硫化銅ナノ粒子の合成方法
【課題】光学機能材料、電子デバイス等への応用が期待できる硫化銅ナノ粒子を、従来の合成方法と比較して温和な系かつ安価で工業的に有益な方法で合成することを目的としている。
【解決手段】硫化銅ナノ粒子の合成において、銅−界面活性剤塩を有機溶媒中において、硫黄−ドデカンチオール溶液と混合することを特徴とする。特に、酢酸銅又はアセチルアセトン銅をオレイルアミン又はドデカンチオールにより錯体化させ、ドデカンチオール中に溶解させた硫黄で硫化することを特徴とする。
【解決手段】硫化銅ナノ粒子の合成において、銅−界面活性剤塩を有機溶媒中において、硫黄−ドデカンチオール溶液と混合することを特徴とする。特に、酢酸銅又はアセチルアセトン銅をオレイルアミン又はドデカンチオールにより錯体化させ、ドデカンチオール中に溶解させた硫黄で硫化することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化銅ナノ粒子の合成方法関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、バルク物質とは異なった特異な物性からナノ材料が盛んに研究されている。半導体はそのサイズがナノメートルオーダーになると、電子−正孔対(エキシトン)が狭い領域に閉じ込められる「量子閉じ込め効果」が観測されるようになる。その一例として、CdSを始めとする直接遷移型半導体ナノ粒子は、「量子ドット」と呼ばれ、粒子のサイズにより発光波長およびバンドギャップが制御できることがよく知られている。また、電子線リソグラフィーなどの方法を用いて、半導体超薄膜を一方向に切り刻み、線状の量子井戸構造が造られ、形状に伴った量子サイズ効果が得られることが知られている。このように、電子状態を制御できる半導体ナノ粒子は、次世代発光材料、光学材料またはエネルギー変換材料への応用が期待されている。近年では、生物組織へのマーカーとしてバイオメディカル分野で、従来の有機色素に変わる製品として実用化されている。しかしながら、現状では実用例の数は少なく、ナノ粒子の機能発現に大きく影響する、サイズ分布、化学組成、材料の純度、材料の種類および結晶構造などを十分に考慮したナノ粒子の製造そのものが技術課題である。
【0003】
従来のナノ粒子の作製法は、ブレイクダウン法(トップダウン法)とビルドアップ法(ボトムアップ法)に大別される。ブレイクダウン法は、バルク物質を粉砕して微粒子とする方法であるが、粒子サイズはサブミクロンレベルが限界である。ビルドアップ法はさらに、固相法、気相法、液相法の三種類に分類できる。固相法は、製造過程に長時間を要し、粒子の凝集が著しくサイズ制御が困難であるため、実用には不向きであり、主に気相法と液相法が利用されている。気相法では、蒸気および反応ガスの濃度とキャリアガス種の選択により粒子サイズ、結晶構造などを制御できる上に、純粋な組成のナノ粒子が得られるが、大量合成には向いていない。また、得られたナノ粒子は基板上にランダムに蓄積するため、ナノ粒子を秩序配列させてデバイスを形成するのは困難である。一方、液相法は、大量生産が可能であること、また、ナノ粒子の自己組織化の利用によるデバイスの作成が可能となることなどの利点がある(非特許文献1)。
【0004】
液相法では、希薄溶液中での合成が古くから試みられており(均一液相合成)、初期における量子ドットの研究において多大な貢献をした。また、逆ミセルを利用したナノ粒子の合成も近年盛んに研究されており、単分散ナノ粒子が比較的大量に合成できることが示されている(逆ミセル法)。このような研究の流れの中で、BawendiやAlivisatosらのグループは、高温の極性溶媒中で、非常に単分散な半導体ナノ粒子を合成する方法をみいだした(ホットソープ法)。この方法は、粒子表面に吸着する界面活性剤が粒子成長の制御および凝集の防止することで、単分散なナノ粒子を得ることができる。このホットソープ法は逆ミセル法とは違い、非水溶媒中で合成を行うため、酸化等の影響が少なく、また界面活性剤が表面のダングリンボンドを不活性化するため、従来のナノ粒子に比べ非常に量子効率が高いということが特徴である。
【0005】
しかし、金属アルコシキドなどの危険な原材料を用いることや、表面保護剤そして用いられるTOP/TOPOは高価な上に腐食性も強いため、生産工程のスケールアップは非常に困難である(非特許文献2,3)という欠点があった。
【非特許文献1】奥村喜久夫著 「ナノマテリアル最前線」 化学同人 2002年
【非特許文献2】C.B.Murray et al. : J.Am.Chem.Soc.115,8706(1993)
【非特許文献3】X.Peng et al. J.Am.Chem.Soc.119,7019(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以前、発明者らは金属−チオール錯体を熱分解することで、容易に銅および亜鉛硫化物が得ることを見出した。この方法は、比較的無害な原料物質を原材料とするが、錯体の分解温度が高いため、高価な高沸点溶媒を必要とする難点を持つという問題があった。
【0007】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、光学機能材料、電子デバイス等への応用が期待できる硫化銅半導体ナノ粒子を、従来の合成方法と比較して温和な系かつ安価で工業的に有益な方法で合成することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、硫化銅ナノ粒子の合成において、銅−界面活性剤塩を有機溶媒中において、硫黄−ドデカンチオール溶液と混合することを特徴としており、酢酸銅またはアセチルアセトン銅を、オレイルアミンまたはドデカンチオール(界面活性剤)により錯体化させ、ドデカンチオール中に溶解させた硫黄で硫化することにより、球状、コイン状、フィルム状、紐状ナノ粒子の合成に成功したものである。
大気雰囲気下で安定かつ無害な原材料である酢酸銅またはアセチルアセトン銅を用いることにより、従来の合成方法と比較して温和な系かつ安価で工業的に有益な方法を実現する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、もとより本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0010】
本実施例に用いた試薬を以下に挙げる。有機化合物の分子構造は図1に示す。
【0011】
・ 酢酸銅
・ アセチルアセトン銅
・ 硫黄
・ ヘキサン
・ ジオクチルエーテル
・ オレイルアミン
・ ドデカンチオール
図2に本実施例に用いる実験装置図を示す。温度測定や、反応途中でサンプリングを行う必要があるため、四つ口フラスコを用いる。溶液の温度制御においては、温度制御装置に接続された熱電対とマントルヒーターを用い、PID制御により自動化されている。また、溶媒は反応容器上部に取り付けた冷却器により、回収・循環させているため、ほぼ一定量に保たれる。
1.球状、コイン状、フィルム状、紐状の各硫化銅ナノ粒子の合成について順に述べる。
1.1 球状ナノ粒子の合成
・ 酢酸銅79.4mgおよびオレイルアミン1.88mlをジオクチルエーテル20ml中に混合させ、スターラーで攪拌しつつ100℃において30分間Arフラッシングを行い、金属含有有機相とした。
・ 硫黄粉末13.1mgをドデカンチオール2.5ml中で加熱しつつ攪拌することで溶解させ硫黄/ドデカンチオール溶液とした。
・ 所定温度(100℃)・Ar雰囲気中において、激しく攪拌しながら、硫黄13.1mg/ドデカンチオール2.5ml溶液を(1)の溶液に混合し、30分間保持した。
1.2 コイン状粒子の合成
