説明

細胞内への物質導入方法および装置、並びにそれらによって得られた細胞

【課題】
複数種の細胞内導入物質を複数の細胞に高率かつ連続的に簡便に導入できる方法および装置、並びにそれらによって得られた細胞を提供する。
【解決手段】
細胞を細胞内液よりも浸透圧が低くかつその差の絶対値が50mOsm/kg以上ある水系溶媒に0.5〜120分間浸漬した後、細胞内導入物質との接触下、細胞内導入物質を含まない液体を細胞にエレクトロスプレーする方法、および前記液体の貯蔵用タンク、スプレーチューブ、高電圧印加用の昇圧装置等を筐体内に収納したスプレー装置を用いる。これらの方法および装置を用いることによって、複数種の細胞内導入物質を導入した複数の細胞を効率的に得ることが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内導入物質を効率よくかつ簡便に細胞内に導入できる方法および装置、並びにそれらによって得られた細胞に関する。更に、詳しくは、細胞内導入物質を高い導入効率でしかも短時間に導入できる方法およびその方法を用いた小型で安全な装置、並びにそれらの方法で細胞内導入物質を導入した細胞に関する。
細胞内に、DNAやRNA等の遺伝子、酵素や抗体等の蛋白または医薬品等の化学物質を効率的に導入できる方法および装置、並びにそれらによって得られる細胞は、医学、薬学、農学等のバイオ関連分野において大変有用な研究、生産手段となる。
【背景技術】
【0002】
細胞内導入物質を細胞内に取り込ませる方法としてよく知られているものに、エレクトロポレーション法がある(例えば、非特許文献1参照)。この方法は遺伝子と細胞を懸濁した溶液に高電圧をパルス状にかけ、溶液中に含まれる遺伝子を細胞内に取り込ませる方法である。この方法は適用範囲が広く遺伝子導入効率が高い方法ではあるが、細胞の致死率が高い欠点を有する。
【0003】
また、細胞内へ物質を入れる方法としてパーティクルガンがある(例えば、特許文献1参照)。この方法は遺伝子を付着させた金、タングステンのような微粒子を細胞に打ち込む方法である。この方法は微粒子が当たった細胞に対しては高い導入効率を示すが、対象物が多数の細胞からなる場合、微粒子の当たらないものが生じるため、全体として導入効率が上がりにくい欠点がある。また、細胞内に微粒子が蓄積するため細胞への影響が避けられない欠点も有する。
【0004】
液体を高速でスプレーする方法にエレクトロスプレー法がある。このエレクトロスプレー法は、スプレー用のチューブに高電圧を印加することでチューブ先端に電荷を集め、その電荷が集まったチューブ先端部分に液体を通すことにより、液体を帯電した微細な液滴となし、標的細胞に対して高速でスプレーする方法である。なお、この方法は、質量分析のイオン化法等として使用されている方法である(例えば、非特許文献2,3参照)。
【0005】
このエレクトロスプレーを利用した遺伝子導入法の一つとして、パーティクルガンと称されるものがある。この方法は、キャピラリーの先端を通過させる際にパーティクルを含む懸濁液に高電圧を印加し、細胞にスプレーする方法である。(例えば、特許文献2参照)。この方法は、細胞内導入物質を付着させたパーティクル、または細胞内導入物質とパーティクルを含む混合液をエレクトロスプレーで加速する方法である。しかしながら、細胞内導入物質を変更しようとした場合、懸濁液の通液系をその都度洗浄置換する必要があり、煩雑かつ長い操作時間を要するという問題を抱える。また、細胞内導入物質を含んだ懸濁液をスプレーするため、装置内部が汚染される危険性もある。
【0006】
これら従来法の欠点である煩雑な処理を必要としない方法として、エレクトロスプレーする液体に細胞内導入物質を含まない液体を用いる方法を我々は報告している。この方法は、細胞内導入物質との接触下、細胞に細胞内導入物質を含まない液体をエレクトロスプレーするか、細胞に細胞内導入物質を含まない液体をエレクトロスプレーした後、該細胞と細胞内導入物質と接触させることにより、細胞内導入物質を細胞内に取り込ませる方法である。
この方法は、細胞内導入物質を含む液体をエレクトロスプレーする場合のように、細胞内導入物質の種類を替えるたびに送液ラインを洗浄置換する必要がなくなるので、細胞内導入物質の導入操作を大幅に簡略化でき、しかも多種類の細胞内導入物質を連続的に細胞に導入できる特徴を有する。しかしながら、標的細胞の細胞膜性状やエレクトロスプレーされた液滴量の違いによって細胞間で導入むらが生じる問題があり、導入効率をより高めるためにはさらなる改良の余地を残す。
【0007】
また、従来の、細胞内導入物質の細胞内導入方法や装置は、煩雑な操作や大型の装置を要するものであり、操作の簡略化や装置の小型化が進んでおらず、その点でも改良が期待されている。
【0008】
【特許文献1】米国特許第4945050号明細書
【特許文献2】米国特許第6093557号明細書
【非特許文献1】E. Neumann, M.Schaefer-Ridder, Y. Wang P.H. Hofschneider, EMBO J.1982, vol.1, p841-845.
