相平衡データの熱力学健全性判定方法
【課題】二成分系気液平衡データをはじめとする幅広い相平衡データについて、該データの熱力学健全性を判定する信頼できる方法を提供すること。
【解決手段】下記式(13)および(14)で表わされる1パラメータマーギュラス式(式中、x1は成分1の液相モル分率であり、x2は成分2の液相モル分率であり、γ1は成分1の活量係数であり、γ2は成分2の活量係数である。)により相平衡データを相関し、相関誤差が十分小さいとき、そのデータは熱力学的に健全であると判定する気液平衡データなどの相平衡データの熱力学健全性判定方法。
【解決手段】下記式(13)および(14)で表わされる1パラメータマーギュラス式(式中、x1は成分1の液相モル分率であり、x2は成分2の液相モル分率であり、γ1は成分1の活量係数であり、γ2は成分2の活量係数である。)により相平衡データを相関し、相関誤差が十分小さいとき、そのデータは熱力学的に健全であると判定する気液平衡データなどの相平衡データの熱力学健全性判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相平衡データの熱力学健全性判定方法に関し、より詳しくは、気液平衡データ、液液平衡データなどの相平衡データの差分法に基づく熱力学健全性判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気液平衡(VLE;Vapor Liquid Equiribrium)データなどの相平衡データは、蒸留塔や抽出塔などの分離装置を合理的に設計するために重要なデータである。これまで、気液平衡の信頼できる推算法は確立されていない。このため、前記分離装置の設計に用いるため、多くの気液平衡データが報告されている。ところが、気液平衡データのうちで最も簡単な二成分系気液平衡データについてさえ、データの熱力学健全性を判定する信頼できる方法は確立されていない。データの熱力学健全性の判定が信頼できないものであると、得られたデータが果たして熱力学的に健全であるかどうかわからないため、装置の設計において当該データが利用できるのか、また利用できるにしてもどの程度の信頼性があるか不明であることから、大きな安全係数を掛けて装置を設計しなければならないという問題がおこる。
【0003】
ところで、熱力学に従うと、等温、等圧にある二成分系において、活量係数は次式(1)のギブス‐デューエム(Gibbs−Duhem)式を満たさなければならない。
【0004】
【数1】
【0005】
(式中、x1は、成分1のモル分率を、γ1、γ2は、それぞれ成分1および成分2の活量係数を表す。)
【0006】
通常、活量係数は液相に対して定義されることから、式(1)は、通常、液相に対して適用される。また、既存の全ての熱力学健全性テストは、(1)式を用いている。
【0007】
二成分系気液平衡データは、等温かつ等圧条件下において上記ギブス‐デューエム式を満たしていれば、熱力学的に健全であると判定される。従来の判定法では、気液平衡データを適当な活量係数式によって相関して、その相関式のギブス‐デューエム式適合性を調べている。
【0008】
相平衡データが(1)式のギブス‐デューエム式を満たしているかどうかを確認する方法については、従来いくつかの方法が提案されている。そのような確認方法の1つに、面積テストがある。面積テストでは、(1)式を積分して、0≦x1≦1の範囲全体でギブス‐デューエム式が満たされるかどうかが検証される。しかし、積分後の面積値が0であっても、x1の各点においては(1)式を満たさない場合が存在し、積分の結果誤差が相殺されて面積値が0となることから、不正確な方法と認められている。他の方法として、勾配テストがあり、この方法は、任意のx1におけるlnγ1、lnγ2の勾配を求めてそれぞれの点において(1)式を検証するものである。しかし、正しい勾配が決められないので大まかな目安しか与えないと認識されている(非特許文献1参照)。
【0009】
一方、活量係数式によるデータの相関では、既存の活量係数式(例えば、マーギュラス(Margules)式、van Laar式、UNIQUAC式、NRTL式、Wilson式、Redlich−Kister式など)を選んで、相平衡データを最も良く代表するように、活量係数式に含まれる2成分系パラメータの値を決定する。しかし、どの活量係数式も(1)式を満たすように作られているので、データを最も良く代表する2成分系パラメータの値も、データを全く代表しない2成分系パラメータの値もギブス‐デューエム式を満足するという性質がある。このため、既存の活量係数式によって相平衡データを相関する熱力学健全性テストでは、相平衡データの健全性を判定できない。以下に、具体例を示す。
【0010】
従来報告された相平衡データについてみると、気液平衡データ(VLEデータ)が圧倒的に多い。それは、気液平衡(VLE)関係を分離原理とする蒸留装置の設計が、工業的に極めて重要であることを示している。そこで、気液平衡データをマーギュラス式によって相関する例を以下に示す。
【0011】
2成分1、2に対する気液平衡関係は、次式で表わされる。
【数2】
【数3】
【0012】
上記式において、Pは系の圧力を表し、y1、y2は、それぞれ気相における成分1および2のモル分率を表す。また、p1s、p2sはそれぞれ、系の温度Tにおける純成分1および2の蒸気圧である。成分1および2の活量係数γ1とγ2を次式のマーギュラス式によって与える。
【0013】
【数4】
【数5】
【0014】
ここで、x1は成分1の液相モル分率を、x2は成分2の液相モル分率を表す。2成分系パラメータA、Bは、(4)式と(5)式においてx1→0、x2→0の極限を考えることにより、次式の無限希釈活量係数γ1∞とγ2∞によって表わされる。
【0015】
【数6】
【0016】
(2)、(3)式の和よりy1+y2=1を考慮して、全圧Pは次のように表わされる。
【0017】
【数7】
【0018】
定温気液平衡データの相関では、温度を一定にして組成x1と圧力Pの関係を測定し、このP−x関係を最もよく代表する2成分系パラメータA、Bを決定する。図1に、その一例として、35℃におけるメタノール(1)−水(2)系を例として、P−x関係の測定値とこれを代表する計算線(実線)を示す。図1において、○印は実測値(Dechema Chemistry Data Series,Vol.1,Part1,page55(1977)にある掲載データを利用)であり、実線はマーギュラス式によるデータの相関線(A=0.732,B=0.370)であり、波線はマーギュラス式による計算値(A=0.370,B=0.732)である。目的関数には次式を用いている。
【0019】
【数8】
【0020】
式(8)において、nはデータ数であり、Pk,expは実測値を、Pk,calはマーギュラス式による計算値を表す。上記式(8)の目的関数Fの値を最小にするように2成分系パラメータA、Bを最適化した結果、A=0.732、B=0.370のときに最もよく気液平衡データを代表できた。
【0021】
マーギュラス式(4)、(5)をギブス‐デューエム式(1)に代入すると、任意のA、Bの組み合わせに対して式(1)は満たされていることが示される。すなわち、図1におけるデータの代表線(実線)を与えるA=0.732,B=0.370のときにギブス‐デューエム式が満たされるばかりでなく、AとBの値を取り換えたA=0.370、B=0.732を用いてマーギュラス式から計算した図1にある破線であっても、ギブス‐デューエム式が満たされる。これは、他のいかなる(A、B)の組み合わせでも同じである。従って、データを最も良く代表する(A、B)の組み合わせが熱力学健全性を満たしているとは言えない。また、どのようなA、Bの組み合わせが熱力学健全性を満たすか、現在のところ明らかにされていない。既存の活量係数式はみなギブス‐デューエム式を満たすので、マーギュラス式に代えてどの既存活量係数式を用いても事情は同じである。
【0022】
さらに、小島らが提案した熱力学健全性テストでは、NRTL式を用いて気液平衡データを相関して相関精度を吟味する(非特許文献2参照)が、相関の精度によってデータの熱力学健全性を明らかにできないのは上記のことから明白である。また、Dechemaの熱力学健全性テストでは、Legendre多項式を用いてギブス‐デューエム式を満足させている(非特許文献3参照)ので、多項式の中のどのような係数の組み合わせでもギブス‐デューエム式を満足する。よって、相関の精度によってデータの熱力学健全性をやはり明らかにできない。また、熱力学相平衡のテキストである非特許文献4にも、信頼できる健全性テストは紹介されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0023】
【非特許文献1】J.M.Prausnitz,Molecular Thermodynamics of Fluid−Phase Equilibria,Prentice−Hall,New Jersey 1969
【非特許文献2】K.Kojima,H.M.Moon,K.Ochi,Fluid Phase Equilibria,Vol.56,pp.269−284(1990)
【非特許文献3】J.Gmehling,U.Onken,Vapor−Liquid Equilibrium Data Collection,DECHEMA Chemistry Data Series,Vol.I,Part1,1977
【非特許文献4】R.C.Reid,J.M.Prausnitz,B.E.Poling,“The Properties of Gases and Liquids”,McGraw−Hill,New York,NY,1987
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
本発明の目的は、上記事情に鑑みなされたもので、二成分系気液平衡データをはじめとする幅広い相平衡データについて、該データの熱力学健全性を判定する信頼できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明者は、従来全く試みられてこなかった数値解析法によってギブス‐デューエム式の成立性を調べることにより、ギブス‐デューエム式を最もよく満足する最適二成分系パラメータ関係を見出した。また、その際、差分法を取り入れることにより、すべての2成分系に対して、ギブス‐デューエム式が完全に満たされること、また2パラメータマーギュラス式においてA=Bが成り立つときに、ギブス‐デューエム式が完全に成立すること、この関係をデータ相関の基準に用いると、x−y関係およびP−x関係の相関誤差と|B−A|の間に比例関係が存在することを新たに見出した。本発明は、このような新たな知見に基づいてなされたものである。
【0026】
すなわち、本発明は、後記する式(13)および(14)で表わされる1パラメータマーギュラス式により相平衡データを相関し、相関誤差が十分小さいとき、そのデータは熱力学的に健全であると判定する気液平衡データなどの相平衡データの熱力学健全性判定方法に関する。
【0027】
また、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、前記相平衡データとの相関は、後記する式(17)または式(18)によるギブス‐デューエム式からの隔たりの平均FyまたはFPにより行うことを特徴とする。
【0028】
さらに、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、前記ギブス‐デューエム式からの隔たりの平均FyまたはFPが1%以下であるときにそのデータが熱力学的に健全であると判定することを特徴とする。
【0029】
また、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、1パラメータマーギュラス式を用いる気液平衡(VLE)データの相関にP−xまたはx−y関係を用いることを特徴とする。
【0030】
さらに、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、相平衡データが、気液平衡データまたは液液平衡データであることを特徴とする。
【0031】
また、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、気液平衡データまたは液液平衡データが2成分系または3成分系以上の多成分系データであることを特徴とする。
【0032】
また、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、熱力学健全性の判定が、ギブス‐デューエム式を本質的に満たす本質的健全性判定方法またはギブス‐デューエム式からの隔たり誤差から求めたDSを用い、DS≒0におけるFyとDSの比例関係を用いてDS>>0の範囲にあるデータの健全性を判定する経験的健全性判定方法により行われることを特徴とする。
【発明の効果】
【0033】
本発明においては、差分法によってギブス‐デューエム式における、成分1のモル分率の測定量x1に対する測定誤差Δx1が生み出すギブス‐デューエム式(1)からの隔たりDを導き、2パラメータマーギュラス式において、パラメータAとBがA=Bが成り立つときには、特定の2成分系に限られることなく、すべての2成分系に対してギブス‐デューエム式が完全に満たされることを明らかにした。また、これを基礎として、ギブス‐デューエム式からの隔たりの平均FyまたはFPを算出し、この値から熱力学健全性を判定することにより、高い信頼性をもって熱力学健全性の判定を行うことができ、蒸留塔をはじめとする分離装置の設計において、熱力学健全性を満たす気液平衡データ、液液データを用いることが可能となった。これにより、装置設計に用いる安全係数を1に近づけることができるので、工業装置の経済性を高め、また、省エネルギーで低環境負荷な運転ができる。
【0034】
また、本発明においては、相平衡データが、2成分データであるかにかかわらず、3成分以上の多成分系のデータについても熱力学健全性の判定を行うことができる。
【0035】
さらに、本発明では、ギブス‐デューエム式からの隔たりDが|B−A|に比例することをも経験的に明らかにした。また、この関係をデータ相関の基準に用いるとx−y関係およびP−x関係の相関誤差と|B−A|の間に比例関係が存在することを経験的に見出した。これらの発見により、本健全性判定法の適用範囲を実用相平衡データのほぼ全域に広げることができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】図1は、メタノール(1)−水(2)2成分系308.15KにおけるP−x関係を示す図である。
【図2】図2は、カルボン酸、アニリド、エステルを含む2成分系に対するマーギュラス式の2成分系パラメータAとBの比較図である。
【図3】図3は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系、メタノール(1)−水(2)系、エタノール(1)−水(2)系、および1−プロパノール(1)−水(2)系に対する定温気液平衡データを用いて求めた、Fyと|B−A|の関係を示す図である。
【図4】図4は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系、メタノール(1)−水(2)系、エタノール(1)−水(2)系、1−プロパノール(1)−水(2)系に対する定温気液平衡データに対するFPと|B−A|の関係を示す図である。
【図5】図5(a)は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等温データに対する|B−A|とFyの関係を示す図であり、図5(b)は、メタノール(1)−水(2)系等温データに対する|B−A|とFyの関係を示す図である。
【図6】図6は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系、メタノール(1)−水(2)系、エタノール(1)−水(2)系、および1−プロパノール(1)−水(2)系に対する定圧気液平衡データを用いて求めた|B−A|とFyの関係を示す図である。
【図7】図7は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系、メタノール(1)−水(2)系、エタノール(1)−水(2)系、1−プロパノール(1)−水(2)系に対する定圧気液平衡データに対するFPと|B−A|の関係を示す図である。
【図8】図8(a)は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等圧データに対する|B−A|とFyの関係を示す図であり、図8(b)は、メタノール(1)−水(2)系等圧データに対する|B−A|とFyの関係を示す図であり、図8(c)は、エタノール(1)−水(2)系等圧データに対する|B−A|とFyの関係を示す図である。
【図9】図9は、マーギュラス式(実線)およびウォール(Wohl)式(破線)で計算したときの25℃におけるヘキサン(1)−オクタン(2)系に対するlnγ2∞とDAVの関係を示す図である。
【図10】図10(a)は、実施例1におけるヘキサン(1)−ヘプタン(2)系に対する等温データに対する|B−A|とFyの関係を示す図であり、図10(b)は、実施例1におけるメタノール(1)−水(2)系に対する等温データに対する|B−A|とFyの関係を示す図である。
