説明

細胞培養容器

【課題】細胞観察時などに求められる細胞培養容器の機能に対する、接着剤又は粘着剤による妨害が少なくなるよう設計された、機能性基体を備える細胞培養容器を提供する。
【解決手段】細胞培養容器700は、容器本体部材(201’,202)と、機能性基体210とを備え、機能性基体210の基材層502側の面の周縁領域と、該領域に対面する容器本体部材の表面領域とが接着剤又は粘着剤750を介して接合されており、基材層502側の面の中央領域には接着剤又は粘着剤が存在しない。好ましくは容器本体部材の、機能性基体210の基材層502側の面の周縁領域と接合される部分に包囲された部分には開口701が形成されており、基材層502側の面の中央領域は開口701を通じて露出している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性有機化合物層を備える機能性基体が固定された細胞培養容器に関する。
【背景技術】
【0002】
温度応答性ポリマー等の機能性有機化合物層を表面に被覆した、シャーレなどの細胞培養容器が特許文献1に記載されている。この細胞培養容器を用いることにより、温度を変化させるだけで培養・増殖後の細胞を破壊することなく細胞支持体から容易に剥離して回収することができる。しかし、特許文献1に記載のように、シャーレなどの細胞培養容器に、別個にバッチ処理により表面処理をして機能性化合物層を設けることは、多くの手間を必要としており、作業性の観点からはなお改善する余地がある。
【0003】
そこで、特許文献2等において、機能性化合物層を表面に備える、フィルム状、板状等の形状の機能性基体を別途作成し、該機能性基体を、細胞培養容器に固定する技術が提案されている。この技術によれば、細胞培養容器を個別にバッチ処理して機能性有機化合物層を設ける場合と比較して作業性が高まる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平2−211865号公報
【特許文献2】特開2010−98979号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献2等に開示されている、機能性基体を細胞培養容器に固定する従来技術では、機能性基体の基材層側の表面の全面と、容器本体部材の表面とを接着剤や粘着剤等を介して接合することが通常である(例えば特許文献2図1)。
【0006】
しかしながら機能性基体の基材層側表面の全体に接着剤又は粘着剤が存在する場合には、種々の不都合が生じる。例えば、底板中央に開口が形成された皿形状等の細胞培養容器に、機能性基体を、基材層側表面を下側にして容器内側から前記開口を塞ぐように接着する場合において、基材層側表面の全面に接着剤又は粘着剤が存在すると、前記開口から露出した基材層側表面上の接着剤又は粘着剤に塵などが付着してしまい、培養細胞の観察の妨げとなるという問題がある。更に、開口を有していない通常の底板部材を備えた細胞培養容器に、機能性基体を、基材層側表面を下側にして接着する場合であっても、基材層側表面の全面に接着剤又は粘着剤が存在すると、容器内の培養細胞を蛍光顕微鏡により観察する際に、機能性基体の中央部下面の接着剤又は粘着剤による自家蛍光がノイズとなり観察の妨げとなるという問題がある。
【0007】
そこで本発明は、細胞観察時などに求められる細胞培養容器の機能に対する、接着剤又は粘着剤による妨害が少なくなるよう設計された、機能性基体を備える細胞培養容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、機能性基体と容器本体部材とを、機能性基体の基材層側表面の一部の領域のみに接着剤又は粘着剤を配置して接合することにより、上記課題が解決することを見出した。本発明は以下の発明を包含する。
【0009】
(1)細胞及び培地を収容するための容器部を備える細胞培養容器であって、
容器部は、
容器本体部材と、
基材層及び該基材層上に配置された機能性有機化合物層を少なくとも備える機能性基体と、
を少なくとも備え、
機能性基体が容器本体部材に、細胞及び培地を収容するための空間側に機能性有機化合物層側の面が向いた状態で固定されるように、機能性基体の基材層側の面の一部の領域と、容器本体部材の表面の、前記一部の領域と対面する領域とが、接着剤又は粘着剤を介して接合されており、
