説明

系統拘束された造血幹細胞の選択、培養および作出法

本発明は、HSCを含む細胞の集団に対して細胞表面のα9β1インテグリンに結合する作用物質を提供する段階およびHSCを結合性作用物質によって分離する段階を含む、造血幹細胞(HSC)を選択する方法を提供する。本発明は同様に、HSCの分化を阻害する、α9β1に結合する作用物質の存在下においてHSC集団を培養する方法を提供する。本発明は同様に、α9β1との結合を阻害するかまたは阻止する作用物質の存在下でHSCを培養する段階を含む、系統拘束細胞の集団を産生する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は造血幹細胞に存在するインテグリンα9β1の、そのリガンドのいずれかとの結合の調節に関する。特定の局面において、本発明はインテグリンα9β1を用いた造血幹細胞の単離、動員および増殖に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
骨髄は独特の環境を多能性細胞および拘束細胞に提供する。これは、培養液中で未だ複製に成功していない、構造性と体液性の両成分を含有する。髄腔はそれ自体が内皮細胞に裏打ちされた壁の薄い類洞のネットワークである。骨の壁の間には、内皮を通じて入る成熟した血球から絶えず栄養を受けている脂肪細胞および造血細胞のクラスタがある。循環系の中で機能する状態にある分化細胞は、同じようにして髄腔を離れる。
【0003】
造血幹細胞(HSC)は造血系のうち最も原始的な細胞であり、造血系の全ての細胞(HSCを含む)を生み出す能力を有する。HSCは骨髄に存在することが知られているが、骨髄の微小環境内のその特異的な適所(niche)は現在のところ規定されていない。以前の研究から、ある種のHSC子孫、つまり系統を限定されたクローン原性の造血前駆細胞(HPC)は、大腿軸全域の明瞭な空間的分布に一致し、中心の縦静脈近傍で最も数の多いことが証明されている。このような観測結果から、骨髄内でのこれらの種々の細胞集団により示される異なる空間的構成は、下層の間質組織とともに生じる特異的な接着性相互作用の現れであるという広く行き渡った考え方が助長される。しかしながら、HSCの希少性およびインサイチューでのその明確な同定を可能にする単一固有の抗原マーカーの欠如により、骨髄内でのHSCの空間的分布を規定できないままである。
【0004】
現在では、原始HSCと間質細胞による微小環境との間の、発生学的に制御されている接着性相互作用によって造血が骨髄に限局されることを示唆する証拠が存在する。この微小環境での接着性相互作用は、個体発生の間のまたは移植後の骨髄へのHSCの帰巣および定着、ならびにその増殖および分化の直接制御での関与を含めて、複数の機能を果たす可能性が高い。
【0005】
細胞外マトリックス(ECM)は結合組織の主成分であり、これは構造的完全性をもたらし、細胞の遊走および分化を促進する。これらの機能の一部として、フィブロネクチン、コラーゲン、ラミニン、フィブリノゲン、およびテネイシンなどの細胞外マトリックス分子がインビトロでの細胞の接着を支持することが示されている。この接着性相互作用は、止血、血栓症、創傷治癒、腫瘍転移、免疫および炎症を含む多くの生物学的過程にとって重要である。
【0006】
細胞外マトリックス分子との接着性相互作用の仲介に関与する受容体のクラスはインテグリンであり、これは非共有結合的に会合したαおよびβサブユニットのヘテロ二量体複合体からなる。共通のβサブユニットが固有のαサブユニットと結び付いて、規定の特異性を持つ接着受容体を形成する。VLA (Very Late Activation Antigens)ファミリーとしても公知の、β1サブファミリーはFN、コラーゲンおよびラミニンなどのECM分子に結合する。概説としては、Hynes, Cell 48:549 (1987); Hemler, Annu. Rev. Immunol. 8:365 (1990)(非特許文献1)を参照されたい。
【0007】
骨髄移植はさまざまな血液疾患、自己免疫疾患および悪性疾患に有用な処置であり、この場合には、化学療法および放射線療法などの処置によって枯渇された骨髄の造血細胞を(造血により)補充する必要がある。現行の骨髄移植治療では、臍帯血からまたは末梢血(G-CSFなどの作用物質で動員のまたは未動員の)から得られた造血細胞、および骨髄から直接的に得られた造血細胞の使用を含む。
【0008】
骨髄移植の限界は、造血を回復するのに十分な幹細胞を得ることである。現行の治療法は、原始幹細胞を移植に適した集団にまで増殖させるため、造血細胞のエクスビボ操作を含みうる。さらに、骨髄移植後の造血前駆細胞および成熟した終末細胞の数が通常の移植前レベルにまで迅速に再生するのに対し、HSCの数は通常のレベルのわずか5〜10%にしか回復しない。利用可能な方法論はエクスビボHSC操作に十分には対処しておらず、したがって臨床応用で使われる細胞集団は、ドナーから単離されうる細胞の数によって制限される。例えば、臍帯血における多能性HSCの数は限られるので、この供給源からの細胞では若年患者での移植に使用できるだけであり、HSC移植治療を必要とする成人集団を除外する。
【0009】
治療的使用に影響をもたらす問題に加えて、臨床研究、薬物開発、または研究目的に十分な数のHSCを得るという問題が存在する。HSCの活性および挙動の理解は、治療法の有効性を改善するうえで、および各種治療薬の毒性を判定するうえで極めて重要である。成体組織において通常存在する幹細胞または前駆細胞の集団の単離は、一つには、血液または組織に見出される幹細胞または前駆細胞の数に限りがあることにより、および骨髄穿刺液を得る際に伴われる著しい不快感により、技術的に困難であり、高価であった。一般に、治療および研究の目的に十分な量で代替的な供給源から幹細胞または前駆細胞を収集することは概して面倒であり、供給源は収集手順の性質によって限定され、その収率は低い。
【0010】
それゆえ、HSCが濃縮された細胞集団を単離する方法を提供することが必要である。
【0011】
【非特許文献1】Hynes, Cell 48:549 (1987); Hemler, Annu. Rev. Immunol. 8:365 (1990)
【発明の開示】
【0012】
発明の概要
したがって、第1の局面では、本発明は以下の段階を含む、HSCを選択する方法を提供する:
(a) HSCを含む出発細胞集団を提供する段階;
(b) HSCの細胞表面のα9β1に結合する作用物質を提供することにより集団のなかでHSCを選択する段階; および
(c) 作用物質の結合によって出発細胞集団からHSCを分離する段階。
【0013】
結合性作用物質はHSCに存在するα9β1インテグリンに選択的であり、SCF、Flt-3、α9β1抗体、VCAM1、テネイシンC、オステオポンチンおよびトロンボポエチン、ならびにHSCの細胞表面のα9β1インテグリンに結合するリガンドからなる群より選択されることが好ましい。好ましい態様では、リガンドは抗体である。
【0014】
第2の局面では、以下の段階を含む、自己複製可能なHSC集団を産生する方法を提供する:
(a) HSCが濃縮された出発細胞集団を提供する段階;
(b) HSCの細胞表面に存在するα9β1インテグリンに結合する作用物質であって自己複製可能なHSCの分化を阻害する作用物質の存在下においてHSCを培養する段階; および
(c) 前記の自己複製可能なHSC集団を収集する段階。
【0015】
好ましい態様では、第2の局面による作用物質は同様に、SCF、Flt-3、α9β1抗体、VCAM1、テネイシンC、オステオポンチンおよびトロンボポエチンからなる群より選択される。
【0016】
別の好ましい態様では、作用物質は表面に固定化される。表面としては、好ましくは培養装置、ビーズもしくはカラムの外層、またはバイオリアクタの表面が挙げられる。
【0017】
さらに別の好ましい態様では、本発明の第1および第2の局面による方法は、HSCの細胞表面のα9β1を活性化する段階をさらに含む。
【0018】
さらに別の好ましい態様では、本発明の第1および第2の局面による方法は、HSC集団から活性化α9β1を有するHSCを選択する段階をさらに含む。
【0019】
第3の局面では、本発明は、本発明の第1または第2の局面において規定される方法によって分離されたかまたは収集されたHSC集団を提供する。
【0020】
第4の局面では、本発明は以下の段階を含む、系統拘束(lineage committed)細胞の集団を産生する方法を提供する:
(a) HSCが濃縮された出発細胞集団を提供する段階;
(b) HSCの細胞表面に存在するα9β1インテグリンとの結合を阻害するかまたは阻止する作用物質の存在下でHSCを培養する段階であって、前記の阻害によりHSCの全体的な増殖および分化を増大させ、系統拘束細胞を産生させる段階; ならびに
(c) 前記の系統拘束細胞を収集する段階。
【0021】
第5の局面では、本発明は、本発明の第4の局面の方法によって産生された系統拘束細胞の集団を提供する。
【0022】
発明の詳細な説明
本発明の装置、細胞および方法について記述する前に、そのような方法、器具および製剤は当然ながら、変化することがあるので、本発明は、記述されている特定の方法論、産物、器具および要因に限定されないと理解されるべきである。本明細書において用いられる専門用語は、特定の態様だけを記述するためにあり、添付の特許請求の範囲によってのみ限定される本発明の範囲を限定することは意図されていないことも理解されるべきである。
【0023】
本明細書においておよび添付の特許請求の範囲において用いられる場合、単数形「1つの(a)」、「および」、および「その(the)」とは、文脈上明らかに他の意味に解されない限り、複数の指示対象を含むことに留意しなければならない。したがって、例えば、「因子(a factor)」への言及は因子の1つまたは混合物をいい、「その産生方法(the method of production)」への言及は、当業者に公知の等価な段階および方法への言及を含む。
