説明

砒素の価数分離方法

【課題】水相と有機相の体積比を規定し、振とうの際に高濃度の塩酸を存在させ、入手容易な溶媒を用いて精度よく価数分離できる砒素の価数分離方法の提供。
【解決手段】砒素(3価)及び砒素(5価)を含む水相Aと、クロロホルムを含む有機相Bとを体積比(A:B)が1:1〜1:4の範囲となるように混合する混合工程と、前記水相Aに8.5規定〜10規定の塩酸が存在する状態で該水相Aと前記有機相Bとを振とうする振とう工程と、前記有機相Bに移行した砒素(3価)を分離して、該砒素(3価)を回収する回収工程とを含む砒素の価数分離方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砒素(3価)を簡易な回収法で精度よく価数分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶液中の砒素(As)には3価と5価があり、両者は化学的性質が異なるため、砒素の存在状態を把握することが求められている。
近年、工場廃水等は微量な砒素まで回収する必要性が高まっており、同時に正確かつ迅速な砒素の価数分離方法及び分析方法が要望されている。
従来からの砒素の価数分離方法としては、チオナリド・ジエチルエーテル回収法、ジチオりん酸ジエチル(DTP)・へキサン回収法などがある。
また、特許文献1には、砒素及びアンチモンを含む水溶液と、ジアルキルジチオカルバミン酸ジアルキルアンモニウムの有機溶液とを混合し、振とうして価数分離を行う方法が提案されている。
しかし、これらの砒素の価数分離方法は、使用する試薬が特殊で入手困難であり、更に分離作業の安定化と、砒素の回収率が90%以上となる分析精度の向上とが望まれているのが現状である。
【0003】
【特許文献1】特開2000−317205号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、水相と有機相の体積比を規定し、振とうの際に高濃度の塩酸を存在させ、入手容易な溶媒を用いて精度よく価数分離できる砒素の価数分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決するため本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、水相と有機相の体積比を規定するとともに、振とうの際に高濃度の塩酸を存在させることにより、前記課題を効果的に解決できることを知見した。
【0006】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段は以下の通りである。即ち、
<1> 砒素(3価)及び砒素(5価)を含む水相Aと、クロロホルムを含む有機相Bとを体積比(A:B)が1:1〜1:4の範囲となるように混合する混合工程と、
前記水相Aに8.5規定〜10規定の塩酸が存在する状態で該水相Aと前記有機相Bとを振とうする振とう工程と、
前記有機相Bに移行した砒素(3価)を分離して、該砒素(3価)を回収する回収工程と、を含むことを特徴とする砒素の価数分離方法である。
<2> 砒素(3価)の回収率が90%以上である前記<1>に記載の砒素の価数分離方法である。
<3> 砒素(3価)及び砒素(5価)を含む水相Aと、クロロホルムを含む有機相Bとを体積比(A:B)が1:1〜1:4の範囲となるように混合する混合工程と、
前記水相Aに8.5規定〜10規定の塩酸が存在する状態で該水相Aと前記有機相Bとを振とうする振とう工程と、
前記有機相Bに移行した砒素(3価)を分離して、該砒素(3価)を回収する回収工程と、
前記回収工程で残った水相に新たにクロロホルムを含む有機相B’を加え、前記混合工程から前記回収工程までを2回以上繰り返し、有機相に移行されていない砒素(3価)を有機相へ移行させる繰り返し移行工程と、
繰り返し2回目以降で得られた各有機相を合わせて、砒素(3価)を回収する合計回収工程と、を含むことを特徴とする砒素の価数分離方法である。
<4> 砒素(3価)の回収率が99%以上である前記<3>に記載の砒素の価数分離方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によると、従来における諸問題を解決することができ、水相と有機相の体積比を規定し、振とうの際に高濃度の塩酸を存在させ、入手容易な溶媒を用いて精度よく砒素を価数分離できる砒素の価数分離方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の砒素の価数分離方法は、第1形態では、混合工程と、振とう工程と、回収工程とを少なくとも含み、更に必要に応じてその他の工程を含んでなる。
本発明の砒素の価数分離方法は、第2形態では、混合工程と、振とう工程と、回収工程と、繰り返し移行工程と、合計回収工程とを含み、更に必要に応じてその他の工程を含んでなる。
本発明の第2形態の砒素の価数分離方法における前記混合工程〜前記回収工程は、前記第1形態と同様である。
なお、本発明の第1及び第2形態にかかる砒素の価数分離方法において、砒素(3価)が有機相に移行しやすくなる理由としては、現時点では明らかではないが、塩化物錯体として回収されるものと推察できる。
以下、本発明の第1形態及び第2形態にかかる砒素の価数分離方法について詳細に説明する。
【0009】
−混合工程−
前記混合工程は、砒素(3価)及び砒素(5価)を含む水相Aと、クロロホルムを含む有機相Bとを体積比(A:B)が、1:1〜1:4の範囲となるように混合する工程である。
