説明

糸球体濾過膜の異常に関連した疾患の検査方法、およびこれに使用するための検査用キット

【課題】微小変化型ネフローゼ症候群および膜性腎症のような糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を手軽に(つまり、非侵襲的に)かつ的確に診断・検査することができる手段を提供する。
【解決手段】被検体から採取した尿試料中のPDCD6IP(programmed cell death 6 interacting protein)タンパク質の量を測定することにより、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を検査する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患の検査方法、およびこれに使用するための検査用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
高度の蛋白尿により低蛋白血症を来す腎疾患群は、総称してネフローゼ症候群と呼ばれる。ネフローゼ症候群の原因としては、一次性糸球体疾患、糖尿病性腎症、IgA腎症などが主要なもので、全体の75%以上を占める。この中でも一次性糸球体疾患は、ネフローゼ症候群の原因の61%を占める。そして、一次性糸球体疾患としては、微小変化型ネフローゼ症候群、膜性腎症、膜性増殖性糸球体腎炎、メサンギウム増殖性糸球体腎炎などがある。このうち、微小変化型ネフローゼ症候群(38.7%)および膜性腎症(37.8%)だけで一次性糸球体疾患全体の76%を占めている。微小変化型ネフローゼ症候群および膜性腎症は、いずれも、糸球体において血液をろ過する膜(糸球体濾過膜)の異常に関連した疾患である。
【0003】
微小変化型ネフローゼ症候群は、小児領域のネフローゼ症候群の約80%を占める疾患で、通常の光学顕微鏡による観察ではほとんど病理学的変化が見られず、電子顕微鏡を用いて観察すると、濾過膜の異常を確認することができる。
【0004】
一方、膜性腎症は、40〜70歳の男性に好発する疾患で、ネフローゼ症候群の原疾患の中で最も頻度が高い。光学顕微鏡による観察では糸球体基底膜の肥厚が見られ、電子顕微鏡を用いて観察すると、糸球体基底膜上皮への沈着物の付着を確認することができる。膜性腎症の患者の中で、ステロイド剤の投与に抵抗性の患者は予後が悪く、本邦においては全患者の約1/3が終末期腎不全に陥るとされている。
【0005】
近年、エキソゾーム(exosome)と称される小胞に含まれる物質が、細胞間のコミュニケーションツールとして利用されていることが観察され、エキソゾームに含まれる物質に注目が集まりつつある(例えば、非特許文献1を参照)。従来認識されていた細胞間の情報の担い手は、ホルモンやサイトカイン、神経伝達物質などであった。ところがエキソゾームには膜タンパク質や非コードRNA(ncRNA;non−coding RNA)が選択的に豊富に含まれることが発見されたために、細胞間の情報伝達物質を運ぶ小胞として捉えられてきたのである。なお、「エキソゾーム」という名前は、1983年にヒツジの網状赤血球から小胞が分泌されることが観察され、この小胞がエキソゾームと名づけられたことに由来する。その後、エキソゾームは様々な細胞から分泌されることが明らかとなり、今では、血液、尿、乳汁、唾液などの中に存在する、直径が100nm以下で、比重が1.10〜1.19g/cmで、かつ、RNAを含む小胞として認識されている。
【0006】
本発明者らは、従来、腎疾患との関連で尿中のエキソゾームタンパク質に注目し、そのうちの1つであるアクアポリン1(aquaporin−1)が近位尿細管細胞に特異的に発現しているタンパク質であること、そして急性腎不全では近位尿細管が選択的に障害されることなどから、急性腎不全においては尿中エキソゾーム中へのアクアポリン1排泄量が変化するのではないかという作業仮説を立て、実験を開始した。その結果、急性腎不全の非常に早期から尿中エキソゾーム中へのアクアポリン1排泄量が減少することを観察し、この現象に診断的価値を見出した(非特許文献2および特許文献1を参照)。また、急性腎不全ではアクアポリン2も診断指標となることも見出している(特許文献2を参照)。
【0007】
ところで、PDCD6IP(programmed cell death 6 interacting protein、別名:ALG−2 interacting protein、Alix)タンパク質は、95kDaの細胞質タンパク質であり、エンドサイトーシス、細胞死、細胞間接着などに重要な働きを持つ分子であると考えられている(非特許文献3および非特許文献4を参照)。PDCD6IPの機能がこのように多岐にわたる理由としては、そのC末端にプロリン残基を多く含む領域があり、この領域に結合すると考えられるタンパク質が多数存在する(例えばTSG101、CIN85、Src、endophilin A1、ALG−2など)ことが挙げられる。また、このPDCD6IPは、尿中エキソゾームに含まれるタンパク質としても知られている。しかしながら、尿中エキソゾームに含まれるPDCD6IPが、腎疾患の診断・検査のためのバイオマーカーとして有用であるかどうかについては、これまでに何ら報告がなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−175630号公報
【特許文献2】国際公開第WO2010/150613号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Raimondo F, Morosi L, Chinello C, Magni F, Pitto M. (2011). Advances in membranous vesicle and exosome proteomics improving biological understanding and biomarker discovery. Proteomics. 11, 709-720.