【0024】
他に特に規定がなければ、本明細書において用いられる全ての技術的および科学的用語は、本発明が属する技術分野の当業者によって一般に理解されるものと同じ意味を有する。本明細書において言及される全ての刊行物は、該刊行物に記述されかつ現在記述している発明に関連して用いることができる装置、製剤および方法論を記述するおよび開示する目的で、参照により本明細書に組み入れられる。
【0025】
以下の記述のなかで、本発明のさらに十分な理解をもたらすように多数の具体的な詳細を記載する。しかしながら、1つまたは複数のこれらの具体的な詳細がなくても、本発明を実践できることが当業者には明らかであると考えられる。その他の場合、本発明を不明瞭にすることを回避するため、当業者に周知の手順および周知の特徴は記述されていない。例えば、本明細書において記述される増殖および分化の方法に利用できる器具、方法、細胞集団および適切な因子のさらなる記述としては、米国特許第5,399,493号; 同第5,472,867号; 同第5,635,386号; 同第5,635,388号; 同第5,646,043号; 同第5,674,750号; 同第5,925,567号; 同第6,403,559号; 同第6,455,306号; 同第6,258,597号; および同第6,280,718号に記述されているものが挙げられる。
【0026】
一般に、当技術分野の技術の範囲内にある従来の細胞培養法、幹細胞生物学、および組換えDNA技術が本発明において利用される。このような技術は文献のなかで十分に説明されており、例えば、Maniatis, Fritsch & Sambrook, Molecular Cloning; A Laboratory Manual (1982); Sambrook, Russell and Sambrook, Molecular Cloning; A Laboratory Manual (2001); Harlow, Lane and Harlow, Using Antibodies: A Laboratory Manual: Portable Protocol NO. I, Cold Spring Harbor Laboratory (1998); およびHarlow and Lane, Antibodies: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory; (1988)を参照されたい。
【0027】
本発明はHSCに関連して主に記述されるが、α9β1およびその細胞表面相互作用は、微小環境適所での定着に関与する他の体性幹細胞集団(間充織幹細胞などの公知の幹細胞または他の未確認の幹細胞を含む)の制御に影響を及ぼしうることも想定される。本発明はこれらの幹細胞集団でのおよびHSCでのα9β1調節を対象とするよう意図される。
【0028】
定義
「抗体」という用語は、抗原に結合できる免疫グロブリンタンパク質を表す。本明細書において用いられる抗体とは、抗体全体および関心対象のエピトープ、抗原または抗原断片に結合できる任意の抗体断片(例えば、F(ab')、Fab、Fv)を含むよう意図される。本発明で用いるのに好ましい抗体は、α9β1に免疫反応性または免疫特異性を示し、それゆえα9β1に選択的に結合する。α9β1に対する抗体は好ましくは免疫特異性を示し、例えば、関連する物質には実質的に交差反応性を示さない。「抗体」という用語はあらゆる種類の抗体、例えば、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、およびファージディスプレイ法によって産生されるものを包含する。本発明の特に好ましい抗体は、標的抗原に比較的高い親和性を示す抗体である。
【0029】
「血球」という用語は、赤血球、網状赤血球、巨核球、好酸球、好中球、好塩基球、血小板、単球、マクロファージ、顆粒球およびリンパ球系の細胞を含むことが意図される。患者に成熟細胞集団を輸血するという目的に対しては、赤血球、巨核球および血小板が特に有益である。
【0030】
「造血幹細胞」、「HSC」などの用語は、(1) 規定済の全ての造血系において子孫を生み出す能力を有する幹細胞、および(2) 自己複製により、全ての血球種およびその子孫において著しく免疫無防備状態の宿主を十分に再構成できる、多能性造血幹細胞を含む幹細胞を意味するよう本明細書において使用される。多能性の造血幹細胞は、CD34+、ACE、CD133および/またはThy-1などの細胞表面マーカーの発現によって同定することができる。本発明との関連において、HSCという用語は同様に、原始造血前駆細胞(HPC)の集団を包含することが意図される。
【0031】
本明細書において用いられる「多能性の」という用語は、造血系の任意の細胞を産生する能力をいう。
【0032】
「ファルマコフォア」という用語は、これまでにない形で本明細書において使用される。この用語は化合物の類または一群の幾何学的および/または化学的記述を従来意味するが、この用語は本明細書で用いられる場合、特異的な生化学的活性を有する化合物を意味し、その活性は化合物の3次元の物理的形状および化合物を構成している原子の電気化学的性質によって得られる。したがって、本明細書で用いられる場合、「ファルマコフォア」という用語は、一つの化合物であって、規定の特徴を有する化合物の一群の記述ではない。具体的には「ファルマコフォア」とは、それらの特徴を有する化合物である。より具体的には、本発明のファルマコフォアは例えば、公知のまたは特定のα9β1リガンドが結合するα9β1エピトープとの相互作用によってα9β1リガンド活性を模倣するかまたは阻害することができる。したがって、本発明のファルマコフォアは、α9β1に結合しかつα9β1の活性化/調節またはα9β1の結合を引き起こすリガンドを実質的に模倣する形状(すなわち、幾何学的仕様)および電気化学的特徴を有する。ファルマコフォアという用語は、ペプチド、ペプチド類似体および小分子を網羅する。
【0033】
本明細書において用いられる「選択的に結合する」という用語は、特定のポリペプチド、例えば、タンパク質のエピトープ、例えば、α9β1ヘテロ二量体またはα9サブユニットに対する抗体の高結合活性および/または高親和性結合を意味する。この特定のポリペプチド上のエピトープに対する抗体の結合は、同一の抗体の、任意の他のエピトープ、とりわけ関連する分子に、または同じサンプルに存在しうるエピトープへの結合よりも強いことが好ましい。これは関心対象の特定のポリペプチドが例えばα9β1などのタンパク質のエピトープ断片に比較的強く結合するため、結合条件を調整することにより、抗体はほぼ例外なく所望のタンパク質のエピトープ部位または断片、例えばα9β1の変性によって露出されかつ天然のα9β1では露出されないエピトープ断片に結合するからである。
【0034】
発明
本発明は、α9β1がHSCの微小環境適所内でのHSCの維持に重要な機能タンパク質であるという発見に基づく。本発明の出願人らは、HSC上のα9β1インテグリン結合の調節を利用して、自己複製可能なHSCの培養集団、または成熟した系統拘束細胞を各種用途に提供できることを見出した。
【0035】
α9β1を発現するHSC (すなわち、α9β1 + HSC)の同定は、移植目的のHSCの精製および特徴付けに向けた改良法の開発を促進するのに役立つ。
【0036】
本発明の方法は、ヒト造血組織から細胞の集団を得る段階を含む。造血組織から得られた細胞から、次に細胞の表面にα9β1+を発現している細胞を単離する。1つの態様では、公知のリガンド、例えば、テネイシンCまたは切断型のオステオポンチンを用いて、α9β1+ HSCを単離する。しかしながら、本発明は任意の特定の抗体を用いたα9β1+細胞の単離に限定されると解釈されるべきではない。むしろ、本発明はポリクローナル抗体を含む、α9β1+細胞を単離するための、α9β1を特異的に結合する任意の分子(抗体を含む)の使用を包含する。
【0037】
したがって、第1の局面では、本発明は以下の段階を含む、HSCを選択する方法を提供する:
(a) HSCを含む出発細胞集団を提供する段階;
(b) HSCの細胞表面のα9β1に結合する作用物質を提供することにより集団のなかでHSCを選択する段階; および
(c) 作用物質の結合によって出発細胞集団からHSCを分離する段階。
【0038】
好ましくは、α9β1インテグリンに結合する作用物質は、α9β1インテグリンリガンド(Opn、VCAM1、テネイシンCの切断型などの)、α9β1インテグリンに結合できるα9β1インテグリンリガンドのアゴニストまたは模倣薬、およびα9β1インテグリンリガンドの化学的類似体からなる群より選択される。より好ましくは、作用物質は、HSCに存在するα9β1インテグリンに結合する抗体またはその機能的断片である。
【0039】
本発明の重要な要素は、HSCのα9β1との結合を用いてある期間、好ましくは少なくとも1ヶ月、より好ましくは3ヶ月、およびさらにより好ましくは少なくとも6ヶ月にわたって自己複製可能な、HSCの培養集団を提供できるということである。
【0040】
したがって、第2の局面では、本発明は以下の段階を含む、自己複製可能なHSC集団を産生する方法を提供する:
(a) HSCが濃縮された出発細胞集団を提供する段階;
(b) HSCの細胞表面に存在するα9β1インテグリンに結合する作用物質であって自己複製可能なHSCの分化を阻害する作用物質の存在下においてHSCを培養する段階; および
(c) 前記の自己複製可能なHSC集団を収集する段階。
【0041】
好ましくは、本発明の第2の局面による作用物質は、SCF、Flt-3、α9β1抗体、VCAM1、テネイシンC、オステオポンチンおよびトロンボポエチンからなる群より選択される。
【0042】
