説明

精神疾患関連分子のスクリーニング方法

統合失調症などの精神疾患に関連する遺伝子をスクリーニングする方法であって、アンフェタミン、メタンフェタミン、アポモルフィン、又はコカインなどで行動感作した線虫を用いて該行動感作に関連する遺伝子をスクリーニングする工程を含む方法、及び精神疾患の予防及び/又は治療のために有用な物質のスクリーニング方法であって、アンフェタミン、メタンフェタミン、アポモルフィン、又はコカインなどで行動感作した線虫を用いて該行動感作に影響を与える物質をスクリーニングする工程を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、統合失調症などの精神疾患に関連する遺伝子をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
精神疾患の代表的疾患である統合失調症(精神分裂症と呼ばれる場合もある)の治療の問題点の1つは予後の悪さであり、疾病の潜延化と発症脆弱性の進行的な増大を伴うケースが多くの症例に認められることから(J. Abnorm. Psychol., 86, pp.103-126, 1977; Br. J. Psychiatry, 155, pp.15-21, 1989)、この疾患の原因となる遺伝子を特定して解析することは重要である。
【0003】
慢性の統合失調症患者における精神病状態再発の特徴は覚醒剤精神病においても報告されており、両疾患には多くの類似点が存在すると指摘されている(Biol. Psychiatry, 18, pp.429-440, 1983; Neuropsychopharmacology, 17, pp.205-229, 1997; Brain Res. Rev., 31, pp.371-384, 2000)。また、薬物やストレスに対して異常行動が誘発される脆弱性の進行的増大という点で両疾患には共通した特徴が認められることが報告されている(Brain Res., 514, pp.22-26, 1990; Psychopharmacology, 151, pp.99-120, 2000; Brain Res. Rev., 25, pp.192-216, 1997)。従って、これらの疾病の関連性を遺伝子レベルで解明することは両疾患の予防や治療のために重要である。
【0004】
従来、ある遺伝子が精神疾患に関連するか否かを判断するためには、例えばその特定の遺伝子を新たに導入したトランスジェニックマウスやその遺伝子の機能を停止させたノックアウトマウスなどの実験動物が用いられている。この実験動物にアポモルフィンやアンフェタミン類などのドーパミン作働薬を投与し、該動物の行動、例えば歩行運動(ロコモーション)を観察して線を横切った回数の変化等を確認することにより、その遺伝子がドーパミン作動薬により影響を受けるか否かを判断する手法が採用されている。
【0005】
しかしながら、トランスジェニックマウスやノックアウトマウスの作製には多大な時間と労力を必要とするという問題がある。このため、ある遺伝子が精神疾患に関連するか否かを簡便かつ安価に評価する方法の開発が求められてきた。
【0006】
例えば、このような精神疾患の解析に用いられるツールとしての実験動物に関して、中枢刺激薬又は他のドーパミンアゴニストを投与することにより行動感作した実験動物が統合失調症、覚醒剤精神病、又は薬物依存症等の精神疾患治療薬のスクリーニングや疾患関連遺伝子の解析に有用であることが報告されている(特願2002-232448号明細書)。また、覚醒剤やコカインなどの中枢刺激薬、又は他のドーパミンアゴニストによる行動感作現象がげっ歯類において詳細に解析されている(Brain Res., 514, pp.22-26, 1990; Psychopharmacology, 151, pp.99-120, 2000; Brain Res. Rev., 25, pp.192-216, 1997)。さらに、遺伝学的な解析に優れたDrosophillaにおいてもコカイン行動感作が報告されている(Science, 285, pp.1066-1068, 1999; Curr. Biol., 9, pp.R770-R772, 1999)。 もっとも、これらの方法は非常に手間と費用がかかるという問題を有しており、遺伝子の解析のための効率的かつ安価な方法の開発が求められていた。
【0007】
一方、線虫(Caenorhabditis elegans)は1000個ほどの細胞からなる体長約1ミリの土の中にすむ小さな多細胞生物である。寿命が最大でも約22日と短く,寿命を調べる実験に適している。下等な生物であるが,神経,筋肉,生殖器官,消化管などの体の基本構造は,ヒトなどの高等生物とよく似ている。また、線虫のゲノムプロジェクトも1998年に完了し、約19000個の遺伝子を有することが推定されている。
