説明

糖タンパク質からの糖鎖の調製方法

【課題】 天然型の糖鎖を、安価・安定・大量に市場に対し供給できる糖タンパク質からの糖鎖の調製方法を実現する。
【解決手段】 糖鎖を結合して含む化合物を有する試料を乾燥する。乾燥した試料を、ヒドラジン一水和物と混合して試料溶液を調製する。上記試料溶液を加熱して、上記糖鎖を上記化合物から遊離させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖鎖を安価に調製できて、安定に供給できる糖タンパク質からの糖鎖の調製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、糖鎖の生理活性が世界中から注目され、糖鎖合成関連遺伝子のクローニング、糖鎖認識タンパク質の精製、糖鎖構造解析等の研究が世界中で進められている。糖鎖とは、タンパク質や脂質に結合した単糖のオリゴマーであり、細胞表面に存在し、タンパク質、脂質の機能を制御するものである。そのような糖鎖は、細胞の変化(分化、老化)や、変異(ガン化)に関係しており、また、ウイルスの感染にも関与している。
【0003】
以下に、糖鎖の大量供給の重要性について説明する。例えば、ガン細胞に特異的に発現している糖鎖や、ウイルス感染に関与していると考えられる糖鎖が、数種類から数十種類検出された場合があったとする。その場合、それら全ての化学構造が決定され、それぞれの糖鎖の生理活性に関する測定を行う必要がある。
【0004】
しかしながら、このような生理活性の測定には、測定する糖鎖の量が、ある程度まで必要である。ところが、生体内にて機能を有する糖鎖(機能糖鎖)は、発現量が微量であり、かつ、その化学構造に多様性がある。これらのことから、候補の糖鎖物質を検出できても、それにどのような意味があるのか、どのような生理活性を備えているのかについて調べることはほぼ不可能であった。
【0005】
もし、そのような糖鎖を標準品として大量供給できれば、検出された糖鎖の生理活性を測定できるので、例えば、ガンやウイルス病の治療に有用な生理活性を発現する糖鎖の化学構造を調べることが可能となる。その結果、そのような化学構造に基づくリード化合物を合成(大量合成)できて、上記治療に用いるドラッグデザインが可能となり、医療の発展に寄与できる。
【0006】
卵のような生体資材から天然型糖鎖を調製する調製方法では、まず、糖タンパク質の含量を増加させた試料を調製し、その試料から天然型糖鎖を切り出して(遊離させて)入手する方法が挙げられる。
【0007】
試料の上記調製方法は、生体資材を緩衝液(リン酸緩衝液、または生理食塩水(PBS))中でホモジナイズし、30分から1時間遠心分離後、上清を1日から3日間透析などにより脱塩する。続いて、イオン交換樹脂やゲルろ過クロマトグラフィーにより、糖タンパク質の含量を増加させた試料を調製している。
【0008】
一方、前記天然型糖鎖を切り出して入手する方法として、従来、ヒドラジン分解法と、酵素分解法とが知られている(非特許文献1)。
【0009】
酵素分解法は、対応する糖鎖を切り出せる酵素(N-glycanase, glycoamidase)を用いる方法である。酵素分解法は、基質特異性があるため、副反応がなく高収率で、安全性が高いものである。
【0010】
しかし、酵素分解法は、非定量的であり、対応する酵素を個々に調製する必要があるので高コストである。
【0011】
一方、ヒドラジン分解法は、化学的切り出し法であるので、反応が定量的で、酵素分解法と比べると比較的安価である。よって、糖鎖を大量に調製するには、ヒドラジン分解法が有効である。ただし、無水ヒドラジンは、5mlが3000円程度と、試薬としては比較的高価である。
【0012】