【非特許文献2】J. B. Fenn, M. Mann, C. K. Meng, S. F. Wong, C. M. Whitehouse, Science, 1989, vol.246, p64-71.
【非特許文献3】Z. Takats, J. M. Wiseman, B. Gologan, R. G. Cooks, Science, 2004, vol.306, p471-473.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、エレクトロスプレーを用いて細胞に細胞内導入物質を高効率かつ簡便に導入できる方法および装置、並びにそれらによって得られた細胞を提供することにある。さらには、多数の細胞に均一に導入できる方法を提供することである。また、さらには、小型で安全性の高い使いやすいエレクトロスプレー装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、細胞内導入物質を細胞に高効率かつ簡便に導入できるエレクトロスプレーを用いた方法および装置について鋭意検討した結果、細胞内導入物質との接触下で細胞に、細胞内導入物質を含まない液体をエレクトロスプレーする方法、細胞に対して細胞内液との浸透圧の差の絶対値が50mOsm/kg以上ある低張性の水系溶媒に0.5〜120分間侵漬する前処理方法、およびこれらの方法を容易に実施できるように工夫した装置を用いることによって、細胞内導入物質を細胞内に効率的に導入できる事を見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は以下の(1)〜(6)に示す細胞内導入物質の細胞内への導入方法およびその方法を用いた装置、並びにそれらによって細胞内導入物質を導入した細胞に関する。
(1)細胞を、細胞内液よりも浸透圧が低くかつその差の絶対値が50mOsm/kg以上ある水系溶媒に0.5〜120分間浸漬した後、細胞内導入物質との接触下で細胞に、細胞内導入物質を含まない液体をエレクトロスプレーすることを特徴とする、細胞内導入物質の細胞内導入方法。
(2)細胞内導入物質が遺伝子である、(1)に記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法。
(3)筐体内部に収納された電気的制御機構を有する昇圧回路を用いて、エレクトロスプレーする液体に電圧を印加する、(1)に記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法。
(4)筐体内部に収納された液体用タンクに貯蔵した液体を定量的に採取し、細胞にエレクトロスプレーする、(1)に記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法。
(5)(1)〜(4)の何れか一項に記載の方法を用いた細胞内導入物質の細胞内導入装置。
(6)(1)〜(4)の何れか一項に記載の方法で細胞内導入物質を導入した細胞。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、細胞内導入物質を細胞内に取り込ませる際、高効率で細胞内導入物質を細胞内に導入することが可能になる。さらに、操作が簡単になるとともに安全で使用しやすい小型装置が可能になる。また、小型化することで、これまで不均一になりやすかったスプレー上の問題も克服される。すなわち、本発明により、細胞内導入物質、例えば遺伝子のような高分子量の生体物質を、高い導入効率でしかも安全かつ簡便に細胞内に導入することが可能になる。また、本発明はこれまでのエレクトロスプレーを利用する細胞内への物質導入法の利点も同時に有し、高価な金属微粒子や破裂板が必要でなく、1回あたりの処理費用が下がる。さらにはスプレーする液体の交換等が必要でなくなるため、多種類の遺伝子を多種類の細胞に連続的に短時間で導入することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明は、特定条件下で細胞を処理した後、細胞内導入物質との接触下、細胞に対して細胞内導入物質を含まない液体をエレクトロスプレーすることを特徴とする、細胞内導入物質の細胞内導入方法およびその方法を用いた装置、並びにそれらによって得られた細胞に関するものである。また、本発明で使用するエレクトロスプレーは、例えば、高電圧を印加したチューブの先端部分より液体を放出させることによって液体を帯電させ、その表面電荷の反発によって、液体が微細な液滴となり噴霧される現象を利用したものである。
