説明

磁気転写用の転写ホルダーおよびそれを備えた磁気転写装置

【課題】磁気転写において、初期化反転の影響による内周部でのAERの増大を抑制することを可能とする。
【解決手段】磁気転写用の転写ホルダー1において、第1のベース部材11aと、この第1のベース部材11a上に固定された円環状の第1のマスター担体13aとを有する第1のホルダー部10aと、第2のベース部材11bと、この第2のベース部材11b上に固定された円環状の第2のマスター担体13bとを有する第2のホルダー部10bとを備え、第1のホルダー部10aが、被転写媒体Mの外周部を吸引保持するための吸引口14を有し、第1のベース部材11a上に固定された状態における第1のマスター担体13aのPV値が2um以下であるように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転写情報に対応する凹凸パターンが形成されたマスター担体をベース部材に固定してなる磁気転写用の転写ホルダーおよびそれを備えた磁気転写装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハードディスク装置やフレキシブルディスク装置等に用いられる高密度の磁気記録媒体(磁気ディスク媒体など)にプリフォーマット情報を正確にかつ効率よく記録する方法として、磁気転写が知られている。
【0003】
磁気転写は、例えば特許文献1および2に示されるように、マスター担体の表面に形成された転写すべき情報に対応する凹凸パターンを被転写媒体(スレーブ媒体ともいう)に密着させながら、外部磁界を印加して上記凹凸パターンに対応する磁気パターンを被転写媒体に転写することにより行われる。凹凸パターンの表面にはその凹凸形状に沿って磁性層が形成されており、通常外部磁界が印加されることによりこの磁性層に転写磁界が発生する。一方、被転写媒体は、磁性層の転写磁界とは逆向きの磁界を有するように予め一様に初期化されている。そして、被転写媒体のうち凹凸パターンと密着した部分のみが転写磁界の影響を受けて磁気パターンとして当該情報が転写される。
【0004】
この磁気転写は、マスター担体と被転写媒体との相対的な位置を変化させることなく静的に情報の記録を行うことができ、正確なプリフォーマット情報の記録が可能であり、しかも記録に要する時間も極めて短時間であるという利点を有している。
【0005】
ハードディスク装置の高記録容量化に伴い、磁気パターンであるサーボパターンのビット長、トラック長はより微細化する方向へ推移している。サーボパターンを一括転写することが可能な技術である磁気転写において、高密度のサーボパターンを正確に記録するためには、マスター担体の凹凸パターンを高精度に形成する技術、およびマスター担体の磁性層による転写磁界に異方性を持たせて転写磁界を収束させる技術が欠かせない。
【0006】
マスター担体の磁性層に異方性を持たせた場合磁性層が残留磁化を持つようになり、外部磁界を除去した後もドメイン単位で磁石化した状態になる。一方、被転写媒体の磁界は、被転写媒体中の反磁界の影響で熱力学的に不安定な状態となっている。したがって、磁性層が磁石化した状態のマスター担体に被転写媒体が吸引保持されると、外部磁界を印加しなくても被転写媒体のうち磁石化部位と接触した部分の磁界のみが反転するという現象(初期化反転)が生じることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−242638号公報
【特許文献2】特開2006−65899号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、初期化反転が生じる状況で、マスター担体および被転写媒体の接触状態に横ずれが生じた場合、被転写媒体のうち初期化反転が生じる領域が拡大するという問題がある。この場合、本来ならば初期化時の磁界方向を維持しなければならない被転写媒体の領域で初期化反転が生じ、初期化側信号の信号抜けが生じる。例えば、このような信号抜けがサーボパターンのアドレス部で生じた場合には、アドレスをミスリードする要因となり、結果としてアドレスエラーレート(AER)が増大してしまう。このような問題は、ハードディスクの構造上読み取り信号のS/N比が確保しにくい内周部において特に生じやすいため、その解決方法が望まれている。