【非特許文献2】Sonoda H, Yokota-Ikeda N, Oshikawa S, Kanno Y, Yoshinaga K, Uchida K, Ueda Y, Kimiya K, Uezono S, Ueda A, Ito K, Ikeda M. (2009). Decreased abundance of urinary exosomal aquaporin-1 in renal ischemia-reperfusion injury. Am J Physiol Renal Physiol 297, F1006-F1016.
【非特許文献3】Trioulier Y, Torch S, Blot B, Cristina N, Chatellard-Causse C, Verna JM, Sadoul R. (2004). Alix, a protein regulating endosomal trafficking, is involved in neuronal death. J Biol Chem 279, 2046-2052.
【非特許文献4】Okumura M, Ichioka F, Kobayashi R, Suzuki H, Yoshida H, Shibata H, Maki M. (2009). Penta-EF-hand protein ALG-2 functions as a Ca2+-dependent adaptor that bridges Alix and TSG101. Biochem Biophys Res Commun 386, 237-241.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ネフローゼ症候群を含む慢性腎不全においては、腎疾患の種類によってその治療方針が異なることから、その種類を判別するための診断方法の開発が必要とされている。しかし現状で利用可能な診断方法としては、腎生検と称される侵襲的な手法によって顕微鏡的に診断する方法しかなく、患者に負担を強いることが避けられない。また、腎生検を実施できる病院も限られるため、その診断を広く行うことができないことも大きな問題となっている。これらの問題を解決するためには、手軽に(つまり、非侵襲的に)かつ的確に、腎疾患の種類を判別・診断できる技術を開発することが重要となる。
【0011】
特に、微小変化型ネフローゼ症候群および膜性腎症のような糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を特異的に診断・検査することができる非侵襲的な方法については、いまだ確立されていない。
【0012】
そこで本発明は、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を手軽に(つまり、非侵襲的に)かつ的確に診断・検査することができる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、腎疾患の新規なバイオマーカーを探索すべく、鋭意研究を行った。その過程で、腎疾患患者の尿中PDCD6IP量の測定を試みた。その結果、驚くべきことに、尿中のエキソゾーム分画に含まれて排泄されるPDCD6IPの量が、膜性腎症や微小変化型ネフローゼ症候群などの糸球体濾過膜の異常に関連した疾患に罹患した患者において増加することを見出した。そしてその結果を受けて、ラットにピューロマイシンアミノヌクレオシド(PAN)を投与することで微小変化型ネフローゼ症候群モデルラットを作成し、その尿中のエキソゾーム分画に含まれるPDCD6IP量を調べた。その結果、PAN投与群において尿中エキソゾーム分画へのPDCD6IP排泄量の有意な増加を観察して上記知見を裏づけた。これらの知見に基づき、本発明者らは、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明の一形態によれば、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患の検査方法が提供される。そして、当該検査方法は、被検体から採取した尿試料中のPDCD6IP(programmed cell death 6 interacting protein)タンパク質の量を測定する工程を含む点に特徴を有する。
【0015】
また、本発明の他の形態によれば、上述した検査方法に使用するための検査用キットが提供される。当該検査用キットは、PDCD6IPタンパク質に特異的に結合する抗体を含有する点に特徴を有する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を手軽に(つまり、非侵襲的に)かつ的確に診断・検査することができる手段が提供されうる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1−1】7種の異なる種由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を比較した表である。
【図1−2】7種の異なる種由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を比較した表である。
【図1−3】7種の異なる種由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を比較した表である。
