説明

粒子線治療装置

【課題】患部を複数の層に分割し、各層を荷電粒子ビームのエネルギーを変えながら照射していく照射法において、浅い層では照射する粒子数は少なくなる。従来は浅い層では加速器で加速した荷電粒子ビームのうち、ある層を照射した残りの粒子は減速することにより廃棄して利用されることはなかった。また、加速器の一運転周期で取り出し可能なエネルギーは一種類であり、一層のみを照射していた。
【解決手段】粒子数の少ない浅い部分に位置する層では、エネルギー吸収体をシンクロトロン加速器の出口近傍、あるいはビーム輸送系の途中、あるいは照射ノズル内部に設置し、エネルギー吸収体の厚さを変えることにより、加速器のある運転周期において簡便に複数エネルギーの粒子ビームを照射することを可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加速器により加速された荷電粒子ビームをがん患部に照射する粒子線治療装置に関する。
【背景技術】
【0002】
粒子線治療は、加速器により加速された粒子線をがん患部に照射する治療である。粒子線治療は、これまで放射線治療で使用されてきたX線と比較して、患部への線量集中性が高く、がん患部のみに高線量を与え正常組織への線量を低減することが可能な優れた治療方法である。粒子線治療装置は、荷電粒子を加速する加速器,加速された荷電粒子ビームを輸送するビーム輸送系,輸送された荷電粒子ビームを個々の患部形状に照射野形成する照射ノズル、以上大きく分けて三つの装置群より構成される。粒子線治療装置では、荷電粒子を加速する加速器としてシンクロトロン加速器あるいはサイクロトロン加速器が使用される。このうちシンクロトロン加速器は荷電粒子ビームを所望のエネルギーまで加速することが可能である。荷電粒子ビームを輸送するビーム輸送系は、荷電粒子ビームが通過する真空ダクト,荷電粒子ビームを曲げる偏向電磁石,荷電粒子ビームを収束させる四極電磁石などより構成され、各電磁石に通電する電流値を制御することにより、エネルギーの異なる荷電粒子ビームを輸送することが可能である。照射ノズル内には、照射野形成に必要な装置群が納められている。照射野形成法には、散乱体により荷電粒子ビームを横方向に拡大し必要な領域をコリメータで切り出す散乱体照射法、あるいは、輸送されてきた荷電粒子ビームを直接走査電磁石により走査しながら照射を行うビームスキャニング照射法などがある。
【0003】
以上のような粒子線治療装置により患者を治療するにあたり、あらかじめ治療計画装置により患者個人に適切な治療計画を立案することが必要である。治療計画装置は、治療照射に先立ちX線CT画像などの体内の画像情報をもとに、必要な照射条件を検討する装置であり、治療に使用する荷電粒子ビームのエネルギー,荷電粒子ビームを照射する領域を決めるコリメータ開口形状,ビームスキャニング照射法の場合では荷電粒子ビームを照射する照射スポットの位置ならびに各照射スポットに照射する照射量の計算を行い、患部を所定の線量で治療するための計画を行う。
【0004】
粒子線治療装置において、がん患部を粒子線ビーム進行方向、すなわち体表面からの深さ方向に患部を複数の層に分割し、各層を荷電粒子ビームのエネルギーを変化させることにより照射していく照射方法がある。深さ方向に複数の層に分割した患部の横方向の照射には、いくつかの手法があり、走査電磁石によりビームを患部形状に合わせて走査しながら照射していくビームスキャニング照射法,電磁石によりビームを円形に走査し患部形状に合わせてコリメータで必要な部分を取り出す単円ウォブラー法、あるいは散乱体により横方向にビームを散乱させて横方向に一様な照射野を形成する散乱体照射法などがある。あるエネルギーの荷電粒子ビームによりある一層の照射が完了すると、次の層の照射を行う時には、加速器ならびにビーム輸送系を適切に制御することにより、あるいは、荷電粒子ビームの通過途中に物質を挿入することにより荷電粒子ビームのエネルギーを変更する。荷電粒子ビームのエネルギー変更を繰り返し行い、層に分割した患部のすべての層を照射することで患部の照射を終了する。このように複数の層に分割した患部の各層を、荷電粒子ビームのエネルギーを変更しながら照射していき、各層の荷電粒子ビームの照射量を適切に調節することにより、治療で必要とされる患部深さ方向に一様な線量分布(Spread Out Bragg Peak:SOBP)を得ることが可能であり、このような手法をエネルギースタッキングと呼ぶ。
