説明

硫酸化糖の脱硫酸化方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、硫酸化糖の硫酸基を部分的又は完全に脱硫酸化する方法に関し、更に詳しくは硫酸化糖の硫酸エステルのうち、第1級水酸基、第2級水酸基及びアミノ基の何れの基に結合している硫酸基も脱硫酸化できる方法に関する。
【0002】
【従来の技術】生物活性を有する脱硫酸化糖を提供するために、様々な硫酸化糖の脱硫酸方法が研究されている。硫酸化糖の脱硫酸方法としては、塩化水素/メタノ−ル中で酸触媒により脱硫酸化する方法が知られている(Kantor T.G. and Schubert M.,J. Amer. Chem. Soc. 79, 152 (1957) )。しかし、この方法ではグリコシド結合のメタノリシスによる糖鎖の切断が起こるため低分子化し、もとの鎖長を有する反応生成物の収量は低下する。
【0003】収量よく脱硫酸を行う方法として、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド又はピリジン等の非プロトン性溶媒中〔Usov A. I., Adamyants K.S., Miroshnikova L. I., Shaposhnikova A.A. and Kochetkov N.K.,Carbohydr. Res. 18,336 (1971)〕又は少量の水又はメタノ−ルを含むジメチルスルホキシド中〔Nagasawa K., Inoue Y. and Kamata T., Carbohydr. Res., 58, 47 (1977) , Nagasawa K., Inoue Y. and Tokuyasu T , J. Biochem., 86, 1323 (1979)〕で行うソルボリシスがある。このソルボリシスの反応機構は、非プロトン性の溶媒中で三酸化硫黄とアミンの複合体を用いて行う硫酸化反応の逆反応であることが知られている。この反応は、反応条件をコントロ−ルすることによりN−硫酸基を選択的に脱硫酸化する方法として用いることができる。しかし、第1級又は第2級水酸基に結合しているO−硫酸基を脱離させることはできなかった。さらに、この方法をオリゴ糖に適用した場合、DMSO等の溶媒を反応後に除去する操作が煩雑であること、完全に脱硫酸化するには反応温度を上昇させる必要があり、このような反応条件ではグリコシド結合の切断が起こること、などの問題点がある。他方、糖類の第1級水酸基に結合した硫酸基を特異的に脱硫酸化する方法として、N,O−ビス(トリメチルシリル)アセトアミド(BTSA)を用いる方法があるが、この方法では第2級水酸基やアミノ基に結合した硫酸基を脱硫酸化することはできない(Matsuo, M., Takano, R., Kamei-Hayashi, K. and Hata, S.,Carbohydr. Res. 241,209-215,(1993) )。また、ヘパリンをBTSAを用いて脱硫酸化した場合、脱硫酸化率が高くないという問題点があった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】硫酸化糖の脱硫酸化法の開発は、ヒトに対して好ましい生物活性を有する医薬品として有用な硫酸化糖を提供するために非常に重要である。例えば、硫酸化多糖であるデキストラン硫酸、キシラン硫酸、コンドロイチン硫酸、ヘパリン等は、脂質代謝改善剤、抗血栓剤として使用されているが、人工的に硫酸基を導入したものは、導入した硫酸基の位置が特定できず、多量に硫酸基を導入するに従い組織からの出血傾向が強まる副作用が生ずることも知られている。また、天然由来の硫酸化糖は、起源の違いにより硫酸基の位置、量がそれぞれ異なり、各硫酸化糖の生理活性も微妙に異なる。すなわち、硫酸化糖の硫酸基の位置及び硫酸化率を効率よくコントロールする技術が求められている。本発明者は、硫酸化糖の生物活性を改善することを目的として、脱硫酸化率が高く、グリコシド結合の切断等の副反応のない、硫酸化糖の脱硫酸化方法を開発すべく鋭意検討し、本発明に到達した。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明の方法は、硫酸化糖を、下式(I)