・ 硫黄粉末65.5mgとドデカンチオール5mlを、100℃において大気雰囲気中(密閉容器中)で30分間、スターラーで攪拌を行い、硫黄を溶解させた。その後、空冷し、硫黄/ドデカンチオール溶液温度が60℃を下回ったあたりでヘキサン20mlを加える。さらにオレイルアミンを5ml加える。
・ 室温(30℃)・大気雰囲気中において、激しく攪拌しながら、アセチルアセトン銅250mgを(1)の溶液に混合し、30分間保持した。
1.3 フィルム状粒子の合成
コイン状粒子を長時間(180分)攪拌し続け、時間経過変化を見た。
1.4 紐状粒子の合成
・ 硫黄粉末65.5mgとドデカンチオール5mlを、100℃において大気雰囲気中(密閉容器中)で30分間、スターラーで攪拌を行い、硫黄を溶解させた。その後、空冷し、硫黄/ドデカンチオール溶液温度が60℃を下回ったあたりでヘキサン20mlを加える。
(2) 室温(30℃)・大気雰囲気中において、激しく攪拌しながら、アセチルアセトン銅250mgを(1)の溶液に混合し、30分間保持した。
2.粒子の分離・精製
粒子を分離・精製し、最終的なコロイド溶液を得るために、遠心分離を用いた。得られたナノ粒子は表面にアルキル基を有しているため、ヘキサン等の無極性溶媒には可溶であるが、エタノール等の極性溶媒にはほとんど溶解しない。この性質を利用し、作製したコロイド溶液にエタノールを加えることでナノ粒子を凝集させ、これを遠心分離により分離・回収した。この際、不純物はエタノールに可溶であるため、上澄み液と共に除去される。回収した析出物はヘキサン等に再分散させた。未反応物をできるだけ取り除くため、析出・再分散操作を2回以上繰り返すことでナノ粒子の分離・精製を行った。精製されたナノ粒子は、ヘキサン中に分散させ暗所において−20℃で保存した。
3.ナノ粒子の評価法
透過型電子顕微鏡(以下、「TEM」という。)用試料は、精製して得られた試料をTEMグリッド上に滴下し、真空乾燥機中で溶媒を蒸発させることで作製した。TEM観察は加速電圧200kVの条件化で行い、得られた明視野像をCCDカメラによりデジタル画像として取り込んだ。ナノ粒子のサイズ分布および格子間隔の測定は、TEMイメージを画像解析ソフト(ImageProPlusTM)により処理することで行った。
【0012】
硫化銅ナノ粒子の析出相は、X線回折(以下、XRD)または電子線回折により同定した。
【0013】
また、硫化銅ナノ粒子の電子構造または光学特性を評価には、可視紫外分光光度計を用いて吸光スペクトルを測定した。吸光スペクトルは、光路長10nmの石英セル中の分散溶媒(ヘキサン)に、得られたコロイド試料を希薄し、室温において測定を行った。
【0014】
上記実施例の実験結果を述べる。
4.1 球状ナノ粒子の合成
4.1.1 粒子の生成過程
酢酸銅とオレイルアミンをジオクチルエーテル中に混合し、数分間攪拌すると、酢酸銅は完全に溶解し濃青色透明溶液となった。その後100℃まで昇温したが、フラッシング中は終始透明濃青色溶液であった。非水溶媒に難溶である酢酸銅がジオクチルエーテルに溶解したのは、オレイルアミンにより銅−アミン錯体を形成したためであると考えられる。
【0015】
Cu(CH3COO)2 + nRNH2 → [Cu(NH2R)n]2++ 2CH3COO−
粉末の硫黄をドデカンチオールに溶解させて硫黄の供給源とした。硫黄はドデカンチオールに溶解する際に、ドデカンチオールの還元能により還元され硫化水素となり、硫化水素−ドデカンチオール間の水素結合により、会合対を形成して溶解しているものと考えられる。
【0016】
S + 2R’SH → H2S + R’SSR
硫黄−ドデカンチオール溶液を加えると直ちに反応し、若干赤みを帯びた濃い茶色溶液となった。この時点で、銅−アミン錯体が硫化水素により硫化され、硫化銅が生製されたと考えられる。その後30分間、100℃のまま保持したが変化は見られず、最終的に得られたコロイド試料は透明感を帯びた濃い茶色溶液となり、粒子の凝集は見られなかった。図3(a)は得られた粒子のTEM写真であり、平均粒径は5.1nm、標準偏差は7.6%と単分散ナノ粒子であった(図3(b))。低倍率TEM写真においては、粒子は超格子を形成していることが確認
できた(図3(c))。また、図3(d)はX線回折結果であり、得られた粒子はCu2Sの六方晶構造であると考えられる。反応過程において、2価であった銅イオンはドデカンチオールまたは硫化水素の還元能により還元されたと考えられる。
【0017】
m[Cu(NH2R)n]2+ + lH2S + kR’SH →
(R’S)k’(Cu2S)m’(NH2R)n’ + k’’R’SSR’+ (l+2k’’)H+
この反応機構では、オレイルアミンは「錯化剤」「表面保護剤」、ドデカンチオールは「還元剤」「表面保護剤」の役割を果たしている。
【0018】
4.1.2 諸条件のサイズ変化
半導体ナノ粒子は、サイズにより光学的性質や電気的性質が変化することがよく知られている。ゆえに、粒子のサイズを制御することは極めて重要である。本発明では、反応温度および界面活性剤濃度を変化させることにより、粒子サイズ制御が可能であることを次に述べるように見出した。
【0019】
図4は、基本条件(酢酸銅74.9mg、硫黄13.1mg、オレイルアミン1.88ml、ドデカンチオール2.5ml、反応温度100℃)から、反応温度の変化により得られた粒子のTEM像である。図4(a)は、反応温度室温(30℃)により得られた粒子のTEM像である。粒子はところどころ凝集し、不定形状の粒子であり、正確な粒度分布は得られなかった。反応温度が高温ほど粒子サイズは大きくなり、100℃において球状粒子なった(図4(c))。
【0020】
この系において、界面活性剤が粒子の成長に大きな影響を与えると考えられる。そこで、界面活性剤濃度を変化させ、粒子サイズに及ぼす影響を検討した。基本条件からオレイルアミンの量のみを変えて作製して得られたTEM写真を、図5に示す。オレイルアミンの量が増加するほど、サイズは大きくなり、オクチルエーテル溶媒中においては多分散となった。
【0021】
以上の結果から、本合成法により、ナノ粒子のサイズを3.9nmから7.7nmまでの間で制御可能であった。
4.1.3 球状ナノ粒子の成長・単分散化機構
従来のコロイド系の単分散化は、熱力学的な「核生成理論」において説明される。この理論によると、溶液が過飽和状態となり臨界過飽和度域に達すると、熱的な「ゆらぎ」により臨界核半径を超えた粒子のみが、自由エネルギー的に安定となり、均一核生成が起こる(核生成期)。核が生成されると、急速に過飽和度は減少し、核生成するには不十分な過飽和度となり、その後は低い過飽和度のもとで核に溶質が析出し成長する(成長期)。ゆえにコロイド系の単分散化を実現するためには、核の生成を短く抑え、成長期に粒子同士の凝集を防ぐことが重要となる。本実施例における系は、銅−アミン錯体を硫化し、核生成−成長によりナノ粒子を得ているため、粒子の成長、単分散化は「核生成理論」において説明できる。
【0022】
本実施例のコロイド系において、ナノ粒子の成長に寄与した主因子は、界面活性剤の作用によるものだと考えられる。オレイルアミンは銅を錯体化させ可溶化作用があり、銅の溶解度は、温度の上昇と共に増加する。すなわち、溶液温度が室温(30℃)に比べ、100℃の方が、低過飽和であるため、核生成期が短く、成長反応速度が早くなる。核生成期が短くなると生成される核の量は減る。また、2価の銅イオンは、直接硫化されるよりも、オレイルアミンと錯体を形成したほうが反応速度は遅くなると考えられる。すなわち、界面活性剤濃度の増加に伴い、硫化速度は抑制されるため、反応速度は遅くなる。このことは、核生成が抑制され、溶質濃度に対する核生成速度が遅くなると考えられる。硫化銅の析出量が同じとするなら、温度上昇また、界面活性剤能動の増加に伴い、粒子サイズが増大したのは、このような核発生数の減少により、核生成に使われなかったモノマーが核に供給されることで成長したと考えられる。
