と接触させる皮膚細胞及び/又は皮膚組織は、素材のスクリーニングは被験者由来である必要はなく、市販の色素細胞(メラノサイト)やメラノサイトを含む三次元皮膚モデルを用いることができる。
【0038】
皮膚細胞及び皮膚組織については、前述の通りである。
被験物質と皮膚細胞及び/又は皮膚組織との接触は、いかなる方法によってもよい。例えば、被験物質を皮膚細胞及び/又は皮膚組織の培養液に添加する方法、被験物質を塗布又は固定した培養容器又は培養シート上で皮膚細胞及び/又は皮膚組織を培養する方法などを挙げることができる。また、ヒト又はヒト以外の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ブタなど)などの生体を用いて、被験物質を直接皮膚に塗布する方法、被験物質を経口投与する方法でもよい。ヒトについては、採取された皮膚組織、細胞あるいは培養皮膚細胞を用いることもできる。
【0039】
皮膚細胞及び/又は皮膚組織の培養時間は、特に限定されない。皮膚細胞及び/又は皮膚組織における特定のタンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現に対する被験物質の効果の有無が確認できる程度の時間であればよい。
例えば、皮膚細胞としてヒト正常表皮角化細胞を用いた場合には、12〜48時間が適当であり、12〜24時間が好ましい。ここで、「皮膚細胞及び/又は皮膚組織を培養する」とは、皮膚細胞及び/又は皮膚組織を生育・増殖させることを言う。これには、単離した皮膚細胞及び/又は皮膚組織を生育・増殖させることの他、皮膚細胞や皮膚組織を有する生体自体を生存させること、飼育すること、養うことなども含まれる。
【0040】
比較の対照となる皮膚細胞及び/又は皮膚組織は、被験物質を接触させる前の皮膚細胞及び/又は皮膚組織であってもよい。被験物質を接触させないこと以外は同様の処理を行った皮膚細胞及び/又は皮膚組織であってもよい。
【0041】
被験物質を評価する系としてまず1次スクリーニングとしてin vitroでの細胞を用いた評価系で被験物質の選択を行い、そこで見つかった被験候補物質を2次スクリーニングとしてin vivoで評価するという一般的な流れを採用することができる。本発明でも、1次スクリーニングとして市販で売られている色素沈着を産生する色素細胞(メラノサイト)やメラノーマ細胞などの細胞や色素細胞も含めた3次元皮膚モデルを用いて候補マーカーの発現を調べ、被験物質の評価をし、その中から有効性を見出せたものを2次スクリーニングとして実際の被験者のシミ部位に塗布し、テープストリッピングなどで経時的に角質層を採取し、候補物質の有効性を候補マーカーの発現変化で調べていくという段階を経ることができる。2次スクリーニングの際には、工程(a)は、テープストリッピングによる試料を用いることになる。
【0042】
特定のタンパク質は、Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1, β-actin, Keratin 14, Keratin 1, SCCA2の8種類からなる群より選択することが好ましい。
【0043】
本発明の一つの例として、被験物質を接触させたヒトの皮膚において、Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1, β-actin, Keratin 14, Keratin 1, SCCA2のいずれかの発現量が対照と比較して減少しており、被験物質がこれらのいずれかのタンパク質の発現を減少させる効果があると評価できた場合には、この被験物質は、色素沈着の予防及び/又は改善に効果がある物質と同定することができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0045】
〔実施例1〕
<材料と実験方法>
1.色素沈着部位の判別法
今回サンプルとして採取した色素沈着部位とは顔面に存在する直径0.5mm以上の周囲の肌の色とは明らかに異なる茶褐色等の色彩を帯びた箇所、非色素沈着部位とはUVが比較的あたっていないとされる背中、顎下部位の箇所とした。今回は色素沈着部位を顔面から採取したのでより顔に近い部分の顎下部分を非色素沈着部位としてサンプルを採取した。
【0046】
2.皮膚色素沈着部位からのタンパク質の抽出
皮膚顔面に色素沈着を有するボランティア3名からそれぞれ色素沈着部位2箇所、比較対照として非色素沈着部位2箇所、また色素沈着部位の近傍部位2箇所に角質チェッカー(アサヒバイオメッド社)を貼り、角質層を採取した。角質チェッカーは一つの部位に対して同じ箇所で5枚を用いて回収した。1枚のシール当たり50μlの抽出buffer (PBS、1% SDS、10% glycerin) でホモジナイゼーション用ペッスルを用いてシールからサンプルを掻き取った(特願2007-089737「タンパク質抽出方法」)。10,000×g、4℃、10分で遠心後上清を回収し、DC protein assay kit (BIO-RAD社)を用いてタンパク定量を行った。
【0047】
3.電気泳動法
3−1 SDS-PAGE
Tris-glycin系のバッファー(0.02M Tris-HCl, 0.2M Glycine, 0.1% SDS)を用いて7.5%アクリルアミドゲルにおいてSDS-PAGEを行った。
3−2 電気泳動ブロット法
