説明

細胞培養基材及びその製造方法

【課題】細胞凝集体の形成効率が良好で、耐久性及び安定性の優れた細胞培養基材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】ガラス基板の一方の面に、少なくともガラス基板洗浄工程、Cr膜マスク形成工程、レジストマスク形成工程、エッチングによるCr膜マスク開口形成工程、ガラス基板のウエットエッチング工程からなるプロセスフローを介して、開口部がロート形状でその底部に細孔を有する凹部を複数配列して細胞培養基材とする。該細胞培養基材を用いて細胞凝集体を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の培養に用いられる細胞培養基材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
創薬研究において、薬剤をスクリーニングする際、細胞培養基材(略:基材)に培地を展開し、細胞あるいは細胞株を培養して形成した細胞凝集体を用いることが行われており、その薬理活性等の評価に利用されている。細胞培養技術により培養してできる細胞凝集体の構造は、基材表面の化学的性質だけでなく表面構造によっても影響を受ける。
従来の細胞培養手法による細胞の培養では、より生体に近い組織とされた細胞凝集体を形成することが難しく、薬剤のスクリーニングにおいて精度や効率の向上が求められている。このため、生体組織に近い三次元構造にするための研究が行われており、基材の形状や表面微細構造に関して種々の方法が提案されている。例えば、ハニカム構造体を用いた三次元組織培養法(特許文献1)、ハニカム構造体を用いた細胞培養基材(特許文献2)、細胞凝集体の形成方法(特許文献3)、細胞培養構造体(特許文献4参照)などが提案されている。
【0003】
特許文献1、2の場合には、いずれも生分解性ポリマーと両親媒性ポリマーを基板上にキャストして結露により生じた微小水滴を蒸発させることによりハニカム構造体とし、細胞培養基材とするものである。すなわち、特許文献1では、生分解性高分子と両親媒性ポリマーとを適当な割合で組み合わせることで、経済的な調製が可能であり、自立性が有り、構造的にも安定なハニカム構造体を与えることができるとしている。また、特許文献2では、生分解性高分子と両親媒性ポリマーの混合比を規定したハニカム構造体を用いることにより生体組織に類似した秩序だった細胞の三次元凝集体の形成を生体外で行うための培養方法として有効であるとしている。しかし、特許文献1、2場合、いずれもハニカム構造の大きさの制御やハニカム構造以外の形状にすることが難しく、また使用可能な材料に制約がある等の課題があった。また、安定したハニカム構造形成のための緻密な条件設定を要し、大量生産に向かないという難点を有する。
【0004】
一方、特許文献3では、ロート状、半球状またはそれらの底面の中心部を平面にした形状で底面が水接触角30度以下の親水性を有する培養容器に複数の単一細胞を播種し、底面でこの単一細胞を凝集及び分裂させて細胞凝集体(スフェロイド)を培養することにより、均一なサイズの細胞凝集体を多数、同時にかつ容易に形成させることができるとしている。しかし、特許文献3における培養容器として市販のマルチプレートを用いた場合、スフェロイドが固定され難いことや培地交換作業が難しく、培養環境を好適に維持することが困難になるという難点があった。
【0005】
また、特許文献4では、セル間の幅が3μm以下、深さが10nm以上で平面方向の形状が多角形であると共に最小内径が3μm以下のセルを複数連続して形成された細胞接着面として機能する凹凸構造を有する細胞培養構造体により、微細構造の形状や大きさ、材質が制御された細胞培養構造体、細胞培養容器を製造でき、これを用いることにより、薬剤のスクリーニング評価に適したスフェロイドを簡単かつ短時間、更に低コストで培養することができるとしている。細胞培養構造体の具体的な例として、材質に樹脂を用いてナノインプリント技術により形成したものが用いられているが、高融点材料(石英ガラス等)を基材とする場合、ナノインプリント技術による凹凸構造の形成には技術的困難が伴い、生産性に問題が残る。
【0006】