【図2】健常者、腎疾患(IgA腎症、非IgA型メサンギウム増殖性腎炎、膜性腎症、巣状糸球体硬化、糖尿病性腎症、微小変化型ネフローゼ症候群)の患者、または腎疾患以外の疾患(腎移植ドナー、肺がん)の患者から調製した尿中エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質量を、実施例の(II−b)に記載のウエスタンブロット法により測定した結果を比較したグラフである。
【図3】実施例の(I−b)で作成したラット疾患モデルにおける測定結果を、コントロール群と比較して示したグラフである。図3のAは、尿中総タンパク質排泄量について比較したグラフである。また、図3のBは、尿中エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質量について比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみに限定されることはない。
【0019】
本発明の一形態は、被検体から採取した尿試料中のPDCD6IP(programmed cell death 6 interacting protein)タンパク質の量を測定する工程を含む、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患の検査方法である。
【0020】
≪被検体≫
本発明において、「被検体」とは、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を発症しうる動物であればよく、特に限定されないが、ヒトが特に好ましい。ヒト以外の被検体としては、例えば、サル、チンパンジー等の非ヒト霊長類や、イヌ、ウシ、マウス、ラット、モルモット等の他の哺乳類が挙げられる。ヒト以外の動物(非ヒト動物)を被検体とした場合に得られる情報(判定結果)は、当該非ヒト動物の糸球体濾過膜の異常に関連した疾患の検査にも利用されうる。ただし、むしろその判定結果をヒトにおける糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を診断・検査するための方法の確立に向けた研究開発に利用できる点での有用も大きい。
【0021】
本発明の検査方法は、以下に詳述するように、被検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量を測定する点に特徴を有する。ここで、図1−1〜図1−3に示すように、測定対象であるPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列は種を超えて保存性が高い。また、ラットなどの疾患モデル動物でみられた尿中PDCD6IPタンパク質量の変化は、患者においてもみられるものである。よって、非ヒト動物での実験結果はヒトに対しても外挿可能であると言える。
【0022】
≪試料≫
本発明の検査方法では、被検体から採取した尿を試料として用いる。例えば、採取された尿に対して以下のような処理を施した試料を、PDCD6IPタンパク質の量を測定するために用いることができる。
【0023】
採取した尿をまず1,000gで10分間遠心し、続いてその上清を17,000gで15分間遠心する。そしてその上清を200,000gで60分間遠心し、その沈渣をエキソゾーム分画として分離する。得られたエキソゾーム分画を4×サンプルバッファー(0.5 M Tris-HCl、8% SDS、50%グリセロール、0.01%ブロモフェノールブルー、0.2 M DTT)と混合し、37℃にて30分間インキュベートすることにより可溶化して、エキソゾーム分画サンプルとする。
【0024】
かような処理を施して得られる試料(尿のエキソゾーム分画試料)を本発明の検査方法における試料として用いると、特に精度の高い診断・検査が行えるという利点がある。もちろん、正確かつ精確な測定が可能である限り、尿のエキソゾーム分画試料を調製することなく、採取された尿を本発明の検査方法の試料として用いてもよい。かような試料の調製方法としては、例えば、フィルター法、超遠心法、カラム分離法などがある。また、これらの処理も施さずに測定に用いることも、力価の高い抗体を用いた免疫学的手法による測定を行う場合などには、可能である。なお、試料中のタンパク質の分解による測定誤差の発生を防止することを目的として、採取された尿に対して適宜タンパク質分解酵素阻害剤を添加してもよい。全尿
≪PDCD6IPタンパク質≫
本明細書において、PDCD6IPタンパク質とは、典型的にはPDCD6IPタンパク質の成熟体または完全体を意味するが、糖鎖修飾されたPDCD6IPタンパク質分子も包含する概念である。この際、糖鎖の種類やその結合位置などは限定されない。なお、PDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列は、被検体の動物種により若干異なる。