【0008】
線虫は神経伝達物質としてドーパミン(DA)を利用しており、哺乳動物におけるD1及びD2と類似のDA受容体(Neurosci. Lett., 319, pp.13-16, 2002; J. Neurochem., 86, pp.869-878, 2003)及びDAトランスポータ(DAT)(Mol. Pharmacol., 54, pp.601-609, 1998; Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 99, pp.3264-3269, 2002; Annu. Rev. Pharmacol. Toxicol., 43, pp.521-544, 2003)を有することが知られている。中枢刺激薬であるコカイン及びアンフェタミン類の主たる作用点がDATであることから、これらの薬物は線虫に対してもDA神経系を介して影響を及ぼすことが推測される。また、線虫においては各種の連合学習が成立し、神経可塑性メカニズムの多くは哺乳動物と共通すると考えられている(Behav. Brain. Res., 37, pp.89-92, 1990; J. Neurobiol., 54, pp.203-223, 2003)。従って、線虫において中枢刺激薬又は他のドーパミンアゴニストによる行動感作が成立するならば、それは遺伝子発現の変化やシナプスの形態変化を伴う神経可塑性メカニズムに立脚した現象であろうことが指摘されている(J. Neurosci., 17, pp.8491-8497, 1997; Eur. J. Neurosci., 11, pp.1598-1604, 1999; Nat. Neurosci., 4, pp.1217-1223, 2001; J. Neurochem., 85, pp.14-22, 2003)。
【0009】
さらに、線虫を用いると、効率的に特定の遺伝子の欠損変異体を分離することが可能である。また、レーザーにより特定の神経細胞を破壊し、着目する現象にその神経細胞がどのように関与するかを解析することも可能である。近年では従来困難であった電気生理学的解析を線虫の小さな神経細胞を用いて行なうことができるようになっており、線虫を用いた遺伝子の発現を抑制するRNA干渉法(RNAi、以下、「RNAi」と略記する場合がある。)が1998年に報告されている(Nature, 391(6669), pp.806-11, 1998)。このように、線虫を用いて遺伝子の解析を簡便かつ安価に行なう方法が知られている。
しかしながら、線虫による遺伝子解析は主として発生に関連する遺伝子の解析に用いられており、従来、線虫を精神疾患に関連する遺伝子の解析に用いることを示唆ないし教示した報告はない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、統合失調症などの精神疾患に関連する遺伝子を効率的かつ安価にスクリーニングする方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を行なった結果、線虫に対して中枢刺激薬又は他のドーパミンアゴニストによる行動感作を行うことができることを初めて見出した。また、この行動感作した線虫を用いて、統合失調症などの精神疾患に関連する遺伝子をスクリーニングすることができ、さらに精神疾患の予防及び/又は治療に有用な物質をスクリーニングできることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成された。
【0012】
すなわち、本発明により、精神疾患に関連する遺伝子をスクリーニングする方法であって、行動感作した線虫を用いて該行動感作に関連する遺伝子をスクリーニングする工程を含む方法が提供される。
本発明の好ましい態様によれば、精神疾患が統合失調症である上記のスクリーニング方法;中枢刺激薬又は他のドーパミンアゴニストで行動感作した線虫を用いる上記のスクリーニング方法;覚醒剤、アポモルフィン、又は麻薬性鎮痛剤のいずれかで行動感作した線虫を用いる上記のスクリーニング方法;及び、アンフェタミン、メタンフェタミン、アポモルフィン、又はコカインのいずれかで行動感作した線虫を用いる上記のスクリーニング方法が提供される。
【0013】
また、別の観点からは、本発明により、精神疾患の予防及び/又は治療のために有用な物質のスクリーニング方法であって、行動感作した線虫を用いて該行動感作に影響を与える物質をスクリーニングする工程を含む方法が提供される。
