説明

穴あけ加工装置

【課題】難削材への穴あけが高速かつ高品質で実現できる穴あけ加工装置を提供する。
【解決手段】穴あけ加工装置1は、切削工具11と、切削工具を装着可能なスピンドル12と、スピンドルを介して切削工具を自転させる自転用モータと、スピンドルを収容可能な内側部材13と、被加工面に対して略垂直に向けられた回転軸A14と内側部材を移動自在に収容可能なガイド穴14gとを有した外側部材14と、外側部材を回転させて切削工具を公転させる公転用モータM1と、を備える。内側部材の中心軸A13が外側部材の回転軸A14に対して傾斜する。内側部材をガイド穴に沿って移動させることで、切削工具の自転軸A11を、外側部材の回転軸A14に一致した位置と、回転軸A14に対して径方向かつ軸方向に離れた位置と、の間で平行にオフセットできる。この径方向のオフセット量eが切削工具の公転半径に相当する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具を自転させつつ公転させながら難削材に穴をあけることができる穴あけ加工装置に関し、より具体的には、加工の際に、切削工具の自転軸を平行移動又は傾斜させることで、公転運動における所望の公転半径を設定可能な穴あけ加工装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題への対策や燃費向上を目的として、航空機や自動車など様々な機械の軽量化が盛んに行われている。このような状況の下、軽量かつ高強度な材料として、チタンやマグネシウムなどの軽金属、炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastics、以下、「CFRP」とも呼ぶ。)等の複合材料、及び、これらの材料が積層されてなる積層材料が注目を集めている。
【0003】
これらの材料に穿孔(穴あけ加工)を施す切削加工には、従来より、ボール盤やマシニングセンタを用いたドリル加工が挙げられる。このドリル加工では、切削工具としてドリルを使用し、この切削工具を自身の中心を軸(以下、「中心軸」や「自転軸」とも呼ぶ。)として回転(以下、「自転」とも呼ぶ。)させながらこの中心軸方向に送ることにより、切削加工を行う。しかしながら、このドリル加工では、一般に、難削材に形成される穴の品質は十分ではなく、ドリルの摩耗も早いといった問題が指摘されている。
【0004】
また、特許文献1〜4に示すように、切削工具としてエンドミルと似た専用の切削工具を用い、この切削工具を、中心軸を基点として自転させると同時に、この中心軸と平行かつ偏心した軸を基点として回転(以下、「公転」とも呼ぶ。)させながら、中心軸方向に送ることにより、切削加工を行う加工法(以下、「オービタル加工」とも呼ぶ。)が既に提案されている。この加工法では、切削工具(専用工具)は自転しながら公転(螺旋状の運動)を行うため、被削物(難削材)上に加工される穴の径は、切削工具の径よりも大きくなる。従って、オービタル加工は、上述のドリル加工よりも難削材に対して高速かつ高品質の穴あけを実現できるとともに、切削工具の寿命も延びる点で優れているといえる。
【0005】
次に、上述のオービタル加工装置100の一例について簡単に述べる。図10に示すように、従来の加工装置100は、偏心円筒孔を有した内部円筒体113と偏心円筒孔を有した外部円筒体114とが入れ子状に設けられた構造を成す。より具体的には、切削工具111を保持しながら自転するスピンドル112が内部円筒体113の偏心円筒孔にベアリング(図示せず)を介して収容され、内部円筒体113が外部円筒体114の偏心円筒孔にベアリング(図示せず)を介して収容される。スピンドル112は、内蔵された電源(モータ)やエア等で回転可能であり、外部円筒体114と内部円筒体113とは、独立して動作する駆動系(サーボモータM1,M2、ベルトホイール(図示せず)、及びベルトB1,B2等を含む。)によって駆動する。外側円筒体114と内側円筒体113との回転を完全に同期させ、適切な回転数に制御することで任意の偏心量e(外側円筒体114の回転中心と工具111の回転中心とのずれ、すなわち公転半径)を得ることができる。なお、図10の例ではe=0である。また、偏心量eを得る際に、双方の円筒体113,114ともに、それぞれの軸方向に移動することはない。
【0006】
しかしながら、以上のような構造を有した従来の装置100では、オービタル加工を行う際に各円筒体113,114の回転運動を絶えず適切に同期させるように夫々の駆動機構を動的に制御する必要があり、高速回転で切削するには不向きであるとともに高い真円度を要求される穴を穿孔することは極めて困難であった。そのため、特許文献2の装置には、一方の円筒体の回転中心と他方の円筒体の回転中心との間に発生し得るミスアライメント(切削工具111の振動の一因)を吸収するオルダム連結器(図示せず)を設けるなどして対処している。
