説明

神経損傷治療剤及び神経損傷治療方法

【課題】iPS細胞を用いることのできる対象疾患を特定することを課題とする。
【解決手段】Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子、及びc-myc遺伝子の組み合わせ等の初期化遺伝子を分化細胞で強制発現させて得られた分化細胞由来多能性幹細胞や、その分化細胞由来多能性幹細胞をembryoid bodyやニューロスフェアに分化誘導して得られた細胞を、神経損傷を有する患者に投与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は神経損傷治療剤及び神経損傷治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、繊維芽細胞等の体細胞へOct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子、及びc-myc遺伝子を導入し発現させた細胞から、Fbxo15遺伝子を発現する細胞を選択することにより、胚性幹細胞(以下、ES細胞とも称する)に似た多能性(pluripotency)を有する細胞を得ることができるようになった(例えば、非特許文献1及び特許文献1参照)。再生医療において、このようにして得られる、体細胞由来の多能性幹細胞を用いれば、自己の細胞を移植することができるようになるために、ES細胞より拒絶の問題が少ないだろうと考えられている。
【0003】
Fbxo15遺伝子の発現を指標に樹立された体細胞由来誘導多能性幹細胞(以下、induced pluripotent stem cells又はiPS細胞とも称する)は、細胞形態や増殖能、分化能力などにおいてES細胞と極めて良く似ていたが、遺伝子の発現パターンや、DNAメチル化のパターンなどの性状では、ES細胞と異なる部分もあった。そこで、Nanog遺伝子の発現を指標にして細胞を選択したところ、さらにES細胞に類似した多能性を持ったiPS細胞が樹立された(例えば、非特許文献2参照)。
【0004】
その後、Fbxo15遺伝子やNanog遺伝子の発現を指標とせず、細胞の形態変化を指標としてiPS細胞が単離されたり(例えば、非特許文献3参照)、c-mycの代わりにN-mycを用いてiPS細胞が樹立されたり(例えば、非特許文献4参照)、マウスおよびヒトにおいて、c-myc遺伝子を用いずにOct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子の3つの遺伝子を導入することによりiPS細胞が樹立されたりするようになった(例えば、非特許文献5及び6参照)。また、繊維芽細胞以外にも、肝臓細胞や胃の上皮細胞から、iPS細胞が樹立された(例えば、非特許文献7参照)。
【0005】
一方、ヒトの細胞を用いた研究も盛んに行われ、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Nanog遺伝子、lin28遺伝子の4遺伝子を繊維芽細胞に導入することによって、ヒトiPS細胞が樹立されたり(例えば、非特許文献8参照)、マウスiPS細胞樹立で使用されたのと同じ組み合わせの遺伝子であるOct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子、及びc-myc遺伝子を、繊維芽細胞や繊維芽様滑膜細胞に導入することにより、ヒトiPS細胞が樹立された(例えば、非特許文献9参照)。
【0006】
このようにして得られたiPS細胞は治療対象となる患者由来の細胞を用いて作製することができるため、、再生医学の領域において、iPS細胞を用いた拒絶反応のない人工臓器等の作製が期待されている。
【0007】
しかしながら、Nanog-iPS細胞を用いてキメラマウスを作製したところ、約20%の個体において腫瘍形成が観察された。これはES細胞を用いた同様の実験よりも有意に高い数値である。このようなin vivoにおける細胞の挙動、上述した遺伝子の発現パターンやDNAメチル化のパターン等から、iPS細胞はES細胞と全く同じ性質を有する細胞ではないと考えられ、移植をしたところで、正常な細胞に分化する保証は全く無いと考えられている。
【0008】
従って、iPS細胞を用いてどのような医学的応用が可能であるかは、未だ明らかではなく、具体的な対象疾患も、全く知られていない。
【特許文献1】国際公開第2007/069666号
【非特許文献1】Takahashi K, Yamanaka S. (2006). “Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors.”. Cell 126: 663-676.