上記の発明の好ましい態様によれば、精神疾患が統合失調症である上記のスクリーニング方法;中枢刺激薬又は他のドーパミンアゴニストで行動感作した線虫を用いる上記のスクリーニング方法;覚醒剤、アポモルフィン、又は麻薬性鎮痛剤のいずれかで行動感作した線虫を用いる上記のスクリーニング方法;及び、アンフェタミン、メタンフェタミン、アポモルフィン、又はコカインのいずれかで行動感作した線虫を用いる上記のスクリーニング方法が提供される。また、上記のスクリーニング方法でスクリーニングされた物質を有効成分として含み、精神疾患の予防及び/又は治療のために用いる医薬が本発明により提供される。
【0014】
さらに別の観点からは、精神疾患に関連する遺伝子又は精神疾患の予防及び/又は治療に有用な物質をスクリーニングするために用いる行動感作した線虫が提供される。
この発明の好ましい態様によれば、精神疾患が統合失調症である上記の線虫;中枢刺激薬又は他のドーパミンアゴニストで行動感作した上記の線虫;覚醒剤、アポモルフィン、又は麻薬性鎮痛剤のいずれかで行動感作した上記の線虫;及び、アンフェタミン、メタンフェタミン、アポモルフィン、又はコカインのいずれかで行動感作した上記の線虫が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、統合失調症などの精神疾患に関連する遺伝子を効率的かつ安価にスクリーニングする方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、メタンフェタミン(methanphetamine:以下「MAP」と略記する場合がある。)に対する線虫のslowing responseと行動感作の成立を示した図である。アッセイプレート中のMAPは濃度依存的に線虫のlocomotionを抑制した。*p<0.05, **p<0.01 vs vehicle (Dunnett test, n=16)。
【図2】図2は、MAPに対する線虫のslowing responseと行動感作の成立を示した図である。前日にMAPを経験した線虫では翌日に処理されたMAPに対する感受性の亢進が認められた。††p<0.001 vs vehicle-vehicle, ‡‡p<0.001 vs MAP-vehicle (Dunnett test, n=16-32)。**p<0.0001 vs each vehicle-pretreated control (t-test, n=32)。
【図3】図3は、MAPに対する線虫のslowing responseと行動感作の成立を示した図である。行動感作の成立は前処理されるMAPの濃度に依存していた。**p<0.01 vs vehicle (0 mM) (Dunnett test, n=16)。
【図4】図4は、線虫におけるMAP行動感作の長期持続性を示した図である。MAP休薬期間、すなわち前処理からチャレンジまでの時間が行動感作に及ぼす影響を解析した。**p<0.01 vs each vehicle control (t-test, n=16)。
【図5】図5は、行動感作の交叉性を示した図である。APOは濃度依存的にslowing responseを誘導した。*p<0.05, **p<0.01 vs vehicle (Dunnett test, n=16)。
【図6】図6は、行動感作の交叉性を示した図である。MAP前処理はAPOに対する感受性を亢進させ、低濃度でもslowing responseを誘導した。**p<0.01 (t-test, n=16)。
【図7】図7は、行動感作の特異性を示した図である。IMIは濃度依存的にegg laying behaviorを亢進させた。数値は4匹/plateごとに数えた卵の数を示す。
【図8】図8は、行動感作の特異性を示した図である。MAP前処理はIMI誘発egg-laying behaviorに影響を与えなかった。
【図9】図9は、オンダンセトロン処理による線虫のMAP行動感作の成立が抑制されることを示した図である。**p<0.0001 vs vehicle-vehicle (t-test, n=14, 15)、†p<0.05 vs MAP-vehicle (Dunnett test, n=13-16)。図中、OND (1)は オンダンセトロン 1μM処理; OND (2)は オンダンセトロン 10μM処理の結果を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
