細胞又は組織の凍結保存法
【課題】細胞又は組織の損傷を抑制できる、そして、凍害防御剤等の添加物を使わない、良質な凍結保存を可能とする技術を提供すること。
【解決手段】細胞又は組織を凍結保存するに際し、先ず、細胞又は組織を、常温で細胞又は組織に損傷を与えない程度に乾燥し、次いで、凍結し保存することを特徴とする細胞又は組織の凍結保存法。好ましいのは、最大氷晶生成帯以下の温度で凍結させる方法であり、また、常温乾燥としてマイクロ波減圧乾燥を用いる方法である。
【解決手段】細胞又は組織を凍結保存するに際し、先ず、細胞又は組織を、常温で細胞又は組織に損傷を与えない程度に乾燥し、次いで、凍結し保存することを特徴とする細胞又は組織の凍結保存法。好ましいのは、最大氷晶生成帯以下の温度で凍結させる方法であり、また、常温乾燥としてマイクロ波減圧乾燥を用いる方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞又は組織の、具体的には食品や生体等の凍結保存法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品や生体等の凍結保存において、細胞の損傷を防ぎ、出来るだけ生きたままの状態で凍結保存を行うことが、良質な食材の長期保存や移植治療の観点から求められている。食品や生体等の凍結保存では、最大氷晶生成帯と呼ばれる温度領域を、如何に速く通過させて冷却するかという点が、品質および機能の保存において最も重要である。この温度帯では、氷結晶が生成、そして成長しやすいため、長時間この温度帯にあると、氷結晶が成長して大きな氷晶となり、細胞や組織が損傷を受けることになる。
【0003】
そのため、この温度帯を短時間で通過できるような急速凍結とするか、又は、この温度帯で凍結させず、より低温において微細な氷晶として凍結させるといった工夫がなされている。前者の場合には、強力な冷凍機を用いたり、伝熱促進を図ることがなされているが、大きなエネルギーを必要とすることや、冷却能に限界があることが問題となっている。一方、後者においては、グリセリン等の凍害防御剤を使用して大きな氷晶の形成を防いだり(特許文献1参照)、最近では、磁場と電場を印加して最大氷晶温度帯を未凍結のままに冷却して通過した後、瞬時に凍結して微細な氷晶とし、損傷を与えないで凍結する方法(特許文献2参照)が提案されている。しかしながら、凍害防御剤の利用は食品には適さない。また、電磁場の影響はまだ未解明であり、その有効性については未だ確証が得られていないという状況にある。
【特許文献1】特開平6−292564号公報
【特許文献2】特開2001−245645号公報
【0004】
このような技術的背景から、凍害防御剤や添加物を用いず、遅い冷却速度でも最大氷晶帯を未凍結のまま通過でき、より低温で微細な氷晶となって、細胞や組織に損傷を与えない状態で凍結保存できる方法の開発が望まれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、細胞又は組織の損傷を抑制できる凍結保存技術を提供すること。そしてまた、凍害防御剤等の添加物を使わない、良質な凍結保存を可能とする技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、凍結保存に際しての細胞の生存率が、細胞内凍結と細胞外凍結によって大きく影響されることを知見し、凍結に関与する水分子数を、事前に、常温乾燥することによって減少させ、氷晶形成による細胞の損傷を防ぐ凍結保存法を見出したものである。
【0007】
即ち、本発明の請求項1に記載された発明は、細胞又は組織を凍結保存するに際し、先ず、細胞又は組織を、常温で細胞又は組織に損傷を与えない程度に乾燥し、次いで、凍結し保存することを特徴とする細胞又は組織の凍結保存法である。
【0008】
本発明の請求項2に記載された発明は、最大氷晶生成帯以下の温度で凍結させることを特徴とする請求項1記載の細胞又は組織の凍結保存法である。
【0009】
本発明の請求項3に記載された発明は、常温乾燥としてマイクロ波減圧乾燥を用いることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞又は組織の凍結保存法である。
【0010】
そして、本発明の請求項4に記載された発明は、冷凍保存に際し、凍害防御剤等の添加物を添加しないことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞又は組織の凍結保存法である。