一例として、配列表には、配列番号1としてマウス(Mus musculus)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を、配列番号2としてラット(Rattus norvegicus)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を、配列番号3としてヒト(Homo sapiens)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を、配列番号4としてイヌ(Canis lupus familiaris)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を、配列番号5としてウシ(Bos taurus)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を、配列番号6としてカエル(Xenopus laevis)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を、配列番号7としてサカナ(Danio rerio)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ示す。これらのアミノ酸配列はいずれも、PDCD6IPタンパク質のアイソフォーム1(isoform 1)のものである。図1−1〜図1−3は、これらの7種の異なる種由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列を比較した表である。図1−1〜図1−3に示すように、ヒトのPDCD6IPタンパク質(アイソフォーム1)は、イヌと最も相同性が高く(97%)、次いで、ウシ(96%)、ラット(94%)、マウス(94%)、カエル(76%)、サカナ(72%)の順と推測される。このことから明らかなように、PDCD6IPタンパク質は種を越えて良く保存されていると言える。また、後述する実施例において用いた抗体は、ヒト、ラットおよびマウスの腎および尿中のPDCD6IPタンパク質を特異的に認識できることを確認している。
【0025】
≪PDCD6IPタンパク質量の測定≫
試料中のPDCD6IPタンパク質量の測定は、PDCD6IPタンパク質に特異的に結合する抗体(抗PDCD6IP抗体)を用いた免疫学的測定法により行うことが好ましい。このような抗体としては、測定しようとする動物種のPDCD6IPタンパク質またはその部分配列を含むポリペプチドを抗原として用い、常法により作成された抗体が好適に使用されうる。この抗体は、ポリクローナル抗体であってもよいし、モノクローナル抗体であってもよい。また、抗体は、PDCD6IPタンパク質に特異的に結合するものである限り、断片として使用することもできる。抗体の断片としては、例えば、Fab断片、F(ab’)断片、単鎖抗体(scFv)等が挙げられる。
【0026】
モノクローナル抗体は、例えば次の手順で作成することができる。
【0027】
まず、上述した抗原(測定しようとする動物種のPDCD6IPタンパク質またはその部分配列を含むポリペプチド)を、動物に対して、抗原の投与により抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与する。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。用いられる動物としては、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギなどの哺乳動物が挙げられる。抗血清中の抗体価の測定は常法により行うことができる。
【0028】
抗原を免疫された動物から抗体価の認められた個体を選択し最終免疫の2〜5日後に脾臓またはリンパ節を採取し、それらに含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞と融合させることにより、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを調製することができる。融合操作は既知の方法、例えば、Nature 256: 495 (1975)記載の方法に従い実施することができる。融合促進剤としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)などが挙げられる。骨髄腫細胞としては、例えば、NS−1、P3U1、SP2/0などが挙げられる。
【0029】
モノクローナル抗体の選別は、公知あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができるが、通常はHAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加した動物細胞用培地などで行なうことができる。選別および育種用培地としては、ハイブリドーマが生育できるものならばどのような培地を用いてもよい。ハイブリドーマ培養上清の抗体価は、抗血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。
【0030】
モノクローナル抗体の分離精製は、通常のポリクローナル抗体の分離精製と同様の、例えば塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例えば、DEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相またはプロテインAもしくはプロテインGなどを用いた特異的精製法による免疫グロブリンの分離精製法に従って行うことができる。
【0031】
一方、ポリクローナル抗体は、例えば次の手順で作成することができる。
【0032】