【0007】
また、CFRPなどの繊維補強材は、機械加工が施される際に、加工された穴の周りの繊維が剥離してバリ等が発生してしまう傾向があり、繊維補強材に高品質な穴あけを実現することは困難であった。なお、特許文献4に開示の技術では、特殊な形状の切削工具(エンドミル)を用いることで、この繊維剥離の問題を解決している。
【0008】
このように、従来のオービタル加工機械装置100は、上述のような高度な駆動系の制御を行うために構造が複雑でかつ大型となる。従って、装置はどうしても高価になりがちであり、加工対象も今のところ、製造単価の高い航空部品等に限定されている。
【0009】
なお、上述のオービタル加工のように2つの回転軸を利用した穴あけ加工として、マシニングセンタを使用したヘリカル加工が挙げられるが、その動作機構は、以下のように、オービタル加工のそれと全く異なる。ヘリカル加工では、2つの直動アクチュエータの動きを同期させることにより、疑似的な円運動(公転)を生じさせている。このため、ヘリカル加工では、公転の高速化が困難であり、加えて、マシニングセンタを利用するため加工装置の小型化やポータブル化には不向きである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第3444887号公報
【特許文献2】特許第4019423号公報
【特許文献3】特許第4016426号公報
【特許文献4】特表2010―523356号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、難削材への穴あけが高速かつ高品質を実現できる穴あけ加工装置を提供することを目的とする。
【0012】
また、本発明は、簡素かつ小型な構造を有した穴あけ加工装置を安価に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意検討の末、従来のオービタル加工装置に使用されていた偏心機構とは異なる偏心機構を見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、例えば、以下の構成・特徴を備えるものである。
(態様1)
切削工具と、
前記切削工具を装着可能なスピンドルと、
前記スピンドルを介して前記切削工具を自転させる自転用モータと、
前記スピンドルを収容可能な内側部材と、
被加工面に対して略垂直に向けられた回転軸と、前記内側部材を移動自在に収容可能なガイド穴と、を有した外側部材と、
前記外側部材を回転させて前記切削工具を公転させる公転用モータと、
を備えた穴あけ加工装置であって、
前記ガイド穴は、前記内側部材の中心軸が前記外側部材の前記回転軸に対して傾斜した状態で前記内側部材を収容し、
前記内側部材を前記ガイド穴に沿って移動させることで、前記切削工具の自転軸を、前記外側部材の前記回転軸に一致した位置と、前記回転軸に対して径方向かつ軸方向に離れた位置と、の間で平行にオフセットでき、
前記径方向の前記オフセット量が前記切削工具の公転半径に相当することを特徴とする穴あけ加工装置。
(態様2)
前記内側部材の傾斜角度が1〜5°の範囲であることを特徴とする態様1記載の穴あけ加工装置。
(態様3)
前記自転用モータの回転数と前記公転用モータの回転数との比が100以上であることを特徴とする態様1又は2に記載の穴あけ加工装置。
(態様4)
前記内側部材は外周上にキーが設けられた円柱を成すとともに、
前記外側部材の前記ガイド穴には、前記キーを案内可能なキー溝が設けられていることを特徴とする態様1〜3のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
(態様5)
前記自転用モータが前記スピンドルに内蔵されていることを特徴とする態様1〜4のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
(態様6)
前記自転用モータと前記スピンドルとは、高速ユニバーサルジョイントによって連結されていることを特徴とする態様1〜4のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
(態様7)
前記穴あけ加工装置はスピンドルユニットケースをさらに備え、かつ、
前記公転用モータはロータマグネットとステータコイルとを備え、かつ、前記スピンドルユニットケースと前記外側部材との間に埋め込まれていることを特徴とする態様1〜6のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
(態様8)
切削工具と、
前記切削工具を装着可能なスピンドルと、
前記スピンドルを介して前記切削工具を自転させる自転用モータと、
前記スピンドルを収容可能な内側部材と、
被加工面に対して略垂直に向けられた回転軸と、前記内側部材を移動自在に収容可能なガイド穴と、を有した外側部材と、