【0011】
なお、例えば、特開平10−127263号公報には、食品の風味を残し長期保存可能な乾燥方法として、被乾燥物中の水分が生鮮状態の水分の10〜30%になるまで被乾燥物が凍結しない温度、例えば、10〜40℃で予備乾燥した後、真空凍結乾燥する方法が開示されている。しかし、この発明は、真空凍結乾燥に関するものであり、細胞や組織に損傷を与えない状態で凍結保存することを目的とした本発明とは全く異なるものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の凍結保存法によれば、食品の場合には、解凍した際にドリップの少ない良質な長期冷凍保存が可能となる。また、医療分野においては、生体細胞又は生体組織の損傷が少なく、かつ凍害防御剤等の添加を必要としない、長期凍結保存が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、細胞又は組織を凍結保存するに際し、先ず、細胞又は組織を、常温で細胞又は組織に損傷を与えない程度に乾燥し、次いで、凍結し保存するものである。本発明において常温とは、約10〜約30℃の温度範囲を意味し、細胞又は組織に損傷を与えない程度の乾燥とは、細胞又は組織の含水率によって決めることができ、例えば、たまねぎ細胞の場合には、乾量基準の含水率が4g/(g・dry)程度まで乾燥すれば良い。この含水率は、対象物を、例えば、顕微鏡下に観察することによって容易に決定することができる。
【0014】
食品や生体等の凍結保存では、最大氷晶生成帯と呼ばれる温度領域を、如何に速く通過させて冷却するかという点が、品質および機能の保存において最も重要である。この温度帯では、氷結晶が生成、そして成長しやすいため、長時間この温度帯にあると、氷結晶が成長して大きな氷晶となり、細胞や組織が損傷を受けることになる。最大氷晶生成帯の温度とは、一般に0℃から−5〜−7℃といわれることが多いが、細胞や組織の種類によりその温度帯は異なる。本発明においては、この最大氷晶生成帯以下の温度で凍結させることが好ましい。
【0015】
本発明において、常温で細胞又は組織に損傷を与えない程度に乾燥する方法・手段としては、特に制限はないが、常温乾燥としてマイクロ波減圧乾燥を用いるのが好ましい。マイクロ波減圧乾燥とは、減圧ポンプが接続されたチャンバー内に細胞又は組織等の対象物を入れ、このチャンバー内を減圧状態で、対象物にマイクロ波を照射して行う減圧乾燥方法である。マイクロ波減圧乾燥の中でも、本発明者らが、国際出願のWO2005/100891号で提案した方法・装置が好ましい。この方法は、マイクロ波減圧乾燥方法において、a)チャンバー内の減圧の程度を、対象物の変質温度に対応する飽和蒸気圧以下とし、b)チャンバーの外部からチャンバー内に空気等の気体を供給し、c)マイクロ波をオンオフ処理して、対象物の温度をその変質温度未満に保持した状態で乾燥を行うことを特徴とする方法である。このマイクロ波減圧乾燥を用いると、細胞又は組織を一様に最適な含水率にまで常温で乾燥させることができる。そして、その後、凍結保存を実施するが、できるだけ冷却速度の大きいほうが望ましい。
【0016】
また、本発明において、特に、食品等を対象にする場合には、冷凍保存に際し、凍害防御剤等の添加物を添加しない方が好ましい。
【0017】
本発明においては、凍結の前に予備乾燥することにより、細胞又は組織の脱水を図り、凍結に関与する水分子数を低減することにより、最大氷晶生成帯を通過できるようにする。より具体的には、一様かつ常温で乾燥させることのできるマイクロ波減圧乾燥法を用い、細胞の生存率の高い、あるいは細胞の良質な条件を維持できる最低の含水率にまで乾燥させる。これにより、後に続く冷凍過程において、細胞内凍結温度が低下するため、細胞に与えるダメージの少ない微細な氷晶が発生し、保存期間中の氷晶の成長も抑制することができる。その結果、微細な氷晶により細胞又は組織の損傷が低減され、生体組織の保存性が改善される。本発明において凍結し保存するための方法・手段については特に制限はなく、公知の方法・手段を用いることができる。以下、実施例により本発明を詳述する。
【実施例1】
【0018】