【0013】
細胞内導入物質の共存下、細胞に液体をエレクトロスプレーする場合の実施形態を模式図1に示す。細胞(Cell)と細胞内導入物質(Material A)が共存している。ここに液体(Material B)をエレクトロスプレーする。この時、細胞内浸透圧αと周りの液体の浸透圧βとの差が50mOsm/kg以上ある低張性の水系溶媒(低張液)に細胞を0.5〜120分間浸漬する処理を行う。次いで、細胞内導入物質との接触下、例えば、細胞内導入物質を含む溶液との接触下で細胞に細胞内導入物質を含まない液体をエレクトロスプレーする。これにより細胞内導入物質が導入された細胞(Material A in Cell)が得られる。このように細胞をあらかじめ浸透圧差のある低張液に浸漬することで高い効率で物質を細胞内に導入することが可能になる。
すなわち、細胞内との浸透圧差に基づいて細胞外から水分が流れ込み、これによって細胞が膨張して細胞膜にストレスが掛かり、この状態でエレクトロスプレーされた液体が細胞にあたることで、浸透圧差に基づく前処理を行っていない場合に比べて細胞に一過性の穴が開きやすくなり、細胞内導入物質の細胞内への導入効率が大幅に向上するものと予想される。
【0014】
細胞浸漬用に使用する低張液は、細胞内液との浸透圧差が50mOsm/kg以上ある低張液、より好ましくは100〜300mOsm/kgの範囲にある低張液に浸漬すればよい。浸漬時間は0.5〜120分間、より好ましくは1〜30分間である。なお、処理時間は細胞の種類および状態、または低張液に含まれる溶質の種類および濃度等の条件に基づいて選択すればよいが、浸透圧差が大きい溶液を用いて短時間処理するよりも、100〜300mOsm/kgの範囲にある溶液に、1〜30分間浸積し細胞を穏やかに膨潤させる方法をとることが、物質導入後の細胞生残率を高める上で特に好ましい。なお、処理時間が0.5分間を下回ると細胞内導入物質の導入促進効果が期待できず、120分を超えると浸透圧差によって死滅する細胞数が増えるので処理効率が下がる。
【0015】
本発明において細胞内に導入する物質は特に限定されるものではないが、特に有用性が高い例を示すとすれば遺伝子が挙げられる。具体的にはDNA若しくはRNA、またはこれらの類似化合物、誘導体が挙げられる。これらはプラスミド、ファージ、ウイルス、ウイロイド、オリゴDNA、オリゴRNA、マイクロRNA等の形態で提供される。塩基配列の大きさは特に断りがない。塩基は二本鎖、一本鎖どちらでもかまわない。
また、本発明において遺伝子より小さな物質は一般的により容易に取り込ませることができる。その様な例としては蛋白、ペプチド、糖、脂質、農薬、抗菌剤、金属イオン、蛍光標識試薬、同位体標識試薬等が挙げられる。これらの物質を所定の濃度になるように水やバッファーで希釈し使用すれば良い。
【0016】
エレクトロスプレーする液体は、細胞内導入物質を含んでおらず、細胞に悪影響を与えない取り扱いやすい液体であれば何れでもよい。その意味で水または水溶液が好ましい。水はイオン交換水、蒸留水、滅菌水の形で使用できる。また、水溶液は金属イオン水溶液、有機溶媒水溶液、高分子水溶液、培地、平衡緩衝液であることが好ましい。
本発明では印加する電圧が高いため、一般にイオン交換水、蒸留水、滅菌水のような電解質を含まない導電性が低い液体でも電気抵抗による電位低下の影響が小さいので、電解質を含む導電性の高い液体と同様に使用できる。また、細胞内導入物質を含まない液体を使用するので、タンクに液体を貯蔵し、そこから液体を必要量採取しながら連続的にエレクトロスプレーすることが可能となる。