【0009】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、磁気転写において、初期化反転の影響による内周部でのAERの増大を抑制することを可能とする磁気転写用の転写ホルダーおよびそれを備えた磁気転写装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明に係る磁気転写用の転写ホルダーは、
円環状の被転写媒体を保持する磁気転写用の転写ホルダーにおいて、
第1のベース部材と、この第1のベース部材上に固定された円環状の第1のマスター担体であって第1のベース部材側とは反対側の表面に転写情報に対応する第1の凹凸パターンが形成された第1のマスター担体とを有する第1のホルダー部と、
第2のベース部材と、この第2のベース部材上に固定された円環状の第2のマスター担体であって第2のベース部材側とは反対側の表面に転写情報に対応する第2の凹凸パターンが形成された第2のマスター担体とを有する第2のホルダー部とを備え、
第1のホルダー部が、被転写媒体の外周部を吸引保持するための吸引口を有し、
第1のベース部材上に固定された状態における第1のマスター担体のPV値が2um以下であることを特徴とするものである。
【0011】
本明細書において、「PV値」は、物の表面形状の最大差を表す。なお、「表面形状の最大差」とは、表面形状に関する測定の範囲内での最も高い点(Peak)と最も低い点(Valley)との差を意味する。
【0012】
そして、本発明に係る転写ホルダーにおいて、第1のマスター担体の外径は被転写媒体の外径よりも小さいことが好ましい。
【0013】
そして、本発明に係る転写ホルダーにおいて、第1のホルダー部は、被転写媒体の内周部を吸引保持するための第2の吸引口を有することが好ましい。
【0014】
さらに、本発明に係る磁気転写装置は、上記に記載の転写ホルダーと、
この転写ホルダーの吸引口から吸引する吸引手段と、
転写ホルダーに外部磁界を印加する磁界印加手段とを備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る磁気転写用の転写ホルダーは、円環状の被転写媒体を保持する磁気転写用の転写ホルダーにおいて、第1のベース部材と、この第1のベース部材上に固定された円環状の第1のマスター担体であって第1のベース部材側とは反対側の表面に転写情報に対応する第1の凹凸パターンが形成された第1のマスター担体とを有する第1のホルダー部と、第2のベース部材と、この第2のベース部材上に固定された円環状の第2のマスター担体であって第2のベース部材側とは反対側の表面に転写情報に対応する第2の凹凸パターンが形成された第2のマスター担体とを有する第2のホルダー部とを備え、第1のホルダー部が、被転写媒体の外周部を吸引保持するための吸引口を有し、第1のベース部材上に固定された状態における第1のマスター担体のPV値が2um以下であることを特徴とするものである。これにより、第1のホルダー部が被転写媒体をその外周部で吸引保持することが可能となる。被転写媒体をその外周部で吸引保持した場合、被転写媒体の外周部が第1のマスター担体側に引き寄せられる反動により、内周部における第1のマスター担体と被転写媒体との間にわずかな空間が生じる。この空間により、第1のホルダー部が被転写媒体を吸引保持する際、被転写媒体の内周部における初期化反転の影響を低減することができる。したがって、その後マスター担体および被転写媒体の接触状態に横ずれが生じたとしても、初期化反転が生じる領域が拡大することを抑制することができる。この結果、磁気転写において、初期化反転の影響による内周部でのAERの増大を抑制することが可能となる。
【0016】
また、本発明に係る磁気転写装置は、上記に記載の転写ホルダーを備えたものであるから、第1のホルダー部が被転写媒体をその外周部で吸引保持することが可能となる。この結果、前述のように磁気転写において、初期化反転の影響による内周部でのAERの増大を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】(a)本発明の転写ホルダーの一実施形態を示す概略切断部端面図である。(b)図1aの転写ホルダーの第1のホルダー部を示す概略上面図である。