上記のように前記特許文献4では細胞培養構造体の具体例として、シクロオレフィンポリマー、ポリスチレン等の樹脂が用いられている。また、特許文献3では培養容器の具体例として、市販のU型マルチプレートの底面をポリヒドロキシエチルメタクリレートやエチレンビニルアルコール共重合体等により表面処理して親水化したものが用いられている。また、特許文献1、2では細胞培養基材の具体例として、ガラス基板に生分解性ポリマーと両親媒性ポリマーをキャストしてハニカム構造体を形成したものが用いられている。しかし、これらの細胞培養基材では耐久性や安定性等に問題がある。
なお、微小な構造体の形成方法に関しては、例えば、熱リソグラフィを用いて硫黄化合物及び酸化ケイ素を含有するを微小構造体の形成する手法(特許文献5)が提案されている。この手法は、基板上に、硫黄化合物、酸化ケイ素及び光吸収能を向上させる材料を含有する層を形成する工程と、基板上に形成された層にレーザ光を照射する工程と、レーザ光が照射された層をエッチングする工程からなり、情報記録媒体、原盤、光学素子、光通信装置、DNAチップ、発光素子、光電変換素子及び光学レンズなどの形成に有用であるとしている。
【0007】
上記のように、基材の形状や表面微細構造を工夫し、創薬におけるスクリーニングの精度や効率を上げるための提案がなされているが今だ十分とは言えず、さらにスクリーニングの効率を向上可能な細胞培養手法、特により生体に近い組織とされた細胞凝集体(三次元組織体:「スフェロイド」と呼称することがある。)を形成することができる耐久性や安定性の優れた細胞培養基材が望まれている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述のように、基材に凹凸構造を設けることにより、基材上で細胞を培養した際に三次元方向(立体方向)に広がって成長するのを促進することができることが知られている。すなわち、凹凸構造のない平坦な基材上で細胞を培養した場合には、細胞が二次元方向(平面方向)にのみ広がって単層構造の細胞組織体(単層細胞)に成長するのに対して、凹凸構造のある基材を用いた場合には三次元方向(立体方向)に広がるために三次元組織体(スフェロイド)に成長することが報告されている。つまり、凹凸構造を有する基材を用いることで、単一の細胞から細胞の三次元組織が基材に接着して形成されため、単層細胞や複数の細胞から培養されたスフェロイドと比較して、より生体に近い組織とすることができるというポテンシャルを有する。しかしながら、スクリーニングの効率を上げるためには、凝集体形成効率のさらなる向上が望まれ、より適した細胞培養基材の開発が要請されている。
【0009】
本発明は、上記従来技術に鑑みてなされたものであり、細胞凝集体の形成効率が良好で、耐久性及び安定性の優れた細胞培養基材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、細胞培養基材について、細胞凝集体の形成起点及び細胞凝集体の伸展に着目し、凝集体形成効率の向上に好適な構造を鋭意検討した結果、ガラス基板の一方の面に、開口部がスリ鉢状、所謂ロート形状でその底部に細孔(キャビティ)を有する凹部を複数配列することを創意し、これにより上記課題が解決されることを見出し本発明に至った。
すなわち、本発明の細胞培養基材は、ガラス基板の一方の面に、開口部がロート形状でその底部に細孔を有する凹部が複数配列されてなる細胞培養基材であって、
前記凹部が、少なくともガラス基板洗浄工程、Cr膜マスク形成工程、レジストマスク形成工程、エッチングによるCr膜マスク開口形成工程、ガラス基板のウエットエッチング工程からなるプロセスフローを介して形成されたものであることを特徴とする。
また、本発明の細胞培養基材の製造方法は、ガラス基板の一方の面に、開口部がロート形状でその底部に細孔を有する凹部が複数配列されてなる細胞培養基材の製造方法であって、前記凹部を、少なくとも下記工程を含むプロセスフローにより形成することを特徴とする。
・ガラス基板の洗浄工程、
・前記洗浄されたガラス基板にCr膜マスクを形成する工程、
・前記Cr膜マスク上にレジストマスクを形成する工程、
・前記レジストマスクが形成されたCr膜マスクをエッチングにより開口する工程、
・エッチャントを用いて前記開口からガラス基板のエッチングと該ガラス基板からのCr膜マスクの剥離を並行して進めて凹部を形成するウエットエッチング工程
【発明の効果】
【0011】