SDS-PAGE終了後のゲルをセミドライタイプ転写装置(BIO-RAD社)を用いて、PVDF膜 (ProBlott Membranes (Applied Biosystemus社)) に200mAの定電流で2時間転写した。転写バッファーは48mM Tris-HCl (和光純薬株式会社)、39mM Glycine(MP Biomedicals社)、20% Methanol(和光純薬株式会社)を用いた。転写後はTTBSバッファー(20mM Tris-HCl (pH7.5) (BIO-RAD社)、500mM NaCl、0.3% Tween-20 (BIO-RAD社)で20分間、3回洗浄した後MQWで2分間、3回洗浄した。次に膜をシーリングして50mlの金コロイド溶液(Colloidal Gold Total Protein Stain (BIO-RAD社))で満たし、1〜2時間振盪させてタンパク質を染色した。膜を染色後、金コロイド溶液を除き、純水で1分間、5回洗浄した後、乾燥させた。
【0048】
4.タンパク質の同定
4−1 PVDF膜上タンパク質の還元S-アルキル化とプロテアーゼ消化
PVDF膜に転写されたタンパク質のスポット部分を切り取り、チューブに入れて還元用バッファー(8M guanidine-HCl (pH8.5)、0.5M Trisbase、0.3% EDTA-2Na (w/v)、5% アセトニトリルを100〜300μl加えた。還元用バッファーに溶解したDTT (dithiothreitol) 1mg相当分を加えてチューブ内を窒素ガスに置換して室温、1時間静置してタンパク質の還元を行った。反応終了前に1M NaClに溶解したモノヨード酢酸3mg相当分を加えて遮光状態で15〜20分間撹拌を続けてS-カルボキシメチル化を行った。終了後PVDF膜を取り出し純水で5分間撹拌洗浄し、その後2%アセトニトリル中で同様に撹拌した。PVDF膜を取り出しLys-C消化用バッファー(70%アセトニトリル/ 20mM Tris-HCl (pH9.0))を入れたチューブに移し2〜3回すすいだ後完全に浸る程度にLys-C消化用バッファーを加えて1時間消化した。
4−2 質量分析とペプチドマスフィンガープリンティング
プロテアーゼ消化した溶液を7倍希釈してアセトニトリル濃度を10%にした。前処理としてZipTipc18ピペットチップ(MILLIPORE社)の充填剤部分を活性化するために50%アセトニトリル/ 0.1%TFA (trifluoro-acetic acid)で数回、2%アセトニトリル/ 0.1% TFA (trifluoro-acetic acid)で数回吸引、排出を繰り返した。次に活性化したZipTipc18ピペットチップでプロテアーゼ消化液を数回吸引、排出して断片化ペプチドを充填部分に吸着させた。さらに2%アセトニトリル/ 0.1% TFA (trifluoro-acetic acid)を数回吸引、排出して塩類を除いた。50%アセトニトリル/ 0.1%TFA (trifluoro-acetic acid)に溶解した飽和マトリックス溶液0.5〜1μlを吸引して10秒間程置いた後、質量分析計の付属のターゲットプローブに滴下した。サンプルを乾固させ、質量分析計(MALDI-TOF MS)で測定した。得られた質量値をもとにデータベース(MS-Fit, Mascot Search)に登録されているタンパク質の同定を行った。
【0049】
5.ウェスタンブロット法
SDS-PAGE終了後のゲルをセミドライタイプ転写装置(BIO-RAD社)を用いて、PVDF膜(ProBlott Membranes (Applied Biosystemus社)) に200mAの定電流で2時間転写した。転写後、5% スキムミルク/ PBS(−)を用いて4℃、終夜でブロッキングした。膜を0.1% Tween 20/ PBS(−)で3回洗浄した後、1次抗体を室温1時間で反応させた。次に2次抗体としてHRP labeled anti-mouse IgG (Amersham Bioscience社) (1:10000 dilution), HRP labeled anti-rabbit IgG (Amersham Bioscience社) (1:10000 dilution)で1時間振盪し、Enhanced chemiluminescence plus (ECL) (Amersham Bioscience社)キットを用いて蛍光発色により検出した。使用した1次抗体の種類と希釈度は次の通りである:mouse anti-Bleomycin hydrolase monoclonal antibody(Abnova社)(1:1000 dilution)、rabbit anti-annexin II polyclonal antibody (Santa Cruz Biotechnology社)(1:1000 dilution)、mouse anti-Cathepsin D monoclonal antibody (R&D systems社)(1:1000 dilution)、rabbit anti-Arginase 1 polyclonal antibody (Santa Cruz Biotechnology社) (1:1000 dilution)、mouse anti-beta actin monoclonal antibody (Cytoskelton社) (1:1000 dilution)、mouse anti-Keratin 14 monoclonal antibody (Chemicon社) (1:1000 dilution)、mouse anti-Keratin 1 monoclonal antibody (Zymed Laboratories社) (1:1000 dilution)、mouse anti-SCCA2 monoclonal antibody (Santa Cruz Biotechnology社) (1:1000 dilution)。
【0050】
6.皮膚色測定
市販の分光側色計(CM-500、MINOLTA社製)を用いて測定した。その測定原理は分光センサーで皮膚表面から反射された光を各波長ごとに反射率を測定し、皮膚色を数値化する方法である。
【0051】
7.相関係数による評価
変量Xと変量Yの間に相関関係があるかどうかを計算するには以下の計算式を使用した。
【0052】
〔式1〕

