説明

細胞培養用支持体およびその製造方法

【課題】本発明は、基板上に固定化された温度応答性ポリマーの層を備え、その厚みのバラツキが少なく、膜厚の制御が容易に行うことができる細胞培養用支持体の製造方法、および細胞培養用支持体を提供することを目的とする。
【解決手段】α位置換アクリレート基を有する繰り返し単位を含み、温度応答性を有するポリマーを含む組成物を基板上に塗布して、塗膜を形成する工程と、
前記塗膜にエネルギーを付与して、前記ポリマーを前記基板に直接結合させ、前記基板上に固定化されたポリマー層を形成する工程とを含む、前記基板と前記ポリマー層とを有する細胞培養用支持体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養用支持体およびその製造方法に関する。より詳細には、α位に炭素数2以上のアルキル基、または炭素数1以上の置換アルキル基を有するα位置換アクリレート基を有する繰り返し単位を含み、温度応答性を有するポリマーを基板上に塗布して、エネルギーを付与し、基板表面に直接結合したポリマー層を備えた細胞培養用支持体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
温度、pH、および電界などの外部刺激に対して、その物性を大きく変化させる刺激応答性ポリマーについては様々な研究がなされている。特に、外部の温度変化に応じて相転移現象を示す温度応答性ポリマーは、数多くの研究用途、医療用途への利用が試されている。例えば、温度応答性ポリマーとしては、ポリN−イソプロピルアクリルアミド(PNIPAAm)が知られている。このPNIPAAmは32℃未満では水溶性であるが、32℃以上では急激な脱水和を生じ、疎水性相互作用により高分子鎖が凝集して相分離を起こす化合物である。このようなPNIPAAmを基板表面に導入すると、表面の親疎水性を温度によって大きく変えることができる。
【0003】
このような温度応答性ポリマーを表面に持つ材料は、ドラックデリバリーシステムにおける薬剤の坦持体としての利用(非特許文献1)や、アフィニティーの変化するクロマト材料(非特許文献2)などへの利用が提案されている。
なかでも、細胞培養用支持体から細胞シートを効率的に剥離するために、温度応答性ポリマーを細胞接着面に固定化した細胞培養用支持体に関する研究が幾つか行われている(特許文献1〜3)。なお、細胞シートとは、細胞間結合で細胞同士が少なくとも単層で連結されたシート状の細胞集合体であり、再生医療などで用いられる。
【0004】
なお、温度応答性ポリマーを基板に固定化する方法としては、例えば、基板上に原料モノマーを塗布して、電子線を照射することにより基板上に温度応答性ポリマーを固定化する方法が提案されている(特許文献1)。他の方法として、原料モノマーの塗布の際に、原料モノマー由来のホモポリマーを併存させる方法が提案されている(特許文献2または3)。さらに、特許文献4においては、重合開始能を有する基板と、重合性基を含む温度応答性ポリマーとを用いた温度応答性表面部材を作製する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−192130号公報
【特許文献2】特開2008−220320号公報
【特許文献3】特開2008−263863号公報
【特許文献4】特開2009−79154号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Controlled Release, 59, p.287(1999年)
【非特許文献2】Anal. Chem., 6, p.1125(1999年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の方法では、モノマー結晶が塗膜中に生成し、結晶部分で重合が阻害されるため、温度応答性ポリマーで被覆されない領域が多く発生するという問題があった。また、得られるポリマー層中の厚みに大きなバラツキが生じており、結果として膜厚の標準偏差が大きくなり、膜厚の制御が困難であった。そのため、特許文献1の方法では、細胞培養用支持体としての好適な厚みへの制御が難しく、かつ、ロッド間での再現性に乏しく、工業的な生産性という点においても必ずしも十分とはいえなかった。
また、原料モノマーの結晶化抑制を目的とした特許文献2または3の方法についても本発明者らが検討を行ったところ、この方法においても得られるポリマー層の厚みに大きなバラツキが生じるため、上記と同様の課題を有していた。
【0008】
さらに、特許文献4に具体的に開示されているアクリレート基またはメタクリレート基を有するポリマーを使用して温度応答性表面部材の作製を行ったところ、得られるポリマー層の厚みは大きく、かつポリマー層中において膜厚のバラツキが大きく、その制御は困難であった。
【0009】
上記のようにポリマー層中の膜厚が厚く、かつその厚みに大きなバラツキがあると、ポリマー層上に細胞が均一に接着または増殖できない場合があった。さらには、得られた細胞シートを基板から剥離しようとしても、細胞シートの一部が剥離せずに破損する、または、破損せず剥離してもシートに歪みができる、細胞にダメージが生ずる等問題があった。
【0010】
このような問題を解決するためには、基板表面上における被覆率が高く、平坦性に優れ、かつ、所定の薄い厚みを有し、厚みの均一な温度応答性ポリマーの層を形成させることが好ましい。しかしながら、未だこれらを十分に満足する表面改質方法が見出されていないのが現状である。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、基板上に固定化された温度応答性ポリマーの層を備え、その厚みのバラツキが少なく(膜厚の標準偏差が小さい)、膜厚の制御を容易に行うことができる細胞培養用支持体の製造方法、および細胞培養用支持体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、α位が炭素数2以上の嵩高いアルキル基、または炭素数1以上の置換アルキル基で置換されたα位置換アクリレート基を有する温度応答性ポリマーを使用することにより、基板上に、膜厚のバラツキが少なく(膜厚の標準偏差が小さく)、平坦性に優れたポリマー層を簡便に製造できることを見出した。
【0013】
即ち、本発明者らは、上記課題が下記の<1>〜<11>の構成により解決されることを見出した。
<1> α位に炭素数2以上のアルキル基、または、置換基としてアリール基、ハロゲン基、もしくはアルコキシカルボニル基を有する炭素数1以上の置換アルキル基を有するα位置換アクリレート基を有する繰り返し単位を含み、温度応答性を有するポリマーを含む組成物を基板上に塗布して、塗膜を形成する工程と、
前記塗膜にエネルギーを付与して、前記ポリマーを前記基板に直接結合させ、前記基板上に固定化されたポリマー層を形成する工程とを含む、前記基板と前記ポリマー層とを有する細胞培養用支持体の製造方法。
<2> 前記ポリマーが、一般式(1)で表される繰り返し単位を有するポリマーである<1>に記載の細胞培養用支持体の製造方法。
【0014】
【化1】