【0017】
細胞に満遍なく細胞内導入物質を取り込ませるようにするためにはエレクトロスプレーするチューブを可動式にし、装置全体を小型化することが望ましい。しかしながら、高電圧ケーブルを用いてチューブとの接続を図ろうとする場合、耐電性を有する厚く被覆されたケーブルを用いる必要性があるため、ケーブル自身の重量が大きくなり操作性を損なう。また、劣化に伴う感電、火災の危険性もある。
この問題の解決法として、高電圧を印加する昇圧部とチューブをケーブルで接続するような構造ではなく、高電圧を印加する昇圧部をスプレー装置内部に内蔵する構造を採用する。つまり、エレクトロスプレー用のチューブや高電圧印加のための昇圧機構を筐体内部に一体的に収納した装置を用いる。このように高電圧を印加する昇圧部を筐体内部に収納させた構造にすることでケーブルの長さを大幅に短縮でき、スプレー装置が軽量化され、使用者がケーブルに直接触れることもなくなる。これにより極めて簡便にかつ安全に多数の細胞に対して満遍なくエレクトロスプレーすることが可能となる。
一方、電源の供給は低電圧のケーブルを用いて行うこともできるが、筐体内部に電源用の電池を収納させることによって、安全性と操作性をさらに高めることができる。電池の種類は特にこだわらない。また、ケーブルはエレクトロスプレーするチューブ部分のみならず、流露配管やタンクに接続することもできる。流路配管やタンクにケーブルをつないだ構造で使用すると、タンク部分も高電圧になり危険性を帯びることになるが、非導電性のプラスチック等でできた絶縁性の筐体を使用することなどでその問題を回避できる。
【0018】
図2に本発明で使用する装置の模式図を示す。エレクトロスプレー装置の筐体内部に高電圧を発生させる昇圧回路1を有している。また、エレクトロスプレーする液体が入ったタンク2も内部にあり、昇圧回路と接続している。昇圧回路の電源は電池3より供給されている。すべて筐体4の内部にあり、筐体内部の高電圧部は絶縁材料で絶縁されている。本発明で使用する絶縁材料は特に制限はないが、耐衝撃性を有しているプラスチックが好ましい。筐体にはフェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ポリオレフィン樹脂、スチレン系樹脂、塩化ビニル樹脂、ナイロン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアセタール樹脂、フッ素系樹脂等が使用出来る。この筐体を絶縁物で保護するのはスプレー装置を手に持って使用する場合に、使用者を感電から保護するためで、金属で筐体を作成する場合、内部の高電圧部と絶縁して作成し、好ましくは筐体をグランド電位にすることである。
タンク2はジョイント5を通してチューブ6に液体を供給できるようになっている。高電圧はチューブ6先端に印加されればよいため、昇圧回路からの高電圧の印加場所はジョイント5、チューブ6でもかまわない。
内部の液体を介し高電圧が懸かっているチューブ6、タンク2、ジョイント5の筐体との接続は必ず絶縁されていなければならない。そのためには、高電圧を印加する場所以外は絶縁材料で形成されていることが好ましく、ガラス、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ポリオレフィン樹脂、スチレン系樹脂、塩化ビニル樹脂、ナイロン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアセタール樹脂、フッ素系樹脂、ゴム、シリコンゴム等が使用出来る。
【0019】
昇圧回路1を用いて作る電圧は細胞との距離、チューブの大きさ、エレクトロスプレーする液体の流量や性状等から最適値を求めて決めれば良く、チューブ先端の液体と細胞との電位差で0.1kV〜100kVが好ましく、1kV〜20kVの範囲がより好ましい。チューブに印加する電圧の極性は正負どちらでも良い。
