説明

細胞増殖培地

【課題】 本発明は正常細胞を増殖させるにあたり、細胞老化を抑制し良好な増殖能を有する細胞増殖培地を提供することを課題とする。
【解決手段】 MAPキナーゼ阻害剤或いはp38MAPキナーゼ阻害剤を添加することでp16INK4aタンパク質発現を抑制し正常細胞を良好に増殖させる培地。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は良好な増殖効果を示す新規な細胞増殖培地、該培地を用いて培養された細胞培養物および該培地を用いた細胞増殖方法に関する。
【背景技術】
【0002】
動物細胞の正常二倍体細胞は有限増殖寿命を有しており長期間培養すると細胞老化という現象がおこり、細胞増殖が停止する(非特許文献1)。この細胞老化にp16INK4aタンパク質が関与していることが知られている。p16INK4a遺伝子は、癌抑制遺伝子のひとつでINKファミリーに属する遺伝子である。INKファミリー遺伝子の産物は、サイクリン依存性キナーゼ4(CDK4)及びサイクリン依存性キナーゼ6(CDK6)に結合し、Rbタンパク質のリン酸化を阻止することでG1期からS期への移行を阻害し、細胞増殖を抑制する。p16INK4a蛋白質は、増殖中の正常細胞ではその発現レベルがきわめて低いが、細胞が分裂を繰り返し、分裂寿命に達すると発現レベルが著しく上昇し、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)を不活性化し、細胞周期をG1期で停止させることにより細胞老化に至らせることが報告されている(非特許文献2)。また、正常な初代培養細胞を用い、p16INK4a遺伝子の発現レベルを上昇させることにより、細胞老化が起こり、増殖が停止することが報告されている(非特許文献3)。また、これらp16INK4aタンパク質の発現にはMAPKやp38といったMAPキナーゼが関与することが報告されている(非特許文献4、非特許文献5)。
【0003】
一方、間葉系幹細胞は哺乳動物の骨髄、脂肪組織等に存在し、脂肪細胞、軟骨細胞、骨細胞、神経細胞等に分化する多能性の幹細胞である。間葉系幹細胞はこのような多分化能を示すことから組織の再生過程に重要な役割を果たすと考えられており、骨、軟骨、心筋、神経等の各組織を再生するための供給細胞として注目されている。間葉系幹細胞に代表される動物細胞を移植に供する為には大量の細胞が必要となる。しかし、従来の培養方法では20回前後の継代培養をすると上述のような細胞老化に至り、充分な数の細胞を得ることができないという問題があった。
特許文献1ではRb/INK4a経路を阻害する遺伝子を細胞に導入することで係る問題の解決を図っているが、目的とする個々の細胞について遺伝子導入をする必要があり煩雑である。また、特許文献2では培地中に増殖因子を添加することで細胞寿命の延長を図っているが、この場合でもなおRb/INK4a経路は保持されているため、やがて細胞老化に至る。
【0004】
【特許文献1】特表2002−530436号公報
【特許文献2】国際公開第02/022788号パンフレット
【非特許文献1】Hayflick,L. et al.,Exp.Cell Res.,Vol25,pp.585〜621,1961年
【非特許文献2】Hara,E. et al.,Mol.Cell.Biol.,Vol.16,pp.859〜867,1996年
【非特許文献3】Serrano,M. et al.,Cell,Vol.88,pp.593〜602,1997年
【非特許文献4】Lin,A.W. et al.,Genes Dev.,Vol.12,pp.3008〜301 ,1998年
【非特許文献5】Wang,W. et al.,Mol.Cell.Biol.,Vol.22,pp.3389〜3403,2002年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、かかる従来の問題点を解消すべく、Rb/INK4a経路を不活性化することで優れた増殖能を有する細胞増殖培地を提供する事を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、MAPキナーゼ阻害剤、特にp38MAPキナーゼ阻害剤を添加することで良好な増殖性を示す培地を作製するに至った。
すなわち、本発明は:
[1]Rb/INK4a経路を不活性化する物質を含有すること特徴とする細胞増殖培地;
[2]Rb/INK4a経路を不活性化する物質がp16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質である[1]の細胞増殖培地;
[3]p16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質がMAPキナーゼ阻害剤である[2]の細胞増殖培地;