機能性基体の基材層側の面の、前記一部の領域以外の領域上には接着剤及び粘着剤が存在しない、
ことを特徴とする細胞培養容器。
(2)機能性基体の基材層側の面の前記一部の領域が、機能性基体の基材層側の面の周縁領域であり、機能性基体の基材層側の面の、前記周縁領域に包囲された領域上には接着剤及び粘着剤が存在しない、(1)の細胞培養容器。
(3)容器本体部材の、機能性基体の基材層側の面の周縁領域と接着剤又は粘着剤を介してその表面が接合される部分により包囲された部分に開口が形成されており、機能性基体の基材層側の面の前記周縁領域により包囲された領域は前記開口を通じて露出している、(2)の細胞培養容器。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る機能性基体を備える細胞培養容器では、細胞培養容器の機能に対する、接着剤又は粘着剤による妨害が少ない。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1Aは、本発明の細胞培養容器の一例を示す。図1BはI−I’断面図である。図1CはII−II’断面図である。
【図2】図2Aは、本発明の細胞培養容器の他の一例を示す。図2BはIII−III’断面図である。
【図3】図3は、容器部分部材に機能性基体を固定した後に他の部材を組み合わせて容器部を完成させる場合の一例を示す。
【図4】図4は、容器部分部材に機能性基体を固定した後に他の部材を組み合わせて容器部を完成させる場合の他の一例を示す。
【図5】図5は、機能性基体の断面図を示す。
【図6】図6Aは、容器の一部に開口が形成されている、本発明の細胞培養容器の一例を示す。図6BはIV−IV’断面図である。
【図7】図7Aは、容器の一部に開口が形成されている、本発明の細胞培養容器の他の一例を示す。図7BはV−V’断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<細胞培養容器の形状>
本発明において製造される細胞培養容器の全体の形状について説明する。
本発明により製造される細胞培養容器は、細胞及び培地を収容するための容器部を少なくとも備え、更に適宜蓋等を備える。
【0013】
容器部は図1に示すように、細胞及び培地を収容するための空間が壁面により閉塞された形状であってもよいし、図2に示すように該空間の一端が開放された形状であってもよい。
【0014】
容器部の好ましい実施形態の一例を図1に示す。図1Aに示す容器部100は、底部101と、底部101の周縁に立設された側壁部102と、側壁部102の上端部に接合された、底部101に対向配置される天面部103とを少なくとも備える。側壁部102の一部に通孔104が穿設されており、通孔104の周縁から容器部外側に延びる首部105を備える、「フラスコ型」と呼ばれる形状の容器部である。容器部100の首部105には蓋110を係止するための係止部106が形成されており、該係止部を介して蓋110が着脱可能に装着される。容器部100と蓋110とを組み合わせることによりフラスコ型の細胞培養容器120が形成される。
【0015】
図1Bは容器部100のI−I’断面図を示し、図1CはII−II’断面図を示す。容器部100の、底部101、側壁部102及び天面部103に包囲される部分には、細胞及び培地を収容するための空間130が形成されている。空間130に面する内壁面の一部分(図1に示す実施形態では底部101)には、機能性基体140が固定されている。
【0016】
容器部の他の実施形態としては、図2に示すように、底部201と、底部201の周縁に立設した側壁部202とを備える皿状の容器部200が挙げられる。底部201の、細胞及び培地を収容するための空間220の側の面(内底面)には機能性基体210が固定されている。
【0017】
機能性基体の基材層の側の面の一部の領域と、該領域に対面する底部の表面の領域とが接着剤又は粘着剤150,250を介して接合されている。
【0018】
本発明では、容器部のうち、機能性基体を除いた部分を「容器本体部材」と称する。例えば図1の容器部100では、容器本体部材とは、底部101、側壁部102、天面部103及び首部105から構成される部分であり、図2の容器部200では、容器本体部材とは、底部201及び側壁部202から構成される部分である。