前記外側部材を回転させて前記切削工具を公転させる公転用モータと、
を備えた穴あけ加工装置であって、
前記ガイド穴は、前記内側部材の中心軸が前記外側部材の前記回転軸に対して傾斜した状態で前記内側部材を収容し、
前記内側部材を前記ガイド穴の周方向に沿って移動させることで、前記切削工具の自転軸を、前記外側部材の前記回転軸に一致した姿勢と、前記回転軸に対して傾斜した姿勢と、のいずれかの姿勢に変更でき、
前記傾斜した姿勢における前記切削工具の刃先と前記外側部材の前記回転軸との距離が公転半径に相当することを特徴とする穴あけ加工装置。
(態様9)
前記切削工具の傾斜角度が1〜5°の範囲であることを特徴とする態様8記載の穴あけ加工装置。
(態様10)
前記自転用モータの回転数と前記公転用モータの回転数との比が100以上であることを特徴とする態様8又は9に記載の穴あけ加工装置。
(態様11)
前記内側部材は円柱を成すことを特徴とする態様8〜10のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
(態様12)
前記自転用モータが前記スピンドルに内蔵されていることを特徴とする態様8〜11のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
(態様13)
前記自転用モータと前記スピンドルとは、高速ユニバーサルジョイントによって連結されていることを特徴とする態様8〜11のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
(態様14)
前記穴あけ加工装置はスピンドルユニットケースをさらに備え、かつ、
前記公転用モータはロータマグネットとステータコイルとを備え、かつ、前記スピンドルユニットケースと前記外側部材との間に埋め込まれていることを特徴とする態様8〜13のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
【発明の効果】
【0015】
本発明の穴あけ加工装置は、以上のような構成の偏心調節機構(オフセット調節機構)を備えているために、CFRP等の難削材に対して高精度かつ高速に穴あけ加工を施すことができる。具体的には、工具スピンドルが60,000rpmで自転しつつ、自転軸から最大3mmで偏心させた軸を基点に400rpmで公転可能であることを実機試験により実証している。
【0016】
本発明の穴あけ加工装置では、上述の自転と公転とによる運動を伴う切削工具の切れ刃が断続的に被加工物を切削することで、切り屑の排出性と切れ刃の温度上昇を低減させることができる。これにより、本発明に装着する切削工具の寿命を延ばすことが可能になるとともに、高精度かつ高品質な穴を繊維補強材等の難削材に穿設することができる。例えば、繊維積層部分での剥離を抑制したり、穴加工面の面粗さを改善したりすることができる。
【0017】
また、自転用モータの回転数と公転用モータの回転数との比が100以上に設定した本発明の好適な態様によれば、例えば、極めて高い真円度を有した穴あけ等、より高精度かつ高品質な穴あけを実現できる。
【0018】
また、本発明の穴あけ加工装置の好適な態様は、内側部材をガイド穴の周方向に沿って移動させることで、切削工具の自転軸を、外側部材の回転軸に一致した姿勢と、回転軸に対して傾斜した姿勢と、のいずれかの姿勢に変更でき、傾斜した姿勢における切削工具の刃先と外側部材の前記回転軸との距離が公転半径に相当することを特徴とする。この切削工具の傾斜姿勢により、切れ刃の中心より外側(切削周速度が存在する点)から被加工物に接触できるため、切削開始および終了時の切削抵抗の低減と穴貫通の瞬間におこる表面層剥離によるバリ等の発生を抑えることも可能となる。
【0019】
また、本発明の穴あけ加工装置では、従来技術で切削工具の公転動作に要していた内側部材を駆動する駆動機構(モータ、その他の関連部品)が不要となり、外側部材を駆動する駆動機構のみを用意すればよい。また、振動やミスアライメントを緩和するような特殊な装置を設ける必要も無い。加えて、切削工具を公転させる際に、内側部材の回転数と外側部材の回転数との厳密な同期を取るように複数の駆動機構の運転を制御する必要も無い。
【0020】
また、本発明の穴あけ加工装置は簡素な構造を採用しているため、小型かつ低廉な装置として提供できる。とりわけ、公転用モータとしてビルトイン型モータ(ダイレクトドライブ型モータ)を採用した構成は、装置の小型化の他にポータブル化・モジュール化にも好適である。従って、本発明の穴あけ加工装置は、高強度材料を主として使用する航空産業以外にも様々な分野で適用可能な難削材の加工装置として期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の穴あけ加工装置の概略を示した斜視図である。
【図2】本発明の穴あけ加工装置の主要な構成部材を示した分解斜視図である。