【図2】(a)図1aの転写ホルダーに被転写媒体が配置された様子を示す概略切断部端面図である。(b)図2aの転写ホルダーの第1のホルダー部を示す概略上面図である。
【図3A】第1のマスター担体上に配置された被転写媒体をその外周部で吸引保持したときの様子を示す概略切断部端面図である。
【図3B】第1のマスター担体上に配置された被転写媒体をその内周部で吸引保持したときの様子を示す概略切断部端面図である。
【図4】(a)他の実施形態の転写ホルダーに被転写媒体が配置された様子を示す概略切断部端面図である。(b)図4aの転写ホルダーの第1のホルダー部を示す概略上面図である。
【図5】(a)従来の実施形態の転写ホルダーに被転写媒体が配置された様子を示す概略切断部端面図である。(b)図5aの転写ホルダーの第1のホルダー部を示す概略上面図である。
【図6A】転写ホルダーに配置された被転写媒体を吸引保持する工程を示す概略切断部端面図である。
【図6B】第1のマスター担体および第2のマスター担体をそれぞれ両側から被転写媒体に密着させた状態を示す概略切断部端面図である。
【図6C】被転写媒体を保持する転写ホルダーに外部磁界を印加する工程を示す概略切断部端面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明するが、本発明はこれに限られるものではない。なお、視認しやすくするため、図面中の各構成要素の縮尺等は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0019】
まず、本実施形態の転写ホルダー1について説明する。図1aは、本実施形態の転写ホルダー1を示す概略切断部端面図である。図1bは、図1aの転写ホルダーの第1のホルダー部を示す概略上面図である。転写ホルダー1は、図1aに示されるように第1のホルダー部10aおよび第2のホルダー部10bから構成される。転写ホルダー1は、第1のホルダー部10aの第1のマスター担体13aおよび第2のホルダー部10bの第2のマスター担体13bによって被転写媒体を両面から挟み、両面に同時に磁気転写を行うためのものである。
【0020】
第1のホルダー部は、第1のベース部材11a、第1の緩衝部材12a、および第1のマスター担体13aから構成される。一方、第2のホルダー部は、第2のベース部材11b、第2の緩衝部材12b、および第2のマスター担体13bから構成される。
【0021】
ベース部材11aおよび11bは、開閉機構或いは手動により開閉作動される。ベース部材11aおよび11bは、全体として略円盤状で、マスター担体13aおよび13bの外径より大きい円形状の平面を内部に有する。ベース部材11aおよび11bのそれぞれの中心部には、マスター担体13aおよび13b並びに被転写媒体Mの中央開口部に挿通されるセンターコアが突設されてもよい。ベース部材11aおよび11bのそれぞれの中心部周囲には、円環シート状の緩衝部材12aおよび12bがその粘着性により接着されている。マスター担体13aおよび13bは、緩衝部材12aおよび12bの上に粘着などにより固定される。ベース部材11aおよび11bの材料は、ガラス、金属等を用いることができ、特に限定されないが、良好な磁界印加を実現するために、ステンレス等の非磁性材料を用いることが好ましい。
【0022】
第1のベース部材11aには、第1のマスター担体13aに配置された被転写媒体Mの外周部を吸引保持するための吸引口14が設けられている。被転写媒体Mの「外周部」とは、外周近傍の部分であって主として磁気転写の対象となっていない(つまり磁気パターンが形成されない)部分を意味する。また、「外周部を吸引保持する」とは、外周部に第1のマスター担体13a側に働く吸引力が作用することを意味し、必ずしも吸引口14と被転写媒体Mの外周部とが接触している必要はない。吸引口14の個数は特に限定されないが、吸引口14は被転写媒体Mの外周部に沿って均等に設けられることが好ましい。第1のベース部材11aの吸引口14のさらに外周側には、吸引口14によって被転写媒体Mの外周部を吸引する際に吸引口14周辺の空間を狭くするための突起部15が設けられている。これにより、効率よく吸引力が被転写媒体Mの外周部に作用し、被転写媒体Mの吸引保持力を高めることができる。図1aおよび図1bでは、突起部15は第1のベース部材11aと一体として形成された場合が示されているが、突起部15はこのような形態に限定されず、独立した円環状のプレート等であってもよい。