【0023】
また、ナノ粒子の分散性には、粒子表面を覆う界面活性剤による立体斥力が主因子であったと考えられる。この系において、生成されたナノ粒子は、ドデカンチオールとオレイルアミンがアルキル基を外側に向けた逆ミセル構造をとっている。粒子が近距離まで近づくと、互いの粒子表面を覆っている界面活性剤のアルキル基が重なるようになり、アルキル基のC−C結合の回転自由度を奪う。このような状態になると、エントロピー的に不利になり、粒子間には立体斥力が働く。「核生成理論」において粒子が成長、粗大化するほうが、この系に対して有利であるが、最終的に立体斥力がエネルギー障壁となり、粒子の成長を抑制する。この立体斥力は粒子表面の曲率が低いほど強まり、粒子の成長エネルギーと立体斥力によるエネルギー障壁のバランスによって粒子の臨界半径が決まると考えられる。以上のことから、本実施例の系において、粒子が成長期において、界面活性剤による表面保護により単分散化が実現できたと考えられる。
【0024】
これらの考えに基づくと、粒子サイズが温度または界面活性剤濃度に依存し、単分散化した実験結果をよく説明できる。反応温度が室温(30℃)においては、溶質濃度が非常に高過飽和となり、これにともない核生成期が長くなり、核生成期においても粒子は成長するため、核生成期と成長期の分離ができず、多分散化してしまったと考えられる。また、オレイルアミン溶媒中で合成した系においては、核生成速度に加え成長速度も非常に遅くなったため、新たな核生成が起こり、多分散化してしまったと考えられる。
【0025】
4.2 諸条件と粒子形状変化
本発明者はより簡便な方法で、硫化銅ナノ粒子の合成を目指し、大気雰囲気下において硫化銅ナノ粒子の合成を行った。この場合、原料となる銅化合物や界面活性剤濃度、または酸化による化学組成変化に伴い、粒子形状が大きく変化することを見出した。粒子形状の変化は、電子の閉じ込め効果に空間的異方性を持たせ、新規な電子的、光学的な物性の発現が期待される。ここでは、様々な形態を持つCuxSナノ粒子の合成について検討を行った結果について述べる。
【0026】
図7、8、9に、各種条件下で得られたナノ粒子のTEM像を示す。いずれもArガスを通じず、密閉容器中で室温・ヘキサン溶媒を用いて、大気がナノ粒子へ及ぼす影響を検討した。
【0027】
4.2.1 粒子の安定性に対する因子
液相法において、溶液中に硫化銅がナノ粒子として安定に存在するには、イオン平衡が成り立つことが必須条件である。また、溶液中で硫化銅が析出する条件は、以下に挙げる溶解度積を用いて表すことができる。
【0028】
Ksp = [Cun+]x[S2−]
この式は、溶液中の銅および硫黄イオンの濃度がKspを超えると、溶液中に硫化銅が析出することを表す。本系において、界面活性剤は銅イオンと錯体を形成し、銅の原料物質を非水溶媒に可溶化させる作用がある。つまり、界面活性剤が銅イオンの活量を下げるため、見かけ上硫化銅の溶解度が高くなり、硫化銅の溶解が促進と考えられる。
【0029】
Cu2+ + 2LH → Cu L2 + 2H+ (LH:カルボン酸、チオール)
CuX2 + mL’ → Cu X2L’m (L’:アミン)
また、還元剤として用いたドデカンチオールは酸としても働くため、H2Sが生成されると、同様に硫化銅の溶解を促進する。
【0030】
以上の効果を抑制するため、今回オレイルアミンとドデカンチオールの2種類の界面活性剤を用いた。オレイルアミンの極性基は、塩基として働くため、ドデカンチオールと水素結合により会合して、ドデカンチオールの酸としての働きを中和する働きが期待できる。さらに、これは界面活性剤の活量を下げるため錯化剤としての作用を抑制してくれる。しかし、アミンの割合が多くなると、数分間硫化銅は存在できるが、しばらくすると青白色沈殿と透明濃青色溶液に分離してしまう。これは、酸化により硫酸塩が生じたためと考えられる。このことから、ドデカンチオールは酸化防止の働きも兼ねていると考えられる。
【0031】
また、銅の塩として、弱酸根である酢酸またはアセチルアセトン塩を用いることでH2Sの活量を下げる試みを行った。図6に粒子の安定性に関する模式図を示す。
4.2.2 コイン状粒子
硫黄/ドデカンチオール溶液(無色透明)にヘキサンを加えても変化はなく、オレイルアミンを加えると黄色透明溶液となった。前述したように、硫黄はドデカンチオールにより還元され硫化水素となり、ドデカンチオールと会合対をなしヘキサン中に溶解していると考えられ、そこにオレイルアミンも水素結合により会合対を形成したと考えられる。アセチルアセトン銅を加えると、直ちに反応し、濃い茶色溶液となった。ヘキサン中に保存した溶液は、しばらく茶色溶液となり粒子は分散しているが、時間経過とともに粒子同士が凝集し沈殿してしまった。図7(a)は得られた粒子のTEM像であり、直径約10nm、厚さ約2nmほどのコイン状の粒子であった。
【0032】
図7(d)はX線回折により得られた結果である。Cu2S(六方晶)、Cu9S5(綾面晶)、それぞれの結晶構造が混在する結果が得られた。ドデカンチオールは還元性が強いため、粒子が生製された直後はCu2Sが生製され、その後徐々に微量の大気によって酸化され、Cu2SからCu9S5と組成変化していったと考えられる。
【0033】
mCu(acac)2 + nRNH2 + lH2S + kR’SH →
(R’S)k’(Cu2S)m’(NH2R)n’ + k’’R’SSR’+ m’(acac)
また、回折角69.7度に、どのCuxS結晶構造の回折ピークにも一致しない回折ピークが表れた。Cu9S5はCu2Sと比較すると銅に欠陥がある構造であり、粒子の内部に複数の結晶構造が混在するため、欠陥により結晶が歪み、これにより回折ピーク位置がずれたと考えられる。これらのことから、ひとつの粒子に複数の結晶構造が存在する、または、ある特定数の粒子がCu2S、Cu9S5となっている可能性が考えられる。
【0034】
図7(b)の格子像から短軸方向の格子間隔を測定したところ、3.2ÅでありCu9S8の〈001〉方向と一致した。このことから、界面活性剤が選択的に(001)面に吸着し、この面の成長を抑制すると考えられる。このような界面活性剤の特異吸着のメカニズムはまだ明らかにされていないが、室温・大気雰囲気においても形態制御が可能であることが示された。
【0035】
また、粒子は図7(c)に示すように〈001〉方向に配向する傾向がある。前述したように、ヘキサン中に保存した溶液がしばらくすると沈殿する原因は、粒子同士が配向するとためであると考えられる。このように配列するのは、(001)面同士に強い分子間力が働くことや、曲率の低い面より高い面どうしを合わせた方がエネルギー的に安定であると言われている。このような配列を制御できれば、配向配列に伴う異方性や新たな物性の発現などができる。
・ フィルム状粒子
コイン状粒子(図7(a))の作製条件化において、長時間(12時間)攪拌し続け、時間経過変化を検討したところ、反応溶液は濃い茶色から若干緑がかった黒色となり、図8(a)のTEM写真に示すようなフィルム状粒子が得られた。
【0036】
図8(c)はX線回折の結果であり、CuS(六方晶)結晶構造と一致した。このことより、酸化による組成変化に伴い形状が大きく変化したと考えられる。高分解能のTEM写真(図8(b))においては、面間隔を測定したところ約1.89ÅとなりCuS(六方晶)結晶構造の〈110〉方向と一致した。また、TEM像や、X線回折結果より(001)面のピークの半地幅の狭さおよび、強度の強さから、このフィルム状粒子は〈001〉方向に配向し、ガラス面と(001)面と平行となっていると考えられる(図8(d)に模式図を示す)。このことから、コイン状粒子が酸化していく過程で、界面活性剤の特異吸着を保ちつつ、〈001〉方向の成長が抑制されたまま、成長・粗大化したと考えられる。