【図3】図1のA−A’断面に沿って破断した断面図である。
【図4】公転用モータの変形例を説明した図である。
【図5】偏心量(オフセット量)の調節機構を説明した図である。(実施例1)
【図6】偏心量(オフセット量)の調節機構を説明した図である。(実施例1)
【図7】工具自転用モータの設置構造の変形例を説明した図である。
【図8】偏心量の調節機構を説明した図である。(実施例2)
【図9】偏心後の工具先端の位置及び偏心量を導出するためのモデルを示した図である。(実施例2)
【図10】従来のオービタル加工装置の駆動機構・駆動原理を説明した図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を図面に示す実施の形態に基づき説明するが、本発明は、下記の具体的な実施態様に何等限定されるものではない。なお、各図において同一又は対応する要素には同一符号を用いる。また、各図に示す装置や一部の構成部材は、説明の便宜のため、実際の寸法より拡大・縮小して描画されていることに留意されたい。
【0023】
上述したように、従来技術においては、オービタル加工が、ボール盤を利用したドリル加工やマシニングセンタを利用したヘリカル加工に比して、難削材への穴あけ加工方法として優れているといえるが、装置全体が従来のボール盤と同等の小さなサイズに抑えながら、簡素な駆動系を用いて切削工具を高速に自転・公転させることのできる加工装置が必要である。本発明者らは、このような需要に対応可能な新規な穴あけ加工装置(特に、スピンドルの駆動機構)を以下のように提案する。
【実施例1】
【0024】
図1は本発明の穴あけ加工装置1の概略を示した斜視図であり、図2はこの穴あけ加工装置1の主要な構成部材の概略を示した分解斜視図を示す。なお、各図面は、主要な構成部材を視認し易くするため、主要部材の各部材が実際の寸法や形状よりも拡大・強調して描かれているともに、一部の部材の描画が省略されていることに留意されたい。なお、図3は、図1のA−A’断面に沿って破断した断面図であり、簡略化して描かれた図1よりも実際の構成に近い状態を示す。
【0025】
穴あけ加工装置1(以下、単に「加工装置」又は「装置」とも呼ぶ。)は、中心軸A11を有した切削工具11(以下、単に「工具」とも呼ぶ。)と、回転軸A12を有し、この回転軸A12と切削工具11の中心軸A11とを一致させながら長手方向の一端に切削工具11を装着可能な工具保持スピンドル12(以下、単に「スピンドル」とも呼ぶ。)と、スピンドル12を収容する内側部材13と、被加工面に対して略垂直に向けられた回転軸A14と内側部材13を移動自在に収容可能なガイド穴14gとを有した外側部材14と、を少なくとも備える。なお、図1〜図5に示す例では、内側部材13と外側部材14とは中空の円筒体を成す。
【0026】
ここで、スピンドル12には、切削工具11に連結可能な自転用モータ(図示せず)が内蔵されていてもよい。この自転用モータにより、切削工具11をその中心軸A11を基点として回転(つまり、自転)させることができる。
【0027】
なお、図3に示すように、スピンドル12と内側部材13との間には、スピンドル12を回転可能に支承する軸受18a〜18dを設けてもよく、外側部材14と後述のスピンドルユニットケース15との間には、外側部材14を回転可能に支承する軸受19a,19bを設けることもできる。これらの軸受18a〜18d,19a,19bとして、好ましくは、深溝玉軸受を用いるのがよい。
【0028】
スピンドルユニットケース15は、上述のスピンドル12と、内側部材13と、外側部材14と、を図1及び図3に示すように入れ子状に収容しながら、これらの部材12〜14を支持する。
【0029】
さらに、穴あけ加工装置1は公転用モータM1を備える。図1の例では、公転用モータM1は公転用モータユニットケース21に収容される。公転用モータM1にはプーリー17が連結され、外側部材14にはプーリー16が連結され、プーリー16,17の外周にはベルトB1が懸架されており、公転用モータM1の回転力がプーリー17、ベルトB1、及びプーリー16を介して外側部材14に伝達される。
【0030】
なお、公転用モータM1は、上述のように、切削工具11が装着されたスピンドル12と内側部材13と外側部材14とを含んだ機構(スピンドルユニットとも呼ぶ。)から離れた構成に限定されない。例えば、図4に示すように、スピンドルユニットに公転用モータM1を埋め込む(つまり、ビルトイン)形にすることも可能である。具体的には、スピンドルユニット後端のベルト駆動用プーリー16やベルトB1を廃し、スピンドルユニットケース15と、ベアリング19a,19bで支承された外側部材14と、の間にロータマグネット41とステータコイル42で構成された公転用モータM1を埋め込んでいる。
【0031】