【0023】
また、図4aは、本実施形態の設計変更に係る転写ホルダーに被転写媒体が配置された様子を示す概略切断部端面図である。図4bは、図4aの転写ホルダーの第1のホルダー部を示す概略上面図である。第1のベース部材21aには、図4に示されるように、第1のマスター担体23aに配置された被転写媒体Mの内周部を吸引保持するための吸引口24bも設けるようにしてもよい。また、この場合には図4に示されるように、吸引口24b周辺の空間を狭くするための突起部25を設けてもよい。
【0024】
緩衝部材12aおよび12bは、弾性特性を有する円環シート状の弾性材料からなり、マスター担体13aおよび13bと被転写媒体Mとの密着時に、マスター担体13aおよび13bの弾性変形を許容する特性を備えている。これにより、マスター担体13aおよび13bと被転写媒体Mとの表面形状を一致させて密着性を高め、密着力を解放した際にはマスター担体13aおよび13bを元の状態に復元させることができる。緩衝部材12aおよび12bは、例えば両面に粘着剤が付与された弾性部材から構成することができる。弾性部材の材質、厚み等は、それらの密着時の加圧力による弾性部材の加圧方向の変形量が5μm〜500μmの範囲となるように設定されることが好ましい。弾性部材の材料は、ウレタンゴムやニトリルブタジエンゴム、フッ素ゴム等が好ましい。
【0025】
マスター担体13aおよび13bは、表面に所望の凹凸パターン形状を有する構造体であり、その凹凸パターンの形状に応じた磁化パターンを被転写媒体Mに転写するための磁気転写用の原盤である。マスター担体13aおよび13bは例えば、表面が平滑な石英ガラス等からなる円形の基板上に、フォトレジストをスピンコーター等により塗布し、プリベーク後に、記録する信号に対応して変調したレーザ光(或いは電子ビーム)をフォトレジストに照射して、フォトレジストの略全面に所定のパターンを露光し、露光された部分のフォトレジストを除去し、残ったフォトレジストをマスクとしてエッチングして、当該基板の表面上に凹凸パターンを形成し、この凹凸パターンのある表面上にNiを電鋳して、この電鋳部分を剥離することにより、製造することができる。当該電鋳部分がマスター担体となる。また、必要に応じて、凹凸パターンの凹凸形状に沿ってその表面に磁性層が形成される。
【0026】
マスター担体13aおよび13bはそれぞれ、ベース部材11aおよび11bに上に固定される。なお本実施形態においては、マスター担体13aおよび13bのそれぞれが緩衝部材12aおよび12bを介してベース部材11aおよび11b上に固定される場合について説明しているが、緩衝部材は12aおよび12bは必ずしも必要ではない。
【0027】
転写ホルダー1において、マスター担体13aおよび13bの厚みは、100um以上600um未満であることが好ましい。下限については、200umよりもマスター担体13aおよび13bの厚みが薄いとマスター担体13aおよび13bの十分な剛性が確保できず、マスター担体13aおよび13bの全体的な形状が下地の緩衝部材12aおよび12bのわずかな歪みにも影響されてしまい、マスター担体13aおよび13bの全体的な平坦性が低下してしまうためである。上限については、マスター担体13aおよび13bの厚みが600um以上であるとマスター担体13aおよび13bの剛性がありすぎて、マスター担体13aおよび13bが被転写媒体Mに密着されたとき、マスター担体13aおよび13bの全体的な形状が変形しながら被転写媒体Mの表面形状に沿って密着することができなくなり、マスター担体13aおよび13bおよび被転写媒体Mの密着性が低下してしまうためである。マスター担体の13aおよび13bの外径は、被転写媒体Mの外径よりも小さく設定することが好ましい。これにより、被転写媒体Mの外周部に有効に吸引力が働くようになる。