さらに別の好ましい態様では、方法は、α9β1に選択的に結合し、培地に因子として添加されたかまたは細胞培養装置内に固定化されたOpn形態として提供されて、Opnの結合を促進でき、かつHSCの増殖およびその多能性状態の維持のためHSCの間質に媒介される微小環境適所を人為的に再現できるOpnの形態を投与する段階をさらに含む。
【0043】
好ましくは、HSCが濃縮された出発細胞集団は、動員末梢血HSC、胎児または成体由来でありうる骨髄HSC、および臍帯血HSCからなる群より選択される。好ましくは、そのようなHSCはヒトHSCに固有のマーカー、具体的にはCD34表面マーカーまたはACE表面マーカーに富む。
【0044】
特定の態様では、本発明は臍帯血から増殖されたHSC集団を提供する。臍帯血から単離されたHSCは、骨髄に由来する細胞よりもそれらを優位にしうるある種の特徴を示す。具体的には、臍帯血由来のHSCおよび臍帯血に由来する子孫は、骨髄由来のHSCほど免疫原性であるとは思われず、したがって完全にHLAが適合しない患者での臨床転帰の改善を示す。さらに、臍帯血HSCは成体造血組織から単離されたHSCに比べて、造血能/増殖能が増大しているように思われる。現在、そのようなHSCの使用は、臍帯源から単離できるHSCの数が少なく、成体での移植に十分ではないことで妨げられている。臍帯血を成体での移植に使用するという可能性は、この細胞源の使用をさらに広範囲な患者集団にまで広げ、適切なHLA適合ドナーが現在いない多くの人々がHSC移植治療を受けることを可能にすると考えられる。
【0045】
好ましい態様では、本発明の第1および第2の局面による作用物質は、表面に固定化することができる。1つの態様では、α9β1リガンドを培養フラスコ、ビーズの表面、またはその他の表面(バイオリアクタの表面などの)に固定化し、固定化表面にHSCを曝露してHSC産生を促進し、HSC子孫の増殖および分化を阻止する。この培養装置では、HSC集団の成長および増殖を促進するようα9β1リガンドの結合を利用し、親HSCと多能性の子孫HSCの両方の多能性を維持する。これには、α9β1リガンドが表面に固定化されているバイオリアクタ培養装置が含まれる。この表面にはα9β1リガンドと併せて、HSCの間質に媒介される微小環境適所を人為的に再現するその他の固定化分子が含まれてもよい。これらの表面は中空糸バイオリアクタなどのバイオリアクタ、例えば、米国特許第5,763,194号に記述されているものに特に関連性があってもよい。または、HSCの増殖および分化を促進して系統拘束細胞集団を産生するため、α9β1インテグリンとの結合の調節が利用されてもよい。
【0046】
本発明の第1および第2の局面による好ましい態様では、方法は、HSCのα9β1を活性化する段階をさらに含む。α9β1インテグリンの活性化はCa2+、Mg2+およびMn2+などの二価陽イオンのような当技術分野において公知のいくつかの方法を用いて達成することができる(Day et al., (2002) Cell Commun Adhes. 9(4):2005-219; Takamatsu et al., (1998) Cell Commun Adhes. 5(5):349-366; Egger et al,, (2003) J Pharmacol. Exp, Ther. 306(3):903-913)。α9β1インテグリンの活性化は同様に、抗体特異的な相互作用(例えば、van der den Berg et al., (2001) Eur. J. Immunol 31:276-284; Taooka et al., (1999) The Journal of Cell Biology 145:413-420; Kovach et al., (1992) The Journal of Cell Biology 116:499-509を参照のこと)、または二価陽イオンおよび抗体の組み合わせ(Chigaev et al., (2001) The Journal of Biological Chemistry 276(52): 48670-48678)によって達成することができる。
【0047】
第1および第2の局面による別の好ましい態様では、方法は、HSC集団から活性化α9β1を有するHSCを選択する段階をさらに含む。
【0048】
第3の局面では、本発明は、本発明の第1または第2の局面の方法によって分離されたかまたは収集されたHSC集団を提供する。
【0049】
第4の局面では、本発明は以下の段階を含む、系統拘束細胞の集団を産生する方法を提供する:
(a) HSCが濃縮された出発細胞集団を提供する段階;
(b) HSCに存在するα9β1インテグリンとの結合を阻害するかまたは阻止する作用物質の存在下でHSCを培養する段階であって、前記の阻害によりHSCの全体的な増殖および分化を増大させ、系統拘束細胞を産生させる段階; ならびに
(c) 前記の系統拘束細胞を収集する段階。
【0050】
この方法は造血系において産生される細胞数の増大をもたらし、これをその後、造血系由来の細胞の導入を必要とする他の特異的な治療用途に使用することができる。
【0051】
方法は特定の細胞系統の成熟細胞をもたらすよう、例えば、系統決定を推進する特定の成長因子の包含によって調整されてもよい。例えば、分化は、貧血症に苦しむ被験体の処置で使用可能な赤血球前駆細胞に向けられてもよい。
【0052】
好ましくは、α9β1インテグリンとの結合を阻害するかまたは阻止する作用物質は、α9β1インテグリンの、その関連するリガンドのいずれかとの結合を阻止する抗体またはその機能的断片からなる群より選択される。Opnまたはその他のカウンター受容体分子を隔離する作用物質は、HSCのα9β1インテグリンの結合および機能的活性化を調節するはずであり、本発明に含まれることが意図される。同様に、そのα9β1インテグリン結合および活性化においてOpnを模倣する任意の分子(例えば、Opnファルマコフォア)は、本発明によって包含される。
【0053】
この局面による方法では、HSCに存在するα9β1に対するリガンド結合を阻害または阻止してHSC集団の全体的な増殖および分化を増大させ、ならびに造血系由来のより成熟した細胞集団を産生および単離する。これは立体化学的障害を提供して活性リガンドの結合を阻止する分子の結合を介した能動的阻害、またはいずれのα9β1リガンドもない培養環境の提供を通じた受動的阻害であってよい。能動的阻害は直接的または間接的であってもよく、すなわち、α9β1分子に直接的に作用するか、または培養環境中のα9β1に結合する分子の活性を阻害してもよい。
【0054】
第5の局面では、本発明は、移植治療での使用のための、本発明の第4の局面による方法によって産生された系統拘束細胞の集団を提供する。
【0055】
1つの態様では、細胞集団は1つの特定の細胞種、例えば、赤血球に単離される。別の態様では、細胞集団はHSC子孫の不均一集団であってよい。
【0056】
本発明の1つの特定の態様では、細胞の産生は、臨床的に有用な量の成熟した造血系細胞を産生するためにデザインされたバイオリアクタ中で行われる。このような系では、十分な数の分化細胞へのHSCの増殖の増加を促進するため、HSC集団のα9β1の結合の低下が必要になると考えられる。さらなる態様では、この選択系は、培養HSCをもたらす逐次系からなり、α9β1リガンドが初めのうちは細胞に提供されてHSC「培養」集団の増殖を促進し、その後α9β1結合の阻害によって細胞の増殖および分化の増大を促進する。
【0057】
本発明のこれらのおよびその他の目的、利点および特徴は、以下にさらに十分に示されるとおり、装置の構造、組成物の配合および使用の方法の詳細を読むことによって当業者に明らかになると考えられる。
【0058】
エクスビボ培養でのHSCの増殖: 細胞源
HSCは成体と胎児の両方の骨髄、動員末梢血、および臍帯血を含めて、任意の公知のヒト幹細胞源から単離することができる。最初に、骨髄細胞を腸骨(例えば、腸骨稜を経て寛骨から)、脛骨、大腿骨、脊椎、またはその他の骨空洞を含めて、骨髄源から得ることができる。その他の幹細胞源としては、胎生期の卵黄嚢、胎児肝臓、および胎児脾臓が挙げられる。本発明の方法で用いられるHSC源には、多能性HSC、免疫担当細胞、ならびに線維芽細胞および内皮細胞を含む間質細胞の組み合わせを含む、細胞の不均一集団が含まれてもよい。
【0059】
臍帯血は造血幹細胞および前駆細胞の供給源として骨髄に匹敵する(Broxmeyer et al., 1992; Mayani et al., 1993)。骨髄とは対照的に、臍帯血は日常的にいっそう容易に入手可能であり、ドナーから骨髄を得ることに関わる不快な問題を必要としない。
【0060】
末梢血中に幹細胞を動員する方法は当技術分野において公知であり、化学療法薬、例えば、シトキサン、シクロホスファミド、VP-16、およびGM-CSF、G-CSF、SCF、もしくはIL-3などのサイトカイン、またはそれらの組み合わせによる処置を一般に含む。毎日白血球除去サンプルをCD34+および/またはThy-1+細胞の存在がないかモニターして、幹細胞動員のピークおよび、それゆえ、末梢血幹細胞の収集に最適な時機を判定することができる。
【0061】
供給された細胞からのHSCの濃縮
HSCのα9β1との結合によって、幹細胞のエクスビボ増殖などの種々のエクスビボ操作、および幹細胞の遺伝子操作を改善する新たなかつ強力な手段が得られる。そのような装置で使用されるHSCは、単離されたHSC集団であることが好ましいが、本発明の方法、培地および装置は成体のヒト骨髄またはヒト臍帯血細胞などの不均一な細胞集団におけるHSCのエクスビボ増殖に使用されてもよいことが意図される。
【0062】