【図11】図11は、実施例2における、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系に対する等圧データに対する|B−A|とFyの関係を示す図である。
【図12】図12は、実施例3における、メタノール(1)−エタノール(2)−水(3)3成分系定圧気液平衡データを構成する2成分系に対するFyと|B−A|の関係を示す図である。
【図13】図13は、実施例4における、Fyと|B−A|の関係を用いた1−ブタノール(1)−水(2)系に対する相互溶解度データ(●印)の熱力学健全性判定のための図である。
【図14】図14は、実施例1で用いられたヘキサン(1)−ヘプタン(2)系に対する等温VLEデータである。
【図15】図15は、実施例1で用いられたメタノール(1)−水(2)系等温VLEデータである。
【図16】図16は、実施例1で用いられたメタノール(1)−水(2)系の等温VLEデータ(図15の続き)である。
【図17】図17は、実施例2で用いられたヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等圧VLEデータである。
【図18】図18は、実施例3で用いられたメタノール(1)−エタノール(2)−水(3)3成分系定圧VLEデータである。
【図19】図19は、実施例4で用いられた1−ブタノール(1)−水(2)2成分系液液平衡データである。
【図20】図20は、実施例4で用いられた1−ブタノール(1)−水(2)2成分系定温VLEデータである。
【図21】図21は、実施例4で用いられた1−ブタノール(1)−水(2)2成分系定圧VLEデータである。
【図22】図22は、実施例4で用いられた1−ブタノール(1)−水(2)2成分系定圧VLEデータ(図21の続き)である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
相平衡測定データには、測定誤差が必ず含まれる。式(1)のギブス‐デューエム式における、成分1のモル分率の測定量x1に対する測定誤差Δx1が生み出すギブス‐デューエム式(1)からの隔たりDは、DをΔx1の差分式として表すと近似的に明らかにできる。このとき気液平衡(VLE)データを代表する2成分系パラメータAとBがDの値(0からの隔たり)に与える影響も明らかにできるので、AとBによって代表される気液平衡データの熱力学健全性を、Dの値(0からの隔たり)によって評価できる。ギブス‐デューエム式からの隔たりを差分式によって表わす方法は、これはまで明らかにされておらず、本発明の独創的成果に属する。式(1)中の勾配を高精度に計算するために中心差分を用いると、Dは次式によって近似的に表わされる。
【0038】
【数9】
【0039】
(式中、x1は成分1の液相モル分率であり、γ1は成分1の活量係数であり、γ2は成分2の活量係数であり、γ1,x1+Δx1はx1=x1+Δx1における成分1の活量係数であり、γ1,x1−Δx1はx1=x1−Δx1における成分1の活量係数であり、γ2,x1+Δx1はx1=x1+Δx1における成分2の活量係数であり、γ2,x1−Δx1はx1=x1−Δx1における成分2の活量係数であり、Δx1は成分1の液相モル分率の測定誤差である。)
【0040】
(9)式において、活量係数に式(4)、(5)で表されるマーギュラス式を用いると、Dは次式(10)のように簡単になる。すなわち、式(9)の活量係数式に式(4)と(5)を用いて、これらに含まれるモル分率にはx1+Δx1あるいはx1−Δx1を代入して整理すると式(10)が得られる。
【0041】
【数10】
【0042】
式(10)は、Δx1→0のときD→0となることを表す。この極限は、マーギュラス式が解析的にギブス‐デューエム式を満たすことを表していて、式(4)、(5)を式(1)に代入すると、AとBの値にかかわらずD=0が成り立つことに対応する。ところが、式(10)が与える更なる新規な知見は、データを代表するAとBがA≠Bを満たせば、測定誤差Δx1が大きいときにDの値(ギブス‐デューエム式からの隔たり)は大きくなるので、データの熱力学健全性が低下することを明確に示していることである。これまで、ギブス‐デューエム式(D=0)からの隔たりと誤差Δx1の関係を明らかにした例はなく、この成果は本発明に帰属する。なお、P、y1に含まれる測定誤差は、上記式(2)、(3)によってΔx1に還元できる。
【0043】
誤差の大きさΔx1がDに及ぼす影響を、次式に示すように式(10)を用いて規格化する。Dsは規格化されたギブス‐デューエム式からの隔たりである。
【0044】
【数11】
【0045】
式(10)は、データがA=Bを満たすときにギブス‐デューエム式が完全に満たされることを示す。また、式(11)は、A=Bであれば、解析的な場合(Δx1→0)においても、あるいは、誤差の大きい場合(Δx1>>0)であってもギブス‐デューエム式が完全成立することを表す。すなわち、本発明は、|B−A|の値(あるいはDSの値)によって相平衡データの熱力学健全性判定が可能であることを明らかにしている。
【0046】
前述のように、A=Bのときにギブス‐デューエム式は完全成立する。そこで、定温気液平衡データに対して、AとBの値の比較を行った。データブック(J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMA)には、7283組の定温気液平衡データとマーギュラス式(4)、(5)によって気液平衡(VLE)データを代表する2成分系パラメータA、Bの値が収録されている。例えば、図1に示した15データ点はそのうちの一組に属する。このときの目的関数には、系の圧力の実測値Pk,expと2パラメータマーギュラス式による相関値Pk,calを用いて
【0047】
【数12】
【0048】
が用いられて、計算値と実測値の差の平均値ΔPが求められているので、相関精度の高いΔP<3mmHgを満たすデータ3086組の2成分系について、γ1∞(=eA)とγ2∞(=eB)の相対差異H=|(γ2∞−γ1∞)/γ1∞|の値を調べた。その結果を表1に示す。
【0049】
表1は化学種のグループ別に分類されているが、3086組のうちで65%に当たる1992組の2成分系はH<0.23を満たす。特に、極性の低い系においてはγ1∞とγ2∞は良く一致することがわかる。
【0050】
【表1】
【0051】
一方、図2に、カルボン酸、アニリド、エステルを含む2成分系のすべて(ΔP>0を満たす230系)に対してA(=lnγ1∞)とB(=lnγ2∞)の値を比較した例を示す(Dechema Chemistry Data Series,Vol.1,Part5にある掲載データを利用)。図2は多くのデータがA=Bの関係を満たしていることを示す。また、表1は、H<0.23に属する系の数は全体のおおよそ2/3に当たることを示す。これらの系ではHの値は0に近いとみなされるので、γ1∞≒γ2∞の関係、すなわち、A≒Bの関係をH<0.23の範囲まで認めるならば、全体の2/3の系に対してA=Bとみなせることになる。データがA=Bを満たしているときに熱力学健全性は本質的に満足されるので、本発明では、これらのデータを本質的健全性を満足するデータとして分類し、DS≒0なる関係に基づいて、後に本質的健全データの判定法を明らかにする。一方、A=Bから大きな隔たりを示すデータについては、実験誤差がギブス‐デューエム式からの隔たり(D=0からの隔たり)に大きく影響するので、DSの値を組み入れた経験的相関関係を見出し、後に健全データの経験的判定法を明らかにする。
【0052】
A=Bが満たされるとき、2パラメータマーギュラス式(4)、(5)は次式のように1パラメータマーギュラス式になる。
【0053】
【数13】
【数14】
【0054】
(式中、x1は成分1の液相モル分率を、x2は成分2の液相モル分率を表す。)
【0055】
式(13)、(14)によって気液平衡(VLE)データが誤差なく相関できれば、そのVLEデータはギブス‐デューエム式を完全に満たし、さらに、完全に熱力学健全性を満たすことになる。本発明は、以下に示すように、相平衡データの熱力学健全性を判定するために、1パラメータマーギュラス式によるデータ相関を用いるものである。従来、1パラメータマーギュラス式をVLEデータの相関に用いると、極めて不満足な結果しか与えないとして実用されてこなかった。ところが、本発明は1パラメータマーギュラス式こそが、データの熱力学健全性判定のための基準になることを見出した。以下にVLEデータのうちでx−y関係とP−x関係の相関に1パラメータマーギュラス式を用いる具体例を示す。
【0056】
活量係数式にA=Bなる1パラメータマーギュラス式を用いると、式(2)、(3)、(13)、(14)から次式が得られる。
【0057】
【数15】
【数16】
【0058】
(式中、Pは全圧、x1は成分1の液相モル分率、x2は成分2の液相モル分率、P1sは成分1の蒸気圧、P2sは成分2の蒸気圧、Aは1パラメータマーギュラス式におけるパラメータ、y1は成分1の気相モル分率を表す。)
【0059】
式(15)は、P−xの定温VLEデータが与えられたら、x1の各点においてAの値が決まることを示す。従って、実測したP−xの1点から熱力学健全性を満たすAの値(あるいは活量係数の値)を、式(15)によって決定できる。さらに、このAの値から、気相組成は(16)式によって定まる。従って、(16)式から計算される気相モル分率y1の値は、P−xの実測値1点について熱力学健全性を満たした値になる。0≦x1≦1の間にn点の実測値があるときには、気相モル分率y1に現れる、これら気液平衡(VLE)データのギブス‐デューエム式からの隔たりの平均(Fy)を、次式(17)によって評価する。
【0060】
【数17】
【0061】
式(17)において、yi,smoothは、平滑化されたVLEデータを用いて計算される成分1の気相モル分率である。添え字iは、液相モル分率のi番目の分割点であることを表し、yi,M1は、i番目の平滑化データに対して、1パラメータマーギュラス式を用いて計算した成分1の気相モル分率を表す。i番目の実測値を対応させても良いし、i番目の分割点を対応させても良い。気液平衡(VLE)データの平滑化には、適当な活量係数式を用いて目的関数を最小にするように2成分系パラメータを最適化すればよい。その方法は、例えば、式(8)を目的関数に用いて、実測したP−x関係を最も良く代表するように、マーギュラス2成分系パラメータA、Bを最適化すればよい。式(17)における液相モル分率の分割数nを定めるために、例えば、0≦x1≦1の範囲を40等分すればよい。平滑化されたVLEデータを用いる利点は、実測データのバラツキを除いて健全性の検定ができる点にある。さらに、VLEデータを代表する2成分系パラメータA、Bが定まれば、任意の液組成においてデータを検定できる利点もある。
【0062】
式(17)を用いるVLEデータに対する健全性検定の有用性を明らかにする一例を、図3に示す。図3は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系(×印)、メタノール(1)−水(2)系(○印)、エタノール(1)−水(2)系(●印)、および1−プロパノール(1)−水(2)系(+印)に対する定温気液平衡データ(いずれも実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,6a,6d、Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)を用いて求めたFyと|B−A|の関係を示している。P−xデータの平滑化には、式(12)を目的関数としてマーギュラス(Margules)2成分系パラメータA、Bを最適化した値がDECHEMAデータブックに掲載されているので、この相関結果を用いた。また、式(17)の分割点iは、0≦x1≦1の間を40等分して計算に用いた。図3は、1つの2成分系について、1パラメータマーギュラス式を用いる相関誤差Fyは規格化されたギブス‐デューエム式の隔たりDS(=|B−A|)に比例することを明らかにしている。
【0063】
1パラメータマーギュラス式を用いる気液平衡(VLE)データの相関には、P−x関係を用いることもできる。x−y関係に比べてP−x関係の測定精度は一般に高いと認められている(非特許文献4参照)ので、P−x相関が推奨される。その適用例を以下に示す。VLEデータのギブス‐デューエム式からの隔たりの平均を、次式のFPによって評価する。
【0064】
【数18】
【0065】
式中、Pi,smoothは、平滑化されたVLEデータを用いて計算される系の圧力である。添え字iは液相モル分率のi番目の分割点であることを表す。式(18)におけるPi,M1は、i番目の平滑化データに対して1パラメータマーギュラス式を用いて計算した系の圧力を表す。
【0066】
図4は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系(×印)、メタノール(1)−水(2)系(○印)、エタノール(1)−水(2)系(●印)、1−プロパノール(1)−水(2)系(+印)に対する定温気液平衡データ(いずれも実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,6a,6d,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFPと|B−A|の関係を示している。P−xデータの平滑化には、DECHEMAデータブックに掲載されているマーギュラス(Margules)2成分系パラメータA、Bの値を用いた。また、分割点は0≦x1≦1の間を40等分した。図の実線はFPと|B−A|の相関線である。図4は、1パラメータマーギュラス式を用いる相関誤差FPは、規格化されたギブス‐デューエム式の隔たりDS(=|B−A|)に比例することを明らかにしている。
【0067】
(定温データに対する熱力学健全性テスト)
上記のように、式(13)および(14)で表わされる1パラメータマーギュラス式を用いて相関誤差とDSの関係を調べると、両者の間に比例関係があることがわかる。
以下に、本質的健全性とこの比例関係を利用する経験的健全性判定テストを示す。
【0068】
(本質的健全性テスト)
データがDS=0を満たすときにギブス‐デューエム式は本質的に満足されるから、気液平衡(VLE)データのx−y関係において許容できる誤差を、例えば、1%に設定できるときには以下の判定条件を用いることができる。
【0069】
【数19】
【0070】
この本質的判定テストを、図3に示された4つの2成分系に適用すると、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系のデータはすべて式(19)を満たしているから、これらのデータは、すべて本質的熱力学健全性を満たしている。よって、データのx−y関係は1%の精度内で信頼できる。メタノール(1)−水(2)系データは、Fy>1に属する2つの系を除いて本質的熱力学健全性を満たしている。エタノール(1)−水(2)系では2つの系のみ本質的熱力学健全性を満たす。1−プロパノール(1)−水(2)系のデータはすべてが本質的熱力学健全性を満たさない。
【0071】
また、気液平衡データのP−x関係に1%の誤差が許容できるなら以下の判定条件を用いることができる。
【0072】
【数20】
【0073】
図4のデータにこの判定条件を適用すると、式(19)に比べて式(20)は厳しい判定条件であることがわかる。例えば、エタノール(1)−水(2)系では1つの系のみ本質的熱力学健全性を満たす。
【0074】
ギブス‐デューエム式は、データが一定温度、一定圧力にある場合に厳密に成立する。データが一定温度にあるけれども圧力は異なっているときには、厳密に判定テストを適用するために定温データに対して圧力補正が必要になる。その例は、実施例1において示す。
【0075】
本質的健全性を満たすデータ(Fy<1)は実験誤差に関わらずギブス‐デューエム式を完全に満たすので、従来にない判定基準として有用である。ただし、本質的健全性を満たさなくとも実験誤差が無視できるほどに小さければギブス‐デューエム式を満たす可能性は残る。そこで、Ds≒0の関係に基づいてDs>>0の範囲で成り立つ経験的比例関係が見つかったので、これを利用すれば健全性判定の適用範囲が著しく広げられる利点がある。
【0076】
(経験的健全性テスト)
気液平衡データがDS>>0を満たすとき、実測値に含まれる誤差がギブス‐デューエム式からの大きな隔たりの原因になることは、ギブス‐デューエム式からの隔たりDの内容の解明により既に明らかにした。このとき、データの健全性は低下する。しかし、FyとFPはDSに比例することも経験的に示された。すなわち、DS≒0におけるFyとDSの比例関係を用いてDS>>0の範囲にあるデータの健全性が判定できる。その例を以下に示す。
【0077】
図5(a)に、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等温気液平衡データ(●印は実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts6a,6b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFyとDS(=|B−A|)の関係を示す。実線は|B−A|の値が小さい範囲にあるデータを代表する傾き1の直線(相関値)であり、この直線上にデータがあれば経験的に熱力学健全性が満たされるものと判定する。|B−A|=0.228におけるデータは、この実線(Fy=3.92|B−A|)から10%以上隔たっているので経験的健全性を満たさない。しかし、このデータはFy<1であるから、本質的健全性を満たしている。従って、x−y関係は信頼できる。