先ず、細胞の凍結挙動が観察できるたまねぎの表皮組織を用い、室温乾燥を行った後、冷却ステージを備えた顕微鏡で凍結させ、細胞内凍結の生じる温度と氷晶の様子を観察した。実験に使用するたまねぎ表皮組織は、トリパンブルー染色液により生死判定を行い、細胞が生存状態にあることを確認した後、室温に放置し、自然乾燥を行った。放置時間を変えることにより乾燥の程度を変え、含水率を変化させた。また、トリパンブルーにより生死判定を行い、含水率と生存率との関係を求めた。その結果を図1に示した。乾燥によって細胞が死んでしまっては意味が無いと考え、以後の凍結実験は生存範囲にある含水率の細胞について行った。
【0019】
凍結実験におけるたまねぎ表皮組織の冷却速度は、乾燥脱水の効果を見るために1℃/min程度に遅い速度とした。細胞内凍結の生じる温度と含水率との関係を図2に示した。たまねぎ細胞の場合、乾燥しない場合にも、0℃から−7℃程度とされる最大氷晶生成帯よりも低温で凍結するものもあるが、事前の乾燥によって含水率を減少させると、明らかに最大氷晶生成帯より低温で凍結し、乾燥と共に凍結温度が低下していることがわかる。このことより、事前に乾燥した細胞ほどより低温で細胞内凍結が生じ、損傷を与える最大氷晶生成帯を未凍結状態で通過できることが確認された。
【0020】
凍結時の細胞の様子を透過照明を用いたデジタル顕微鏡で観察したところ(図示せず)、凍結した細胞は暗くなるが、含水率の多い細胞では光の透過度が良く、さほど暗くなっていないのに対し、乾燥させて含水率を低くした細胞では、微細な氷晶が生成しているために光の屈折が進み、暗い画像となっていた。このことから、予備乾燥が、細胞に損傷を与えにくい微細な氷晶を生成し、凍結保存に効果的であると判断できる。
【実施例2】
【0021】
次に、本発明が実際の冷凍操作において有効な方法であることを示すために、生牡蠣の凍結実験を実施し、解凍後のドリップ量を比較した。図3にその結果を示した。生牡蠣15〜17gを用いて、冷凍後に解凍し、その際のドリップ量を比較した。凍結前の乾燥には、マイクロ波減圧乾燥を用い(前記WO2005/100891号参照)、乾燥時の温度が30℃を超えない条件で行った。冷凍は、家庭用の冷蔵庫の冷凍室を使用した。図3の結果からわかるように、事前の常温乾燥によって解凍後のドリップ量が少なくなり、細胞損傷を抑制していることが確認できた。以上により、本発明が凍結保存に有効な方法であることが示された。
【実施例3】
【0022】
鮪と鯖(2cm角)を用いて、実施例2の場合と同様に一定の含水率まで予備乾燥した後、鮪は−20℃で、鯖は−20℃又は−80℃で凍結し、その後、−20℃の冷凍庫で凍結保存した。そのまま1週間保存したものを、水道水で流水解凍した。そして、パネラーによって味、におい、色、食感の4項目について官能検査を行った。なお、鮪は全項目を生で、鯖はにおいと色を生で、味と食感は蒸したもので比較した。
【0023】
鮪は12人、鯖は11人のパネラーによって行った。最初に新鮮な試料を食べて味やにおいなどを記憶し、基準の0点とする。その後、これと比較して他の各種試料がどうであったかを、表1の評価点表をもとに評価する。なお、味以外の項目についても表1を参考にして、新鮮なものに近いものに低い得点をつけた。結果は表2に示したとおり、鮪と鯖の
いずれの場合も、約3%程度の予備乾燥を行ったものが高い評価となった。また鯖においては冷却速度の速い方(表2の(b))が評価も高かった。なお、鯖の場合、冷却速度の遅い方(表2の(a))は−20℃まで冷却したものであり、冷却速度の速い方(表2の(b))は−80℃まで冷却したものである。
【0024】
【表1】
【0025】
【表2】
【実施例4】
【0026】
種々の試料を、冷凍前に実施例2と同様に予備乾燥を行うことによって、解凍後に生じるドリップ率(ドリップ量)の変化を調べた。また、生牡蠣については、ドリップに含まれるたんぱく質量を測定し、細胞組織破壊の程度との関連を調べた。ここで、ドリップ率は、解凍前の質量と解凍後の質量との質量差をドリップ量としたときの、解凍前の質量に対するドリップ量の割合である。試料しては、生牡蠣は100g、鮪は100g、鯖は100g、イチゴは100g、イチジクは130g、鶏肉ササミは45g、ゆで卵は55g用いた。
【0027】
図4に生牡蠣のドリップ率、図5に生牡蠣100gのドリップに含まれるたんぱく質の割合を示した。生牡蠣の含水率は、乾燥してないものが5.8g(乾燥重量1g当たり、以下同じ)、全体の質量の5%だけ乾燥させたものが5.4g、同様に10%乾燥させたものが5.07g、15%乾燥させたものが4.75gであった。予備乾燥によってドリップ量が減少するとともに、ドリップ中のたんぱく質も減っていることから、凍結前の予備乾燥によって、細胞の損傷を抑えられることが確認された。また、冷却速度の大きいほど、ドリップと細胞損傷の程度も低下することが分かる。