【0010】
前記水相Aとしては、砒素(3価)及び砒素(5価)を含む可能性のあるものであれば特に制限はなく、適宜選択することができ、例えば、工場廃水、河川水、などが挙げられる。
前記水相Aと、クロロホルムを含む有機相Bとの体積比(A:B)は1:1〜1:4の範囲であり、1:2が特に好ましい。前記体積比(A:B)の範囲外、即ち有機相Bの体積が水相Aの体積の4倍を超えるときは、塩酸濃度の担保が困難となってしまうことがある。一方、水相Aの体積が有機相Bの体積を超えると、砒素(3価)の回収率が90%未満となり、精度が低下することがある。
【0011】
−振とう工程−
前記振とう工程は、前記水相Aに8.5規定〜10規定の塩酸が存在する状態で該水相Aと前記有機相Bとを振とうする工程である。
【0012】
前記水相Aと前記クロロホルムを含む有機相Bとの振とうは、代表的には、分液ロート等を用いて、2〜5分間程度振とうを行い、5〜10分間程度静置する。前記振とう処理では、水相と有機相を比重により分離するため、有機相の分離が簡易になる。
前記振とうの際には、前記水相Aに8.5規定〜10規定の塩酸を存在させるが、より好適には9規定の塩酸を存在させることが好ましい。前記塩酸の濃度が、8.5規定未満であると、砒素(3価)の移行量が少なく回収率が低くなり、10規定を超えると、水相側へ移行してしまう砒素(5価)が増大し、砒素(3価)の回収率が低下して精度が低下してしまうことがある。
前記塩酸は、水相中に当初から含まれていてもよいし、振とうの際に水相に添加してもよい。また、工場廃水等に含まれる塩酸と、振とう時に加える塩酸との全量が上記塩酸濃度を満たすように調整してもよい。
【0013】
−回収工程−
前記回収工程は、前記有機相Bに移行した砒素(3価)を分離して、該砒素(3価)を回収する工程である。
前記分離方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば分液ロートを用い、2〜5分間程度振とうを行い、5〜10分間程度静置する方法などが挙げられる。
【0014】
本発明の砒素の価数分離方法によれば、砒素(3価)を回収率90%以上で分離することができ、安定的で安価な試薬を用いて回収分離作業が行える。そして、繰り返しの誤差が±1%以下となり、分析精度が向上する。
前記「回収率」とは、当初の水相中に含まれている砒素中の3価の砒素総量に対する、有機相中へ移行した砒素(3価)の量を意味する。
前記砒素(3価)の量は、例えばICP(高周波誘導結合プラズマ発光分析装置;エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製 SPS5100)などにより測定することができる。
【0015】
次に、本発明の第2形態の砒素の価数分離方法は、砒素(3価)を有機相へ移行させる操作である繰り返し移行工程を2回以上繰り返して行うことにより、本発明の第1形態の砒素の価数分離方法よりも高い回収率、具体的には99%以上の回収率で砒素(3価)を分離することができる。
【0016】
−繰り返し移行工程−
前記繰り返し移行工程は、前記回収工程で残った水相に新たにクロロホルムを含む有機相B’を加え、前記混合工程から前記回収工程までを2回以上繰り返し、有機相に移行されていない砒素(3価)を有機相へ移行させる工程である。
前記混合工程から前記回収工程までを2回以上繰り返し、2回〜4回繰り返すことが好ましい。
【0017】
−合計回収工程−
前記合計回収工程は、繰り返し2回目以降で得られた各有機相を合わせて、砒素(3価)を回収する工程である。例えば、前記混合工程から前記回収工程までを2回繰り返した場合には、3回分の各有機相を合わせて、これから砒素を回収する。
【0018】
ここで、図1は、前記混合工程から前記回収工程までを2回繰り返す砒素の価数分離方法の一例を示す概略図である。
この図1に示す砒素の価数分離方法では、砒素(3価)及び砒素(5価)を含む水相Aと、クロロホルムを含む有機相Bとを体積比(A:B)が1:1〜1:4の範囲となるように混合する混合工程と、
前記水相Aに8.5規定〜10規定の塩酸が存在する状態で該水相Aと前記有機相Bとを振とうする振とう工程と、
前記有機相Bに移行した砒素(3価)を分離して、該砒素(3価)を回収する回収工程と、
前記回収工程で残った水相に新たにクロロホルムを含む有機相B’を加え、前記混合工程から前記回収工程までを2回繰り返し、有機相に移行されていない砒素(3価)を有機相へ移行させる繰り返し移行工程と、
繰り返し2回目以降で得られた各有機相を合わせて、3回分の有機相から砒素(3価)を回収する合計回収工程と、を順次行うことにより、砒素(3価)を簡易な回収法で精度よく価数分離することができる。
【0019】
以上説明したように、本発明によれば、クロロホルムという市場で入手が容易な溶媒を用いて、工場廃水、河川水等に含まれる砒素(3価)を回収率90%以上、更に振とう処理を繰り返すことで回収率99%以上という高い精度で価数分離することができる。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0021】
(実験例1)
水相を20ml、HCl濃度9Nで固定し、クロロホルムの添加量を10〜50mlで変化させて抽出率を測定した。なお、抽出回数は1回とした。結果を表1に示す。
【0022】
【表1】

表1より明らかなように、クロロホルム50mlのときに90%を超える抽出量が得られた。
【0023】
(実験例2)