【0006】
【化2】


〔式中、Rは同一又は異なるアルキル基又はアリール基を示す〕で表されるシリル化剤の存在下に脱硫酸化反応に付すことを特徴とする広範囲の特定位置が選択的に脱硫酸化された脱硫酸化糖の製造法である。
【0007】すなわち、本発明の方法によれば、硫酸化糖の第1級水酸基、第2級水酸基及びアミノ基の何れの基に結合している硫酸基も効率よく脱硫酸化できる。また、反応条件を制御することによって部分的に脱硫酸化することもできる。
【0008】本発明の方法が適用される硫酸化糖は、単糖、オリゴ糖、多糖、複合多糖等の糖類の官能基が硫酸化されたものである。このような硫酸化糖は天然物から抽出単離されたものであっても、合成されたものであってもよい。特に本発明は、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸等の硫酸基を有するグリコサミノグリカンに適用し、これら糖類の生理活性を改変もしくは改善するために、必要な位置に必要な個数(置換度)の硫酸基が結合した硫酸化糖を得るために有用である。
【0009】本発明では通常脱硫酸化反応を有機溶媒中で行うので、硫酸化糖は有機溶媒に可溶性の塩として反応に供される。この様な有機溶媒可溶性塩としては、硫酸化糖の有機塩基塩が挙げられ、有機塩基としては、ピリジン、ジメチルアニリン、ジエチルアニリン等の芳香族アミン;トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、N,N−ジイソプロピルエチルアミン、トリオクチルアミン、N,N,N’,N’−テトラメチル−1,8−ナフタレンジアミン等の3級アミン;N−メチルピリミジン、N−エチルピリミジン、N−メチルモルホリン、N−エチルモルホリン等のN−アルキル複素環アミン等が挙げられる。硫酸化糖の有機塩基塩は、遊離の硫酸化糖を有機塩基と反応させることによって容易に得ることができる。
【0010】脱硫酸化反応は、通常無水の有機溶媒中、硫酸化糖に前記式(I)で示されるシリル化剤を作用させることによって達成される。反応に使用する有機溶媒は、硫酸化糖の塩の形成に使用した前記の有機塩基(ピリジン等)が好ましいが、有機塩基の代わりに、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N−ジメチルアセトアミド、テトラヒドロフラン(THF)、1,4−ジオキサン等の非プロトン性溶媒を使用してもよい。
【0011】シリル化剤である式(I)で表される化合物において、Rは同一又は異なりアルキル基又はアリール基を示し、好ましくは炭素数1〜6の低級アルキル基、フェニル基である。すなわち、式(I)における(R)3SiOとしては、トリメチルシリルオキシ、トリエチルシリルオキシ、ジメチルイソプロピルシリルオキシ、イソプロピルジメチルシリルオキシ、メチルジ−t−ブチルシリルオキシ、t−ブチルジメチルシリルオキシ、t−ブチルジフェニルシリルオキシ、トリイソプロピルシリルオキシ等が例示される。式(I)で表されるシリル化剤として最も好ましいものは、2−トリメチルシロキシペント−2−エン−4−オンである。
【0012】反応は、室温〜100℃において数分〜数十時間で終了する。室温より低い温度では反応が十分に進行せず、100℃以上の温度では硫酸化糖のグリコシド結合が開裂するおそれがある。反応条件、特に反応温度を変化させることによって脱硫酸化の程度を制御することができる。例えば、70〜80℃、30分〜6時間程度では存在する硫酸基の部分的な脱硫酸化を行うことができ、85〜100℃、10分〜数時間程度の反応では、より完全な脱硫酸化を行うことができる。