【0028】
特に第1のマスター担体13aは、第1のベース部材11a上に固定された状態においてPV値が2um以下となるように設定される。本明細書におけるPV値は、富士写真光機株式会社製の干渉計を用い632.8nmの波長の光で測定を行ったときの値である。第1のマスター担体13aについての当該PV値を2um以下とするためには、第1のマスター担体13aの下地の平坦性が重要である。例えば、ベース部材11aのマスター担体13aが固定されている面を精密研磨によりPV値1um以下とすることが好ましい。また、緩衝部材12aを設ける場合には、緩衝部材12aの径加工時に端部の形状が盛り上がることを抑制することも重要となる。例えば、緩衝部材12aの表面をダイヤモンドターニング加工などにより処理を行い、引き切り加工により緩衝部材12aの内径および外径を加工することが好ましい。この結果、緩衝部材12aの端部の盛り上がりを抑制して、緩衝部材12aの表面のPV値を2um以下にすることができる。なお、緩衝部材は弾性特性を有するためそれ自体のPV値はある程度許容される。ここで、引き切り加工とは、加工対象部材の表面に対し垂直に刃先を侵入させた後、侵入方向に対し垂直方向に刃先を加工対象部材に対して相対移動することにより、加工対象部材を切断する加工方法を意味する。このようにして作製された緩衝部材12aを介して粘着材でマスター担体13aをベース部材11aに固定することで第1のマスター担体13aについての当該PV値を2um以下にすることができる。
【0029】
また、転写ホルダー1による磁気転写の対象となる被転写媒体Mは、両面または片面に磁気記録部(磁性層)が形成されたハードディスク、高密度フレキシブルディスクなどの円盤状磁気記録媒体である。その磁性層は塗布型磁気記録層あるいは金属薄膜型磁気記録層で構成される。通常被転写媒体Mの磁性層は、一定の向きの磁界を有するように予め一様に初期化されている。
【0030】
図2aは、図1aの転写ホルダーに被転写媒体が配置された様子を示す概略切断部端面図である。図2bは、図2aの転写ホルダーの第1のホルダー部を示す概略上面図である。図6Aから図6Cは、本発明の磁気転写装置を用いた磁気転写の工程を説明する図である。
【0031】
転写ホルダー1を用いて被転写媒体Mに磁気転写を行う手順について説明する。まず第1のホルダー部10aおよび第2のホルダー部10bを用意する。第1のホルダー部10aにおいて、第1のベース部材11a上に固定された状態における第1のマスター担体のPV値は2um以下となるように設定されている。そして、被転写媒体Mが、図2aに示されるように、第1のマスター担体13a上に配置される。その後、吸引手段5により吸引口14から吸引を行い、被転写媒体Mの外周部を吸引保持する(図6A)。次に、被転写媒体Mを第1のホルダー部10aおよび第2のホルダー部10bで挟むように、この第2のホルダー部10bの円環状の第2のマスター担体13bを被転写媒体Mに密着させ、第1のホルダー部10a、被転写媒体Mおよび第2のホルダー部10bから構成される構造体を形成する(図6B)。そして、磁界印加手段6を用いて当該構造体に外部磁界Fを印加することにより磁気転写が行われる(図6C)。
【0032】
以下本発明の作用について説明する。
【0033】
一般的に初期化反転の影響によるAERの増大を防止する方法として、マスター担体の磁性層の残留磁化を実害がないレベルまで抑えることが挙げられる。そして例えば残留磁化を抑える方法としては、マスター担体の磁性層を非異方性化することまたは反強磁性結合化することが考えられる。しかし、非異方性化した場合には転写精度が低下するという問題がある。一方、反強磁性結合化する場合には、被転写媒体中の中間非磁性層をサブナノメートル(10−10m)オーダーで均一に成膜する技術が求められ、成膜再現性を確保しにくいのが現状である。
【0034】