【0005】
シンクロトロン加速器を用いてエネルギースタッキングを実施する場合、荷電粒子ビームのエネルギーを変更する第一の方法として、照射ノズル内に設置したレンジシフタと呼ばれる板状の物質の厚さを増減させて変更させる方法がある。また、第二の方法として、特許文献1のように、シンクロトロン加速器ならびにビーム輸送系の調整によりビームエネルギーを変更させる方法がある。特許文献1には、荷電粒子ビームを加速するシンクロトロン加速器と、シンクロトロン加速器内での荷電粒子ビームの加速を制御する加速制御装置と、加速された荷電粒子ビームの出射を制御する出射制御装置を備えた粒子線治療装置が記載されている。この粒子線治療装置は、この加速器制御装置と出射制御装置を用いることで、荷電粒子ビームの入射後に、荷電粒子ビームの加速及び荷電粒子ビームの出射を行う取り出しサイクルを複数回行い、各取り出しサイクルにおいて、荷電粒子ビームを異なるエネルギーに加速し、この異なるエネルギーの荷電粒子ビームを出射して、各出射工程で、異なるエネルギーの荷電粒子ビームを取り出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−226740号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
第一の方法すなわち照射ノズル内にレンジシフタを設置する方法は、照射ノズル内部に設置されたレンジシフタの厚みを調整して荷電粒子ビームの到達深さを変更することによりエネルギースタッキングを行う。このやり方でSOBPを形成する場合、層分割した患部の浅い部分に位置する層では、レンジシフタの厚みがSOBP幅分だけ厚くなることになる。これによりビームサイズが大きくなるため、患部浅い部分に位置する層ではビーム利用効率が低下し照射時間が増えていた。
【0008】
一方、第二の方法すなわち加速器ならびにビーム輸送系の調整により荷電粒子ビームのエネルギーを変更する場合、以下のような課題が存在する。粒子線治療装置において加速器としてシンクロトロン加速器を使用した場合、シンクロトロン加速器は入射器からの荷電粒子ビームの入射捕獲,荷電粒子ビームの加速,所望のエネルギーまで加速された荷電粒子ビームの取り出し、残った荷電粒子ビームの減速といった一連の動作より構成される周期運転を実施する。シンクロトロン加速器により荷電粒子ビームのエネルギーを変更する場合、シンクロトロン加速器を構成する偏向電磁石,収束電磁石などの到達磁場を変更することで行う。そのため、シンクロトロン加速器は、ある一つの運転周期において、ある一つのエネルギーの荷電粒子ビームを取り出して照射することが可能であり、荷電粒子ビームのエネルギーを変更するためには、現在のエネルギーの荷電粒子ビームを一度減速した後、新しい荷電粒子ビームを再捕獲,再加速の過程を経なければならない。エネルギースタッキングによりSOBPを形成する場合、患部を分割した層の数だけエネルギー変更作業が必要となる。この場合、ある一つの層の照射が終了すると、減速,再加速のエネルギー変更作業に必要な過程を経て、次の層の照射が可能となる。SOBP幅が大きくなり患部の照射に必要な層数が多くなると、荷電粒子ビームの加速ならびに減速に必要な時間に層数を掛けた時間が必要になり、加減速に必要な時間は荷電粒子ビームを取り出し照射している時間と比較しても大きいため、治療時間が長くなる傾向にあった。また、患部の深さ方向に対して一様な線量分布SOBPを形成する場合、深い場所に位置する層と浅い場所に位置する層を比較すると、浅い層では深い層と比較して必要な粒子数は減少する。そのため、浅い層の照射では、必要な粒子数はシンクロトロン加速器の一運転周期で加速された粒子数より少なくなり、加速された荷電粒子ビームの一部のみを照射に提供し、残りの荷電粒子ビームは照射することなく減速させていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