昇圧回路が供給する電流は250μA以下であることが好ましく、100μA以下であることがより好ましい。250μAを超えると、昇圧回路を大きくしなければならず、装置の小型化がしにくくなる。また、使用者の感電事故の危険性も高まることになるので好ましくない。
【0020】
内部のタンク2の容量は特に限定されない。使用しやすいのは1〜300mLである。タンクの材料は特に指定はないが、タンクを通して液体に電圧を印加しようとする場合、タンク材料は導電体であり、かつ、コンタミネーション防止の為に加熱滅菌できる材料であることが望ましい。
そのような目的に合致する材質としてはカーボン混合導電得製樹脂、金属が使用しやすい。タンクとチューブのジョイント5は材料、形状に特に制限がない。ルアーロック型、スウェージロック型、ワンタッチジョイント型など適宜選択すればよい。
チューブ6の材料は特に制限はないが、昇圧回路との接続を行う場合は金属のような導電材料が好ましく、タンクと同様に加熱滅菌できる耐熱材料がより好ましい。チューブ先端の内径は1μm〜10mmが好ましく、0.1mm〜5mmがより好ましい。チューブ先端が小さい場合には流路が狭くなり過ぎるため通液に過大な圧力を要することとなり好ましくない。一方、内径が大きい場合には、液体が微細化しない場合がある。タンク2からチューブ6への送液は、毛細管現象、シリンダ、ポンプ等を使用して送液すれば良い。送液する液体は定量的にタンクから採取しチューブに送液することが好ましい。流量調節にはバルブや配管の太さのような機械的な構造、または可変抵抗のような電気的な構造で調節すればよい。
【0021】
図3にシリンダ型の送液構造を示す。タンク2の内部に液を押し出すシリンダ7がある。このシリンダは、ねじ付シャフト8により移動してタンク内の液を押し出す。このシャフトはモーター9により駆動する。モーター9は電源3から電力を供給されるが、この電源は同時に昇圧回路1に電力を供給する。この電力の供給は筐体4に付いたスイッチ10により、ON、OFF制御される。このスイッチによりタンク内の液体の供給と昇圧が同時に行える。また、スイッチをグランド電位の端子として兼用することも可能である。
スイッチの位置はスプレー部に接続しなくても問題なく、フットスイッチのようにして手操作が必要ないようにもできる。筐体4にスイッチを有する場合もその位置は自由に選択できる。高電圧がかかる部分はチューブ6であり、それ以外は電圧がかからず、手に持つことが可能である。チューブ先端と細胞との距離は適宜選択すればよい。使用しやすいのは5mm〜2000mmである。
【0022】
図4に本発明の装置の外観図を示す。細胞にエレクトロスプレーする液体の量は細胞の量、形状、種類に応じて変えればよい。またこれに伴い、エレクトロスプレーする時間も変化する。流量は特に制限がないが10〜1000μL/minの範囲が使用しやすい。
【0023】
本発明で使用する細胞は特に制限がなく、動物、植物、または微生物の細胞何れでもよい。また、細胞だけでなく組織、臓器、生体であってもかまわない。また、卵、精子、花粉、胞子、種子のような生殖細胞類を対象にすることも当然可能である。エレクトロスプレーされる細胞は電位差を維持できるようにグランド電位になるようにした方が良い。
【0024】
次に具体的な細胞内導入物質の細胞内への導入操作について説明する。
細胞は細胞内と等圧である培地を除き、細胞を露出する。そこに培地と異なる低浸透圧の水系溶媒(低張液)を加え細胞を浸漬する。所定時間浸漬後、低張液を除き、細胞内導入物質を含んだ水溶液を入れ細胞と接触させる。次いで昇圧回路とタンクを内部に有するエレクトロスプレー装置を使用して、エレクトロスプレーされた液体が全体の細胞に当たるようにチューブを動かす。これで細胞内導入物質の細胞内への導入作業が終了する。
