説明

細胞培養用金属体

【課題】
本発明は、足場依存性細胞を培養することが可能であり、かつ、培養した細胞を容易に回収することができる表面を有する金属体を提供することを課題とする。
【解決手段】
微粒子ピーニング処理表面を有する細胞培養用金属体、当該金属体を含む、細胞培養用容器、当該細胞培養容器を備える細胞培養装置、並びに、当該金属体に細胞を播種する工程、金属体上で細胞を培養する工程、及び、細胞を金属体から剥離する工程を含む細胞調製方法、及び、当該方法により調製された細胞等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養用金属体、当該金属体を含む細胞培養用容器、当該培養用容器を備える細胞培養装置、並びに、当該金属体を用いた細胞調製方法、及び、当該方法により調製された細胞に関するものである。
【背景技術】
【0002】
再生医療及び細胞ワクチン等の分野においては、足場依存性の細胞を、細胞の性質を維持しながら、培養により増殖させた後、効率的に剥離させて回収することが求められている。足場依存性細胞の増殖を可能とし、かつ増殖後の回収を容易とするため、これまで、光応答性材料を細胞接着性表面に形成した細胞培養装置が報告されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
一方、チタン等の金属材料は、インプラント用材料、特に、強度が求められる人工関節や歯科用材料として用いられている。このようなインプラント用材料においては、生体内での異物反応を避けるため、その表面への生体適合性付与の方法として、各種表面処理を施すことが知られている。例えば、表面に3次元的なスポンジ状多孔質構造を有するインプラント用材料(例えば、特許文献2参照)、プラズマエッチングにより一様でないくぼみ及び多孔性を示す表面を形成させたインプラント用材料(例えば、特許文献3参照)、及び、繊維を層状に形成した表面を有するインプラント用材料(例えば、特許文献4参照)が開示されている。しかし、これらはいずれも主に細胞との親和性を向上させ、細胞の接着能を強めることを目的としており、細胞との剥離容易性を目的とするものではない。
【0004】
また、金属材料の耐摩耗性や耐食性等の機能性の向上、及び、疲労強度等の強度向上を目的として各種表面改質技術が開発されている。このような表面改質技術として、窒化、ショットピーニング、浸炭等が知られているが、このうちショットピーニング技術は、金属やセラミック等の粒子を金属材料表面に高速で投射して、当該金属材料表面層を塑性変形させることにより、表面層に圧縮残留応力を付与して強度を高めるものである。例えば、金属表面にショットピーニング処理を施すことにより、疲労強度を向上させる方法が知られている(例えば、特許文献5参照)。しかし、ショットピーニング処理と細胞の剥離容易性の関係については、知られていなかった。
【特許文献1】特開2003−339373号公報
【特許文献2】特開平9−140783号公報
【特許文献3】特表2002−509010号公報
【特許文献4】特開2004−67547号公報
【特許文献5】特開2000−225567号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の光応答性材料を用いて、足場依存性の細胞を細胞の性質を維持しながら培養した後、剥離して回収する場合、培養過程において照射される光を制御する必要があることや、細胞の剥離工程において光照射を行う必要があることから、操作が煩雑となるという問題があった。一方、金属材料は、これまで生体内で細胞と親和性を持つことを目的として改良がなされてきたが、細胞との剥離容易性についてはほとんど研究されていなかった。
そこで、本発明は、足場依存性細胞を、細胞の性質を維持又は向上させながら培養すること、及び、当該細胞を容易に剥離することが可能な、細胞足場用部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、金属表面に微粒子ピーニング処理を施した部材を用いて細胞培養を行い、当該培養細胞の増殖、細胞活性、及び、せん断応力による剥離の程度を検討した結果、微粒子ピーニング処理により細胞が増殖能を維持しながら、活性が向上することを見出した。また、本発明者らは、金属表面に微粒子ピーニング処理を施した部材上に付着した細胞は、せん断応力を加えることにより容易に剥離されることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