加速器の出口、あるいはビーム輸送系の途中、あるいは照射ノズル内部にエネルギーを変化させるためのエネルギー吸収体を設置する。加速器のビーム照射可能期間中に、エネルギー吸収体の厚さを変化させる。また、このエネルギー吸収体の厚みに同調してエネルギー吸収体よりも下流側のビーム輸送系に設けられた電磁石装置の電流値を制御することにより、照射する荷電粒子ビームのエネルギーを変更する。これまでは加速器のある運転周期において、複数のエネルギーの荷電粒子ビームを提供することが困難であった。本発明によれば、複数エネルギーの荷電粒子ビームを提供することが可能となる。このように、加速器とビーム輸送系によるエネルギー変更と、エネルギー吸収体によるエネルギー変更の二つを組み合わせ、ある運転周期の期間中に複数エネルギーの荷電粒子ビームを照射できるようにする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、加速器の一運転周期で加速した荷電粒子ビームを、層分割した患部のうち複数の層に照射することが可能となり、治療時間を短縮するとともに加速された荷電粒子ビームをより有効に利用できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の好適な一実施例である粒子線治療装置を示す全体構成図である。
【図2】本発明の好適な一実施例である粒子線治療装置に設置される照射ノズルを示す構成図である。
【図3】患部を層に分割し、各層を走査電磁石により粒子ビームを横方向に走査して照射していくことにより患部を一様な線量で照射する手法を示す図である。
【図4】患部を層に分割し、荷電粒子ビームの横方向ビームサイズを散乱体で拡大した上で、走査電磁石により横方向に一様な線量分布を形成するように走査し、コリメータにより各層に合致するように整形する照射手法を示す図である。
【図5】深さ方向に各層のブラッグカーブを重ね合わせて、一様な線量分布(SOBP)を形成することを示す図である。
【図6】層に分割した患部を一様に照射するための、粒子ビームのエネルギーと各層の照射に必要な粒子数を示す表である。
【図7】シンクロトロン加速器の周期運転を示す図である。
【図8】シンクロトロン加速器とビーム輸送系の調整により、エネルギーを変更しながら層に分割した患部の各層を照射していく際の運転パターンを示し、(A)シンクロトロン加速器の磁場強度、(B)ビーム輸送系の磁場強度を示す図である。
【図9】本発明の一実施例である粒子線治療装置において、エネルギー吸収体を挿入して、エネルギー変更を実施した場合の(A)シンクロトロン加速器の運転パターン、(B)エネルギー吸収体の挿入量、(C)ビーム輸送系に設置される電磁石装置の磁場強度の時間変化を示す図である。
【図10】本発明の第2の実施例を示す粒子線治療装置の全体構成図である。
【図11】本発明の第3の実施例を示す粒子線治療装置の全体構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を、図面を用いて説明する。
【0013】
〔実施例1〕
本発明の好適な第1の実施例の粒子線治療装置を図1に示す。本実施例の粒子線治療装置1は、荷電粒子ビーム発生装置10,荷電粒子ビーム輸送系(ビーム輸送装置)17及び照射ノズル16を備える。荷電粒子ビーム発生装置10は、入射器12及びシンクロトロン加速器11を備える。本実施例の粒子線治療装置1には、シンクロトロン加速器11のビーム取り出し部の下流側であって、ビーム輸送系17の最上流に位置される電磁石装置よりも上流側に、エネルギー吸収体51が備えられている。ここで、上流側とは荷電粒子ビームの進行方向に対する上流側を示し、下流側とは荷電粒子ビームの進行方向に対する下流側を示す。エネルギー吸収体51は、荷電粒子ビームの通過位置(通過経路上)であって、シンクロトロン加速器11のビーム取り出し部の近傍に設置される。エネルギー吸収体51は、荷電粒子ビームのエネルギーを吸収する物質で構成され、このエネルギー吸収体の厚みを変更することにより、通過する荷電粒子ビームのエネルギーを変更する。エネルギー吸収体51の厚さは、エネルギー吸収体制御装置66により制御される。
【0014】
入射器12はシンクロトロン加速器11に必要な荷電粒子ビームの生成、初段の加速を実施する。シンクロトロン加速器11は治療に必要な荷電粒子ビームを所望のエネルギーまで加速する。荷電粒子ビーム輸送系17は、荷電粒子ビームが通過する真空ダクト13,荷電粒子ビームの収束作用を持つ四重極磁石14,荷電粒子ビームを偏向させる偏向電磁石15などより構成され、シンクロトロン加速器11により加速された荷電粒子ビームを照射ノズル16まで輸送する。照射ノズル16では、荷電粒子ビームを患部に合致するように照射野形成し、治療室(図示せず)内に設置された治療用カウチ22に横になった患者21に荷電粒子ビームが照射される。治療計画装置61は患者の治療に必要な照射計画のデータを粒子線治療装置の全体制御装置62に渡し、全体制御装置62は下位の制御装置である加速器制御装置63,ビーム輸送系制御装置64,照射ノズル制御装置65に必要な情報を渡す。