ヒドラジン分解法とは、試料(糖タンパク質含有)を凍結乾燥などにより十分に乾燥させ、無水ヒドラジンと混合し、試料を無水ヒドラジン中に完全に溶かす。この試料溶液を、100℃で10時間加熱して、糖タンパク質から糖鎖を遊離させる。その後、上記試料溶液中の無水ヒドラジンを減圧留去する。続いて、上記糖鎖における、ヒドラジン分解によって脱離したアセチル基を有していた部位に対し再アセチル化を行う。再アセチル化には、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液と無水酢酸とを用いる。このようにして、ヒドラジン分解法は、糖タンパク質から糖鎖を切り出す反応である。このヒドラジン分解法では、試料溶液中の水分の量を可能な限り少なくしておくことが好ましい。
【非特許文献1】「糖鎖の多様な世界」の9〜12頁、編者:木幡陽、箱守仙一郎、永井克孝、発行所:株式会社講談社、発行日:1993年10月10日)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、従来では、上記のような研究の基礎的存在である、生物に実際に発現している糖タンパク質などの糖鎖(天然型糖鎖)の安定供給法については確立されていないという課題を生じている。
【0014】
すなわち、生体資材から従来のヒドラジン分解法を用いて糖鎖を大量に調製する方法は、コストが大きくかかり、かつ無水ヒドラジンの取り扱いに危険性がある。つまり、従来のヒドラジン分解法に用いる無水ヒドラジンは、反応性が高く、取り扱いを間違えれば爆発する試薬である。よって、上記ヒドラジン分解法での反応操作は、危険性が大きい。
【0015】
また、無水ヒドラジンは、安定供給に不安がある。すなわち、無水ヒドラジンは、ロケット燃料にも使用されるので、昨今の諸問題(イラク戦争や、テロ)により輸入禁止となる場合(実際にアメリカのニューヨークでの9.11事件の後、輸入禁止となり、無水ヒドラジン不足に陥った)があり、安定した供給には不安がある。また、無水ヒドラジンは、5mlが3000円程度と、試薬としては比較的高価なものである。
【0016】
よって、従来のヒドラジン分解法を用いた糖タンパク質からの糖鎖の調製方法では、糖鎖を、安価に大量に安定供給できないという課題を生じている。
【0017】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、糖鎖を安価に安全に安定に供給できる、糖タンパク質からの糖鎖の調製方法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明に係る糖タンパク質からの糖鎖の調製方法は、上記課題を解決するために、糖鎖を結合して含む糖タンパク質を有する試料を乾燥し、乾燥した試料を、ヒドラジン一水和物と混合して試料溶液を調製し、上記試料溶液を加熱して、上記糖鎖を上記化合物から遊離させることを特徴としている。
【0019】
上記方法によれば、従来の無水ヒドラジンと比べて、反応操作において危険性が小さく、かつ、安価なヒドラジン一水和物を用いて、試料中の化合物から糖鎖を遊離できるので、従来の無水ヒドラジンを用いる場合と比べて、反応操作において爆発などの危険性を低減できると共に、糖鎖の調製を低コスト化できる
上記調製方法においては、生体資材から、水相と有機相との二相に分離する試料抽出溶媒系を用いて前記化合物の抽出操作を行い、上記水相と有機相との間の界面層より前記試料を調製することが好ましい。上記試料抽出溶媒系としては、メタノール・クロロホルム系有機溶媒が望ましい。
【0020】
上記方法によれば、生体資材から、水相と有機相との二相に分離する試料抽出溶媒系を用い、上記水相と有機相との間の界面層より試料を調製するので、上記試料中における糖鎖を結合して含む化合物の含量を大きくできる。
【0021】
また、上記方法は、試料抽出溶媒系を用いたので、従来の時間を必要とする脱塩処理を省くことができて、上記試料の調製を迅速化できる。
【0022】
これにより、上記方法は、上記試料中の不純物量を低減できると共に上記調製を迅速化できるから、ヒドラジン一水和物を用いる上記試料の化合物から糖鎖を遊離させることを効率化できる。
【0023】
上記方法は、特に、試料抽出溶媒系に、メタノール・クロロホルム系有機溶媒を用いることにより、糖鎖が結合した化合物を、より多く含む試料を調製できる。これにより、上記方法は、上記試料から糖鎖を、より効率的に調製できる。