【0037】
コイン状およびフィルム状粒子は、銅原料物質をアセチルアセトン銅から酢酸銅に変えても作製することができた。また、この系においてオレイルアミン過剰の場合硫化銅は溶解し、ゲル状青色沈殿と透明青色溶液に分離し、ドデカンチオール過剰の際は黄色沈殿と無色透明溶液に分離した。このことより、先に述べたように、この系におけるナノ粒子の安定性には、原料物質の種類よりもむしろ、界面活性剤の混合比が重要であると言える。
【0038】
これまで作製が難しいとされてきたCu9S5やCuSナノ粒子を、界面活性剤の配合比を制御し、粒子を安定化させることで、大気雰囲気化においての酸化により得ることができた。これにより、大気雰囲気により組成制御の可能性もまた示された。
4.2.4 紐状粒子
以前、銅の原料物質にアセチルアセトン銅を用い、界面活性剤をドデカンチオールのみでCu2Sナノ粒子の合成が可能であることが確認されており、その反応過程に、黄色ゲル状の銅−チオール錯体を形成すると考えられている。今回この銅−チオール錯体を硫化することで、硫化銅ナノ粒子の合成を試みた。
【0039】
硫黄/ドデカンチオールが溶解しているヘキサン溶液に、酢酸銅を加えると緑→黄→赤みを帯びた茶色と断続的に変化する。溶液が緑色になった時点では透明感があり、酢酸銅とドデカンチオールは配位子を交換し銅−チオール錯体を形成したと考えられる。
【0040】
nCu(acac)2 + 2nR’SH → Cun(SR’)2n + 2n(acac)
その後、黄色溶液となるのは、ここで生じた錯体が、溶液中に過剰に存在するドデカンチオールにより還元され、1価の銅−チオール錯体を形成ためであると考えられる。
【0041】
【化1】
【0042】
最終的に、茶色溶液となったのは、溶液中に過剰に存在する硫化水素により、銅−チオール錯体は硫化され、硫化銅を形成したためであると考えられる。
【0043】
【化2】
【0044】
得られた試料は赤茶色の沈殿物となり、図10(a)はこれをTEM観察した写真であり、ナノ粒子の凝集体であった。溶液の色が赤みを帯びた明るい茶色となったのは、粒子サイズが非常に小さいことから量子サイズ効果によるものであると考えられる。得られた粒子は非常に分散性が悪く、ヘキサン中にコロイド状保存できなかった。これは、酢酸銅に含まれる酢酸が酸として働き、硫黄やドデカンチオールの架橋結合や還元作用を妨げ、粒子の成長抑制したことが原因であると考えられる。
【0045】
そこで、原料物質を酢酸銅からアセチルアセトン銅に変え、硫化銅ナノ粒子を作製したところ、反応開始から数分間で溶液は黄色から茶色へと変化した。溶液が黄色になったのは、前述の通り、アセチルアセトン銅とドデカンチオールが銅−チオール錯体を形成したと考えられる。
【0046】
【化3】
【0047】
最終的に、この銅−チオール錯体が、溶液中に過剰に存在する硫化水素により硫化されることで、錯体は硫化銅となり、溶液は茶色を呈したと考えられる。
【0048】
【化4】
【0049】
図10(b)は得られた粒子のTEM写真であり、太さ3nm程の紐状の粒子が得られた。また、高分解能TEM像より、格子像が確認できることからこの粒子は、結晶であることがわかる。そこで、X線回折により結晶構造を同定した。図10(c)は、得られたX線回折結果であり、この粒子はCu2S(六方晶)であると考えられる。
【0050】
硫黄は架橋能が高いことが知られている。この系において、銅−チオール錯体が、過剰に存在する硫黄やドデカンチオールにより硫化され、さらに、生製された硫化銅が、架橋結合により融合したことが、紐状になった原因と考えられる。この紐状粒子の作製により、1次元量子サイズ効果の得られる形状の粒子が、液相法により実現が可能であることが示された。
【0051】
・ ナノ粒子の吸収スペクトル
図11に粒子形状ごとに得られた吸光スペクトル曲線を示す。吸光スペクトルの測定にはヘキサン中に分散している粒子において測定したため、形状による異方性は考慮できない。
【0052】
球状および紐状粒子の吸光スペクトル曲線(それぞれ図11(a)、(b))は、間接遷移型半導体の光吸収に相当するバンドギャップ付近からなだらかな曲線となった。バルクのCu2Sバンドギャップ相当に値する波長(1036nm)よりも大幅にブルーシフトし、量子サイズ効果が得られた。
【0053】
球状粒子に関しては、6.1nmから7.7nmにおいては、サイズの減少と共にブルーシフトしたが、4.1nmから6.1nmのサイズ変化による吸光スペクトル曲線の著しい変化は見られず、この範囲では量子サイズ効果のサイズ依存性はほとんど見られなかった。これはCu2Sのボーア半径が、4nmより小さいためであると考えられる。Cu2Sのボーア半径は約3nmと言われており、吸光スペクトルをさらにブルーシフトさせるには、これより小さいナノ粒子を作成する必要がある。
【0054】
図11(b)は、コイン状、フィルム状粒子の吸光スペクトル曲線であるが、球状または紐状粒子とは異なり、バンドギャップ付近からの吸収が急な曲線となった。これは直接遷移型半導体の光吸収に特徴的な曲線であると言える。コイン状、フィルム状粒子はX線回折結果から、それぞれCu9S8、CuSが支配的であり、両者は直接遷移型半導体であるため、組成変化に伴ってバンドギャップが変化したと考えられる。コイン状粒子ではCu9S8のバンドギャップ相当(829 nm)より少しブルーシフトし、量子サイズ効果が得られた。フィルム状粒子においては、CuSのバンドギャップ相当(622nm)より若干ブルーシフトした結果が得られたが、粒子サイズが大きいため変化量がわずかであったと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
硫化銅半導体ナノ粒子を、従来の合成方法と比較して温和な系かつ安価で工業的に有益な方法で合成することができ、光学機能材料、電子デバイス等への応用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に用いた試薬の有機化合物の分子構造を示す図である。
【図2】実験装置図である。
【図3】基本条件から得られた硫化銅ナノ粒子のTEM像等
【図4】基本条件から反応温度の変化により得られた硫化銅ナノ粒子のTEM像等
【図5】基本条件からオレイルアミン濃度の変化により得られた硫化銅ナノ粒子のTEM像等
【図6】粒子の安定性に関する模式図
【図7】コイン状ナノ粒子のTEM像等
【図8】フィルム状ナノ粒子のTEM像等
【図9】コイン状ナノ粒子の酸化に関するTEM像等
【図10】紐状ナノ粒子のTEM像等
【図11】形状変化における吸収スペクトル曲線変化の図
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化銅ナノ粒子の合成方法関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、バルク物質とは異なった特異な物性からナノ材料が盛んに研究されている。半導体はそのサイズがナノメートルオーダーになると、電子−正孔対(エキシトン)が狭い領域に閉じ込められる「量子閉じ込め効果」が観測されるようになる。その一例として、CdSを始めとする直接遷移型半導体ナノ粒子は、「量子ドット」と呼ばれ、粒子のサイズにより発光波長およびバンドギャップが制御できることがよく知られている。また、電子線リソグラフィーなどの方法を用いて、半導体超薄膜を一方向に切り刻み、線状の量子井戸構造が造られ、形状に伴った量子サイズ効果が得られることが知られている。このように、電子状態を制御できる半導体ナノ粒子は、次世代発光材料、光学材料またはエネルギー変換材料への応用が期待されている。近年では、生物組織へのマーカーとしてバイオメディカル分野で、従来の有機色素に変わる製品として実用化されている。しかしながら、現状では実用例の数は少なく、ナノ粒子の機能発現に大きく影響する、サイズ分布、化学組成、材料の純度、材料の種類および結晶構造などを十分に考慮したナノ粒子の製造そのものが技術課題である。
