説明

紅色系色素を産生しないモナスカス属菌株

【課題】本発明は、従来の紅麹菌に比べ、紅色系色素を産生しない紅麹菌株を提供する。
【解決手段】紅色系色素を産生しないことを特徴とするモナスカス属に属する糸状菌。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紅色系色素を産生しないモナスカス属に属する糸状菌に関する。
【背景技術】
【0002】
紅麹は穀類にモナスカス属の菌株を繁殖させた麹で、中国、台湾などでは紅酒、老酒、紅乳腐などの醸造原料として利用されており、また古来より生薬として「消食活血」「健脾燥胃」などの効果が知られている。(李時珍「本草綱目」(1590年))。日本では沖縄の伝統食品である豆腐よう、赤飯、紅ムーチ(ちまき)などが、紅麹を使った食品として長らく食されてきた。
【0003】
紅麹菌は赤系、黄系、紫系の色素を生産するが、これらの色素は耐熱性があり、タンパク質への染着性に優れるため、合成のタール系色素に代わる天然色素として1950年代頃から食品の着色料に広く使われるようになった。現在も赤色系の天然着色料として水産練製品や畜産加工食品、パン、麺類などの着色に使用されている。
【0004】
しかし1970年代に入り紅麹の生理活性物質が研究され、モナスカス属の菌株によって生産されるモナコリンKが、体内のコレステロール合成の律速酵素であるHMG-CoAレダクターゼを阻害することにより血中コレステロールを低下させることが明らかにされる(非特許文献1、2、特許文献1)等、紅麹の機能性が注目されるようになって健康食品素材としての用途が一気に拡大した。最近ではサプリメント素材としての利用が増加している。
【0005】
このように、健康効果を重視したサプリメント等の健康食品素材として利用する場合は、必ずしも紅色を呈している必要性はない。紅麹色素は光により容易に退色するという一面を併せ持つため、むしろ紅色系色素が生産されず赤〜紅色を呈していない方が好まれる場合もある。ところがこれまで、そのような紅麹を得ることはできなかった。もし紅色系の色調を呈さない紅麹ができれば、退色し易いという欠点に配慮しなくてもすむ機能性素材として利用できるばかりでなく、ブレンド用素材として紅色色調の調整用に利用することも可能となる。
【非特許文献1】発酵工学 第64巻 第6号 1986年発行
【非特許文献2】日本臨床栄養学会誌 第22巻 第3号 2000年発行
【特許文献1】特開昭58−43783公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来の紅麹菌に比べ紅色系色素の生産性が低く、紅色系の色調を呈さない紅麹を製造することが可能なモナスカス属に属する糸状菌を提供することを主な目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明らは、紅色系色素の生産性が低く、紅色系色素を産生しない性質を有するモナスカス属に属する糸状菌を見出した。
【0008】
本発明は、以下のモナスカス属に属する糸状菌を提供するものである。
項1.紅色系色素を産生しないことを特徴とするモナスカス属に属する糸状菌。
項2.受託番号:NITE P-413(寄託番号;SCI254-51)によって独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに受託されたモナスカス属菌株である請求項1に記載のモナスカス属に属する糸状菌。
項3.項1又は2に記載のモナスカス属に属する糸状菌を用いて得られる紅麹。
項4.L*a*b*表色系色度によって測定したa*値が15以下である項3に記載の紅麹。
【発明の効果】
【0009】