より具体的には、本発明は、以下の発明に関する。
(1) 微粒子ピーニング処理表面を有する細胞培養用金属体、
(2) 微粒子ピーニング処理が、ガラス粒子、セラミック粒子又は金属粒子を投射する処理である、(1)に記載の細胞培養用金属体、
(3) 微粒子ピーニング処理が酸化チタン又はガラスビーズを投射する処理である、(1)に記載の細胞培養用金属体、
(4) 金属が、タンタル、金、白金、銀、パラジウム、鉄、チタン、ステンレス鋼、炭素鋼、クロム、コバルト、タングステン、アルミニウム、又は、それらの内の1以上を含む合金である、(1)〜(3)のいずれか1項に記載の細胞培養用金属体、
(5) 金属がチタン又はチタン合金である、(1)〜(3)のいずれか1項に記載の細胞培養用金属体、
(6) (1)〜(5)のいずれか1項に記載の金属体を含む、細胞培養用容器、
(7) 骨芽細胞、樹状細胞、肝細胞、間葉系細胞、又は、ES細胞を培養するための(6)に記載の細胞培養用容器、
(8) (7)に記載の細胞培養用容器を備える細胞培養装置、
(9) (7)に記載の細胞培養用容器を備える血液浄化装置、
(10) (1)〜(3)のいずれか1項に記載の金属体に細胞を播種する工程、及び、金属体上で細胞を培養する工程を含む細胞調製方法、
(11) (1)〜(3)のいずれか1項に記載の金属体に細胞を播種する工程、金属体上で細胞を培養する工程、及び、細胞を金属体から剥離する工程を含む細胞調製方法、
(12) 細胞を培養容器から剥離する工程が、細胞にせん断応力を加えることを含む(11)に記載の細胞調製方法、及び、
(13) (10)〜(12)のいずれか1項に記載の方法により調製された細胞。
【0008】
本発明において、「微粒子ピーニング処理(以下、「FPP処理」という)表面」とは、無数の微粒子からなる投射材を金属表面に衝突させるショットピーニング処理を施された表面のことをいう。本発明の細胞培養用金属体は、その1面又は複数の面において、FPP処理表面を有する。本発明のFPP処理表面を有する細胞培養用金属体の形状は、その表面において細胞培養が可能な形状であれば特に限定されず、例えば、平板・曲板等の板状、ビーズ状、ネット状、繊維状、スポンジ状、ワッフル状等の形状を挙げることができる。
【0009】
本発明のFPP処理表面を有する細胞培養用金属体は、必要に応じて更に表面加工等の処理を施されたものであってもよい。このような表面加工処理としては、例えば、加熱、蒸着、めっき、溶接等を挙げることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の金属体は、FPP処理表面を有するため、接着性の細胞を培養可能であると同時に、培養した細胞を容易に回収することができる。また、本発明の金属体は、接着性の細胞の機能を維持又は向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明におけるFPP処理表面を有する細胞培養用金属体は、金属体の表面をFPP処理することにより得ることができる。FPP処理の方法は、微粒子を金属表面に衝突させる方法であれば特に限定されない。FPP処理は、例えば、ビーズ・ブラスト処理装置を用いて投射材を金属材料の表面に投射することにより行うことができる。
【0012】
使用される金属材料としては、毒性等を生じることなく細胞培養が可能な金属であれば特に限定はない。本発明における金属材料としては、例えば、タンタル、金、白金、銀、パラジウム、鉄、チタン、ステンレス鋼、炭素鋼、クロム、コバルト、タングステン、アルミニウム、又は、それらの内の1以上を含む合金を挙げることができる。上記において、チタンとしては、例えば、JIS1種、JIS2種、JIS3種、JIS4種等の純チタンを挙げることができる。また、チタン合金としては、Ti−5Al−1Mo−1V等のα合金;Ti−8Al−1Mo−1V、Ti−6Al−2Sn−4Zr−2Mo等のαリッチα−β合金;Ti−3Al−2.5V、Ti−6Al−4V、Ti−6Al−6V−2Sn、Ti−6Al−2Sn−4Zr−6Mo、Ti−10V−2Fe−3Al等のα−β合金;Ti−13V−11Cr−3Al、Ti−3Al−8V−6Cr−4Mo−4Zr、Ti−11.5Mo−6Zr−4.5Sn、Ti−15Mo−5Zr−3Al、Ti−15V−3Cr−3Al−3Sn等のβ合金等を挙げることができる。
【0013】