【0019】
機能性基体が接合された容器本体部材を製造するためには、容器本体部材に機能性基体を接合してもよいし、容器本体部材の一部である部材(以下「容器部分部材」と呼ぶことがある)に機能性基体を接合し、続いて容器部分部材と他の部材とを接合して容器部を完成させてもよい。このように分割して容器部を形成する点について図3及び4に沿ってより説明する。
【0020】
図3に示すように、機能性基体の接合後に容器部100を形成するための一実施形態では、はじめに底部101と側壁部102とからなる容器部分部材301の内底面に、機能性基体140を接合する。次いで、天面部103に対応する天面部材302を接合することにより容器部100を形成させる。容器部分部材301と天面部材302との接合は、細胞培養の目的に応じて、必要な場合は培養液が漏出しないように液密に接合される。
【0021】
図4に示す、機能性基体の接合後に容器部100を形成するための他の実施形態では、はじめに底部101に対応する容器部分部材401の、完成後に空間130に臨む側の面に、機能性基体140を接合する。首部105を備えた側壁部102に対応する側壁部材402と、天面部103に対応する天面部材302とを接合することにより容器部100を形成する。
複数の部材の組み合わせは図3及び4に示した形態には限定されない。
【0022】
<細胞培養容器の材料>
容器本体部材及び蓋などの他の細胞培養容器の部材を形成する材料は特に限定されず、細胞培養において一般的に用いられる材料を用いることができる。例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂等の樹脂材料、表面親水化処理を施した上記の少なくとも1種を含む樹脂材料、及びガラスや石英等の無機材料であることができるが、好ましくは樹脂材料である。樹脂材料としては、ポリスチレン樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂であることが好ましい。
容器本体部材は、該部材を通じて容器外から培養細胞を観察することが可能な透明な材料で構成されていることが好ましい。
【0023】
<機能性基体>
本発明における機能性基体140,210の厚さ方向に沿った断面は、図5に示すように、基材層502及び該基材層502上に配置された機能性有機化合物層501を少なくとも備える。ここで「基体」とは、所定の構造を有している限り、フィルムであってもよいし、板状体であってもよい。
【0024】
フィルム状の機能性基体(以下「機能性フィルム」と呼ぶことがある)は、好ましくはロール状に巻き取り可能な可撓性を有するものである。可撓性の機能性フィルムは、ロール・ツー・ロール法による大量生産が容易であるため好ましい。
【0025】
機能性基体は、典型的には、透明な機能性基体である。
機能性基体は、基材層に機能性有機化合物層を適当な方法により形成することにより製造することができる。基材層と機能性有機化合物層との間には必要に応じて1つ以上の他の層(例えば後述するプライマー層)が存在していてもよい。
【0026】
機能性基体の形状は、固定される部材の領域の形状に応じた任意の形状であることができる。例えば、三角形、四角形(長方形、正方形、平行四辺形、菱形等)、五角形、六角形、七角形、八角形等の多角形や、円形、楕円形等の形状であることができる。
【0027】
<基材層>
基材層は、最終的な機能性基体に応じて適宜選択される。機能性基体が板状であれば板状の基材層が用いられ、機能性基体がフィルム状であればフィルム状の基材層(以下「フィルム基材層」という)が用いられる。
【0028】
基材層は、一方の表面に上述の機能性有機化合物層を形成することが可能な材料を含むものであればよく、材料の種類は特に限定されない。典型的には、基材層の材料として、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、TAC(トリアセチルセルロース)、ポリイミド(PI)、ナイロン(Ny)、低密度ポリエチレン(LDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、アクリル等の樹脂材料や、ガラスや石英等の無機材料が挙げられ、樹脂材料が好ましい。