【0015】
図2に照射ノズル16の構成を示す。照射ノズル16内では、荷電粒子ビームを走査するための電磁石と荷電粒子ビームの監視を行うビームモニタが設置されており、加速器からのビームを電磁石により走査しながら照射していく。照射ノズル16では、荷電粒子ビームを走査するための水平方向走査電磁石31,垂直方向走査電磁石32,荷電粒子ビームの照射量を測定する線量モニタ34,荷電粒子ビームの位置を測定する位置モニタ35がある。必要に応じて患部にのみ荷電粒子ビームを照射するために、患部形状に合わせた形状に作られる患者コリメータ36,患部底形状に合わせたボーラス37を設置する。
【0016】
本実施例の粒子線治療装置1における荷電粒子ビームの照射方法について、図3を用いて説明する。患部を層1,2,3,4に示すように層状の領域に分割する。このとき各層は同一のエネルギーの荷電粒子ビームで照射可能であるとする。層1がビーム進行方向から見て一番深い場所に位置し、以降層2,3,4につれて順に浅い場所に位置していく。各層の横方向に荷電粒子ビームを照射する照射スポット41を配置する。治療計画装置61は、照射に先立ちあらかじめ、患部の各層における荷電粒子ビームの照射位置(照射スポット41の位置)と各照射スポットに照射される照射量を算出する。治療計画装置61は、粒子線治療装置1の全体制御装置62を通じて照射ノズル制御装置65(図1)にそのデータを送信する。照射ノズル制御装置65は、そのデータ通りに、横方向にビームを走査し、決められた照射量を照射するように照射ノズル16を制御する。荷電粒子ビームを照射中に線量モニタ34により照射量を監視し、ある照射スポット41に規定された線量値に達すると走査電磁石31,32の電流値を変化させて次のスポットに移動して照射を開始する。これをある層に位置する全スポットに対して繰り返し行うことで横方向の照射を完了する。ある層の横方向の照射が終了すると、照射ノズル制御装置65は加速器制御装置63ならびにビーム輸送系制御装置64に荷電粒子ビームのエネルギー変更信号を送る。この信号に基づき加速器制御装置63とビーム輸送系制御装置64はエネルギー変更作業を行い、次のエネルギーの荷電粒子ビームが出射可能となる。出射準備が完了すると、加速器制御装置63及びビーム輸送系制御装置64が、出射準備完了信号を照射ノズル制御装置65に送る。照射ノズル制御装置65は、深さ方向に次の層の照射を開始する。このように、深さ方向に荷電粒子ビームのエネルギーを変更することにより照射する層を変える。以上の照射方法は、ペンシルビームスキャニングと呼ばれる照射方法であり、患部にのみ線量を付与し、周辺の正常組織への照射が少ない優れた照射方法である。
【0017】
本実施例では、ペンシルビームスキャニング照射法を例に説明するが、ユニフォームスキャニングと呼ばれる照射方法の場合も同様の効果が得られる。ユニフォームスキャニング法では、走査電磁石により荷電粒子ビームを横方向に走査して各層を照射していく際に、図4に示すように、ペンシルビームスキャニングよりビームサイズを大きくして横方向に一様に照射を実施する。ユニフォームスキャニング法の場合、ビームサイズを大きくするために散乱体を照射ノズル16内の荷電粒子ビームの通過する位置に設置する。ユニフォームスキャニングとは、各層の線量分布を一様として一様な横方向線量分布を深さ方向に層状に積み上げることで体積照射を行う方法である。また、マルチリーフコリメータと同時に使用することにより患部形状に合致した線量分布を作り出すことが可能となる。電磁石で横方向にビームを走査する経路としては、円形に走査する方法あるいは直線状に走査する方法がある。
【0018】