本発明の細胞培養基材は、微細加工によりガラス基板上に、開口部がロート形状でその底部に細孔を有する凹部が複数配列された構造を有するため、安定性や耐久性に優れている。本発明の細胞培養基材を用いることにより、細胞凝集体の形成効率(凝集体形成効率:平板効率及びスフェロイド効率)が向上し、生体に近い細胞凝集体を形成することができるため、創薬においてスクリーニングの精度や効率を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る細胞培養基材をSEMにより観察した基材表面を示す斜視図(図1a)及びSEMにより観察した基材側面を示す断面図(図1b)である。
【図2】本発明に係る細胞培養基材における凹部の特徴的な断面形状を一例として示す模式図である。
【図3】実験により形成した本発明に係る細胞培養基材の凹部の形状とシミュレーションにより再現した形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
前述のように本発明における細胞培養基材は、ガラス基板の一方の面に、開口部がロート形状でその底部に細孔を有する凹部が複数配列されてなる細胞培養基材であって、前記凹部が、少なくともガラス基板洗浄工程、Cr膜マスク形成工程、レジストマスク形成工程、エッチングによるCr膜マスク開口形成工程、ガラス基板のウエットエッチング工程からなるプロセスフローを介して形成されたものであることを特徴とするものである。
【0014】
上記細胞培養基材の凹部に設けた細孔(キャビティ)が基材上に播種された細胞(例えば、単一細胞または細胞株等)の凝集起点となり、ロート形状(スリ鉢状)の斜面構造が細胞の三次元方向(立体方向)への伸展に好適な培地を提供することができる。これにより、細胞培養の効率が向上し、良好な細胞凝集体形成効率(平板効率、スフェロイド効率)を得ることができる。凹部は通常、複数が規則的に配列される。
【0015】
本発明の細胞培養基材は、ガラス基板に凹部を微細加工により設けたものであるため、安定性(寸法安定性、耐熱性、耐損傷性など)及び耐久性(耐環境性や耐劣化性など)にも優れている。本発明の細胞培養基材を用いることにより、細胞凝集体の形成効率(細胞凝集体形成効率)が向上し、生体に近い細胞凝集体を形成することができ、創薬においてスクリーニングの精度や効率を向上することができる。
つまり、上記表面構造を最適化した耐久性及び安定性の優れた細胞培養基材(略、基材)を用いることにより、平板効率やスフェロイド効率が向上して細胞から三次元組織体が基材に接着して形成され生体に近い組織体となる。また、培地の交換が容易に実施でき培養操作も容易となり、創薬におけるスクリーニングの精度や効率が向上する。
なお、凹部は連結している(隣接する開口部同志が繋がっている)のが望ましい。それにより、凹部と凹部との間(開口部が形成されていない領域)で不均一な細胞凝集体の形成が起きるのを抑えることができる。
【0016】
本発明において、より生体に近い組織とされた細胞凝集体を、「三次元組織体」あるいは「スフェロイド」と呼称することがある。
ここで、細胞凝集体形成効率(略称:形成効率)は、下記定義の平板効率やスフェロイド効率により評価することができる。
平板効率:播種した細胞数(/単位面積あたり)に対する培養後所定日数経過時におけるコロニー(細胞集合)の形成数から算出した値(%)
スフェロイド効率:播種した細胞数(/単位面積あたり)に対する培養後所定日数経過時におけるスフェロイド(細胞凝集体)の形成数から算出した値(%)
【0017】
ここで、前記ウエットエッチング工程において、ガラス基板のエッチングと並行して該ガラス基板からCr膜マスクが剥離するように制御し凹部を形成することが好ましい。
後述のように、ガラス基板からCr膜マスクを剥離する度合いは、通常のウエットエッチングでみられるマスクアンダーカット以上の剥離速度、つまり、剥離部からのガラス基板のエッチングの進行により開口部がロート形状でその底部に細孔(キャビティ)が形成されるように制御される必要がある。なお、前記細孔の底面が球面または湾曲面構造を有することが好ましい。前記凹部における開口部のロート形状と細孔(キャビティ)がなだらかな連続形状で接続することにより、細胞の凝集起点から細胞の三次元方向(立体方向)への伸展がスムーズに進行するものと想定される。なお、ロート形状のスロープ角度は単一の細胞凝集体形成が可能な範囲に選択される。
