説明

窒化ガリウム粉末の製造方法及び製造装置

【課題】 アモノサーマル法により窒化ガリウムのバルク結晶を合成する際の原料などの用途に好適な窒化ガリウム粉末を、気相法により安価に且つ生産性良く製造する方法を提供する。
【解決手段】 塩化水素を800〜1000℃の温度でガリウム粉末と反応させて塩化ガリウムを生成し、得られた塩化ガリウムを800〜1200℃の温度でアンモニアと反応させて窒化ガリウムを合成する。得られた窒化ガリウムを含むガス雰囲気を185℃以上337.5℃未満の温度に制御することにより、反応副生成物の塩化アンモニウムを含まない窒化ガリウム粉末を分離回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化ガリウム(GaN)粉末の製造方法、特にGaN粉末を大量生産し且つ効率的に回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人類が生存するために今後解決すべき幾つかの課題の中で、省エネルギー化とCO削減は極めて重要である。家庭やオフィスでのエネルギー消費の主たるものの一つは照明であり、欧米では白熱電球の使用禁止の動きもあるが、日本国内では白熱電球の使用は欧米よりも少なく、蛍光灯への移行が進んでいる。それでも更なる省エネルギー化が望まれる中で、照明の白色LED(発光ダイオード)化は必須の方向であると考えられている。
【0003】
従来から、白色LEDを製造する場合には、一般にサファイア(酸化アルミニウム)基板を用い、その上にMOCVD法などの気相法でGaNの膜を形成してデバイス化している。しかし、サファイアとGaNとの格子定数の違いは16%にもなるため、上質のサファイア基板を使用してGaN膜を形成しても、大きな格子定数の違いにより格子欠陥の一種である転位が多数入ることが避けられず、これがデバイスであるLEDや半導体レーザーの低効率化あるいは短寿命化の原因となっている。
【0004】
上記のごとく多くの転位が入っても、青色LEDの場合ある程度の発光が実現しているのは、デバイス作製時に添加するインジウムが適度に分布することで格子の歪を緩和するためであるとされている。しかし、より長波長の緑色や、より短波長の紫色又は紫外光は、原理的にGaNから強く発光することが可能な波長域であるが、実際には発光効率が極端に低く、しかも寿命が短いという欠点がある。このような状況ではあるが、サファイア基板が安価なため、さほど高効率でなくても青色LEDを利用し、これに適切な蛍光体を組み合わせることで白色化を実現している現状である。
【0005】
一方、白色LEDの高効率化にはGaN基板の使用が理想的であるが、GaN自身は1500℃以上で1万気圧という高温高圧でなければ合成できない材料である。しかし、最近ではGaN基板を得るための幾つかの手法が試されている。例えば、サファイアやGaAs等の基材上に、MOCVDやHVPE法という気相法でGaNを厚く成膜させた後、基材を溶解するか又は物理的に剥がすことでGaNの自立基板が製造され市販されている。しかし、気相法で作製することや基材の除去に手間がかかることから高価であり、一般的なLEDへの応用は難しく、特殊な用途での使用に限られている。
【0006】
GaN基板を得る別のアプローチとして、GaNのバルク結晶を育成する方法がある。ただし、チョクラルスキー法のような原料を溶解して引き上げる方法は不可能であるため、アンモニア等の溶媒を利用した溶液法の一種であるアモノサーマル法が検討されている。最近では、非特許文献1に示されるように、アモノサーマル法でのバルク結晶の成長が可能となってきた。この手法によりGaNのバルク結晶のインゴットが歩留まり良く量産できるようになると、従来の気相法に比べて基板価格の大幅な低減が可能となり、GaN基板を使用した安価で高効率のLEDの提供が可能となる。
【0007】
上記アモノサーマル法は、水晶の成長法である水熱合成と同じ原理による。ただし、水晶の水熱合成では溶媒として水を使用し、400℃程度の温度で1500気圧を印加して超臨界状態を実現する。超臨界状態とは、臨界点以上の温度と圧力をかけることで液体でも気体でもない流体となり、原子がバラバラになって反応性が非常に高くなった状態である。水晶の具体的な水熱合成では、原料となる水晶片をオートクレーブ(高温高圧炉)下部の高温部に置き、溶媒中で溶かして飽和溶解度の状態とすることで、対流等により溶質が上部の低温部にある種結晶に到達して結晶化する。
【0008】
