説明

等速ジョイント用グリース組成物

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、自動車の等速ジョイント、特にダブルオフセット型の等速ジョイント用グリースに関するものである。等速ジョイントの潤滑条件は極めて厳しく、摩耗し易く、異常振動などを発生しやすい。かような潤滑箇所を効率よく潤滑し、有効に摩擦を低減し、振動を抑制し、更に耐久寿命を向上し得る等速ジョイント用グリース組成物に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来、この様な等速ジョイントには、硫黄−リン系極圧添加剤を含有するリチウム系極圧グリース、二硫化モリブデンを含有するリチウム系極圧グリースが使用されている。また、特開昭62−207397号公報により、硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンと硫化油脂、硫化オレフィン、トリクレジルフォスフェート、トリアルキルチオフォスフェート、ジアルキルジチオリン酸亜鉛からなる群から選択された1種または2種以上の組合せよりなる硫黄−リン系極圧添加剤が必須成分として含有された極圧グリースが適していることを見出しているが、より一層の静粛性と耐久性が求められており、十分とは言えない。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】自動車において、軽量化、居住空間の確保などからFF車の急激な増加、機能的な4WD車の増加により等速ジョイント(CVJ)が広く用いられてきている。このCVJの中で、スライドタイプのプランジングジョイントとして用いられているダブルオフセットジョイント(DOJ)を、図1に示す。ダブルオフセットジョイントにおいて、ジョイントが作動角をとる状態で回転トルクを伝達する場合、外輪1のトラック溝3と内輪2のトラック溝4とボール5との嵌合において複雑な転がりと滑り運動が発生し、摺動部分の摩擦抵抗によって軸方向に力が発生する。この力は、誘起スラストと言われている。尚、ダブルオフセットジョイントは、外輪1の内面に60゜の間隔でトラック溝3を設けてあるため1回転につき、6回の誘起スラストが発生する。
【0004】このような誘起スラストの発生サイクルとエンジン、車体、サスペンション等の固有振動数とが合致すると車体に共振を誘発して乗員に不快感を与えるため、上記の誘起スラストは、可能な限り低くすることが望ましい。実装車においては、高速走行時におけるビート音やこもり音が発生するという不都合がある。また、自動車の軽量化や高出力化に伴いダブルオフセットジョイントにおける潤滑条件はさらに厳しくなり、金属疲労による摩擦面の表面剥離(フレーキング)、又は損傷等に対するジョイントの耐久性を向上させる必要がある。
【0005】この問題の解決には、従来の硫黄−リン系極圧添加剤を含有するリチウム系極圧グリース、二硫化モリブデンを含有するリチウム系極圧グリースでは、耐振動性の点で問題があり、又、高面圧下で摩耗が大きく、耐フレーキング性も十分ではなく、耐久性の点から満足のいくものではない。また、特開昭62−207397号公報に記載されているグリースにより発生する振動を低減することは出来るが十分ではなく、耐フレーキング性も十分ではない。
【0006】
【課題を解決するための手段】かような摩耗し易く、かつ振動の発生し易い潤滑条件で使用するグリースとしては、耐振動性能には摩擦係数と発生する誘起スラストとの相関が知られていることから、より低摩擦係数で、耐フレーキング性に優れたグリースが適している。
【0007】種々の試料について、耐振動性の評価として、実ジョイントでの誘起スラストと良く相関しているサバン式摩擦摩耗試験機による摩擦係数の測定、及び、実ジョイントにより誘起スラストの測定を行った。又、耐久性については、実ジョイントを用いた台上試験により耐フレーキング性を評価した。この結果、(A) 硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンと、(B)二硫化モリブデンと、(C) ジチオリン酸亜鉛化合物と(D) 1種または2種以上の植物油脂よりなる油性剤の組合せにより、摩擦係数低減効果、フレーキング寿命の数倍の向上が得られることを確かめ本発明を達成するに至った。すなわち本発明は、潤滑油とウレア系増ちょう剤から成るウレアグリースに(A) 硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンと(B) 二硫化モリブデンと(C) 次式
【化2】