このようなビルトイン型モータを使用したダイレクトドライブにすることで、装置構成部品点数の低減や加工装置1本体の更なる小型化が可能となる。さらに、部品点数の低減は、加工装置コストの低減につながるとともに、加工時の振動の低減や高速加工の実現にもつながる。
【0032】
加えて、加工装置1のモジュール化設計により既存の機械装置にそのまま装着して高度な切削加工が可能となり、加工装置1の設計自由度も改善することができる。
【0033】
ここで、モジュール化とは、公転用モータM1をビルトイン化した加工装置1自体が一つの回転工具用スピンドルユニットとして扱えることを意味する。従って、既存のボール盤やフライス盤の主軸と交換あるいは付加して加工を行うことや、産業用ロボットのエンドエフェクタとして取り付けて加工を実施できる。
【0034】
実施例1では、内側部材13と外側部材14とは、外側部材14の回転軸A14に対して切削工具11の中心軸(自転軸)A11を径方向及び軸方向に平行に所望量だけオフセットさせる機構を有する。このオフセット量が偏心量(公転半径)に相当するため、この機構が偏心量調節機構を構成する。
【0035】
図5は、偏心量調節機構の一例(実施例1)を説明した図である。図5(a)は、偏心前(オフセット無し)の状態の各部材13,14の正面図であり、図5(b)は、図5(a)のB−B’の位置で軸方向に沿って破断した断面図である。図5(c)及び図5(d)は、偏心後(オフセット有り)の状態の各部材13,14の正面図及び図5(c)のB−B’の位置で軸方向に沿って破断した断面図である。
【0036】
ここで、内側部材13は、例えば、円柱(図5(a)及び図5(c)を参照)もしくは角柱(例えば、図6(a)及び図6(b)に示す四角柱)を成しており、一方、外側部材14は、この内側部材13を収容・移動させるためのガイド穴14gが設けられている。内側部材13の中心軸A13は、外側部材14の回転軸A14に対して適切な角度φで傾斜しており、その軸方向に沿った断面は、図5(b)又は図5(d)に示すように、平行四辺形を成す。傾斜角φは、内側部材13および外側部材14の構造的強度と偏心によるアンバランスを考慮すると、1〜5°、好ましくは2〜4°の範囲に設定されていることが好ましい。
【0037】
以上のような構成のため、内側部材13が外側部材14に完全に収容されている状態(図5(a)及び図5(b)参照)では、スピンドル12の回転軸A12(つまり、切削工具11の自転軸A11)が外側部材14の回転軸A14に一致するため、自転軸A11は中心軸A14に対して偏心しない(偏心量eが零(e=0)である)。従って、この状態では切削工具11は自転動作のみ行う。一方、内側部材13が外側部材14に対して径方向かつ軸方向にオフセットした状態(図5(c)及び図5(d)参照、図示では、右斜上方に移動)では、切削工具11の自転軸A11が外側部材14の回転軸A14から径方向に所定の距離(偏心量e)だけ移動することになる。外側部材14を公転用モータM1によって駆動すれば、上記偏心量eを半径とした公転動作を、切削工具11にさらに与えることができ、結果として切削工具11に自転と公転との双方の動作を付与しながら被加工物に対して穴あけ加工を行うことになる。
【0038】
また、内側部材13が上述のように傾斜した円柱形状を成す場合、内側部材13には図5(a)及び5(c)に示すようなキー13kが設けられ、この内側部材13を収容する外側部材14のガイド穴14gにはこのキー13kを案内するキー溝14kが設けられることが好ましい。これにより、内側部材13のオフセットを所定の方向(図5ではX方向)にのみ制限することができ、例えば、内側部材13がオフセットする際に内側部材13がその円周方向に移動(つまり回転)することを禁止することができる。つまり、内側部材13が平面的に(例えば、軸方向とX方向との平面上で)オフセットすることになり、より適切かつ厳密にオフセット量を調節できるようになる。
【0039】
以上のように、公転用モータM1と自転用モータ(図示せず)とは、お互いに独立して回転する。公転用モータM1は回転させる慣性が大きいため、高速に回転させないことが望ましい。一方、自転用モータは,CFRP等の難削材を切削する際には非常に高速な切削速度が必要となるため、30,000rpm以上の回転数を発揮する能力が必要である。
【0040】
また、効率的かつ良好な穴あけを可能にするためには公転回転数と自転回転数との比(回転数比)を大きくする必要がある。本発明者らによる基礎的な研究成果によれば、この回転数比は100以上が望ましい。回転数比が100未満より低くなると、切削工具11の描く回転軌跡の真円度が悪化するだけでなく、高速な穴あけが不可能となる。このため、本発明の装置1を構成する部品のうち、少なくとも工具自転用モータ及び工具保持スピンドル12は、高速回転に対応したものが求められる。
【0041】