図5を用いて、ペンシルビームスキャニングあるいはユニフォームスキャニングの深さ方向線量分布の形成について説明する。深い層から順に、層1,2,3,4と並んでいる。層1は患部のうちビーム進行方向から見て一番深い層に相当し、層2,3,4と順に浅い層に位置する。各層を照射した際の深さ方向の線量分布はブラッグカーブと呼ばれ、図5では最も深い層を照射した際の深さ方向の線量分布を層1で示す矢印でしめす。各層の照射量を適切に調整することにより深さ方向に一様な線量分布SOBPを形成する。図6に各層と対応する荷電粒子ビームのエネルギーならびに深さ方向に一様な線量分布SOBPを形成するための各層に必要な粒子数を示す。一番深い層に位置する層1はエネルギー1で照射を行い、粒子数は2.99必要である。最も浅い層に位置する層9はエネルギー9で照射を行い、粒子数が0.26必要である。粒子数の単位は任意であり相対値を表す。層1から層9へ照射する粒子数を、図6に示すように、適切に調整することにより、図5に示すように深さ方向に一様な線量分布SOBPを形成することが可能となる。図6に示す必要粒子数は、各層に照射する照射スポットの合計照射量を加算した量を示す。
【0019】
図7にシンクロトロン加速器の一運転周期について示す。横軸に時間を示し、縦軸にシンクロトロン加速器を構成する電磁石の磁場強度を示す。シンクロトロン加速器は、荷電粒子ビームの加速,加速した荷電粒子ビームの取り出し(出射期間),出射後の減速を一つの単位とする周期運転を実施する。シンクロトロン加速器に入射器から入射されたビームの入射捕獲,加速,ビーム出射,減速までの時間を運転周期とする。荷電粒子ビームはビーム取り出し期間においてシンクロトロン加速器より取り出され、ビーム輸送系により照射ノズルに運ばれた後、照射ノズルを通して患者に照射される。シンクロトロン加速器は、到達する磁場強度を変更させることにより、荷電粒子ビームのエネルギーを変更することが可能であるが、ある運転周期で取り出し可能な荷電粒子ビームは到達磁場強度に対応した一つのエネルギーのみである。そのため、ペンシルビームスキャニングあるいはユニフォームスキャニングといった患部を層分割して各層をエネルギースタッキングにより照射していく照射法では、シンクロトロン加速器の一運転周期で一層の照射のみが可能である。
【0020】
図8を用いて、本実施例の比較例として、シンクロトロン加速器とビーム輸送系の調整によりエネルギー変更し、層分割した患部の照射する層を変更する場合の運転パターンについて説明する。図8(A)にシンクロトロン加速器の運転パターンを示し、図8(B)にはビーム輸送系の運転パターンを示す。図8では、横軸に時間を示し、図8(A)の縦軸にはシンクロトロン加速器を構成する電磁石の磁場強度、図8(B)の縦軸にはビーム輸送系を構成する電磁石の磁場強度を示す。図8においてエネルギー7で層7の照射が終了すると、図1における照射ノズル制御装置65は加速器制御装置63とビーム輸送系制御装置64にエネルギー変更指令を送る。これにより加速器制御装置63は加速器の運転パターンを減速とし、次のエネルギー8に向けた加速に入る。ビーム輸送系制御装置64は、ビーム輸送系を構成する電磁石の電流値を、次のエネルギー8に対応した電流値に設定する。加速器制御装置63は次のエネルギー8の荷電粒子ビームが出射可能となると、照射ノズル制御装置65に準備完了信号を送る。また、ビーム輸送系制御装置64は次のエネルギー8のエネルギーに対応した電流値の設定が完了すると、照射ノズル制御装置65に準備完了信号を送る。この段階で、照射ノズル制御装置65は次の層8の照射を荷電粒子ビームのエネルギー8で開始することが可能となる。層8をエネルギー8で照射完了すると、層7から層8に照射する層を変更したのと同じ方法で、次の層9を照射するエネルギー9への変更を行う。
【0021】
図8の運転パターンを見ると分かるように、層7,8,9と照射する層を変更する度に、シンクロトロン加速器はエネルギー変更のために、減速,加速の過程を行わなくてはならない。このように、従来の方法では、層分割した患部の各層を照射していく際に、各々の層に対して加速,ビーム取り出し,減速の時間が必要となる。
【0022】
ここで、本実施例の粒子線治療装置1を用いた場合の荷電粒子ビームのエネルギー変更方法について説明する。あるエネルギーの荷電粒子ビームで患部のある層を照射完了した後、次の層に移動するため荷電粒子ビームのエネルギーを変更する際に、エネルギー吸収体制御装置66がエネルギー吸収体51の厚みを変更する。この時の荷電粒子ビームのエネルギーは、エネルギー吸収体51が厚くなると減少する。このエネルギーに対応するように、ビーム輸送系17に設置されたビーム収束用の四重極電磁石14及び偏向電磁石15の電流値を、ビーム輸送系制御装置64に変更させる。四重極電磁石14及び偏向電磁石15は、エネルギー吸収体51よりも下流側に配置される電磁石装置である。この時、シンクロトロン加速器11は特にエネルギー変更の制御は行わない。このように、エネルギー吸収体51を追加することで、エネルギー吸収体の厚みとエネルギー吸収体以降のビーム輸送系の制御で荷電粒子ビームのエネルギーを変更することが可能である。