【非特許文献2】Okita K, Ichisaka T, Yamanaka S. (2007). “Generation of germline-competent induced pluripotent stem cells.”. Nature 448: 313-317
【非特許文献3】Meissner A, Wernig M, Jaenisch R. (2007). “Direct reprogramming of genetically unmodified fibroblasts into pluripotent stem cells.”. Nat Biotechnol 25: 1177-1181
【非特許文献4】Blelloch R, Venere M, Yen J, Ramalho-Santos M. (2007). “Generation of induced pluripotent stem cells in the absence of drug selection”. Cell Stem Cell 1: 245-247
【非特許文献5】Nakagawa M, Koyanagi M, Tanabe K, Takahashi K, Ichisaka T, Aoi T, Okita K, Mochiduki Y, Takizawa N, Yamanaka S. (2008). “Generation of induced pluripotent stem cells without Myc from mouse and human fibroblasts”. Nat Biotechnol 26: 101-106.
【非特許文献6】Wering M, Meissner A, Cassady JP, Jaenisch R. (2008). “c-Myc is dispensable for direct reprogramming of mouse fibroblasts”. Cell Stem Cell 2: 10-12.
【非特許文献7】Aoi T, Nakagawa M, Ichisaka T, Okita K, Takahashi K, Chiba T, Yamanaka S. (2008). "Generation of pluripotent stem cells from adult mouse liver and stomach cells.". Science (February 14, 2008)(published on line)
【非特許文献8】Yu J, Vodyanik MA, Smuga-Otto K, Antosiewicz-Bourget J, Frane JL, Tian S, Nie J, Jonsdottir GA, Ruotti V, Stewart R, Slukvin II, Thomson JA. (2007). “Induced Pluripotent Stem Cell Lines Derived from Human Somatic Cells”. Science 318: 1917-1920.
【非特許文献9】Takahashi K, Tanabe K, Ohnuki M, Narita M, Ichisaka T, Tomoda K, Yamanaka S. (2007). “Induction of Pluripotent Stem Cells from Adult Human Fibroblasts by Defined Factors.”. Cell 131: 861-872.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明によって、iPS細胞を用いることのできる対象疾患を特定することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一実施態様は、分化細胞由来多能性幹細胞を含有する神経損傷治療剤である。前記分化細胞由来多能性幹細胞は、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、及びKlf4遺伝子を分化細胞で強制発現させて得られた細胞であってもよく、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子、及びc-myc遺伝子を分化細胞で強制発現させて得られた細胞であってもよい。また、前記分化細胞が繊維芽細胞であってもよい。
【0011】