ポリクローナル抗体は、例えば、抗原とキャリアーとの複合体をつくり、上記のモノクローナル抗体の製造法と同様に哺乳動物に免疫を行ない、該免疫動物から活性型ハプトグロビンに対する抗体含有物を採取して、抗体の分離精製を行なうことにより製造されうる。ポリクローナル抗体の作成に使用する抗原は、モノクローナル抗体の作成におけるのと同様である。抗原とキャリアーとの複合体を形成する際に、キャリアーの種類および抗原とキャリアーとの混合比は、キャリアーに架橋させた抗原に対して抗体が効率良く製造できれば、どの様なものをどの様な比率で架橋させてもよい。キャリアーとしては、例えば、ウシ血清アルブミン、ウシサイログロブリン、キーホール・リンペット・ヘモシアニン等が用いられる。また、抗原とキャリアーのカップリングには、種々の縮合剤を用いることができるが、グルタルアルデヒドやカルボジイミド、マレイミド活性エステル、チオール基、ジチオビリジル基を含有する活性エステル試薬等が用いられる。
【0033】
抗原とキャリアーとの複合体は、免疫される動物に対して、抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与される。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は、通常約2〜6週毎に1回ずつ、計約3〜10回程度行なうことができる。用いられる動物としては、モノクローナル抗体作成の場合と同様の哺乳動物が挙げられる。ポリクローナル抗体は、上記の方法で免疫された動物の血液、腹水など、好ましくは血液から採取することができる。抗血清中のポリクローナル抗体価の測定は、上記の血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。ポリクローナル抗体の分離精製は、上記のモノクローナル抗体の分離精製と同様の手順で行なうことができる。
【0034】
≪PDCD6IPタンパク質量の評価≫
本発明の検査方法は、被検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量を測定する工程を含むが、PDCD6IPタンパク質の絶対的な量を測定する必要は必ずしもなく、対照となる尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量との相対的な関係を明らかにできれば評価としては十分である。
【0035】
PDCD6IPタンパク質の量の評価方法として、典型的には、上述した抗PDCD6IP抗体を用いた免疫学的測定法が挙げられる。免疫学的測定法としては、特に制限はなく、従来公知の方法、例えば酵素免疫測定法(EIA法)、ラテックス凝集法、免疫クロマト法、ウエスタンブロット法、放射免疫測定法(RIA法)、蛍光免疫測定法(FIA法)、ルミネッセンス免疫測定法、スピン免疫測定法、抗原抗体複合体形成に伴う濁度を測定する比濁法、抗体固相膜電極を利用し抗原との結合による電位変化を検出する酵素センサー電極法、免疫電気泳動法などが用いられうる。これらの中でも、EIA法またはウエスタンブロット法が好ましい。なお、EIA法には、競合的酵素免疫測定法や、サンドイッチ酵素結合免疫固相測定法(サンドイッチELISA法)等が包含される。
【0036】
ウエスタンブロット法を本発明を実施するための免疫学的測定法として採用する場合、例えば次のようにして尿試料中のPDCD6IPタンパク質を検出することができる。
【0037】
まず、ドデシル硫酸ナトリウム含有ポリアクリルアミドゲル(SDS−PAGE)上に、測定試料を添加し、一定の電圧をかけて電気泳動を行い、泳動によりゲル上で分離されたタンパク質をPVDF(ポリフッ化ビニリデン)膜のようなブロッティング用膜に電気的に転写し、この膜をスキムミルク等でブロッキング処理した後に、上述した抗PDCD6IP抗体(1次抗体)を膜と反応させ、次いで化学発光物質、蛍光物質、または酵素(西洋ワサビペルオキシダーゼ等)で標識した2次抗体を結合させ、さらに標識物質に応じた検出操作を行う。これにより、膜上にPDCD6IPタンパク質が存在する場合には、当該タンパク質を検出・定量することができる。なお、ウエスタンブロット法による具体的な検出方法は、後述する実施例に記載されている。
【0038】
≪検査方法≫
本発明では、上述したような手法によって被検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量を測定し、その測定結果に基づいて、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を検査する。より具体的には、測定される尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量の増加を指標として、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を検査する。
【0039】
本発明において、「検査」とは、典型的には、被検体が糸球体濾過膜の異常に関連した疾患に罹患しているか否かの判定(狭義の検査)を意味するが、これには限定されない。本発明における「検査」とは、例えば、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患の重症度の検査や、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患に対する治療効果の検査、治療後に糸球体濾過膜の異常に関連した疾患に再罹患(再発)する危険性が存在するか否かの検査をも包含する概念(広義の検査)である。尿中のPDCD6IPタンパク質の量は、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患の早期の段階においても顕著に増加することから、本発明の検査方法は、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患の早期の診断・検査に有用であるといえる(なお、この場合には「診断」との語は狭義の意味で用いられる)。また、尿を試料として使用することから、被検体にとって負荷がほとんどない、非常に好ましい方法であると言える。