本発明のモナスカス属に属する糸状菌株は、紅色系の色素を産生しないという特徴を有しつつ、本来の紅麹菌としての菌学的性質を保持しているものである。従って、本発明のモナスカス属に属する糸状菌を用いれば、従来の紅麹菌株では製造できなかった紅色系色素の発現が低減又は欠損した紅麹を得ることができる。このような紅麹は、紅色の退色に配慮する必要のない健康食品用素材として利用できるばかりでなく、紅麹粉末製品の色調調整用のブレンド素材としても有用に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のモナスカス属に属する糸状菌(以下、モナスカス属菌株と表記することがある)は、色素の生産形質以外は紅麹菌としての形質を保持しつつ、紅色系色素を産生しないことを特徴とする。本明細書において『紅色系色素を産生しない』、又は『紅色系の色調を呈さない』とは、目視で確認した場合に紅色系の色調を呈しているとは判断されないことを意味する。本発明のモナスカス属菌株を用いることによって得られた紅麹は、通常の紅麹菌株を用いて得られた紅麹と比較しても明らかに紅色を呈しているとは言えず、黄色に近い色調を呈することを特徴とする。
【0011】
例えば、本発明のモナスカス属菌株を用いて得られた紅麹粉体の色調をL*a*b*表色系色度によって測定した場合、a*の値(正値は赤方向を表す)が15以下、好ましくは0〜15程度であり、より好ましくはL*の値(明度を表す)が65〜80程度、且つa*の値が5〜15程度、且つb*の値(正値は黄方向を表す)が25〜60程度を示す。
【0012】
本発明のモナスカス属菌株は、モナスカス(Monascus)属に属する糸状菌(紅麹菌)を親株として、その自然突然変異株から目的菌株をスクリーニングするか、または親株に対して変異処理を行った後に目的菌株をスクリーニングすることによりすることによって得ることができる。
【0013】
モナスカス属に属する菌としては、モナスカス・プルプレウス(Monascus purpureus)、モナスカス・アンカ(Monascus anka)、モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus)等が挙げられ、好ましくはモナスカス・ピローサスである。
【0014】
変異処理には、従来公知の方法を採用することができ、例えば紫外線(UV)照射、X線照射、γ線照射などの物理的方法、NTG(N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン)、EMS(エチルメタンスルホネート)などの突然変異誘起処理による化学的方法が挙げられる。ただし、突然変異処理は本発明における必須構成要件ではなく、スクリーニングの効率を上げるために突然変異処理を積極的に利用しようとしたものである。
【0015】
本発明の紅色系色素を産生しない菌株のスクリーニング方法としては、例えば、次の方法が挙げられる:
変異処理の終了した、もしくは変異処理を施さないままの紅麹菌胞子を基本平板培地上に塗抹し、出現してきたコロニーをランダムに分離する。次に分離した菌株を約5日間、斜面培地で培養し増殖させた後、フラスコスケールの製麹を無菌的に行う。製麹条件としては、水分率を35〜55%に調整し、温度20〜35℃、製麹日数14〜20日で行えばよい。こうして得られた紅麹は110℃、20分間の熱処理により菌および酵素を失活させた後、通風乾燥機で水分率が10%以下になるまで乾燥し、粉砕機にて粉末化、調整する。こうして得た紅麹の色調を、目視もしくは色彩計を用いて評価を行い、紅色系色素を産生しない菌株を選抜する。
【0016】
以上のようにして得られる具体的な菌株として、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(NMPD)に、平成19年9月4日付にて受託番号:NITE P-413(寄託番号;SCI254-51)として受託された菌株が挙げられる。NITE P-413菌株は、モナスカス・ピローサス(Monascus pilosus) NBRC4520の自然突然変異胞子から、上記のスクリーニング法で取得したものである。
【0017】
本発明のNITE P-413菌株と親株であるNBRC4520菌株の培養的性質を下記表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
本発明のNITE P-413菌株とNBRC4520菌株の形態的性質を表2に示す。
【0020】
【表2】