分子神経生物学実験動物として傑出した特徴を有する線虫において、中枢刺激薬又は他のドーパミンアゴニストなどを投与することにより統合失調症などの精神疾患の特徴である行動感作が生じる。本発明のスクリーニング方法は、精神疾患に関連する遺伝子のスクリーニング方法又は精神疾患の予防及び/又は治療に有用な物質のスクリーニング方法であって、上記のようにして行動感作を生じさせた線虫を用いることを特徴としている。
【0018】
線虫(C. elegans)については、日本線虫学会(The Japanese Nematological Society)から各種の情報が提供されている。また、線虫を用いた実験方法については、「The Nematode Caenorhabditis elegans」(W. B. Wood著、Cold Spring Harbor Laboratory Press出版)を参照することにより、線虫の形態観察方法及び培養方法などについて詳細な情報が入手できる。従って、当業者は線虫を容易に入手して本発明の方法に利用することが可能である。
【0019】
線虫の行動感作の対象となる行動は特に限定されず、例えば線虫の歩行運動(ロコモーション)などを例示することができるが、これに限定されるものではなく、例えば咽頭のポンピング活動等、顕微鏡などにより確認できるものであればいかなるものであってもよい。
【0020】
線虫の行動感作に用いる薬剤の種類は特に限定されないが、例えば、中枢刺激薬又は他のドーパミンアゴニストで行動感作することができる。より具体的には、覚醒剤、アポモルフィン、又は麻薬性鎮痛剤のいずれかで行動感作した線虫を用いることが好ましく、特に好ましくは、アンフェタミン、メタンフェタミン、アポモルフィン、又はコカインのいずれかで行動感作した線虫を用いることができる。もっとも、行動感作に用いる薬剤はこれらに限定されることはない。
【0021】
本発明のスクリーニング方法では、例えば、ある特定の遺伝子の発現を抑制する方法、例えばRNAiなどの手段により、当該遺伝子の発現を抑制した線虫を構築しておき、この線虫に精神疾患の特徴である行動感作を惹起する薬剤を投与し、その後、休薬期間を置いた後の同薬剤によるストレス負荷に対して行動感作の成立が生ずるか否かによって、当該遺伝子が精神疾患の特徴である行動感作の成立に関与しているかを判断できる。特定の遺伝子の発現を抑制した線虫の構築方法については、例えば、「The Nematode Caenorhabditis elegans」(W. B. Wood著、Cold Spring Harbor Laboratory Press出版)を参照することができる。行動感作が成立しない場合は、当該遺伝子は精神疾患に関与する遺伝子であると判断できる。この場合には、当該遺伝子の発現を抑制する物質は精神疾患の予防及び/又は治療のための医薬の有効成分として有用である。行動感作が促進した場合は、当該遺伝子は精神疾患の発症抑制に関与する遺伝子であると判断できる。この場合には、当該遺伝子の発現を増加する化合物は精神疾患治療薬として有用である。
【0022】
本発明により、統合失調症、躁うつ病、又は薬物依存症などの精神疾患における発症脆弱性に関連した治療ターゲット遺伝子をスクリーニングする方法としては、典型的には、例えば以下の2つの方法を採用することができる。
(1)forward geneticsによるスクリーニング
C. elegansのゲノムに既報の方法(Dev. Biol., 221, pp.295-307, 2000)を適用し、ランダムに変異を導入することが可能である。変異体におけるMAP行動感作を野生型と比較解析することによって、MAP行動感作に関与する遺伝子に変異を持つ個体を見出すことが可能である。見出された変異体において変異が導入された遺伝子は既報(Dev Biol., 221, pp.295-307, 2000)に従って同定することが可能である。
(2) reverse geneticsによるスクリーニング
既報の方法によって、一定レベルの欠失をC. elegansのゲノム全体に渡って導入したノックアウト・ライブラリーを作製し、そのライブラリーから特定遺伝子に欠失が生じた変異体をPCR法によってスクリーニングすることが可能である(Nat. Genet., 17, pp.119-121, 1997)。単離、同定した特定遺伝子をノックアウトした動物を用いてMAP行動感作を解析し、野生型との比較によって行動感作に関与する遺伝子を特定することが可能である。
【0023】