【0024】
上記調製方法においては、前記ヒドラジン一水和物を用いて上記糖鎖を上記化合物から遊離させる前の段階において、上記糖タンパク質をプロテアーゼにより低分子化することが好ましい。
【0025】
上記方法によれば、糖タンパク質をプロテアーゼにより低分子化することにより、不要なアミノ酸やペプチドを遊離させて除去できるので、糖鎖が結合した化合物の含量を大きくできる。これにより、上記方法は、糖鎖をより効率的に調製できる。
【0026】
上記調製方法では、遊離させた糖鎖を蛍光標識化し、蛍光標識化された糖鎖を含む糖鎖試料を、水相と有機相との二相に分離する糖鎖抽出溶媒系にて精製し、上記水相に含まれる蛍光標識化された糖鎖を分取するようにしてもよい。上記糖鎖抽出溶媒系としては、フェノール・クロロホルム系有機溶媒が望ましい。
【0027】
また、上記方法によれば、試料抽出溶媒系を用いて、その界面層により精製された試料を得、糖鎖抽出溶媒系を用いて、その水相により精製された蛍光標識化された糖鎖を得る。このとき、糖鎖抽出溶媒系と、試料抽出溶媒系との双方が、クロロホルムを含むようにできるので、上記の各精製時に、それぞれ異なる不純物を除去でき、上記調製を効率化できる。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係る糖タンパク質からの糖鎖の調製方法は、以上のように、試料を、ヒドラジン一水和物と混合して試料溶液を調製し、上記試料溶液を加熱して、上記糖鎖を上記化合物から遊離させる方法である。
【0029】
それゆえ、上記方法は、ヒドラジン一水和物を用いて、試料から糖鎖を遊離できるので、従来の無水ヒドラジンを用いる場合と比べて、反応操作において爆発などの危険性を低減できると共に、糖鎖の調製を低コスト化できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明に係る糖タンパク質からの糖鎖の調製方法の一実施形態について説明すると以下の通りである。すなわち、糖タンパク質からの糖鎖の調製方法では、糖鎖を調製するための生物資材として、例えばニワトリの卵を用いる。ニワトリの卵を30個用い、それらの卵白と卵黄とを分離した。ニワトリの卵30個分の卵黄を含む溶液に対して、等容量(V/V)のメタノール・クロロホルム系有機溶媒(メタノール:クロロホルム=1:1)を混合し、ホモジナイズする。
【0031】
続いて、このホモジナイズされた混合液を、1000G(Gは重力加速度)、10分間、遠心分離する。その後、上記混合液における、水相と有機相との界面に形成された界面層を取り出す。次に、取り出された界面層部に対し、等重量(W/W)のアセトンを加えて混合し、そのアセトン混合液を1000G、10分間、遠心分離する。遠心後のアセトン混合液から、沈殿物を取り出して得る。この沈殿物を30分間以上、減圧条件下、60℃にて乾燥することにより、上記糖タンパク質を多く含有する試料を調製する。
【0032】
上記卵黄の溶液中の水と、メタノール・クロロホルム系有機溶媒とにより試料抽出溶媒系が形成されている。上記溶液には、上記抽出工程を円滑化するために、必要に応じて水をさらに添加してもよい。
【0033】
上記抽出工程に用いる有機溶媒としては、メタノール:クロロホルム=1:1以外に、分取対象となる糖タンパク質や糖ペプチドの極性に応じて、メタノール:クロロホルム=2:1からメタノール:クロロホルム=1:2までの範囲内にて変化させてもよく、さらに他に、水飽和フェノール・クロロホルム系(2:1から1:2までの範囲内)の有機溶媒が挙げられる。なお、上記では、クロロホルムを用いたが、常温で液体の塩素含有炭化水素であれば用いることができ、上記クロロホルムに代えて、例えば、ジクロロメタンや、ジクロロエタンを用いることができる。
【0034】
なお、上記試料を、各種プロテアーゼにより、上記卵黄中の糖タンパク質(糖鎖を結合して含む化合物)を低分子化してもよい。
【0035】