【0053】
上記計算によって得られた相関係数の評価は以下のように評価する。

0〜0.2: ほとんど相関無し、
0.2〜0.4: やや相関あり、
0.4〜0.7: かなりの正の相関あり、
0.7〜1: 強い正の相関
0〜-0.2: ほとんど相関無し、
-0.4〜-0.2: やや相関あり、
-0.7〜−0.4: かなりの負の相関あり、
-1〜−0.7: 強い負の相関

【0054】
<実験結果>
1.色素沈着部位の角層抽出物を用いたタンパク質発現変化の解析
皮膚顔面に色素沈着を有するボランティア3名からそれぞれ色素沈着部位2箇所、非色素沈着部位2箇所から角質チェッカーを用いて同じ箇所から5枚ずつ角層部位を採取した。
次に、角質チェッカーに付着した角層タンパク質に抽出バッファーを加えて、ホモジナイゼーション用のペッスルでタンパク質を抽出した。
その後、色素沈着部位と非色素沈着部位のサンプルを用いてSDS-PAGEし、金コロイド染色をしたところ色素沈着部位特異的に発現が増加しているタンパク質が分子量37〜118KDaあたりに9個検出された(図1)。
それらのバンドを質量分析装置(MALDI TOF-MS)を用いて同定した結果、Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1, β-actin, Keratin 14, Keratin 1, SCCA2の8個タンパク質が同定された(表1)。なお、表1に示されるタンパク質の番号は図1中に示す○付き数字を示している。
【0055】
【表1】

【0056】
2.色素沈着部位の角層抽出物で特異的に変化するタンパク質の抗体での確認
上記で同定された色素沈着部位特異的に変化するタンパク質の発現を確認するために種々の抗体を用いてウェスタンブロッティング法による解析を行った。
ボランティア3名の色素沈着部位2箇所、非色素沈着部位2箇所から採取した角層抽出サンプルを用いてBleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1, β-actin, Keratin 14, Keratin 1, SCCA2の各抗体でウェスタンブロッティングを行った。
その結果、Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1,の4種類のタンパク質は被験者3人のすべての色素沈着部位(+)(6箇所)において非色素沈着部位(−)に比べて有意に発現量が増加していることがわかった(図2(a)〜(d))。
さらに、β-actin, Keratin 14, Keratin 1, SCCA2の4種類のタンパク質は被験者3人の色素沈着部位(+)の6箇所のうち3箇所若しくは4箇所において非色素沈着部位(−)に比べて有意に発現量が増加していることがわかった(図3(a)〜(d))。
図2、図3を表2にまとめて示す。
【0057】
【表2】