また、別の態様のスクリーニング方法では、典型的には、少なくとも(1)試験遺伝子を線虫に導入する工程、及び(2)その後の当該線虫に対する薬物投与やストレスによる当該線虫の行動変化を測定する工程を含む。遺伝子を発現可能な状態で線虫に導入する方法については、例えば、「The Nematode Caenorhabditis elegans」(W. B. Wood著、Cold Spring Harbor Laboratory Press出版)を参照することができる。行動感作が成立しない場合は、当該遺伝子は精神疾患の発症抑制に関与する遺伝子であると判断できる。この場合には、当該遺伝子の発現を促進する物質は精神疾患の予防及び/又は治療のための医薬の有効成分として有用である。行動感作が促進した場合は、当該遺伝子は精神疾患の発症に関与する遺伝子であると判断できる。この場合には、当該遺伝子の発現を抑制する化合物は精神疾患治療薬として有用である。遺伝子としては、新規又は既知の任意の遺伝子を用いることが可能である。
【0024】
さらに、本発明のスクリーニング方法では、線虫に精神疾患の特徴である行動感作を惹起する薬剤を投与しておき、その後、該薬剤の投与を休止して、被験物質の投与を行い、その後のストレス負荷、例えばアンフェタミン類などの投与により行動感作の成立が抑制されるか否かを観察する。これにより、該被験物質が、精神疾患の予防及び/又は治療のための医薬の有効成分として有用であるか否か、すなわち精神疾患の特徴である行動感作の進行を制御する薬理効果を有しているか否かを判断することができる。被検物質の種類は特に限定されず、低分子化合物や天然物などのほか、抗体、アンチセンス核酸、RNAi等であってもよい。
【実施例】
【0025】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1:線虫のlocomotionに対するメタンフェタミンの効果と行動感作
(実験方法)
線虫飼育:20℃インキュベータにおいて、60 mmのNGMプレート(Genetics, 77, pp.71-94, 1974)上にE. coli OP50を塗布したローン上にて実施した。
薬剤処理および行動観察:MAP塩酸塩を滅菌した純水に100倍濃度で溶解し、50μLを35 mm NGMプレート(5 mL)に塗布した。コントロール群では溶媒に用いた滅菌水を同様に塗布してアッセイプレートを作製した。アポモルフィン(apomorphine: 以下「APO」と略記する場合がある。) は0.1% アスコルビン酸水溶液を溶媒として同様に100倍濃度溶液を塗布してアッセイプレートとし、コントロール群では0.1% アスコルビン酸水溶液を用いた。各アッセイプレートの外周部分には3.5 mol/Lのシュクロース溶液を塗布することによって線虫がプレートの裏側へ侵入することを防いだ。E. coliローン上で飼育したadultステージの線虫をS-basal buffer(Genetics, 77, pp.71-94, 1974)で洗浄した後に、上記の各アッセイプレート上へ移し、MAP処理では1時間、APO処理では30分間室温で遮光して放置した後、20秒間のbend数を実体顕微鏡を用いて観察することによってカウントした。行動感作解析ではMAP含有NGMプレートで1時間処理した線虫をE. coliローンへ戻し、一定時間20℃で飼育を行った後に再度各種薬剤処理を施し、行動観察を行った。
イミプラミン処理: イミプラミン(imipramine:以下「IMI」と略記する場合がある。)をMAPと同様に塗布して作製した35 mmアッセイプレート上にS-basal bufferで洗浄した線虫を移し、90分間に産み付けられた卵の数を数えた。プレートには5匹ずつの線虫を移し、数値はプレート毎に算出した。
【0026】
(実験1)
DAシグナルは重要な環境情報の1つとしてエサであるバクテリア(大腸菌)の存在の有無をリアルタイムに認識する上で主要な役割を果たすことが知られている。すなわち、エサのないプレートにおけるlocomotionはエサがある状態よりも抑制され、その環境により長く留まるような行動を取るが、このslowing responseはDA神経系によって制御されている(Neuron, 26, pp.619-631, 2000; J. Neurosci., 21, pp.5871-5884, 2001)。哺乳動物においてMAPはプレシナプスのDATに作用してシナプス間隙のDA濃度を上昇させ、間接的なDAアゴニストとして機能することから(Eur. J. Pharmacol., 361, pp.269-275, 1998)、線虫においてslowing responseを誘導することが推定された。
【0027】