【0015】
(一般式(1)中、R1およびR2は、それぞれ独立して、水素原子、またはアルキル基を表す。ただし、R1およびR2の少なくとも一方は、アルキル基を表す。R3は、水素原子、またはアルキル基を表す。)
<3> 前記α位置換アクリレート基を有する繰り返し単位が、一般式(2)で表される繰り返し単位である<1>または<2>に記載の細胞培養用支持体の製造方法。
【0016】
【化2】

【0017】
(一般式(2)中、R4は、炭素数2以上のアルキル基、または、置換基としてアリール基、ハロゲン基、もしくはアルコキシカルボニル基を有する炭素数1以上の置換アルキル基を表す。R5は、水素原子、またはアルキル基を表す。Lは、単結合または2価の連結基を表す。)
<4> 前記R4がイソプロピル基である、<3>に記載の細胞培養用支持体の製造方法。
<5> 前記ポリマー層の厚みが1〜30nmで、厚みの標準偏差が前記厚みの4%以下である<1>〜<4>のいずれかに記載の細胞培養用支持体の製造方法。
<6> 前記ポリマー層の平均表面粗さRaが、1.0nm以下である<1>〜<5>のいずれかに記載の細胞培養用支持体の製造方法。
<7> 前記エネルギー付与が、放射線照射により行われる<1>〜<6>のいずれかに記載の細胞培養用支持体の製造方法。
<8> 基板と、
前記基板表面と直接結合した温度応答性を有するポリマーを含み、厚みが1〜30nmで、厚みの標準偏差が前記厚みの4%以下であるポリマー層とを有する細胞培養用支持体。
<9> 前記ポリマーが、一般式(1)で表される繰り返し単位を有するポリマーである<8>に記載の細胞培養用支持体。
【0018】
【化3】

【0019】
(一般式(1)中、R1およびR2は、それぞれ独立して、水素原子、またはアルキル基を表す。ただし、R1およびR2の少なくとも一方は、アルキル基を表す。R3は、水素原子、またはアルキル基を表す。)
<10> 前記ポリマー層の平均表面粗さRaが、1.0nm以下である<8>または<9>に記載の細胞培養用支持体。
<11> α位に炭素数2以上のアルキル基、または、置換基としてアリール基、ハロゲン基、もしくはアルコキシカルボニル基を有する炭素数1以上の置換アルキル基を有するα位置換アクリレート基を有する繰り返し単位を含み、温度応答性を有するポリマーを含む組成物を基板上に塗布して、塗膜を形成する工程と、
前記塗膜にエネルギーを付与して、前記ポリマーを前記基板に直接結合させ、前記基板上に固定化されたポリマー層を形成する工程とを含む方法により得られる、前記基板と前記ポリマー層とを有する細胞培養用支持体。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、基板上に固定化された温度応答性ポリマーの層を備え、その厚みのバラツキが少なく、膜厚の制御を容易に行うことができる細胞培養用支持体の製造方法、および細胞培養用支持体を提供する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る細胞培養用支持体の製造方法、および得られる細胞培養用支持体について説明する。
まず、本発明において使用する材料(基板、ポリマー、組成物など)について詳述し、次に、製造方法について詳述する。
【0022】
<基板>
本工程で使用される基板は、後述するポリマー層を支持するためのものであり、その種類は特に制限されない。例えば、寸度的に安定な板状物であることが好ましく、例えば、紙、プラスチック(例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンなど)がラミネートされた紙、金属板(例えば、アルミニウム、亜鉛、銅など)、プラスチックフィルム(例えば、二酢酸セルロース、三酢酸セルロース、プロピオン酸セルロース、酪酸セルロース、酢酸酪酸セルロース、硝酸セルロース、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリビニルアセタール、ポリイミド、エポキシ、ビスマレインイミド樹脂、ポリフェニレンオキサイド、液晶ポリマー、ポリテトラフルオロエチレンなど)、上記の金属がラミネートまたは蒸着された、紙またはプラスチックフィルムなどが挙げられる。なかでも、プラスチックフィルムが好ましく、医療用材料への応用の点からは、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリウレタン、ポリアクリレート、ポリエチレンテレフタレート、またはナイロンが好ましい。
基板の厚みは、使用目的に応じて選択され、特に限定はないが、一般的には10μm〜10cm程度である。
【0023】
<重合開始層>
本工程で使用される基板は、その表面上に重合開始能を有する化合物を含む重合開始層を備えていてもよい。重合開始層を備えることにより、後述するポリマーとの反応がより促進され、耐久性、耐熱性などがより優れたポリマー層を形成することができる。
重合開始層としては、層中に重合開始能を有する化合物が含まれていればよく、例えば、高分子化合物と重合開始剤とを含む層、または、重合性化合物と重合開始剤とを含む層などが挙げられる。このような重合開始層は、必要な成分を溶解可能な溶媒に溶解し、塗布などの方法で基板表面に塗布層を設け、加熱または光照射によって硬膜することで、形成することができる。
【0024】
重合開始能を有する化合物としては、活性光線照射などのエネルギー付与により、活性種を発生するものであれば特に制限されず、重合開始剤などが挙げられる。重合開始剤は、所定のエネルギー、例えば、活性光線の照射、加熱、電子線の照射などにより、重合開始能を発現し得る公知の熱重合開始剤、光重合開始剤などを適宜選択することができる。なかでも、後述するエネルギー付与において光照射を利用することが製造適性の観点から好適であり、そのため光重合開始剤を用いることが好ましい。
光重合開始剤としては、例えば、p−tert−ブチルトリクロロアセトフェノンなどのアセトフェノン類、2−クロロチオキサントンなどのケトン類、ベンゾインなどのベンゾインエーテル類などが挙げられる。
【0025】
また、重合開始能を有する化合物としては、光開裂によりラジカル重合を開始しうる重合開始部位(Y)と基板結合部位(Q)とを有する化合物(以下、適宜「光開裂化合物(Q−Y)」と称する。)等が挙げられる。この化合物は、基板結合部位を介して基板表面に結合され、重合開始層が基板上に形成される。
ここで、光開裂によりラジカル重合を開始しうる重合開始部位(以下、単に「重合開始部位(Y)」とも称する。)は、光により開裂しうる単結合を含む構造である。この光により開裂する単結合としては、カルボニルのα開裂、β開裂反応、光フリー転位反応、フェナシルエステルの開裂反応、スルホンイミド開裂反応、スルホニルエステル開裂反応、N−ヒドロキシスルホニルエステル開裂反応、ベンジルイミド開裂反応、活性ハロゲン化合物の開裂反応、などを利用して開裂が可能な単結合が挙げられる。これらの反応により、光により開裂しうる単結合が切断される。この開裂しうる単結合としては、C−C結合、C−N結合、C−O結合、C−Cl結合、N−O結合、及びS−N結合などが挙げられる。より具体的には、下記開裂部位例1〜10が挙げられ、構造中の波線で表示された部分の単結合が開裂する。
【0026】
【化4】