また、ガラス基板が石英ガラスからなることが好ましい。石英ガラスからなる基板を用いれば、半導体等に用いられる確立された微細加工技術を適用して、底部に細孔を有するロート形状の凹部を緻密なパターン(例えば、格子状の配置、千鳥状の配置)で複数配列形成することができる。
また、前記キャビティが、球面または湾曲面からなる底面を有する微細ホールであることが好ましい。球面または湾曲面の底面は、細胞培養において複数個の細胞凝集体が形成されない範囲に設定される。通常100μm以下で、20μm以下が好ましいが、これに限定されるものではない。
本発明の細胞培養基材(基材)を用いて培養する細胞の種類は特に限定されない。また、細胞培養に用いる培地の種類も特に限定されず、細胞の種類に応じて適当な培地を選択することができる。従って、本発明の基材を用いて細胞を培養すれば、より生体に近い組織とされた細胞凝集体(三次元組織体:スフェロイド)を形成することができる。
培養条件は細胞の種類に応じて適宜選択され限定されるものではないが、一般的にはpH、温度、雰囲気などが調整される。例えば、pH6〜8、温度30〜40℃、CO(5%濃度程度)存在下等の条件下で培養を行うことができる。
【0018】
以下、図面を参照しながら、本発明の細胞培養基材(基材)の形状とその形成方法について説明する。はじめに形状の特徴を示した後、その製造方法を示す。
図1に、本発明の細胞培養基材をSEMにより観察した基材表面の斜視図(図1a)、及びSEMにより観察した基材側面の断面図(図1b)を示す。
図1の基材はガラス基板洗浄工程、Cr膜マスク形成工程、レジストマスク形成工程、エッチングによるCr膜マスク開口形成工程、ガラス基板のウエットエッチング工程(並行して該ガラス基板からCr膜マスクが剥離するように制御)からなるプロセスフローを介して形成されたものである。図1のロート形状の表面近傍の開口部径は凡そ20μm、底部の細孔部径は凡そ10μm、凹部の深さは凡そ10μmである。
図2の模式図に、本発明に係る細胞培養基材における凹部の特徴的な断面形状を一例として示す。図2において、符号1は凹部、符号2はロート形状の開口部、符号3は細孔を示す。細孔は底面が球面または湾曲面構造を有する。
本発明の細胞培養基材は、上記のような凹部がガラス基板に複数配列され、好ましくは凹部が規則的に配列されて構成されるが、配列パターンとしては複数の凹部を格子状や千鳥状等に配置したものを選択することできる。
上記凹部個々の開口部径は特には限定されないが、創薬においてスクリーニングの精度や効率を上げるために用いる細胞凝集体(スフェロイド)として直径が10μm以上であればより好ましいことから、例えば、10μm〜200μm程度とすることができる。
【0019】
本発明の細胞培養基材を用いて形成される細胞凝集体(スフェロイド)に対して、薬剤等を添加してスフェロイドを形成する細胞に対して、作用、効果等を示すものをスクリーニングすることができる。また、スフェロイドは疾病の悪性度鑑別、食品または薬剤の安全性評価あるいは再生医療等の分野においても活用することができる。
【0020】
前述のように、本発明の細胞培養基材の製造方法は、ガラス基板の一方の面に、開口部がロート形状でその底部に細孔を有する凹部が複数配列されてなる細胞培養基材の製造方法であって、前記凹部を、少なくとも下記工程を含むプロセスフローにより形成することを特徴とする。
・ガラス基板の洗浄工程、
・前記洗浄されたガラス基板にCr膜マスクを形成する工程、
・前記Cr膜マスク上にレジストマスクを形成する工程、
・前記レジストマスクが形成されたCr膜マスクをエッチングにより開口する工程、
・エッチャントを用いて前記開口からガラス基板のエッチングと該ガラス基板からのCr膜マスクの剥離を並行して進めて凹部を形成するウエットエッチング工程
【0021】
凹部の形成プロセスはマスク形成とエッチングに基づく通常の微細プロセスを用いることができる。一例を挙げて以下説明する。
(1)ガラス基板の洗浄工程:例えば、硫酸過水でガラス基板を洗浄し乾燥する。
(2)洗浄されたガラス基板にCrをスパッタ法により真空蒸着(厚さ100nm程度)し、Cr膜マスクを形成する。
(3)Cr膜マスク上にフォトレジスト材料を用いてレジストを形成(厚さ3μm程度)し、フォトマスクを使用して露光、現像によりレジストマスクを形成する。