【0078】
図5(b)に、メタノール(1)−水(2)系等温データ(●印は実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFyとDS(=|B−A|)の関係を示す。実線は|B−A|の値が小さい範囲にあるデータを代表する傾き1の直線(相関値)である。|B−A|>0.4の範囲にあるデータは、この実線(Fy=2.66|B−A|)から10%以上隔たっているので、経験的健全性を満たさない。同時に、このデータはFy>1であるから本質的健全性も満たしていない。よって、x−y関係は熱力学健全性を満たさない。一方、|B−A|<0.3の範囲にあるデータは、経験的健全性と本質的健全性の両方を満たしているので、x−y関係は信頼できる。
【0079】
式(17)、(18)は、0≦x1≦1の組成範囲に健全性テストを適用しているが、部分区間であっても同様に適用できるし、また、x1のある値においても、式(15)と(16)が適用できて、本質的健全性および経験的健全性を判定することができる。また、FPとDSの比例関係を用いて、DS>>0の範囲にある定温データの健全性も同様に判定できる。
【0080】
(定圧データに対する熱力学健全性テスト)
本発明において提案する健全性テストは、定温データと同様に定圧データに対してもそのまま適用できる。すなわち、定圧データを代表する2成分系パラメータが決定されれば、この2成分系パラメータと活量係数式から平滑化されたデータを作成して、式(17)あるいは(18)によって相関誤差を決定し、式(19)あるいは(20)によって本質的健全性を判定し、FyあるいはFPとDSの比例関係を用いて経験的健全性を判定すればよい。以下にその例を示す。
【0081】
図6は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系(×印)、メタノール(1)−水(2)系(○印)、エタノール(1)−水(2)系(●印)、および1−プロパノール(1)−水(2)系(+印)に対する定圧気液平衡データ(いずれも実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,6a,6d、Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)を用いて求めたFyと|B−A|の関係を示している。
【0082】
定圧VLEデータでは、圧力一定のもとに液組成(x)と温度Tの関係が測定される。T−xデータの平滑化には、式(12)を目的関数として、マーギュラス(Margules)2成分系パラメータA、Bを最適化した値がDECHEMAデータブックに掲載されているので、この相関結果を用いた。また、分割点iは0≦x1≦1の間を40等分して計算に用いた。図6は、1つの2成分系について、1パラメータマーギュラス式を用いる定圧データの相関誤差Fyが、規格化されたギブス‐デューエム式の隔たりDS(=|B−A|)に比例することを明らかにしている。
【0083】
図7は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系(×印)、メタノール(1)−水(2)系(○印)、エタノール(1)−水(2)系(●印)、1−プロパノール(1)−水(2)系(+印)に対する定圧気液平衡データ(いずれも実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,6a,6d,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFPと|B−A|の関係を示している。T−xデータの平滑化には、DECHEMAデータブックに掲載されているマーギュラス(Margules)2成分系パラメータA、Bの値を用いた。また、分割点は0≦x1≦1の間を40等分した。図の実線はFPと|B−A|の相関線である。図7は1パラメータマーギュラス式を用いる定圧データの相関誤差FPは、規格化されたギブス‐デューエム式の隔たりDS(=|B−A|)に比例することを明らかにしている。
【0084】
図8(a)に、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系定圧データ(●印は実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts6a,6b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFyとDS(=|B−A|)の関係を示す。実線は|B−A|の値が小さい範囲にあるデータを代表する直線(相関値)であり、この直線上にデータがあれば、経験的に熱力学健全性が満たされるものと判定する。図8(a)より、DS>0.2の範囲にあるデータは、DSが小さな範囲にあるデータを用いて決定された傾き1の直線(Fy=4.592|B−A|)から10%以上はずれており、さらにFy>1であるから本質的健全性も経験的健全性も満たさない。
【0085】
図8(b)に、メタノール(1)−水(2)系定圧データ(●印は実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFyとDS(=|B−A|)の関係を示す。実線は、相関値であり、傾き1の直線(Fy=3.0|B−A|)である。データのバラつきは大きいが、Fy>1の範囲にあるデータは、本質的健全性は満たさないが、経験的健全性を満たしている。
【0086】
図8(c)に、エタノール(1)−水(2)系定圧データ(●は実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFyとDS(=|B−A|)の関係を示す。実線は、相関値であり、|B−A|の値が小さい範囲にあるデータから決定された傾き1の直線(Fy=4.22|B−A|)である。直線から隔たりの大きな3点を除いて信頼性が高い。特に、DS=0.0455におけるデータは、本質的健全性も満たしていて信頼性が高い。
【0087】
FPとDSの比例関係を利用して、DS>>0の範囲にある定圧データの健全性も同様に判定できる。また、ギブス‐デューエム式はデータが一定温度、一定圧力にある場合に厳密に成立する。データが一定圧力にあるけれども温度が異なっているときには、厳密に判定テストを適用するために定圧データに対して温度補正が必要になる。その例は、実施例2で示す。
【0088】
(多成分系VLEデータに対する熱力学健全性テスト)
さらに、以下に多成分系気液平衡(VLE)データに対する熱力学健全性テストを説明する。本発明を利用することより、多成分系VLEデータの熱力学健全性も驚くほど簡単に判定できる。多成分系においては、多成分系を構成する2成分系のペア別に2成分系パラメータを決定して、2成分系に対する上記の健全性判定テストを適用すればよい。全ての2成分系のペアに対して、本質的健全性および経験的健全性を満たしたときに、多成分系VLEデータは熱力学健全データと判定される。実施例3に、メタノール(1)−エタノール(2)−水(3)3成分系定圧VLEデータに対する健全性判定の例を示す。
【0089】
(液液平衡データおよび固液平衡データの熱力学健全性の判定)
2成分系液液平衡データ(相互溶解度データ)についても、本発明の熱力学健全性テストはそのまま適用できる。すなわち、ある温度において相互溶解度を代表する2成分系パラメータが決定されれば、この値が式(19)あるいは(20)を満たすか調べればよい。また、異なる温度に対する相互溶解度データから、Fyと|B−A|あるいはFPと|B−A|の経験的比例関係を得て、経験的健全性テストに利用できる。実施例4に、1−ブタノール(1)−水(2)相互溶解度データの健全性判定の例を示す。固液平衡データについてもデータを代表する2成分系パラメータが得られれば、上記の方法によって熱力学健全性を判定できる。
【0090】
(活量係数式がギブス‐デューエム式の隔たりに及ぼす影響)
既存の活量係数式が、ギブス‐デューエム式の隔たりに及ぼす影響を、数値解析によって明らかにするために、0≦x1≦1の範囲をN等分した点において、式(1)のDの値を調べる。すなわち、次式(21)の平均値DAVの0からの隔たりによって、活量係数式と2成分系パラメータの熱力学健全性を判定する。
【0091】
【数21】
【数22】
【0092】
(式中、Dkはx1に対する第k番目の等分点x1kにおけるD(ギブス‐デューエム式からの隔たり)、x1kは成分1の液相モル分率、γ1は成分1の活量係数であり、γ2は成分2の活量係数であり、γ1,x1k+Δx1はx1=x1k+Δx1における成分1の活量係数、γ1,x1k−Δx1はx1=x1k−Δx1における成分1の活量係数、γ2,x1k+Δx1はx1=x1k+Δx1における成分2の活量係数、γ2,x1k−Δx1はx1=x1k−Δx1における成分2の活量係数、Δx1は成分1の液相モル分率の測定誤差である。)
【0093】
図9に、25℃におけるヘキサン(1)−オクタン(2)2成分系に対してA(=lnγ1∞)の値を実測値(−0.022)に指定し、第二の2成分系パラメータB(=lnγ2∞)とマーギュラス式から計算したDAVの値の関係を実線で示している。Δx1=10−3を採用し有効数字15桁の数値計算を行っている。また、N=20を採用した。マーギュラス式ではA=BにおいてD=0が成り立つことが差分法により式(10)として示されたが、図9はA=BのときにDAVが最小値3x10−10になることを示しており、正しい結果を与えている。
【0094】
一方、活量係数式として炭素数CNを導入して次式(23)〜(26)のWohl式を採用すると、lnγ2∞とDAVの関係は、図9の破線のようになる。
【0095】
【数23】
【数24】
【数25】
【数26】
【0096】
上記式において、x1は成分1の液相モル分率、xiは成分iの液相モル分率、qiは成分iの分子表面積、CNは成分iの炭素数、A、Bは、Wohl式に対する2成分パラメータであり、それぞれlnγ1∞とlnγ2∞を表す。
【0097】
図9に示されるように、Wohl式から計算した25℃におけるヘキサン(1)−オクタン(2)系に対するlnγ2∞とDAVの関係においては、DAVの最小値はマーギュラス式の場合より大きな値になって、ギブス‐デューエム式を十分に満たすことができない。他の既存の活量係数式を用いた場合も同じである。すなわち、1パラメータマーギュラス式はギブス‐デューエム式を完全に満たすことができる。
【0098】
以上記載した本発明の相平衡データの熱力学健全性判定方法をとりまとめて具体的に述べると、以下のとおりとなる。なお、本発明の方法は、これらの方法に限定されるものではない。
【0099】
〔2成分系定温気液平衡(VLE)データ(Fy)を用いる判定方法〕
(1)定温P−xデータを、適当な活量係数式[例えば、2パラメータマーギュラス式(4)、(5)]と適当な目的関数[例えば、式(8)あるいは式(12)]を用いて相関して2成分系パラメータA、Bを最適に(データを最も良く代表するように)定める。
(2)上記A、Bを用いて平滑化したx−y関係を定める。x1が与えられたときPは式(7)から計算し、y1は式(2)、(7)からy1=γ1x1p1s/Pとして計算する。x1の値は式(17)の説明にあるように、例えば40等分して、そのうちの一つを与える。
(3)上記のx1に対して1パラメータマーギュラス式に対するy1を式(16)から計算する。
(4)式(17)を用いて右辺の絶対値の中を計算する。分割点全体について式(17)により平均値を計算する。このようにしてFyが決まる。
(5)Fyの値が1より小さければ、この気液平衡(VLE)データは健全であると判定してテストは終わる。
【0100】
(6)Fy>1であれば、次に、経験的健全性の検討にうつる。すなわち、該当の2成分系(例えばメタノール(1)−水(2)2成分系)の既存のデータを用いて、Fyと|B−A|の関係を両対数紙にプロットする。次に、|B−A|の小さい範囲のデータを重視しながら、傾き1の直線によってデータを代表する経験的直線(比例関係)を決める。既存のデータが十分になければ、多数の温度に対するデータを自ら得て、経験的比例関係を見出す。この関係が決まらなければ経験的健全性判定はできない。
(7)上記の経験的比例関係と検定しようとする定温VLEデータに対するFyと|B−A|の関係を比較する。検定したいデータが経験的比例関係と10%以上違っていればこのデータは経験的健全性も満たさないと判定する。すなわち、このデータは最初に調べた本質的健全性も満たしていないし、経験的健全性も満たさないことになる。よって、熱力学的に健全ではないデータと判定される。
【0101】
(8)判定の結果は、以下の3種類に分かれる。
a. Fy<1(本質的健全性満足)→健全なデータ
b. Fy>1かつ経験的比例関係と10%内で一致→経験的健全性満足→健全なデータ
c. Fy>1かつ経験的比例関係と10%以上差異→経験的健全性不適→不健全データ
ただし、判定限界の1%であるとか10%は利用者が決めてよい。
【0102】
〔2成分系定温気液平衡(VLE)データ(FP)を用いる判定方法〕
A、Bを決めるところは、上記Fyを用いる判定の(1)と同じである。Fyを用いる判定の(2)においては、式(17)の代わりに式(18)を用いる。式(18)における平滑化された圧力は式(7)から計算する。また、1パラメータマーギュラス式による圧力の計算は式(15)から計算する。後はFyの変わりにFPを利用すれば、上記の方法と同じである。
【0103】
〔2成分系定圧気液平衡(VLE)データ(Fy)を用いる判定〕
定圧データではT−xデータが与えられるので、T−x関係を最も良く代表するように2成分系パラメータA、Bが決定される。A、Bが決まれば、後の判定は上記「2成分系定温気液平衡(VLE)データ(Fy)を用いる判定方法」と同じである。
【0104】
〔2成分系定圧VLEデータ(FP)を用いる判定方法〕
T−xデータを代表するA、Bが決まれば、判定法は上記「2成分系定温気液平衡(VLE)データ(FP)を用いる判定方法」と同じである。
【0105】
〔その他の判定方法〕
FyやFPのほかに、次のFΔyやFΔPを用いる判定も可能である。ただし、Fyが最も敏感であることから、判定法に向いている。
【0106】
【数27】
【数28】
【0107】
〔2成分系液液平衡データを用いる判定方法〕
一つの温度において解け合わない2相が接しているとき、相互溶解度が決まる。つまり相1の中の成分1のモル分率と、相2の中の成分1のモル分率が測定される。成分2のモル分率は、それぞれを1から引いて決まる。これらの相互溶解度は、後述する式(A4)の2つの式(i=1,2)を満たすので、この2つの式から2成分系パラメータA、Bが決まる。このときには目的関数は必要なくて、2つの相互溶解度の値が誤差なくA、Bに反映される。このA、Bは一定温度において決定されたから、上記「2成分系定温気液平衡(VLE)データ(Fy)を用いる判定方法」を適用して、データの健全性を判定する。後述する実施例4で取り上げた1−ブタノール−水系は、気液平衡も測定できるので、気液平衡から経験的直線関係を決めて、その関係を液液平衡のデータの健全性に利用した。一般には液液平衡データのみ存在するから、Fyと|B−A|の関係を両対数にプロットして傾き1の直線で代表して、この直線から外れるデータは経験的健全性を満たさないと判定される。もちろん、本質的健全性は満たされないと判定したあとの作業である。なお、一般には、液液平衡データはFy>>1になるので、例外もあるが、本質的健全性は満たされない場合が多い。
【0108】
〔多成分系定温気液平衡(VLE)データを用いる判定方法〕
多成分系の活量係数式は、多成分系を構成する2成分系の組み合わせで出来上がるとして導かれている。従って、3成分系であれば3組の2成分系から構成されていると考える。m成分系の等温気液平衡データが与えられたら、平衡関係は式(2)と同じように
【0109】
【数29】
【0110】
と与えられる。成分iの活量係数γiは、2成分系パラメータの関数になっている。例えば、3成分系では3組の2成分系のそれぞれに2つの2成分系パラメータが与えられているから、合計6個の2成分系パラメータがγiの中に含まれる。この6個の2成分系パラメータを、目的関数(例えば式(8)あるいは式(12)を用いて最適化(VLEデータを最も良く代表する)する。一つの2成分系の組みについて2成分系パラメータが決まれば、無限希釈活量係数はこの2成分系パラメータから計算できる。例えば、活量係数式にUNIQUAC式を使えば、後記式(A3)から無限希釈活量係数の対数、すなわち、Margules式2成分系パラメータA、Bが決まる。A、Bが決定されれば、健全性の判定は上記「2成分系定温気液平衡(VLE)データ(Fy)を用いる判定方法」と同じである。ただし、構成2成分系のペアのうちで、一つでも健全ではないと判定されたら、その時点で多成分系データは健全ではないと判定されることになる。等温多成分系データの判定では、経験的直線関係は2成分系の等温データから決定された関係を用いればよい。
【0111】
〔多成分系定圧気液平衡(VLE)データを用いる判定方法〕
等圧多成分系データの健全性判定も等温データの判定と同様に行われるが、経験的直線関係には2成分系の等圧データから決定された関係を用いればよい。
【0112】