【0029】
基材層の、機能性有機化合物層が形成される側の表面は、易接着処理された表面であることができる。「易接着処理」とは、例えば、ポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン、ポリエチレンイミン、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等の易接着剤による処理を指す。
【0030】
基材層の厚さは適宜選択することができる。基材層がフィルム基材層である場合、その厚さ(フィルム基材層が基材の層に加えて易接着層を備える場合は、易接着層を含むフィルム基材層の全体の厚さを指す)は特に制限は無いが、可撓性を付与する厚さであることが好ましく、例えば5〜500μm、より好ましくは20〜500μm、特に好ましくは50〜250μmである。
【0031】
<機能性有機化合物層>
機能性有機化合物層を構成する有機化合物としては、所望の機能を有する層であれば特に限定されないが、より好ましくは、所定の刺激によって細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な表面を有する刺激応答性ポリマーや、1つ以上のエチレングリコール単位(CH−CH−O)からなるエチレングリコール鎖等の親水性化合物が挙げられる。
【0032】
機能性有機化合物層の膜厚は、例えば、0.5nm〜300nmの範囲内とするよく、なかでも1nm〜100nmの範囲内であることが好ましい。
【0033】
以下「刺激応答性ポリマー層」及び「親水性化合物層」の好適な実施形態について説明する。
<刺激応答性ポリマー層>
機能性有機化合物層は、刺激応答性ポリマー層であることが特に好ましい。刺激応答性ポリマー層とは、所定の刺激によって表面の細胞の接着度合いが変化するポリマーを含む層である。刺激応答性ポリマーとしては、温度応答性ポリマー、pH応答性ポリマー、イオン応答性ポリマー、光応答性ポリマーなどを挙げることができる。なかでも温度応答性ポリマーが、刺激の付与が容易であることから好ましい。
【0034】
温度応答性ポリマーとして、例えば、細胞を培養する温度では細胞接着性を示し、作製した細胞シートの剥離する時の温度では細胞非接着性を示すものを用いるとよい。例えば、温度応答性ポリマーは、臨界溶解温度未満の温度では周囲の水に対する親和性が向上し、ポリマーが水を取り込んで膨潤して表面に細胞を接着しにくくする性質(細胞非接着性)を示し、同温度以上の温度ではポリマーから水が脱離することでポリマーが収縮して表面に細胞を接着しやすくする性質(細胞接着性)を示すものを用いるとよい。このような臨界溶解温度は、下限臨界溶解温度と呼ばれる。下限臨界溶解温度Tが0℃〜80℃、さらに好ましくは0℃〜50℃である温度応答性ポリマーを用いるとよい。Tが0℃〜80℃であると、細胞を安定的に培養できるからである。
【0035】
好適な温度応答性ポリマーとしてはアクリル系ポリマー又はメタクリル系ポリマーが挙げられる。具体的に好適な温度応答性ポリマーとしては、例えばポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、及びポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(T=32℃)等が挙げられる。
【0036】
これらのポリマーを形成するためのモノマーとしては、放射線照射によって重合し得るモノマーを用いることができる。モノマーとしては例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体、及びビニルエーテル誘導体等が挙げられ、これらの1種以上を使用してよい。モノマーが一種類単独で使用された場合、基材上に形成されるポリマーはホモポリマーとなり、モノマーが複数種一緒に使用された場合、基材上に形成されるポリマーはヘテロポリマーとなるが、どちらの形態も本発明に包含される。
【0037】
また、増殖細胞の種類によってTを調節する必要がある場合や、被覆物質と細胞培養支持体との相互作用を高める必要が生じた場合や、細胞支持体の親水・疎水性のバランスを調整する必要がある場合などには、上記以外の他のモノマー類を更に加えて共重合してよい。更に本発明に使用する上記ポリマーとその他のポリマーとのグラフト又はブロック共重合体、あるいは本発明のポリマーと他のポリマーとの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質が損なわれない範囲で架橋することも可能である。