(4)レジストマスクが形成されたCr膜マスクをCrエッチャント(例えば、硝酸2アンモニウムセリウム、酢酸、水の混合液)を用いてエッチングにより開口する。
(5)エッチャント(例えば、HFエッチャント)を用いて前記開口からガラス基板のエッチングと該ガラス基板からのCr膜マスクの剥離を並行して進めて凹部を形成するウエットエッチングする。
【0022】
通常のウエットエッチングでは等方性エッチングとなり、半球状の凹部が形成されるが、本発明においては(5)に記載のようにウエットエッチングにおいて、ガラス基板のエッチングとともにCr膜マスクがガラス基板から剥離していくことを利用して、開口部がロート形状でその底部にキャビティ(球面または湾曲面からなる底面を有する微細ホール)を有する凹部を形成する。
ここで、Cr膜マスクがガラス基板から剥離する度合いは、通常のウエットエッチングでみられるマスクアンダーカット以上の剥離速度を指す。具体的には、ガラス基板からのCr膜マスクの剥離速度をガラス基板のエッチング速度の2〜6倍とするのが好ましく、3〜5倍とするのがより好ましい。
【0023】
実験により形成した本発明の細胞培養基材における凹部の形状とシミュレーションにより再現した形状を図3に示す。図3において、ドット(・)で示した部分が実験結果であり、実線(−)で示した部分が計算結果である。なお、矩形で示した部分がCr膜マスクを示す。シミュレーションにおいて、ガラス基板のエッチング速度に対して4倍の速さでマスクがガラス基板から剥離し、剥離部からもガラス基板のエッチングが進行するとして計算することで開口部がロート形状でその底部にキャビティを有する凹部が再現される。
【0024】
前記Cr膜マスク上にレジストマスクを形成する工程で用いられるレジストマスク材料が、フォトレジスト材料であることが好ましい。フォトレジスト材料を用いることにより、簡易なプロセスとなって生産性が高くなるメリットがある。
また、前記ウエットエッチング工程において、レジストマスクを除去することなくウエットエッチングを行うことが好ましい。これにより、Crマスクを補強することができるため、ピンホールなどCrマスクに欠陥がある場合でも所望のエッチングを行うことができる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は実施例に何ら限定されるものではない。
【0026】
[実施例1]
下記表1に示すプロセスフローに準拠して、ガラス基板の一方の面に開口部がロート形状でその底部にキャビティを有する凹部が複数規則的(格子状)に配列されてなる細胞培養基材を作製した。形成された細胞培養基材のSEM観察図は図1と同様であった。
【0027】
【表1】

【0028】
各プロセスは以下の通りである。
(1)ガラス基板の洗浄工程、ガラス基板として石英ガラス基板を用い、硫酸過水で洗浄し乾燥した。
(2)洗浄した石英ガラス基板表面に、下記表2に示すスパッタ条件でCrをスパッタし、厚さ100nmのCr膜マスクを形成した。
【0029】
【表2】

【0030】
(3)Cr膜マスク上にフォトレジスト材料〔OFPR800(東京応化製)〕を用いて厚さ3μmのレジストを形成した後、直径8μmの開口がピッチ50μmで形成されたフォトマスクを使用して露光、現像によりレジストマスクを形成した。レジストの塗布及びレジスト形状作製は下記表3に示す作製条件に準じて実施した。
【0031】
【表3】

【0032】
(4)下記表4に記載の処方からなるCrエッチャントを用いて、レジストマスクが形成されたCr膜マスクをエッチングにより開口した。エッチング処理時間は5〜6分とした。
【0033】
【表4】

【0034】
(5)前記表1に記載のように、HFエッチャントを用いて前記開口からガラス基板のエッチングと該ガラス基板からのCr膜マスクの剥離を並行して進め、この際ガラス基板からのCr膜マスクの剥離速度をガラス基板のエッチング速度の4倍程度として凹部を形成した。
【0035】
次に、上記で作製した細胞培養基材を用いてα−MEM培地とともにヒトグリオーマ由来の細胞株U251細胞を1000個播種し、37℃、2%COの雰囲気下で7日間(途中、2回培地を交換した)培養して細胞凝集体であるスフェロイドを形成し、平板効率とスフェロイド効率を算出して培養効率を調べた。結果を下記表5に示す。