本発明者は、5th International Symposium of Molecular Thremodynamics & Molecular Simulation(MTMS2009)およびVIII Iberoamrican Conference on Phase Equilibria and Fluid Properties for Process Design(EQUIFASE 2009)において数値計算法によってDAVの値を最小化できることを明らかにしている。また、数値計算を用いてアルカン−アルカンとアルカン−水2成分系に対してマーギュラス式ではA=BのときにDAVが最小になることを示した。一方、本発明は差分法によって式(10)を導き、A=Bが成り立つときにはアルカン−アルカンとアルカン−水2成分系に限らず、すべての2成分系に対してギブス‐デューエム式が完全に満たされることを明らかにした。さらに、Dは|B−A|に比例することも経験的に明らかにした。2パラメータマーギュラス式においてA=Bが成り立つときにギブス‐デューエム式が完全に成立することを示した報告は本発明が始めてである。また、この関係をデータ相関の基準に用いると、x−y関係およびP−x関係の相関誤差と|B−A|の間に比例関係が存在することを経験的に見出したのも本発明が始めてである。
【0113】
本発明は、化学工業における蒸留塔や抽出塔などの分離装置の設計において必要な相平衡データの健全性の判定に利用できる。また、環境評価のための相平衡データの健全性の判定にも利用できる。これらの判定法は相平衡推算ソフトウェアに組み入れて利用することができる。
【実施例】
【0114】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例により何ら限定なされるものではない。
【0115】
実施例1(等温気液平衡データの圧力補正)
ギブス‐デューエム式は、等温、等圧にある系に対して厳密に成り立つ。等温気液平衡(VLE)データでは、図1に示すように液組成の変化とともに圧力も変化するので、等温気VLEデータから活量係数を求めるときには、場合によっては、圧力補正を行って一定圧力における活量係数の値に変換する必要がある。一定温度Tにおける活量係数の圧力依存性は次式で与えられる(非特許文献1参照)。
【0116】
【数30】
【0117】
(式中、γi(P)は系の圧力Pにおける成分iの活量係数、γi(Pa)は一定圧力Paにおける成分iの活量係数、Tは温度を表す。また、
【0118】
【数31】
は成分iの部分モル体積、Rは気体定数である。)
成分iの部分モル体積は成分iの純成分モル体積に近似できるので(非特許文献4)、実施例の計算では純成分iのモル体積で近似した。
【0119】
実施例1における計算では、J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts6a,6b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAに掲載された、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系、およびメタノール(1)−水(2)系に対する等温VLEデータからγi(P)を求め、さらに式(A1)を用いて、一定圧力Pa(=(p1s+p2s)/2〔p1sとp2sは、それぞれ成分1と成分2の飽和蒸気圧を表す。〕における値γi(Pa)を計算した。なお、前記計算に用いられたヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等温VLEデータを図14に、またメタノール(1)−水(2)系等温VLEデータを図15、16に示す。
【0120】
こうして得られた値を式(17)におけるyi,M1の計算に用いて得たFyの値と|B−A|の関係を、図10(a)〔ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系〕および図10(b)〔メタノール(1)−水(2)系〕に示す。●印のデータは圧力補正をせずに圧力の差異を無視して求めた図3に示した値(等温データ)である。×印のデータは、圧力補正(一定圧力(Pa)に換算)してPaの等圧条件に活量係数の値を還元して求めた結果である。
【0121】
図10(a)、10(b)に示されるように、|B−A|が小さい範囲では圧力補正の効果が現れるが、|B−A|>0.1の範囲では圧力効果の影響は現れない。従って、式(19)の判定条件には、圧力の影響を考慮する必要はない。ただし、x−y関係の健全性をFy<<1なる厳密な範囲で判定しなければならないときには、圧力補正が必要になる。しかし、x−y関係に1%の誤差しか認めない式(19)は、通常は十分に厳密な判定条件である。さらに、Fy>>1の範囲において|B−A|との間に成り立つ経験的比例関係は、|B−A|の小さい範囲において圧力補正をせずに等圧として求めて比例関係を|B−A|>>0の範囲に補外して得られるが、|B−A|>>0の範囲では圧力の差異の影響は現れないので、この比例関係を圧力補正する必要はない。すなわち、経験的健全性判定法は、等温VLEデータにおいて圧力が異なる影響を無視して適用してよい。以上の圧力補正の影響はFPについてはFyより小さいので、式(20)の判定条件には圧力の影響を考慮する必要はない。
【0122】
実施例2(等圧気液平衡データの温度補正)
ギブス‐デューエム式は等温、等圧にある系に対して厳密に成り立つので、等圧気液平衡(VLE)データから活量係数を求めるときには、場合によっては、温度補正を行って一定温度における活量係数の値に変換する必要がある。一定圧力Pにおける活量係数の温度依存性は、次式で与えられる(非特許文献1参照)。
【0123】
【数32】
【0124】
(式中、γi(T)は系の温度Tにおける成分iの活量係数、γi(Ta)は一定温度Taにおける成分iの活量係数を表す。また、
【0125】
【数33】
は、成分iの部分モル過剰エンタルピー、Rは気体定数である。)
実施例における成分iの部分モル過剰エンタルピーの計算は、以下の非特許文献5に与えられている式(24)の関係を用いた。
【0126】
【非特許文献5】Satoru Kato;Industrial Engineering Chemistry Research,2005年,44巻,3766−3775ページ
【0127】
実施例2における計算では、J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts6a,6b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAに掲載された、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系に対する等圧VLEデータからγi(T)を求め、さらに式(A2)を用いて一定温度Ta(=(Ts1+Ts2)/2〔Ts1とTs2は、それぞれ成分1と2の沸点を表す。〕における値γi(Ta)を計算した。この値を式(17)におけるyi,M1の計算に用いて得たFyの値と|A−B|の関係を図11に示す。●印のデータは、温度補正をせずに温度の差異を無視して求めた図6の結果(等圧データ)と同じである。×印のデータは、温度補正して(Ts1+Ts2)/2の等温条件に活量係数の値を還元して求めた結果(一定温度(=(Ts1+Ts2)/2)に換算して計算)である。なお、前記計算に用いられたヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等圧VLEデータを図17に示す。
【0128】
図11に示されるように、Fy<1の範囲においては温度補正の効果が現れるが、Fy>1の範囲では温度効果の影響は現れないことを示している。従って、式(19)の判定条件には温度の影響を考慮する必要がない。ただし、x−y関係の健全性をFy<<1なる厳密な範囲で判定しなければならないときには、温度補正が必要になる。さらに、Fy>>1の範囲において|B−A|との間に成り立つ経験的比例関係を温度補正する必要はない。すなわち、経験的健全性判定法は、等圧VLEデータにおいて温度が異なる影響を無視して適用してよい。以上の温度補正の影響は、FPについてはFyより小さいので、式(20)の判定条件には温度の影響を考慮する必要はない。
【0129】
実施例3(3成分系気液平衡データの健全性判定)
多成分系気液平衡(VLE)データの活量係数は、UNIQUAC式、NRTL式、Wilson式によって表わされている。Dechema Chemistry Data Seriesには、多成分系VLEデータとその相関結果も収録されている。そこで、このなかのデータについて熱力学健全性を判定した。用いたデータはVol.I,Part1の562、563、564ページに掲載されている1気圧におけるメタノール(1)−エタノール(2)−水(3)3成分系に対する定圧VLEデータである。これを図18に示す。
【0130】
これらのデータを3成分系UNIQUAC式によって相関して、3成分系UNIQUAC式に含まれる6つの2成分系パラメータτ12、τ21、τ13、τ31、τ23、τ32の値が与えられている。マーギュラス式では、3成分系VLEデータの相関は行われていない。ここで、τijとτjiは、成分iと成分jからなる2成分系に対するUNIQUAC式2成分系パラメータである。2成分系と多成分系に対するUNIQUAC式は、Dechema Chemistry Data SeriesのVol.1,Part1にまとめられている。UNIQUAC2成分系パラメータと無限希釈活量係数の関係は次式で与えられる。
【0131】
【数34】
【0132】
(式中、γiは成分iの活量係数を、ri、rjはそれぞれ成分iおよびjの分子体積パラメータを、qi、qjは分子表面積パラメータを、τij、τjiは、成分iと成分jからなる2成分系に対するUNIQUAC式2成分系パラメータを表す。)
【0133】
成分i、jの分子体積パラメータri、rjと分子表面積パラメータqi、qjを計算するための定数は、非特許文献4の表8−21(317ページ)にまとめられている。成分i、jの2成分系に対するUNIQUAC2成分系パラメータτijとτjiがDechema Chemistry Data SeriesにVLEデータ別に与えられているので、平滑化したP−x関係が2成分系UNIQUAC式を用いて決定できる。表2に、メタノール(1)−エタノール(2)−水(3)3成分系における構成2成分系に対するFyの値をまとめた。
【0134】
【表2】
【0135】
表2より、メタノール(1)−エタノール(2)2成分系については、Fy<<1であるから、本質的健全性を満たしていることがわかる。また、式(A3)からA(=lnγi∞)とB(=lnγj∞)の値を決定できるので、|B−A|の値が決定できる。そこで、図12に、メタノール(1)−水(2)系とエタノール(1)−水(2)2成分系について|B−A|とFyの関係を示した。
【0136】
図12において、実線はメタノール(1)−水(2)2成分系定圧VLEデータの代表線(図8(b)の代表線)であり、破線はエタノール(1)−水(2)2成分系定圧VLEデータの代表線(図8(c)の代表線)であり、○は3成分系データから求めたメタノール(1)−水(2)系に対する値であり、□は3成分系データから求めたエタノール(1)−水(2)系に対する値である。
【0137】
図12においては、3成分系データから決定された構成2成分系に対する|B−A|とFyの関係は、メタノール(1)−水(2)系についても、エタノール(1)−水(2)系においても、2成分系の定圧VLEの関係と一致しており、これら3つの3成分系のVLEデータは、メタノール−水、エタノール−水系について経験的健全性を満たしていることがわかる。特に、Fy>1においても比例関係を満たしていることから、これらの3成分系VLEデータは、前記文献の563ページのデータは本質的健全性を満たし、また同562ページのデータは、エタノール−水系について経験的健全性も満たし、同564ページのデータは、メタノール−水系について経験的健全性も満たしているといえる。以上のように、本発明による健全性判定テストは、多成分系に対しても拡張適用できることは驚きであり、実用性は極めて高い。
【0138】
実施例4(2成分系液液平衡データの健全性判定)
J.M.Sorensen,W.Arlt,Liquid‐Liquid Equilibrium Data Collection,Binary Systems, Chemistry Data Series,Vol.V,Part1,Dechema(1979)には、1−ブタノール(1)−水(2)2成分系液液平衡データ(相互溶解度データ)が報告されているので、これらのデータの健全性判定を行った。一定温度において2液相が液液平衡関係にある時に相互溶解度は、以下の平衡関係を満たす。
【0139】
【数35】
【0140】
(式中、γiは成分iの活量係数を、xiは成分iの液相モル分率を、添え字1,2は、それぞれ成分1と2に富む液相を表す。)
【0141】
式(A4)の中の活量係数の計算にマーギュラス式を用い、相互溶解度(x1)1,(x1)2の実測値から2成分系パラメータAとBの値を計算することができるので、式(17)からFyを決定できる。
【0142】
なお、前記1−ブタノール(1)−水(2)2成分系液液平衡データを図19に、1−ブタノール(1)−水(2)2成分系定温VLEデータを図20に、1−ブタノール(1)−水(2)2成分系定圧VLEデータを図21、22に示す。
【0143】
図13に、1−ブタノール(1)−水(2)2成分系液液平衡データに対する|B−A|とFyの関係を示す。●印は、1−ブタノール(1)−水(2)系に対する相互溶解度データであり、○印は、1−ブタノール(1)−水(2)系に対する定温VLEデータであり、また△印は、1−ブタノール(1)−水(2)系に対する定圧VLEデータである。傾き1の直線はその代表線を表す。また、液液平衡データ(●印)の一部は、この直線に一致しているので、これらは経験的健全性を満たしている。この直線から偏倚の大きな液液平衡データは、本質的健全性も経験的健全性も満足しない。なお、Fy>>1の範囲にあるVLEデータから傾き1の直線を決定したが、図13に示すように、同じ範囲にある|B−A|の定圧VLEデータに関しては、多くのデータが傾き1の直線性を示すので、定温VLEデータについてもこの範囲のデータを用いて経験的相関関係を決定できる。以上のように、本発明における健全性テストは液液平衡データまで拡張適用できることは驚きである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、相平衡データの熱力学健全性判定方法に関し、より詳しくは、気液平衡データ、液液平衡データなどの相平衡データの差分法に基づく熱力学健全性判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気液平衡(VLE;Vapor Liquid Equiribrium)データなどの相平衡データは、蒸留塔や抽出塔などの分離装置を合理的に設計するために重要なデータである。これまで、気液平衡の信頼できる推算法は確立されていない。このため、前記分離装置の設計に用いるため、多くの気液平衡データが報告されている。ところが、気液平衡データのうちで最も簡単な二成分系気液平衡データについてさえ、データの熱力学健全性を判定する信頼できる方法は確立されていない。データの熱力学健全性の判定が信頼できないものであると、得られたデータが果たして熱力学的に健全であるかどうかわからないため、装置の設計において当該データが利用できるのか、また利用できるにしてもどの程度の信頼性があるか不明であることから、大きな安全係数を掛けて装置を設計しなければならないという問題がおこる。
【0003】
ところで、熱力学に従うと、等温、等圧にある二成分系において、活量係数は次式(1)のギブス‐デューエム(Gibbs−Duhem)式を満たさなければならない。
【0004】
【数1】
【0005】
(式中、x1は、成分1のモル分率を、γ1、γ2は、それぞれ成分1および成分2の活量係数を表す。)
【0006】
通常、活量係数は液相に対して定義されることから、式(1)は、通常、液相に対して適用される。また、既存の全ての熱力学健全性テストは、(1)式を用いている。
【0007】
二成分系気液平衡データは、等温かつ等圧条件下において上記ギブス‐デューエム式を満たしていれば、熱力学的に健全であると判定される。従来の判定法では、気液平衡データを適当な活量係数式によって相関して、その相関式のギブス‐デューエム式適合性を調べている。
【0008】
相平衡データが(1)式のギブス‐デューエム式を満たしているかどうかを確認する方法については、従来いくつかの方法が提案されている。そのような確認方法の1つに、面積テストがある。面積テストでは、(1)式を積分して、0≦x1≦1の範囲全体でギブス‐デューエム式が満たされるかどうかが検証される。しかし、積分後の面積値が0であっても、x1の各点においては(1)式を満たさない場合が存在し、積分の結果誤差が相殺されて面積値が0となることから、不正確な方法と認められている。他の方法として、勾配テストがあり、この方法は、任意のx1におけるlnγ1、lnγ2の勾配を求めてそれぞれの点において(1)式を検証するものである。しかし、正しい勾配が決められないので大まかな目安しか与えないと認識されている(非特許文献1参照)。
【0009】