【0013】シリル化剤の使用量は、硫酸化糖の全水酸基(非置換及び置換水酸基の全て)1モルに対して2〜100倍モル程度である。シリル化剤の使用量を変化させることによっても脱硫酸化の程度を制御することができる。部分的に脱硫酸化を行う場合には2〜16倍モル程度、より完全に脱硫酸化を行う場合にはそれ以上の量のシリル化剤を使用すればよい。
【0014】脱硫酸化反応の終了後、未反応のシリル化剤を非反応性とすることにより反応を停止させる。例えば、反応液に水を加え、又は/及び反応液を水に対して透析することによって目的を達成することができる。
【0015】かくして、硫酸化糖から部分的又は完全に硫酸基が除去された脱硫酸化糖を得ることができる。なお、脱硫酸化反応後、脱硫酸化糖の水酸基等の官能基はシリル化されているが、例えば反応液に水を加え又は/及び反応液を水に対して透析することによりシリル基除去される。さらに、必要に応じて常法に従ってシリル基の除去反応を行うこともできる。この反応は、例えば上記の処理を行った溶液を、アルカリ条件下又は加熱条件下に置くことによって行う。
【0016】脱硫酸化糖にアニオン性の官能基が存在する場合、それに対する対イオンを溶液中に存在させて塩を形成させることができる。例えば、シリル基除去反応後の脱硫酸化糖の水溶液に水酸化アルカリ金属(水酸化ナトリウム等)を添加し、必要に応じて透析した後、凍結乾燥等の非加熱条件下における脱水工程に付すことによって、脱硫酸化糖のアルカリ金属塩を得ることができる。
【0017】
【実施例】以下、実施例及び試験例により本発明を更に詳細に説明するが、これらは本発明の範囲をなんら制限するものではない。硫酸化糖の分析は以下の方法に基づいて行った。
【0018】硫酸化糖の分析法1)硫酸基の定量硫酸化糖及び脱硫酸化糖の硫酸基の定量は、新生化学実験講座3,糖質II p37,p81(東京化学同人刊)に記載の方法に従い、酸加水分解により硫酸基を遊離硫酸イオンとし、次いで該イオンをイオン交換樹脂に吸着させた後、溶媒を用いて溶出し、その遊離硫酸イオンを電気電導度計を用いて検出、定量した。すなわち、300μg の硫酸化糖に3N −塩酸1mlを加え、100℃で18時間加水分解した。その溶液を乾燥した後、1mlの水に溶解した。ミリポア限外ろ過膜(0.45μm )でろ過した後、硫酸イオン含量をHPLC(Waters ILC-1)によるイオン交換クロマロトグラフィーで分析した。カラムに IC Pak Anion(Waters, 4.6mm×5cm)を用い、1.3mM四ホウ酸ナトリウム、1.5mMグルコン酸ナトリウム、6mMホウ酸、0.25%グリセリン及び12%アセトニトリルの組成の移動相を使用して、0.8ml/分の流速で展開した。硫酸イオンの検出には電気電導度計(Waters 430)を用いた。
【0019】2)13C−NMR硫酸化糖の水酸基の性質を判定する目的で、骨格炭素の核磁気共鳴スペクトルを測定した。10%糖の重水溶液でのスペクトルは、80℃、75.4MHz(General Electoric Company, QE-300)で測定した。
【0020】3)酵素消化による構造解析デルマタン硫酸、コンドロイチン硫酸、ヘパリン等のグリコサミノグリカン(ムコ多糖)は構成二糖単位の種々の位置が硫酸化されており、本発明による脱硫酸化反応により、どの位置の硫酸が除去されるかを知ることは、これらのグリコサミノグリカンの生理活性を改変する際に重要である。