なお、細胞と細胞内導入物質との接触のさせ方については、例えば、細胞内導入物質を含ませた低張液に細胞を所定時間浸漬し、必要に応じ浸透圧を復元した後、細胞に液体をエレクトロスプレーする方法、または、細胞を低張液に所定時間浸漬した後、これに細胞内導入物質を加え、必要に応じ浸透圧を復元した後、液体をエレクトロスプレーする方法等を用いてもよい。これによって、溶媒置換に伴う煩雑な操作を減らすことも可能である。すなわち、付着性の培養動物細胞にDNAを入れる場合、容器の底に付着した細胞以外の成分等を除くためピペットで培地を除去し、その後、容器に細胞内と浸透圧差のあるDNAの水溶液を加え、所定時間経過後、エレクトロスプレー装置により水のエレクトロスプレーを行う。終了後、細胞培養用の培地を加えることで操作は完了する。
【0025】
本発明は細胞の種類、導入する物質を変更する場合、エレクトロスプレーする液体を変更する必要がなく、同一の液体で行うことができる。
本発明により高い導入効率で細胞内導入物質、特に遺伝子を細胞内に導入することが可能になる。また、装置内部に昇圧回路とタンクを有することで安全に作業できる。また、作業性も改善する。
【実施例】
【0026】
以下、実施例および比較例を以て本発明の内容を詳しく示すが、これらの例のみに本発明は限定されない。
実施例1
【0027】
1.実験装置
実験に使用した装置を図5に示す。
実験に使用した電源3は乾電池を使用し、3Vを供給する。この3Vを昇圧回路1で+10kVにしてタンク2に接続する。タンク2は導電性プラスチックでできているが高電圧と接触する部分以外は絶縁性のプラスチックで覆われている。タンクの容量は約10mLである。シリンダ7が内部にあり、シャフト8がモーター9により回転することでタンク内の液体はルアーロック型ジョイント5に接続するルアーロックを持つ内径0.1mmのステンレス製チューブ6へ導入される。チューブからの液体のスプレー供給速度は120μL/minである。
2.細胞内導入物質の導入実験
実験装置は上記1の装置を使用した。
細胞内導入物質は緑色蛍光蛋白(GEP)遺伝子組み込みプラスミド(4.7kbp)を使用した。細胞はチャイニーズハムスターの卵巣から生検樹立された繊維芽細胞(CHO細胞)を使用した。35mmデッシュにCHO細胞をα−MEM培地+10%FBSの培地で、COインキュベーター中37℃で培養したものを使用した。
本発明で記載する浸透圧はすべて氷点降下法で測定した結果である。細胞内の浸透圧はその細胞を培養してきた培地の浸透圧と同じとした。使用する上記プラスミッド水溶液の浸透圧と培地の浸透圧との差を細胞の内外の浸透圧差とした。
シャーレ内の培地をピペットで吸出し、シャーレの底に付着する細胞だけをシャーレに残した。そこにプラスミドを水に溶解させた濃度100μg/mLの溶液を100μLシャーレに加えた。この時、細胞内と浸漬するプラスミド溶液の浸透圧差は200mOsm/kg以上あった。浸漬は5分間行った。
浸漬操作を行った後、上記1の装置を使用して滅菌水を+10kV印加した状態で120μL/minの流量でシャーレ内の細胞にエレクトロスプレーを高さ4cmから行った。この時、シャーレ内に均等にスプレーされるように目視で確認しながらスプレー装置を手で移動させながら1分間行った。
その後、シャーレに培地を加え、一晩培養した。蛍光顕微鏡観察により、緑色の蛍光を示す細胞が確認でき、遺伝子導入が確認できた。細胞内への細胞内導入効率である遺伝子の発現した蛍光を示す細胞は4%であった。
蛍光顕微鏡による写真を図6に示す。
【0028】
実施例2
前記の実施例1と同じ装置を使用して実験を行った。また、エレクトロスプレー操作も同様に行った。ただし、タンクに入っている液体はリン酸緩衝液であるPBSを使用した。本発明で使用するPBSはNaCl8g/L,KCl0.2g/L,NaHPO・12HO2.9g/L,KHPO0.2g/Lの組成からかなる水溶液でpH7.2から7.4の物を使用した。
PBSをエレクトロスプレー後の操作も実施例1と同様に行った。その結果、遺伝子の導入効率は6.5%であった。
【0029】
比較例1
浸透圧の影響
実施例1で使用した細胞、および装置を用いて実験を行った。使用するプラスミドは、リン酸緩衝液PBSに溶かしたものを用いた。培地除去後、このプラスミド溶液を加え、細胞の浸漬を実施例1と同様に行った。この時、細胞内とプラスミド溶液の浸透圧差はなかった。5分浸漬後、実施例1と同様の操作を行った。蛍光顕微鏡観察の結果、蛍光を発する細胞はなく、プラスミドは細胞に導入されていなかった。