【0038】
pH応答性ポリマー及びイオン応答性ポリマーは作製しようとする細胞シートに適したものを適宜選択することができる。
【0039】
刺激応答性ポリマー層は、重合して目的の刺激応答性ポリマーを形成するモノマーと、該モノマーを溶解しうる有機溶媒と含む塗布用組成物を調製し、これを慣用の塗布方法に従って、基材層の表面に塗布して塗膜を形成し、次に、該塗膜に放射線照射等の適当な手段により塗膜中のモノマーを重合してポリマーを形成するとともに、基材層の表面とポリマーとの間にグラフト化反応を生じさせることにより形成することができる。
【0040】
<親水性化合物層>
機能性有機化合物層の他の実施形態として、1つ以上のエチレングリコール単位からなるエチレングリコール鎖(複数のエチレングリコール単位からなるエチレングリコール鎖は、「ポリエチレングリコール鎖」ということができる)等の親水性化合物の層が挙げられる。
【0041】
エチレングリコール鎖の末端は水酸基により封鎖された形態であってもよいし、エチレングリコール鎖の末端に生体関連物質等の他の物質が共有結合により連結された形態であってもよい。
【0042】
末端が水酸基により封鎖されたエチレングリコール鎖を含む層は、細胞が接着し難い親水性の表面を提供することができる。
【0043】
エチレングリコール鎖の末端に共有結合されうる生体関連物質としては、抗原、抗体、DNA、RNA、ペプチド、ホルモン、酵素、サイトカイン、糖鎖、脂質、補酵素、酵素阻害剤、細胞、その他の機能を有するタンパク質が含まれる。更に、このような生体関連物質と親和性を有する低分子化合物、及び高分子化合物も生体関連物質の範囲に含まれる。
【0044】
エチレングリコール鎖等の親水性化合物の層を、樹脂製の基材層の表面に固定化するためには、予め、樹脂製の基材層の表面に、該表面に物理的に吸着可能であって、エチレングリコール鎖の末端の水酸基と反応して共有結合を形成可能な官能基を側鎖に含むポリシロキサンを含むプライマー層を設ける。ポリシロキサンの側鎖上の官能基としては、グリシジル基又はエポキシ基が好ましい。プライマー層は、基材層の表面に、所望の側鎖を有するシラノール化合物を適用し、該表面上で縮合重合してポリシロキサンに変換することにより形成することができる。
【0045】
次いで、プライマー層の官能基と、エチレングリコール又はエチレングリコール単位が2以上繰り返されたポリエチレングリコールの水酸基とを反応させて共有結合を形成し、エチレングリコール鎖を固定化する。このとき、触媒量の濃硫酸を含むエチレングリコール又はポリエチレングリコールをプライマー層に接触させる。
末端が水酸基により封鎖されたエチレングリコール鎖を含む層はこのようにして形成される。
【0046】
更に、必要に応じて、エチレングリコール鎖の一端に、他の物質との共有結合を形成することが可能な、少なくとも1つの官能基を直接的又は間接的に連結させる。官能基の導入方法は特に限定されない。
【0047】
<機能性基体と容器本体部材との接合>
本発明では、機能性基体が容器本体部材に、細胞及び培地を収容するための空間側に機能性有機化合物層側の面が向いた状態で固定されるように、機能性基体の基材層側の面の一部の領域と、容器本体部材の表面の、前記一部の領域と対面する領域とが、接着剤又は粘着剤を介して接合されていること、並びに、機能性基体の基材層側の面の、前記一部の領域以外の領域上には接着剤及び粘着剤が存在しないことを特徴とする。
【0048】
本発明において「接着剤」及び「粘着剤」はそれぞれ機能性基体の基材層と容器本体部とを接合可能なものであれば特に限定されないが、具体的には接着剤としてはポリアクリル酸エステル系接着剤、シアノアクリレート系接着剤、、ポリエステル系接着剤、ポリアミド系接着剤、ポリイミド系接着剤、エポキシ系接着剤、ポリウレタン系接着剤、メタクリル系接着剤、ゴム系接着剤、シリコーン系接着剤、無機系接着剤等の接着剤などが例示でき、粘着剤としてはアクリル系粘着剤や、ウレタン系粘着剤、シリコーン系粘着剤、ゴム系粘着剤が例示できる。