【0021】
本発明のNITE P-413菌株とNBRC4520菌株の生理的性質を表3に示す。
【0022】
【表3】

【0023】
上記表1〜3に示されるように、NITE P-413菌株とNBRC4520菌株では色素の産生形質のみが異なり、他の形質は同等であることが確認された。
【0024】
本発明のモナスカス属菌株を用いて紅麹を製造し、食品素材等に用いることができる。製麹方法としては、従来公知の方法を採用すればよく、例えば特許第2591635号(米を製造原料とする紅麹の製造法)に記載される方法に従って紅麹を製造することができる。
【0025】
本発明のモナスカス属菌株(紅麹菌株)はモナスカス属としての菌学的性質を保持しており、例えば紅麹菌の特徴であるモナコリンK産生能を有している。従って、本発明菌株を用いて得られた紅麹には、血中コレステロール値の低減作用に有効とされるモナコリンKが含有されており、血中コレステロール値改善のための健康食品素材として有用である。
【0026】
一方、本発明のモナスカス属菌株によって得られる紅麹は、紅色系の色調を呈さず、色素の退色等の問題がないため、長期に亘って保存されるカプセル、錠剤、サプリメント等の健康食品素材として好適に用いることができる。また、従来の紅麹とブレンドして色調を調整するために用いることもできる。
さらに、麺類、菓子類、パン類等の食品原料として利用することもできる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0028】
[実施例1]
精白米を一晩水に浸漬し約1時間水切りした後、オートクレーブで125℃、30分間蒸気滅菌し蒸米を得た。これをフラスコ当たり30g入れた培地にMonascus pilosus NITE P-413、または親菌株(Monascus pilosus NBRC4520)を植菌し、最初の4日間は30〜35℃、4日目以後は23〜25℃で、計10日間培養を行った。なお、培養期間中の水分率は40〜50%に調整した。こうして得た培養物および培養終了後の紅麹を110℃、20分間の熱処理により紅麹菌と酵素を失活させた後、通風60℃で水分率を約10%まで乾燥し、さらに粉砕して紅麹粉末とし、目視およびミノルタ(現コニカミノルタ)製色彩色差計CR−200により色調の評価を行った。その結果を図1および表4に示す。
【0029】
なお、図1における上段は、粉砕前の、下段は粉砕後のサンプルを示す。
【0030】
【表4】

【0031】
これによると、NITE P-413を用いて製麹した結果得られた紅麹は、赤〜紅色の色調を呈さず、L*a*b*表色系色度の値も、NBRC4520を用いて得られた紅麹とは明らかに異なることがわかった。すなわち、NITE P-413を用いて得られた紅麹の方が、明度L*はより明るい色調で、赤みa*の値は低く、黄方向を表すb*の値は高かった。
【0032】
[実施例2]
精白米を一晩水に浸漬し約1時間水切りした後、オートクレーブで125℃、20分間蒸気滅菌し蒸米を得た。これをフラスコ当たり30g入れた培地にMonascus pilosus NITE P-413、または親菌株(Monascus pilosus NBRC4520)を植菌し、最初の4日間は30〜35℃、4日目以後は23〜25℃で、計17日間培養した。なお、培養期間中の水分率は40〜50%に調整した。こうして得た培養物および培養終了後の紅麹を110℃、20分間の熱処理により紅麹菌と酵素を失活させた後、通風60℃で水分率を約10%まで乾燥し、さらに粉砕して紅麹粉末とし、L*a*b*表色系色度の測定とモナコリンK含量の定量を行った。その結果を表5に示す。
【0033】
【表5】

【0034】
これによると、NITE P-413を用いて製麹した結果得られた紅麹は、赤〜紅色の色調を呈さず、L*a*b*表色系色度の値もNBRC4520を用いて得られた紅麹とは異なり、実施例1と同じ傾向を示した。しかしモナコリンKの生産性については元の紅麹の特性と変化のないことが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】NITE P-413とNBRC4520の各菌株を用いて得られた紅麹の色調を比較したカラー写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
紅色系色素を産生しないことを特徴とするモナスカス属に属する糸状菌。
【請求項2】
受託番号:NITE P-413(寄託番号;SCI254-51)によって独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに受託されたモナスカス属菌株である請求項1に記載のモナスカス属に属する糸状菌。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のモナスカス属に属する糸状菌を用いて得られる紅麹。
【請求項4】
L*a*b*表色系色度によって測定したa*値が15以下である請求項3に記載の紅麹。



【図1】
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