本発明のさらなる一実施態様は、神経損傷の治療方法であって、分化細胞由来多能性幹細胞を前記神経損傷を有する患者に投与することを特徴とする。本法において、前記分化細胞由来多能性幹細胞を、損傷した神経に移植してもよい。また、前記分化細胞由来多能性幹細胞が、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、及びKlf4遺伝子を分化細胞で強制発現させて得られた細胞であってもよく、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子、及びc-myc遺伝子を分化細胞で強制発現させて得られた細胞であってもよい。また、前記分化細胞が繊維芽細胞であってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によって、iPS細胞を含有する神経損傷治療剤及びiPS細胞を用いた神経損傷治療方法を提供することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
==分化細胞由来多能性幹細胞==
分化細胞由来多能性幹細胞とは、生殖系列にある細胞(例えば、卵細胞、精子細胞、卵原細胞や精原細胞等それらの前駆細胞)または発生初期胚由来の未分化細胞(例えば、胚性幹細胞)以外の分化細胞を初期化することにより、人工的に誘導された多分化能及び自己増殖能を有する細胞のことであり、分化細胞は、胚由来であっても胎児由来であっても成体由来であってもよく、また、マウス、ヒト等どのような動物種に由来しても構わない。その性状としては、本来、受精細胞が有する全分化能を一部でも失った細胞であれば特に限定されず、例えば、繊維芽細胞、上皮細胞、肝細胞などが例示できる。
【0014】
初期化方法は特に限定されないが、核初期化因子を導入することにより、多分化能及び自己増殖能を有するように誘導することが好ましい。例えば国際公開WO2005/080598やWO2007/069666に記載された初期化方法を用いることができる。なお、これらの刊行物を引用することにより、本明細書に含めるものとする。
【0015】
核初期化因子は、特に限定されないが、Oct遺伝子群、Klf遺伝子群、Sox遺伝子群のそれぞれの遺伝子群から選択された遺伝子の遺伝子産物の組み合わせであることが好ましく、iPS細胞樹立の効率という点では、myc遺伝子群の遺伝子産物をさらに含んだ組み合わせとすることがより好ましい。Oct遺伝子群に属する遺伝子としては、Oct3/4、Oct1A、Oct6などがあり、Klf遺伝子群に属する遺伝子としては、Klf1、Klf2、Klf4、Klf5などがあり、Sox遺伝子群に属する遺伝子としては、Sox1、Sox2、Sox3、Sox7、Sox15、Sox17、Sox18などがある。myc遺伝子群に属する遺伝子としては、c-myc、N-myc、L-mycなどがある。myc遺伝子群の遺伝子産物は、サイトカインで置換することができる場合があり、この場合のサイトカインとして、例えばSCFやbFGFなどが挙げられる。
【0016】
核初期化因子としては、上記組み合わせ以外にも、Oct遺伝子群の遺伝子、Sox遺伝子群の遺伝子に加え、Nanog遺伝子及びlin-28遺伝子を含む組み合わせが挙げられる。また、なお、細胞に導入する場合、上記組み合わせの遺伝子に加え、他にも遺伝子産物を導入してもよく、例えば、不死化誘導因子などが挙げられる。
【0017】
これらの遺伝子は、いずれも、脊椎動物で高度に保存されている遺伝子であり、本明細書では、特に動物名を示さない限り、ホモログを含めた遺伝子を表すものとする。また、polymorphismを含め、変異を有する遺伝子であっても、野生型の遺伝子産物と同等の機能を有する遺伝子もまた、含まれるものとする。
【0018】
==分化細胞由来多能性幹細胞の調整方法==
核初期化因子を用いて分化細胞由来多能性幹細胞を調整するには、核初期化因子が細胞内で機能する蛋白質である場合は、その蛋白質をコードする遺伝子を発現ベクターに組み込み、対象とする体細胞などの分化細胞に発現ベクターを導入し、細胞内で発現させることが好ましい(遺伝子導入法)。発現ベクターは特に限定されないが、ウイルスベクターを用いることが好ましく、特にレトロウイルスベクターやレンチウイルスベクターを用いることが好ましい。また、Protein Transduction Domain(PTD)と呼ばれるペプチドを蛋白質に結合させ、培地に添加することにより、核初期化因子を細胞内に導入してもよい(Protein Transduction 法)。細胞外に分泌される蛋白質の場合は、分化細胞由来多能性幹細胞の調整段階で、分化細胞の培地にその因子を添加すればよい。なお、初期化すべき分化細胞で、核初期化因子の一部が発現している場合は、その蛋白質に関しては外部から導入する必要が無い。
【0019】
その後、核初期化因子を導入した分化細胞から、Fbxo15遺伝子やNanog遺伝子などの未分化マーカー遺伝子を発現している細胞を、細胞が生きたまま選択する。その方法は特に限定されないが、例えば、内在性Fbxo15遺伝子や内在性Nanog遺伝子のプロモーターの下流にGFP遺伝子やガラクトシダーゼ遺伝子などのマーカー遺伝子をノックインし、それらマーカー遺伝子を発現している細胞を選択すればよい。あるいは、内在性Fbxo15遺伝子や内在性Nanog遺伝子のプロモーターの下流にネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子をノックインし、薬剤で選択することにより容易に目的の細胞を選択することができる。