【0027】
また、これらの開裂しうる単結合を含む重合開始部位(Y)は、後述する高分子のグラフト反応の起点となりえる。つまり、これら単結合が開裂すると、その開裂反応によりラジカルを発生させる機能を有する。このように、光などにより開裂しうる単結合を有し、かつ、ラジカルを発生可能な重合開始部位(Y)の構造としては、以下に挙げる基を含む構造が挙げられる。即ち、芳香族ケトン基、フェナシルエステル基、スルホンイミド基、スルホニルエステル基、N−ヒドロキシスルホニルエステル基、ベンジルイミド基、トリクロロメチル基、ベンジルクロライド基、などである。
【0028】
このような重合開始部位(Y)は、露光により開裂してラジカルが発生すると、そのラジカル周辺にラジカル重合性基を有する高分子が存在する場合には、このラジカルがグラフト反応の起点として機能し、グラフトポリマーを生成することができる。
このため、表面に光開裂化合物(Q−Y)が導入された基板を用いてグラフトポリマーを生成させる場合には、エネルギー付与手段として、重合開始部位(Y)を開裂させうる波長の光または電子線など高エネルギー線の露光を用いる。
【0029】
また、基板結合部位(Q)としては、ガラスなどの基板表面に存在する官能基(水酸基、カルボキシル基など)と反応して結合しうる反応性基で構成され、その反応性基としては、具体的には、以下に示すような基板結合基が挙げられる。なかでも、反応性に優れる点で、−Si(OA)3基(Aは、アルキル基を表す。好ましくは、メチル基、エチル基)、−SiX3基(Xはハロゲン原子を表す。好ましくは、塩素原子)などが挙げられる。基板表面と光開始部位との結合の例としては、O−C、O−Si、N−C、N−Si、S−C、S−Si、S−Oなどの共有結合が好ましく挙げられる。
【0030】
【化5】

【0031】
重合開始部位(Y)と、基板結合部位(Q)とは直接結合していてもよいし、連結基を介して結合していてもよい。連結基(L)を有する場合、光開裂化合物は(Q−L−Y)と表される。この連結基としては、炭素、窒素、酸素、及びイオウからなる群より選択される原子を含む連結基が挙げられる。具体的には、飽和炭化水素基(アルキレン基など)、アリーレン基、エステル基、アミド基、ウレイド基、エーテル基、アミノ基、スルホンアミド基、またはこれらを組み合わせた基などが挙げられる。また、この連結基は更に置換基を有していてもよく、その導入可能な置換基としては、アルキル基、アルコキシ基、ハロゲン原子、などが挙げられる。
【0032】
光開裂化合物(Q−Y)を、基板結合部位(Q)を介して基板に結合させて、重合開始層を作製する方法(光開裂化合物結合工程)としては、光開裂化合物(Q−Y)を、トルエン、ヘキサン、アセトンなどの適切な溶媒に溶解または分散させ、その溶液または分散液を基板表面にスピンコートなどによって塗布する方法(塗布方法)、または、溶液または分散液中に基板を一定時間浸漬させ、洗浄する方法(浸漬方法)などを用いることができる。
なかでも、後述する用途などに好適に用いることができるという点で、重合開始層の膜厚が1〜15nmであることが好ましく、さらに1.0〜5.0nmが好ましく、特に1.5〜5.0nmが好ましい。重合開始層の膜厚の測定方法は、エリプソメトリー(溝尻光学社製 DHA−XA/S4)など公知の手段を用いて、膜表面上の任意の点を12ヵ所以上測定して数平均して求めた値である。
【0033】
また、後述する用途などに好適に用いることができるという点で、重合開始層の平均表面粗さRaが、0.01〜2nmであることが好ましく、さらに0.05〜1nmが好ましく、特に0.1〜0.6nmが好ましい。なお、平均表面粗さRa(算術平均表面粗さRa)は、JIS B 0601によりRaの略号で表される値であり、表面粗さの値の平均線から絶対値偏差の平均値を表す。測定方法は、AFM(原子間力顕微鏡)などにより測定することができ、任意の点を2ヵ所以上測定して求めた値である。
【0034】
<α位置換アクリレート基を有する繰り返し単位を含み、温度応答性を有するポリマー>
後述する塗膜形成工程において使用される組成物には、α位に炭素数2以上のアルキル基、または、置換基としてアリール基、ハロゲン基、もしくはアルコキシカルボニル基を有する炭素数1以上の置換アルキル基を有するα位置換アクリレート基を有する繰り返し単位を含み、温度応答性を有するポリマー(以後、適宜本発明のポリマーとも称する)が含まれる。
本発明のポリマーは所定のアルキル基を有するα位置換アクリレート基を含むため、所定のエネルギーが付与されると、後述するように基板と共有結合を形成し、ポリマーが基板表面上に固定化される。特に、アクリレート基のα位に炭素数2以上のアルキル基、または炭素数1以上の置換アルキル基が置換されているため、アクリレート基間での連鎖重合反応が進行しにくい。そのため、得られるポリマー層の厚みの制御が容易となり、厚みのバラツキが小さく、平坦性にも優れるポリマー層を得ることができる。
【0035】
α位置換アクリレート基(より具体的には、α位アルキル基置換アクリル酸)の反応性について記述してあるJournal of Polymer Science : Part A: Polymer Chemistry vol.29, 1837-1843 (1991)を参照すると、α位置換アクリレート基の重合速度はα位のアルキル基が、メチル>エチル>n−プロピル>i−プロピル〜(ほぼ等しい)iso-ブチルの順で減少することが報告されている。具体的には、メチル基とエチル基とを比較すると、エチル基の重合反応速度がメチル基に比べて14倍以上低下する。さらに、エチル基からn−プロピル基になることで、モノマーの重合反応速度は1.2倍低下する。また、更にiso−プロピルまたはiso-ブチル基になることで、モノマーの重合反応速度はエチル置換のものより260倍以上に低下する。
【0036】
また上記文献中には、スチレンとα位アルキル基置換アクリル酸との共重合速度比が記載されている。それらの値を用いると、スチレンラジカルからα位アルキル基置換アクリル酸への反応速度定数を見積もることが出来る。具体的には、スチレンラジカルからα位メチル基置換アクリル酸(メタクリル酸)への反応速度を1とすると、スチレンラジカルからα位エチル基置換アクリル酸への反応速度は0.31、α位イソプロピル基置換アクリル酸への反応速度は0.17、α位イソブチル基置換アクリル酸への反応速度は0.16である。
よって、アクリレート基中のα位の置換基をエチル基以上にすると、フリーラジカルとの反応性は下がるものの、その程度はせいぜい0.16倍であり、重合反応速度ほどアルキル基の大きさに比べて低下しないことが分かる。
【0037】
上記の点より、基板表面に生じたフリーラジカルは、アクリレート基のα位アルキル置換基が大きくなってもその二重結合と十分反応結合する。一方、反応で生じた二重結合末端の重合性基はそこで重合が止まり、さらなる重合が進行しないと予想される。結果として、膜厚が必要以上厚くなることなく、膜厚の制御がより容易となる。
【0038】
本発明のポリマーは、α位に炭素数2以上のアルキル基、または、置換基としてアリール基、ハロゲン基、もしくはアルコキシカルボニル基を有する炭素数1以上の置換アルキル基を有するα位置換アクリレート基を有する繰り返し単位を含む。本発明においてα位置換アクリレート基(「α−アルキル置換アクリロイルオキシ基」とも称する)は、アクリレート基のα位が所定のアルキル基で置換された基である。
【0039】
アクリレート基のα位の置換基としては、炭素数2以上のアルキル基が挙げられ、直鎖状、分岐状または環状であってもよい。好ましくは炭素数2〜12が好ましく、炭素数2〜7がより好ましい。例えば、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基などが挙げられる。
なかでも好ましくは、n−プロピル基、iso−プロピル基、n−ブチル基、iso−ブチル基、t−ブチル基である。また、反応性制御の観点から、iso−プロピル基、iso−ブチル基、t−ブチル基が好ましく、さらに合成の観点からiso−プロピル基、iso−ブチル基が好ましい。特に、原料入手および反応性制御の観点からiso−プロピル基が好ましい。
上記の置換アルキル基は、さらに置換基を有していてもよく、例えば、アリール基、ハロゲン原子、アルコキシカルボニル基などを有していてもよい。
【0040】
また、アクリレート基のα位の置換基としては、置換基としてアリール基、ハロゲン基(フッ素原子、塩素原子、臭素原子など)、またはアルコキシカルボニル基を有する炭素数1以上の置換アルキル基が挙げられ、直鎖状、分岐状または環状であってもよい。好ましくは炭素数1〜10が好ましく、炭素数1〜6がより好ましい。たとえば、ブロモエチル基などが挙げられる。なお、置換基であるアリール基、ハロゲン基、アルコキシカルボニル基の数は特に制限されない。
【0041】
α位置換アクリレート基を有する繰り返し単位の好適な実施態様としては、以下の一般式(2)で表される繰り返し単位が挙げられる。
【0042】
【化6】