濃縮ヒトHSC集団の一例は、CD34+マーカーの発現により選択された細胞の集団である。長期培養開始細胞(long term culture initiating cell; LTCIC)アッセイでは、CD34+細胞が濃縮された集団は、典型的には1/50〜1/500の範囲の、さらに通常は1/50〜1/200の範囲のLTCIC頻度を有すると考えられる。HSC集団は、CD34+発現だけに基づいて選択された集団によって提供されるものよりもHSCが高度に濃縮されていることが好ましい。以下にさらに十分に記述される各種技術の使用により、高度に濃縮されたHSC集団を得ることができる。高度に濃縮されたHSC集団は、典型的には1/5〜1/100の範囲の、さらに通常は1/10〜1/50の範囲のLTCIC頻度を有すると考えられる。好ましくは、それは少なくとも1/50のLTCIC頻度を有すると考えられる。高度に濃縮されたHSC集団の例は、このような細胞を開示および記述するため参照により本明細書に組み入れられる米国特許第5,061,620号に記述されているように、CD34+ Lin-またはCD34+ Thy-1+ Lin-表現型を有する集団である。この表現型の集団は、典型的にはおよそ1/20の平均的なLTCIC頻度を有すると考えられる(Murray et al., Enrichment of Human Hematopoietic Stem Cell Activity in the CD34+ Thy-1+ Lin- Subpopulation from Mobilized Peripheral Blood, Blood, vol. 85, No. 2, pp. 368-378 (1995); Lansdorp et al. (1993) J. Exp. ed. 177:1331)。LTCIC頻度はCAFC頻度と相関することが知られている(Reading et al., Proceedings of ISEH Meeting 1994, Abstract, Exp. Hematol., vol. 22:786, 406, (1994))。
【0063】
濃縮されたヒトHSC集団の別の例は、細胞表面ACEの発現により選択された細胞(ACE+細胞)の集団である。ACEは造血系の多能性細胞の初期マーカーとされており、CD34の発現と完全にではないが密接に関係している。このマーカーに基づく細胞の単離方法はWO 03/016916「Identification and Isolation of Somatic Stem Cells & Uses Thereof」に記述されている。
【0064】
専門化(dedicated)系統の細胞(「系統拘束」細胞)を最初に除去することによって細胞を分離するため、さまざまな技術を利用することができる。モノクローナル抗体は、特定の細胞系統および/または分化段階と関係するマーカーを同定するのにとりわけ有用である。この抗体を固体支持体に付着させて、粗分離を可能にすることができる。利用される分離技術は、回収される分画の生存性を最大限にするべきである。
【0065】
分離技術の使用には物理的特性の相違に基づくもの(密度勾配遠心および対向流遠心溶出)、細胞表面特性の相違に基づくもの(レクチンおよび抗体親和性)、ならびに生体染色特性の相違に基づくもの(ミトコンドリア結合性色素ローダミン123およびDNA結合性色素Hoechst 33342)がある。分離の手順としては、抗体被覆磁気ビーズを用いた磁気的分離、親和性クロマトグラフィー、補体および細胞毒素を含めて、モノクローナル抗体に結合された細胞毒性薬もしくはモノクローナル抗体と併用される細胞毒性薬、および固体マトリックスに付着された抗体による「パニング」またはその他任意の好都合な技術を挙げることができる。正確な分離をもたらす技術としては、さまざまな精巧化、例えば、複数のカラーチャネル、低角度および鈍角の光散乱検出チャネル、インピーダンスチャネルなどを持ちうるフローサイトメトリーが挙げられる。
【0066】
リンパ球細胞および骨髄単球細胞などの、造血系のうち主要な細胞集団系統、ならびに巨核球、肥満細胞、好酸球および好塩基球などの、リンパ球集団が除去される比較的粗い分離を最初に用いることにより、分化細胞の大部分を除去することができる。通常、造血細胞の少なくとも約70〜90パーセントが除去されると考えられる。
【0067】
例えば、CD34マーカーを用いた、正の選択をもたらす粗雑な分離に付随してまたは引き続いて専門化細胞に存在する系統特異的なマーカーに対する抗体を利用した、負の選択を行うことができる。ほとんどは、これらのマーカーはCD2、CD3、CD7、CD8、CD10、CD14、CD15、CD16、CD19、CD20、CD33、CD38、CD71、HLA-DR、およびグリコホリンAを含み; 好ましくは少なくともCD2、CD14、CD15、CD16、CD19およびグリコホリンAを含み; ならびに通常は少なくともCD14およびCD15を含む。本明細書において用いられる場合、Lin-とはCD2、CD3などに対する抗体により認識される系統関連抗原のただ1つまたは組み合わせを持った細胞の除去後に残存する細胞集団をいう。専門化細胞が実質的に枯渇した造血細胞組成物をThy-1+および/またはRho123loの選択によってさらに分離し、それによって高度に濃縮されたHSC集団が得られる。
【0068】
精製されたHSCはFACS分析により、低度の側方散乱および低度から中度の前方散乱プロファイルを有する。サイトスピン調製により、濃縮HSCはリンパ球様細胞と成熟顆粒球との間のサイズを有することが明らかである。細胞を光散乱特性およびその種々の細胞表面抗原の発現に基づき、選択することができる。
【0069】
HSCと関連するマーカーの正の選択および系統拘束細胞と関連するマーカーの負の選択を用いて、細胞を、最初に大ざっぱに分離し、その後入念に分離することによって分離することができる。HSCが高度に濃縮された組成物は、このようにして得ることができる。所望の幹細胞は、CD34+ Thy-1+ Lin-表現型を有する集団により例示され、長時間培養液中で維持されることが可能なこと、選択することならびに二次およびさらに高次の培養に移行することが可能なこと、ならびに種々のリンパ球性および骨髄単球性の系統、特にBリンパ球およびTリンパ球、単球、マクロファージ、好中球、赤血球などに分化することが可能なことにより特徴付けられる。
【0070】
したがって、本発明は、精製されたヒトHSC集団を得る2段階の方法を含む。第1の段階は、CD34+などの初期マーカーを用いた、ヒト造血組織より得られた細胞からの造血前駆細胞の精製が含まれる。第1の段階はほぼ上述のとおりとすることができ、1つまたは複数の分離技術を含むことができる。第2の段階は、α9β1の有無に基づいたさらなる分離によるこの細胞集団のさらなる精製を含む。
【0071】
第2の段階では、先に単離されたヒト造血前駆細胞をα9β1の発現について選択する。
【0072】
細胞サブセットの分離のための当技術分野において公知の他の方法または開発されている方法を用いて、本発明を実践することもできる。α9β1+細胞の精製は、α9β1を特異的に結合する任意の試薬と一緒に使われる任意のモノクローナル抗体またはモノクローナル抗体の組み合わせなどの、その他任意の試薬または試薬の組み合わせを使用することで改変されてもよい。
【0073】
ファルマコフォアデザインおよびα9β1-Opn接触面
α9β1および切断型のOpnは、特定の分子相互作用を有する複合体を形成し、この幾何学的および化学的記述に適合するファルマコフォアを本発明の方法で用いて、α9β1-Opn接触面に干渉することができる。これらの阻害剤を用いて、α9β1の相互作用をインビボで(例えば、HSC微小環境適所で)またはエクスビボで(例えば、培養および増殖後に主に利用可能な細胞種に影響を及ぼす増殖培養で)阻害することができる。
【0074】
本発明のファルマコフォアの同定には、α9β1のヘテロ二量体複合体のオステオポンチン結合部位を含む残基のポジティブイメージを模倣した小分子、ペプチドなどの同定が必要になる。成功裡の化合物はα9β1に結合し、その作用を改変し、それによりα9β1分子のOpn調節を改変する。
【0075】
阻害剤ファルマコフォアを同定するアッセイ
阻害性ファルマコフォアとしての候補分子はペプチドおよび小分子を含むが、これらに限定されない、多数の化学物質類を包含することができる。候補ファルマコフォアはタンパク質との構造的相互作用、特に水素結合に必要な官能基を含むことができ、典型的には少なくともアミン、カルボニル、ヒドロキシルまたはカルボキシル基、好ましくは化学官能基の少なくとも2つを含む。候補ファルマコフォアは、上記の官能基の1つまたは複数で置換された、環状炭素もしくは複素環構造および/または芳香族もしくは多環芳香族構造を含むことが多い。候補阻害剤ファルマコフォアは同様に、ポリヌクレオチド、ペプチド、サッカライド、脂肪酸、ステロイド、プリン、ピリミジン、誘導体、構造的類似体またはその組み合わせを含むが、これらに限定されない生体分子のなかに見出される。
【0076】
候補阻害剤ファルマコフォアは、合成または天然化合物のライブラリーを含む多種多様な供給源から得ることができる。例えば、無作為化されたオリゴヌクレオチドおよびオリゴペプチドの発現を含め、多くの手段を多種多様な有機化合物および生体分子の無作為的および特異的合成に利用することができる。あるいは、細菌抽出物、真菌抽出物、植物抽出物および動物抽出物の形態での天然化合物のライブラリーが利用可能であるかまたは容易に作出される。さらに、天然のまたは合成により作出されたライブラリーおよび化合物は、従来の化学的、物理的および生化学的手段によって容易に改変され、組み合わせライブラリーを作出するのに使用することができる。公知の薬理学的に関連のある足場をアシル化、アルキル化、エステル化、アミド化(amidification)などのような、特異的または無作為的化学修飾に供して、構造的類似体を作出することができる。
【0077】