【0003】
従来のナノ粒子の作製法は、ブレイクダウン法(トップダウン法)とビルドアップ法(ボトムアップ法)に大別される。ブレイクダウン法は、バルク物質を粉砕して微粒子とする方法であるが、粒子サイズはサブミクロンレベルが限界である。ビルドアップ法はさらに、固相法、気相法、液相法の三種類に分類できる。固相法は、製造過程に長時間を要し、粒子の凝集が著しくサイズ制御が困難であるため、実用には不向きであり、主に気相法と液相法が利用されている。気相法では、蒸気および反応ガスの濃度とキャリアガス種の選択により粒子サイズ、結晶構造などを制御できる上に、純粋な組成のナノ粒子が得られるが、大量合成には向いていない。また、得られたナノ粒子は基板上にランダムに蓄積するため、ナノ粒子を秩序配列させてデバイスを形成するのは困難である。一方、液相法は、大量生産が可能であること、また、ナノ粒子の自己組織化の利用によるデバイスの作成が可能となることなどの利点がある(非特許文献1)。
【0004】
液相法では、希薄溶液中での合成が古くから試みられており(均一液相合成)、初期における量子ドットの研究において多大な貢献をした。また、逆ミセルを利用したナノ粒子の合成も近年盛んに研究されており、単分散ナノ粒子が比較的大量に合成できることが示されている(逆ミセル法)。このような研究の流れの中で、BawendiやAlivisatosらのグループは、高温の極性溶媒中で、非常に単分散な半導体ナノ粒子を合成する方法をみいだした(ホットソープ法)。この方法は、粒子表面に吸着する界面活性剤が粒子成長の制御および凝集の防止することで、単分散なナノ粒子を得ることができる。このホットソープ法は逆ミセル法とは違い、非水溶媒中で合成を行うため、酸化等の影響が少なく、また界面活性剤が表面のダングリンボンドを不活性化するため、従来のナノ粒子に比べ非常に量子効率が高いということが特徴である。
【0005】
しかし、金属アルコシキドなどの危険な原材料を用いることや、表面保護剤そして用いられるTOP/TOPOは高価な上に腐食性も強いため、生産工程のスケールアップは非常に困難である(非特許文献2,3)という欠点があった。
【非特許文献1】奥村喜久夫著 「ナノマテリアル最前線」 化学同人 2002年
【非特許文献2】C.B.Murray et al. : J.Am.Chem.Soc.115,8706(1993)
【非特許文献3】X.Peng et al. J.Am.Chem.Soc.119,7019(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以前、発明者らは金属−チオール錯体を熱分解することで、容易に銅および亜鉛硫化物が得ることを見出した。この方法は、比較的無害な原料物質を原材料とするが、錯体の分解温度が高いため、高価な高沸点溶媒を必要とする難点を持つという問題があった。
【0007】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、光学機能材料、電子デバイス等への応用が期待できる硫化銅半導体ナノ粒子を、従来の合成方法と比較して温和な系かつ安価で工業的に有益な方法で合成することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、硫化銅ナノ粒子の合成において、銅−界面活性剤塩を有機溶媒中において、硫黄−ドデカンチオール溶液と混合することを特徴としており、酢酸銅またはアセチルアセトン銅を、オレイルアミンまたはドデカンチオール(界面活性剤)により錯体化させ、ドデカンチオール中に溶解させた硫黄で硫化することにより、球状、コイン状、フィルム状、紐状ナノ粒子の合成に成功したものである。
大気雰囲気下で安定かつ無害な原材料である酢酸銅またはアセチルアセトン銅を用いることにより、従来の合成方法と比較して温和な系かつ安価で工業的に有益な方法を実現する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、もとより本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0010】
本実施例に用いた試薬を以下に挙げる。有機化合物の分子構造は図1に示す。
【0011】
・ 酢酸銅
・ アセチルアセトン銅
・ 硫黄
・ ヘキサン
・ ジオクチルエーテル
・ オレイルアミン
・ ドデカンチオール
図2に本実施例に用いる実験装置図を示す。温度測定や、反応途中でサンプリングを行う必要があるため、四つ口フラスコを用いる。溶液の温度制御においては、温度制御装置に接続された熱電対とマントルヒーターを用い、PID制御により自動化されている。また、溶媒は反応容器上部に取り付けた冷却器により、回収・循環させているため、ほぼ一定量に保たれる。
1.球状、コイン状、フィルム状、紐状の各硫化銅ナノ粒子の合成について順に述べる。
1.1 球状ナノ粒子の合成
・ 酢酸銅79.4mgおよびオレイルアミン1.88mlをジオクチルエーテル20ml中に混合させ、スターラーで攪拌しつつ100℃において30分間Arフラッシングを行い、金属含有有機相とした。
・ 硫黄粉末13.1mgをドデカンチオール2.5ml中で加熱しつつ攪拌することで溶解させ硫黄/ドデカンチオール溶液とした。
・ 所定温度(100℃)・Ar雰囲気中において、激しく攪拌しながら、硫黄13.1mg/ドデカンチオール2.5ml溶液を(1)の溶液に混合し、30分間保持した。
1.2 コイン状粒子の合成
・ 硫黄粉末65.5mgとドデカンチオール5mlを、100℃において大気雰囲気中(密閉容器中)で30分間、スターラーで攪拌を行い、硫黄を溶解させた。その後、空冷し、硫黄/ドデカンチオール溶液温度が60℃を下回ったあたりでヘキサン20mlを加える。さらにオレイルアミンを5ml加える。
・ 室温(30℃)・大気雰囲気中において、激しく攪拌しながら、アセチルアセトン銅250mgを(1)の溶液に混合し、30分間保持した。
1.3 フィルム状粒子の合成
コイン状粒子を長時間(180分)攪拌し続け、時間経過変化を見た。
1.4 紐状粒子の合成
・ 硫黄粉末65.5mgとドデカンチオール5mlを、100℃において大気雰囲気中(密閉容器中)で30分間、スターラーで攪拌を行い、硫黄を溶解させた。その後、空冷し、硫黄/ドデカンチオール溶液温度が60℃を下回ったあたりでヘキサン20mlを加える。
(2) 室温(30℃)・大気雰囲気中において、激しく攪拌しながら、アセチルアセトン銅250mgを(1)の溶液に混合し、30分間保持した。
2.粒子の分離・精製
粒子を分離・精製し、最終的なコロイド溶液を得るために、遠心分離を用いた。得られたナノ粒子は表面にアルキル基を有しているため、ヘキサン等の無極性溶媒には可溶であるが、エタノール等の極性溶媒にはほとんど溶解しない。この性質を利用し、作製したコロイド溶液にエタノールを加えることでナノ粒子を凝集させ、これを遠心分離により分離・回収した。この際、不純物はエタノールに可溶であるため、上澄み液と共に除去される。回収した析出物はヘキサン等に再分散させた。未反応物をできるだけ取り除くため、析出・再分散操作を2回以上繰り返すことでナノ粒子の分離・精製を行った。精製されたナノ粒子は、ヘキサン中に分散させ暗所において−20℃で保存した。
3.ナノ粒子の評価法
透過型電子顕微鏡(以下、「TEM」という。)用試料は、精製して得られた試料をTEMグリッド上に滴下し、真空乾燥機中で溶媒を蒸発させることで作製した。TEM観察は加速電圧200kVの条件化で行い、得られた明視野像をCCDカメラによりデジタル画像として取り込んだ。ナノ粒子のサイズ分布および格子間隔の測定は、TEMイメージを画像解析ソフト(ImageProPlusTM)により処理することで行った。