【0023】
エネルギー吸収体51を追加した本実施例の粒子線治療装置1によるエネルギースタッキング照射を、図9の運転パターン図を使用して説明する。図9(A)はシンクロトロン加速器の運転パターン、(B)はエネルギー吸収体の挿入量(厚み)、(C)はビーム輸送系の運転パターンを表す。図6に示す層番号と各層の照射に必要な粒子数において、シンクロトロン加速器11の一運転周期で照射可能な粒子数を1と仮定すると、層7,8,9の三層で必要な粒子数は0.33と0.29と0.26の和で0.88となり合計の粒子数は1に満たないため、エネルギー吸収体51を利用することによりこれら3層をシンクロトロン加速器11の一運転周期で照射することが可能である。層7をエネルギー7で照射が完了すると、照射ノズル制御装置65はエネルギー吸収体制御装置66とビーム輸送系制御装置64にエネルギー変更指令を送る。この信号に基づきエネルギー吸収体制御装置66は、荷電粒子ビームの次のエネルギー8になるように、エネルギー吸収体51の厚みを0からt1に増加させる。同時にビーム輸送系制御装置64は、ビーム輸送系17を構成する四重極電磁石14及び偏向電磁石15の電流値をエネルギー8に対応するように変更する。エネルギー吸収体制御装置66とビーム輸送系制御装置64は設定が完了すると、照射ノズル制御装置65に準備完了信号を送る。この信号に基づき、照射ノズル制御装置65は、次の層8の照射をエネルギー8で開始する。層8の横方向の照射が完了すると、次のエネルギー9に向けた変更作業を同様に行い層9の照射を開始する。
【0024】
このように、シンクロトロン加速器11のビーム取り出し口近傍に設置したエネルギー吸収体51の厚みの制御と、エネルギー吸収体51よりも下流側のビーム輸送系17の制御により、シンクロトロン加速器11の一運転周期で3つのエネルギーを取り出すことが可能となり、層7から層9までの三つの層の照射が可能となる。図5のSOBP形成の図において、照射する層が浅くなるにつれて、各層を照射するのに必要な粒子数が減少してくるため、浅い層において複数層をシンクロトロン加速器11の一運転周期で照射することが可能である。図9に示す本発明運転パターンから分かるように、参考例である図8の運転パターンと比較して、三回ビーム加速,減速の過程が必要であったものを一回に減らすことが可能となり、治療時間を短縮することが可能となる。ペンシルビームスキャニングでは患部形状に合致するように高線量域が形成されるように治療計画装置が適切な照射位置と各照射スポットの粒子数を計算するが、この場合は必ずしも浅い層だけが粒子数が少なくなるわけではなく、深い層においても粒子数が少ない場合が発生する。この場合も、シンクロトロン加速器の一運転周期で照射可能な粒子数より合計が少なくなるような複数層をまとめることで、深い層においても一運転周期で複数層の照射が可能である。
【0025】
特に炭素線を用いた粒子線治療装置の場合、ブラッグピークが鋭いため、所望の幅のSOBPを形成するのに必要なエネルギー段階数が多くなる。エネルギー数が多くなると、1エネルギー毎に加減速が必要なため、特に照射量が少ない浅い層では、ビームを照射している時間と比較して、粒子を加減速している時間ばかり増えていくことになる。これでは治療時間が増大してしまうことになる。そのため、シンクロトロン加速器11の一運転周期内で複数の層を照射することが可能となる本実施例の技術が非常に有効に作用する。また、シンクロトロン加速器11の運転により多段のエネルギー変更する方法がある。この方法はエネルギー吸収体51を使用せずシンクロトロン加速器11の運転パターンの調整により多数のエネルギーを出射できる優れた方法であるが、シンクロトロン加速器11として多数のエネルギーに対応した運転パターンを持つ必要があり、ビーム調整に時間がかかってしまう。本実施例ではエネルギー吸収体51を使用し、エネルギー吸収体51よりも下流側のビーム輸送系17のビーム調整してエネルギーの異なる荷電粒子ビームを照射ノズル16から出射できるため、ビーム調整が簡略化される利点がある。
【0026】
〔実施例2〕
