説明

硫化イリジウムの製造方法

【課題】金属イリジウムを含有しない硫化イリジウムの製造方法を提供すること。
【解決手段】イリジウムの錯塩と硫黄を200℃から500℃で焼成することを特徴とする硫化イリジウムの製造方法によって、上記課題を解決する。該イリジウムの錯塩が4価又は3価のイリジウムの錯塩であることが好ましい。また該硫化イリジウムが二硫化イリジウムであること又は該硫化イリジウムにおける硫黄とイリジウムの元素比が1.9以上であり、熱王水に可溶であることが好ましい。また該硫化イリジウムが三硫化二イリジウムであること又は該硫化イリジウムにおける硫黄とイリジウムの元素比が1.4以上1.7以下であり、熱王水に可溶であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属イリジウムを含有しない硫化イリジウムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、硫化イリジウムの製造方法として、四塩化イリジウムと二硫化リチウムを酢酸エチル溶液中で反応させる方法(非特許文献1)、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸塩と硫化水素を水溶液中で反応させる方法(非特許文献2)が知られている。しかしながら、本発明者が追試したところ、これら溶液中の反応では、該文献のように沈殿が生成せず、硫化イリジウムを得ることができなかった。
【0003】
また、別の方法として、イリジウムと硫黄を赤熱する方法(特許文献1)、三塩化イリジウムと硫化水素を赤熱する方法(非特許文献2)が知られている。しかし、イリジウムは安定な金属であり、金属イリジウムと硫黄の焼成では、硫化イリジウムを生成しないことが本発明者の追試により確かめられた。また、ハロゲン化イリジウムなどのイリジウム塩と硫黄または硫化水素との反応では、使用するイリジウム塩の反応性が低く、必然的に高い反応温度を必要とし、さらに、イリジウムが還元されやすい金属であるため、焼成時の温度を高くしすぎると、硫化イリジウムは一部金属イリジウムに還元されてしまう。そのため、得られる硫化イリジウムは、金属イリジウムと硫化イリジウムの混合物となり、単一物性を示さず、硫化イリジウムとしての蒸気圧や溶解度と異なるため、使用条件設定が難しく用途が限定されるという問題があった。これらのことより、金属イリジウムを含まない硫化イリジウムの製造方法が望まれていた。
【非特許文献1】ジャーナル オブ カタリシス(J.Catal.)67号 1981年 430頁
【非特許文献2】アプライド カタリシス A:ジェネラル(Applied Catalysis A:General) 322号 2007年 142頁
【特許文献1】特開平5−242896号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、還元された金属イリジウムを含有しない硫化イリジウムを製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は鋭意研究した結果、イリジウムの錯塩と硫黄を200℃〜500℃で反応させることにより、金属イリジウムを含有しない硫化イリジウムが得られることを見出し、本発明を完成させた。即ち、本発明は以下のものを提供する。
[1] 硫化イリジウムの製造方法であって、イリジウムの錯塩と硫黄を混合し、混合物を200℃〜500℃で焼成することを特徴とする硫化イリジウムの製造方法。
[2] 該イリジウムの錯塩が4価のイリジウムの錯塩である[1]記載の硫化イリジウムの製造方法。
[3] 該硫化イリジウムが二硫化イリジウムである[1]または[2]記載の硫化イリジウムの製造方法。
[4] 該硫化イリジウムにおける硫黄とイリジウムの元素比が1.9以上であり、熱王水に可溶である[1]〜[3]のいずれかに記載の硫化イリジウムの製造方法。
[5] 該イリジウムの錯塩が3価のイリジウムの錯塩である[1]記載の硫化イリジウムの製造方法。
[6] 該硫化イリジウムが三硫化二イリジウムである[1]または[5]記載の硫化イリジウムの製造方法。
[7] 該硫化イリジウムにおける硫黄とイリジウムの元素比が1.4以上1.7以下であり、熱王水に可溶である[1]、[5]及び[6]のいずれかに記載の硫化イリジウムの製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の方法によれば、金属イリジウムを含有しない高純度の硫化イリジウムを得ることができる。