【0028】
生牡蠣の場合と同様な条件で、鮪(図6)、鯖(図7)、イチゴ(図8)、イチジク(図9)、鶏肉ササミ(図10)、ゆで卵(図11)を予備乾燥し、同様に冷却した場合のドリップ量を図6〜11に示した。いずれも予備乾燥による含水率の低下によって、ドリップを減らすことができている。
【0029】
なお、図4〜11において、Refrigeratorとあるのは、−20℃まで冷却してその雰囲気で冷凍したことを、Cryogenic freezingとあるのは、−80℃まで冷却してその雰囲気で冷凍したことを意味する。記載がないものは、−20℃まで冷却してその雰囲気で冷凍したものである。保管はいずれも−20℃で冷凍保管したものである。
【実施例5】
【0030】
乾燥と凍結による組織の変化を観察した。凍結切片をミクロトームにより10μmの薄さにカットし、ヘマトキシリン・エオジン溶液で染色を行なった後、デジタル顕微鏡により観察を行なった。倍率は300倍とした。図12に鮪の場合の観察結果を示した。凍結前と解凍後の組織の様子を比較してみると、予備乾燥せず凍結したものは、細胞内に氷晶による大きな空洞が目立つのに対し、予備乾燥したものは、細胞内の空洞が減少あるいは小さくなっていることがわかる。このことは、予備乾燥した組織の方が予備乾燥しなかったものに比べ、組織の損傷も少なく、形状を保ちながら凍結できていることを示している。
【0031】
図13に示したように、ゆで卵の場合にも、細胞損傷の原因となる氷晶の形跡が、予備乾燥と共に少なくなっており、予備乾燥が損傷の少ない冷凍保存法であることを示していた。
【0032】
以上の官能検査と組織観察から、食材としては、含水率3〜5%程度に予備乾燥を行った後、凍結保存するのが良いことが裏付けられた。また、予備乾燥とともにドリップ量が低下し、流出するたんぱく質量も減少することから、予備乾燥によって細胞破壊が抑制されていることが分かった。このことは、食材の品質維持のためにも、本発明が有効であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、例えば、食品の冷凍及び凍結保存、あるいは生体又は生体組織の凍結保存のために有用であり、後者においては、移植治療や品種改良、あるいは新薬開発等の分野で利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】たまねぎ細胞の含水率と生存率の関係を示す図である。
【図2】たまねぎ細胞の含水率と細胞内凍結温度の関係を示す図である。
【図3】生牡蠣の常温での乾燥時間とドリップ量の関係を示す図である。
【図4】生牡蠣のドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図5】生牡蠣のドリップに含まれるタンパク質の割合を示す図である。
【図6】鮪のドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図7】鯖のドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図8】イチゴのドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図9】イチジクのドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図10】鶏肉ササミのドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図11】ゆで卵のドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図12】鮪の組織変化を示す図である。
【図13】ゆで卵の組織変化を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞又は組織の、具体的には食品や生体等の凍結保存法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品や生体等の凍結保存において、細胞の損傷を防ぎ、出来るだけ生きたままの状態で凍結保存を行うことが、良質な食材の長期保存や移植治療の観点から求められている。食品や生体等の凍結保存では、最大氷晶生成帯と呼ばれる温度領域を、如何に速く通過させて冷却するかという点が、品質および機能の保存において最も重要である。この温度帯では、氷結晶が生成、そして成長しやすいため、長時間この温度帯にあると、氷結晶が成長して大きな氷晶となり、細胞や組織が損傷を受けることになる。