本発明の第2の実施例である粒子線治療装置は、実施例1の粒子線治療装置1において、シンクロトロン加速器11のビーム取り出し口、すなわち出口近傍に設置していたエネルギー吸収体51の替わりに、ビーム輸送系17の途中にエネルギー吸収体51を設置した構成を有する。図10に第2の実施例に対応した粒子線治療装置の構成図を示す。エネルギー吸収体51はビーム輸送系17の途中に配置されている。ビーム輸送系17は、第1のビーム輸送系(エネルギー吸収体51よりも上流側に位置するビーム輸送系)18と第2のビーム輸送系(エネルギー吸収体51よりも下流側に位置するビーム輸送系)19の2つに分けられる。第1のビーム輸送系18及び第2のビーム輸送系19には、それぞれ電磁石装置が備えられる。第1のビーム輸送系18は第1のビーム輸送系制御装置67に制御され、第2のビーム輸送系19は第2のビーム輸送系制御装置68に制御される。
【0027】
第2の実施例の運転パターンを第1の実施例と同様に図9を用いて説明する。層7の横方向の照射をエネルギー7の荷電粒子ビームで行い完了すると、照射ノズル制御装置65はエネルギー吸収体制御装置66と第2のビーム輸送系制御装置68にエネルギー変更指令を送る。これに基づき、エネルギー吸収体制御装置66はエネルギー吸収体51の厚みを次のエネルギー8に対応したものに変更し、第2のビーム輸送系制御装置68は、第2ビーム輸送系19に設置された電磁石装置を、次のエネルギー8に対応した電流値に設定する。このとき、シンクロトロン加速器11と第1のビーム輸送系18はエネルギー変更に伴う作業は行わない。以上の手順により荷電粒子ビームはエネルギー吸収体51でエネルギーを損失し、第2のビーム輸送系19でエネルギー8の荷電粒子ビームを輸送する。層8から層9に照射する層を変える場合、すなわちエネルギー8からエネルギー9に変更する際も同様の手順で行う。このように、ビーム輸送系17の途中にエネルギー吸収体51を配置した場合は、エネルギー吸収体51の厚みの制御とエネルギー吸収体以降のビーム輸送系(第2のビーム輸送系19)の制御により、シンクロトロン加速器11の一運転周期で、複数のエネルギーの荷電粒子ビームを照射ノズル16から出射可能となる。
【0028】
シンクロトロン加速器11のエネルギー変更を行う場合は、照射ノズル制御装置65より加速器制御装置63とエネルギー吸収体手前のビーム輸送系制御装置67にエネルギー変更指令を送る。エネルギー吸収体より上流側のビーム輸送系はシンクロトロン加速器11と同調して制御を行い、エネルギー吸収体より下流側のビーム輸送系はエネルギー吸収体の厚さの制御と同調して制御を行う。
【0029】
〔実施例3〕
本発明の第3の実施例である粒子線治療装置は、実施例1の粒子線治療装置1において、シンクロトロン加速器11のビーム取り出し口、すなわち出口近傍に設置していたエネルギー吸収体51の替わりに、照射ノズル16内にエネルギー吸収体51を設置する構成を有する。図11を用いて、第3の実施例に対応した粒子線治療装置の構成図を示す。照射ノズル制御装置65はエネルギー吸収体51にエネルギー変更指令を送る。これによりエネルギー吸収体制御装置66はエネルギー吸収体51の厚みを変更させることで荷電粒子ビームのエネルギーを変更する。この時、シンクロトロン加速器11とビーム輸送系17は何ら変更作業を行わない。そのため、簡便な構成で一運転周期において荷電粒子ビームのエネルギーを変えることが可能である。また、本実施例のエネルギー吸収体51の厚さは、一運転周期内のエネルギー変更に必要な物質の厚みでよいので、従来技術でSOBP全体をレンジシフタにより形成する場合と比較して、ビームサイズが大きくなることはない。
【0030】
実施例1乃至3によれば、加速器の一運転周期で加速した荷電粒子ビームを、ビーム進行方向に層分割した患部のうち複数の層に照射することが可能となり、従来ではあるエネルギーで照射した後、不必要となって減速して捨てていた荷電粒子ビームを次の層の照射に利用することが可能となり、加速器により加速した粒子を従来技術より有効に利用できるようになる。また、複数の層を一運転周期で照射可能となるため、加速ならびに減速といった荷電粒子ビームのエネルギー変更に必要な時間を省略することができるため、照射時間を短縮することが可能となる。
【0031】
シンクロトロン加速器を使用した粒子線治療装置では、施設建設時に治療に必要なエネルギー種をすべて調整して準備する必要がある。実施例1乃至3のように、シンクロトロン加速器のエネルギー変更だけでなく、エネルギー吸収体によるエネルギー変更を付け加えることにより、シンクロトロン加速器のエネルギー数を削減することが可能となる。その結果、粒子線治療施設の調整期間を短縮することが可能となり、施設建設から治療開始までの時間を短くすることが可能となる。