α9β1-リガンド複合体形成に関与するタンパク質の構造的特徴の同定により、アッセイに使われる三次構造を規定して、複合体中の分子および/またはタンパク質間の相互作用を調節するファルマコフォアをデザインすることができる。具体的には、特定の三次構造を有する化合物(小分子、ペプチドなど)のデータセットを薬化学、組み合わせ化学および分子モデリングなどの、当技術分野において公知の技術により同定して、OpnまたはテネイシンCの結合に関与するタンパク質の原子または基に結合する可能性の高い分子を判定することができる。任意で、疎水性および親水性、構造モチーフ内での機能性残基の配置、ならびに造血障害に関与する突然変異などの要因が考慮されてもよい。
【0078】
本発明のアッセイの好ましい態様では、該アッセイは(1) ライブラリーの化合物を空間的配向に関して結合部位と適合させる段階; (2) コンピュータ処理分子ディスプレイソフトウェアを用いて視覚的に候補化合物をスクリーニングする段階; および(3) α9β1リガンド(例えば、テネイシンCまたは切断Opn)の存在下でα9β1に対し実際の化合物を実験的にスクリーニングして、α9β1を通じたHSC関連のシグナル伝達活性を阻害するかまたは増強する化合物を判定する段階を含む。
【0079】
一旦標的タンパク質の機能性残基を同定したならば、分子のこの部分を、例えばAvailable Chemicals Database (ACD, Molecular Design Labs, 1997)などのデータベース中の、公知の分子との比較用の鋳型として役立てることができ、またはそれを用いて新たに分子をデザインしてもよい。1つの例では、同定される分子の初期の群は、何万もしくは何十万のまたはそれ以上の異なる非ペプチド性有機化合物を含むことができる。別個のまたは追加の群は、化学反応において合成によりまたは細菌もしくはファージを介し作出されうる何百万の異なるペプチドを含むことができる。大規模なペプチドライブラリーおよびそのようなライブラリーを作製する方法は、1993年11月30日付で発行された米国特許第5,266,684号、および1995年5月30日付で発行された米国特許第5,420,246号に開示されており、これらは参照により本明細書に組み入れられる。非ペプチド性有機分子のライブラリーは、1996年12月19日付で公開されたPCT公開公報WO 96/40202に開示されており、これは参照により本明細書に組み入れられる。
【0080】
初期の分子ライブラリーをコンピュータ処理のモデリングによってスクリーニングする。例えば、化合物のコンピュータモデルをα9β1のOpnリガンド結合部位のコンピュータモデルに対し適合させて、Opnエピトープの空間的配向および基本構造を模倣する分子を見出す。このスクリーニングは、初期の群に比べて候補分子の数を実質的に減らすはずである。
【0081】
スクリーニングした群を次に、視認可能な分子像を作製する適当なコンピュータプログラムを用いて、視覚的にさらにスクリーニングすることに供する。得られた候補分子を次に、Opn-α9β1形成を阻害するその能力について試験する。
【0082】
HSC集団の増殖のための培養法および装置
α9β1リガンドを培地に加えてHSCとの結合を促進することができ、人為的に再現されたHSCの間質に媒介される微小環境適所のなかで相互作用成分の1つ(HSCが関与する多くの相互作用のうちの1つ)として機能させることができる。特異的なHSC増殖培地を用いて、各種用途のため多能性HSC集団を樹立および維持することができる。特定の態様では、培地は、HSCでのα9β1の結合をさらに増強するためトロンビンも含有する。
【0083】
あるいは、α9β1リガンドを培養フラスコ、ビーズの表面、またはその他培養装置の表面(バイオリアクタの表面などの)に固定化し、固定化表面にHSCを曝露してもよい。HSCは培養装置内のまたは培養装置上の適切なリガンドを結合するはずであり、これは2つの主な効果を有すると考えられる、つまり1) α9β1リガンドが細胞を培養系の表面に固定化する、および2) α9β1リガンドが多能性HSC集団の増殖を促進する。
【0084】
固定化されたα9β1リガンドを、培地中のまたは培養装置に固定化されたHSCに結合する他の固定化タンパク質(アンジオテンシン変換酵素(ACE)、CD59、CD34および/またはThy-1に結合する作用物質などの)と一緒に用いて、HSC微小環境適所の要素を人為的に再現することができる。固定化されたリガンドを固定化された造血成長因子、具体的には、例えばSCF、Flt3-Lと一緒に用いることができる。HSCの細胞分裂によって、産生された多能性HSC子孫もα9β1リガンドに結合し、このようにして培養系における固定化細胞の数を大きくすることができる。
【0085】
α9β1を発現していない細胞は、固定化されるようにならず、したがって培養系から除去することができる。例えば、α9β1リガンドが流通式バイオリアクタ内に固定化される場合、α9β1リガンドに結合しないいかなるHSC子孫も、培地の流通の間にHSC培養物から分離されると考えられる。したがって、α9β1を欠いた分化細胞は、溶出されうるかまたは結合細胞から別の方法で分離されうる。これによって始原的なHSC集団の増殖が可能になるだけでなく、事実上α9β1リガンド選択過程を通じてこの集団のいっそう高い均一性も促進されると考えられる。
【0086】
1つの態様では、本発明はHSC産生装置、すなわち、多能性HSC集団のエクスビボ増殖用の培養装置を提供する。この産生装置は、α9β1リガンドを固定化された形態でまたは培養装置に導入された培地を介してHSC集団に送達すると考えられる。HSCを培養装置に導入する前に、細胞表面マーカー、例えば、CD34またはアンジオテンシン変換酵素(ACE)の1つまたは組み合わせを用いて、HSC集団がその出発材料から単離されていることが好ましい。しかしながら、装置への導入前の不均一な細胞集団の中にHSCが存在する可能性のあることが想定され、該装置はHSCに選択的に結合する他の固定化分子に基づいて関連のHSC集団を単離する能力を有する。このような不均一集団には、成体ヒト骨髄またはヒト臍帯血細胞の中に存在するHSCがある。
【0087】
本発明において使用できるバイオリアクタは、インビボでの栄養素の濃度および割合を模倣した制御された濃度および割合で培地および酸素化をもたらすことができる培養過程を提供する。バイオリアクタは長年にわたって市販されており、さまざまな種類の培養技術を利用している。バイオリアクタは作動すると、自動調節された媒体流、酸素運搬、ならびに温度およびpH制御をもたらし、それらは一般に多数の細胞の産生を可能にする。最も洗練されたバイオリアクタは、必要な手作業およびオープン処理段階が最小限であるセットアップ、成長、選択および収集手順を可能にする。このようなバイオリアクタは、本発明により企図される、結合したHSC集団などの均一な細胞混合物で用いるためにデザインされることが最適である。
【0088】
哺乳類細胞培養に使われる異なるバイオリアクタのうち、多くのものは単一細胞種の高密度培養物の産生を可能にするようデザインされており、そのようなものとして本発明での用途が見つかる。これらの高密度系の主用途は細胞により産生される馴化培地を、最終産物として産生することである。これは、例えば、ハイブリドーマによるモノクローナル抗体産生の場合およびウイルスベクター産生用のパッケージング細胞株の場合である。したがって、本発明の1つの局面は馴化HSC培地の産生であり、この場合、最終産物はHSC馴化培地である。
【0089】
本発明で用いるのに適したバイオリアクタとしては、培養バイオリアクタとして特に用いられる、Slowiaczekらの米国特許第5,763,194号に記述されているもの; ならびに本発明の増殖および分化バイオリアクタとして特に用いられる、Armstrongらの米国特許第5,985,653号および同第6,238,908号、Sandstromらの米国特許第5,512,480号、Palssonらの米国特許第5,459,069号、同第5,763,266号、同第5,888,807号および同第5,688,687号、Slowiaczekらの米国特許第5,763,194号に記述されているものが挙げられるが、これらに限定されることはない。
【0090】
培養装置表面へのα9β1リガンドの付着
非共有結合性の付着は当技術分野において公知であり、二価のイオン架橋、例えば、Ca++、Mg++もしくはMn++架橋を介した付着; 材料へのα9β1リガンドもしくはその断片の吸収を介した付着; 材料上へのポリアミン、例えば、ポリリシン、ポリアルギニン、スペルミン、スペルミジンもしくはカダベリンのプラズマ溶射もしくは被覆乾燥を介した付着; 材料上に被覆された第2のポリペプチド、例えば、フィブロネクチンもしくはコラーゲンを介した付着; または材料への二官能性架橋剤、例えばN-ヒドロキシスルホスクシンイミジル-4-アジドサリチル酸(スルホ-NHS-ASA)、スルホスクシンイミジル(4-アジドサリチルアミド)ヘキサノエート(スルホ-NHS-LC-ASA)、N-γ-マレイミドブチリルオキシスクシンイミドエステル(GMBS)、N-γ-マレイミドブチリルオキシスルホスクシンイミドエステル(スルホ-GMBS)、4-スクシンイミジルオキシカルボニル-メチル-α-(2-ピリジルジチオ)-トルエン(SMPT)、スルホスクシンイミジル6[α-メチル-α(2-ピリジルジチオ)トルアミド]ヘキサノエート(スルホ-LC-SMPT)、N-スクシンイミジル-3-(2-ピリジルジチオ)プロピオネート(SPDP)、スクシンイミジル6-[3-(2-ピリジルジチオ)プロピオンアミド]ヘキサノエート(LC-SPDP)、スルホスクシンイミジル6-[3-(2-ピリジルジチオ)プロピオンアミド]ヘキサノエート(スルホ-LC-SPDP)、スクシンイミジル4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボキシレート(SMCC)、スルホスクシンイミジル4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボキシレート(スルホ-SMCC)、m-マレイミドベンゾイル-N-ヒドロキシスクシンイミドエステル(MBS)、m-マレイミドベンゾイル-N-ヒドロキシスルホスクシンイミドエステル(スルホMBS)、N-スクシンイミジル(4-ヨードアセチル)アミノベンゾエート(SIAB)、スルホスクシンイミジル(4-ヨードアセチル)アミノベンゾエート(スルホ-SIAB)、スクシンイミジル4-(p-マレイミドフェニル)ブチレート(SMPB)、スルホスクシンイミジル4(p-マレイミドフェニル)ブチレート(スルホ-SMPB)、もしくはアジドベンゾイルヒドラジド(ABH)を介した付着を含むが、これらに限定されることはない。他の態様では、α9β1リガンドまたはα9β1リガンドの活性断片が静電相互作用を介して材料に付着される。