[4]p16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質がp38MAPキナーゼ阻害剤である[2]の細胞増殖培地;
[5]間葉系幹細胞の増殖培地である[1]〜[4]のいずれかの細胞増殖培地;
[6][1]〜[4]のいずれかの培地を用いて培養された細胞培養物;
[7]間葉系幹細胞の培養物である[6]の細胞培養物;
[8]Rb/INK4a経路を不活性化する物質の存在下で細胞を培養する工程を包含する細胞増殖方法;
[9]Rb/INK4a経路を不活性化する物質がp16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質である[8]の細胞増殖方法;
[10]p16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質がMAPキナーゼ阻害剤である[9]の細胞増殖方法;
[11]p16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質がp38MAPキナーゼ阻害剤である[9]の細胞増殖方法;
[12]細胞が間葉系幹細胞である[8]〜[11]のいずれかの細胞増殖方法
に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る細胞増殖培地を使用することで細胞老化を抑制し良好な増殖を得ることができる。特に、細胞密度が低い場合や長期培養など細胞老化に至りやすい条件下でも良好に細胞を増殖することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明において、Rb/INK4a経路とはRas活性化の刺激からRbタンパク質のリン酸化阻害に至る経路をいう。すなわち、増殖因子等の刺激によりRasが活性化するとRas−Raf−MEK経路及びMKK3,6−p38MAP経路の細胞内情報伝達経路が活性化され、Ets1/2等の転写因子の活性化によりp16INK4aタンパク質の発現が上昇する。p16INK4aタンパク質はCDK4或いはCDK6と結合し、これらのキナーゼ活性を阻害する。これによりRbタンパク質のリン酸化が抑制され、転写因子E2Fの不活性化により細胞増殖が停止する。本発明ではこれら一連の経路を担うタンパク質を標的とし、タンパク質の酵素活性、タンパク質の発現誘導、タンパク質間の結合等をRb/INK4a経路を不活性化する物質を用いて阻害することでRb/INK4a経路の情報伝達経路を不活性化する。Rb/INK4a経路を不活性化する物質の標的タンパク質としては係る経路にあるものであれば特に問わないが、1つの実施態様において、本発明では、p16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質を添加することで上記経路の不活性化を行う。
【0009】
p16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質としては特に問わないが、例えば短鎖干渉RNA(short interfering RNA;siRNA)やRas活性阻害剤などがあげられるが、本発明ではMAPキナーゼ阻害剤やp38MAPキナーゼ阻害剤が好適に使用できる。これらの物質を添加することによって良好な増殖が得られるという本発明者によって得られた知見は予想外であった。なぜならMAPキナーゼは様々な増殖因子などの刺激により活性化するセリン/スレオニンキナーゼとして見出されたものであり、細胞増殖において重要な役割を担っていると考えられているので、MAPキナーゼを阻害することは細胞の増殖に悪影響を及ぼす可能性があるからである。また、p38MAPキナーゼはストレス応答などに関与することは示唆されていたが、細胞増殖に関与することは知られていなかった。これらの物質は細胞内のp16INK4aタンパク質の量を低下させる効果があるが、具体的にはこれら物質を添加した培地で培養した細胞から細胞抽出液を調製し、抗p16INK4a抗体を用い定法によりウエスタンブロッティングを行うことでp16INK4aタンパク質の低下を測定することができる。
【0010】
MAPキナーゼ活性阻害剤としては特に問わないが、市販のPD98059、U124、U125、U126などが好適に使用できる。また、p38MAPキナ―ゼ阻害剤についても特に問わないが、SB202190、SB203580、SB220025などが好適に使用できる。上記物質の培地中の濃度は例えば0.1〜100μM、好ましくは0.5〜50μM、より好ましくは1〜30μMで好適に使用できる。また、上記物質を添加する培地としては目的の細胞が増殖できるのであればいずれの培地も使用することができるが、例えば、MF培地、10%牛血清含有DMEM、MCDB153培地などが挙げられる。