一方、活量係数式によるデータの相関では、既存の活量係数式(例えば、マーギュラス(Margules)式、van Laar式、UNIQUAC式、NRTL式、Wilson式、Redlich−Kister式など)を選んで、相平衡データを最も良く代表するように、活量係数式に含まれる2成分系パラメータの値を決定する。しかし、どの活量係数式も(1)式を満たすように作られているので、データを最も良く代表する2成分系パラメータの値も、データを全く代表しない2成分系パラメータの値もギブス‐デューエム式を満足するという性質がある。このため、既存の活量係数式によって相平衡データを相関する熱力学健全性テストでは、相平衡データの健全性を判定できない。以下に、具体例を示す。
【0010】
従来報告された相平衡データについてみると、気液平衡データ(VLEデータ)が圧倒的に多い。それは、気液平衡(VLE)関係を分離原理とする蒸留装置の設計が、工業的に極めて重要であることを示している。そこで、気液平衡データをマーギュラス式によって相関する例を以下に示す。
【0011】
2成分1、2に対する気液平衡関係は、次式で表わされる。
【数2】
【数3】
【0012】
上記式において、Pは系の圧力を表し、y1、y2は、それぞれ気相における成分1および2のモル分率を表す。また、p1s、p2sはそれぞれ、系の温度Tにおける純成分1および2の蒸気圧である。成分1および2の活量係数γ1とγ2を次式のマーギュラス式によって与える。
【0013】
【数4】
【数5】
【0014】
ここで、x1は成分1の液相モル分率を、x2は成分2の液相モル分率を表す。2成分系パラメータA、Bは、(4)式と(5)式においてx1→0、x2→0の極限を考えることにより、次式の無限希釈活量係数γ1∞とγ2∞によって表わされる。
【0015】
【数6】
【0016】
(2)、(3)式の和よりy1+y2=1を考慮して、全圧Pは次のように表わされる。
【0017】
【数7】
【0018】
定温気液平衡データの相関では、温度を一定にして組成x1と圧力Pの関係を測定し、このP−x関係を最もよく代表する2成分系パラメータA、Bを決定する。図1に、その一例として、35℃におけるメタノール(1)−水(2)系を例として、P−x関係の測定値とこれを代表する計算線(実線)を示す。図1において、○印は実測値(Dechema Chemistry Data Series,Vol.1,Part1,page55(1977)にある掲載データを利用)であり、実線はマーギュラス式によるデータの相関線(A=0.732,B=0.370)であり、波線はマーギュラス式による計算値(A=0.370,B=0.732)である。目的関数には次式を用いている。
【0019】
【数8】
【0020】
式(8)において、nはデータ数であり、Pk,expは実測値を、Pk,calはマーギュラス式による計算値を表す。上記式(8)の目的関数Fの値を最小にするように2成分系パラメータA、Bを最適化した結果、A=0.732、B=0.370のときに最もよく気液平衡データを代表できた。
【0021】
マーギュラス式(4)、(5)をギブス‐デューエム式(1)に代入すると、任意のA、Bの組み合わせに対して式(1)は満たされていることが示される。すなわち、図1におけるデータの代表線(実線)を与えるA=0.732,B=0.370のときにギブス‐デューエム式が満たされるばかりでなく、AとBの値を取り換えたA=0.370、B=0.732を用いてマーギュラス式から計算した図1にある破線であっても、ギブス‐デューエム式が満たされる。これは、他のいかなる(A、B)の組み合わせでも同じである。従って、データを最も良く代表する(A、B)の組み合わせが熱力学健全性を満たしているとは言えない。また、どのようなA、Bの組み合わせが熱力学健全性を満たすか、現在のところ明らかにされていない。既存の活量係数式はみなギブス‐デューエム式を満たすので、マーギュラス式に代えてどの既存活量係数式を用いても事情は同じである。
【0022】
さらに、小島らが提案した熱力学健全性テストでは、NRTL式を用いて気液平衡データを相関して相関精度を吟味する(非特許文献2参照)が、相関の精度によってデータの熱力学健全性を明らかにできないのは上記のことから明白である。また、Dechemaの熱力学健全性テストでは、Legendre多項式を用いてギブス‐デューエム式を満足させている(非特許文献3参照)ので、多項式の中のどのような係数の組み合わせでもギブス‐デューエム式を満足する。よって、相関の精度によってデータの熱力学健全性をやはり明らかにできない。また、熱力学相平衡のテキストである非特許文献4にも、信頼できる健全性テストは紹介されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0023】
【非特許文献1】J.M.Prausnitz,Molecular Thermodynamics of Fluid−Phase Equilibria,Prentice−Hall,New Jersey 1969
【非特許文献2】K.Kojima,H.M.Moon,K.Ochi,Fluid Phase Equilibria,Vol.56,pp.269−284(1990)
【非特許文献3】J.Gmehling,U.Onken,Vapor−Liquid Equilibrium Data Collection,DECHEMA Chemistry Data Series,Vol.I,Part1,1977
【非特許文献4】R.C.Reid,J.M.Prausnitz,B.E.Poling,“The Properties of Gases and Liquids”,McGraw−Hill,New York,NY,1987
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
本発明の目的は、上記事情に鑑みなされたもので、二成分系気液平衡データをはじめとする幅広い相平衡データについて、該データの熱力学健全性を判定する信頼できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明者は、従来全く試みられてこなかった数値解析法によってギブス‐デューエム式の成立性を調べることにより、ギブス‐デューエム式を最もよく満足する最適二成分系パラメータ関係を見出した。また、その際、差分法を取り入れることにより、すべての2成分系に対して、ギブス‐デューエム式が完全に満たされること、また2パラメータマーギュラス式においてA=Bが成り立つときに、ギブス‐デューエム式が完全に成立すること、この関係をデータ相関の基準に用いると、x−y関係およびP−x関係の相関誤差と|B−A|の間に比例関係が存在することを新たに見出した。本発明は、このような新たな知見に基づいてなされたものである。
【0026】
すなわち、本発明は、後記する式(13)および(14)で表わされる1パラメータマーギュラス式により相平衡データを相関し、相関誤差が十分小さいとき、そのデータは熱力学的に健全であると判定する気液平衡データなどの相平衡データの熱力学健全性判定方法に関する。
【0027】
また、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、前記相平衡データとの相関は、後記する式(17)または式(18)によるギブス‐デューエム式からの隔たりの平均FyまたはFPにより行うことを特徴とする。
【0028】
さらに、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、前記ギブス‐デューエム式からの隔たりの平均FyまたはFPが1%以下であるときにそのデータが熱力学的に健全であると判定することを特徴とする。
【0029】
また、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、1パラメータマーギュラス式を用いる気液平衡(VLE)データの相関にP−xまたはx−y関係を用いることを特徴とする。
【0030】
さらに、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、相平衡データが、気液平衡データまたは液液平衡データであることを特徴とする。
【0031】
また、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、気液平衡データまたは液液平衡データが2成分系または3成分系以上の多成分系データであることを特徴とする。
【0032】
また、本発明は、上記相平衡データの熱力学健全性判定方法において、熱力学健全性の判定が、ギブス‐デューエム式を本質的に満たす本質的健全性判定方法またはギブス‐デューエム式からの隔たり誤差から求めたDSを用い、DS≒0におけるFyとDSの比例関係を用いてDS>>0の範囲にあるデータの健全性を判定する経験的健全性判定方法により行われることを特徴とする。
【発明の効果】
【0033】
本発明においては、差分法によってギブス‐デューエム式における、成分1のモル分率の測定量x1に対する測定誤差Δx1が生み出すギブス‐デューエム式(1)からの隔たりDを導き、2パラメータマーギュラス式において、パラメータAとBがA=Bが成り立つときには、特定の2成分系に限られることなく、すべての2成分系に対してギブス‐デューエム式が完全に満たされることを明らかにした。また、これを基礎として、ギブス‐デューエム式からの隔たりの平均FyまたはFPを算出し、この値から熱力学健全性を判定することにより、高い信頼性をもって熱力学健全性の判定を行うことができ、蒸留塔をはじめとする分離装置の設計において、熱力学健全性を満たす気液平衡データ、液液データを用いることが可能となった。これにより、装置設計に用いる安全係数を1に近づけることができるので、工業装置の経済性を高め、また、省エネルギーで低環境負荷な運転ができる。
【0034】
また、本発明においては、相平衡データが、2成分データであるかにかかわらず、3成分以上の多成分系のデータについても熱力学健全性の判定を行うことができる。
【0035】
さらに、本発明では、ギブス‐デューエム式からの隔たりDが|B−A|に比例することをも経験的に明らかにした。また、この関係をデータ相関の基準に用いるとx−y関係およびP−x関係の相関誤差と|B−A|の間に比例関係が存在することを経験的に見出した。これらの発見により、本健全性判定法の適用範囲を実用相平衡データのほぼ全域に広げることができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】図1は、メタノール(1)−水(2)2成分系308.15KにおけるP−x関係を示す図である。
【図2】図2は、カルボン酸、アニリド、エステルを含む2成分系に対するマーギュラス式の2成分系パラメータAとBの比較図である。
【図3】図3は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系、メタノール(1)−水(2)系、エタノール(1)−水(2)系、および1−プロパノール(1)−水(2)系に対する定温気液平衡データを用いて求めた、Fyと|B−A|の関係を示す図である。
【図4】図4は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系、メタノール(1)−水(2)系、エタノール(1)−水(2)系、1−プロパノール(1)−水(2)系に対する定温気液平衡データに対するFPと|B−A|の関係を示す図である。
【図5】図5(a)は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等温データに対する|B−A|とFyの関係を示す図であり、図5(b)は、メタノール(1)−水(2)系等温データに対する|B−A|とFyの関係を示す図である。
【図6】図6は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系、メタノール(1)−水(2)系、エタノール(1)−水(2)系、および1−プロパノール(1)−水(2)系に対する定圧気液平衡データを用いて求めた|B−A|とFyの関係を示す図である。
【図7】図7は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系、メタノール(1)−水(2)系、エタノール(1)−水(2)系、1−プロパノール(1)−水(2)系に対する定圧気液平衡データに対するFPと|B−A|の関係を示す図である。
【図8】図8(a)は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等圧データに対する|B−A|とFyの関係を示す図であり、図8(b)は、メタノール(1)−水(2)系等圧データに対する|B−A|とFyの関係を示す図であり、図8(c)は、エタノール(1)−水(2)系等圧データに対する|B−A|とFyの関係を示す図である。
【図9】図9は、マーギュラス式(実線)およびウォール(Wohl)式(破線)で計算したときの25℃におけるヘキサン(1)−オクタン(2)系に対するlnγ2∞とDAVの関係を示す図である。
【図10】図10(a)は、実施例1におけるヘキサン(1)−ヘプタン(2)系に対する等温データに対する|B−A|とFyの関係を示す図であり、図10(b)は、実施例1におけるメタノール(1)−水(2)系に対する等温データに対する|B−A|とFyの関係を示す図である。
【図11】図11は、実施例2における、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系に対する等圧データに対する|B−A|とFyの関係を示す図である。
【図12】図12は、実施例3における、メタノール(1)−エタノール(2)−水(3)3成分系定圧気液平衡データを構成する2成分系に対するFyと|B−A|の関係を示す図である。
【図13】図13は、実施例4における、Fyと|B−A|の関係を用いた1−ブタノール(1)−水(2)系に対する相互溶解度データ(●印)の熱力学健全性判定のための図である。
【図14】図14は、実施例1で用いられたヘキサン(1)−ヘプタン(2)系に対する等温VLEデータである。
【図15】図15は、実施例1で用いられたメタノール(1)−水(2)系等温VLEデータである。
【図16】図16は、実施例1で用いられたメタノール(1)−水(2)系の等温VLEデータ(図15の続き)である。
【図17】図17は、実施例2で用いられたヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等圧VLEデータである。
【図18】図18は、実施例3で用いられたメタノール(1)−エタノール(2)−水(3)3成分系定圧VLEデータである。
【図19】図19は、実施例4で用いられた1−ブタノール(1)−水(2)2成分系液液平衡データである。
【図20】図20は、実施例4で用いられた1−ブタノール(1)−水(2)2成分系定温VLEデータである。
【図21】図21は、実施例4で用いられた1−ブタノール(1)−水(2)2成分系定圧VLEデータである。
【図22】図22は、実施例4で用いられた1−ブタノール(1)−水(2)2成分系定圧VLEデータ(図21の続き)である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
相平衡測定データには、測定誤差が必ず含まれる。式(1)のギブス‐デューエム式における、成分1のモル分率の測定量x1に対する測定誤差Δx1が生み出すギブス‐デューエム式(1)からの隔たりDは、DをΔx1の差分式として表すと近似的に明らかにできる。このとき気液平衡(VLE)データを代表する2成分系パラメータAとBがDの値(0からの隔たり)に与える影響も明らかにできるので、AとBによって代表される気液平衡データの熱力学健全性を、Dの値(0からの隔たり)によって評価できる。ギブス‐デューエム式からの隔たりを差分式によって表わす方法は、これはまで明らかにされておらず、本発明の独創的成果に属する。式(1)中の勾配を高精度に計算するために中心差分を用いると、Dは次式によって近似的に表わされる。
【0038】
【数9】
【0039】
(式中、x1は成分1の液相モル分率であり、γ1は成分1の活量係数であり、γ2は成分2の活量係数であり、γ1,x1+Δx1はx1=x1+Δx1における成分1の活量係数であり、γ1,x1−Δx1はx1=x1−Δx1における成分1の活量係数であり、γ2,x1+Δx1はx1=x1+Δx1における成分2の活量係数であり、γ2,x1−Δx1はx1=x1−Δx1における成分2の活量係数であり、Δx1は成分1の液相モル分率の測定誤差である。)
【0040】
(9)式において、活量係数に式(4)、(5)で表されるマーギュラス式を用いると、Dは次式(10)のように簡単になる。すなわち、式(9)の活量係数式に式(4)と(5)を用いて、これらに含まれるモル分率にはx1+Δx1あるいはx1−Δx1を代入して整理すると式(10)が得られる。
【0041】
【数10】
【0042】
式(10)は、Δx1→0のときD→0となることを表す。この極限は、マーギュラス式が解析的にギブス‐デューエム式を満たすことを表していて、式(4)、(5)を式(1)に代入すると、AとBの値にかかわらずD=0が成り立つことに対応する。ところが、式(10)が与える更なる新規な知見は、データを代表するAとBがA≠Bを満たせば、測定誤差Δx1が大きいときにDの値(ギブス‐デューエム式からの隔たり)は大きくなるので、データの熱力学健全性が低下することを明確に示していることである。これまで、ギブス‐デューエム式(D=0)からの隔たりと誤差Δx1の関係を明らかにした例はなく、この成果は本発明に帰属する。なお、P、y1に含まれる測定誤差は、上記式(2)、(3)によってΔx1に還元できる。