使用される投射材としては、FPP処理により金属材料表面を改質して、細胞増殖能を維持しながら、せん断応力による細胞剥離を容易とするか、又は、細胞の活性を向上させることができる微粒子であれば特に限定されない。投射材の種類としては、例えば、鋳鋼ショット、カットワイヤショット、ガラスショット及びセラミックショットとして知られる粒子を挙げることができる。また、投射材の材料としては、例えば、タンタル、金、白金、銀、パラジウム、鉄、チタン、ステンレス、炭素鋼、クロム、コバルト、タングステン、アルミニウム、スチール、亜鉛、スズ、銅、コバルトハイス鋼等の金属系材料;ソーダ石灰硼珪酸ガラス、金属ガラス等のガラス系材料;炭化ケイ素、アルミナ、酸化チタン、重質炭酸カルシウム粒子、ハイドロキシアパタイト等のセラミック系材料;及び、樹脂系材料等を挙げることができる。このうち、好ましくは、ガラス系材料又はセラミック系材料であり、より好ましくは、酸化チタンである。投射材の粒径は、例えば、10〜500μmであり、好ましくは、40〜200μmであり、より好ましくは、20〜100μmである。
【0014】
投射の条件は、本発明が目的とする表面処理を達成する条件であれば、特に限定されない。例えば、投射材の噴出口から金属材料までの表面までの距離は、30〜400mmとすることができ、好ましくは、100〜200mmである。また、投射圧力は、例えば、0.1〜1.8MPaであり、好ましくは、0.2〜0.8MPaである。投射の角度は、好ましくは、表面に対して垂直であるが、必要に応じて変化させることができる。投射時間は、金属材料表面に必要な凹凸を形成させることができる時間であれば特に限定されないが、例えば、0.1秒〜1分間であり、好ましくは1〜30秒であり、より好ましくは、2〜10秒である。
【0015】
本発明の細胞培養用容器は、金属製の細胞培養用容器の細胞培養面にFPP処理を施すか、又は、予めFPP処理を施した金属体を細胞培養面形成部材として用いて細胞培養用容器を形成することにより製造することができる。また、本発明の細胞培養用容器は、FPP処理を施した金属体を市販の細胞培養用容器に組み込むことによっても製造することができる。本発明の細胞培養用容器は、FPP処理表面を有する金属体単独からなっていてもよいし、FPP処理表面を有する金属体以外の部材を含んでいてもよい。本発明の細胞培養用容器の形状は、細胞培養可能な形状であれば特に限定はなく、例えば、ディッシュ形状、マイクロプレート形状、フラスコ形状等を挙げることができる。本発明の細胞培養容器により培養される細胞は、細胞培養や増殖において足場との接着を要求する細胞であれば特に限定されないが、例えば、骨芽細胞、樹状細胞、肝細胞、間葉系細胞、又は、ES細胞を挙げることができる。
【0016】
本発明の細胞培養装置は、本発明の細胞培養用容器を備えているものであれば特に限定はない。例えば、本発明の細胞培養装置は、自動細胞培養装置とすることができる。本発明の細胞培養装置は、全ての細胞培養過程において本発明の細胞培養用容器を使用する必要はなく、一部の培養において使用するものであってもよい。また、本発明の細胞培養装置は、細胞培養機能の他に、培地交換機能、細胞への各種試薬の添加機能、及び/又は、蛍光や発色等の指標を測定する機能を有していてもよい。本発明の細胞培養装置により培養される細胞は、細胞培養や増殖において足場との接着を要求する細胞であれば特に限定されないが、例えば、骨芽細胞、樹状細胞、肝細胞、間葉系細胞、又は、ES細胞を挙げることができる。
【0017】
本発明のFPP処理表面を有する細胞培養用金属体への細胞の播種及び培養は、当業者周知の方法を用いて行うことができる。例えば、細胞の培養は、Eagle’s MEM培地を用いて、37℃、5%CO条件下で行うことができる。使用する培地や添加物、及び、培養条件は、培養する細胞に応じて適宜選択することができる。
【0018】
本発明の細胞培養用金属体からの培養細胞の剥離は、例えば、細胞剥離用の試薬と共に又はこれを用いないで、細胞にせん断応力を加えることにより行うことができる。細胞へせん断応力を加える方法としては、培地や生理食塩水等の回収液を細胞培養表面上に流す方法を挙げることができる。回収液はピペット等を用いて手動で流すこともできるし、ポンプ等を用いて自動で流すこともできる。流される回収液の流速は、細胞を剥離することができ、かつ細胞への毒性又は障害性がない流速であれば特に限定はない。また、流速をコントロールすることにより、所望の接着力で金属体と接着している細胞のみを回収することができる。例えば、細胞播種1日後、細胞表面上に所望の流速で培地を流すことにより接着力の弱い細胞を除き接着力の強い細胞のみを残した後、1週間細胞培養を行って接着力の強い細胞を増殖させ、その後、細胞表面上により大きい流速で培地を流すことにより、当該細胞を回収することもできる。