【0049】
本発明では機能性基体の基材層側の面の一部の領域と、容器本体部材の表面の、前記一部の領域と対面する領域とが、接着剤又は粘着剤を介して接合されていること、並びに、機能性基体の基材層側の面の、前記一部の領域以外の領域上には接着剤及び粘着剤が存在しないことを特徴とする。
【0050】
ここで、「一部の領域」とは、特に限定されないが、好ましくは枚葉状の機能性基体において、基材層側の面の周縁領域である。このとき、当該周縁領域に包囲される、基材層側の面の領域(中央領域)には接着剤及び粘着剤が存在しない。
【0051】
具体的には、図1に示すフラスコ型細胞培養容器では、容器部100において、底部101の容器内面の略全体を覆う形状の機能性基体140の基材層502側の面(下面)の周縁領域と、該領域に対面する底部101の表面領域とが、接着剤又は粘着剤の層150を介して接合している。機能性基体140の基材層502側の面の、周縁領域に包囲される中央領域には、接着剤及び粘着剤は存在しない。同様に、図2に示す皿型細胞培養容器においても、容器部200において、底部201の容器内側面の略全体を覆う形状の機能性基体210の基材層502側の面(下面)の周縁領域と、該領域に対面する底部201の表面領域とが、接着剤又は粘着剤の層250を介して接合している。機能性基体210の基材層502側の面の、周縁領域に包囲される中央領域には、接着剤及び粘着剤は存在しない。図1及び2に例示する構成により、培養細胞を観察する際に主に観察される中央領域において接着剤又は粘着剤に起因する障害(例えば蛍光顕微鏡観察時における接着剤又は粘着剤に起因する自家蛍光)がなく、精度の高い観察を行うことが可能となる。機能性基体140,210の基材層502側の面の周縁領域と底部101、201との間に設けられる接着剤又は粘着剤の層150、250は、機能性基体140,210の周方向に沿って連続的に全周にわたって形成されていてもよいし、機能性基体140,210の周方向に沿って断続的に形成されていてもよい。
【0052】
なお、図1、2では、説明のために、接着剤又は粘着剤の層150、250の厚さを強調して描写しており、機能性基体140,210の基材層502側の面の中央領域と、底部101、201の対向する表面との間に空隙が形成されているように描写している。しかしながら、接着剤又は粘着剤の層150、250が、機能性基体140,210と比較して非常に薄い層である場合や、機能性基体140,210が可撓性を有する場合には、機能性基体140,210の基材層502側の面の中央領域と底部101、201の表面とは接触している。
【0053】
本発明の他の実施形態では、図6、7に示すように、容器本体部材の、機能性基体の基材層側の面の周縁領域と接着剤又は粘着剤を介してその表面が接合される部分により包囲された部分に開口が形成されている。このとき、機能性基体の基材層側の面の前記周縁領域により包囲された領域は前記開口を通じて露出している。
【0054】
開口を有する実施形態に係るフラスコ型容器は、例えば図6Aに示すように、厚さ方向に貫通した開口601が中央部に形成された、開口601を包囲する周縁部を備える底部101’と、底部101’の周縁に立設された側壁部102とを備える容器部分部材600に、機能性基体140を固定し、天面部103に対応する天面部材302を組み合わせることにより製造することができる。図6Bは、容器部分部材600に、機能性基体140を固定した状態の中間製品における断面図を示す。このとき、機能性基体140の、基材層502側の面の周縁領域と、該領域に対面する底部101’の周縁部の表面とが接着剤又は粘着剤の層650を介して接合される。機能性基体140の基材層502側の面の中央領域は開口601を通じて容器外に露出している。露出する基材層502の表面上には接着剤及び粘着剤が存在していないため、塵の付着などの問題が回避できる。底部中央に開口が形成され、該開口が機能性基体により覆われた容器部を備えた細胞培養容器は、機能性基体140と底部との間に気泡が入らない等の利点を有する。
【0055】