【0020】
このようにして、核初期化因子を導入した分化細胞から、未分化マーカー遺伝子を発現している細胞を選択して得られた細胞集団を分化細胞由来多能性幹細胞として用いる。
【0021】
==神経損傷治療剤==
分化細胞由来多能性幹細胞は、神経損傷治療剤として用いることができる。神経損傷治療剤の使用方法は、ES細胞を神経損傷治療剤として用いる際に開発された方法(Okada et al. Dev.Biol. vol.275, pp.124-142. 2004)を適用することができる。
【0022】
この神経損傷治療剤は、分化細胞由来多能性幹細胞以外に、塩などを含んだ緩衝溶液、抗生物質などの薬剤等を含有してもよい。治療対象となる神経組織は特に限定されず、中枢神経系(脳や脊髄)でも末梢神経系でもよい。また、神経細胞が損傷する疾患・病態であれば、具体的疾患(例えば、脊髄損傷などの外傷性疾患;筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、進行性核上清麻痺、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症等の神経変性疾患;脳梗塞、脳内出血等による神経細胞の壊死)、原因(例えば、外傷や脳梗塞などによる一次的原因、感染、腫瘍などによる二次的原因)等は限定されない。
【0023】
投与する際、分化細胞由来多能性幹細胞をそのまま投与してもよいが、神経系への分化能力を高めるため、予めembryoid body(EB)を形成させて、EBの細胞を投与することが好ましく、EBを培養条件下で神経幹細胞に分化誘導させて投与することがより好ましい。例えば、低濃度レベル(10-9 M〜10-6 M)のレチノイン酸存在下でembryoid body(EB)を形成させ、FGF-2(10〜100 ng/ml)を添加した無血清培地で培養することによってニューロスフェアとして神経幹細胞を分化させて投与することができる。あるいは、分化細胞由来多能性幹細胞の培地にノギン(Noggin)タンパク質を添加することによりEBを形成させることもできる。具体的には、アフリカツメガエル・ノギンをほ乳類培養細胞に導入し、一過性にノギン蛋白質を発現させた培養上清をそのまま(1〜50%(v/v))使用してもよく、リコンビナントノギン蛋白質(1 μg/ml程度)を用いてもよい。
【0024】
分化細胞由来多能性幹細胞の投与は、直接投与でも間接投与でもよく、例えば、直接投与として、細胞を神経損傷部位に移植してもよく、間接投与方法として、静脈注射や髄腔内投与によって血液・脳脊髄液の循環に乗せて細胞を患部に運ばせてもよい。
【実施例】
【0025】
==使用された細胞==
本実施例において、分化細胞由来多能性幹細胞とは、マウス胚繊維芽細胞に対してOct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4を核初期化因子として用いて得られた細胞とし、具体的にはFbxo15遺伝子の発現を指標にして選択された細胞であるFbxo15-iPS細胞及びNanog遺伝子の発現を指標にして選択された細胞であるNanog-iPS細胞を用いた。特に、Fbxo15-iPS細胞として、T58A-c-Mycを導入された4-3 Fbxo15-iPSクローン(Takahashi et al. Cell vol.126, pp.663-676, 2006)、野生型c-Mycを導入されたWT1 Fbxo15-iPSクローン(Takahashi et al. Cell vol.126, pp.663-676, 2006)を用い、Nanog-iPS細胞として、T58A-c-Mycを導入された20D17 Nanog-iPSクローンと38C2 Nanog-iPSクローン(Okita et al. Nature vol.448, pp.313-317, 2007)、野生型c-Mycを導入された38D2 Nanog-iPSクローン(Okita et al. Nature vol.448, pp.313-317, 2007)を用いた。コントロールとして、マウス ES細胞(Fbxo15(-/-)RF8クローン(Tokuzawa et al. Mol.Cell.Biol. vol.23, pp.2699-2708, 2003)及びEB3クローン(Niwa et al. Mol.Cell.Biol. vol.22, pp.1526-1536, 2002))を用いた。
【0026】
これらのiPS細胞を用い、神経系への分化能力を高めるため、10-8 Mレチノイン酸存在下でembryoid body(EB)を形成させ、20 ng/ml FGF-2を添加した無血清培地で培養した(Okada et al. Dev.Biol. vol.275, pp.124-142. 2004)。培養7日後には、全てのEBが、ニューロスフェア(以下、このニューロスフェアをiPS-PNSと称する。)を形成した。このiPS-PNSを解離し、同じ条件下で再度ニューロスフェアを形成させることは、繰り返し可能であった(以下、継代されたニューロスフェアをiPS-SNSと称する。)。