【0043】
一般式(2)中、R4は炭素数2以上のアルキル基、または、置換基としてアリール基、ハロゲン基、もしくはアルコキシカルボニル基を有する炭素数1以上の置換アルキル基を表す。アルキル基、置換アルキル基の定義としては上記の通りである。
【0044】
一般式(2)中、R5は、水素原子、アルキル基を表す。アルキル基としては、メチル基、エチル基などが挙げられる。なかでも、水素原子が好ましい。
【0045】
一般式(2)中、Lは、単結合または2価の連結基を表す。連結基としては、具体的に、アルキレン基(炭素数1〜20が好ましく、炭素数1〜10がより好ましい。例えば、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基、シクロヘキシレン基などが挙げられる。)、−O−、アリーレン基(フェニレン基など)、−CO−、−NH−、−COO−、−CONH−またはこれらを組み合わせた基(例えば、アルキレンオキシ基、アルキレンオキシカルボニル基、アルキレンカルボニルオキシ基など)などが挙げられる。なかでも、アルキレン基、−NH−、−O−、−COO−、−CONH−、またはこれらを組み合わせた基が好ましい。なお、これら連結基は、ヒドロキシル基、アルキル基などの置換基を有していてもよい。
Lが単なる結合手の場合、一般式(2)のO(酸素原子)とC(炭素原子)とが直接結合することをさす。
【0046】
本発明のポリマーにおいて、α位置換アクリレート基を有する繰り返し単位の含有量は、特に限定されないが、高分子を構成する全繰り返し単位(100モル%)に対して、1〜80モル%が好ましく、3〜50モル%がより好ましい。上記範囲内であれば、より強固に基板と結合することが可能である。
【0047】
本発明の温度応答性を有するポリマーとは、所定の温度に相転移温度を有するポリマーを意味する。より具体的には、ポリマーを含む水溶液において、下限臨界溶液温度(Lower Critical Solution Temperature、LCST)を境にして、可逆的なゾル−ゲル転移の相分離挙動を示す性質をいう。相転移温度の範囲は、ポリマーに含まれる構造により異なるが、細胞培養用支持体などへの応用の点からは、20〜50℃が好ましく、25〜45℃がより好ましい。
このような温度応答性を有するポリマーは、例えば、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体由来の繰り返し単位を有する高分子が挙げられる。これら化合物としては、例えば、N−イソプロピルアクリルアミド、N−n−プロピルアクリルアミド、N−n−プロピルメタクリルアミド、N−エトキシエチルアクリルアミド、N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、N,N−ジエチルアクリルアミド等が挙げられる。
また、その他のポリマー骨格としては、例えば、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のアルキル置換セルロース誘導体や、ポリプロピレンオキサイドとポリエチレンオキサイドとのブロック共重合体等に代表されるポリアルキレンオキサイドブロック共重合体や、ポリアルキレンオキサイドブロック共重合体なども挙げられる。
【0048】
本発明のポリマーの好適な実施態様の一つとしては、以下一般式(1)で表される繰り返し単位を有するポリマーが挙げられる。以下の繰り返し単位を有することにより、ポリマーが所望の温度応答性を示す。
【0049】
【化7】