(式中のRはアルキル基またはアリール基を示す)で表わされるジチオリン酸亜鉛化合物から成る極圧添加剤と、(D) 1種または2種以上の植物油脂よりなる油性剤を必須成分として含有し、かつ(A) 成分の含有量が1〜5重量%、(B) 成分の含有量が0.2 〜1重量%、(C)成分の含有量が 0.5〜3重量%、(D) 成分の含有量が0.5 〜5重量%であり、(B) 成分の含有量は(A) 成分の含有量を1とすると0.04〜0.5であることを特徴とする等速ジョイント用グリース組成物に関するものである。
【0008】
【作用】本発明に使用するウレアグリースは、基油として鉱物油、エステル系合成油、エーテル系合成油、炭化水素系合成油等の1種または2種以上から成る潤滑油を用い、増ちょう剤として脂肪族系アミン、脂環族系アミン、芳香族系アミン等と各種イソシアネート化合物の反応によって得られるウレア化合物を用いたグリースであり、特に限定するものではないが、本発明においては、特に脂肪族アミンを用いたウレアグリースが望ましい。
【0009】本発明に使用する(A) 成分である硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンは、次式
【化3】


(式中の R1 , R2 は炭素数1〜24のアルキル基を表し、またm+n=4で、かつmは0〜3、nは4〜1である。)で示される化合物で公知の固体潤滑剤である。化3の化合物は例えば特公昭45−24562号公報に開示されているが、これはm=2.35〜3,n=1.65〜1であり、特公昭51−964号公報に開示されているものはm=0,n=4であり、特公昭53−3164号公報にはm=0.5 〜2.3,n=3.5 〜1.7 のものが開示されている。本発明において使用する化3化合物は上述の開示されているものをすべて含むものである。
【0010】次に本発明に使用する(B) 成分である二硫化モリブデンは、一般に固体潤滑剤として広く用いられているものである。その潤滑機構としては、層状格子構造をしており、すべり運動によって容易に薄層状にせん断され、金属接触を妨げ焼付き防止効果を有するものである。しかしながら、その添加量が多いと摩擦係数を増大させ、耐振動性に対して悪影響を及ぼす。又、潤滑条件によっては、摩耗を増加させることもある。
【0011】さらに本発明に使用する(C) 成分は、前記化2で表わされるジチオリン酸亜鉛化合物から成る極圧添加剤である。ジチオリン酸亜鉛化合物は、R基が用いるアルコールの種類により一級(プライマリー)アルキル、二級(セカンダリー)アルキル、アリールの3種類に分類できるが、いずれも適用できる。特に一級(プライマリー)アルキルタイプとの組合わせが最も効果が大きい。また本発明に使用する(D) 成分である植物油脂としては、ヒマシ油、大豆油、ナタネ油、ヤシ油、などが用いられる。これ等の植物油脂の1種または2種以上の組合わせよりなる油性剤は、金属表面に吸着しやすく金属間どうしの接触を妨げるものである。
【0012】これらの作用については、確証を得たわけでないが次のように考えられる。ウレアグリースの増ちょう剤成分であるウレア化合物は、金属石けんグリースに比較してミセル構造が安定であり、金属表面に対する付着性が強いため、増ちょう剤ミセルの被膜により金属接触を妨げる緩衝剤作用がより強いものと考えられる。次に(A) 成分の硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンは、ゴムのジチオカルバミン酸系加硫促進剤と同様の効果を有するものと考えられる。ここで加硫促進剤効果とは、硫黄およびゴム炭化水素を活性化して炭化水素分子間の硫黄による架橋反応を促進する効果である。この効果により(C) 成分であるジチオリン酸亜鉛化合物の硫黄および炭化水素基が活性化して、分子間に架橋反応が起こり高分子を生成し、これが潤滑面を被覆して粘弾性を有する高分子膜を形成し、振動を吸収し、また、金属接触を妨げて摩耗を防止する効果を有すると考えられる。
【0013】さらに、(D) 成分であるヒマシ油、大豆油、ナタネ油、ヤシ油、などのような植物油脂からなる群から選択された1種または2種以上の組合わせよりなる油性剤は、潤滑面に介入し、金属に強く吸着し、(A) 、(C) の効果をより効果的にする働きがあると考えられる。
【0014】そして、(B) 成分である二硫化モリブデンは、添加量が多いと上記(A),(C),(D) の振動防止効果を妨げ摩耗を増加させ、振動を大きくすることもあるが、限定された使用では上記(A), (C)の効果により形成される高分子膜では、フレーキングが発生するような高面圧下において、適度に摩耗させ、焼付を防止しフレーキング寿命の向上に効果を発揮していると考えられる。又、(D) 成分により(B) 成分の効果がより効果的に働いているものと考えられる。
【0015】前述(A) 成分の含有量が1重量%未満、(B) 成分の含有量が0.2 重量%未満、(C) 成分の含有量が0.5 重量%未満、(D) 成分の含有量が0.5 重量%未満では、いずれも効果がなく、一方(A) 成分の含有量が5重量%より多く、(B)成分の含有量が1重量%より多く、(C) 成分の含有量が3重量%より多く、(D) 成分の含有量が5重量%より多く添加しても効果の増大はなく、振動防止効果においては、むしろ逆効果である。(A) 成分の含有量が1〜5重量%、(B) 成分の含有量が0.2 〜1重量%、(C) 成分の含有量が0.5 〜3重量%、(D) 成分の含有量が0.5〜5重量%の範囲が必要であり、かつ、(B) 成分の含有量が(A) 成分の含有量を1とすると0.04〜0.5 が必要である。
【0016】
【実施例】次に本発明を実施例および比較例により説明する。表1に示す配合組成で常法により実施例1〜6および比較例1〜5のグリース組成物をつくった。また市販有機モリブデングリースを比較例6のグリース、市販二硫化モリブデングリースを比較例7のグリースとし、実施例1〜6および比較例1〜5のグリースと一緒に各グリースの性能を以下に示す試験方法に従って評価した。
【0017】1.摩擦摩耗試験サバン型摩擦摩耗試験機を用いて測定した摩擦係数を表1に示す。ここでサバン型摩擦摩耗試験機は、図2に示すように、直径40mm×厚さ4mmの回転リング6に1/4 inchの鋼球7を圧接させたものであり、摩擦係数の測定に際しては、回転リング6を周速108m/minで回転し、荷重1.3 kgf をかけ、回転リングの下端からスポンジ8を介して回転リングの表面にグリースを供給し、鋼球を支持するエアスライド9の動きをロードセル10で検出した。また、試験時間は10分間とし、10分後の摩擦係数を測定した。
【0018】2.誘起スラスト測定試験実ジョイント(ダブルオフセットジョイント)を用いて、作動角とトルクをかけて回転させた時に軸方向に発生する力を誘起スラストとして測定した。実施例1、比較例1、比較例6および比較例7の各グリースの試験結果を図3に示す。
測定条件回転数 900 rpmトルク 15 kgf ・m角度 2, 4, 6, 8゜試験時間 5分後
【0019】3.耐久寿命試験耐久寿命試験は、ダブルオフセット型ジョイントを用いて下記条件により実施し、フレーキング発生の有無を評価した。実施例1、比較例1、比較例6および比較例7の各グリースの試験結果を図4に示す。
測定条件回転数 1000 rpmトルク 53 kgf ・m角度 4.5゜
【0020】
【表1】