そこで、本発明者は、初期化反転の影響によるAERの増大の原因が、熱力学的に不安定な状態にある被転写媒体が磁石化したマスター担体に密着した後に横ずれすることである点に着目した。この結果、本発明者は、マスター担体および被転写媒体の接触状態に横ずれが生じやすい転写工程を、初期化反転の影響が製品性能上の問題となりやすい領域においてマスター担体および被転写媒体の間に空間を確保した状態(残留磁化の影響が及びにくい状態)で実施すればよいという思想に至った。一方、被転写板体の吸引保持は被転写媒体を転写ホルダーに設定する上で必須であることから、被転写媒体の吸引保持は初期化反転の影響が製品性能上の問題となりにくい領域で行うこととした。
【0035】
具体的には、初期化反転の影響が問題となりやすい領域とは被転写媒体の内周側の転写領域に相当し、被転写媒体の吸引保持は初期化反転の影響が製品性能上の問題となりにくい領域とは被転写媒体の外周側の転写領域に相当する。これは、外周側の転写領域の磁気パターンのビット長の方が内周側のものよりも長いことにより、外周側の転写領域における読み取り信号のS/N比の方が充分確保されやすいためである。マスター担体および被転写媒体の接触状態に横ずれは、機械的な精度の限界によりマスター担体と被転写媒体とを密着させる際に必ず生じる。マスター担体と被転写媒体とが最終的な密着状態になるまでマスター担体と被転写媒体との間に数十〜数百nmの空間を空けていれば、マスター担体の磁性層による残留磁化の影響を低減することができ、初期化反転を抑制することができる。
【0036】
例えば本実施形態においては被転写媒体Mの外周部を吸引保持した際、図3Aに示されるように、被転写媒体Mの外周部のみに吸引力が働き、被転写媒体Mの形状が歪むことにより、被転写媒体Mの内周側における第1のマスター担体13aと被転写媒体Mとの間にわずかな空間が生じる。この空間により、第1のホルダー部10aが被転写媒体Mを吸引保持する際、被転写媒体Mの内周側の転写領域における初期化反転の影響を低減することができる。この結果、初期化反転に起因するノイズが低減し、内周側の転写領域における読み取り信号のS/N比を向上させることができて、AERを低減できる。
【0037】
なお、上記の場合には反対に、被転写媒体Mの外周側の転写領域における初期化反転の影響は増大する。しかし、外周側の転写領域においてはもともと読み取り信号のS/N比は高い値であったため、若干当該S/N比が低くなっても製品性能上の問題とはなりにくい。つまり、本発明は、製品全体として規定の性能を発揮することができるようにすることをコンセプトとしている。
【0038】
一方、従来の転写ホルダーに被転写媒体を吸着保持する場合には、図3Bおよび図5に示されるように、被転写媒体Mの内周部が吸引されていた。しかしこのような場合、被転写媒体Mの内周部のみに吸引力が働き、被転写媒体Mの内周部におけるマスター担体33aと被転写媒体Mとの密着性が向上することにより、被転写媒体Mの内周部において初期化反転が生じる要因となっている。元々、転写ホルダー3を内周部で吸引保持する機構にしていた理由は、ベース部材31aおよび31b上に固定されたマスター担体33aおよび33bの表面形状について平坦性が悪いことによる。すなわち、広い面積をある程度強い吸引力で保持していなければ、被転写媒体Mが数十〜数百umずれてしまい、サーボパターンの偏芯が大きくずれて記録されてしまうという問題があった。実際、被転写媒体Mの内周部はドライブへの組み込み用マージンが広いため吸引保持する場所として適しており、実用的なサーボパターンの偏芯は5um以下であるところ、内周部で吸引保持する方法はこの要件を十分達成できている。
【0039】
上記のことを考慮すると、被転写媒体を外周部で吸引保持する方法は、内周部とは違って組み込み用マージンがない分、吸引保持する場所として適しているとは言い難い。しかし、本発明者は、ベース部材上に固定されたマスター担体の表面形状についての平坦性を確保することでこの欠点を補いうることを見出した。つまり、ベース部材上に固定された状態におけるマスター担体のPV値が2um以下である場合には、被転写媒体を外周部で吸引保持してもサーボパターンの偏芯ずれを抑制し、性能上問題のないサーボパターンを転写できることを確認した。
【0040】