【0040】
被検体が糸球体濾過膜の異常に関連した疾患に罹患しているか否かを判定する際には、健常検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量を基準とすることができる。また、治療効果を判定する際には、治療前の被検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量を基準とすることができる。本発明では、対比対象となるこれらの検体を「対照検体」とも称する。
【0041】
本発明の検査方法では、典型的には、被検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量を測定し、その測定量と、対照検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量とを対比し、前者が後者より多い(増加している)ときに、被検体が糸球体濾過膜の異常に関連した疾患に罹患している、または対照検体と比較してより重度の前記疾患に罹患していると判断する。
【0042】
なお、対照検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量の測定は、被検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量の測定と同様の手順で行うことができる。また、対照検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量は、被検体から尿を採取するたびに測定してもよいし、事前に測定しておいてもよい。
【0043】
≪検査用キット≫
本発明の他の形態によれば、検査用キットもまた、提供される。この検査用キットは、上述した検査方法で使用される試薬等を含むものである。具体的には、例えば、検査用キットが上述した免疫学的測定法によって尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量の測定を行うためのものである場合には、PDCD6IPタンパク質に特異的に結合する抗体を含有する。この場合において、検査用キットは、上記抗体や採取された試料を希釈するための緩衝液、洗浄液、2次抗体、蛍光色素、反応容器、陽性対照、陰性対照、検査プロトコールを記載した指示書等の構成要素をさらに含んでもよい。また、これらの構成要素は、必要に応じて予め混合または複合化しておくこともできる。この検査用キットを使用することにより、本発明による糸球体濾過膜の異常に関連した疾患の検査が簡便となり、早期の治療方針決定に非常に有用である。
【実施例】
【0044】
以下、実施例および参考例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらに限定されない。
【0045】
≪I.被検体≫
(I−a)ヒト患者検体
倫理委員会の承認のもと、同意が得られたヒト患者から尿を採取し、尿サンプルとした。
【0046】
(I−b)糸球体濾過膜に異常を来すラット疾患モデル
ラットにピューロマイシンアミノヌクレオシド(PAN)(150mg/kg、i.p.)を投与し、糸球体濾過膜に異常を来してタンパク尿を呈する、ラット疾患モデルを作成した。一方、同容量の生理食塩水を投与したラット群を、コントロール群とした。
【0047】
≪II.尿サンプルのエキソゾーム分画におけるPDCD6IPタンパク質の定量≫
(II−a)エキソゾーム分画サンプルの調製
上記(I−b)の方法により作成したラット疾患モデルから、任意の時点において、採尿および採血を行った。代謝ケージを用いて尿を集め、尿量の測定を行った。その後、エキソゾームの分離を行った。なお、以下の手法による尿からのエキソゾーム分画の分離は、一定のクレアチニン量を含む尿に対して行った。
【0048】
具体的には、採取した尿をまず1,000gで10分間遠心し、続いてその上清を17,000gで15分間遠心した。そしてその上清を200,000gで60分間遠心し、その沈渣をエキソゾーム分画として分離した。得られたエキソゾーム分画を4×サンプルバッファー(0.5 M Tris-HCl、8% SDS、50%グリセロール、0.01%ブロモフェノールブルー、0.2 M DTT)と混合し、37℃にて30分間インキュベートすることにより可溶化して、エキソゾーム分画サンプルとした。
【0049】
また、ヒト患者検体からサンプルを調製する場合には、同意が得られた患者から早朝尿を得た。この尿を用いて、動物モデルの尿の場合と同様の手技を用いて、エキソゾーム分画サンプルを調製した。
【0050】
(II−b)エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質の定量
以下の手法により、エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質をウエスタンブロット法により検出・定量した。
【0051】