アモノサーマル法によるGaNのバルク結晶の合成では、溶媒としてアンモニアを使用する点が水晶と異なるが、その他の温度や圧力などの条件は水晶の場合とほぼ同じ条件を用いることができるため、サファイア基板に匹敵する安価なGaN基板の製造が現実的となってきた。そのため、今後アモノサーマル法での量産化を検討する上で、原料であるGaN材料を安価で大量に提供することが重要な課題となっている。
【0009】
GaN材料を安価で大量に作製するには、粉末として製造することが有利であると考えられる。例えば、特許文献1には、硝酸ガリウム水和物にアンモニアを滴下させて得られた水酸化ガリウムを800℃で急速加熱して多孔性の酸化ガリウムを得た後、この酸化ガリウムをアンモニア雰囲気中で加熱処理することによってGaN粉末を得る方法が記載されている。しかし、この方法は水酸化ガリウムを800℃で急速加熱するなど、安全性の点で問題があった。
【0010】
また、特許文献2には、ガリウム蒸気とアンモニアガスを反応させて窒化ガリウム結晶核を生成させ、この窒化ガリウム結晶核上でハロゲン化ガリウムとアンモニアガスを反応させることにより、窒化ガリウム結晶を成長させて窒化ガリウム粉末を作製する方法が開示されている。しかしながら、生成した窒化ガリウム粉末は副生成物であるNHClが個化して付着しないように500℃程度に加熱されているため、窒化ガリウム粉末を回収する際には温度を下げる必要がある。そのため、過度の加熱に伴うエネルギー消費の問題や、窒化ガリウム粉末の回収に要する時間的ロスによる生産性の低下が懸念されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2008−521745
【特許文献2】特開2003−063810
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】産学官共同研究の効果的な推進・事後評価「次世代照明を齎(もたら)す半導体基板結晶製造技術」、東北大学多元物質科学研究所(研究代表者名:齋藤文良)、研究期間:平成16年度〜平成18年度
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記した従来の事情に鑑み、アモノサーマル法の原料などとして好適な窒化ガリウム粉末を、気相法により安価に且つ生産性良く製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明が提供する窒化ガリウム粉末の製造方法は、キャリアガスにより導入された塩化水素ガスを800〜1000℃の温度でガリウム粉末と反応させ、得られた塩化ガリウムをキャリアガスで搬送しながら800〜1200℃の温度でアンモニアガスと反応させて窒化ガリウムを生成させた後、得られた窒化ガリウムを含むガス雰囲気の温度を185℃以上337.5℃未満に制御することにより、窒化ガリウム粉末を分離回収することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、気相法により窒化ガリウム粉末を安価に且つ生産性良く製造することができ、特に窒化ガリウム粉末をガス雰囲気から分離回収する際の温度を従来よりも大幅に低くすることで、反応副生成物が含まれない窒化ガリウム粉末の回収を容易にすると共にエネルギー使用量の低減を図ることができる。従って、本発明は、窒化ガリウム基板用のバルク結晶を合成するアモノサーマル法の原料として好適な窒化ガリウム粉末を大量且つ安価に製造できるため、安価で高効率なLEDの提供に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明のGaN粉末の製造装置を示す概略の構成図である。
【図2】粉末回収室のガス雰囲気の温度と塩化アンモニウムの回収量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明による窒化ガリウム粉末の製造方法を、図1を参照しながら具体的に説明する。まず、塩化水素(HCl)ガスを水素などのキャリアガスにより第1反応室1に導き、ヒーター1aにより800〜1000℃の温度に制御された第1反応室1でガリウム粉末と反応させて塩化ガリウム(GaCl)を生成させる。尚、ガリウム粉末は上部が開口した容器に入れて第1反応室1内に配置し、第1反応室1の容積が大きい場合には、図1に示すように塩化水素ガスとキャリアガスの流路を除き容器の周囲を囲うことで、反応域を制御することが望ましい。
【0018】