−溶媒回収時の有機相と水相比の影響−
まず、水相Aと、クロロホルムを含む有機相Bとの体積比(A:B)を、本発明の範囲である1:1、1:2、1:3、1:4、及び本発明の範囲外である3:2、2:1とした混合液を、以下のようにして、それぞれ作製した。
次に、水相として、10体積%の塩酸(HCl)を加え、1Lあたり5gの酒石酸を添加し、この溶液に含まれる砒素が1Lあたり1000mg以下となるように純水で希釈し、更に9規定の塩酸を15mL加えた。なお、酒石酸は溶液を安定させるために添加するものであり砒素の価数分離に影響を与えるものではない。また、この水相Aには砒素(3価)が5mg、砒素(5価)が5mg含まれていた。一方、有機相Bとして、20mLのクロロホルムを用意した。
次に、水相Aと有機相Bを上記各体積比となるように混合し、2分間振とうした後、5分間静置した。その後、水相と有機相を分離し、水相については更にクロロホルムを20mL追加し、上記振とう処理を行った。この振とう処理を2回繰り返した。
得られた各有機相を合わせて、有機相(3回分)に含まれる砒素(3価)をICP(高周波誘導結合プラズマ発光分析装置;エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製 SPS5100)にて測定し、回収率を算出した。図2に、各体積比における砒素(3価)の回収率を示す。
図2の結果から、水相の体積が有機相の体積の1倍以下であるときは、回収率が90%を超えているが、水相の体積が1倍より大きくなると回収率が90%より低くなり、精度が悪くなることが分かった。
【0024】
(実験例3)
−溶媒抽出時の塩酸濃度の影響−
水相Aと、クロロホルムを含む有機相Bとの体積比(A:B)が1:2の条件で、水相に混合する塩酸濃度を1規定〜11規定に変えた以外は、実験例2と同様にして、砒素の価数分離を行った。
得られた有機相(3回分)に含まれる砒素(3価)をICP(高周波誘導結合プラズマ発光分析装置;エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製 SPS5100)にて測定し、回収率を算出した。結果を図3に示す。
図3の結果から、砒素(3価)の回収率は、塩酸濃度が8規定では80%であり、塩酸濃度が8.5規定では95%であり、塩酸濃度が9規定では99%であり、塩酸濃度が10規定では99%以上であったが砒素(5価)が5%有機相に移行していた。
【0025】
以上の結果から、本発明の砒素の価数分離方法によれば、精度のよい砒素の価数分離が可能となることが分かった。ただし、塩酸濃度が9規定を超えると、砒素(5価)が有機相中に少量確認されるようになり、分離状態が徐々に悪化する傾向があることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の砒素の価数分離方法は、水相と有機相の体積比を規定し、振とうの際に高濃度の塩酸を存在させ、入手容易な溶媒を用いて精度よく価数分離できるので、工場廃水、河川水等に含まれる砒素(3価)及び砒素(5価)を簡易な回収法で精度よく価数分離することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は、本発明の振とう処理を2回繰り返す砒素の価数分離方法の一例を示す概略図である。
【図2】図2は、実験例2における体積比と回収率の変化を示すグラフである。
【図3】図3は、実験例3における塩酸濃度と回収率の変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
砒素(3価)及び砒素(5価)を含む水相Aと、クロロホルムを含む有機相Bとを体積比(A:B)が1:1〜1:4の範囲となるように混合する混合工程と、
前記水相Aに8.5規定〜10規定の塩酸が存在する状態で該水相Aと前記有機相Bとを振とうする振とう工程と、
前記有機相Bに移行した砒素(3価)を分離して、該砒素(3価)を回収する回収工程と、を含むことを特徴とする砒素の価数分離方法。
【請求項2】
砒素(3価)の回収率が90%以上である請求項1に記載の砒素の価数分離方法。
【請求項3】
砒素(3価)及び砒素(5価)を含む水相Aと、クロロホルムを含む有機相Bとを体積比(A:B)が1:1〜1:4の範囲となるように混合する混合工程と、
前記水相Aに8.5規定〜10規定の塩酸が存在する状態で該水相Aと前記有機相Bとを振とうする振とう工程と、
前記有機相Bに移行した砒素(3価)を分離して、該砒素(3価)を回収する回収工程と、
前記回収工程で残った水相に新たにクロロホルムを含む有機相B’を加え、前記混合工程から前記回収工程までを2回以上繰り返し、有機相に移行されていない砒素(3価)を有機相へ移行させる繰り返し移行工程と、
繰り返し2回目以降で得られた各有機相を合わせて、砒素(3価)を回収する合計回収工程と、を含むことを特徴とする砒素の価数分離方法。
【請求項4】
砒素(3価)の回収率が99%以上である請求項3に記載の砒素の価数分離方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2009−78206(P2009−78206A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−247920(P2007−247920)
【出願日】平成19年9月25日(2007.9.25)
【出願人】(000224798)DOWAホールディングス株式会社 (550)
【Fターム(参考)】