開口を有する実施形態に係る皿状細胞培養容器は、例えば図7Aに示すように、厚さ方向に貫通した開口701が中央部に形成された、開口701を包囲する周縁部を備える底部201’と、底部201’の周縁に立設された側壁部202とを備える容器部700を備える。図7Bは、容器部700の断面図を示す。機能性基体210の、基材層502側の面の周縁領域と、底部201’の表面の周縁領域とが接着剤又は粘着剤の層750を介して接合される。機能性基体210の基材層502側の面の中央領域は開口701を通じて容器外に露出している。露出する基材層502の表面上には接着剤及び粘着剤が存在していない。
【0056】
本発明において、機能性基体と容器本体部材又は容器部分部材とを接着剤又は粘着剤により接合する手順は特に限定されず、(1)基材層側表面の所定の一部領域に、予め接着剤又は粘着剤の層が形成された機能性基体を用意し、該機能性基体と容器本体部材又は容器部分部材とを接合する;(2)表面の所定の一部領域に予め接着剤又は粘着剤の層が形成された容器本体部材又は容器部分部材を用意し、機能性基体と該容器本体部材又は容器部分部材とを接合する;(3)機能性基体と容器本体部材又は容器部分部材とを用意し、機能性基体の基材層側表面、及び、容器本体部材又は容器部分部材の表面の少なくとも一方の所定の一部領域に、接着剤又は粘着剤を適用し、それを介して両者を接合する、等のいずれの手順で接合してもよい。
【0057】
また、上記(1)で用いられる、基材層側表面の所定の一部領域に、予め接着剤又は粘着剤の層が形成された機能性基体を製造する場合においても、機能性有機化合物層の形成と、接着剤又は粘着剤の層の形成の順序は限定されない。例えば、(4)所定の一部領域に接着剤又は粘着剤の層が形成され、必要に応じ接着剤又は粘着剤の層の表面が剥離シートにより保護された基材を用意し、該基材の、接着剤又は粘着剤の層が形成されていない側の面に機能性有機化合物層を積層してもよいし、(5)基材の一方の表面に機能性有機化合物層を積層した後、基材の他方の表面の所定の一部領域に接着剤又は粘着剤の層を形成し、必要に応じ接着剤又は粘着剤の層の表面を保護してもよい。上記(4)で用いられる「所定の一部領域に接着剤又は粘着剤の層が形成され、必要に応じ接着剤又は粘着剤の層の表面が剥離シートにより保護された基材」は独自に製造してもよいし、市販品を購入してもよい。
【符号の説明】
【0058】
100,200・・・容器部
101〜106,201〜202・・・容器本体部材
150,250,650,750・・・接着剤又は粘着剤
140,210・・・機能性基体
502・・・基材層
501・・・機能性有機化合物層
601,701・・・開口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞及び培地を収容するための容器部を備える細胞培養容器であって、
容器部は、
容器本体部材と、
基材層及び該基材層上に配置された機能性有機化合物層を少なくとも備える機能性基体と、
を少なくとも備え、
機能性基体が容器本体部材に、細胞及び培地を収容するための空間側に機能性有機化合物層側の面が向いた状態で固定されるように、機能性基体の基材層側の面の一部の領域と、容器本体部材の表面の、前記一部の領域と対面する領域とが、接着剤又は粘着剤を介して接合されており、
機能性基体の基材層側の面の、前記一部の領域以外の領域上には接着剤及び粘着剤が存在しない、
ことを特徴とする細胞培養容器。
【請求項2】
機能性基体の基材層側の面の前記一部の領域が、機能性基体の基材層側の面の周縁領域であり、機能性基体の基材層側の面の、前記周縁領域に包囲された領域上には接着剤及び粘着剤が存在しない、請求項1の細胞培養容器。
【請求項3】
容器本体部材の、機能性基体の基材層側の面の周縁領域と接着剤又は粘着剤を介してその表面が接合される部分により包囲された部分に開口が形成されており、機能性基体の基材層側の面の前記周縁領域により包囲された領域は前記開口を通じて露出している、請求項2の細胞培養容器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−99286(P2013−99286A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−244944(P2011−244944)
【出願日】平成23年11月8日(2011.11.8)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】