【0012】
硫化銅ナノ粒子の析出相は、X線回折(以下、XRD)または電子線回折により同定した。
【0013】
また、硫化銅ナノ粒子の電子構造または光学特性を評価には、可視紫外分光光度計を用いて吸光スペクトルを測定した。吸光スペクトルは、光路長10nmの石英セル中の分散溶媒(ヘキサン)に、得られたコロイド試料を希薄し、室温において測定を行った。
【0014】
上記実施例の実験結果を述べる。
4.1 球状ナノ粒子の合成
4.1.1 粒子の生成過程
酢酸銅とオレイルアミンをジオクチルエーテル中に混合し、数分間攪拌すると、酢酸銅は完全に溶解し濃青色透明溶液となった。その後100℃まで昇温したが、フラッシング中は終始透明濃青色溶液であった。非水溶媒に難溶である酢酸銅がジオクチルエーテルに溶解したのは、オレイルアミンにより銅−アミン錯体を形成したためであると考えられる。
【0015】
Cu(CH3COO)2 + nRNH2 → [Cu(NH2R)n]2++ 2CH3COO−
粉末の硫黄をドデカンチオールに溶解させて硫黄の供給源とした。硫黄はドデカンチオールに溶解する際に、ドデカンチオールの還元能により還元され硫化水素となり、硫化水素−ドデカンチオール間の水素結合により、会合対を形成して溶解しているものと考えられる。
【0016】
S + 2R’SH → H2S + R’SSR
硫黄−ドデカンチオール溶液を加えると直ちに反応し、若干赤みを帯びた濃い茶色溶液となった。この時点で、銅−アミン錯体が硫化水素により硫化され、硫化銅が生製されたと考えられる。その後30分間、100℃のまま保持したが変化は見られず、最終的に得られたコロイド試料は透明感を帯びた濃い茶色溶液となり、粒子の凝集は見られなかった。図3(a)は得られた粒子のTEM写真であり、平均粒径は5.1nm、標準偏差は7.6%と単分散ナノ粒子であった(図3(b))。低倍率TEM写真においては、粒子は超格子を形成していることが確認
できた(図3(c))。また、図3(d)はX線回折結果であり、得られた粒子はCu2Sの六方晶構造であると考えられる。反応過程において、2価であった銅イオンはドデカンチオールまたは硫化水素の還元能により還元されたと考えられる。
【0017】
m[Cu(NH2R)n]2+ + lH2S + kR’SH →
(R’S)k’(Cu2S)m’(NH2R)n’ + k’’R’SSR’+ (l+2k’’)H+
この反応機構では、オレイルアミンは「錯化剤」「表面保護剤」、ドデカンチオールは「還元剤」「表面保護剤」の役割を果たしている。
【0018】
4.1.2 諸条件のサイズ変化
半導体ナノ粒子は、サイズにより光学的性質や電気的性質が変化することがよく知られている。ゆえに、粒子のサイズを制御することは極めて重要である。本発明では、反応温度および界面活性剤濃度を変化させることにより、粒子サイズ制御が可能であることを次に述べるように見出した。
【0019】
図4は、基本条件(酢酸銅74.9mg、硫黄13.1mg、オレイルアミン1.88ml、ドデカンチオール2.5ml、反応温度100℃)から、反応温度の変化により得られた粒子のTEM像である。図4(a)は、反応温度室温(30℃)により得られた粒子のTEM像である。粒子はところどころ凝集し、不定形状の粒子であり、正確な粒度分布は得られなかった。反応温度が高温ほど粒子サイズは大きくなり、100℃において球状粒子なった(図4(c))。
【0020】
この系において、界面活性剤が粒子の成長に大きな影響を与えると考えられる。そこで、界面活性剤濃度を変化させ、粒子サイズに及ぼす影響を検討した。基本条件からオレイルアミンの量のみを変えて作製して得られたTEM写真を、図5に示す。オレイルアミンの量が増加するほど、サイズは大きくなり、オクチルエーテル溶媒中においては多分散となった。
【0021】
以上の結果から、本合成法により、ナノ粒子のサイズを3.9nmから7.7nmまでの間で制御可能であった。
4.1.3 球状ナノ粒子の成長・単分散化機構
従来のコロイド系の単分散化は、熱力学的な「核生成理論」において説明される。この理論によると、溶液が過飽和状態となり臨界過飽和度域に達すると、熱的な「ゆらぎ」により臨界核半径を超えた粒子のみが、自由エネルギー的に安定となり、均一核生成が起こる(核生成期)。核が生成されると、急速に過飽和度は減少し、核生成するには不十分な過飽和度となり、その後は低い過飽和度のもとで核に溶質が析出し成長する(成長期)。ゆえにコロイド系の単分散化を実現するためには、核の生成を短く抑え、成長期に粒子同士の凝集を防ぐことが重要となる。本実施例における系は、銅−アミン錯体を硫化し、核生成−成長によりナノ粒子を得ているため、粒子の成長、単分散化は「核生成理論」において説明できる。
【0022】
本実施例のコロイド系において、ナノ粒子の成長に寄与した主因子は、界面活性剤の作用によるものだと考えられる。オレイルアミンは銅を錯体化させ可溶化作用があり、銅の溶解度は、温度の上昇と共に増加する。すなわち、溶液温度が室温(30℃)に比べ、100℃の方が、低過飽和であるため、核生成期が短く、成長反応速度が早くなる。核生成期が短くなると生成される核の量は減る。また、2価の銅イオンは、直接硫化されるよりも、オレイルアミンと錯体を形成したほうが反応速度は遅くなると考えられる。すなわち、界面活性剤濃度の増加に伴い、硫化速度は抑制されるため、反応速度は遅くなる。このことは、核生成が抑制され、溶質濃度に対する核生成速度が遅くなると考えられる。硫化銅の析出量が同じとするなら、温度上昇また、界面活性剤能動の増加に伴い、粒子サイズが増大したのは、このような核発生数の減少により、核生成に使われなかったモノマーが核に供給されることで成長したと考えられる。
【0023】
また、ナノ粒子の分散性には、粒子表面を覆う界面活性剤による立体斥力が主因子であったと考えられる。この系において、生成されたナノ粒子は、ドデカンチオールとオレイルアミンがアルキル基を外側に向けた逆ミセル構造をとっている。粒子が近距離まで近づくと、互いの粒子表面を覆っている界面活性剤のアルキル基が重なるようになり、アルキル基のC−C結合の回転自由度を奪う。このような状態になると、エントロピー的に不利になり、粒子間には立体斥力が働く。「核生成理論」において粒子が成長、粗大化するほうが、この系に対して有利であるが、最終的に立体斥力がエネルギー障壁となり、粒子の成長を抑制する。この立体斥力は粒子表面の曲率が低いほど強まり、粒子の成長エネルギーと立体斥力によるエネルギー障壁のバランスによって粒子の臨界半径が決まると考えられる。以上のことから、本実施例の系において、粒子が成長期において、界面活性剤による表面保護により単分散化が実現できたと考えられる。
【0024】
これらの考えに基づくと、粒子サイズが温度または界面活性剤濃度に依存し、単分散化した実験結果をよく説明できる。反応温度が室温(30℃)においては、溶質濃度が非常に高過飽和となり、これにともない核生成期が長くなり、核生成期においても粒子は成長するため、核生成期と成長期の分離ができず、多分散化してしまったと考えられる。また、オレイルアミン溶媒中で合成した系においては、核生成速度に加え成長速度も非常に遅くなったため、新たな核生成が起こり、多分散化してしまったと考えられる。
【0025】
4.2 諸条件と粒子形状変化
本発明者はより簡便な方法で、硫化銅ナノ粒子の合成を目指し、大気雰囲気下において硫化銅ナノ粒子の合成を行った。この場合、原料となる銅化合物や界面活性剤濃度、または酸化による化学組成変化に伴い、粒子形状が大きく変化することを見出した。粒子形状の変化は、電子の閉じ込め効果に空間的異方性を持たせ、新規な電子的、光学的な物性の発現が期待される。ここでは、様々な形態を持つCuxSナノ粒子の合成について検討を行った結果について述べる。