【0030】
比較例2
浸漬時間の影響
実施例1と同じ装置を使用し、同様の操作を行った。ただし、プラスミド溶液を浸漬する時間は10秒にして非常に短時間処理後、エレクトロスプレーを行った。その結果、遺伝子の導入効率は0.7%であった。
【0031】
比較例3
装置構造の影響
実験装置
実験に使用した装置の構造を図7に示す。
装置はブース11内にスプレー用のチューブ6が固定されている。チューブはブースの外にある昇圧回路1とポンプ12に接続している。昇圧回路の電源はAC100Vから導入される。エレクトロスプレー用のチューブ6は内径0.1mmのステンレス製である。このチューブと昇圧回路は高電圧ケーブルで接続されている。ポンプ12とチューブ6はシリコン製のチューブでつながり、スプレーされる液体が供給される。ジャッキ13によりチューブと細胞の距離を変えることができる。
細胞は実施例1と同様の細胞を使用した。水をエレクトロスプレーする液体として使用し、実施例1と同様の条件で実験操作を行った。その結果、蛍光を発生する細胞は少なく、導入効率は0.4%であった。蛍光顕微鏡写真を図8に示す。
同一面積を観察した蛍光顕微鏡写真においても、本発明の装置を使用するほうが効率よく導入されていることが容易にわかる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】細胞内と浸透圧差のある溶液に浸漬した状態で細胞に液体をエレクトロスプレーする場合の模式図。
【図2】昇圧回路とタンクを内部に有するエレクトロスプレー装置。
【図3】タンク構造がシリンダ構造であるエレクトロスプレー装置
【図4】エレクトロスプレー装置外観
【図5】装置内部構造と外観
【図6】蛍光顕微鏡写真(小型装置によるGFP遺伝子発現)
【図7】固定式導入装置
【図8】蛍光顕微鏡写真(固定式装置によるGFP遺伝子発現)
【符号の説明】
【0033】
1は昇圧回路、2はタンク2、3は電池、4は筐体、5はジョイント、6はチューブ、7はタンク内部のシリンダ、8はねじ付シャフト、9はモーター、10はスイッチ、11はブース、12はポンプ、13はジャッキを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を、細胞内液よりも浸透圧が低くかつその差の絶対値が50mOsm/kg以上ある水系溶媒に0.5〜120分間浸漬した後、細胞内導入物質との接触下で細胞に、細胞内導入物質を含まない液体をエレクトロスプレーすることを特徴とする、細胞内導入物質の細胞内導入方法。
【請求項2】
細胞内導入物質が遺伝子である、請求項1に記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法。
【請求項3】
筐体内部に収納された電気的制御機構を有する昇圧回路を用いて、エレクトロスプレーする液体に電圧を印加する、請求項1に記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法。
【請求項4】
筐体内部に収納された液体用タンクに貯蔵した液体を定量的に採取し、細胞にエレクトロスプレーする、請求項1に記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか一項に記載の方法を用いた細胞内導入物質の細胞内導入装置。
【請求項6】
請求項1〜4の何れか一項に記載の方法で細胞内導入物質を導入した細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−220298(P2008−220298A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−65011(P2007−65011)
【出願日】平成19年3月14日(2007.3.14)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】