【0019】
本発明の方法により調製された細胞は、本発明の細胞培養用金属体を用いて培養された細胞であれば特に限定されない。例えば、本発明の方法により調製された細胞は、本発明の細胞培養用金属体表面上に付着した状態であってもよいし、本発明の細胞培養用金属体から剥離された状態であってもよい。
【0020】
本発明の方法により調製された細胞は、研究用として使用できる他、再生医療用の細胞材料や細胞ワクチン用の細胞材料等の医療用としても使用することができる。特に、本発明の細胞は、トリプシン等の薬剤処理を行うことなく回収できることから、医療用として安全な細胞を提供することができる。
【0021】
また、本発明の細胞培養金属体は、細胞を利用する血液浄化装置に使用することもできる。本発明の血液浄化装置は、本発明の細胞培養用金属体及び当該金属体上に付着した細胞を備える限り特に限定されない。血液浄化装置に使用する細胞としては、好ましくは肝細胞である。本発明の細胞培養用金属体を血液浄化用装置に用いた場合には、装置中を流れる液体の流速をコントロールすることにより細胞を回収することができる。薬剤処理を行うことなく細胞を回収できることから、安全な装置を提供することができる。また、当該装置における細胞交換を容易に行うことができることから、装置を繰り返し使用することもできる。
【0022】
以下、本発明をより詳細に説明するため実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0023】
(実施例1)チタン合金基材のFPP処理
1−1. チタン合金
チタン合金としては、6.22%のアルミニウム、4.13%のバナジウム、0.0063%の水素、0.19%の酸素、0.005%の窒素、0.015%の炭素、及び、0.22%の鉄を含み、残部がチタン等(それぞれ、割合は重量百分率(wt%)で示す)からなる、直径15mm、厚さ4mm、円筒状のTi−6Al−4V合金を使用した。
【0024】
1−2.FPP処理
チタン合金の一方の端面を耐水研磨紙#320、#500、#1000、及び、#1200で順に研磨した。その後、当該研磨チタン合金表面に、当該表面から100mm離れた位置から垂直に、酸化チタン(キンセイマテック株式会社、ルチールフラワー#200)又はガラスビーズ(株式会社不二製作所、ガラスビーズ#320)を、ビーズ・ブラスト処理装置(株式会社不二製作所、PNEUMA−BLASTER SFK−2S−7609)を用いて、0.6MPaの投射圧力で、それぞれ2秒間及び10秒間投射することにより、FPP処理を行った。以降の実験においては、FPP処理を行っていないチタン合金(コントロール)、酸化チタン投射FPP処理を行ったチタン合金(Tシリーズ)、及び、ガラスビーズ投射FPP処理を行ったチタン合金(Gシリーズ)を使用した。
【0025】
1−3.表面性状の評価(レーザー顕微鏡)
レーザー顕微鏡(レーザーテック,1LM21)により、各チタン合金表面の算術平均粗さR(μm)、最大高さ粗さR(μm)、粗さ曲線要素の平均長さRS(μm)を測定した。結果を表1に示す。
(表1)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(μm) R(μm) RS(μm)
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T−シリーズ 0.395 6.921 17.7
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G−シリーズ 0.375 10.51 39.0
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コントロール 0.002
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
この結果から、コントロールの表面にはほとんど算術平均粗さが認められないのに対し、FPP処理されたTシリーズ及びGシリーズは、同程度の算術平均粗さが認められた。また、粗さ曲線要素の平均長さはGシリーズの方が大きいことが示された。
【0026】
1−4.表面性状の評価(SEM)