【0026】
図7、8、9に、各種条件下で得られたナノ粒子のTEM像を示す。いずれもArガスを通じず、密閉容器中で室温・ヘキサン溶媒を用いて、大気がナノ粒子へ及ぼす影響を検討した。
【0027】
4.2.1 粒子の安定性に対する因子
液相法において、溶液中に硫化銅がナノ粒子として安定に存在するには、イオン平衡が成り立つことが必須条件である。また、溶液中で硫化銅が析出する条件は、以下に挙げる溶解度積を用いて表すことができる。
【0028】
Ksp = [Cun+]x[S2−]
この式は、溶液中の銅および硫黄イオンの濃度がKspを超えると、溶液中に硫化銅が析出することを表す。本系において、界面活性剤は銅イオンと錯体を形成し、銅の原料物質を非水溶媒に可溶化させる作用がある。つまり、界面活性剤が銅イオンの活量を下げるため、見かけ上硫化銅の溶解度が高くなり、硫化銅の溶解が促進と考えられる。
【0029】
Cu2+ + 2LH → Cu L2 + 2H+ (LH:カルボン酸、チオール)
CuX2 + mL’ → Cu X2L’m (L’:アミン)
また、還元剤として用いたドデカンチオールは酸としても働くため、H2Sが生成されると、同様に硫化銅の溶解を促進する。
【0030】
以上の効果を抑制するため、今回オレイルアミンとドデカンチオールの2種類の界面活性剤を用いた。オレイルアミンの極性基は、塩基として働くため、ドデカンチオールと水素結合により会合して、ドデカンチオールの酸としての働きを中和する働きが期待できる。さらに、これは界面活性剤の活量を下げるため錯化剤としての作用を抑制してくれる。しかし、アミンの割合が多くなると、数分間硫化銅は存在できるが、しばらくすると青白色沈殿と透明濃青色溶液に分離してしまう。これは、酸化により硫酸塩が生じたためと考えられる。このことから、ドデカンチオールは酸化防止の働きも兼ねていると考えられる。
【0031】
また、銅の塩として、弱酸根である酢酸またはアセチルアセトン塩を用いることでH2Sの活量を下げる試みを行った。図6に粒子の安定性に関する模式図を示す。
4.2.2 コイン状粒子
硫黄/ドデカンチオール溶液(無色透明)にヘキサンを加えても変化はなく、オレイルアミンを加えると黄色透明溶液となった。前述したように、硫黄はドデカンチオールにより還元され硫化水素となり、ドデカンチオールと会合対をなしヘキサン中に溶解していると考えられ、そこにオレイルアミンも水素結合により会合対を形成したと考えられる。アセチルアセトン銅を加えると、直ちに反応し、濃い茶色溶液となった。ヘキサン中に保存した溶液は、しばらく茶色溶液となり粒子は分散しているが、時間経過とともに粒子同士が凝集し沈殿してしまった。図7(a)は得られた粒子のTEM像であり、直径約10nm、厚さ約2nmほどのコイン状の粒子であった。
【0032】
図7(d)はX線回折により得られた結果である。Cu2S(六方晶)、Cu9S5(綾面晶)、それぞれの結晶構造が混在する結果が得られた。ドデカンチオールは還元性が強いため、粒子が生製された直後はCu2Sが生製され、その後徐々に微量の大気によって酸化され、Cu2SからCu9S5と組成変化していったと考えられる。
【0033】
mCu(acac)2 + nRNH2 + lH2S + kR’SH →
(R’S)k’(Cu2S)m’(NH2R)n’ + k’’R’SSR’+ m’(acac)
また、回折角69.7度に、どのCuxS結晶構造の回折ピークにも一致しない回折ピークが表れた。Cu9S5はCu2Sと比較すると銅に欠陥がある構造であり、粒子の内部に複数の結晶構造が混在するため、欠陥により結晶が歪み、これにより回折ピーク位置がずれたと考えられる。これらのことから、ひとつの粒子に複数の結晶構造が存在する、または、ある特定数の粒子がCu2S、Cu9S5となっている可能性が考えられる。
【0034】
図7(b)の格子像から短軸方向の格子間隔を測定したところ、3.2ÅでありCu9S8の〈001〉方向と一致した。このことから、界面活性剤が選択的に(001)面に吸着し、この面の成長を抑制すると考えられる。このような界面活性剤の特異吸着のメカニズムはまだ明らかにされていないが、室温・大気雰囲気においても形態制御が可能であることが示された。
【0035】
また、粒子は図7(c)に示すように〈001〉方向に配向する傾向がある。前述したように、ヘキサン中に保存した溶液がしばらくすると沈殿する原因は、粒子同士が配向するとためであると考えられる。このように配列するのは、(001)面同士に強い分子間力が働くことや、曲率の低い面より高い面どうしを合わせた方がエネルギー的に安定であると言われている。このような配列を制御できれば、配向配列に伴う異方性や新たな物性の発現などができる。
・ フィルム状粒子
コイン状粒子(図7(a))の作製条件化において、長時間(12時間)攪拌し続け、時間経過変化を検討したところ、反応溶液は濃い茶色から若干緑がかった黒色となり、図8(a)のTEM写真に示すようなフィルム状粒子が得られた。
【0036】
図8(c)はX線回折の結果であり、CuS(六方晶)結晶構造と一致した。このことより、酸化による組成変化に伴い形状が大きく変化したと考えられる。高分解能のTEM写真(図8(b))においては、面間隔を測定したところ約1.89ÅとなりCuS(六方晶)結晶構造の〈110〉方向と一致した。また、TEM像や、X線回折結果より(001)面のピークの半地幅の狭さおよび、強度の強さから、このフィルム状粒子は〈001〉方向に配向し、ガラス面と(001)面と平行となっていると考えられる(図8(d)に模式図を示す)。このことから、コイン状粒子が酸化していく過程で、界面活性剤の特異吸着を保ちつつ、〈001〉方向の成長が抑制されたまま、成長・粗大化したと考えられる。
【0037】
コイン状およびフィルム状粒子は、銅原料物質をアセチルアセトン銅から酢酸銅に変えても作製することができた。また、この系においてオレイルアミン過剰の場合硫化銅は溶解し、ゲル状青色沈殿と透明青色溶液に分離し、ドデカンチオール過剰の際は黄色沈殿と無色透明溶液に分離した。このことより、先に述べたように、この系におけるナノ粒子の安定性には、原料物質の種類よりもむしろ、界面活性剤の混合比が重要であると言える。
【0038】
これまで作製が難しいとされてきたCu9S5やCuSナノ粒子を、界面活性剤の配合比を制御し、粒子を安定化させることで、大気雰囲気化においての酸化により得ることができた。これにより、大気雰囲気により組成制御の可能性もまた示された。
4.2.4 紐状粒子
以前、銅の原料物質にアセチルアセトン銅を用い、界面活性剤をドデカンチオールのみでCu2Sナノ粒子の合成が可能であることが確認されており、その反応過程に、黄色ゲル状の銅−チオール錯体を形成すると考えられている。今回この銅−チオール錯体を硫化することで、硫化銅ナノ粒子の合成を試みた。
【0039】
硫黄/ドデカンチオールが溶解しているヘキサン溶液に、酢酸銅を加えると緑→黄→赤みを帯びた茶色と断続的に変化する。溶液が緑色になった時点では透明感があり、酢酸銅とドデカンチオールは配位子を交換し銅−チオール錯体を形成したと考えられる。
【0040】
nCu(acac)2 + 2nR’SH → Cun(SR’)2n + 2n(acac)
その後、黄色溶液となるのは、ここで生じた錯体が、溶液中に過剰に存在するドデカンチオールにより還元され、1価の銅−チオール錯体を形成ためであると考えられる。
【0041】
【化1】
【0042】
最終的に、茶色溶液となったのは、溶液中に過剰に存在する硫化水素により、銅−チオール錯体は硫化され、硫化銅を形成したためであると考えられる。
【0043】
【化2】
【0044】