【0050】
一般式(1)中、R1およびR2は、それぞれ独立して、水素原子、またはアルキル基を表す。ただし、R1およびR2の少なくとも一方は、アルキル基を表す。
アルキル基としては、炭素数1〜10が好ましく、炭素数3〜6がより好ましい。例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基などが挙げられる。なかでも、イソプロピル基が好ましい。なかでも、R1が水素原子、R2がアルキル基(特に、炭素数3〜6)であることが好ましい。
【0051】
一般式(1)中、R3は、水素原子、またはアルキル基を表す。アルキル基としては、メチル基、エチル基などが挙げられる。
【0052】
本発明のポリマーにおいて、一般式(1)で表される繰り返し単位の含有量は、特に限定されないが、高分子を構成する全繰り返し単位(100モル%)に対して、5〜99モル%が好ましく、10〜95モル%がより好ましく、50〜95モル%がさらに好ましい。上記範囲内であれば、ポリマー層の親水性・疎水性の変化がより大きくなる。
【0053】
本発明のポリマーの重量平均分子量は特に制限されないが、溶液への溶解性などの取り扱いやすさの点で、1000〜1000000が好ましく、5000〜300000がより好ましい。
【0054】
本発明のポリマーの具体例としては、例えば、以下のようなポリマーが挙げられる。なお、式中の数値は各繰り返し単位のモル%を表す。
【0055】
【化8】