まず、上記(II−a)で調製したエキソゾーム分画サンプル中のタンパク質を、まず定法に従いSDS−PAGE法で分子量に基づいて分離した。その後、ゲル内のタンパク質をセミドライタイプ(KS-8460、マリソル、東京)のブロッティング装置を用いてポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜に転写した。転写されたPVDF膜を、Tris緩衝生理食塩水(TBS)中にてローテーターで振盪しながら洗浄(15分間、2回)し、5%スキムミルク、Tween−20を含むTBS(5% SM TTBS)でブロッキング(オーバーナイト、4℃)した。ブロッキング後、1.6% SM TTBSで1:100に希釈した1次抗体(抗Alix抗体、Santa Cruz Biotechnology、CA)を60分間反応させた(室温)。反応後、TTBSで1次抗体を洗浄(5分間、2回)し、1.6% SM TTBSで1:4000に希釈した2次抗体(抗ヤギIgG抗体)を反応させた後、TTBSで洗浄(5分間、4回)し、最後にTBSで洗浄(10分間、1回)した。バンドを可視化する場合には、SuperSignal(登録商標) West Femto Maximam Sensitivity Subatrate(PIERCE、IL)を用いてバンドを発光させ、ポラロイドカメラ(ECLTM-mini Camera、Amersham International plc.、東京)で撮影した。
【0052】
なお、タンパク質量を定量化する場合には、コントロール群の値の平均値を100%とした場合の相対値として定量化した。
【0053】
(II−c)血漿中のクレアチニン濃度の測定
被検体から全血を採取し、これをヘパリンと混濁した後、12,000rpmで10分間遠心することで、血漿を分離した。この血漿を用いて、富士ドライケムスライド(CRE-PIII、富士写真フイルム株式会社、東京)により血漿中のクレアチニン濃度を測定した。
【0054】
(II−d)尿中タンパク質濃度の測定およびタンパク質排泄速度の算出
尿中タンパク質濃度については、ブラッドフォード・プロテイン・アッセイキット(Bio Rad Laboratories、東京)により測定した。また、得られた測定値に尿量を乗じて、一定時間当たりの総排泄量として、タンパク質排泄速度を算出した。
【0055】
≪III.結果≫
(III−a)腎疾患またはそれ以外の疾患の患者における尿中エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質量の比較
図2は、健常者、腎疾患(IgA腎症、非IgA型メサンギウム増殖性腎炎、膜性腎症、巣状糸球体硬化、糖尿病性腎症、微小変化型ネフローゼ症候群)の患者、または腎疾患以外の疾患(腎移植ドナー、肺がん)の患者から調製した尿中エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質量を、上記(II−b)に記載のウエスタンブロット法により測定した結果を比較したグラフである。ここで、図2に示すデータは、3人の健常者の尿を混合して作製したコントロールサンプルを解析し、その量を100%(グラフ中の破線)とした場合の相対値である。また、グラフの縦軸は対数目盛で表されている。
【0056】
図2に示すように、本実験においてサンプルを採取した患者40症例のうち、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患である、膜性腎症(5例)および微小変化型ネフローゼ症候群(2例)の症例において、尿中エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質量が著明に増加していることが認められた。
【0057】
このことから、尿中エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質量が、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を診断・検査するための有用なマーカーになりうることが考えられた。なお、非IgA型メサンギウム増殖性腎炎および巣状糸球体硬化の患者の中にも、PDCD6IPタンパク質量の増加がみられた個体が認められた。この理由としては、これらの患者において、糸球体濾過膜に異常が起こっていた可能性が考えられた。
【0058】
(III−b)ラット疾患モデルにおける検討
図3は、上記(I−b)で作成したラット疾患モデルにおける測定結果を、コントロール群と比較して示したグラフである。具体的には、図3のAは、尿中総タンパク質排泄量について比較したグラフである。図3のAに示すように、ラット疾患モデルにおいては、PAN投与後5日目以降に、タンパク質排泄量の有意な増加(タンパク尿)がみられた。また、図3のBは、尿中エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質量について比較したグラフである。図3のBに示すように、ラット疾患モデルにおいては、PAN投与後4日目では3個体中2個体において、また、PAN投与後5日目では3個体すべてにおいて、尿中エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質量の増加が見られた。このことから、上記(III−a)で考察した、尿中エキソゾーム分画サンプルにおけるPDCD6IPタンパク質量が、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患を診断・検査するための有用なマーカーになりうるとの仮説が裏づけられた。