第1反応室1で生成した塩化ガリウムは、キャリアガスと共に第2反応室2に導入される。同時に第2反応室2には、別の流路から水素などのキャリアガスによりアンモニアガスが導入される。第2反応室2はヒーター2aにより800〜1200℃の温度に制御されており、この第2反応室2において塩化ガリウムとアンモニアが反応して窒化ガリウム(GaN)が合成される。
【0019】
第2反応室2に導入するアンモニアガスの量は、ガリウム(Ga)に対するモル比、即ちGa:NHのモル比で、少なくとも1:50程度が必要である。また、第1反応室1でガリウム粉末から塩化ガリウムを生成する際にも、塩化水素ガスが多量に供給される。そのため、下記反応式1で表されるように、ガリウム粉末から窒化ガリウムを得る反応では、反応副生成物として塩化アンモニウム(NHCl)が大量に発生する。尚、ガリウム粉末を直接アンモニアと反応させることもできるが、反応効率が悪いため好ましくない。
[反応式1] 2Ga+3NH+HCl→2GaN+NHCl+3H
【0020】
上記のごとく第2反応室2で合成された窒化ガリウムは、キャリアガスや塩化アンモニウムなどからなるガス雰囲気と共に、粉末回収室3に導入される。本発明では粉末回収室3の温度、即ち窒化ガリウムを含むガス雰囲気の温度を、ヒーター3aにより185℃以上337.5℃未満の範囲の温度に制御する。この温度範囲内に制御されたガス雰囲気中において反応副生成物の塩化アンモニウムは気体状態を維持できることができ、従って粉末回収室3において窒化ガリウム粉末のみを効率よく分離回収できることが判明した。
【0021】
即ち、合成されたGaN粉末は、反応装置底部の粉末回収室3に堆積させ、反応が終了して操業を停止してから回収される。その場合、従来は反応副生成物である塩化アンモニウム(NHCl)がGaN粉末の不純物とならないように、粉末回収室3の温度をNHClの昇華温度である337.8℃以上に保つことでNHClをキャリアガスなどと共に排ガスとして系外へ排出していた。そのため、反応終了後にGaN粉末を回収する際には、粉末回収室3の温度を337.8℃以上の高温から室温まで下げるために長い時間が必要となり、この温度低下に要する時間が生産性に悪影響を及ぼしていた。
【0022】
ところが、本発明者らの研究によれば、NHClの昇華温度は上記のごとく337.8℃であるにもかかわらず、実際には337.8℃よりも更に低い温度でNHClが昇華していることを見出した。即ち、粉末回収室3の温度を変えて、粉末回収室3でGaN粉末と共に回収されたNHClの重量と温度との関係を調べたところ、図2に示す結果が得られた。この結果から、温度が185℃未満ではNHClが完全に昇華せずGaN粉末中に残留するが、185℃以上の温度においては実質的にNHClの昇華が起きていることが分かった。
【0023】
文献等で通常報告されている昇華温度は平衡時の値であり、上記反応式1で表される反応系のようにキャリアガスなどを大量に流す場合には、平衡時の値とは異なり、非平衡時の値となるものと考えられる。このことは、ガスの流速を速くした方がNHClの回収量が少なくなるという実験結果とも合致している。上記の結果から、本発明における粉末回収室の温度、即ち、窒化ガリウムを含むガス雰囲気の温度は、185℃以上で且つNHClの昇華温度である337.8℃よりも低く設定し、好ましくは200〜250℃の範囲、更に好ましくは200〜230℃の範囲とする。
【0024】
尚、上記のごとく反応装置底部の粉末回収室3においてGaN粉末が分離して堆積した後、図1に示すように、ガス雰囲気は排ガス流路を通って反応装置から排出され、液回収部4においてNHClが液体となって回収される。
【0025】
本発明による窒化ガリウム粉末の製造方法に用いる製造装置は、例えば図1に示すように、ガリウム粉末を塩化水素ガスと反応させる第1反応室1と、第1反応室1で得られた塩化ガリウムをアンモニアガスと反応させる第2反応室2と、第2反応室2で得られた窒化ガリウムを回収する粉末回収室3とを備えている。また、第1反応室1、第2反応室2及び粉末回収室3の外周には、それぞれヒーター1a、2a、3aを備え、ヒーター1aにより第1反応室1の温度を800〜1000℃に、ヒーター2aにより第2反応室2の温度を800〜1200℃に、及びヒーター3aにより粉末回収室3の温度を185℃以上337.5℃未満に制御する。
【0026】
尚、上記反応装置としては、ホットウォール型の反応炉などを用いることができるが、1000℃を超える高温になり且つ腐食性が強い塩化水素ガスが導入されることから、一般的に高温においても安定で耐腐食性に優れた石英等のセラミックスを構成材料として使用することが望ましい。反応装置での窒化ガリウムの合成反応は、通常は常圧で行なわれる。