【本発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明では、イリジウム化合物としてイリジウムの錯塩が用いられる。使用されるイリジウムの錯塩に制限はなく、イリジウムの価数にも特に制限はなく、三価、四価のものを用いることができる。例えば、ヘキサクロロイリジウム(III)酸アンモニウム、ヘキサクロロイリジウム(III)酸ナトリウム、ヘキサクロロイリジウム(III)酸カリウム、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸ナトリウム、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸カリウム、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸水素、ヘキサブロモイリジウム(III)酸アンモニウム、ヘキサブロモイリジウム(III)酸ナトリウム、ヘキサブロモイリジウム(III)酸カリウム、ヘキサブロモイリジウム(IV)酸アンモニウム、ヘキサブロモイリジウム(IV)酸ナトリウム、ヘキサブロモイリジウム(IV)酸カリウム、ヘキサブロモイリジウム(IV)酸水素、ヘキサヨードイリジウム(III)酸アンモニウム、ヘキサヨードイリジウム(III)酸ナトリウム、ヘキサヨードイリジウム(III)酸カリウム、ヘキサヨードイリジウム(IV)酸アンモニウム、ヘキサヨードイリジウム(IV)酸ナトリウム、ヘキサヨードイリジウム(IV)酸カリウム、ヘキサヨードイリジウム(IV)酸水素、ヘキサアンミンイリジウム(III)塩化物、ヘキサシアノイリジウム(III)酸カリウム、ペンタアンミンクロロイリジウム(III)塩化物などが挙げられる。入手性、安全性や、得られる硫化イリジウムに金属不純物を残存させないことを考慮し、これらのアンモニウム塩を用いることが好ましい。すなわち、ヘキサクロロイリジウム(III)酸アンモニウム、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムを使用することが好ましい。
【0008】
これらのイリジウム化合物と硫黄を混合して焼成することで、硫化イリジウムを得ることができる。四価のイリジウムの錯塩を用いた場合は二硫化イリジウムが、三価のイリジウムの錯塩を用いた場合は三硫化二イリジウムが得られる。混合の仕方は特に制限はなく、粉体用ミキサーなどで混合する方法を用いても良いし、ボールミルなどを用いて粉砕混合する方法を用いることもできる。イリジウム化合物と硫黄の混合比は、使用するイリジウム化合物の価数によって多少変化する。例えば、四価のイリジウム化合物と硫黄の混合比は、混合物中に硫黄がイリジウムに対して元素比で2倍以上含まれていればよい。硫黄が多すぎると残存する可能性があるため好ましくなく、少なすぎると使用した錯塩が熱還元のみを受けて金属イリジウム化するため好ましくない。よって、用いる硫黄は通常イリジウムに対して元素比で2〜100倍、好ましくは2〜30倍程度である。三価のイリジウム化合物と硫黄の混合比は、混合物中に硫黄がイリジウムに対して元素比で1.4倍以上含まれていればよい。硫黄が多すぎると残存する可能性があるため好ましくなく、少なすぎると使用した錯塩が熱還元のみを受けて金属イリジウム化するため好ましくない。よって、用いる硫黄は通常イリジウムに対して元素比で1.4〜100倍、好ましくは1.4〜30倍程度である。
【0009】
焼成時の温度は、金属イリジウムへの還元を抑えるため、生成した硫化イリジウムが還元される温度以下にする必要がある。具体的には、200℃〜500℃であり、好ましくは300℃〜500℃である。500℃を超える温度では、硫化イリジウムの還元がおこり、200℃未満の温度では、反応の未完結や硫黄の残存があるため好ましくない。
【0010】
焼成時間は特に限定されるものではないが、短すぎると反応が進行せずに原料の錯塩や硫黄が残存し、精製ができず不純物として取り込まれるため、通常1分〜10時間、好ましくは30分〜3時間程度である。得られた硫化イリジウムは不純物を含まないため、特に洗浄などの工程を設ける必要はなく、そのまま用いることができる。
【0011】
反応時の雰囲気は特に制限されるものではないが、硫化イリジウムの酸化や還元を抑制するため、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。すなわち、窒素やアルゴンなどの雰囲気下で行うことが好ましい。
【0012】
反応の方式としては、ルツボなどに入れて焼成するバッチ式、キルン炉などを用いて行う連続式などのいずれの方式も用いることができる。
硫化イリジウムの生成は、SEM-EDX(電子銃より照射された電子が、試料に衝突した時に放射する特性X線を利用した元素定性分析)を用いて、硫黄とイリジウムの元素比率を算出することで確認することができる。二硫化イリジウムの場合、硫黄とイリジウムの元素比は1.9以上となる。特に、1.9〜2.2の範囲となることが好ましい。三硫化二イリジウムの場合、硫黄とイリジウムの元素比は1.4以上となる。特に、1.4〜1.7の範囲となることが好ましい。
【0013】
硫化イリジウムが金属イリジウムを含有しないことは、熱王水処理によって確かめられる。すなわち、硫化イリジウムは熱王水に溶解するが、金属イリジウムは溶解しないため、熱王水処理後の不溶物の有無で、金属イリジウムの含有を確認することができる。
【0014】
一方、未反応のイリジウムの錯塩が存在しないことは、粉末が水に溶けるかどうかで確かめられる。すなわち、イリジウムの錯塩は水に可溶であるため、粉末が水に不溶であれば、未反応のイリジウムの錯塩は存在しない。
【実施例】
【0015】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。硫黄とイリジウムの元素比を求めるのには、SEM-EDXを利用した。装置は日立製作所製S-3000Nを加速電圧15kVで使用し、走査領域300μm×300μmの範囲でEDX測定を行い、元素比を算出した。
【0016】
実施例1:
ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム200mgと硫黄400mg(イリジウムに対して元素比で28倍)を混合し、アルミナルツボに入れ、窒素雰囲気下、杉山重工製バッチ式簡易雰囲気炉を用いて400℃で1時間焼成した。焼成後の粉末は水に不溶であり、SEM-EDX測定すると硫黄とイリジウムの元素比は1.98であった。この粉末50mgを熱王水で処理すると全量が溶解し、金属イリジウムは含まれなかった。
【0017】
実施例2:
実施例1と同様に、ヘキサクロロイリジウム(III)酸アンモニウム200mgと硫黄400mg(イリジウムに対して元素比で29倍)を混合し、400℃で1時間焼成した。焼成後の粉末は水に不溶であり、SEM-EDX測定すると硫黄とイリジウムの元素比は1.52であった。この粉末50mgを熱王水で処理すると全量が溶解し、金属イリジウムは含まれなかった。
【0018】
実施例3:
実施例1と同様に、ヘキサブロモイリジウム(IV)酸アンモニウム200mgと硫黄200mg(イリジウムに対して元素比で22倍)を混合し、400℃で1時間焼成した。焼成後の粉末は水に不溶であり、SEM-EDX測定すると硫黄とイリジウムの元素比は2.05であった。この粉末50mgを熱王水で処理すると全量が溶解し、金属イリジウムは含まれなかった。
【0019】
実施例4:
実施例1と同様に、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム200mgと硫黄200mg(イリジウムに対して元素比で14倍)を混合し、200℃で6時間焼成した。焼成後の粉末をSEM-EDX測定すると硫黄とイリジウムの元素比は1.95であった。この粉末50mgを熱王水で処理すると全量が溶解し、金属イリジウムは含まれなかった。
【0020】
実施例5:
実施例1と同様に、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム200mgと硫黄400mg(イリジウムに対して元素比で28倍)を混合し、500℃で1時間焼成した。焼成後の粉末は水に不溶であり、SEM-EDX測定すると硫黄とイリジウムの元素比は1.94であった。この粉末50mgを熱王水で処理すると全量が溶解し、金属イリジウムは含まれなかった。
【0021】
比較例1:
実施例1と同様に、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム200mgと硫黄400mg(イリジウムに対して元素比で28倍)を混合し、600℃で1時間焼成した。焼成後の粉末は水に不溶であり、SEM-EDX測定すると硫黄とイリジウムの元素比は1.86であった。粉末50mgを熱王水で処理すると4mgの金属イリジウムが不溶物として残存した。
【0022】
比較例2:
実施例1と同様に、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム200mgと硫黄200mg(イリジウムに対して元素比で14倍)を混合し、150℃で6時間焼成した。焼成後の粉末は水に可溶で褐色を呈し、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムが未反応であった。
【0023】
比較例3:
実施例1と同様に、イリジウム粉末200mgと硫黄400mg(イリジウムに対して元素比で12倍)を混合し、400℃で1時間焼成した。焼成後の粉末をSEM-EDX測定すると、イリジウムのみが検出され、硫化イリジウムは生成しなかった。
【0024】
比較例4:
実施例1と同様に、四塩化イリジウム200mgと硫黄400mg(イリジウムに対して元素比で21倍)を混合し、400℃で1時間焼成した。焼成後の粉末をSEM-EDX測定すると、イリジウムと塩素が検出され、硫化イリジウムは生成しなかった。
【0025】
以上の結果をまとめて表1に示す。
【0026】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の製造方法によれば、金属イリジウムを含有しない硫化イリジウムを製造することができ、産業上有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化イリジウムの製造方法であって、イリジウムの錯塩と硫黄を混合し、混合物を200℃〜500℃で焼成することを特徴とする硫化イリジウムの製造方法。
【請求項2】
該イリジウムの錯塩が4価のイリジウムの錯塩である請求項1記載の硫化イリジウムの製造方法。
【請求項3】
該硫化イリジウムが二硫化イリジウムである請求項1または2記載の硫化イリジウムの製造方法。
【請求項4】
該硫化イリジウムにおける硫黄とイリジウムの元素比が1.9以上であり、熱王水に可溶である請求項1〜3のいずれかに記載の硫化イリジウムの製造方法。
【請求項5】
該イリジウムの錯塩が3価のイリジウムの錯塩である請求項1記載の硫化イリジウムの製造方法。
【請求項6】
該硫化イリジウムが三硫化二イリジウムである請求項1または5記載の硫化イリジウムの製造方法。
【請求項7】
該硫化イリジウムにおける硫黄とイリジウムの元素比が1.4以上1.7以下であり、熱王水に可溶である請求項1、5及び6のいずれかに記載の硫化イリジウムの製造方法。