【0059】
なお、ラット疾患モデルにおける血中クレアチニン濃度の値を、図3のBにおける各ウエスタンブロットの撮影写真の上段の数値として示す。図3のBに示すように、PANを投与した場合であっても、血中クレアチニン濃度の有意な変化は認められなかった。
【0060】
以上の結果から、本実験で作成されたラット疾患モデルは、腎不全には至っていないものの、糸球体の血液濾過膜には異常が生じてタンパク尿を呈しているモデルであると考えられる。
【0061】
≪まとめ≫
本発明により、尿中の特定のタンパク質(PDCD6IP)の量を調べるだけという極めて簡便な手法によって、膜性腎症や微小変化型ネフローゼ症候群のような糸球体における血液濾過膜の異常に関連した疾患を診断することができる。そのため、腎生検や採血など患者の痛みを伴う侵襲的な診断・検査方法を回避することができ(非侵襲的)、また、広く普及できれば、上記疾患による死亡率や透析患者数を減少させ、人類の保健の向上に大きく寄与できることが期待される。
【配列表フリーテキスト】
【0062】
〔配列番号:1〕
マウス(Mus musculus)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列である。
〔配列番号:2〕
ラット(Rattus norvegicus)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列である。
〔配列番号:3〕
ヒト(Homo sapiens)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列である。
〔配列番号:4〕
イヌ(Canis lupus familiaris)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列である。
〔配列番号:5〕
ウシ(Bos taurus)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列である。
〔配列番号:6〕
カエル(Xenopus laevis)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列である。
〔配列番号:7〕
サカナ(Danio rerio)由来のPDCD6IPタンパク質のアミノ酸配列である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体から採取した尿試料中のPDCD6IP(programmed cell death 6 interacting protein)タンパク質の量を測定する工程を含む、糸球体濾過膜の異常に関連した疾患の検査方法。
【請求項2】
被検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量を測定する工程と、
被検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量を、対照検体の尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量と対比する工程と、
被検体から採取した尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量が、対照検体の尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量と対比して有意に多いときに、被検体が糸球体濾過膜の異常に関連した疾患に罹患している、または対照検体と比較してより重度の前記疾患に罹患していると判断する工程と、
を含む、請求項1に記載の検査方法。
【請求項3】
前記疾患が、膜性腎症または微小変化型ネフローゼ症候群である、請求項1または2に記載の検査方法。
【請求項4】
前記尿試料が、尿のエキソゾーム分画試料である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項5】
前記被検体がヒトである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項6】
尿試料中のPDCD6IPタンパク質の量の測定を、PDCD6IPタンパク質に特異的に結合する抗体を用いた免疫学的測定法により行う、請求項1〜5のいずれか1項に記載の検査方法。
【請求項7】
PDCD6IPタンパク質に特異的に結合する抗体を含有する、請求項6に記載の検査方法に使用するための検査用キット。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図1−3】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−230082(P2012−230082A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−100051(P2011−100051)
【出願日】平成23年4月27日(2011.4.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21〜22年度、独立行政法人科学技術振興機構、重点地域研究開発推進プログラム(育成研究)委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】