【0003】
そのため、この温度帯を短時間で通過できるような急速凍結とするか、又は、この温度帯で凍結させず、より低温において微細な氷晶として凍結させるといった工夫がなされている。前者の場合には、強力な冷凍機を用いたり、伝熱促進を図ることがなされているが、大きなエネルギーを必要とすることや、冷却能に限界があることが問題となっている。一方、後者においては、グリセリン等の凍害防御剤を使用して大きな氷晶の形成を防いだり(特許文献1参照)、最近では、磁場と電場を印加して最大氷晶温度帯を未凍結のままに冷却して通過した後、瞬時に凍結して微細な氷晶とし、損傷を与えないで凍結する方法(特許文献2参照)が提案されている。しかしながら、凍害防御剤の利用は食品には適さない。また、電磁場の影響はまだ未解明であり、その有効性については未だ確証が得られていないという状況にある。
【特許文献1】特開平6−292564号公報
【特許文献2】特開2001−245645号公報
【0004】
このような技術的背景から、凍害防御剤や添加物を用いず、遅い冷却速度でも最大氷晶帯を未凍結のまま通過でき、より低温で微細な氷晶となって、細胞や組織に損傷を与えない状態で凍結保存できる方法の開発が望まれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、細胞又は組織の損傷を抑制できる凍結保存技術を提供すること。そしてまた、凍害防御剤等の添加物を使わない、良質な凍結保存を可能とする技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、凍結保存に際しての細胞の生存率が、細胞内凍結と細胞外凍結によって大きく影響されることを知見し、凍結に関与する水分子数を、事前に、常温乾燥することによって減少させ、氷晶形成による細胞の損傷を防ぐ凍結保存法を見出したものである。
【0007】
即ち、本発明の請求項1に記載された発明は、細胞又は組織を凍結保存するに際し、先ず、細胞又は組織を、常温で細胞又は組織に損傷を与えない程度に乾燥し、次いで、凍結し保存することを特徴とする細胞又は組織の凍結保存法である。
【0008】
本発明の請求項2に記載された発明は、最大氷晶生成帯以下の温度で凍結させることを特徴とする請求項1記載の細胞又は組織の凍結保存法である。
【0009】
本発明の請求項3に記載された発明は、常温乾燥としてマイクロ波減圧乾燥を用いることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞又は組織の凍結保存法である。
【0010】
そして、本発明の請求項4に記載された発明は、冷凍保存に際し、凍害防御剤等の添加物を添加しないことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞又は組織の凍結保存法である。
【0011】
なお、例えば、特開平10−127263号公報には、食品の風味を残し長期保存可能な乾燥方法として、被乾燥物中の水分が生鮮状態の水分の10〜30%になるまで被乾燥物が凍結しない温度、例えば、10〜40℃で予備乾燥した後、真空凍結乾燥する方法が開示されている。しかし、この発明は、真空凍結乾燥に関するものであり、細胞や組織に損傷を与えない状態で凍結保存することを目的とした本発明とは全く異なるものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の凍結保存法によれば、食品の場合には、解凍した際にドリップの少ない良質な長期冷凍保存が可能となる。また、医療分野においては、生体細胞又は生体組織の損傷が少なく、かつ凍害防御剤等の添加を必要としない、長期凍結保存が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、細胞又は組織を凍結保存するに際し、先ず、細胞又は組織を、常温で細胞又は組織に損傷を与えない程度に乾燥し、次いで、凍結し保存するものである。本発明において常温とは、約10〜約30℃の温度範囲を意味し、細胞又は組織に損傷を与えない程度の乾燥とは、細胞又は組織の含水率によって決めることができ、例えば、たまねぎ細胞の場合には、乾量基準の含水率が4g/(g・dry)程度まで乾燥すれば良い。この含水率は、対象物を、例えば、顕微鏡下に観察することによって容易に決定することができる。