【0091】
または、α9β1リガンドはグリコサミノグリカンをさらに含めて、上記のように、非共有結合性の付着を介して表面に付着されてもよい。α9β1リガンド、CD44およびヒアルロン酸の間の相互作用に基づくと、好ましいグリコサミノグリカンはヒアルロン酸であり、より好ましくはジサッカライドよりも大きなヒアルロン酸である。1つの態様では、ヒアルロン酸は100 kDa未満の、より好ましくは約20〜約100 kDaの、例えば、約50〜100、70〜100、または30〜80 kDaの分子量範囲を有する。
【0092】
細胞増殖および分化を促進するための培地および装置
より分化した細胞を増殖させるのに使われるバイオリアクタおよび培養条件は、所望の最終的な成熟細胞産物に応じて変わると考えられる。いくつかの「古典的な」バイオリアクタがArmstrongらの米国特許第5,985,653号および同第6,238,908号、Sandstromらの米国特許第5,512,480号、ならびにPalssonらの米国特許第5,459,069号、同第5,763,266号、同第5,888,807号および同第5,688,687号に記述されているようなバイオリアクタを含め、当技術分野において公知であり、使用されてもよい。
【0093】
α9β1リガンド遮断性の増殖後に分化した細胞集団は一過性増殖(TA)細胞、または成熟した、完全に分化した血球の、他の非拘束性共通前駆体とすることができる。TA細胞は第1の段階で増殖させた後に、所望の血球へのさらなる増殖を行うことができる。さらに分化した細胞は細胞表面マーカーにより始原細胞と識別することができ、所望の細胞種はそのようなマーカーに基づいて同定または単離することができる。例えば、LIN- HSCには、系統拘束細胞と関連するいくつかのマーカーがない。系統拘束マーカーとしてはT細胞と関連するもの(CD2、3、4および8のような)、B細胞と関連するもの(CD10、19および20のような)、骨髄性細胞と関連するもの(CD14、15、16および33のような)、ナチュラルキラー(「NK」)細胞と関連するもの(CD2、16および56のような)、RBCと関連するもの(グリコホリンAのような)、巨核球と関連するもの(CD41)、またはCD38、CD71、およびHLA-DRのようなその他のマーカーが挙げられる。HSCが高度に濃縮された集団およびそれらを得るための方法は、PCT/US94/09760; PCT/US94/08574およびPCT/US94/10501に記述されている。
【0094】
培地成分、O2濃度、分化因子、pH、温度などのような、その他の培養条件、および利用されるバイオリアクタは、分化することが望まれる細胞集団および所望の分化細胞種に応じて変わるはずであるが、分化培地を補完するのに使われるサイトカインが主に異なるはずである。特定の系統への成熟過程は、制御因子の複雑なネットワークにより調節されうる。そのような因子には、約0.1 ng/mL〜約500 ng/mL、さらに通常は10 ng/mL〜100 ng/mLの濃度で使われるサイトカインが含まれる。適当なサイトカインとしてはc-kitリガンド(KL) (steel因子(Stl)、肥満細胞成長因子(MGF)、幹細胞成長因子(SC-GF)、および幹細胞因子(SCF)とも呼ばれる)、マクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)、IL-1α、IL-2、IL-3、IL-4、IL-5、IL-6、IL-11、G-CSF、GM-CSF、MIP-1、LIF、c-mplリガンド/トロンボポエチン、エリスロポエチン、ならびにflk2/flk3リガンドが挙げられるが、これらに限定されることはない。分化培養条件は上記のサイトカインの少なくとも2つを含むと考えられ、いくつかを含んでもよい。
【0095】
例えば、赤血球が所望の成熟した血液産物であるなら、少なくともエリスロポエチンが培地に加えられるはずであり、好ましくはSC-GF、IL-1、IL-3、IL-6が培地に加えられ、場合により最終分化因子としてエリスロポエチンが後に加えられるはずである。血小板が所望の成熟した血液産物であるなら、好ましくはSC-GF、IL-1、IL-3、SCF、TPO、GM-CSFおよび/またはIL-11が培地に加えられるはずである。例えば、T細胞の分化経路では、細胞集団をIL-1およびIL-6で分化し、その後IL-1、IL-2およびIL-7での分化を行い、その後IL-2およびIL-4での分化を行うことが必要である。
【0096】
分化を単一の細胞種に向けることに代えて、最終産物を混合集団とすることができ、現行の細胞分離技術および手順を用いて細胞を分離することができる。
【0097】
HSCとのα9β1リガンドの結合の阻害は同様に、HSCの機能または生存性を変化させる化合物または作用物質の研究、スクリーニング、医用薬剤の毒性試験などの用途に細胞集団を提供するうえで有用性がある。HSC開始培養物を提供すること、およびHSCとのα9β1リガンドの結合の阻害を介していっそう成熟した細胞種の増殖を選択的に増強することで、HSC増殖の増大が可能になるだけでなく、より分化した子孫の産生が特異的に促進されると考えられる。
【0098】
したがって、1つの態様では、本発明は、α9β1リガンドを阻害する1つまたは複数の作用物質を含んだHSC増殖および分化用の培地を提供する。α9β1リガンドの阻害は単一の培養系で、または連続培養系(すなわち、異なる培地を有する連続バイオリアクタ)で行われてもよい。培養系が連続的な培養条件を伴うなら、これは特に有用である。
【0099】
例えば、分化した子孫の産生数を最大限にするため、(α9β1リガンドが培養セッティング中に固定化状態で提供されるか、またはα9β1リガンドを含有する培地を介し培養セッティングに提供されるかして)α9β1リガンドの結合を介してHSC集団を最初に増殖させた後に、α9β1リガンドの阻害によって、いっそう成熟した造血子孫の増殖および分化を加速させることが望ましいかもしれない。
【0100】
単一のα9β1リガンド阻害剤が本発明の方法で使用されてもよいが、1つの態様では、特にα9β1リガンドは複数の細胞接着分子に結合することが公知であるので、培養系および/または培地でのα9β1リガンドの阻害を確実とするよう、複数の作用物質(例えば、さまざまなα9β1リガンドエピトープに対する複数の抗体)を使用することが好ましいと考えられる。アゴニスト活性を示すα9β1抗体、好ましくは活性化モノクローナル抗体を本発明の特定の局面で使用することができる。培地中に含まれるα9β1リガンド阻害性分子は、培地灌流によって補充することができる。または、α9β1リガンド阻害性分子は培地灌流なしで、培養系の中に(例えば、バイオリアクタの入り口の中へ)別の手段により濃縮液として、別に加えられてもよい。結合性作用物質が灌流なしで加えられる場合、これは典型的には、培養系の容量の10分の1から100分の1に等しい量で10〜100×溶液として加えられるが、それはもちろん、特定の作用物質またはα9β1リガンドに対する作用物質の実際の親和性に依ると考えられる。
【0101】
例示的な態様では、α9β1リガンドの結合および/または阻害を血球の産生において使用する。一旦分化したならば、細胞表面マーカーを調べることで、所望の血球種の選択を行うことができる。例えば、T細胞はマーカーCD2、3、4および8を有することが公知であり; B細胞はCD10、19および20を有し; 骨髄性細胞はCD14、15、16および33が陽性であり; ナチュラルキラー(「NK」)細胞はCD2、16および56が陽性であり; 赤血球はグリコホリンAが陽性であり; 巨核球はCD41を有し; ならびに肥満細胞、好酸球および好塩基球はCD38、CD71、およびHLA-DRなどのマーカーを有することが公知である。
【0102】
血球は、一旦産生されたならば、後で使うため保存されてもよい。血球の保存は、当技術分野において公知の任意の方法により達成することができる。例えば、血球などの生物学的産物の保存および凍結保存のための一般的なプロトコルがLiveseyらの米国特許第6,194,136号および同第5,364,756号、ならびにAugelloらの同第6,602,718号に開示されている。さらに、赤血球の保存のための溶液および方法はEstepの米国特許第4,386,069号に開示されており、血小板の保存はLiveseyらの米国特許第5,622,867号、同第5,919614号、および同第6,211,669号、ならびにHyperBaric Systems, Inc.およびHuman Biosystems, Incからの新たな方法に関する最近の報告に開示されている。
【0103】
本発明の方法を用いて産生された細胞は、種々の血液疾患を処置するため治療的に使用できると想定される。培養系におけるα9β1リガンドの使用により、治療的に適切な細胞量へのHSCの増殖が促進されると考えられる。
【0104】