【0021】このようなグリコサミノグリカンの硫酸基位置の分析は、次のようにして行うことができる。すなわち、脱硫酸化反応の処理前後のグリコサミノグリカンを酵素で消化し、生成した不飽和糖を含む二糖(不飽和二糖;図1参照)を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分析した〔新生化学実験講座3,糖質II p49〜62に記載の「2・8グリコサミノグリカン分解酵素とHPLCを組合せた構造解析」参照〕。なお、コンドロイチン硫酸及びデルマタン硫酸に対してはコンドロイチナ−ゼABCを、ヘパリンに対してはヘパリン分解酵素を用いて酵素消化を行った。
【0022】a)コンドロイチナ−ゼABCによる消化吉田らの方法〔生化学,57,1189 (1985)〕により、デルマタン硫酸及びコンドロイチン硫酸の水溶液(10mg/ml)20μl に、0.4M トリス−塩酸(pH 8.0) 20μl 、0.4M 酢酸ナトリウム20μl 、0.1%ウシ血清アルブミン20μl 及び水120μl を加え、コンドロイチナ−ゼABC(5U/mL)を20μl 加えて、37℃で2時間反応させた。
【0023】b)ヘパリン分解酵素による消化新実験生化学講座3,糖質II p54〜59(東京化学同人刊)の方法により、ヘパリン0.1 mg を2mM酢酸カルシウムを含む20mM酢酸ナトリウム (pH7.0) 220μl に溶解して、20mUのヘパリナ−ゼ、20mUのヘパリチナ−ゼI及びIIを加えて、37℃で2時間反応させた。なお、脱硫酸化処理によってアミノ基に結合した硫酸基が脱離する。このような脱硫酸化ヘパリンにはヘパリン分解酵素が作用しなくなる。このため、酵素反応に先立ってアミノ基をアセチル化する必要がある。N−アセチル化は炭酸ナトリウムまたはダウエックス(Dowex) −1(HCO3-型)イオン交換樹脂を含む水溶液中、無水酢酸によって定量的に進行する〔「糖鎖工学」、(株)産業調査会 バイオテクノロジー情報センター発行、324頁参照〕。
【0024】c)HPLCによる分析コンドロイチナ−ゼABC又はヘパリン分解酵素消化を行った後の溶液50μl を、HPLC(医理化、モデル852型)を用いて分析した。イオン交換カラム(島津 PNH2 カラム,4.0mm×250mm)を使用し、232nmでの吸光度を測定した。流速1ml/分で、16mMリン酸水素ナトリウムを60分間に0%から50%まで上昇させて溶出した。溶出した種々の位置に硫酸基を有する不飽和二糖のピーク(図2中の各記号で各ピークに対応する不飽和二糖を表す)を同定した。
【0025】4)ゲルろ過硫酸化糖の3%溶液10μl をHPLCによるゲルろ過で分析した。カラムはTSKgel-G4000PWX1 (東ソ−、7.8mm×30cm)を用い、溶離液に0.2M硫酸カリウムを使用して、1.0ml/分の流速で展開した。硫酸化糖の検出には示差屈折計(島津,AID−2A)を用いた。
【0026】 実施例1メチル α−ガラクトピラノシド−6硫酸ピリジニウム塩(Gal−6S;1.142mg/ml)及びメチル α−ガラクトピラノシド−3硫酸ピリジニウム塩(Gal−3S;0.849mg/ml)のそれぞれを含む水溶液、各100μl にガスクロマトグラフィー分析の内部標準として、メチル α−グルコピラノシド(Me−Glc)の水溶液(1.000mg/ml)100μl を加えて凍結乾燥し、脱硫酸化反応の試料とした。凍結乾燥した試料に乾燥ピリジン100μl と2−トリメチルシロキシペント−2−エン−4−オン(以下TPENONという)各100μl を加え、封管後40℃で5時間加熱して脱硫酸化反応を行った。完全にO−トリメチルシリル化してガスクロマトグラフィー分析を行うために、トリメチルシリルイミダゾールを反応液に加えて、80℃で20分間加熱した。この溶液各1μl をガスクロマトグラフィーで分析し、遊離したメチル α−ガラクトピラノシド量を定量したところ、Gal−6Sの52.24%、Gal−3Sの10.91%が脱硫酸化されていた。