【0058】
3.色素沈着マーカーとしての有用性の検証
これまで色素沈着の状態を測定する方法として肌の色を光による反射や吸収によって定量されるのが一般的な方法として広く知られている。色彩色差計で肌色を測定した場合、数値が小さくなるにつれて肌の色が暗い、すなわち色素沈着が濃くなることを意味し、数値が大きくなるにつれて肌の色が明るい、すなわち色素沈着が薄い、もしくは無いことを意味する。そこで、この色彩色差計で測定した肌色数値と色素沈着マーカーの発現量とを比較し、候補マーカーの有用性を検証した。
【0059】
上記に示した色素沈着部位2箇所、非色素沈着部位2箇所と同じ箇所で色彩色差計を用いて肌色を測定した。
肌の明るさと4種の候補マーカー(Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1)の発現度との相関を調べた結果を図4(a)〜(d)に示す。グラフのX軸は肌の明るさを、またY軸は候補マーカータンパク質の発現量を示している。
その結果、Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1の4種類のマーカーに対して、肌の明るさが暗くなるに従ってこれらのタンパク質の発現量が増加していることがわかった。
さらに、この候補マーカーの中でも、Bleomycin hydrolase(相関係数R2=0.74), Annexin II(相関係数R2=0.33), Cathepsin D(相関係数R2=0.44)の3種類に関しては相関係数が0.3以上であることから有意に肌の明るさと候補マーカーの発現量との相関があると考えられる。このことから、この方法を用いることによって色素沈着の度合いを測定できるマーカーとして使用できることが明らかとなった。
一方、色素沈着部位は皮膚表面に顕在化する前に皮膚内においては刺激により情報伝達物質であるα-MSH, bFGF, CGRP, エンドセリン等の発現が上昇し、メラノサイトの増加、メラニンの増加、メラニンの増加に関与するチロシナーゼ酵素の増加によって様々なステップにおいて種々のタンパク質の変化が起こることが知られている。また、色素沈着部位近傍は非色素沈着部位に比べて色素沈着が顕在化しやすいということが報告されている。
そこで、上記とはまた別の実験系において色素沈着部位2箇所、非色素沈着部位2箇所、色素沈着近傍部位2箇所から角質チェッカーを用いて同じ箇所から5枚ずつ角層部位を採取し、同時に同じ箇所で色彩色差計を用いて肌色を測定した。これらのサンプルを用いて候補マーカータンパク質の発現と色彩色差計による肌の明るさとの相関を調べた。その結果を図5(a)〜(d)に示す。
その結果、色素沈着近傍部位の肌の明るさは非色素沈着部位とほぼ近い値であるにもかかわらず5種類のマーカー(Bleomycin hydrolase, Annexin II, Cathepsin D, Arginase 1,)に対する発現量は色素沈着部位での発現量の半分程度まで増加している(非色素沈着部位<色素沈着近傍部位<色素沈着部位 の順に発現量が増加)ことがわかった。このことから、この方法を用いることによって色素沈着の危険度を予測できるマーカーとしても使用できる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
色素沈着の程度によって発現が増加するタンパク質を見出した。これらのタンパク質の発現変動を検定することにより、色素沈着の原因や症状と関係するより正確な診断や発症の危険度の判定が可能となる。また、これらのマーカーを色素沈着の予防や改善を促す化粧品および健康食品への開発等に利用出来る。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
色素沈着の予防及び/又は改善に効果のある物質を同定する方法であって、以下の工程

(a) 被験物質と皮膚細胞及び/又は皮膚組織を接触させる工程、
(b) 工程(a)で被験物質と接触させた皮膚細胞及び/又は皮膚組織を所定時間培養す
る工程、
(c) 工程(b)で培養した皮膚細胞及び/又は皮膚組織における下記8種類のタンパク
質の内1種類又は複数種類について、発現及び/又はその遺伝子発現を経時的に測定する
工程、及び
(d) 工程(c)で測定したタンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現を、対照の皮膚
細胞及び/又は皮膚組織における前記測定タンパク質の発現及び/又はその遺伝子発現と
比較することにより、皮膚細胞及び/又は皮膚組織における測定したタンパク質の発現及
び/又はその遺伝子発現に対する被験物質の効果を評価する工程、
を含む色素沈着の予防及び/又は改善に効果のある物質を同定する方法。

タンパク質:Bleomycin hydrolase(ブレオマイシン ハイドラーゼ), Annexin(アネキシン) II, Cathepsin(カテプシン) D, Arginase(アルギナーゼ) 1, β-actin(アクチン), Keratin(ケラチン) 14, Keratin(ケラチン) 1, SCCA2



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4(a)】
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【図4(b)】
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【図4(c)】
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【図4(d)】
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【図5(a)】
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【図5(b)】
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【図5(c)】
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【図5(d)】
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【公開番号】特開2012−73267(P2012−73267A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−253910(P2011−253910)
【出願日】平成23年11月21日(2011.11.21)
【分割の表示】特願2007−172202(P2007−172202)の分割
【原出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【出願人】(593106918)株式会社ファンケル (310)
【Fターム(参考)】