【0056】
本発明のポリマーの合成方法は特に限定されず、公知の合成方法を使用できる。例えば、国際公開2008−050715号パンフレットの段落番号[0196]〜[0243]に記載されている合成方法などを参照して合成することができる。
【0057】
<組成物>
後述する塗膜形成工程で使用される組成物は、上記ポリマーを含有する。
組成物中における本発明のポリマーの含有量は特に限定されない。
組成物には、溶媒が含まれていてもよい。溶媒の種類としては、上記ポリマーが溶解・分散すれば特に制限されないが、例えば、テトラヒドロフラン、1−メトキシ−2−プロパノール、メタノール、メチルエチルケトンなどが挙げられる。
組成物中における溶媒の含有量は特に制限されないが、塗膜の膜厚制御が容易な点から、組成物全質量に対して、10〜99.999質量%が好ましく、90〜99.99質量%がより好ましい。
【0058】
<細胞培養用支持体の製造方法>
本発明に係る細胞培養用支持体の製造方法は、主に、以下の2つの工程を備える。
(塗膜形成工程) 上記α位置換アクリレートを有する繰り返し単位を含み、温度応答性を有するポリマーを含む組成物を基板上に塗布して、塗膜を形成する工程
(ポリマー層形成工程) 塗膜形成工程で得られた塗膜にエネルギーを付与して、ポリマーを基板に直接結合させ、基板上に固定化されたポリマー層を形成する工程
以下に各工程の手順について詳述する。
【0059】
<塗膜形成工程>
塗膜形成工程は、上記α位置換アクリレートを有する繰り返し単位を含み、温度応答性を有するポリマーを含む組成物を基板上に塗布して、塗膜を形成する工程である。
組成物を基板表面上に塗布する方法は、特に制限されないが、例えば、使用される組成物を、スピンコート法などによって基板に塗布する方法(塗布処理)、または、その組成物に基板を浸漬する方法(浸漬処理)などが挙げられる。取り扱い性や製造効率の観点からは、塗布処理が好ましい。なお、塗布処理や浸漬処理の実験条件は、使用される高分子などにより適宜最適な条件が選択される。
【0060】
塗膜形成工程の後に、必要に応じて、得られる塗膜から溶媒の除くために、塗膜を乾燥する工程(乾燥工程)を設けてもよい。乾燥条件は、使用する高分子などにより適宜最適な条件が選択される。
【0061】
本工程で得られる塗膜の膜厚は、使用される用途などに応じて、適宜最適な膜厚が選択される。なかでも、1〜5000nmが好ましく、2〜3000nmがより好ましい。上記範囲内であれば、均一性の点で好ましい。
【0062】
<ポリマー層形成工程>
ポリマー層形成工程は、上記の塗膜形成工程で得られた塗膜にエネルギーを付与して、ポリマーを基板に直接結合させ、基板上に固定化されたポリマー層を形成する工程である。この工程において、主にポリマー中のα位置換アクリレートが活性化されて、基板表面と反応し、基板とポリマーとの間に共有結合が形成される。また、同時にポリマー間での架橋反応も一部進行し、耐久性に優れた膜が得られる。
【0063】
塗膜に付与するエネルギーの種類は、特に制限されないが、例えば、加熱や、露光などの放射線照射を用いることができる。放射線としては、例えば、可視光線、紫外線、遠紫外線、X線、電子線、γ線、分子線、イオンビームなどが挙げられる。なかでも電子線、または光照射(好ましくは254nm〜310nmの露光波長であり、具体的には、紫外線、可視光線)が好ましい。また、露光光源としては、特に限定されず、高圧水銀灯、低圧水銀灯、ハロゲンランプ、キセノンランプ、エキシマレーザー、色素レーザーなどが用いられる。
【0064】
露光条件は、使用するポリマーの種類や使用する光源などによって適宜最適な条件が選択されるが、通常、露光時間は0.1〜30分である。また、露光エネルギーとしては、100mJ/cm以上であることが好ましく、100〜10000mJ/cmであることがより好ましい。
エネルギー付与を基板の必要な領域全面にわたって行うと、基板表面全面にわたり、ポリマー層が形成される。また、パターン状のエネルギー付与によっては、パターン状のポリマー層が形成される。
【0065】
上記のポリマー層形成工程後に、必要に応じて、露光および固定されたポリマー層を所定の溶媒で洗浄してもよい(洗浄工程)。洗浄処理により、基板と結合していない未反応の高分子を取り除くことができる。
使用する溶媒は、使用される高分子の種類などにより適宜最適な溶媒が使用される。例えば、テトラヒドロフラン、トルエン、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、水、メタノール、アルカリ水などが挙げられる。
【0066】
<ポリマー層>
上述の製造方法により得られる基板上のポリマー層の厚みは、使用するポリマーの種類やエネルギー付与の条件により適宜選択されるが、通常、1〜30nmであり、1〜10nmがより好ましい。上記範囲内であれば、支持体上での細胞増殖、および、得られた細胞シートの剥離性の点で好ましい。膜厚が上記範囲より大きいと、細胞シートの一部が基板から剥離せずに、破損することがある。また、膜厚が薄すぎると、本発明の効果が得られない場合がある。
なお、厚みの測定方法は、エリプソメトリーなどの公知の方法により、層表面上の任意の点を10ヵ所以上測定して数平均して求めた値である。
【0067】
ポリマー層の厚みの標準偏差は、ポリマー層の厚みの4%以下であり、3%以下が好ましく、2%以下がより好ましい。なお、下限としては小さければ小さいほど好ましく、0%が好ましい。
より具体的には、ポリマー層の厚みの標準偏差は、1.2nm以下が好ましく、0.6nm以下がより好ましい。上記範囲内であれば、支持体上での細胞増殖、および、得られた細胞シートの剥離性の点で好ましい。膜厚の標準偏差が上記範囲より大きいと、細胞シートの一部が基板から剥離せずに、破損することがある。
【0068】
ポリマー層の平均表面粗さRaは、好ましくは1.0nm以下であり、より好ましくは0.5nm以下である。下限としては小さければ小さいほど好ましく、0がより好ましい。上記範囲内であれば、支持体上での細胞増殖、および、得られた細胞シートの剥離性の点で好ましい。
なお、平均表面粗さRa(算術平均表面粗さRa)は、JIS B 0601によりRaの略号で表される値であり、表面粗さの値の平均線から絶対値偏差の平均値を表す。測定方法は、AFM(原子間力顕微鏡)などにより測定することができる。
【0069】
基板表面上におけるポリマー層の被覆率は、使用するポリマーの種類やエネルギー付与の条件により異なるが、ポリマー層が形成されるべき領域に対して、面積比で80%以上が好ましく、80〜100%(全面)がより好ましい。上記範囲内であれば、支持体上での細胞増殖、および、得られた細胞シートの剥離性の点で好ましい。
被覆率の測定方法としては特に限定されないが、例えば、AFM測定(ナノピクス1000 セイコーインスツルメンツ製)で行われる。
【0070】
本発明において、細胞培養は上述のようにして製造された細胞培養用支持体上で行われる。
上記支持体を用いた培養に用いられる細胞の種類に特に限定はないが、例えば脊椎動物由来の細胞、血管内皮細胞、軟骨細胞、肝実質細胞、繊維芽細胞、小腸上皮細胞、表皮角化細胞、心筋細胞、骨芽細胞、骨髄間葉細胞、胚性幹細胞、体性幹細胞など接着性を有する細胞が挙げられる。
細胞を培養する際の細胞濃度は特に限定されない。細胞の培養条件は、培養する細胞の種類に応じて適宜選択が可能であり、使用する培養液は、例えば、D-MEM培地、MEM培地、HamF12培地,HamF10培地などが挙げられる。使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
培養中の温度は基板上のポリマー層が疎水的な性質を発現する条件で行なうことが好ましく、具体的には、培地温度は、基材表面に被覆されたポリマー層の下限臨界溶液温度以上であることが好ましい。しかし、培養細胞が増殖しないような低温域、あるいは培養細胞が死滅するような高温域における培養が不適切であることは言うまでもない。培養後は、温度を低下させて、基板上の化合物をより親水的にすることで細胞を剥離することができる。
【0071】
上記の基板とポリマー層とを有する細胞培養用支持体において、ポリマー層は基板と結合しているため摩擦などによる物理的作用や溶媒などの化学的処理に対する耐性に優れる。さらに、上記の製造方法によれば、膜厚をナノメートルレベルで制御可能である。また、大面積かつ短時間での製造が可能であり、生産性・工業性という観点からも好ましい。また、得られた細胞培養用支持体は、温度の変化により、その表面の親/疎水性が変化する。
本発明の細胞培養用支持体は種々の用途に使用することができ、例えば、細胞増殖、剥離シートなどが挙げられる。
【実施例】
【0072】
実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例によりなんら制限されるものではない。
【0073】
後述する高分子薄膜の測定は、溝尻光学(株)(DHA−XA/SA)を用いて測定を行った。
【0074】
(合成例1:イソプロピル基置換アクリレート基を側鎖に有するイソプロピルアミドポリマーP1の合成)
第一段階:前駆体ポリマーA1の合成
300mlの三口フラスコにN−メチルピロリドン52.57g、N−イソプロピルアクリルアミド45.83g(0.405mol)、ヒドロキシエチルメタクリレート5.86g(0.045mol)を入れ、窒素を流しながら80℃に保った。次に、開始剤としてV601(和光純薬)0.0345g(0.15mmol)をN−メチルピロリドン52.57gに溶解させた液を、このフラスコ中に攪拌しながら2時間かけて滴下した。滴下終了後、V601を0.0345g添加した後、同じ温度で4時間攪拌を続けた。反応終了後、反応液を冷却した。GPC測定から得られたポリマーA1の重量平均分子量は5.0万であった。
【0075】
第二段階:ポリマーP1の合成
300mlの三口フラスコに上記第一段階で合成した液を37.81g取り、氷冷した。次に、Journal of Organic Chemistry. page 3036, 1868年 vol.33 に合成法が記載されているイソプロピルアクリル酸と塩化チオニルとから合成したクロリドイソプロピルアクリル酸クロリドを攪拌しながら滴下した。更に、トリエチルアミン2.4g(0.0243mol)を加え、攪拌を2時間続けた後、水400mlに注いだ。
次に、これを氷冷した後、フィルターろ過し、ろ液を60℃に加熱したところ、粘調な固体が析出した。上澄み液をデカンテーションで除いた後、固体を空気乾燥させた。得られたポリマーP1をGPC測定したところ、重量平均分子量は5.2万であった。なお、以下の式中の数値は各繰り返し単位のモル%を表す。
【0076】
【化9】

【0077】
(合成例2:イソプロピル基置換アクリレート基を側鎖に有するイソプロピルアミドポリマーP2(高分子量体)の合成)
N−メチルピロリドンを32g使用し、開始剤としてV601(和光純薬)0.0035gを二回加えた以外は合成例1の第一段階と同じ方法にて前駆体ポリマーA2の合成を行なった。
次に前駆体ポリマーA2を使用し、上記合成例1の第二段階と同じ方法にてα位イソプロピル基置換アクリレート基が側鎖についたポリマーP2を合成した。得られたポリマーP2をGPC測定したところ、重量平均分子量は32万であった。
【0078】
(比較合成例1:メタクリレート基を側鎖に有するイソプロピルアミドポリマーの合成)
イソプロピルアクリル酸クロリドに代えて塩化メタクリロイルを使用した以外は合成例1の第二段階と同じ方法を用いて、メタクリレート基を側鎖に有するポリマーP3の合成を行なった。得られたポリマーP3をGPC測定したところ、重量平均分子量は5.1万であった。
【0079】
【化10】