また、TPENON処理前後に各硫酸化糖の硫酸基を定量したところ、処理前のGal−6S及びGal−3Sの硫酸基含量は何れも35.1%であったが、TPENON処理後には、それぞれ16.5%及び30.8%であった。この結果から明らかなように、TPENONを用いると第1級水酸基及び第2級水酸基に結合した硫酸基のいずれも脱硫酸化することができる。一方、脱硫酸化剤として公知のBTSAを用いて同様に反応を行ったところ、Gal−6Sはほぼ完全に脱硫酸化されたが、Gal−3Sは2.12%しか脱硫酸化されなかった。すなわち、BTSAを用いても第2級水酸基に結合した硫酸基は、ほとんど脱硫酸化されない。
【0027】実施例2及び比較例1ヘパリン−ピリジニウム塩(硫酸基の位置及び量比は後述の表2参照)200mgを乾燥ピリジン20mlに溶かし、これにTPENON4mlを添加して封管した。70℃で2時間加熱した後、反応液を大過剰の水に対して1夜透析した。透析内液に1N 水酸化ナトリウム溶液を加えてpH9に調整し、再び大過剰の水に対して3日間透析した。この間、透析外液の水を1日に2回交換した。透析後、非透析画分を凍結乾燥して部分脱硫酸ヘパリン−ナトリウム塩を得た(収量138mg)。一方、比較例として、ヘパリン−トリブチルアンモニウム塩186mgを乾燥ピリジン20mlに溶かし、これにBTSA4mlを添加し、20℃で30分間放置した。反応液を大過剰の水に対して1夜透析した。透析内液に1N 水酸化ナトリウム溶液を加えてpH9〜10に調整し、再び大過剰の水に対して3日間透析した。この間、透析外液の水を1日に2回交換した。透析後、非透析画分を凍結乾燥して部分脱硫酸ヘパリン−ナトリウム塩を得た(収量140mg)。上記それぞれの方法で得られた脱硫酸ヘパリン−ナトリウム塩の各種分析結果を表1に示す。
【0028】
【表1】


【0029】表中、ウロン酸含量は、グルクロノラクトンを標準物質とし、カルバゾール−硫酸法(T.Bitter, H.N.Muirの改良法による)によって測定し、ウロン酸を−C676 Na−(Mw=198) として計算した。硫酸基含量は、ロジゾン酸法によって測定し、硫酸基を−SO3 Naとして計算した。モル比は、カルバゾール・硫酸法におけるヘパリン中のウロン酸の発色率が通常の50%増とされているため、これを補正して算出した。TPENONによって脱硫酸化したヘパリンについて13C−NMRスペクトルを測定した。なお、比較のために未処理のヘパリン、ソルボリシスによってN−脱硫酸化したヘパリン〔Y.Inoue et al, Carbohydr. Res.,46, 87-95(1976)の方法による〕及び完全脱硫酸化ヘパリン〔A.Ogamo et al, Carbohydr. Res.,193,165-172(1989) の方法による〕についても13C−NMRスペクトルを測定した。その結果、イズロン酸2−硫酸(IdoA−2S)の硫酸基の一部が脱離したこと(IdoA−2SのC−1のピークの他にイズロン酸(IdoA)のC−1のピークが出現した)、グルコサミン部分の6−硫酸が脱離したこと(グルコサミンのC−6のピークが出現した)、グルコサミン部分の6−硫酸の一部が脱離したこと(N−脱硫酸化ヘパリンのグルコサミン6−硫酸のC−1のピークと同位置のピークの左側に完全脱硫酸化ヘパリンのグルコサミンのC−1と同位置のピークが出現した)などが判明した。
