説明

細胞分離方法

【課題】特殊な試薬や装置を用いることなく、迅速に所望の細胞を分離する。
【解決手段】複数種の細胞を含む細胞群に対して、生理食塩水とは浸透圧が異なる浸透圧液を供給する浸透圧液供給ステップS1と、該浸透圧液供給ステップS1において浸透圧液を供給した後、所定の時間経過後に、細胞群を生理食塩水と同等の浸透圧を有する洗浄液によって洗浄する洗浄ステップS2とを含む細胞分離方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞分離方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ヒトの脂肪組織を採取して、消化酵素および生理食塩水とともに攪拌することにより脂肪組織内に含まれる脂肪由来細胞群を分離する技術が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
この技術においては、分離された脂肪由来細胞群には、幹細胞、血管内皮細胞および線維芽細胞等が含まれるので、これらの細胞を種類毎に分離することが必要である。
【0003】
【特許文献1】国際公開第03/053346号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
多数の細胞を含む細胞群から目的の細胞を分離する方法としては、抽出された細胞群を遠心分離機によって遠心処理することにより、密度勾配法によって細胞の種類毎に分離したり、添加する成長因子の種類を異ならせて、成長速度の相違を利用して細胞の種類毎に分離したり、あるいは、細胞の種類毎に異なる吸着特性を有する抗体を利用して吸着したりすることが行われる。
しかしながら、上記いずれの場合においても、特殊な試薬を使用したり、遠心分離機のような特別な装置を用いたり、あるいは時間をかけて培養したりする必要があるという不都合がある。
【0005】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、特殊な試薬や装置を用いることなく、迅速に所望の細胞を分離することができる細胞分離方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、複数種の細胞を含む細胞群に対して、生理食塩水とは浸透圧が異なる浸透圧液を供給する浸透圧液供給ステップと、該浸透圧液供給ステップにおいて浸透圧液を供給した後、所定の時間経過後に、前記細胞群を生理食塩水と同等の浸透圧を有する洗浄液によって洗浄する洗浄ステップとを含む細胞分離方法を提供する。
【0007】
発明者らは、細胞毎に浸透圧に対する耐性が異なることを発見した。
本発明によれば、浸透圧液供給ステップにおいて生理食塩水とは異なる浸透圧の浸透圧液を供給することにより、浸透圧に対する耐性が細胞毎に異なることを利用して、細胞を選択的に分離することができる。すなわち、生理食塩水は通常、0.85〜0.9%濃度であるため、これとは浸透圧の異なる浸透圧液として、0.85%濃度より低濃度の液体あるいは0.9%より高濃度の液体を利用することにより、細胞内外の浸透圧差によって、耐性の低い細胞の細胞膜を破壊して細胞を死滅させ、耐性の高い細胞のみを残すことができる。この場合に、特別な試薬や装置を使用することなく、また、長時間にわたる培養も行うことなく、所望の細胞を選択的に分離することができる。
【0008】
上記発明においては、前記洗浄ステップが、細胞群から分離する細胞の種類に応じて、前記浸透圧液を供給してから洗浄するまでの所要時間を調節することとしてもよい。
細胞によっては、浸透圧液に晒される時間によってその耐性を異ならせる場合もあり、このようにすることで、時間をかけて死滅する細胞を選択的に除去して分離することができる。
【0009】
また、上記発明においては、前記浸透圧液が、蒸留水であり、前記洗浄ステップが、浸透圧液供給の約5〜10min経過後に細胞群を洗浄することとしてもよい。
このようにすることで、浸透圧液として生理食塩水より浸透圧の低い蒸留水を使用することにより、細胞膜を介して浸透圧液を細胞内に浸透させ、浸透圧液の圧力によって耐性の低い細胞を破壊して、耐性の高い細胞を分離することができる。
【0010】
また、上記発明においては、前記浸透圧液が、蒸留水よりも濃度の高く生理食塩水より濃度の低い食塩水であってもよい。
このように、浸透圧液として蒸留水より濃度の高く生理食塩水より濃度の低い食塩水を使用することにより、細胞膜を介して浸透圧液を細胞内に浸透させ、浸透圧液の圧力によって耐性の低い細胞を破壊して、耐性の高い細胞を分離することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、生体組織から分離される細胞群に含まれる死細胞数を低減し、不純物を含まない細胞群を得ることができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態に係る細胞分離方法について、図面を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る細胞分離方法は、複数種の細胞から特定種類の細胞を選択的に分離する方法であって、図1に示されるように、細胞群に蒸留水からなる浸透圧液を供給する浸透圧液供給ステップS1と、浸透圧液の供給後、所定の時間経過後に、細胞群を生理食塩水からなる洗浄液によって洗浄する洗浄ステップS2とを含んでいる。