本発明の穴あけ加工装置1は、以上のような構成を備えているために、CFRP等の難削材に対して高精度かつ高速に穴あけ加工を施すことができる。具体的には、本発明者らは、切削工具11を60,000rpmで自転させつつ、自転軸から最大3mmで偏心させた軸を基点に400rpmで公転させつつCFRPを穴あけ加工可能であることを実証している。
【0042】
本発明の穴あけ加工装置1では、上述の自転と公転とによる運動を伴う切削工具11の切れ刃が断続的に被加工物を切削することで,切り屑の排出性と切れ刃の温度上昇を低減させることができる。これにより、本発明に装着する切削工具11の寿命を延ばすことが可能になるとともに、高精度かつ高品質な穴を繊維補強材等の難削材に穿設することができる。例えば、繊維積層部分での剥離を抑制したり、穴加工面の面粗さを改善したりすることができる。
【0043】
また、上述の実施例1では、工具保持スピンドル12に工具自転用のモータを内蔵させた構造を採用したが、例えば、図7に示すように、工具保持スピンドル12から前記モータを分離して、モータM3と工具保持スピンドル12との間を高速ユニバーサルジョイント30で連結するようにしてもよい。このような構成を採用することにより、利用するモータの選択の幅が広がり、装置1の設計上の自由度を増やすことができる。
【実施例2】
【0044】
図8は、偏心量調節機構のもう一つの例(実施例2)を説明した図である。図8(a)は、偏心前の状態(自転軸と公転軸とが一致した状態)の各部材13,14の正面図であり、図8(b)は、図8(a)のB−B’の位置で軸方向に沿って破断した断面図である。図8(c)及び図8(d)は、偏心後の状態(自転軸が公転軸に対して傾斜した状態)の各部材13,14の正面図及び図8(c)のB−B’の位置で軸方向に沿って破断した断面図である。
【0045】
実施例2では、内側部材13や外側部材14の形状や寸法については実施例1の場合とほぼ同様であるが、切削工具11の公転動作や公転半径の与え方が異なる。具体的には、実施例1のように、内側部材13を外側部材14の軸方向及び径方向に移動(オフセット)させるのではなく、内側部材13を外側部材14のガイド穴(円筒空洞体)の周方向に移動(回転)させる。
【0046】
これにより、スピンドル12及び切削工具11の軸A12,A11が外側部材14の回転軸A14に対して傾斜するようになり、結果的に、切削工具11の先端の刃先が回転軸A14(公転軸)から所定の距離e(公転半径)だけ離れて回転することになる。なお、図示の例では、工具11の自転軸A11が、外側部材14の回転軸A14に対して角度αだけ傾斜している(図8(d)を参照)。
【0047】
本発明の装置1が、以上のような実施例2の構成の偏心量調節機構を備えることで、切削工具11は自転しながら、偏心距離eに等しい公転半径で公転しながら被加工物に穴あけ加工を施すことができるようになる。なお、実施例2では、切削工具11の刃先の底面(底刃)と側面(側刃)とが交わる角部が被加工物に接触するようになるため、より高精度かつ高品質の穴あけ加工が実現することになる。より具体的には、切削工具11の傾斜姿勢(角度α)により、切れ刃の中心より外側(すなわち、切削周速度が存在する点である底刃と側刃とが交わる角部)から被加工物に接触できるため,切削開始および終了時の切削抵抗の低減と穴貫通の瞬間におこる表面層剥離によるバリ等の発生を抑えることも可能となる。
【0048】
なお、特許文献3に開示の加工技術は、被加工物に円錐形や湾曲壁等の特殊形状を有する穴を穿孔するための方法であり、簡素かつ低廉な装置構成で高精度・高品質の円筒穴の形成することを狙う本発明(実施例2を含む。)とは目的や技術思想を異にするものである。
【0049】
さらに、実施例2においては、切削工具11により被加工物を切削する際には、上述したように、切削工具11の先端刃の角部(底刃と側刃との接続部)だけで加工を行うのに対し、特許文献3の穿孔方法では切削工具の刃全体(すなわち、底刃と側刃の全て)を用いて加工を行うために実施例2と同等レベルの高精度・高品質の穴あけの実現が困難であることが予測される。
【0050】
また、特許文献3は、上記特殊形状の穴を形成するために、これを実現する加工装置には、被加工物にテンプレートに装着し、さらにテンプレートに取り付けるための筐体を設け、さらには、円錐形状のテーパを制御する滑動部材を設ける必要があり、本発明の実施例2に係る装置構成と全く異なるものとなる。実施例2に係る装置1は、内側部材13をその中心軸A13を基点として回動可能な機構を採用することで、切削工具11の自転軸A11が外側部材14の回転軸A14に対して傾斜して偏心量e(公転半径)を得るものであるのに対し、特許文献3に開示の加工装置は、滑動部材により切削工具を傾斜させるものである。
【0051】
(実施例2の偏心量調節機構における偏心量の導出)