各チタン合金の表面を、走査型電子顕微鏡(SEM)(日立製作所 S−3100H)により観察した。結果を図1に示す。この結果から、定性的な測定においても、コントロールと比較して、Tシリーズ及びGシリーズの表面に凹凸が形成されていることが確認された。また、定性的な測定においても、TシリーズとGシリーズの表面形状が異なることが示された。
【0027】
(実施例2)骨芽細胞の培養
2−1.骨芽細胞の調製
5×10細胞のラット骨髄由来間葉系細胞(大日本住友製薬株式会社、KEM100)を、10%ウシ胎児血清(GIBCO、cat No2614−087)、0.3mg/mlのL−グルタミン(SIGMA G−8540)、10%重曹(大塚製薬、069−2E6)を含む10mlEagle’s MEM培地(日水製薬株式会社、code05900)を添加した、75cmフラスコ(TPP、90075)に加え、37℃、5%CO条件下で、約2週間培養した。その後、当該細胞培養液に、骨芽細胞分化用サプリメント(大日本住友製薬株式会社、KEM200)を最終濃度が5%(v/v)となるように加え、37℃、5%CO条件下で、3日おきに培地交換しながら10日間培養することにより骨芽細胞へと分化させた。骨芽細胞への分化は、タカラバイオ株式会社製の「酒石酸耐性酸性ホスファターゼおよびアルカリ性ホスファターゼ二重染色キット」を用いて、当該キット添付のプロトコルに従いアルカリ性ホスファターゼ活性を測定することにより確認した。
【0028】
2−2.骨芽細胞の培養
培養容器としては、テフロン(登録商標)(三陽理化)を加工することにより、底面にチタン合金基材をセットして細胞を培養することができる器具を作成して使用した。実施例1で作成した各チタン合金基材(コントロール、Tシリーズ、Gシリーズ)を底面にセットした各培養容器に、10%ウシ胎児血清(GIBCO、cat No2614−087)、0.3mg/ml L−グルタミン(SIGMA G−8540)、10%重曹(大塚製薬、069−2E6)を含む1.5又は2mlEagle’s MEM培地(日水製薬株式会社、code05900)を加え、次いで、上記2−1にて調製した骨芽細胞を、1×10細胞/基材となるように播種した。その後、37℃、5%CO条件下で、一晩培養を行った。培養後の細胞の顕微鏡写真を図2に示す。図2に示すとおり、各チタン合金基材(コントロール、Tシリーズ、Gシリーズ)の表面形状の違いにより、培養された細胞の形状が異なっていた。
【0029】
2−3.培養細胞の評価
培養後の細胞数をMTTアッセイキット(プロメガ株式会社、Cell Titer96 Non−Radioactive Cell Proliferation Assay)により測定した。培地を除去後、PBS0.4ml及びMTT溶液0.1mlを加え、37℃、5%CO条件下で3時間静置した。その後、DMSOを0.5ml加え、570nmにおける吸光度を測定した。その結果、全ての培養細胞においてほぼ同等数の生存が確認された。
また、培養後の細胞活性を、骨芽細胞分化の指標であるアルカリ性ホスファターゼ活性を測定することにより確認した。アルカリ性ホスファターゼ活性は、タカラバイオ株式会社製の「酒石酸耐性酸性ホスファターゼおよびアルカリ性ホスファターゼ二重染色キット」を用いて、当該キット添付のプロトコルに従い測定した。単位細胞当たりのアルカリホスファターゼ活性を、MTTアッセイ及びアルカリホスファターゼ活性から求めた。結果を図3に示す。図3に示すとおり、単位細胞当たりのアルカリホスファターゼ活性は、FPP処理チタン合金基材で培養した細胞の方がコントロールよりも高く、FPP処理により細胞の活性が向上することが示された。
【0030】
(実施例3)細胞剥離試験
3−1.剥離試験装置
本実施例の剥離試験に使用した剥離試験装置の一部を図4及び図5に示す。図4は、剥離試験器具1の斜視図である。図5は、当該剥離試験器具1の分解図である。剥離試験器具1は、メタクリル酸メチル樹脂(PMMA)製の長方形の上板2、下板3、及び、アルミニウム製の基材装着冶具4からなっている。上板2は、両端に上下方向に貫通した流体注入口5及び流体排出口6を備えている。また、下板3は、上板2に設置した流体注入口5及び流体排出口6と対応する面を繋ぐように、上面に凹み形状の流体通過部8を備えている。上板2と下板3が接続された状態における、上板2の下面と流体通過部8との距離は1mmである。剥離試験用に流される流体は、剥離試験器具1の流体注入口5から注入され、流体通過部8を通過し、流体排出口6より放出される。また、上板2は、流体注入口5と流体排出口6との間の位置であって、下板3の流体通過部8と対応する位置に、上下方向に貫通した基材装着冶具設置部7を備えている。