続いて、上記試料の粉末50mg〜100mgを採取し、上記試料の量に応じた容量で、十分に乾燥させたスクリューキャップ付きの試験管(例えば内径15mm×長さ150mm)内に入れる。その試験管内に対しヒドラジン一水和物(H2NNH2・H2O)を、5ml加える。
【0036】
試験管のスクリューキャップをしっかりと締める。ボルテックスミキサ(登録商標)などの撹拌手段も用いて、試験管内の試料の粉末をヒドラジン一水和物の液中に完全に溶解させる。このとき、試験管内の試料をヒドラジン一水和物の液中に完全に溶解した試料溶液とするために、上記試験管を撹拌しながら温水浴して加温してもよい。
【0037】
その後、スクリューキャップのキャップ部分と試験管の本体とを、上記両者の境界線上にてナイロンテープ等の可撓性および密着性を備えたテープ等でテーピングすることで、試験管内を完全に密閉状態とする。
【0038】
なお、ヒドラジン一水和物に代えて、従来のように無水ヒドラジンを用いた場合、無水ヒドラジンは反応性(腐食性)が高いので、スクリューキャップにテフロン(登録商標)などのフッ素樹脂製シールをさらに設ける必要がある。もし、フッ素樹脂製シールが付いてないと、スクリューキャップに穴が開く。また、試験管の密閉性が悪くなると、試験管内の無水ヒドラジンが、よりガス状となるので、爆発の原因となる。
【0039】
次に、上記密閉状態となった試験管内の試料溶液を、90℃で10時間反応させて、糖タンパク質や糖ペプチドに結合していた糖鎖を遊離させる。反応後、試験管を、室温にて静置して、試験管の温度が室温となるまで低下させる。続いて、上記試験管から、テーピングを取り除き、キャップを開ける。その後、−70℃の冷却トラップ付きの真空ポンプを用い、試験管内の揮発性を有するヒドラジン一水和物を減圧下にて上記試験管内から留去する。
【0040】
次に、試験管内に、液状のヒドラジン一水和物がなくなったこと(溶液がなく残存物が固化した状態)を確認した時点で、ヒドラジン一水和物と共沸する溶媒、例えばトルエンを0.2mlを加えて撹拌、懸濁後、再度、−70℃の冷却トラップ付きの真空ポンプを用い、試験管内の減圧留去を行う。このトルエンを用いた、ヒドラジン一水和物の除去操作を3回繰り返す。
【0041】
その後、試験管内に、氷冷した飽和炭酸水素ナトリウム水溶液5mlと、無水酢酸0.2mlとを加え、よく混合する(糖鎖のN−アセチル化)。このとき、ガス(炭酸ガス)が発生する。また、上記試験管内の混合液のpHは中性(pH7)から弱アルカリ性(pH9)である。よく混合し始めてから5分後に、再度、氷冷した飽和炭酸水素ナトリウム水溶液5mlと、無水酢酸0.2mlとを加え、よく混ぜる。この2度目の飽和炭酸水素ナトリウム水溶液および無水酢酸の添加直後にも、ガス(炭酸ガス)が発生する。このガスを十分に発生させ、氷冷保存しながら、時々(5分間に1回程度)混合しながら、30分間反応させる。このとき、上記試験管を、混合していないときには、氷冷浴中にて静置する。
【0042】
この試験管内の溶液を、100mlのビーカー内に移し入れ、粒子状の陽イオン交換樹脂である、例えばDOWEX 50WX8(200〜400メッシュ、H+型)を、上記溶液がpH3程度になるまで加える(目安として25g程度)。
【0043】
続いて、陽イオン交換樹脂ごと、上記溶液をガラスカラム内に対し、上記陽イオン交換樹脂が流れ出さないように詰め、溶出液(素通り液)をなす型フラスコに受け入れる。また、上記ガラスカラム内の陽イオン交換樹脂を、その樹脂体積の5倍量の水で十分に洗浄し、その洗浄液も上記なす型フラスコ内にて先に集めた液と合わせる。
【0044】
その後、上記なす型フラスコ内の水分を含む液体成分を、ロータリーエバポレーター等を用いて留去し、上記なす型フラスコ内を乾固させる。糖鎖は、陽イオン交換樹脂には吸着されずに上記カラム内を通過するものである。
【0045】
次に、上記なす型フラスコ内の乾固分に含まれる、遊離された(切り出された)糖鎖のピリジルアミノ化(以下、PA化と略記する)について説明する。まず、上記なす型フラスコ内に少量の水を加えて、上記乾固分を溶解して糖鎖を含む糖鎖溶液を調製する。この糖鎖溶液を、コニカル型テフロンシール付きスクリューキャップ試験管(内径25mm×長さ90mm)内に移し入れる。上記糖鎖溶液を、上記試験管内にて凍結乾燥する。