【0043】
誤差の大きさΔx1がDに及ぼす影響を、次式に示すように式(10)を用いて規格化する。Dsは規格化されたギブス‐デューエム式からの隔たりである。
【0044】
【数11】
【0045】
式(10)は、データがA=Bを満たすときにギブス‐デューエム式が完全に満たされることを示す。また、式(11)は、A=Bであれば、解析的な場合(Δx1→0)においても、あるいは、誤差の大きい場合(Δx1>>0)であってもギブス‐デューエム式が完全成立することを表す。すなわち、本発明は、|B−A|の値(あるいはDSの値)によって相平衡データの熱力学健全性判定が可能であることを明らかにしている。
【0046】
前述のように、A=Bのときにギブス‐デューエム式は完全成立する。そこで、定温気液平衡データに対して、AとBの値の比較を行った。データブック(J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMA)には、7283組の定温気液平衡データとマーギュラス式(4)、(5)によって気液平衡(VLE)データを代表する2成分系パラメータA、Bの値が収録されている。例えば、図1に示した15データ点はそのうちの一組に属する。このときの目的関数には、系の圧力の実測値Pk,expと2パラメータマーギュラス式による相関値Pk,calを用いて
【0047】
【数12】
【0048】
が用いられて、計算値と実測値の差の平均値ΔPが求められているので、相関精度の高いΔP<3mmHgを満たすデータ3086組の2成分系について、γ1∞(=eA)とγ2∞(=eB)の相対差異H=|(γ2∞−γ1∞)/γ1∞|の値を調べた。その結果を表1に示す。
【0049】
表1は化学種のグループ別に分類されているが、3086組のうちで65%に当たる1992組の2成分系はH<0.23を満たす。特に、極性の低い系においてはγ1∞とγ2∞は良く一致することがわかる。
【0050】
【表1】
【0051】
一方、図2に、カルボン酸、アニリド、エステルを含む2成分系のすべて(ΔP>0を満たす230系)に対してA(=lnγ1∞)とB(=lnγ2∞)の値を比較した例を示す(Dechema Chemistry Data Series,Vol.1,Part5にある掲載データを利用)。図2は多くのデータがA=Bの関係を満たしていることを示す。また、表1は、H<0.23に属する系の数は全体のおおよそ2/3に当たることを示す。これらの系ではHの値は0に近いとみなされるので、γ1∞≒γ2∞の関係、すなわち、A≒Bの関係をH<0.23の範囲まで認めるならば、全体の2/3の系に対してA=Bとみなせることになる。データがA=Bを満たしているときに熱力学健全性は本質的に満足されるので、本発明では、これらのデータを本質的健全性を満足するデータとして分類し、DS≒0なる関係に基づいて、後に本質的健全データの判定法を明らかにする。一方、A=Bから大きな隔たりを示すデータについては、実験誤差がギブス‐デューエム式からの隔たり(D=0からの隔たり)に大きく影響するので、DSの値を組み入れた経験的相関関係を見出し、後に健全データの経験的判定法を明らかにする。
【0052】
A=Bが満たされるとき、2パラメータマーギュラス式(4)、(5)は次式のように1パラメータマーギュラス式になる。
【0053】
【数13】
【数14】
【0054】
(式中、x1は成分1の液相モル分率を、x2は成分2の液相モル分率を表す。)
【0055】
式(13)、(14)によって気液平衡(VLE)データが誤差なく相関できれば、そのVLEデータはギブス‐デューエム式を完全に満たし、さらに、完全に熱力学健全性を満たすことになる。本発明は、以下に示すように、相平衡データの熱力学健全性を判定するために、1パラメータマーギュラス式によるデータ相関を用いるものである。従来、1パラメータマーギュラス式をVLEデータの相関に用いると、極めて不満足な結果しか与えないとして実用されてこなかった。ところが、本発明は1パラメータマーギュラス式こそが、データの熱力学健全性判定のための基準になることを見出した。以下にVLEデータのうちでx−y関係とP−x関係の相関に1パラメータマーギュラス式を用いる具体例を示す。
【0056】
活量係数式にA=Bなる1パラメータマーギュラス式を用いると、式(2)、(3)、(13)、(14)から次式が得られる。
【0057】
【数15】
【数16】
【0058】
(式中、Pは全圧、x1は成分1の液相モル分率、x2は成分2の液相モル分率、P1sは成分1の蒸気圧、P2sは成分2の蒸気圧、Aは1パラメータマーギュラス式におけるパラメータ、y1は成分1の気相モル分率を表す。)
【0059】
式(15)は、P−xの定温VLEデータが与えられたら、x1の各点においてAの値が決まることを示す。従って、実測したP−xの1点から熱力学健全性を満たすAの値(あるいは活量係数の値)を、式(15)によって決定できる。さらに、このAの値から、気相組成は(16)式によって定まる。従って、(16)式から計算される気相モル分率y1の値は、P−xの実測値1点について熱力学健全性を満たした値になる。0≦x1≦1の間にn点の実測値があるときには、気相モル分率y1に現れる、これら気液平衡(VLE)データのギブス‐デューエム式からの隔たりの平均(Fy)を、次式(17)によって評価する。
【0060】
【数17】
【0061】
式(17)において、yi,smoothは、平滑化されたVLEデータを用いて計算される成分1の気相モル分率である。添え字iは、液相モル分率のi番目の分割点であることを表し、yi,M1は、i番目の平滑化データに対して、1パラメータマーギュラス式を用いて計算した成分1の気相モル分率を表す。i番目の実測値を対応させても良いし、i番目の分割点を対応させても良い。気液平衡(VLE)データの平滑化には、適当な活量係数式を用いて目的関数を最小にするように2成分系パラメータを最適化すればよい。その方法は、例えば、式(8)を目的関数に用いて、実測したP−x関係を最も良く代表するように、マーギュラス2成分系パラメータA、Bを最適化すればよい。式(17)における液相モル分率の分割数nを定めるために、例えば、0≦x1≦1の範囲を40等分すればよい。平滑化されたVLEデータを用いる利点は、実測データのバラツキを除いて健全性の検定ができる点にある。さらに、VLEデータを代表する2成分系パラメータA、Bが定まれば、任意の液組成においてデータを検定できる利点もある。
【0062】
式(17)を用いるVLEデータに対する健全性検定の有用性を明らかにする一例を、図3に示す。図3は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系(×印)、メタノール(1)−水(2)系(○印)、エタノール(1)−水(2)系(●印)、および1−プロパノール(1)−水(2)系(+印)に対する定温気液平衡データ(いずれも実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,6a,6d、Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)を用いて求めたFyと|B−A|の関係を示している。P−xデータの平滑化には、式(12)を目的関数としてマーギュラス(Margules)2成分系パラメータA、Bを最適化した値がDECHEMAデータブックに掲載されているので、この相関結果を用いた。また、式(17)の分割点iは、0≦x1≦1の間を40等分して計算に用いた。図3は、1つの2成分系について、1パラメータマーギュラス式を用いる相関誤差Fyは規格化されたギブス‐デューエム式の隔たりDS(=|B−A|)に比例することを明らかにしている。
【0063】
1パラメータマーギュラス式を用いる気液平衡(VLE)データの相関には、P−x関係を用いることもできる。x−y関係に比べてP−x関係の測定精度は一般に高いと認められている(非特許文献4参照)ので、P−x相関が推奨される。その適用例を以下に示す。VLEデータのギブス‐デューエム式からの隔たりの平均を、次式のFPによって評価する。
【0064】
【数18】
【0065】
式中、Pi,smoothは、平滑化されたVLEデータを用いて計算される系の圧力である。添え字iは液相モル分率のi番目の分割点であることを表す。式(18)におけるPi,M1は、i番目の平滑化データに対して1パラメータマーギュラス式を用いて計算した系の圧力を表す。
【0066】
図4は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系(×印)、メタノール(1)−水(2)系(○印)、エタノール(1)−水(2)系(●印)、1−プロパノール(1)−水(2)系(+印)に対する定温気液平衡データ(いずれも実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,6a,6d,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFPと|B−A|の関係を示している。P−xデータの平滑化には、DECHEMAデータブックに掲載されているマーギュラス(Margules)2成分系パラメータA、Bの値を用いた。また、分割点は0≦x1≦1の間を40等分した。図の実線はFPと|B−A|の相関線である。図4は、1パラメータマーギュラス式を用いる相関誤差FPは、規格化されたギブス‐デューエム式の隔たりDS(=|B−A|)に比例することを明らかにしている。
【0067】
(定温データに対する熱力学健全性テスト)
上記のように、式(13)および(14)で表わされる1パラメータマーギュラス式を用いて相関誤差とDSの関係を調べると、両者の間に比例関係があることがわかる。
以下に、本質的健全性とこの比例関係を利用する経験的健全性判定テストを示す。
【0068】
(本質的健全性テスト)
データがDS=0を満たすときにギブス‐デューエム式は本質的に満足されるから、気液平衡(VLE)データのx−y関係において許容できる誤差を、例えば、1%に設定できるときには以下の判定条件を用いることができる。
【0069】
【数19】
【0070】
この本質的判定テストを、図3に示された4つの2成分系に適用すると、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系のデータはすべて式(19)を満たしているから、これらのデータは、すべて本質的熱力学健全性を満たしている。よって、データのx−y関係は1%の精度内で信頼できる。メタノール(1)−水(2)系データは、Fy>1に属する2つの系を除いて本質的熱力学健全性を満たしている。エタノール(1)−水(2)系では2つの系のみ本質的熱力学健全性を満たす。1−プロパノール(1)−水(2)系のデータはすべてが本質的熱力学健全性を満たさない。
【0071】
また、気液平衡データのP−x関係に1%の誤差が許容できるなら以下の判定条件を用いることができる。
【0072】
【数20】
【0073】
図4のデータにこの判定条件を適用すると、式(19)に比べて式(20)は厳しい判定条件であることがわかる。例えば、エタノール(1)−水(2)系では1つの系のみ本質的熱力学健全性を満たす。
【0074】
ギブス‐デューエム式は、データが一定温度、一定圧力にある場合に厳密に成立する。データが一定温度にあるけれども圧力は異なっているときには、厳密に判定テストを適用するために定温データに対して圧力補正が必要になる。その例は、実施例1において示す。
【0075】
本質的健全性を満たすデータ(Fy<1)は実験誤差に関わらずギブス‐デューエム式を完全に満たすので、従来にない判定基準として有用である。ただし、本質的健全性を満たさなくとも実験誤差が無視できるほどに小さければギブス‐デューエム式を満たす可能性は残る。そこで、Ds≒0の関係に基づいてDs>>0の範囲で成り立つ経験的比例関係が見つかったので、これを利用すれば健全性判定の適用範囲が著しく広げられる利点がある。
【0076】
(経験的健全性テスト)
気液平衡データがDS>>0を満たすとき、実測値に含まれる誤差がギブス‐デューエム式からの大きな隔たりの原因になることは、ギブス‐デューエム式からの隔たりDの内容の解明により既に明らかにした。このとき、データの健全性は低下する。しかし、FyとFPはDSに比例することも経験的に示された。すなわち、DS≒0におけるFyとDSの比例関係を用いてDS>>0の範囲にあるデータの健全性が判定できる。その例を以下に示す。
【0077】
図5(a)に、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等温気液平衡データ(●印は実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts6a,6b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFyとDS(=|B−A|)の関係を示す。実線は|B−A|の値が小さい範囲にあるデータを代表する傾き1の直線(相関値)であり、この直線上にデータがあれば経験的に熱力学健全性が満たされるものと判定する。|B−A|=0.228におけるデータは、この実線(Fy=3.92|B−A|)から10%以上隔たっているので経験的健全性を満たさない。しかし、このデータはFy<1であるから、本質的健全性を満たしている。従って、x−y関係は信頼できる。
【0078】
図5(b)に、メタノール(1)−水(2)系等温データ(●印は実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFyとDS(=|B−A|)の関係を示す。実線は|B−A|の値が小さい範囲にあるデータを代表する傾き1の直線(相関値)である。|B−A|>0.4の範囲にあるデータは、この実線(Fy=2.66|B−A|)から10%以上隔たっているので、経験的健全性を満たさない。同時に、このデータはFy>1であるから本質的健全性も満たしていない。よって、x−y関係は熱力学健全性を満たさない。一方、|B−A|<0.3の範囲にあるデータは、経験的健全性と本質的健全性の両方を満たしているので、x−y関係は信頼できる。
【0079】
式(17)、(18)は、0≦x1≦1の組成範囲に健全性テストを適用しているが、部分区間であっても同様に適用できるし、また、x1のある値においても、式(15)と(16)が適用できて、本質的健全性および経験的健全性を判定することができる。また、FPとDSの比例関係を用いて、DS>>0の範囲にある定温データの健全性も同様に判定できる。
【0080】
(定圧データに対する熱力学健全性テスト)
本発明において提案する健全性テストは、定温データと同様に定圧データに対してもそのまま適用できる。すなわち、定圧データを代表する2成分系パラメータが決定されれば、この2成分系パラメータと活量係数式から平滑化されたデータを作成して、式(17)あるいは(18)によって相関誤差を決定し、式(19)あるいは(20)によって本質的健全性を判定し、FyあるいはFPとDSの比例関係を用いて経験的健全性を判定すればよい。以下にその例を示す。
【0081】
図6は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系(×印)、メタノール(1)−水(2)系(○印)、エタノール(1)−水(2)系(●印)、および1−プロパノール(1)−水(2)系(+印)に対する定圧気液平衡データ(いずれも実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,6a,6d、Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)を用いて求めたFyと|B−A|の関係を示している。
【0082】
定圧VLEデータでは、圧力一定のもとに液組成(x)と温度Tの関係が測定される。T−xデータの平滑化には、式(12)を目的関数として、マーギュラス(Margules)2成分系パラメータA、Bを最適化した値がDECHEMAデータブックに掲載されているので、この相関結果を用いた。また、分割点iは0≦x1≦1の間を40等分して計算に用いた。図6は、1つの2成分系について、1パラメータマーギュラス式を用いる定圧データの相関誤差Fyが、規格化されたギブス‐デューエム式の隔たりDS(=|B−A|)に比例することを明らかにしている。
【0083】
図7は、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系(×印)、メタノール(1)−水(2)系(○印)、エタノール(1)−水(2)系(●印)、1−プロパノール(1)−水(2)系(+印)に対する定圧気液平衡データ(いずれも実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,6a,6d,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFPと|B−A|の関係を示している。T−xデータの平滑化には、DECHEMAデータブックに掲載されているマーギュラス(Margules)2成分系パラメータA、Bの値を用いた。また、分割点は0≦x1≦1の間を40等分した。図の実線はFPと|B−A|の相関線である。図7は1パラメータマーギュラス式を用いる定圧データの相関誤差FPは、規格化されたギブス‐デューエム式の隔たりDS(=|B−A|)に比例することを明らかにしている。