特定の態様では、産生される細胞は赤血球である。赤血球の主要な機能は酸素を体組織に運搬することである。主要ではない機能には、栄養素、細胞間メッセージおよびサイトカインの運搬、ならびに細胞代謝物の吸収が含まれる。貧血、または赤血球もしくは赤血球能の喪失は全体として、酸素を運搬する血液の能力の低下と定義することができ、急性または慢性でありうる。慢性の失血は外因性の赤血球異常、内因性の異常または赤血球の産生障害によって引き起こされうる。外因性のまたは血球外の異常には、輸血反応および赤芽球症などの抗体媒介性の障害、微小血管症性溶血性貧血、血栓性血小板減少性紫斑病および播種性血管内凝固症候群などの赤血球に対する機械的外傷が含まれる。さらに、プラスモディウム(Plasmodium)などの寄生虫による感染、鉛中毒などに由来する、化学的損傷、および脾機能亢進症によるような単核系の隔離が赤血球障害を引き起こすことがある。
【0105】
赤血球産生のさらに一般的な疾患のいくつかには、再生不良性貧血、形成不全貧血、赤芽球癆および腎不全または内分泌障害と関係がある貧血が含まれる。赤芽球の増殖および分化の撹乱にはシアノコバラミンまたは葉酸の利用障害および巨赤芽球性貧血などのDNA合成の欠陥、ヘムまたはグロビン合成の欠陥、ならびに鉄芽球性貧血などの原因不明の貧血、マラリア、トリパノソーマ症、HIV、肝炎ウイルスまたはその他のウイルスなどの慢性感染症と関連する貧血、および骨髄欠損によって引き起こされる骨髄障害性貧血が含まれる。
【0106】
α9β1に対するモノクローナル抗体
特定の態様では、薬剤はα9β1に、単一のサブユニット(例えば、α9に特異的な抗体)またはヘテロ二量体のいずれかに対して選択的に結合するモノクローナル抗体からなる。ヒト治療用の抗体はヒト化されてもまたはヒト供給源から最初に得られてもよい(例えば、ファージディスプレイ)。
【0107】
α9β1に選択的に結合する抗体を選択する方法の1つは、α9β1に選択的に結合するマウスモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの使用による。これらのハイブリドーマは抗体の構築に向けて十分に特徴付けられた試薬の確かな供給源となり、それらのエピトープ反応性および親和性がすでに特徴付けられている場合には特に有用である。そのような構築用の別の供給源には、ヒトモノクローナル抗体を産生する細胞株の使用が含まれる(Marasco, W. A., et al., Proc Natl Acad Sci USA, 90:7889-7893 (1993); Chen, S. Y., et al., Proc Natl Acad Sci USA 91:5932-5936 (1994))。別の例としては、標的分子の異なるエピトープに対して新たな抗体を構築するための抗体ファージディスプレイ技術の使用が挙げられる(Burton, D. R., et al., Proc Natl Acad Sci USA 88:10134-10137(1991); Hoogenboom 11. R., et al., Immunol Rev 130:41-68 (1992); Winter G., et al., Annu Rev Immunol 12:433-455 (1994); Marks, J, D., et al., J Biol Chem 267: 16007-16010 (1992); Nissim, A., et al., EMBO J 13:692-698 (1994); Vaughan T. J., et al., Nature Bio 14;309-314 (1996); Marks C., et al., New Eng J Med 335:730-733 (1996))。例えば、多くの標的分子に対する大規模な供給源または再構成された抗体遺伝子を供与するため、極めて大きな未感作ヒトsFvライブラリーが作出されており、それを作出することができる。疾患特異的な抗体を単離するためには、自己免疫(Portolano S., et al., J Immunol 151:2839-2851 (1993); Barbas S. M., et al., Proc Natl Acad Sci USA 92:2529-2533 (1995))または感染病(Barbas C. F., et al., Proc Natl Acad Sci USA 89:9339-9343 (1992); Zebedee S. L., et al., Proc Natl Acad Sci USA 89:3175-3179 (1992))を有する個体からもっと小さなライブラリーが構築されてもよい。
【0108】
その他の供給源には、ヒト免疫グロブリン遺伝子座を対応するマウス遺伝子座の代わりに含んだトランスジェニックマウス、およびヒトの抗原に特異的な抗体を分泌する安定なハイブリドーマが含まれる(Lonberg, N., et al., Nature 368:856-859 (1994); Green, L. L., et al., Nat Genet 7:13-21 (1994))。そのようなトランスジェニック動物により、従来のハイブリドーマ技術を通じてまたはファージディスプレイ技術と併せてヒト抗体遺伝子の別の供給源が得られる。レパートリークローニング(Clackson, T,, et al., Nature 352:624-628 (1991); Marks, J. D., et al,, J Mol Biol 222:581-597 (1991); Griffiths, A. D., et al., EMBO J 12:725-734 (1993))、インビトロでの親和性成熟(Marks, J. D., et al., Biotech 10:779-783 (1992); Gram H., et al., Proc Natl Acad Sci USA 89:3576-3580 (1992))、半合成ライブラリー(Hoogenboom, H. R., 前記; Barbas, C. F., 前記; Akamatsu, Y., et al., J Immunol 151:4631-4659 (1993))および誘導型選択(Jespers, L. S., et al., Bio Tech 12:899-903 (1994))を含めて、抗原結合部位の親和性および微細特異性を操作するインビトロ手順が報告されている。これらの組換えDNAに基づく戦略の出発材料には、マウス脾臓(Clackson, T., 前記)およびヒト末梢血リンパ球(Portolano, S., et al., 前記; Barbas, C. F., et al., 前記; Marks, J. D., et al,, 前記; Barbas, C. F., et al., Proc Natl Acad Sci USA 88: 7978-7982 (1991))ならびにHIV-I感染ドナーのリンパ器官および骨髄(Burton, D. R,, et al., 前記; Barbas, C. F., et al., Proc Natl Acad Sci USA 89:9339-9343 (1992))由来のRNAが含まれる。
【0109】
したがって、抗体がα9β1に十分な結合親和性を有することを確実にするため、抗体を容易にスクリーニングすることができる。結合親和性(Kd)は好ましくは少なくとも約10-7 l/mol、より好ましくは少なくとも約10-8 l/molであるべきである。
【0110】
実施例
以下の例は当業者に本発明の作り方および使い方の完全な開示および記述を与えるよう示されており、本発明者らがその発明と見なすものの範囲を限定するよう意図されておらず、同様にそれらは以下の実験が、行われる全てのまたは唯一の実験であることを示すまたは示唆するよう意図されていない。広く記述されるように本発明の趣旨または範囲から逸脱することなく、特定の態様において示される本発明に対し多数の変形および/または変更を行えることを当業者は理解すると考えられる。したがって、本発明の態様はあらゆる点で例証であり、限定ではないと見なされるべきである。
【0111】
使用される数値(例えば、量、温度など)に対する精度を確保するよう努力がなされているが、ある程度の実験誤差および偏差が考慮されるべきである。特に指定のない限り、部分は重量部分であり、分子量は重量平均分子量であり、温度は摂氏温度であり、および圧力は大気圧またはほぼ大気圧である。
【0112】
実施例1 原始ヒトHSCによるα9β1の発現
臍帯血をクエン酸ナトリウム中に収集し、処理されるまで室温(RT)で保持した。低密度BM細胞はFicoll-Hypaque (1.077 g/ml, Pharmacia Biotech, Sweden)を用いて不連続密度遠心分離によりCDから単離した。Isolex 300iを用いた臨床規模の細胞選択に向けたDynalビーズ法の一種をCD34+細胞の単離に使用した。CB単核球を抗CD34とインキュベートし、洗浄し、Dynal抗マウスIgGビーズに曝露してCD34+細胞をロゼット形成させた。CD34+細胞を捕捉し、ペプチド放出剤とインキュベートしてCD34+細胞を単離した。FACSによってその後CD34+、CD34+CD38およびCD34+CD38+細胞を単離するため、細胞をCD34-FITCおよびCD38-PE (Becton Dickinson)のカクテルで免疫標識した。抗マウスビオチン二次抗体およびストレプトアビジンRed670三次抗体を用いた同時標識により、α9β1発現を分析した。免疫標識細胞をFACStarPLUS (Becton Dickinson)にて選別した。
【0113】
図1Aは細胞のゲーティングをその前方および側方散乱プロファイルに基づいて示す。図1BはCD34およびCD38の発現を示し、図1Cは、Red670で標識されたα9β1の発現を、図1Bでゲーティングされた細胞集団(R2)に対して分析したことを示す。
【0114】
これらの結果からヒトHSCがα9β1を発現することは明らかである。CD34+細胞によるα9β1の発現が抗体標識およびフローサイトメトリーを用いて示された。図2Aは、前方および側方散乱プロファイルに基づいてゲーティングされた原始細胞(R1)を示し、図2BではそのCD34およびCD38発現(R2)を分析している。図2Cは、そのα9β1発現がCD34+CD38+細胞(灰色線)に比べてCD34+CD38-細胞(黒色線)に対し最大であったことを示す。アフェレーシス産物、CBおよび正常ヒト骨髄を示す。これらの結果からα9β1発現が原始ヒトHSCに対し最大であることは明らかである。