図1に示すように、エサのないプレート上に塗布されたMAPは濃度依存的にlocomotionを抑制し、エサの存在をミミックしたslowing responseを誘導していた。さらにこのMAP-induced slowing responseについて、MAP経験の有無の影響を解析した結果、前日に300μmol/LのMAPを経験することによって感受性が増大し、行動感作が成立することが明らかとなった(図2)。このslowing responseを指標としたMAP誘導行動感作の成立は前日に経験するMAPの濃度に依存しており、行動感作が統計上有意に成立するには一定濃度以上のMAPで前処理することが必要であった(図3)。
上記の結果から、線虫にも哺乳動物と共通した特徴を有するMAP行動感作が成立することが初めて確認された。すなわち、MAPを前もって経験することによって、後に処理されるMAP又は他のDAアゴニストに対する感受性が長期持続的に亢進することが明らかとなった。
【0028】
例2:線虫におけるメタンフェタミン行動感作の特徴
哺乳動物において、中枢刺激薬による行動感作はシナプスの形態変化を伴う長期持続的な現象であることが知られている(J. Neurosci., 17, pp.8491-8497, 1997; Eur. J. Neurosci., 11, pp.1598-1604, 1999; Nat. Neurosci., 4, pp.1217-1223, 2001; J. Neurochem., 85, pp.14-22, 2003)。本研究の実験条件下において、線虫のMAP誘導行動感作は少なくとも2日間は持続する現象であることが確認された(図4)。線虫の世代交代期間が2日程度であることから(Curr. Biol., 4, pp.151-153, 1994)、本研究によって見出された線虫におけるMAP誘導行動感作は線虫にとって極めて長期間に渡って持続する、半永続的な神経機能変化であると考えられる。
【0029】
行動感作のもう1つの特徴は、作用点や作用様式が異なる薬物間で交叉が認められることである。そこで、プレシナプスにおいてDATに作用する間接DAアゴニストであるMAPの前処理がポストシナプスでDA受容体に作用する直接DAアゴニストであるAPOの感受性に及ぼす影響を解析した。APO急性処理はMAP同様にlocomotionを濃度依存的に抑制し、slowing responseを誘導した(図5)。さらに、MAP前処理によってこのAPO誘導slowing responseは増強されており、行動感作の交叉が認められた(図6)。
【0030】
観察されたMAP-APO交叉行動感作がプレートに塗布された薬物の吸収システムの変化など、非特異的なメカニズムに依存する可能性を検討するため、主としてセロトニン系を介してegg laysing behaviorに影響を及ぼすIMIに対する感受性がMAP前処理の影響を受けるか否かに関して解析した。まず、NGMプレート上に塗布されたIMIはこれまでの報告同様に濃度依存的にegg layingを促進していることが確認された(J. Neurosci., 15, pp.6975-685, 1995)(図7)。次に、このIMIの効果に対するMAP前処理の影響を調べた結果、前日のMAP処理はIMIによるegg-laying behaviorに何ら影響を与えていなかった(図8)。従って、MAP行動感作のAPOとの交叉性には一定の特異性があることが確認された。
本実験により、間接および直接DAアゴニストの間での交叉性や長期持続性は哺乳動物の場合と同様に本現象が神経可塑性の一側面であることが示唆しており、そのメカニズムの少なくとも一部は哺乳動物と共通することが推測された。
【0031】
例3:線虫行動感作の成立を阻害する化学物質のスクリーニング
(実験方法)
線虫飼育:インキュベータ内を20℃に保温し、60 mmのNGMプレート(Genetics, 77, pp.71-94, 1974)上にE. coli OP50株を塗布して作製した大腸菌ローン上にて実施した。
薬剤処理および行動観察:MAP塩酸塩を純水に溶解して30mMとした溶液を作製し、50μLを35 mm のNGMプレート(5 mL)に塗布して300μMのMAPプレートを作製した。このMAPプレートに100 mMのNaCl又は0.1Nの塩酸に溶解した後にpHをNaOHによって中性に調整したオンダンセトロン溶液(0.1 又は1 mM)をそれぞれ50μLさらに塗布することでアッセイプレートを完成した。大腸菌ローン上で飼育した線虫(成虫)をS-basal buffer(Genetics, 77, pp.71-94, 1974)を用いて短時間で洗浄した後、上記の各アッセイプレート上において遮光条件下、20℃で1時間インキュベートした。この際、アッセイプレート周辺部に3.5 Mのシュクロース溶液を塗布することで線虫がアッセイプレートの裏側に侵入するのを防止した。1時間のインキュベート終了後、100mM NaClまたは中性オンダンセトロン溶液(0.1 または 1 mM)を50μL塗布した35 mm のNGMプレート(5 mL)上に大腸菌ローンを作製したプレートに各線虫を移し、遮光条件下、20℃で一晩保温した。翌日、線虫をS-basal bufferを用いて短時間で洗浄した後、10μMのMAP溶液50μLを35 mm のNGMプレート(5 mL)に塗布して作製したMAPチャレンジプレート上に移し、20秒間のbody bend数を実体顕微鏡下で観察した。