【0030】実施例3及び比較例2コンドロイチン硫酸−ピリジニウム塩(鮫由来;6−硫酸:4−硫酸:4,6−ジ硫酸の量比は後述の表3参照)200mgを乾燥ピリジン20mlに溶かし、これにTPENON4mlを添加して封管した。70℃で2時間加熱した後、実施例2と同じ操作で部分脱硫酸コンドロイチン硫酸−ナトリウム塩を得た(収量156mg)。TPENON処理前後に硫酸基を定量したところ、処理前の硫酸基含量は19.8%であったが、TPENON処理後には3.6%となっていた。一方、比較例2として、コンドロイチン硫酸−ピリジニウム塩200mgを、BTSA4mlを使用した他は上記と同じ操作で反応及び精製を行い、部分脱硫酸コンドロイチン硫酸−ナトリウム塩を得た。上記各反応生成物及び未処理のコンドロイチン硫酸について、13C−NMRスペクトルを測定した。その結果、TPENON処理コンドロイチン硫酸では、コンドロイチン4−硫酸に由来するピークが消滅し、全て脱硫酸化されてコンドロイチンが生じるためにピークが単純化されたが、BTSA処理コンドロイチン硫酸では、6−硫酸が脱硫酸化されて生成したコンドロイチン及びコンドロイチン4−硫酸の両方のピークが認められた。
【0031】実施例4デルマタン硫酸−ピリジニウム塩(6−硫酸:4−硫酸:4,6−ジ硫酸の量比は後述の表4参照)200mgを乾燥ピリジン20mlに溶かし、これにTPENON4mlを添加して封管した。70℃で2時間加熱した後、実施例2と同じ操作で部分脱硫酸デルマタン硫酸−ナトリウム塩を得た(収量148mg)。TPENON処理前後に硫酸基を定量したところ、処理前の硫酸基含量は15.3%であったが、TPENON処理後には4.4%となっていた。上記反応生成物及び未処理のデルマタン硫酸について、13C−NMRスペクトルを測定した。その結果、脱硫酸化されて生じたN−アセチル−D−ガラクトサミンのC−4に由来するピークが出現し、イズロン酸のC−1のピークのパターンが変化していた。
【0032】試験例(1)酵素消化による構造解析実施例2〜4で得られた、部分脱硫酸化されたヘパリン、コンドロイチン硫酸及びデルマタン硫酸のそれぞれについて、更に詳しい構造変化を調べるために、2糖単位に酵素消化してHPLCにより分析した。また、比較のために脱硫酸化を行っていない各硫酸化糖も同様に分析した。酵素消化によって生成した不飽和二糖の各種異性体(図1)のHPLC分画クロマトグラムを図2に示す。また、各種異性体のHPLC画分の量比(%)を、表2にヘパリン、表3にコンドロイチン硫酸、表4にデルマタン硫酸について示す。
【0033】
【表2】


【0034】
【表3】


【0035】
【表4】


【0036】図2及び表2〜4より以下のことが明かとなった。すなわち、ヘパリンでは、TPENON処理によってウロン酸の2位水酸基、グルコサミンの2位アミノ基及び6位水酸基の全てが硫酸化されたΔDiHS−tri(U,6,N)Sが殆ど無くなり、殆どもしくは全く存在しなかったΔDiHs−OS(全てが脱硫酸化されたもの)及びΔDiHS−di(U,6)S(ウロン酸の2位及びグルコサミンの6位が硫酸化されたもの)が著しく増加していた。すなわち、2位アミノ基に結合した硫酸基は著しく減少し、その他の硫酸基も相当量減少していた。コンドイチン硫酸では、6−硫酸、4−硫酸、4,6−ジ硫酸等の混合物を用いたが、TPENON処理によってガラクトサミンの6位水酸基が硫酸化されたΔDi−6S及び4位水酸基が硫酸化されたΔDi−4Sが相当量減少し、ΔDi−0S(全てが脱硫酸化されたもの)が著しく増加していた。デルマタン硫酸では、殆んどが4−硫酸であり、6−硫酸が少量混ざっているものを用いたが、TPENON処理によってガラクトサミンの4位水酸基が硫酸化されたΔDi−4Sが相当量減少し、ΔDi0S(全てが脱硫酸化されたもの)が著しく増加していた。
【0037】(2)ゲルろ過TPENON処理前後のヘパリン、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸について、ゲルろ過によって分子量変化を調べ、結果を表5に示した。
【0038】
【表5】


【0039】 表5に示したように分子量分布の変化は殆んど認められず、TPENON処理による硫酸化糖のグリコシド結合の切断(低分子化)は起こらなかった。
【0040】