【0014】
食品や生体等の凍結保存では、最大氷晶生成帯と呼ばれる温度領域を、如何に速く通過させて冷却するかという点が、品質および機能の保存において最も重要である。この温度帯では、氷結晶が生成、そして成長しやすいため、長時間この温度帯にあると、氷結晶が成長して大きな氷晶となり、細胞や組織が損傷を受けることになる。最大氷晶生成帯の温度とは、一般に0℃から−5〜−7℃といわれることが多いが、細胞や組織の種類によりその温度帯は異なる。本発明においては、この最大氷晶生成帯以下の温度で凍結させることが好ましい。
【0015】
本発明において、常温で細胞又は組織に損傷を与えない程度に乾燥する方法・手段としては、特に制限はないが、常温乾燥としてマイクロ波減圧乾燥を用いるのが好ましい。マイクロ波減圧乾燥とは、減圧ポンプが接続されたチャンバー内に細胞又は組織等の対象物を入れ、このチャンバー内を減圧状態で、対象物にマイクロ波を照射して行う減圧乾燥方法である。マイクロ波減圧乾燥の中でも、本発明者らが、国際出願のWO2005/100891号で提案した方法・装置が好ましい。この方法は、マイクロ波減圧乾燥方法において、a)チャンバー内の減圧の程度を、対象物の変質温度に対応する飽和蒸気圧以下とし、b)チャンバーの外部からチャンバー内に空気等の気体を供給し、c)マイクロ波をオンオフ処理して、対象物の温度をその変質温度未満に保持した状態で乾燥を行うことを特徴とする方法である。このマイクロ波減圧乾燥を用いると、細胞又は組織を一様に最適な含水率にまで常温で乾燥させることができる。そして、その後、凍結保存を実施するが、できるだけ冷却速度の大きいほうが望ましい。
【0016】
また、本発明において、特に、食品等を対象にする場合には、冷凍保存に際し、凍害防御剤等の添加物を添加しない方が好ましい。
【0017】
本発明においては、凍結の前に予備乾燥することにより、細胞又は組織の脱水を図り、凍結に関与する水分子数を低減することにより、最大氷晶生成帯を通過できるようにする。より具体的には、一様かつ常温で乾燥させることのできるマイクロ波減圧乾燥法を用い、細胞の生存率の高い、あるいは細胞の良質な条件を維持できる最低の含水率にまで乾燥させる。これにより、後に続く冷凍過程において、細胞内凍結温度が低下するため、細胞に与えるダメージの少ない微細な氷晶が発生し、保存期間中の氷晶の成長も抑制することができる。その結果、微細な氷晶により細胞又は組織の損傷が低減され、生体組織の保存性が改善される。本発明において凍結し保存するための方法・手段については特に制限はなく、公知の方法・手段を用いることができる。以下、実施例により本発明を詳述する。
【実施例1】
【0018】
先ず、細胞の凍結挙動が観察できるたまねぎの表皮組織を用い、室温乾燥を行った後、冷却ステージを備えた顕微鏡で凍結させ、細胞内凍結の生じる温度と氷晶の様子を観察した。実験に使用するたまねぎ表皮組織は、トリパンブルー染色液により生死判定を行い、細胞が生存状態にあることを確認した後、室温に放置し、自然乾燥を行った。放置時間を変えることにより乾燥の程度を変え、含水率を変化させた。また、トリパンブルーにより生死判定を行い、含水率と生存率との関係を求めた。その結果を図1に示した。乾燥によって細胞が死んでしまっては意味が無いと考え、以後の凍結実験は生存範囲にある含水率の細胞について行った。
【0019】
凍結実験におけるたまねぎ表皮組織の冷却速度は、乾燥脱水の効果を見るために1℃/min程度に遅い速度とした。細胞内凍結の生じる温度と含水率との関係を図2に示した。たまねぎ細胞の場合、乾燥しない場合にも、0℃から−7℃程度とされる最大氷晶生成帯よりも低温で凍結するものもあるが、事前の乾燥によって含水率を減少させると、明らかに最大氷晶生成帯より低温で凍結し、乾燥と共に凍結温度が低下していることがわかる。このことより、事前に乾燥した細胞ほどより低温で細胞内凍結が生じ、損傷を与える最大氷晶生成帯を未凍結状態で通過できることが確認された。
【0020】
凍結時の細胞の様子を透過照明を用いたデジタル顕微鏡で観察したところ(図示せず)、凍結した細胞は暗くなるが、含水率の多い細胞では光の透過度が良く、さほど暗くなっていないのに対し、乾燥させて含水率を低くした細胞では、微細な氷晶が生成しているために光の屈折が進み、暗い画像となっていた。このことから、予備乾燥が、細胞に損傷を与えにくい微細な氷晶を生成し、凍結保存に効果的であると判断できる。
【実施例2】
【0021】