【0032】
(結果)
制吐剤として汎用されるオンダンセトロンはパーキンソン病においてドーパミン補充療法中に出現する精神病状態(幻覚、妄想の惹起)に対する治療効果を持つこと (Neurology, 45, pp.1305-1308, 1995; Scand. J. Rheumatol. Suppl., 113, pp.37-45, 2000)、及びアルコール中毒の初期治療に有効であること(Psychopharmacology, 149, pp.327-344, 2000)などの中枢薬理作用が報告されているが、その詳細な作用機序は不明である。図9に示すように、線虫のMAP行動感作成立に対してオンダンセトロンは拮抗作用を示しており、特願2002-232448号明細書に記載したラットを用いた評価系と一致している。従って、本法を用いることにより、ラットでは1ヶ月を要した化合物のスクリーニングが僅か2日間で終了することとなり、本発明の方法の高い有用性が示された。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明により、統合失調症などの精神疾患に関連する遺伝子を効率的かつ安価にスクリーニングする方法が提供される。また、本発明により、精神疾患に関連する遺伝子又は精神疾患の予防及び/又は治療に有用な物質をスクリーニングする方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
精神疾患に関連する遺伝子をスクリーニングする方法であって、行動感作した線虫を用いて該行動感作に関連する遺伝子をスクリーニングする工程を含む方法。
【請求項2】
精神疾患の予防及び/又は治療のために有用な物質のスクリーニング方法であって、行動感作した線虫を用いて該行動感作に影響を与える物質をスクリーニングする工程を含む方法。
【請求項3】
精神疾患が統合失調症である請求の範囲第1項又は第2項に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
中枢刺激薬又は他のドーパミンアゴニストで行動感作した線虫を用いる請求の範囲第1項ないし第3項のいずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
覚醒剤、アポモルフィン、又は麻薬性鎮痛剤のいずれかで行動感作した線虫を用いる請求の範囲第4項に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
アンフェタミン、メタンフェタミン、アポモルフィン、又はコカインのいずれかで行動感作した線虫を用いる請求の範囲第5項に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
精神疾患に関連する遺伝子又は精神疾患の予防及び/又は治療に有用な物質をスクリーニングするために用いるための行動感作した線虫。
【請求項8】
精神疾患が統合失調症である請求の範囲第7項に記載の線虫。
【請求項9】
中枢刺激薬又は他のドーパミンアゴニストで行動感作した請求の範囲第7項又は第8項に記載の線虫。
【請求項10】
覚醒剤、アポモルフィン、又は麻薬性鎮痛剤のいずれかで行動感作した請求の範囲第9項に記載の線虫。
【請求項11】
アンフェタミン、メタンフェタミン、アポモルフィン、又はコカインのいずれかで行動感作した請求の範囲第10項に記載の線虫。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【国際公開番号】WO2005/066357
【国際公開日】平成17年7月21日(2005.7.21)
【発行日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516866(P2005−516866)
【国際出願番号】PCT/JP2005/000009
【国際出願日】平成17年1月5日(2005.1.5)
【出願人】(000006725)三菱ウェルファーマ株式会社 (92)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】