以上より、本発明に係る磁気転写用の転写ホルダーは、円環状の被転写媒体を保持する磁気転写用の転写ホルダーにおいて、第1のベース部材と、この第1のベース部材上に固定された円環状の第1のマスター担体であって第1のベース部材側とは反対側の表面に転写情報に対応する第1の凹凸パターンが形成された第1のマスター担体とを有する第1のホルダー部と、第2のベース部材と、この第2のベース部材上に固定された円環状の第2のマスター担体であって第2のベース部材側とは反対側の表面に転写情報に対応する第2の凹凸パターンが形成された第2のマスター担体とを有する第2のホルダー部とを備え、第1のホルダー部が、被転写媒体の外周部を吸引保持するための吸引口を有し、第1のベース部材上に固定された状態における第1のマスター担体のPV値が2um以下であることを特徴とするものである。これにより、第1のホルダー部が被転写媒体をその外周部で吸引保持することが可能となる。この結果、前述のように磁気転写において、初期化反転の影響による内周部でのAERの増大を抑制することが可能となる。
【0041】
また、本発明に係る磁気転写装置は、上記に記載の転写ホルダーを備えたものであるから、第1のホルダー部が被転写媒体をその外周部で吸引保持することが可能となる。この結果、前述のように磁気転写において、初期化反転の影響による内周部でのAERの増大を抑制することが可能となる。
【実施例】
【0042】
本発明に係る転写ホルダーの実施例を以下に示す。
<実施例1>
図2に示される転写ホルダー1を用いて、初期化された被転写媒体Mに対しHDDサーボパターンの磁気転写を実施した。その際、ベース部材上に固定された状態におけるマスター担体のPV値を干渉計で測定して、偏芯ずれとの対応をとると以下の表1のようになった。PV値が2um以下の場合、被転写媒体を外周部で吸引保持しても実用に耐えることが判明した。なお、偏芯の測定方法、およびベース部材上に固定された状態におけるマスター担体のPV値の測定方法は以下の通りである。
【0043】
(偏芯の測定方法)
予めスピンドルの偏芯量がわかっているスピンスタンドを用いてTMRヘッド(リードコア幅80nm)で取得し、デコードプログラムを使用して1周のCyl変動量から一次偏芯量を求めた。転写品10枚測定し、実用可能である5um以下を1枚でもオーバーすれば偏芯ずれありと判断した。
【0044】
(貼り合せ後の形状測定方法)
干渉計を用い632.8nmの波長の光でマスター担体の表面形状を測定した。変位の最も高い点(Peak)と最も低い点(Valley)との差をPV値とした。
【0045】
【表1】

【0046】
<実施例2>
図4に示される転写ホルダー2を用いて、初期化された被転写媒体Mに対しHDDサーボパターンの磁気転写を実施した。その際、ベース部材上に固定された状態におけるマスター担体のPV値を干渉計で測定して、偏芯ずれとの対応をとると以下の表2のようになった。外周部を吸引保持しかつ内周部を吸引保持した場合、PV値が2um以上でも問題ないことが判明した。
【0047】
【表2】

【0048】
<比較例1>
図5に示される転写ホルダー3を用いて、初期化された被転写媒体Mに対しHDDサーボパターンの磁気転写を実施した。その際、ベース部材上に固定された状態におけるマスター担体のPV値を干渉計で測定して、偏芯ずれとの対応をとると以下の表3のようになった。内周部を吸引保持した場合、PV値が2um以上でも問題ないことが判明した。
【0049】
【表3】

【0050】
<実施例3>
図2に示される転写ホルダー1を用いて、初期化された被転写媒体Mに対しHDDサーボパターンの磁気転写を実施した。これによりパターン転写された被転写媒体に対し、サーボパターンの外周OD、中周MD、内周IDについてAERの測定を実施した。表4はその結果を示す。一般的に実用に耐えうるには全面でAER10−5未満が求められるが、この実施例においては全面10−5未満を達成でき、実用に耐えうることがわかった。これは、読み取り信号のS/N比が低い内周側の転写領域におけるマスター担体および被転写媒体の接触状態に横ずれを抑制できているためと推察される。
【0051】
【表4】

【0052】
(AERの測定方法)
300MHz以上の周波数成分を除去した再生波形100000周分を、スピンスタンドを用いてTMRヘッド(リードコア幅80nm)で取得し、デコードプログラムを使用して解析した。これより求められた全セル数に対するアドレスエラーの数よりAERを計算した。判定の基準は以下の通りである。