図9は、実施例2において、偏心後の工具11先端の位置及び偏心量eを導出するためのモデルを示す。図9(a)は偏心前の状態(自転軸と公転軸とが一致した状態)を示し、図8(a)及び図8(b)に示す状態に対応する。一方、図9(b)は偏心後の状態(自転軸が公転軸に対して傾斜した状態)を示し、図8(c)及び図8(d)に示す状態に対応する。なお、図9の各図では、説明の便宜のため、単純な円筒形をなす内側部材13を示すとともに、図1〜図8に用いた符号と一部表現の異なる符号を用いる。
【0052】
図9中、(Xa,Ya,Za)は外側部材14の中心を原点とした直交座標形の第1フレームであり、(Xb,Yb,Zb)は内側部材13の中心を原点とした直交座標形の第2フレームである。第2フレームは第1フレームにおいて紙面に垂直Ya軸を基点として角度φだけ傾いている。lは内側部材13の長さであり、εは内側部材13の中心から自転軸を上端面に写像した距離である。また、第2フレームのZb軸回りの回転角をθとする。このとき、第2フレームにおける自転軸が内側部材13の端面との交差する位置ベクトルとして、Pは偏心前の位置ベクトルを示し,は偏心後の位置ベクトルを示している。ここで、Pは、以下の式で具体的に記述できる。
【0053】
【数1】

【0054】
また、第2フレームから第1フレームへの同時変換行列は、次式のように記述できる。
【0055】
【数2】

【0056】
自転軸の位置ベクトルPを第1フレーム(即ち、外側部材の座標形)で表したものをPとすると、Pは次式のように記述できる。
【0057】
【数3】

【0058】
工具11の長さは第2フレームにおけるPのスカラー倍であるため、工具長さをkとしたとき、工具先端の位置ベクトルPtは次式のように記述できる。
【0059】
【数4】

【0060】
上述の数式を用いて、偏心後の工具11先端の位置ベクトルPtを外側部材座標である第1フレームに基づいて表すと、次式(数5)のようになり、ひいては以下の数式(数6)で記述される。
【0061】
【数5】

【0062】
【数6】

【0063】
ここで、距離εは、角度φと長さlとを用いた次式で表すことができる。
【0064】
【数7】

【0065】
従って、第1フレームを基準とした工具11先端の位置ベクトルPtと偏心量eとは以下の数式で表すことができる。
【0066】
【数8】

【0067】
【数9】

【0068】
以上の偏心量eの導出式から、式中の内側部材13の長さlと傾斜角φと工具11の長さkとは、加工装置1が一旦製作されると固定の値であるため、偏心量eは専ら内側部材13の軸Zbを中心とした回転角θによって調節可能であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
難削材の一つであるCFRPは、高強度と軽量性とを併せ持つことから、今後益々使用される分野が広がっていくと予想される。これまでのCFRPに高精度の穴を加工する方法は、上述のように、マシニングセンタを用いたヘリカル加工か、従来の装置によるオービタル加工が挙げられるが、前者はマシニングセンタを用意する必要があり、後者は複雑な駆動系のため高速回転での切削加工に不向きで、加工性能に改善の余地がある。また、両者とも非常に高価な設備となるために、航空産業以外に普及させることは困難である。
【0070】
これに対して、本発明の穴あけ加工装置は、駆動機構が簡素なことから切削工具を高速回転させることができ、加工中に被加工物の剥離を生じさせること無く、高真円度を有した高品質の穴を穿孔することが可能である。また、装置全体の小型化も可能であり、装置を安価に提供可能である。また、本発明の装置はモジュール化設計に適した構造でもあるため、既存のボール盤やフライス盤の主軸と交換あるいは付加して加工を行うことや、産業用ロボットのエンドエフェクタとして取り付けて加工を実施できる。従って、本発明の装置は、航空産業以外の分野でも様々なCFRP加工ニーズにも十分に応えられるといえ、産業上の利用可能性が非常に高い。
【符号の説明】
【0071】
1 穴あけ加工装置
11 切削工具
12 工具保持スピンドル
13 内側部材
13k キー
14 外側部材
14k キー溝
14g ガイド穴
15 スピンドルユニットケース
16 プーリー
17 プーリー
18a,18b,18c,18d 軸受
19a,19b 軸受
21 公転用モータユニットケース
30 高速ユニバーサルジョイント
41 ロータマグネット
42 ステータコイル
M1 公転用モータ
B1 ベルト
A11 切削工具の回転軸
A12 工具保持スピンドルの軸
A13 内側部材の中心軸
A14 外側部材の回転軸
φ 外側部材の回転軸に対する内側部材の軸の傾斜角度
α 外側部材の回転軸に対する切削工具の自転軸の傾斜角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切削工具と、
前記切削工具を装着可能なスピンドルと、