【0084】
図8(a)に、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系定圧データ(●印は実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts6a,6b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFyとDS(=|B−A|)の関係を示す。実線は|B−A|の値が小さい範囲にあるデータを代表する直線(相関値)であり、この直線上にデータがあれば、経験的に熱力学健全性が満たされるものと判定する。図8(a)より、DS>0.2の範囲にあるデータは、DSが小さな範囲にあるデータを用いて決定された傾き1の直線(Fy=4.592|B−A|)から10%以上はずれており、さらにFy>1であるから本質的健全性も経験的健全性も満たさない。
【0085】
図8(b)に、メタノール(1)−水(2)系定圧データ(●印は実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFyとDS(=|B−A|)の関係を示す。実線は、相関値であり、傾き1の直線(Fy=3.0|B−A|)である。データのバラつきは大きいが、Fy>1の範囲にあるデータは、本質的健全性は満たさないが、経験的健全性を満たしている。
【0086】
図8(c)に、エタノール(1)−水(2)系定圧データ(●は実測データ;J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts1−1b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAの掲載データを利用)に対するFyとDS(=|B−A|)の関係を示す。実線は、相関値であり、|B−A|の値が小さい範囲にあるデータから決定された傾き1の直線(Fy=4.22|B−A|)である。直線から隔たりの大きな3点を除いて信頼性が高い。特に、DS=0.0455におけるデータは、本質的健全性も満たしていて信頼性が高い。
【0087】
FPとDSの比例関係を利用して、DS>>0の範囲にある定圧データの健全性も同様に判定できる。また、ギブス‐デューエム式はデータが一定温度、一定圧力にある場合に厳密に成立する。データが一定圧力にあるけれども温度が異なっているときには、厳密に判定テストを適用するために定圧データに対して温度補正が必要になる。その例は、実施例2で示す。
【0088】
(多成分系VLEデータに対する熱力学健全性テスト)
さらに、以下に多成分系気液平衡(VLE)データに対する熱力学健全性テストを説明する。本発明を利用することより、多成分系VLEデータの熱力学健全性も驚くほど簡単に判定できる。多成分系においては、多成分系を構成する2成分系のペア別に2成分系パラメータを決定して、2成分系に対する上記の健全性判定テストを適用すればよい。全ての2成分系のペアに対して、本質的健全性および経験的健全性を満たしたときに、多成分系VLEデータは熱力学健全データと判定される。実施例3に、メタノール(1)−エタノール(2)−水(3)3成分系定圧VLEデータに対する健全性判定の例を示す。
【0089】
(液液平衡データおよび固液平衡データの熱力学健全性の判定)
2成分系液液平衡データ(相互溶解度データ)についても、本発明の熱力学健全性テストはそのまま適用できる。すなわち、ある温度において相互溶解度を代表する2成分系パラメータが決定されれば、この値が式(19)あるいは(20)を満たすか調べればよい。また、異なる温度に対する相互溶解度データから、Fyと|B−A|あるいはFPと|B−A|の経験的比例関係を得て、経験的健全性テストに利用できる。実施例4に、1−ブタノール(1)−水(2)相互溶解度データの健全性判定の例を示す。固液平衡データについてもデータを代表する2成分系パラメータが得られれば、上記の方法によって熱力学健全性を判定できる。
【0090】
(活量係数式がギブス‐デューエム式の隔たりに及ぼす影響)
既存の活量係数式が、ギブス‐デューエム式の隔たりに及ぼす影響を、数値解析によって明らかにするために、0≦x1≦1の範囲をN等分した点において、式(1)のDの値を調べる。すなわち、次式(21)の平均値DAVの0からの隔たりによって、活量係数式と2成分系パラメータの熱力学健全性を判定する。
【0091】
【数21】
【数22】
【0092】
(式中、Dkはx1に対する第k番目の等分点x1kにおけるD(ギブス‐デューエム式からの隔たり)、x1kは成分1の液相モル分率、γ1は成分1の活量係数であり、γ2は成分2の活量係数であり、γ1,x1k+Δx1はx1=x1k+Δx1における成分1の活量係数、γ1,x1k−Δx1はx1=x1k−Δx1における成分1の活量係数、γ2,x1k+Δx1はx1=x1k+Δx1における成分2の活量係数、γ2,x1k−Δx1はx1=x1k−Δx1における成分2の活量係数、Δx1は成分1の液相モル分率の測定誤差である。)
【0093】
図9に、25℃におけるヘキサン(1)−オクタン(2)2成分系に対してA(=lnγ1∞)の値を実測値(−0.022)に指定し、第二の2成分系パラメータB(=lnγ2∞)とマーギュラス式から計算したDAVの値の関係を実線で示している。Δx1=10−3を採用し有効数字15桁の数値計算を行っている。また、N=20を採用した。マーギュラス式ではA=BにおいてD=0が成り立つことが差分法により式(10)として示されたが、図9はA=BのときにDAVが最小値3x10−10になることを示しており、正しい結果を与えている。
【0094】
一方、活量係数式として炭素数CNを導入して次式(23)〜(26)のWohl式を採用すると、lnγ2∞とDAVの関係は、図9の破線のようになる。
【0095】
【数23】
【数24】
【数25】
【数26】
【0096】
上記式において、x1は成分1の液相モル分率、xiは成分iの液相モル分率、qiは成分iの分子表面積、CNは成分iの炭素数、A、Bは、Wohl式に対する2成分パラメータであり、それぞれlnγ1∞とlnγ2∞を表す。
【0097】
図9に示されるように、Wohl式から計算した25℃におけるヘキサン(1)−オクタン(2)系に対するlnγ2∞とDAVの関係においては、DAVの最小値はマーギュラス式の場合より大きな値になって、ギブス‐デューエム式を十分に満たすことができない。他の既存の活量係数式を用いた場合も同じである。すなわち、1パラメータマーギュラス式はギブス‐デューエム式を完全に満たすことができる。
【0098】
以上記載した本発明の相平衡データの熱力学健全性判定方法をとりまとめて具体的に述べると、以下のとおりとなる。なお、本発明の方法は、これらの方法に限定されるものではない。
【0099】
〔2成分系定温気液平衡(VLE)データ(Fy)を用いる判定方法〕
(1)定温P−xデータを、適当な活量係数式[例えば、2パラメータマーギュラス式(4)、(5)]と適当な目的関数[例えば、式(8)あるいは式(12)]を用いて相関して2成分系パラメータA、Bを最適に(データを最も良く代表するように)定める。
(2)上記A、Bを用いて平滑化したx−y関係を定める。x1が与えられたときPは式(7)から計算し、y1は式(2)、(7)からy1=γ1x1p1s/Pとして計算する。x1の値は式(17)の説明にあるように、例えば40等分して、そのうちの一つを与える。
(3)上記のx1に対して1パラメータマーギュラス式に対するy1を式(16)から計算する。
(4)式(17)を用いて右辺の絶対値の中を計算する。分割点全体について式(17)により平均値を計算する。このようにしてFyが決まる。
(5)Fyの値が1より小さければ、この気液平衡(VLE)データは健全であると判定してテストは終わる。
【0100】
(6)Fy>1であれば、次に、経験的健全性の検討にうつる。すなわち、該当の2成分系(例えばメタノール(1)−水(2)2成分系)の既存のデータを用いて、Fyと|B−A|の関係を両対数紙にプロットする。次に、|B−A|の小さい範囲のデータを重視しながら、傾き1の直線によってデータを代表する経験的直線(比例関係)を決める。既存のデータが十分になければ、多数の温度に対するデータを自ら得て、経験的比例関係を見出す。この関係が決まらなければ経験的健全性判定はできない。
(7)上記の経験的比例関係と検定しようとする定温VLEデータに対するFyと|B−A|の関係を比較する。検定したいデータが経験的比例関係と10%以上違っていればこのデータは経験的健全性も満たさないと判定する。すなわち、このデータは最初に調べた本質的健全性も満たしていないし、経験的健全性も満たさないことになる。よって、熱力学的に健全ではないデータと判定される。
【0101】
(8)判定の結果は、以下の3種類に分かれる。
a. Fy<1(本質的健全性満足)→健全なデータ
b. Fy>1かつ経験的比例関係と10%内で一致→経験的健全性満足→健全なデータ
c. Fy>1かつ経験的比例関係と10%以上差異→経験的健全性不適→不健全データ
ただし、判定限界の1%であるとか10%は利用者が決めてよい。
【0102】
〔2成分系定温気液平衡(VLE)データ(FP)を用いる判定方法〕
A、Bを決めるところは、上記Fyを用いる判定の(1)と同じである。Fyを用いる判定の(2)においては、式(17)の代わりに式(18)を用いる。式(18)における平滑化された圧力は式(7)から計算する。また、1パラメータマーギュラス式による圧力の計算は式(15)から計算する。後はFyの変わりにFPを利用すれば、上記の方法と同じである。
【0103】
〔2成分系定圧気液平衡(VLE)データ(Fy)を用いる判定〕
定圧データではT−xデータが与えられるので、T−x関係を最も良く代表するように2成分系パラメータA、Bが決定される。A、Bが決まれば、後の判定は上記「2成分系定温気液平衡(VLE)データ(Fy)を用いる判定方法」と同じである。
【0104】
〔2成分系定圧VLEデータ(FP)を用いる判定方法〕
T−xデータを代表するA、Bが決まれば、判定法は上記「2成分系定温気液平衡(VLE)データ(FP)を用いる判定方法」と同じである。
【0105】
〔その他の判定方法〕
FyやFPのほかに、次のFΔyやFΔPを用いる判定も可能である。ただし、Fyが最も敏感であることから、判定法に向いている。
【0106】
【数27】
【数28】
【0107】
〔2成分系液液平衡データを用いる判定方法〕
一つの温度において解け合わない2相が接しているとき、相互溶解度が決まる。つまり相1の中の成分1のモル分率と、相2の中の成分1のモル分率が測定される。成分2のモル分率は、それぞれを1から引いて決まる。これらの相互溶解度は、後述する式(A4)の2つの式(i=1,2)を満たすので、この2つの式から2成分系パラメータA、Bが決まる。このときには目的関数は必要なくて、2つの相互溶解度の値が誤差なくA、Bに反映される。このA、Bは一定温度において決定されたから、上記「2成分系定温気液平衡(VLE)データ(Fy)を用いる判定方法」を適用して、データの健全性を判定する。後述する実施例4で取り上げた1−ブタノール−水系は、気液平衡も測定できるので、気液平衡から経験的直線関係を決めて、その関係を液液平衡のデータの健全性に利用した。一般には液液平衡データのみ存在するから、Fyと|B−A|の関係を両対数にプロットして傾き1の直線で代表して、この直線から外れるデータは経験的健全性を満たさないと判定される。もちろん、本質的健全性は満たされないと判定したあとの作業である。なお、一般には、液液平衡データはFy>>1になるので、例外もあるが、本質的健全性は満たされない場合が多い。
【0108】
〔多成分系定温気液平衡(VLE)データを用いる判定方法〕
多成分系の活量係数式は、多成分系を構成する2成分系の組み合わせで出来上がるとして導かれている。従って、3成分系であれば3組の2成分系から構成されていると考える。m成分系の等温気液平衡データが与えられたら、平衡関係は式(2)と同じように
【0109】
【数29】
【0110】
と与えられる。成分iの活量係数γiは、2成分系パラメータの関数になっている。例えば、3成分系では3組の2成分系のそれぞれに2つの2成分系パラメータが与えられているから、合計6個の2成分系パラメータがγiの中に含まれる。この6個の2成分系パラメータを、目的関数(例えば式(8)あるいは式(12)を用いて最適化(VLEデータを最も良く代表する)する。一つの2成分系の組みについて2成分系パラメータが決まれば、無限希釈活量係数はこの2成分系パラメータから計算できる。例えば、活量係数式にUNIQUAC式を使えば、後記式(A3)から無限希釈活量係数の対数、すなわち、Margules式2成分系パラメータA、Bが決まる。A、Bが決定されれば、健全性の判定は上記「2成分系定温気液平衡(VLE)データ(Fy)を用いる判定方法」と同じである。ただし、構成2成分系のペアのうちで、一つでも健全ではないと判定されたら、その時点で多成分系データは健全ではないと判定されることになる。等温多成分系データの判定では、経験的直線関係は2成分系の等温データから決定された関係を用いればよい。
【0111】
〔多成分系定圧気液平衡(VLE)データを用いる判定方法〕
等圧多成分系データの健全性判定も等温データの判定と同様に行われるが、経験的直線関係には2成分系の等圧データから決定された関係を用いればよい。
【0112】
本発明者は、5th International Symposium of Molecular Thremodynamics & Molecular Simulation(MTMS2009)およびVIII Iberoamrican Conference on Phase Equilibria and Fluid Properties for Process Design(EQUIFASE 2009)において数値計算法によってDAVの値を最小化できることを明らかにしている。また、数値計算を用いてアルカン−アルカンとアルカン−水2成分系に対してマーギュラス式ではA=BのときにDAVが最小になることを示した。一方、本発明は差分法によって式(10)を導き、A=Bが成り立つときにはアルカン−アルカンとアルカン−水2成分系に限らず、すべての2成分系に対してギブス‐デューエム式が完全に満たされることを明らかにした。さらに、Dは|B−A|に比例することも経験的に明らかにした。2パラメータマーギュラス式においてA=Bが成り立つときにギブス‐デューエム式が完全に成立することを示した報告は本発明が始めてである。また、この関係をデータ相関の基準に用いると、x−y関係およびP−x関係の相関誤差と|B−A|の間に比例関係が存在することを経験的に見出したのも本発明が始めてである。
【0113】
本発明は、化学工業における蒸留塔や抽出塔などの分離装置の設計において必要な相平衡データの健全性の判定に利用できる。また、環境評価のための相平衡データの健全性の判定にも利用できる。これらの判定法は相平衡推算ソフトウェアに組み入れて利用することができる。
【実施例】
【0114】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例により何ら限定なされるものではない。
【0115】
実施例1(等温気液平衡データの圧力補正)
ギブス‐デューエム式は、等温、等圧にある系に対して厳密に成り立つ。等温気液平衡(VLE)データでは、図1に示すように液組成の変化とともに圧力も変化するので、等温気VLEデータから活量係数を求めるときには、場合によっては、圧力補正を行って一定圧力における活量係数の値に変換する必要がある。一定温度Tにおける活量係数の圧力依存性は次式で与えられる(非特許文献1参照)。
【0116】
【数30】
【0117】
(式中、γi(P)は系の圧力Pにおける成分iの活量係数、γi(Pa)は一定圧力Paにおける成分iの活量係数、Tは温度を表す。また、
【0118】
【数31】
は成分iの部分モル体積、Rは気体定数である。)
成分iの部分モル体積は成分iの純成分モル体積に近似できるので(非特許文献4)、実施例の計算では純成分iのモル体積で近似した。
【0119】
実施例1における計算では、J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts6a,6b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAに掲載された、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系、およびメタノール(1)−水(2)系に対する等温VLEデータからγi(P)を求め、さらに式(A1)を用いて、一定圧力Pa(=(p1s+p2s)/2〔p1sとp2sは、それぞれ成分1と成分2の飽和蒸気圧を表す。〕における値γi(Pa)を計算した。なお、前記計算に用いられたヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等温VLEデータを図14に、またメタノール(1)−水(2)系等温VLEデータを図15、16に示す。
【0120】