【0046】
その後、上試験管内に0.5mlのPA化試薬(2760mgの2−アミノピリジンを1mlの酢酸にて溶解したもの)を加え、試験管をドライヤー等の温風の吹き付けにより暖めながら、試験管内の残査を完全に溶かし、90℃で1時間反応させる。
【0047】
続いて、上記試験管内に、還元試薬(ジメチルアミンボラン錯体6gを、酢酸2.4ml、水1.5mlで溶かしたもの)1.75ml加え、よく混ぜて、80℃で35分間、反応させる。
【0048】
次に、過剰試薬の除去について説明する。まず、上記反応終了後、試験管内に、水を3.75mlと、水飽和フェノール/クロロホルム溶液(水で飽和させたフェノールに、フェノールと等量のクロロホルムを加え混合したもの、フェノール・クロロホルム系有機溶媒)を5ml加え、よく混合する。上記水とフェノール・クロロホルム系有機溶媒とにより、糖鎖抽出溶媒系が形成されている。
【0049】
その混合液を有する試験管を、1000Gで2分間遠心分離する。試験管内は2相(水相と有機相)に分離するので、下層部である有機相(フェノール/クロロホルムに溶けた過剰反応試薬が存在)を除去する。試験管内の残った水相(PA化糖鎖が存在する)に対し、再度、水飽和フェノール/クロロホルム溶液を5ml加え、よく混合する。その混合液を有する試験管を、1000Gで2分間遠心分離する。下層部を除去する。これを2回繰り返す。最後に、水飽和フェノール/クロロホルム溶液に代えて、クロロホルムのみを5ml、水相に加え、よく混合し、1000Gで2分間遠心分離する。上記試験管内の下層部を除去する。
【0050】
このようにして得られた水相部分を、コンセントレーター等により水分が主な液体部分を除去して乾固する。その乾固分を、10mMの酢酸−アンモニア緩衝液(pH6.0)で平衡化された、TOYOPARL HW−40Fのカラム(内径2.6mm×40cm)でゲルろ過クロマトグラフィーを行う。このカラムクロマトグラフィーでは、Vo付近に蛍光物質が検出されるので、この部分を分取して集め、その集めた溶離液について濃縮を行う。これにより、蛍光標識化された各糖鎖の混合物である、PA化糖鎖の混合物が分取される。このように分取されたPA化糖鎖の混合物を、常法により、C18などの逆相の分取カラムクロマトグラフィーを用いてさらに分取して、それぞれのPA化糖鎖を分取して精製すればよい。
【0051】
このように本発明のヒドラジン一水和物を用いた場合に得られた糖鎖量と、同様に調製処理した従来の無水ヒドラジンを用いた場合に得られた糖鎖量とを比べたところ、本発明は従来の70%の糖鎖量を確保できた。ただし、従来の無水ヒドラジンを用いた場合の糖鎖を遊離させるときの加熱温度は、常法通り、100℃を用いた。
【0052】
次に、本発明者らは、卵などの生体資材から糖タンパク質や糖ペプチドを効率よく抽出する方法として、前記試料抽出溶媒系による抽出方法を検討した。まず、精製タンパク質(タカ−アミラーゼA、以下、TAAと略記する)を用い、抽出方法をそれぞれ代えて下記の表1に示す手順にて、それぞれ回収率を測定した。
【0053】
下表の試料No. 0 は、TAAを直接凍結乾燥したもの(つまり、未処理(コントロール))、試料No. 1 は、前述のメタノール・クロロホルム系有機溶媒を用いて抽出処理したもの。試料No. 2 は、前述のフェノール・クロロホルム系有機溶媒を用いて抽出処理したもの。
【0054】
【表1】

【0055】
上記試料No. 0 を100%としたときの、試料No. 1, 試料No. 2 の各回収率(%)を下記の表2に示した。
【0056】
【表2】

【0057】
上記表2から明らかなように、精製タンパク質に対して有機溶媒処理を行っても、80%以上の回収率が得られることが分かる。
【0058】
続いて、実際に生体資材(卵黄)を用いて、表1に記載の各手順に準じて処理し、糖鎖を効率よく抽出できるか検討した。ただし、試料No. 0, No. 1, No. 2 の乾燥粉末としては、2mgを用いた。また、試料No. 0 は、卵黄を直接凍結乾燥したものである。その結果を下記の表3に示した。表3中の総糖鎖量は、卵1個分に換算した数値である。