【0021】
【発明の効果】表1、図3の結果から明らかなように、摩擦係数および誘起スラストの低減効果が得られた。また、図4の結果からは、耐久寿命の向上が得られている。つまり、本発明の等速ジョイント用グリース組成物は、潤滑油とウレア系増ちょう剤からなるウレアグリースに、(A) 硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンと(B) 二硫化モリブデンと(C) ジチオリン酸亜鉛化合物と(D) ヒマシ油、大豆油、ナタネ油、ヤシ油、などのような植物油脂からなる群から選択された1種または2種以上の組合わせよりなる油性剤の特定の組合わせにより、ダブルオフセット型等の等速ジョイントの誘起スラストの低減だけではなく耐フレーキング性の向上を成し得たものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のグリース組成物を潤滑箇所に用いるダブルセフセットジョイントの一部を切欠いて示す側面図である。
【図2】サバン型摩擦摩耗試験機で摩擦係数を測定する状態を示す説明図である。
【図3】実施例1、比較例1,6および7の各グリースの誘起スラスト測定試験結果を示すグラフである。
【図4】実施例1、比較例1,6および7の各グリースの耐久寿命試験結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 潤滑油とウレア系増ちょう剤からなるウレアグリースに(A) 硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンと(B) 二硫化モリブデンと、(C) 次式
【化1】


(式中のRはアルキル基またはアリール基を示す)で表わされるジチオリン酸亜鉛化合物から成る極圧添加剤と、(D) 1種または2種以上の植物油脂よりなる油性剤を必須成分として含有し、かつ(A) 成分の含有量が1〜5重量%、(B) 成分の含有量が0.2 〜1重量%、(C)成分の含有量が0.5 〜3重量%、(D) 成分の含有量が0.5 〜5重量%であり(B)成分の含有量は(A) 成分の含有量を1とすると0.04〜0.5 であることを特徴とする等速ジョイント用グリース組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【特許番号】第2915611号
【登録日】平成11年(1999)4月16日
【発行日】平成11年(1999)7月5日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−94748
【出願日】平成3年(1991)4月1日
【公開番号】特開平4−304300
【公開日】平成4年(1992)10月27日
【審査請求日】平成9年(1997)12月17日
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【出願人】(000102692)エヌティエヌ株式会社 (9,006)