【0027】
また、本発明の反応装置では、第1反応室と第2反応室で構成される反応容器部から、粉末回収室を切り離せる構造にしておくことが好ましい。このような構造を有することにより、粉末回収室の温度がある程度まで低下したとき、直ちに粉末回収室を反応装置の反応容器部から分離して、GaN粉を回収することが可能となる。この場合でも、反応装置の運転時における粉末回収室の温度が低いほど、冷却に要する時間が短くなるためGaN粉の回収が容易になる。
【実施例】
【0028】
[実施例1]
内径300mmのSUS306製のホットウォール型炉を準備し、上部と中部と下部の各外周にそれぞれヒーターを配置した。各ヒーターにより、炉内上部(Ga粉末の容器がある第1反応室)の温度を900℃に、中部(第2反応室)の温度を1100℃に、及び下部(粉末回収室)の温度を300℃に調節した。また、粉末回収室から50cmほど上部の炉側面に、内径20mmの管を結合して排ガス流路とした。
【0029】
HClガスを水素のキャリアガスにより第1反応室に導き、容器内のGa粉末と反応させてGaClを生成させた。生成したGaClはキャリアガスと共に第2反応室に導入され、同時に水素のキャリアガスによりアンモニアガスを第2反応室に導入することにより、GaClとアンモニアガスを反応させてGaNを合成した。キャリアガスと未反応ガス及び反応副生成物であるNHClを排ガス流路から排気し、GaN粉末を粉末回収室に堆積させた。
【0030】
反応終了後、炉内のガス雰囲気を窒素ガスに置換しながら、粉末回収室の温度を室温まで低下させ、粉末回収室に堆積したGaN粉末を回収した。粉末回収室の温度が300℃から室温に低下するまで約1時間かかり、回収したGaN粉末を分析したところNHClは含まれていなかった。
【0031】
[実施例2]
粉末回収室の温度を185℃とした以外は上記実施例1と同様にしてGaN粉末を製造した。反応終了後、上記実施例1と同様にして粉末回収室の温度を室温まで低下させ、粉末回収室に堆積したからGaN粉末を回収した。粉末回収室の温度が185℃から室温に低下するまで約0.5時間であり、回収したGaN粉末を分析したところNHClは含まれていなかった。
【0032】
[比較例1]
粉末回収室の温度を180℃とした以外は上記実施例1と同様にしてGaN粉末を製造した。反応終了後、上記実施例1と同様にして粉末回収室の温度を室温まで低下させ、粉末回収室に堆積したからGaN粉末を回収した。粉末回収室の温度が180℃から室温に低下するまで約20分と短かったが、得られたGaN粉末中にはNHClが含まれていた。
【0033】
[比較例2]
粉末回収室の温度を350℃とした以外は上記実施例1と同様にしてGaN粉末を製造した。反応終了後、上記実施例1と同様にして粉末回収室の温度を室温まで低下させ、粉末回収室に堆積したからGaN粉末を回収した。回収したGaN粉末を分析したところNHClは含まれていなかったが、粉末回収室の温度が350℃から室温に低下するまで約1.5時間が必要であった。
【符号の説明】
【0034】
1 第1反応室
2 第2反応室
3 粉末回収室
1a、2a、3a ヒーター
4 液回収部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャリアガスにより導入された塩化水素ガスを800〜1000℃の温度でガリウム粉末と反応させ、得られた塩化ガリウムをキャリアガスで搬送しながら800〜1200℃の温度でアンモニアガスと反応させて窒化ガリウムを生成させた後、得られた窒化ガリウムを含むガス雰囲気の温度を185℃以上337.5℃未満に制御することにより、窒化ガリウム粉末を分離回収することを特徴とする窒化ガリウム粉末の製造方法。
【請求項2】
前記ガス雰囲気の温度を200〜250℃に制御して窒化ガリウム粉末を分離回収することを特徴とする、請求項1に記載の窒化ガリウム粉末の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−67530(P2013−67530A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−206959(P2011−206959)
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)