次に、本発明が実際の冷凍操作において有効な方法であることを示すために、生牡蠣の凍結実験を実施し、解凍後のドリップ量を比較した。図3にその結果を示した。生牡蠣15〜17gを用いて、冷凍後に解凍し、その際のドリップ量を比較した。凍結前の乾燥には、マイクロ波減圧乾燥を用い(前記WO2005/100891号参照)、乾燥時の温度が30℃を超えない条件で行った。冷凍は、家庭用の冷蔵庫の冷凍室を使用した。図3の結果からわかるように、事前の常温乾燥によって解凍後のドリップ量が少なくなり、細胞損傷を抑制していることが確認できた。以上により、本発明が凍結保存に有効な方法であることが示された。
【実施例3】
【0022】
鮪と鯖(2cm角)を用いて、実施例2の場合と同様に一定の含水率まで予備乾燥した後、鮪は−20℃で、鯖は−20℃又は−80℃で凍結し、その後、−20℃の冷凍庫で凍結保存した。そのまま1週間保存したものを、水道水で流水解凍した。そして、パネラーによって味、におい、色、食感の4項目について官能検査を行った。なお、鮪は全項目を生で、鯖はにおいと色を生で、味と食感は蒸したもので比較した。
【0023】
鮪は12人、鯖は11人のパネラーによって行った。最初に新鮮な試料を食べて味やにおいなどを記憶し、基準の0点とする。その後、これと比較して他の各種試料がどうであったかを、表1の評価点表をもとに評価する。なお、味以外の項目についても表1を参考にして、新鮮なものに近いものに低い得点をつけた。結果は表2に示したとおり、鮪と鯖の
いずれの場合も、約3%程度の予備乾燥を行ったものが高い評価となった。また鯖においては冷却速度の速い方(表2の(b))が評価も高かった。なお、鯖の場合、冷却速度の遅い方(表2の(a))は−20℃まで冷却したものであり、冷却速度の速い方(表2の(b))は−80℃まで冷却したものである。
【0024】
【表1】
【0025】
【表2】
【実施例4】
【0026】
種々の試料を、冷凍前に実施例2と同様に予備乾燥を行うことによって、解凍後に生じるドリップ率(ドリップ量)の変化を調べた。また、生牡蠣については、ドリップに含まれるたんぱく質量を測定し、細胞組織破壊の程度との関連を調べた。ここで、ドリップ率は、解凍前の質量と解凍後の質量との質量差をドリップ量としたときの、解凍前の質量に対するドリップ量の割合である。試料しては、生牡蠣は100g、鮪は100g、鯖は100g、イチゴは100g、イチジクは130g、鶏肉ササミは45g、ゆで卵は55g用いた。
【0027】
図4に生牡蠣のドリップ率、図5に生牡蠣100gのドリップに含まれるたんぱく質の割合を示した。生牡蠣の含水率は、乾燥してないものが5.8g(乾燥重量1g当たり、以下同じ)、全体の質量の5%だけ乾燥させたものが5.4g、同様に10%乾燥させたものが5.07g、15%乾燥させたものが4.75gであった。予備乾燥によってドリップ量が減少するとともに、ドリップ中のたんぱく質も減っていることから、凍結前の予備乾燥によって、細胞の損傷を抑えられることが確認された。また、冷却速度の大きいほど、ドリップと細胞損傷の程度も低下することが分かる。
【0028】
生牡蠣の場合と同様な条件で、鮪(図6)、鯖(図7)、イチゴ(図8)、イチジク(図9)、鶏肉ササミ(図10)、ゆで卵(図11)を予備乾燥し、同様に冷却した場合のドリップ量を図6〜11に示した。いずれも予備乾燥による含水率の低下によって、ドリップを減らすことができている。
【0029】
なお、図4〜11において、Refrigeratorとあるのは、−20℃まで冷却してその雰囲気で冷凍したことを、Cryogenic freezingとあるのは、−80℃まで冷却してその雰囲気で冷凍したことを意味する。記載がないものは、−20℃まで冷却してその雰囲気で冷凍したものである。保管はいずれも−20℃で冷凍保管したものである。
【実施例5】
【0030】
乾燥と凍結による組織の変化を観察した。凍結切片をミクロトームにより10μmの薄さにカットし、ヘマトキシリン・エオジン溶液で染色を行なった後、デジタル顕微鏡により観察を行なった。倍率は300倍とした。図12に鮪の場合の観察結果を示した。凍結前と解凍後の組織の様子を比較してみると、予備乾燥せず凍結したものは、細胞内に氷晶による大きな空洞が目立つのに対し、予備乾燥したものは、細胞内の空洞が減少あるいは小さくなっていることがわかる。このことは、予備乾燥した組織の方が予備乾燥しなかったものに比べ、組織の損傷も少なく、形状を保ちながら凍結できていることを示している。
【0031】