前記スピンドルを介して前記切削工具を自転させる自転用モータと、
前記スピンドルを収容可能な内側部材と、
被加工面に対して略垂直に向けられた回転軸と、前記内側部材を移動自在に収容可能なガイド穴と、を有した外側部材と、
前記外側部材を回転させて前記切削工具を公転させる公転用モータと、
を備えた穴あけ加工装置であって、
前記ガイド穴は、前記内側部材の中心軸が前記外側部材の前記回転軸に対して傾斜した状態で前記内側部材を収容し、
前記内側部材を前記ガイド穴に沿って移動させることで、前記切削工具の自転軸を、前記外側部材の前記回転軸に一致した位置と、前記回転軸に対して径方向かつ軸方向に離れた位置と、の間で平行にオフセットでき、
前記径方向の前記オフセット量が前記切削工具の公転半径に相当することを特徴とする穴あけ加工装置。
【請求項2】
前記内側部材の傾斜角度が1〜5°の範囲であることを特徴とする請求項1記載の穴あけ加工装置。
【請求項3】
前記自転用モータの回転数と前記公転用モータの回転数との比が100以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の穴あけ加工装置。
【請求項4】
前記内側部材は外周上にキーが設けられた円柱を成すとともに、
前記外側部材の前記ガイド穴には、前記キーを案内可能なキー溝が設けられていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
【請求項5】
前記自転用モータが前記スピンドルに内蔵されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
【請求項6】
前記自転用モータと前記スピンドルとは、高速ユニバーサルジョイントによって連結されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
【請求項7】
前記穴あけ加工装置はスピンドルユニットケースをさらに備え、かつ、
前記公転用モータはロータマグネットとステータコイルとを備え、かつ、前記スピンドルユニットケースと前記外側部材との間に埋め込まれていることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
【請求項8】
切削工具と、
前記切削工具を装着可能なスピンドルと、
前記スピンドルを介して前記切削工具を自転させる自転用モータと、
前記スピンドルを収容可能な内側部材と、
被加工面に対して略垂直に向けられた回転軸と、前記内側部材を移動自在に収容可能なガイド穴と、を有した外側部材と、
前記外側部材を回転させて前記切削工具を公転させる公転用モータと、
を備えた穴あけ加工装置であって、
前記ガイド穴は、前記内側部材の中心軸が前記外側部材の前記回転軸に対して傾斜した状態で前記内側部材を収容し、
前記内側部材を前記ガイド穴の周方向に沿って移動させることで、前記切削工具の自転軸を、前記外側部材の前記回転軸に一致した姿勢と、前記回転軸に対して傾斜した姿勢と、のいずれかの姿勢に変更でき、
前記傾斜した姿勢における前記切削工具の刃先と前記外側部材の前記回転軸との距離が公転半径に相当することを特徴とする穴あけ加工装置。
【請求項9】
前記切削工具の傾斜角度が1〜5°の範囲であることを特徴とする請求項8記載の穴あけ加工装置。
【請求項10】
前記自転用モータの回転数と前記公転用モータの回転数との比が100以上であることを特徴とする請求項8又は9に記載の穴あけ加工装置。
【請求項11】
前記内側部材は円柱を成すことを特徴とする請求項8〜10のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
【請求項12】
前記自転用モータが前記スピンドルに内蔵されていることを特徴とする請求項8〜11のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
【請求項13】
前記自転用モータと前記スピンドルとは、高速ユニバーサルジョイントによって連結されていることを特徴とする請求項8〜11のいずれかに記載の穴あけ加工装置。
【請求項14】
前記穴あけ加工装置はスピンドルユニットケースをさらに備え、かつ、
前記公転用モータはロータマグネットとステータコイルとを備え、かつ、前記スピンドルユニットケースと前記外側部材との間に埋め込まれていることを特徴とする請求項8〜13のいずれかに記載の穴あけ加工装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−27943(P2013−27943A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−164309(P2011−164309)
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)