【0027】
なお、移植38C2-Nanog-iPS-SNS細胞のマーカーとしてCBRlucとRFPを発現するクローンを得るため、赤色発光コメツキムシ・ルシフェラーゼ(CBRluc)遺伝子及び赤色蛍光タンパク質(RFP)遺伝子をIRESを挟んでレンチウイルスベクターに組み込んで細胞に導入し、得られたCBRluc-38C2-Nanog-iPSを脊髄損傷マウスへの移植実験に用いた。
【0028】
==脊髄損傷マウスの作製と細胞の移植==
ここでは、マウスの脊髄神経Th10において、外傷性脊髄損傷を負わせた脊髄損傷モデルマウスを用い、38C2-Nanog-iPS-SNSを移植した。以下にその作製方法を述べる。
【0029】
まず、8-9週齢のメスC57Bl6マウス(体重20−22g)をケタミン(100mg/kg)とキシラジン(10mg/kg)で麻酔した。Th10の椎弓切除手術後、硬膜の背側表面を露出させ、Infinite Horizon Impactor (60kdyn;Precision Systems, Kentucky, IL)を用いて外傷性脊髄損傷を負わせた。
【0030】
損傷した脊髄に細胞を移植するため、損傷後9日目に損傷部位を再度露出させ、stereotaxic injector(KDS310, Muromachi-kikai, Tokyo, japan)に取り付けられたグラスマイクロピペットを用い、欠損部分の中心に5x10個/2μlの細胞を0.5μl/分の速度で移植した。本実施例では、Nanog-iPS-SNSとして38C2クローンを、ES-SNSとしてEB3クローンを用い、それらのニューロスフェアを解離させて移植した。コントロールとして、細胞を含まない培地だけを細胞移植と同様に注入した。
【0031】
==38C2-Nanog-iPS-SNS移植脊髄損傷マウスの解析==
生体蛍光イメージング(bioluminescent imaging analysis;BLI解析)(Okada et al. Faseb J. vol.19, pp.1839-1841, 2005)では、移植後、7日目、21日目、35日目にルシフェラーゼによる発光強度を測定し、細胞数の指標として用いた。すなわち、マウスにD−ルシフェリン(150mg/kg体重)を腹腔内に注射し、ルシフェリン投与後15−40分間、field-of-viewを10cmに設定して最高強度が得られるまで連続画像を得た。全ての画像はIgor(WaveMetrics, Lake Oswego, OR)及びLiving Imageソフトウエア(Xenogen, Alameda, CA)で解析した。フォトン数を定量化するため、一定の細胞移植領域を決めて、全マウスで解析した。各測定日で得られたフォトン量に対し、初期値に対する割合を計算し、グラフ化したのが図1である。図1に示すように、移植細胞の約60%が移植7日目までに脱落し、その後は、移植細胞のシグナルが徐々に減少し、35日目で、約18%の移植細胞が生存していた。
【0032】
外傷後6週目で38C2-Nanog-iPS-SNS細胞移植マウスの組織学的解析を行った。図2H-E(ヘマトキシリン・エオシン染色)と図3RFP(HRP結合抗RFP抗体を用いたDBA染色)において、*印の部位が細胞の移植部位であり、1のボックス(神経損傷部分の周囲)と2のボックス(移植部位の前方の白質)で示した領域を、それぞれ拡大図で示した。この結果、腫瘍化の形跡は観察されなかった(図2)。また、移植した細胞の多くが神経損傷部分の周囲(図3−1)で観察されたが、前方に4mmくらい移動した細胞もあった(図3−2)。
【0033】
損傷した脊髄の切片に対し、細胞タイプ特異的マーカーに対する抗体を用いて染色したところ、RFPで検出された38C2由来の移植細胞が神経細胞(図4A;マーカーはHu)、アストロサイト(図4B;マーカーは GFAP)、オリゴデンドロサイト(図4C;マーカーはπ-GST)の3種の細胞種に分化していた(図4)。
【0034】
さらに、セロトニン作動性ニューロンの数を調べるため、抗セロトニン受容体抗体を用いて染色した。顕微鏡での観察像、及びニューロン数を定量化するために測定された染色部分の面積を図5に示す。顕微鏡像及び染色面積の両方において、コントロールである、細胞を含まない培地(Control)を注入したとき、5HT陽性のセロトニン作動性ニューロンの数は、38C2-iPS-SNS(38C2-SNS)を移植した時に比べ、有意に減少した(図5)。
【0035】