【0059】
【表3】

【0060】
表3の結果から、有機溶媒での抽出処理を施した各試料No. 1, No. 2 は、有機溶媒によって処理していない試料No. 0 と比べて、総糖鎖量の収率が3倍から4倍高いことが分かる。この結果は、卵黄から糖タンパク質が効率的に抽出された(言い換えると、糖タンパク質以外がうまく除去された)ため、その後のヒドラジン分解などの反応が、より円滑に進行したためと考えられた。
【0061】
また、上記表3の各試料No. 1, No. 2 から得られたPA化糖鎖に関する、逆相HPLCのクロマトグラフを、図1(a)および図1(b)にそれぞれ示した。図1(a)および図1(b)に示した、PA化糖鎖の各分離パターン(クロマトグラフ)も殆ど差がないことが分かる。
【0062】
このことから、生体資材から糖鎖を調製する場合は、有機溶媒を用いた試料抽出溶媒系(特に、メタノール・クロロホルム系有機溶媒)にて糖タンパク質を精製・抽出し、この抽出物(より好ましくは糖タンパク質から糖ペプチドに低分子化した抽出物)をヒドラジン分解、糖鎖のPA化、PA化された糖鎖を糖鎖抽出溶媒系(特に、フェノール・クロロホルム系有機溶媒)で精製し、続いて分取HPLCとした方が、糖鎖の調製が迅速化かつ簡便化できることが分かる。
【0063】
この結果、本発明に係る糖タンパク質からの糖鎖の調製方法においては、生体資材からの、天然型の糖鎖をPA化した蛍光標識糖鎖を、標準品として安価・安定・大量に市場に対し供給することが可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明に係る糖タンパク質からの糖鎖の調製方法は、生体資材からの、天然型の糖鎖を、安価・安定・大量に市場に対し供給することが可能になるので、上記糖鎖を標準品として大量供給できれば、検出された糖鎖の生理活性を測定することに寄与できる。
【0065】
これにより、本発明は、例えば、ガンやウイルス病の治療に有用な生理活性を発現する糖鎖の化学構造を調べることが可能となるから、そのような化学構造に基づくリード化合物を合成(大量合成)できて、上記治療に用いるドラッグデザインが可能となる。
【0066】
この結果、本発明に係る糖タンパク質からの糖鎖の調製方法は、医療の発展に寄与できて、医学の分野に好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】試料抽出溶媒系としての有機溶媒での抽出処理を施した各試料からの、PA化糖鎖のクロマトグラフであり、(a)は、上記有機溶媒として、メタノール・クロロホルム系有機溶媒を用いた場合を示し、(b)は、上記有機溶媒として、フェノール・クロロホルム系有機溶媒を用いた場合を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖鎖を結合して含む糖タンパク質を有する試料を乾燥し、
乾燥した試料を、ヒドラジン一水和物と混合して試料溶液を調製し、
上記試料溶液を加熱して、上記糖鎖を上記化合物から遊離させることを特徴とする糖タンパク質からの糖鎖の調製方法。
【請求項2】
生体資材から、水相と有機相との二相に分離する試料抽出溶媒系を用いて前記化合物の抽出操作を行い、上記水相と有機相との間の界面層より前記試料を調製することを特徴とする請求項1に記載の糖タンパク質からの糖鎖の調製方法。
【請求項3】
前記試料抽出溶媒系は、メタノール・クロロホルム系有機溶媒であることを特徴とする請求項2に記載の糖タンパク質からの糖鎖の調製方法。
【請求項4】
前記ヒドラジン一水和物を用いて上記糖鎖を上記化合物から遊離させる前の段階において、上記糖タンパク質をプロテアーゼにより低分子化することを特徴とする請求項1ないし3の何れか1項に記載の糖タンパク質からの糖鎖の調製方法。


【図1】
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