図13に示したように、ゆで卵の場合にも、細胞損傷の原因となる氷晶の形跡が、予備乾燥と共に少なくなっており、予備乾燥が損傷の少ない冷凍保存法であることを示していた。
【0032】
以上の官能検査と組織観察から、食材としては、含水率3〜5%程度に予備乾燥を行った後、凍結保存するのが良いことが裏付けられた。また、予備乾燥とともにドリップ量が低下し、流出するたんぱく質量も減少することから、予備乾燥によって細胞破壊が抑制されていることが分かった。このことは、食材の品質維持のためにも、本発明が有効であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、例えば、食品の冷凍及び凍結保存、あるいは生体又は生体組織の凍結保存のために有用であり、後者においては、移植治療や品種改良、あるいは新薬開発等の分野で利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】たまねぎ細胞の含水率と生存率の関係を示す図である。
【図2】たまねぎ細胞の含水率と細胞内凍結温度の関係を示す図である。
【図3】生牡蠣の常温での乾燥時間とドリップ量の関係を示す図である。
【図4】生牡蠣のドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図5】生牡蠣のドリップに含まれるタンパク質の割合を示す図である。
【図6】鮪のドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図7】鯖のドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図8】イチゴのドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図9】イチジクのドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図10】鶏肉ササミのドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図11】ゆで卵のドリップ率と含水率の関係を示す図である。
【図12】鮪の組織変化を示す図である。
【図13】ゆで卵の組織変化を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞又は組織を凍結保存するに際し、先ず、細胞又は組織を、常温で細胞又は組織に損傷を与えない程度に乾燥し、次いで、凍結し保存することを特徴とする細胞又は組織の凍結保存法。
【請求項2】
最大氷晶生成帯以下の温度で凍結させることを特徴とする請求項1記載の細胞又は組織の凍結保存法。
【請求項3】
常温乾燥としてマイクロ波減圧乾燥を用いることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞又は組織の凍結保存法。
【請求項4】
冷凍保存に際し、凍害防御剤等の添加物を添加しないことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞又は組織の凍結保存法。
【請求項1】
細胞又は組織を凍結保存するに際し、先ず、細胞又は組織を、常温で細胞又は組織に損傷を与えない程度に乾燥し、次いで、凍結し保存することを特徴とする細胞又は組織の凍結保存法。
【請求項2】
最大氷晶生成帯以下の温度で凍結させることを特徴とする請求項1記載の細胞又は組織の凍結保存法。
【請求項3】
常温乾燥としてマイクロ波減圧乾燥を用いることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞又は組織の凍結保存法。
【請求項4】
冷凍保存に際し、凍害防御剤等の添加物を添加しないことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞又は組織の凍結保存法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2007−289157(P2007−289157A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−75947(P2007−75947)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】
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