平板効率は、播種した細胞数(/単位面積あたり)に対する培養後所定日数経過時(3日)におけるコロニー(細胞集合)の形成数から算出した値(%)
スフェロイド効率は、播種した細胞数(/単位面積あたり)に対する培養後所定日数経過時(7日)におけるスフェロイド(細胞凝集体)の形成数から算出した値(%)
【0036】
[比較例1]
実施例1においてガラス基板の洗浄工程以外の工程は適用しない、所謂、表面に凹部が形成されていない平板の石英ガラス基板を細胞培養基材として用い、実施例1と同様にして細胞培養を実施し、培養効率(平板効率とスフェロイド効率)を調べた。結果を下記表5に示す。
【0037】
【表5】

【0038】
表5に示す結果から、本発明の凹部(開口部がロート形状でその底部に細孔を有する)が複数配列されてなる細胞培養基材を用いた場合には、表面に凹部が形成されていない平板の石英ガラス基板を細胞培養基材とした場合に比較して平板効率、スフェロイド効率のいずれも大きな値を示し、培養効率が向上したことを示している。
すなわち、本発明の細胞の凝集起点となる細孔(キャビティ)と、細胞の三次元方向への伸展に好適なロート形状(スリ鉢状)からなる凹部構造を備えた細胞培養基材を用いることにより、細胞凝集体の形成効率(細胞凝集体形成効率)が向上し、生体に近い細胞凝集体を形成することができ、創薬においてスクリーニングの精度や効率を向上することができる。
【符号の説明】
【0039】
1 凹部
2 ロート形状の開口部
3 細孔
【先行技術文献】
【特許文献】
【0040】
【特許文献1】特開2002−335949号公報
【特許文献2】特許第4431233号公報
【特許文献3】特許第2716646号公報
【特許文献4】特許第4159103号公報
【特許文献5】特開2008−290227号公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基板の一方の面に、開口部がロート形状でその底部に細孔を有する凹部が複数配列されてなる細胞培養基材であって、
前記凹部が、少なくともガラス基板洗浄工程、Cr膜マスク形成工程、レジストマスク形成工程、エッチングによるCr膜マスク開口形成工程、ガラス基板のウエットエッチング工程からなるプロセスフローを介して形成されたものであることを特徴とする細胞培養基材。
【請求項2】
前記ウエットエッチング工程において、ガラス基板のエッチングと並行して該ガラス基板からCr膜マスクが剥離するように制御し凹部を形成することを特徴とする請求項1に記載の細胞培養基材。
【請求項3】
前記細孔の底面が球面または湾曲面構造を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項4】
前記ガラス基板が石英ガラスからなることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項5】
ガラス基板の一方の面に、開口部がロート形状でその底部に細孔を有する凹部が複数配列されてなる細胞培養基材の製造方法であって、前記凹部を、少なくとも下記工程を含むプロセスフローにより形成することを特徴とする細胞培養基材の製造方法。
・ガラス基板の洗浄工程、
・前記洗浄されたガラス基板にCr膜マスクを形成する工程、
・前記Cr膜マスク上にレジストマスクを形成する工程、
・前記レジストマスクが形成されたCr膜マスクをエッチングにより開口する工程、
・エッチャントを用いて前記開口からガラス基板のエッチングと該ガラス基板からのCr膜マスクの剥離を並行して進めて凹部を形成するウエットエッチング工程
【請求項6】
前記Cr膜マスク上にレジストマスクを形成する工程で用いられるレジストマスク材料が、フォトレジスト材料であることを特徴とする請求項5に記載の細胞培養基材の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2013−39071(P2013−39071A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−177678(P2011−177678)
【出願日】平成23年8月15日(2011.8.15)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】