得られた試料は赤茶色の沈殿物となり、図10(a)はこれをTEM観察した写真であり、ナノ粒子の凝集体であった。溶液の色が赤みを帯びた明るい茶色となったのは、粒子サイズが非常に小さいことから量子サイズ効果によるものであると考えられる。得られた粒子は非常に分散性が悪く、ヘキサン中にコロイド状保存できなかった。これは、酢酸銅に含まれる酢酸が酸として働き、硫黄やドデカンチオールの架橋結合や還元作用を妨げ、粒子の成長抑制したことが原因であると考えられる。
【0045】
そこで、原料物質を酢酸銅からアセチルアセトン銅に変え、硫化銅ナノ粒子を作製したところ、反応開始から数分間で溶液は黄色から茶色へと変化した。溶液が黄色になったのは、前述の通り、アセチルアセトン銅とドデカンチオールが銅−チオール錯体を形成したと考えられる。
【0046】
【化3】
【0047】
最終的に、この銅−チオール錯体が、溶液中に過剰に存在する硫化水素により硫化されることで、錯体は硫化銅となり、溶液は茶色を呈したと考えられる。
【0048】
【化4】
【0049】
図10(b)は得られた粒子のTEM写真であり、太さ3nm程の紐状の粒子が得られた。また、高分解能TEM像より、格子像が確認できることからこの粒子は、結晶であることがわかる。そこで、X線回折により結晶構造を同定した。図10(c)は、得られたX線回折結果であり、この粒子はCu2S(六方晶)であると考えられる。
【0050】
硫黄は架橋能が高いことが知られている。この系において、銅−チオール錯体が、過剰に存在する硫黄やドデカンチオールにより硫化され、さらに、生製された硫化銅が、架橋結合により融合したことが、紐状になった原因と考えられる。この紐状粒子の作製により、1次元量子サイズ効果の得られる形状の粒子が、液相法により実現が可能であることが示された。
【0051】
・ ナノ粒子の吸収スペクトル
図11に粒子形状ごとに得られた吸光スペクトル曲線を示す。吸光スペクトルの測定にはヘキサン中に分散している粒子において測定したため、形状による異方性は考慮できない。
【0052】
球状および紐状粒子の吸光スペクトル曲線(それぞれ図11(a)、(b))は、間接遷移型半導体の光吸収に相当するバンドギャップ付近からなだらかな曲線となった。バルクのCu2Sバンドギャップ相当に値する波長(1036nm)よりも大幅にブルーシフトし、量子サイズ効果が得られた。
【0053】
球状粒子に関しては、6.1nmから7.7nmにおいては、サイズの減少と共にブルーシフトしたが、4.1nmから6.1nmのサイズ変化による吸光スペクトル曲線の著しい変化は見られず、この範囲では量子サイズ効果のサイズ依存性はほとんど見られなかった。これはCu2Sのボーア半径が、4nmより小さいためであると考えられる。Cu2Sのボーア半径は約3nmと言われており、吸光スペクトルをさらにブルーシフトさせるには、これより小さいナノ粒子を作成する必要がある。
【0054】
図11(b)は、コイン状、フィルム状粒子の吸光スペクトル曲線であるが、球状または紐状粒子とは異なり、バンドギャップ付近からの吸収が急な曲線となった。これは直接遷移型半導体の光吸収に特徴的な曲線であると言える。コイン状、フィルム状粒子はX線回折結果から、それぞれCu9S8、CuSが支配的であり、両者は直接遷移型半導体であるため、組成変化に伴ってバンドギャップが変化したと考えられる。コイン状粒子ではCu9S8のバンドギャップ相当(829 nm)より少しブルーシフトし、量子サイズ効果が得られた。フィルム状粒子においては、CuSのバンドギャップ相当(622nm)より若干ブルーシフトした結果が得られたが、粒子サイズが大きいため変化量がわずかであったと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
硫化銅半導体ナノ粒子を、従来の合成方法と比較して温和な系かつ安価で工業的に有益な方法で合成することができ、光学機能材料、電子デバイス等への応用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に用いた試薬の有機化合物の分子構造を示す図である。
【図2】実験装置図である。
【図3】基本条件から得られた硫化銅ナノ粒子のTEM像等
【図4】基本条件から反応温度の変化により得られた硫化銅ナノ粒子のTEM像等
【図5】基本条件からオレイルアミン濃度の変化により得られた硫化銅ナノ粒子のTEM像等
【図6】粒子の安定性に関する模式図
【図7】コイン状ナノ粒子のTEM像等
【図8】フィルム状ナノ粒子のTEM像等
【図9】コイン状ナノ粒子の酸化に関するTEM像等
【図10】紐状ナノ粒子のTEM像等
【図11】形状変化における吸収スペクトル曲線変化の図
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅−界面活性剤塩を有機溶媒中において、硫黄−ドデカンチオール溶液と混合することを特徴とする硫化銅ナノ粒子の合成方法。
【請求項2】
酢酸銅またはアセチルアセトン銅をオレイルアミンまたはドデカンチオールにより錯体化させ、ドデカンチオール中に溶解させた硫黄で硫化することを特徴とする硫化銅ナノ粒子の合成方法。
【請求項3】
請求項2の硫化銅ナノ粒子が球状、コイン状、フィルム状および/または紐状であることを特徴とする請求項2の合成方法。
【請求項4】
請求項3の球状ナノ粒子の粒径を反応温度または界面活性剤濃度により制御することを特徴とする請求項2の合成方法。
【請求項5】
請求項3のコイン状、フィルム状、紐状粒子を界面活性剤の混合比を制御し、室温・大気雰囲気においても安定化させることで、形態制御を行うことを特徴とする請求項2の合成方法。
【請求項1】
銅−界面活性剤塩を有機溶媒中において、硫黄−ドデカンチオール溶液と混合することを特徴とする硫化銅ナノ粒子の合成方法。
【請求項2】
酢酸銅またはアセチルアセトン銅をオレイルアミンまたはドデカンチオールにより錯体化させ、ドデカンチオール中に溶解させた硫黄で硫化することを特徴とする硫化銅ナノ粒子の合成方法。
【請求項3】
請求項2の硫化銅ナノ粒子が球状、コイン状、フィルム状および/または紐状であることを特徴とする請求項2の合成方法。
【請求項4】
請求項3の球状ナノ粒子の粒径を反応温度または界面活性剤濃度により制御することを特徴とする請求項2の合成方法。
【請求項5】
請求項3のコイン状、フィルム状、紐状粒子を界面活性剤の混合比を制御し、室温・大気雰囲気においても安定化させることで、形態制御を行うことを特徴とする請求項2の合成方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2006−240900(P2006−240900A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−56368(P2005−56368)
【出願日】平成17年3月1日(2005.3.1)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年2月21日 国立大学法人名古屋工業大学主催の「平成16年度 卒業研究論文発表会」において文書をもって発表
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年3月1日(2005.3.1)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年2月21日 国立大学法人名古屋工業大学主催の「平成16年度 卒業研究論文発表会」において文書をもって発表
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
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