【0013】
さらに具体的には、例えば、脂肪組織等の生体組織を切断して得られた組織片に浸透圧液を供給して組織片を浸漬させた状態で、所定時間にわたって維持した後、生理食塩水で洗浄する。蒸留水は、通常の生理食塩水、すなわち0.85〜0.9%濃度の食塩水よりも十分に低い浸透圧を有しているので、このような浸透圧液が細胞群に対して供給されると、浸透圧液が各細胞の細胞膜を透過して細胞内に浸透する。
【0014】
発明者らは、細胞の種類に応じて浸透圧に対する耐性が異なることを発見した。
図2に示されるように、ADSC(脂肪由来幹細胞)、EC(血管内皮細胞)およびFibroblast(線維芽細胞)を蒸留水に浸漬した場合、その処理時間と生存率との関係が変化する。血管内皮細胞および線維芽細胞は浸透圧の低い浸透圧液に対する耐性が幹細胞より弱いので、5分〜10分経過後には、その生存率は幹細胞の生存率に比べて十分に低くなる。
【0015】
特に、10分経過後には、血管内皮細胞および線維芽細胞の生存率は20%以下に低下するのに対し、幹細胞の生存率は60%以上となっており、血管内皮細胞および線維芽細胞を死滅させて幹細胞を選択的に分離することができる。また、15分経過後には、幹細胞の生存率は25.5%であるのに対し、血管内皮細胞の生存率は1%、線維芽細胞の生存率は0%とすることができ、幹細胞をより確実に選択的に分離することができる。
【0016】
なお、本実施形態においては、浸透圧液として蒸留水を採用したが、これに代えて、蒸留水より濃度の高く生理食塩水より濃度の低い食塩水を採用してもよい。例えば、20%濃度の生理食塩水に15分間浸漬すると、図3に示されるように、血管内皮細胞のみを80%以下の生存率に低下させ、40分間浸漬すると、幹細胞および線維芽細胞の生存率を90%以上に維持しながら、血管内皮細胞の生存率のみを70%以下に低下させることができる。その結果、20%濃度の生理食塩水に浸漬する時間を調節することにより、血管内皮細胞を除去した幹細胞および線維芽細胞を多く含む細胞群を選択的に分離することができる。
【0017】
なお、本実施形態においては、蒸留水(0%濃度の食塩水)と20%濃度の生理食塩水に浸漬した場合について説明したが、これに限定されるものではなく、蒸留水とリン酸緩衝生理食塩水との混合液を用いて任意の濃度の浸透圧液を構成することにしてもよい。また、食塩水に代えて、他の成分からなる浸透圧液を採用することにしてもよい。また、処理時間についても、上記実施形態に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る細胞分離方法を示すフローチャートである。
【図2】細胞群を蒸留水に浸漬したときの処理時間と各細胞の生存率との関係を示すグラフである。
【図3】細胞群を0%,20%濃度の生理食塩水に浸漬した場合に、処理時間を異ならせた場合の各細胞の生存率を示す図表である。
【符号の説明】
【0019】
S1 浸透圧液供給ステップ
S2 洗浄ステップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種の細胞を含む細胞群に対して、生理食塩水とは浸透圧が異なる浸透圧液を供給する浸透圧液供給ステップと、
該浸透圧液供給ステップにおいて浸透圧液を供給した後、所定の時間経過後に、前記細胞群を生理食塩水と同等の浸透圧を有する洗浄液によって洗浄する洗浄ステップとを含む細胞分離方法。
【請求項2】
前記洗浄ステップが、細胞群から分離する細胞の種類に応じて、前記浸透圧液を供給してから洗浄するまでの所要時間を調節する請求項1に記載の細胞分離方法。
【請求項3】
前記浸透圧液が、蒸留水であり、
前記洗浄ステップが、浸透圧液供給の約5〜10min経過後に細胞群を洗浄する請求項1に記載の細胞分離方法。
【請求項4】
前記浸透圧液が、蒸留水よりも濃度の高く生理食塩水より濃度の低い食塩水である請求項1に記載の細胞分離方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−99052(P2010−99052A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−275952(P2008−275952)
【出願日】平成20年10月27日(2008.10.27)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】