次に、7日ごとに42日目まで後肢の運動機能をBasso-Beattie-Bresnahan(BBB)スコア(Basso et al. J. Neurotrauma vol.12, pp.1-21, 1995)で評価した。運動機能解析では、38C2-Nanog-iPS-SNS(n=20)、EB3-ES-SNS(n=15)、細胞を含まない培地だけ(n=12)の3通りの場合で、比較した。脊髄損傷を与えた当初は、完全な麻痺が生じたが、3群とも次第に回復した。しかし、手術後6週目で、培地を注入した群のマウスは後肢で体重を支えることができなかったが、38C2-Nanog-iPS-SNSを移植した群のマウスは胴体を持ち上げることも可能なまでに回復した。BBBスコアを比較したところ、手術後6週目で、38C2-Nanog-iPS-SNS(10.03+/-0.47)とEB3-ES-SNS(10.10+/-0.24)は同程度の回復が観察され、細胞を含まない培地だけの場合(8.08+/-0.39)とは有意に差が認められた(図6)。臨床的知見からも、38C2-Nanog-iPS-SNSを移植したマウスでは、体重を支えて足底で歩けるまでの回復が顕著であった。
【0036】
このように、神経損傷マウスに対してiPS細胞を移植することにより、神経損傷を治療することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の一実施例において、38C2-Nanog-iPS-SNS移植マウスにおける、細胞生存率の時間経過による変化を示すグラフである。
【図2】本発明の一実施例において、移植マウスの組織学的解析(ヘマトキシリン・エオシン染色)の結果を示す写真である。
【図3】本発明の一実施例において、移植マウスの組織学的解析(HRP結合抗RFP抗体を用いたDBA染色)の結果を示す写真である。
【図4】本発明の一実施例において、移植マウスの組織学的解析(細胞タイプ特異的マーカーに対する抗体染色)の結果を示す写真である。マーカーに対する抗体として、抗Hu抗体(神経細胞検出のため)(A)、抗GFAP抗体(アストロサイト検出のため)(B)、抗π-GST抗体(オリゴデンドロサイト検出のため)(C)を用いた。
【図5】本発明の一実施例において、移植マウスの組織学的解析(抗セロトニン受容体抗体で染色)の結果を示す写真及びグラフである。
【図6】本発明の一実施例において、移植マウスのBBBスコアによる運動機能解析の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分化細胞由来多能性幹細胞を含有する神経損傷治療剤。
【請求項2】
前記分化細胞由来多能性幹細胞が、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、及びKlf4遺伝子を分化細胞で強制発現させて得られた細胞であることを特徴とする請求項1に記載の神経損傷治療剤。
【請求項3】
前記分化細胞由来多能性幹細胞が、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子、及びc-myc遺伝子を分化細胞で強制発現させて得られた細胞であることを特徴とする請求項1に記載の神経損傷治療剤。
【請求項4】
前記分化細胞が繊維芽細胞であることを特徴とする請求項1に記載の神経損傷治療剤。
【請求項5】
神経損傷の治療方法であって、分化細胞由来多能性幹細胞を前記神経損傷を有する患者に投与することを特徴とする方法。
【請求項6】
前記分化細胞由来多能性幹細胞を、損傷した神経に移植することを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記分化細胞由来多能性幹細胞が、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、及びKlf4遺伝子を分化細胞で強制発現させて得られた細胞であることを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記分化細胞由来多能性幹細胞が、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子、及びc-myc遺伝子を分化細胞で強制発現させて得られた細胞であることを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項9】
前記分化細胞が繊維芽細胞であることを特徴とする請求項5に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−215191(P2009−215191A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−58447(P2008−58447)
【出願日】平成20年3月7日(2008.3.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)日本経済新聞 平成19年9月28日付朝刊
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】