こうして得られた値を式(17)におけるyi,M1の計算に用いて得たFyの値と|B−A|の関係を、図10(a)〔ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系〕および図10(b)〔メタノール(1)−水(2)系〕に示す。●印のデータは圧力補正をせずに圧力の差異を無視して求めた図3に示した値(等温データ)である。×印のデータは、圧力補正(一定圧力(Pa)に換算)してPaの等圧条件に活量係数の値を還元して求めた結果である。
【0121】
図10(a)、10(b)に示されるように、|B−A|が小さい範囲では圧力補正の効果が現れるが、|B−A|>0.1の範囲では圧力効果の影響は現れない。従って、式(19)の判定条件には、圧力の影響を考慮する必要はない。ただし、x−y関係の健全性をFy<<1なる厳密な範囲で判定しなければならないときには、圧力補正が必要になる。しかし、x−y関係に1%の誤差しか認めない式(19)は、通常は十分に厳密な判定条件である。さらに、Fy>>1の範囲において|B−A|との間に成り立つ経験的比例関係は、|B−A|の小さい範囲において圧力補正をせずに等圧として求めて比例関係を|B−A|>>0の範囲に補外して得られるが、|B−A|>>0の範囲では圧力の差異の影響は現れないので、この比例関係を圧力補正する必要はない。すなわち、経験的健全性判定法は、等温VLEデータにおいて圧力が異なる影響を無視して適用してよい。以上の圧力補正の影響はFPについてはFyより小さいので、式(20)の判定条件には圧力の影響を考慮する必要はない。
【0122】
実施例2(等圧気液平衡データの温度補正)
ギブス‐デューエム式は等温、等圧にある系に対して厳密に成り立つので、等圧気液平衡(VLE)データから活量係数を求めるときには、場合によっては、温度補正を行って一定温度における活量係数の値に変換する必要がある。一定圧力Pにおける活量係数の温度依存性は、次式で与えられる(非特許文献1参照)。
【0123】
【数32】
【0124】
(式中、γi(T)は系の温度Tにおける成分iの活量係数、γi(Ta)は一定温度Taにおける成分iの活量係数を表す。また、
【0125】
【数33】
は、成分iの部分モル過剰エンタルピー、Rは気体定数である。)
実施例における成分iの部分モル過剰エンタルピーの計算は、以下の非特許文献5に与えられている式(24)の関係を用いた。
【0126】
【非特許文献5】Satoru Kato;Industrial Engineering Chemistry Research,2005年,44巻,3766−3775ページ
【0127】
実施例2における計算では、J.Gmehling,U.Onken,W.Arlt,Vapor‐Liquid Equilibrium Data Collection,Vol.I,Parts6a,6b,Dechema Chemistry Data Series,DECHEMAに掲載された、ヘキサン(1)−ヘプタン(2)系に対する等圧VLEデータからγi(T)を求め、さらに式(A2)を用いて一定温度Ta(=(Ts1+Ts2)/2〔Ts1とTs2は、それぞれ成分1と2の沸点を表す。〕における値γi(Ta)を計算した。この値を式(17)におけるyi,M1の計算に用いて得たFyの値と|A−B|の関係を図11に示す。●印のデータは、温度補正をせずに温度の差異を無視して求めた図6の結果(等圧データ)と同じである。×印のデータは、温度補正して(Ts1+Ts2)/2の等温条件に活量係数の値を還元して求めた結果(一定温度(=(Ts1+Ts2)/2)に換算して計算)である。なお、前記計算に用いられたヘキサン(1)−ヘプタン(2)系等圧VLEデータを図17に示す。
【0128】
図11に示されるように、Fy<1の範囲においては温度補正の効果が現れるが、Fy>1の範囲では温度効果の影響は現れないことを示している。従って、式(19)の判定条件には温度の影響を考慮する必要がない。ただし、x−y関係の健全性をFy<<1なる厳密な範囲で判定しなければならないときには、温度補正が必要になる。さらに、Fy>>1の範囲において|B−A|との間に成り立つ経験的比例関係を温度補正する必要はない。すなわち、経験的健全性判定法は、等圧VLEデータにおいて温度が異なる影響を無視して適用してよい。以上の温度補正の影響は、FPについてはFyより小さいので、式(20)の判定条件には温度の影響を考慮する必要はない。
【0129】
実施例3(3成分系気液平衡データの健全性判定)
多成分系気液平衡(VLE)データの活量係数は、UNIQUAC式、NRTL式、Wilson式によって表わされている。Dechema Chemistry Data Seriesには、多成分系VLEデータとその相関結果も収録されている。そこで、このなかのデータについて熱力学健全性を判定した。用いたデータはVol.I,Part1の562、563、564ページに掲載されている1気圧におけるメタノール(1)−エタノール(2)−水(3)3成分系に対する定圧VLEデータである。これを図18に示す。
【0130】
これらのデータを3成分系UNIQUAC式によって相関して、3成分系UNIQUAC式に含まれる6つの2成分系パラメータτ12、τ21、τ13、τ31、τ23、τ32の値が与えられている。マーギュラス式では、3成分系VLEデータの相関は行われていない。ここで、τijとτjiは、成分iと成分jからなる2成分系に対するUNIQUAC式2成分系パラメータである。2成分系と多成分系に対するUNIQUAC式は、Dechema Chemistry Data SeriesのVol.1,Part1にまとめられている。UNIQUAC2成分系パラメータと無限希釈活量係数の関係は次式で与えられる。
【0131】
【数34】
【0132】
(式中、γiは成分iの活量係数を、ri、rjはそれぞれ成分iおよびjの分子体積パラメータを、qi、qjは分子表面積パラメータを、τij、τjiは、成分iと成分jからなる2成分系に対するUNIQUAC式2成分系パラメータを表す。)
【0133】
成分i、jの分子体積パラメータri、rjと分子表面積パラメータqi、qjを計算するための定数は、非特許文献4の表8−21(317ページ)にまとめられている。成分i、jの2成分系に対するUNIQUAC2成分系パラメータτijとτjiがDechema Chemistry Data SeriesにVLEデータ別に与えられているので、平滑化したP−x関係が2成分系UNIQUAC式を用いて決定できる。表2に、メタノール(1)−エタノール(2)−水(3)3成分系における構成2成分系に対するFyの値をまとめた。
【0134】
【表2】
【0135】
表2より、メタノール(1)−エタノール(2)2成分系については、Fy<<1であるから、本質的健全性を満たしていることがわかる。また、式(A3)からA(=lnγi∞)とB(=lnγj∞)の値を決定できるので、|B−A|の値が決定できる。そこで、図12に、メタノール(1)−水(2)系とエタノール(1)−水(2)2成分系について|B−A|とFyの関係を示した。
【0136】
図12において、実線はメタノール(1)−水(2)2成分系定圧VLEデータの代表線(図8(b)の代表線)であり、破線はエタノール(1)−水(2)2成分系定圧VLEデータの代表線(図8(c)の代表線)であり、○は3成分系データから求めたメタノール(1)−水(2)系に対する値であり、□は3成分系データから求めたエタノール(1)−水(2)系に対する値である。
【0137】
図12においては、3成分系データから決定された構成2成分系に対する|B−A|とFyの関係は、メタノール(1)−水(2)系についても、エタノール(1)−水(2)系においても、2成分系の定圧VLEの関係と一致しており、これら3つの3成分系のVLEデータは、メタノール−水、エタノール−水系について経験的健全性を満たしていることがわかる。特に、Fy>1においても比例関係を満たしていることから、これらの3成分系VLEデータは、前記文献の563ページのデータは本質的健全性を満たし、また同562ページのデータは、エタノール−水系について経験的健全性も満たし、同564ページのデータは、メタノール−水系について経験的健全性も満たしているといえる。以上のように、本発明による健全性判定テストは、多成分系に対しても拡張適用できることは驚きであり、実用性は極めて高い。
【0138】
実施例4(2成分系液液平衡データの健全性判定)
J.M.Sorensen,W.Arlt,Liquid‐Liquid Equilibrium Data Collection,Binary Systems, Chemistry Data Series,Vol.V,Part1,Dechema(1979)には、1−ブタノール(1)−水(2)2成分系液液平衡データ(相互溶解度データ)が報告されているので、これらのデータの健全性判定を行った。一定温度において2液相が液液平衡関係にある時に相互溶解度は、以下の平衡関係を満たす。
【0139】
【数35】
【0140】
(式中、γiは成分iの活量係数を、xiは成分iの液相モル分率を、添え字1,2は、それぞれ成分1と2に富む液相を表す。)
【0141】
式(A4)の中の活量係数の計算にマーギュラス式を用い、相互溶解度(x1)1,(x1)2の実測値から2成分系パラメータAとBの値を計算することができるので、式(17)からFyを決定できる。
【0142】
なお、前記1−ブタノール(1)−水(2)2成分系液液平衡データを図19に、1−ブタノール(1)−水(2)2成分系定温VLEデータを図20に、1−ブタノール(1)−水(2)2成分系定圧VLEデータを図21、22に示す。
【0143】
図13に、1−ブタノール(1)−水(2)2成分系液液平衡データに対する|B−A|とFyの関係を示す。●印は、1−ブタノール(1)−水(2)系に対する相互溶解度データであり、○印は、1−ブタノール(1)−水(2)系に対する定温VLEデータであり、また△印は、1−ブタノール(1)−水(2)系に対する定圧VLEデータである。傾き1の直線はその代表線を表す。また、液液平衡データ(●印)の一部は、この直線に一致しているので、これらは経験的健全性を満たしている。この直線から偏倚の大きな液液平衡データは、本質的健全性も経験的健全性も満足しない。なお、Fy>>1の範囲にあるVLEデータから傾き1の直線を決定したが、図13に示すように、同じ範囲にある|B−A|の定圧VLEデータに関しては、多くのデータが傾き1の直線性を示すので、定温VLEデータについてもこの範囲のデータを用いて経験的相関関係を決定できる。以上のように、本発明における健全性テストは液液平衡データまで拡張適用できることは驚きである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(13)および(14)で表わされる1パラメータマーギュラス式により相平衡データを相関し、相関誤差が十分小さいとき、そのデータは熱力学的に健全であると判定する相平衡データの熱力学健全性判定方法。
【数36】
【数37】
(式中、x1は成分1の液相モル分率であり、x2は成分2の液相モル分率であり、γ1は成分1の活量係数であり、γ2は成分2の活量係数である。)
【請求項2】
請求項1に記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、相平衡データとの相関は、下記式(17)または式(18)によるギブス‐デューエム式からの隔たりの平均FyまたはFPにより行うことを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【数38】
(式中、yi,smoothは、平滑化された気液平衡データを用いて計算される成分1の気相モル分率であり、添え字iは、液相モル分率のi番目の分割点であることを表し、yi,M1は、i番目の平滑化データに対して、1パラメータマーギュラス式を用いて計算した成分1の気相モル分率を表す。)
【数39】
(式中、Pi,smoothは、平滑化された気液平衡データを用いて計算される系の圧力であり、添え字iは液相モル分率のi番目の分割点であることを表し、Pi,M1は、i番目の平滑化データに対して1パラメータマーギュラス式を用いて計算した系の圧力を表す。)
【請求項3】
請求項2に記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、ギブス‐デューエム式からの隔たりの平均FyまたはFPが1%以下であるときにそのデータが熱力学的に健全であると判定することを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、1パラメータマーギュラス式を用いる相平衡データの相関にP−xまたはx−y関係を用いることを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、相平衡データが、気液平衡データまたは液液平衡データであることを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【請求項6】
請求項5に記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、気液平衡データまたは液液平衡データが2成分系または3成分系以上の多成分系データであることを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、熱力学健全性の判定が、ギブス‐デューエム式を本質的に満たす本質的健全性判定方法またはギブス‐デューエム式からの隔たり誤差から求めたDSを用い、DS≒0におけるFyとDSの比例関係を用いてDS>>0の範囲にあるデータの健全性を判定する経験的健全性判定方法により行われることを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【請求項1】
下記式(13)および(14)で表わされる1パラメータマーギュラス式により相平衡データを相関し、相関誤差が十分小さいとき、そのデータは熱力学的に健全であると判定する相平衡データの熱力学健全性判定方法。
【数36】
【数37】
(式中、x1は成分1の液相モル分率であり、x2は成分2の液相モル分率であり、γ1は成分1の活量係数であり、γ2は成分2の活量係数である。)
【請求項2】
請求項1に記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、相平衡データとの相関は、下記式(17)または式(18)によるギブス‐デューエム式からの隔たりの平均FyまたはFPにより行うことを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【数38】
(式中、yi,smoothは、平滑化された気液平衡データを用いて計算される成分1の気相モル分率であり、添え字iは、液相モル分率のi番目の分割点であることを表し、yi,M1は、i番目の平滑化データに対して、1パラメータマーギュラス式を用いて計算した成分1の気相モル分率を表す。)
【数39】
(式中、Pi,smoothは、平滑化された気液平衡データを用いて計算される系の圧力であり、添え字iは液相モル分率のi番目の分割点であることを表し、Pi,M1は、i番目の平滑化データに対して1パラメータマーギュラス式を用いて計算した系の圧力を表す。)
【請求項3】
請求項2に記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、ギブス‐デューエム式からの隔たりの平均FyまたはFPが1%以下であるときにそのデータが熱力学的に健全であると判定することを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、1パラメータマーギュラス式を用いる相平衡データの相関にP−xまたはx−y関係を用いることを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、相平衡データが、気液平衡データまたは液液平衡データであることを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【請求項6】
請求項5に記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、気液平衡データまたは液液平衡データが2成分系または3成分系以上の多成分系データであることを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の相平衡データの熱力学健全性判定方法において、熱力学健全性の判定が、ギブス‐デューエム式を本質的に満たす本質的健全性判定方法またはギブス‐デューエム式からの隔たり誤差から求めたDSを用い、DS≒0におけるFyとDSの比例関係を用いてDS>>0の範囲にあるデータの健全性を判定する経験的健全性判定方法により行われることを特徴とする熱力学健全性判定方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2011−189297(P2011−189297A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−58632(P2010−58632)
【出願日】平成22年3月16日(2010.3.16)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月16日(2010.3.16)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】
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