図6Aは、図4に示した基材装着冶具4を、図5における下方向から見た下面図を示し、図6Bは当該基材装着冶具4を図6AにおけるR方向から見た正面図、図6Cは、図6Aに示したS−S’を結ぶ一点破線により基材装着冶具4を切断した切断面を図示したものである。基材装着冶具4は、その下面に、実施例1で作成したチタン合金基材を設置可能な凹み形状の基材装着部9を備えている。
【0031】
3−2.剥離試験
骨芽細胞培養後の基材10は、その細胞培養面10aが基材装着冶具4と非接触となるように基材装着冶具4の基材装着部9に設置した。基材装着冶具4は、図4に示すとおり、基材10の培養面10aが流体通過部8と対向するように、基材装着冶具設置部7に設置した。基材装着冶具4を設置後、不図示のポンプにより生理食塩水を流体注入口5から、60秒〜5分間一定の流速で注入し、流体通過部8を通過した生理食塩水は流体排出口6から回収した。
【0032】
生理食塩水を流している状態における剥離試験器具1の図4P−P’による断面図を図7に、Q−Q’による断面図を図8示す。図7においては、上板と下板とを結合する結合具は省略している。図7に示すとおり、基材装着冶具4に設置された基材10の細胞培養面11は、上板2の下面とほぼ同一平面状となるように構成されている。図8において矢印で示すとおり、生理食塩水は、流体注入口5から注入され、上板2と下板3との間に設けられた流体通過部8の内側を通過し、流体排出口6から排出される。図8においてTで示す太枠円部の拡大図を図9に示す。基材10と下板3の間を通過する生理食塩水の速度勾配により、細胞培養面10a上に形成された細胞層11にせん断応力Fが加わる。せん断応力Fの大きさτをFLUENT(FLUENT社)により解析した結果、生理食塩水の流体注入口5における流速νと細胞層11に対するせん断応力Fの大きさτとの関係を表す次式を得た。
τ=2.6608ν+7.8346ν+2.9465 ・・・式1
流体注入口5における流速νを変化させることにより、せん断応力Fの大きさτを0Paから90Pa又は195Paまで変化させ、せん断応力の大きさτと細胞接着性の関係について検討を行った。
【0033】
(実施例4)細胞接着性の評価
細胞接着性の評価は、(1)トリパンブルー染色による残存細胞数の測定、及び、(2)MTT染色による残細胞増殖能測定により行った。
【0034】
4−1.トリパンブルー染色
剥離験後の各チタン合金基材(コントロール、Tシリーズ、Gシリーズ)上の細胞をエタノールで固定後、トリパンブルー染色を行い、基材上の染色細胞を撮影した。撮影後の写真を解析ソフト(ImageJ、入手先:http://rsb.info.nih.gov/ij/)を用いて解析することにより、残存している細胞数を測定した。その結果、FPP処理を施さないコントロールと比較して、FPP処理を施したTシリーズ及びGシリーズは、小さいせん断応力を加えた場合であっても残存細胞数が少なく、剥離効率が良いことが示された。各チタン合金基材(コントロール、Tシリーズ、Gシリーズ)に対する細胞接着の強さの指標として、残存細胞数が50%となるせん断応力τ50を求めた。コントロールのτ50は約83Pa、FPP処理を施したGシリーズのτ50は約78Pa、Tシリーズのτ50は約45Paであり、いずれもFPP処理を施した方がコントロールと比較して細胞接着力が弱く容易に剥離可能であることが示された。
【0035】
4−2.MTT染色
剥離試験後の各チタン合金基材(コントロール、Tシリーズ、Gシリーズ)を再び培養容器にセットし、MTTアッセイキット(プロメガ株式会社、Cell Titer96 Non−Radioactive Cell Proliferation Assay)により測定した。培地を除去後、PBS0.4ml及びMTT溶液0.1mlを加え、37℃、5%CO条件下で3時間静置した。その後、DMSOを0.5ml加え、570nmにおける吸光度を測定した。その結果、コントロールと比較して、Tシリーズ及びGシリーズの細胞の接着力が弱く、剥離されやすいことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明のFPP処理表面を有する金属体は、細胞を培養した後、効率的に剥離することができることから、培養後に回収を必要とする細胞培養に適した培養容器用部材として使用することができる。また、本発明のFPP処理表面を有する金属体は、細胞の活性を維持又は向上させた状態で培養可能であることから、細胞の機能を利用した装置用部材として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】FPP処理を行ったチタン合金基材の表面の電子顕微鏡写真を示す。それぞれ、コントロールはFPP未処理、Gシリーズはガラスビーズ投射処理、Tシリーズは酸化チタン投射処理されたチタン合金基材を表す。