【0115】
実施例2 α9β1抗体はトロンビン切断されたOpnほど甚だしくはないがヒト造血をインビトロにおいて有意に阻害する
ヒト臍帯血細胞をFACSにより選別し、6種の成長因子G-CSF、CSF、FLT3リガンド(FLT3-L)、MGDF (全て100 ng/ml)、IL-6およびIL-3 (ともに10 ng/ml)を補充したCellgroの存在下、細胞培養ウェルの中で平板培養した(細胞300個/ウェル)。さらに、α9β1抗体(Chemicon)、トロンビン切断されたウシOpn (R & D Systems, Minneapolis, MN, USA)、またはOpn阻害ペプチド[SVVYGLR-NH2] (Auspep)を加えた。全ての細胞を5% O2、10% CO2、および85% N2中にて37℃で培養した。計測の前に、6日間細胞を成長させた。
【0116】
これらの結果を図3に示す。Cellgro (白色棒)、α9β1抗体(黒色棒)、トロンビン切断されたウシOpn (濃灰色棒)およびトロンビン切断されたウシOpnとのα9β1抗体の組み合わせ(薄灰色棒)。
【0117】
培養液中で6日後に、CD34+、CD38-、CBの細胞増殖がα9β1抗体の存在下で阻害され、相加効果が切断ウシOpnの添加によって認められた。
【0118】
実施例3 α9β1に結合するOpnペプチドはヒト造血をインビトロにおいて有意に阻害する
トロンビン切断されたウシOpnは、ウシOpn 24 μgを20 mM Tris-HCl (pH 7.6)、80 mM NaCl、2 mM CaCl2および0.1単位のトロンビン(CSL, Parkville, Australia)中にて37℃で10分間インキュベートすることにより調製された。Opnの切断をウエスタンブロット分析により確認し、予想された2つの約28および30 kDの断片が示された。
【0119】
臍帯血細胞(CD34+、CD38-、HSC)を蛍光活性化細胞選別(FACS)により選別し、6種の成長因子を補充したCellgro (白色棒、図4)、トロンビン切断されたウシOpn (黒色棒)、またはトロンビン切断後に露呈される領域に特異的なオステオポンチンペプチド(濃灰色棒)の存在下、細胞培養ウェルの中で平板培養した(細胞300個/ウェル)。6日後、トロンビン切断されたウシOpnおよびオステオポンチンペプチドの存在下において細胞増殖の有意な阻害が認められた(図4)。
【0120】
本発明を特定の態様に関連して記述してきたが、本発明の真の趣旨および範囲から逸脱することなく、さまざまな修正が行われてもよく、等価物が代用されてもよいことは当業者によって理解されるはずである。さらに、特定の状況、材料、または過程を本発明の目的、趣旨および範囲に適合させるよう多くの変更が行われてもよい。そのような全ての変更は本発明の範囲内であることが意図される。
【0121】
広く記述されているように本発明の趣旨または範囲から逸脱することなく、特定の態様において示される本発明に対し多数の変形および/または変更を行えることを当業者は理解すると考えられる。したがって、本発明の態様はあらゆる点で例証であり、限定ではないと見なされるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0122】
本発明の上記の特徴、利点および目的を達成し、詳細に理解できるように、上記に簡単に要約されている本発明のさらに具体的な記述は、添付の図面に例証される態様を参照することにより行うことができる。しかしながら、添付の図面は本発明のある種の態様を例証するだけであり、本発明は他の同等に有効な態様を認めることができるので、その範囲を限定するものと見なされるべきではないことに留意されたい。
【図1】原始ヒトHSCはα9β1を発現する- 抗体標識およびフローサイトメトリーを用いて示された、CD34+細胞によるα9β1の発現。(A) 前方および側方散乱プロファイルに基づいてゲーティングされた原始細胞(R1)を(B) そのCD34およびCD38発現(R2)について分析し、(C) そのα9β1発現(黒色線)をアイソタイプ対照(灰色線)と比較した。アフェレーシス産物、臍帯血(CB)および正常ヒト骨髄を示す。
【図2】α9β1発現は原始ヒトHSCで最大である- 抗体標識およびフローサイトメトリーを用いて示された、CD34+細胞によるα9β1の発現。(A) 前方および側方散乱プロファイルに基づいてゲーティングされた原始細胞(R1)を(B) そのCD34およびCD38発現(R2)について分析し、(C) そのα9β1発現がCD34+CD38+細胞(灰色線)に比べてCD34+CD38-細胞(黒色線)で最大であった。アフェレーシス産物、CBおよび正常ヒト骨髄を示す。
【図3】α9β1抗体はトロンビン切断されたオステオポンチンほど広範囲にではないが、6種の因子刺激の存在下、ヒト造血をインビトロにおいて有意に阻害する- 選別されたCB CD34+CD38- HSC (1ウェルあたり300個)を、6種の因子を補充したCellgro (白色棒)、α9β1抗体(黒色棒)、トロンビン切断されたウシOpn (濃灰色棒)、およびトロンビン切断されたウシOpnとともにα9β1抗体(薄灰色棒)の存在下で平板培養した。6日後に、α9β1抗体の存在下で細胞増殖の有意な阻害およびさらに切断ウシOpnの存在下で相加効果が認められた。データは四つ組のウェルの平均±SEMである。
【図4】α9β1に結合する、トロンビン切断後に露呈される領域に特異的なオステオポンチンペプチドは、6種の因子の刺激の存在下、ヒト造血をインビトロにおいて有意に阻害する- 選別されたCB CD34+CD38- HSC (1ウェルあたり300個)を、6種の因子を補充したCellgro (白色棒)、トロンビン切断されたウシOpn (黒色棒)、またはオステオポンチンペプチド(濃灰色棒)の存在下で平板培養した。6日後に、トロンビン切断されたウシOpnおよびオステオポンチンペプチドの存在下で細胞増殖の有意な阻害が認められた。データは四つ組のウェルの平均±SEMである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の段階を含む、HSCを選択する方法:
(a) HSCを含む出発細胞集団を提供する段階;
(b) HSCの細胞表面のα9β1インテグリンに結合する作用物質を提供することにより集団のなかでHSCを選択する段階; および
(c) 作用物質の結合によって出発細胞集団からHSCを分離する段階。
【請求項2】
作用物質がSCF、Flt-3、α9β1抗体、VCAM1、テネイシンC、オステオポンチンおよびトロンボポエチン、ならびにHSCの細胞表面のα9β1インテグリンに結合するリガンドからなる群より選択される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
リガンドが抗体である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
以下の段階を含む、自己複製可能なHSC集団を産生する方法:
(a) HSCが濃縮された出発細胞集団を提供する段階;
(b) HSCの細胞表面のα9β1に結合する作用物質であって自己複製可能なHSCの分化を阻害する作用物質の存在下においてHSCを培養する段階; および
(c) 前記の自己複製可能なHSC集団を収集する段階。
【請求項5】
作用物質がSCF、Flt-3、α9β1抗体、VCAM1、テネイシンC、オステオポンチンおよびトロンボポエチンからなる群より選択される、請求項4記載の方法。
【請求項6】
作用物質が表面に固定化される、請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
表面が培養装置、ビーズ、カラムの外層またはバイオリアクタの表面を形成する、請求項6記載の方法。
【請求項8】
HSCの細胞表面のα9β1を活性化する段階をさらに含む、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
HSC集団から活性化α9β1を有するHSCを選択する段階をさらに含む、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項記載の方法によって分離されたまたは収集されたHSC集団。
【請求項11】
以下の段階を含む、系統拘束(lineage committed)細胞の集団を産生する方法:
(a) HSCが濃縮された出発細胞集団を提供する段階;
(b) HSCの細胞表面に存在するα9β1インテグリンとの結合を阻害するかまたは阻止する作用物質の存在下でHSCを培養する段階であって、前記の阻害によりHSCの全体的な増殖および分化を増大させ、系統拘束細胞を産生させる段階; ならびに
(c) 前記の系統拘束細胞を収集する段階。
【請求項12】
請求項9記載の方法によって産生された系統拘束細胞集団。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2008−539700(P2008−539700A)
【公表日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−509267(P2008−509267)
【出願日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際出願番号】PCT/AU2006/000529
【国際公開番号】WO2006/116793
【国際公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【出願人】(507364296)オーストラリアン ステム セル センター リミテッド (1)
【Fターム(参考)】