実用に十分なAER(AER < 5.0×10−6)を◎、
実用可能なAER(5.0×10−6 ≦ AER < 1.0×10−5)を○、
実用に適さないAER(1.0×10−5 ≦ AER)を×として実用判定を行った。
【0053】
<実施例4>
図4に示される転写ホルダー2を用いて、初期化された被転写媒体Mに対しHDDサーボパターンの磁気転写を実施した。これによりパターン転写された被転写媒体に対し、サーボパターンの外周OD、中周MD、内周IDについてAERの測定を実施した。表5はその結果を示す。一般的に実用に耐えうるには全面でAER10−5未満が求められるが、この実施例においては全面10−5未満を達成でき、更に実施例3よりもサーボ信号品質が勝っていることがわかった。これは、媒体を全面均一に保持することで、マスター担体および被転写媒体の接触状態に横ずれが発生しにくいためと推察される。
【0054】
【表5】

【0055】
<比較例2>
図5に示される転写ホルダー3を用いて、初期化された被転写媒体Mに対しHDDサーボパターンの磁気転写を実施した。これによりパターン転写された被転写媒体に対し、サーボパターンの外周OD、中周MD、内周IDについてAERの測定を実施した。表6はその結果を示す。一般的に実用に耐えうるには全面でAER10−5未満が求められるが、この比較例においては内周のAERが10−4となっており、実用に適さないことがわかった。これは、読み取り信号のS/N比が低い内周側の転写領域におけるマスター担体および被転写媒体の接触状態に横ずれが生じているためと推察される。
【0056】
【表6】

【符号の説明】
【0057】
1、2、3 転写ホルダー
5 吸引手段
6 磁界印加手段
10a、20a、30a 第1のホルダー部
10b、20b、30b 第2のホルダー部
11a、21a、31a 第1のベース部材
11b、21b、31b 第2のベース部材
13a、23a、33a 第1のマスター担体
13b、23b、33b 第2のマスター担体
14、24a、24b、34 吸引口
15、25、26、36 突起部
F 外部磁界
M 被転写媒体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円環状の被転写媒体を保持する磁気転写用の転写ホルダーにおいて、
第1のベース部材と、該第1のベース部材上に固定された円環状の第1のマスター担体であって前記第1のベース部材側とは反対側の表面に転写情報に対応する第1の凹凸パターンが形成された前記第1のマスター担体とを有する第1のホルダー部と、
第2のベース部材と、該第2のベース部材上に固定された円環状の第2のマスター担体であって前記第2のベース部材側とは反対側の表面に転写情報に対応する第2の凹凸パターンが形成された前記第2のマスター担体とを有する第2のホルダー部とを備え、
前記第1のホルダー部が、前記被転写媒体の外周部を吸引保持するための吸引口を有し、
前記第1のベース部材上に固定された状態における前記第1のマスター担体のPV値が2um以下であることを特徴とする転写ホルダー。
(PV値は、表面形状の最大差を表す。)
【請求項2】
前記第1のマスター担体の外径が前記被転写媒体の外径よりも小さいことを特徴とする請求項1に記載の転写ホルダー。
【請求項3】
前記第1のホルダー部が、前記被転写媒体の内周部を吸引保持するための第2の吸引口を有することを特徴とする請求項1または2に記載の転写ホルダー。
【請求項4】
請求項1から3いずれかに記載の転写ホルダーと、
該転写ホルダーの前記吸引口から吸引する吸引手段と、
前記転写ホルダーに外部磁界を印加する磁界印加手段とを備えたことを特徴とする磁気転写装置。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【公開番号】特開2012−185881(P2012−185881A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−47807(P2011−47807)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)