【図2】FPP処理を行ったチタン合金基材上に培養された細胞の顕微鏡写真を示す。それぞれ、コントロールはFPP未処理、Gシリーズはガラスビーズ投射処理、Tシリーズは酸化チタン投射処理されたチタン合金基材を表す。
【図3】FPP処理を行ったチタン合金基材上で培養した細胞の単位細胞当たりのアルカリホスファターゼ活性値を示す。縦軸は、MTTアッセイ測定で得られた吸光度(570nm)をアルカリホスファターゼアッセイ測定で得られた吸光度(405nm)で割った数値を示す。それぞれ、コントロールはFPP未処理、Gシリーズはガラスビーズ投射処理、Tシリーズは酸化チタン投射処理されたチタン合金基材を表す。
【図4】剥離試験装置の斜視図を表す。
【図5】剥離試験装置の分解図の斜視図を表す。
【図6】図6Aは、図5に示した基材装着冶具4を、図5における下方向から見た下面図を示し、図6Bは当該基材装着冶具4を図6AにおけるR方向から見た正面図、図6Cは、図6Aに示したS−S’を結ぶ一点破線により基材装着冶具4を切断した切断面を図示したものである。
【図7】生理食塩水を流している状態における剥離試験器具1の図4におけるP−P’線による断面図を表す。
【図8】生理食塩水を流している状態における剥離試験器具1の図4におけるQ−Q’線による断面図を表す。
【図9】図8においてTで示す太枠円部の拡大図を表す。
【符号の説明】
【0038】
1 剥離試験装置
2 上板
3 下板
4 基材装着冶具
5 流体注入口
6 流体排出口
8 流体通過部
10 基材
11 細胞層
12 生理食塩水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微粒子ピーニング処理表面を有する細胞培養用金属体。
【請求項2】
微粒子ピーニング処理が、ガラス粒子、セラミック粒子又は金属粒子を投射する処理である、請求項1に記載の細胞培養用金属体。
【請求項3】
金属が、タンタル、金、白金、銀、パラジウム、鉄、チタン、ステンレス鋼、炭素鋼、クロム、コバルト、タングステン、アルミニウム、又は、それらの内1以上を含む合金である、請求項1又は請求項2に記載の細胞培養用金属体。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の金属体を含む、細胞培養用容器。
【請求項5】
骨芽細胞、樹状細胞、肝細胞、間葉系細胞、又は、ES細胞を培養するための、請求項4に記載の細胞培養用容器。
【請求項6】
請求項5に記載の細胞培養用容器を備える細胞培養装置。
【請求項7】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の金属体に細胞を播種する工程、及び、該金属体上で細胞を培養する工程を含む細胞調製方法。
【請求項8】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の金属体に細胞を播種する工程、該金属体上で細胞を培養する工程、及び、細胞を該金属体から剥離する工程を含む細胞調製方法。
【請求項9】
細胞を金属体から剥離する工程が、細胞にせん断応力を加えることを含む、請求項8に記載の細胞調製方法。
【請求項10】
請求項7〜請求項9のいずれか1項に記載の方法により調製された細胞。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−55793(P2009−55793A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−223286(P2007−223286)
【出願日】平成19年8月29日(2007.8.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第3項適用申請有り 
【出願人】(503223821)メディカルサイエンス株式会社 (3)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】