【0080】
(合成例3:光開裂化合物Q1の合成)
4−シアノ−4’−ヒドロキシビフェニル29.33g(0.15mol)を200ml三口フラスコに量り取り、DMAc100mlを加え撹拌し(300rpm)、溶解させた。以下、同回転数で撹拌を続けながら反応を進めた。発熱しないように少量ずつKCO22.81g(0.165mol)を加え、反応液を80℃に加温した。11−ブロモ−1−ウンデセン38.78g(0.166mol)を30分かけて滴下し、滴下後1.5時間攪拌し、さらに100℃にて2.5時間撹拌した。反応終了後、氷水へと反応溶液を流し入れ固体を析出させ、吸引ろ過後、大量の蒸留水にて洗浄した。得られた固体を、アセトニトリルにて再結晶を行い、やや黄色のかかった白色固体であるシアノエーテル体(40.21g)を得た。
得られたシアノエーテル体10.42g(0.03mol)を200ml三口フラスコに量り取り、三口フラスコを氷浴に浸し(塩化ナトリウム添加)冷却後、トリクロロアセトニトリル25.99g(0.18mol)を加え撹拌し(300rpm)、溶解させた。以下、同回転数で撹拌を続けながら反応を進めた。反応溶液をHClガスで1時間バブリングした。バブリング終了後、5時間撹拌し、さらに氷浴で24時間撹拌を続けた。氷浴を外し、トリクロロアセトニトリル6.5gを追加後、室温にて24時間反応を続けた。反応終了後、酢酸エチルで希釈し、蒸留水で2回、飽和食塩水で2回洗浄し、酢酸エチル層を無水硫酸マグネシウムで乾燥させた。酢酸エチルを減圧留去し、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いて単離後、さらにn−hexaneにて再結晶を行い、やや黄色のかかった白色固体のトリアジン化合物(3.37g)を得た。
得られた二重結合を有するトリアジン化合物1.42gとTHF8mlを50mlナスフラスコに量り取り、氷水でナスフラスコを冷却し、窒素気流下、トリクロロシラン0.9gを滴下した。さらに、塩化白金酸60mgをイソプロピルアルコール0.6gに溶解した液を滴下した。反応液を氷冷下で6時間攪拌した後、室温に戻し、一晩放置した。反応液をエバポレーターにて濃縮し、さらに真空ポンプにて揮発成分を取り除き、所望の光開裂化合物Q1(2.3g)を得た。
【0081】
【化11】