【発明の効果】本発明による脱硫酸化反応は、BTSAを用いる場合とは異なり、アミノ基に結合している硫酸基を優先的に脱硫酸化するが、第1級水酸基及び第2級水酸基の何れの基に結合している硫酸基も効率よく脱硫酸化し、グリコシド結合には影響を与えない方法である。すなわち、第1級水酸基に結合している硫酸基(例えば、ヘパリン、コンドロイチン6−硫酸の6−O−硫酸基)に特異的なBTSAによる脱硫酸化とは異なった機構によって脱硫酸化が進むものと考えられる。また、BTSAによる脱硫酸化と比較して、より完全な脱硫酸化を行うことが可能で、反応条件を制御すれば部分的な脱硫酸化も可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】グリコサミノグリカンを酵素消化することによって生成する各種不飽和二糖の各種異性体の構造と略称の関係を示すものである。
【図2】酵素消化によって生成した不飽和二糖の各種異性体のHPLC分画クロマトグラムを示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 硫酸化糖を下式(I)
【化1】


〔式中、Rは同一又は異なるアルキル基又はアリール基を示す〕で表されるシリル化剤の存在下に脱硫酸化反応に付することを特徴とする脱硫酸化糖の製造法。
【請求項2】 硫酸化糖を有機溶媒可溶性塩とし、反応を有機溶媒中で行う請求項1記載の脱硫酸化糖の製造法。
【請求項3】 有機溶媒可溶性塩がピリジニウム塩であり、有機溶媒がピリジンを含む有機溶媒である請求項2記載の脱硫酸化糖の製造法。
【請求項4】 脱硫酸化反応後、更にシリル化された水酸基のシリル基を除去する請求項1記載の脱硫酸化糖の製造法。
【請求項5】 硫酸化糖の有機溶媒可溶性塩に、有機溶媒中で下式(I)記載のシリル化剤を作用させることにより得られうる脱硫酸化された硫酸化糖であって、前記硫酸化糖がコンドロイチン硫酸又はデルマタン硫酸であり、脱硫酸化された硫酸化糖が脱硫酸化されたコンドロイチン硫酸の場合、△Di−4Sが5.6%又は△Di−0Sが81.2%であり、脱硫酸化されたデルマタン硫酸の場合、△Di−4Sが21.1%又ば△Di−0Sが71.3%である脱硫酸化糖。
【化3】


〔式中、Rは同一又は異なるアルキル基又はアリール基を示す〕
【請求項6】 ヘパリンの有機溶媒可溶性塩に、有機溶媒中で下式(I)記載のシリル化剤を作用させることにより得られうる脱硫酸化ヘパリンであって、ヘパリン分解酵素による消化産物をHPLCにより解析した際に、△DiHS−di(6,N)S又は△DiHS−di(U,N)Sが実質的に検出されないことを特徴とする脱硫酸化ヘパリン。
【化4】


〔式中、Rは同一又は異なるアルキル基又はアリール基を示す〕

【図1】
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【図2】
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【特許番号】特許第3497209号(P3497209)
【登録日】平成15年11月28日(2003.11.28)
【発行日】平成16年2月16日(2004.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−209148
【出願日】平成5年8月24日(1993.8.24)
【公開番号】特開平7−62001
【公開日】平成7年3月7日(1995.3.7)
【審査請求日】平成12年8月15日(2000.8.15)
【出願人】(000195524)生化学工業株式会社 (143)
【参考文献】
【文献】特開 昭52−155690(JP,A)
【文献】Ryo Takano et al.,Biosci. Biotech. Biochem.,1992年,56(10),1577−1580