【0032】
実施例1乃至3によれば、エネルギー吸収体51を挿入することにより荷電粒子ビームのエネルギー拡がりが大きくなるため、荷電粒子ビームが体内で形成する高線量領域であるブラッグピークが太る方向に作用する。エネルギー吸収体を使用しない場合と比較して、低エネルギー領域でSOBP形成に必要となる層数を減らすことが可能となり、その結果低エネルギー領域でのエネルギー種を減らすことが可能となる。エネルギー種を減らすことによりシンクロトロン加速器のビーム調整期間を短縮することが可能である。
【符号の説明】
【0033】
10 荷電粒子ビーム発生装置
11 シンクロトロン加速器
12 入射器
13 真空ダクト
14 四重極電磁石
15 偏向電磁石
16 照射ノズル
17 ビーム輸送系
18 第1のビーム輸送系
19 第2のビーム輸送系
21 患者
22 治療用カウチ
23 患部
31 水平方向走査電磁石
32 垂直方向走査電磁石
33 粒子ビームモニタ
34 線量モニタ
35 粒子ビーム位置モニタ
36 患者コリメータ
37 ボーラス
41 照射スポット
42 粒子ビーム
51 エネルギー吸収体
61 治療計画装置
62 全体制御装置
63 加速器制御装置
64 ビーム輸送系制御装置
65 照射ノズル制御装置
66 エネルギー吸収体制御装置
67 第1のビーム輸送系制御装置
68 第2のビーム輸送系制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子ビームを加速する加速器と、
加速された前記荷電粒子ビームを照射ノズルに輸送するビーム輸送系と、
照射野を形成し、前記荷電粒子ビームを照射する照射ノズルを備える粒子線治療装置であって、
前記加速器ならびに前記ビーム輸送系の制御と荷電粒子ビーム通過経路に設置したエネルギー吸収体の厚さを変更することにより前記荷電粒子ビームのエネルギーを変更させ、前記加速器のある一運転周期中において前記エネルギー吸収体の厚さを変化させることにより、前記運転周期中に複数エネルギーの荷電粒子ビームを照射ノズルから出射することを特徴とする粒子線治療装置。
【請求項2】
荷電粒子ビームを加速する加速器と、
加速された前記荷電粒子ビームを照射ノズルに輸送するビーム輸送系と、
照射野を形成し、前記荷電粒子ビームを照射する照射ノズルを備える粒子線治療装置であって、
前記加速器ならびに前記ビーム輸送系の制御と荷電粒子ビーム通過経路に設置したエネルギー吸収体の厚さを変更することにより前記荷電粒子ビームのエネルギーを変更させ、前記加速器のある一運転周期中において前記エネルギー吸収体の厚さを変化させることにより、前記運転周期中に患部を複数層照射することを特徴とする粒子線治療装置。
【請求項3】
前記荷電粒子ビームを加速する前記加速器としてシンクロトロン加速器を用いることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の粒子線治療装置。
【請求項4】
前記エネルギー吸収体は、前記加速器の粒子ビーム取り出し装置の下流側であって、前記ビーム輸送系の最上流の電磁石装置よりも上流側に設置されていることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の粒子線治療装置。
【請求項5】
前記エネルギー吸収体は、前記ビーム輸送系に設置されていることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の粒子線治療装置。
【請求項6】
前記エネルギー吸収体は、前記照射ノズル内に設置されていることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の粒子線治療装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−201099(P2010−201099A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52796(P2009−52796)
【出願日】平成21年3月6日(2009.3.6)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】