【0082】
<実施例1>
UVオゾンクリーナー処理したシリコン基板を、光開裂化合物Q1の0.1wt%トルエン溶液に5時間浸漬した。浸漬後、基板表面をトルエンで洗浄し、基板表面上にラジカル重合開始層Q1を得た。シリコン基板表面上に作製された重合開始層の膜厚を、エリプソメトリー(溝尻光学)(測定範囲5mm)を用いて測定したところ、2.5nm(12点平均値、標準偏差0.91Å、平均表面粗さRa0.1nm)であった。
次に、ラジカル重合性基を有する高分子P1の濃度が1wt%の1−メトキシ−2−プロパノール溶液を、ラジカル重合開始層Q1を備えるシリコン基板上にスピンコート(回転数1500rpm)により塗布した。得られた塗布膜の膜厚は、30nmであった。
次に、高圧水銀灯(UVX−02516S1LP01、ウシオ電機社製、主たる発光波長:254nm(光量22mW/cm)、365nm(光量35mW/cm))から出される光を、上述のシリコン基板上の塗布膜に60秒間露光した。露光後、1wt%の重層水にシリコン基板を10分間浸漬し、さらに基板表面を水洗いした。洗浄および乾燥後、シリコン基板上に得られた高分子薄膜の膜厚を測定したところ、10.0nm(標準偏差3Å)であった。また、得られた高分子薄膜は基板全面を被覆し(被覆率100%)、平均表面粗さRaは0.2nmであった。なお、得られた高分子膜厚の標準偏差の大きさは、その膜厚に対して3%であった。
【0083】
<実施例2>
塗布の際に、合成例2で得られたポリマーP2を使用した以外は、上記実施例1と同様の手順により高分子薄膜を作製した。得られた高分子薄膜は基板全面を被覆し(被覆率100%)、その膜厚は18.5nm(標準偏差6Å)で、平均表面粗さRaは0.3nmであった。なお、得られた高分子膜厚の標準偏差の大きさは、その膜厚に対して3.2%であった。
【0084】
<比較例1>
塗布の際に、高分子P1を含む1−メトキシ−2−プロパノール溶液の代わりに、上記合成比較例1で得られたメタクリレート基を側差に有するポリマーP3を使用した以外は、上記実施例1と同様の手順により高分子薄膜を作製した。得られた高分子薄膜の膜厚は40.2nm(標準偏差18Å)で、平均表面粗さRaは2.0nmであった。なお、得られた高分子膜厚の標準偏差の大きさは、その膜厚に対して4.5%であった。
【0085】
<比較例2>
塗布の際に、高分子P1を含む1−メトキシ−2−プロパノール溶液の代わりに、重合性基を持たないポリイソプロピルアクリルアミドポリマー(アルドリッチ社、分子量2万〜2.5万)を1wt%、イソプロピルアクリルアミドモノマーを40wt%含むイソプロパノール溶液を使用した以外は、上記実施例1と同様の手順により高分子薄膜を作製した。得られた高分子薄膜の膜厚は9.2nm(標準偏差26Å)で、平均表面粗さRaは2.0nmであった。なお、得られた高分子膜厚の標準偏差の大きさは、その膜厚に対して28.2%であった。
【0086】
上記実施例1および2においては、膜厚が薄く、かつ、各膜厚に対して膜厚の標準偏差の小さい高分子薄膜を得ることができた。なお、使用するポリマーの分子量を変更しても、所望の膜特性を示す高分子薄膜を得ることができた。
一方、比較例1および2においては、各膜厚に対して膜厚の標準偏差が4%より大きい高分子薄膜しか得られなかった。
【0087】
<実施例3>
基板(10cm×10cm)として120μm厚の二軸延伸ポリスチレン(サンディック(株)製)を使用し、この基板上に上記実施例1で用いた高分子P1を含む1−メトキシ−2−プロパノール溶液をワイヤーバー#4を用いて塗布し、100℃にて30秒間乾燥した。
次に、電子線照射ユニット(NHVコーポレーション(株)製)を使用して、電子線照射量25Mradにて得られた基板に2回電子線照射を行った。露光後、基板を1wt%の重層水に10分間浸漬し、さらに基板表面を水洗いした。ESCAで基板表面を測定したところ、表面近傍20nm以内に窒素原子の存在が観察され、ポリマーP1が基板全面にグラフトされていることが確認できた(被覆率100%)。また、支持体表面の平滑性を光学顕微鏡にて観察したところ、表面には全く凹凸は認められなかった。なお、基板上の得られた高分子薄膜の膜厚およびその標準偏差、被覆率、並びに平均表面粗さRaは実施例1と同じであった。
次に、この表面を細胞培養支持体としての性能を確認するために、ウシ胎児血清培地を用いて37℃でウシ大動脈血管内皮細胞の培養を行なったところ良好な培養が観察された。また、次に細胞培養支持体を20℃のチャンバーに移し、得られた細胞シートの剥離性を確認したところ、90%以上の細胞が剥離され、かつ細胞シート全体がきれいに剥がれることが確認できた。
なお、剥離性(剥離率)は、(剥離された細胞シートの面積/支持体上の細胞シートの面積)×100によって表される。
さらに、ウシ胎児血清培地に代えて、ウシ胎児血清(FCS)を10%含むダルベッコー改変イーグル培地(DMEM)を用いて同様の試験を行なったところ、良好な培養と90%以上の剥離性が確認できた。
【0088】
<比較例3>
上記実施例3で使用した高分子P1の代わりに、合成比較例1のメタクリレート基を側差に有するポリマーP3を使用した以外は,実施例3と同じ方法にて実験を行なった。なお、基板上の得られた高分子膜の膜厚およびその標準偏差、並びに平均表面粗さRaは比較例1と同じであった。
得られた支持体表面の平滑性を光学顕微鏡で観察したところ、わずかに凹凸があることが認められた。
次に、この得られた細胞培養支持体の性能を確認するために、ウシ胎児血清培地を用いて37℃でウシ大動脈血管内皮細胞の培養を行なったところ、支持体表面上にて良好な培養が観察された。しかし、細胞培養支持体を20℃のチャンバーに移し、得られた細胞シートの剥離性を確認したところ、剥離性は59%であり、かつ細胞シート全体がきれいに剥がれない部分があることが確認できた。
さらに、ウシ胎児血清培地に代えて、ウシ胎児血清(FCS)を10%含むダルベッコー改変イーグル培地(DMEM)を用いて同様の試験を行なったところ、良好な培養が観察されたが、剥離性は67%であった。
【0089】
<比較例4>
上記比較例2で使用したポリイソプロピルアクリルアミドポリマーおよびイソプロピルアクリルアミドモノマーを含むイソプロパノール溶液を使用した以外は、実施例3と同じ方法にて細胞培養実験を行なった。細胞シートの剥離性を確認したところ、比較例3と同程度の剥離性が確認され、細胞シート全体がきれいに剥がれない部分があった。
【0090】
上記のように実施例3においては、細胞シートの剥離性が良く、良質な細胞シートが得られた。一方、比較例3および4においては、細胞シートの剥離性が悪く、細胞シートの一部が剥がれなかった。なお、実用上の観点からは、上記剥離性は80%以上であることが好ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α位に炭素数2以上のアルキル基、または、置換基としてアリール基、ハロゲン基、もしくはアルコキシカルボニル基を有する炭素数1以上の置換アルキル基を有するα位置換アクリレート基を有する繰り返し単位を含み、温度応答性を有するポリマーを含む組成物を基板上に塗布して、塗膜を形成する工程と、
前記塗膜にエネルギーを付与して、前記ポリマーを前記基板に直接結合させ、前記基板上に固定化されたポリマー層を形成する工程とを含む、前記基板と前記ポリマー層とを有する細胞培養用支持体の製造方法。
【請求項2】
前記ポリマーが、一般式(1)で表される繰り返し単位を有するポリマーである請求項1に記載の細胞培養用支持体の製造方法。
【化1】


(一般式(1)中、R1およびR2は、それぞれ独立して、水素原子、またはアルキル基を表す。ただし、R1およびR2の少なくとも一方は、アルキル基を表す。R3は、水素原子、またはアルキル基を表す。)
【請求項3】
前記α位置換アクリレート基を有する繰り返し単位が、一般式(2)で表される繰り返し単位である請求項1または2に記載の細胞培養用支持体の製造方法。
【化2】


(一般式(2)中、R4は、炭素数2以上のアルキル基、または、置換基としてアリール基、ハロゲン基、またはアルコキシカルボニル基を有する炭素数1以上の置換アルキル基を表す。R5は、水素原子、またはアルキル基を表す。Lは、単結合または2価の連結基を表す。)
【請求項4】
前記R4がイソプロピル基である、請求項3に記載の細胞培養用支持体の製造方法。
【請求項5】
前記ポリマー層の厚みが1〜30nmで、厚みの標準偏差が前記厚みの4%以下である請求項1〜4のいずれかに記載の細胞培養用支持体の製造方法。
【請求項6】
前記ポリマー層の平均表面粗さRaが、1.0nm以下である請求項1〜5のいずれかに記載の細胞培養用支持体の製造方法。
【請求項7】
前記エネルギー付与が、放射線照射により行われる請求項1〜6のいずれかに記載の細胞培養用支持体の製造方法。
【請求項8】
基板と、
前記基板表面と直接結合した温度応答性を有するポリマーを含み、厚みが1〜30nmで、厚みの標準偏差が前記厚みの4%以下であるポリマー層とを有する細胞培養用支持体。
【請求項9】
前記ポリマーが、一般式(1)で表される繰り返し単位を有するポリマーである請求項8に記載の細胞培養用支持体。
【化3】


(一般式(1)中、R1およびR2は、それぞれ独立して、水素原子、またはアルキル基を表す。ただし、R1およびR2の少なくとも一方は、アルキル基を表す。R3は、水素原子、またはアルキル基を表す。)
【請求項10】
前記ポリマー層の平均表面粗さRaが、1.0nm以下である請求項8または9に記載の細胞培養用支持体。

【公開番号】特開2011−78316(P2011−78316A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230775(P2009−230775)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】