【0011】
本発明の培地は一般の正常動物細胞に使用できるが、特に間葉系幹細胞で好適に使用できる。ここで間葉継幹細胞とは骨髄、脂肪組織、臍帯血などの生体組織に存在する細胞で、多分化能を有することを特徴とする。当該細胞は骨髄、脂肪組織、臍帯血などから採取されるが、市販のものも好適に使用される。採取される動物種は問わないが、ヒト、マウス、ブタなどが使用される。一例としては、注射等を用いヒト骨髄内から骨髄液を採取し、培養容器に付着する細胞を培養することで当該細胞を得ることができる。当該細胞は生体あるは試験管内で脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞、筋細胞、神経細胞などの細胞に分化する能力を有する。
【0012】
本発明に係る培地により培養された細胞培養物とは、正常動物細胞に本発明に係る培地を少なくとも1日以上接触させることにより得られた培養物をいう。よって、その前後の加工、例えば、その後に分化誘導を行い他細胞に分化したものや、移植に供したものについてもこれに含まれる。その形状については、分散状態、組織様状態を問わない。また、本発明の細胞増殖方法は、上記培地を用いて細胞を培養する工程を包含することを特徴とする。本培養方法により限界希釈化、若しくは低密度細胞下で無添加対照に比較し好ましくは1.2倍以上、より好ましくは1.5倍以上の良好な細胞増殖が認められる。
【実施例】
【0013】
次に、本発明を具体的に実施例にて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例1 MAKキナーゼ阻害剤及びp38MAPキナーゼ阻害剤によるp16INK4aタンパク質の低下
Cambrex社から購入したヒト間葉系幹細胞をMF培地(東洋紡社製)で3〜5代継代培養し以下の実験に供した。細胞は37℃にて5%CO存在下で培養した。
【0014】
培養したヒト間葉系幹細胞をMF培地で100mmシャーレ(ファルコン社製)に100000細胞/シャーレになるよう播種した。その後、PD98059(MAPキナーゼ阻害剤、メルク社製)、或いはSB203580(p38キナーゼ阻害剤阻害剤、メルク社製)を最終濃度25μM或いは10μMになるよう添加し、ヒト間葉系幹細胞を7日間培養した。培養後、LIPA緩衝液(アップステイト社製)により細胞抽出液を調製し、定法に従いウェスタンブロット法によりp16INK4aタンパク質の発現量を調べた。その際、抗p16INK4a抗体はG175−1239(BDバイオサイエンス社製)、対照とする抗β−チューブリン(β−tublin)抗体はTUB2.1(シグマ社製)を用いた。その結果を図1に示す。図1において、「−」は無添加対照を示す。図1に示すようにPD98059或いはSB203580を添加した場合は添加濃度に依存してp16INK4aタンパク質の発現抑制が観察された。
【0015】
実施例2 p38MAPキナーゼ阻害剤による細胞増殖促進
培養したヒト間葉系幹細胞をMF培地で6ウェルプレート(ファルコン社製)に200細胞/ウェルになるよう播種した。その後、SB203580(p38キナーゼ阻害剤阻害剤、メルク社製)を最終濃度2.6μMになるよう添加し、ヒト間葉系幹細胞を10日間培養した(図2中、「添加」)。培養後、細胞を回収し、細胞数を測定した。無添加対照での細胞数を100とした場合の相対的細胞量を計算した(図2中、「細胞量」)。その結果、図2に示すようにSB203580添加の場合では150以上の細胞増殖が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0016】
本発明に係る細胞増殖培地を用いることで細胞老化を抑制し良好な増殖を得ることができるので正常細胞を大量に調整することで大量に細胞を必要する細胞移植に適用でき、再生医療分野など産業界に寄与するところが大である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】PD98059或いはSB203580を最終濃度25μM或いは10μMになるよう添加し、ヒト間葉系幹細胞を7日間培養した場合のp16INK4aタンパク発現量及びβ−チューブリン発現量をウェスタンブロット法により観察した図である。
【図2】SB203580添加した培地で10日間培養した後のヒト間葉系幹細胞の細胞数を示す。無添加対象での細胞数を100として計算した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Rb/INK4a経路を不活性化する物質を含有すること特徴とする細胞増殖培地。
【請求項2】
Rb/INK4a経路を不活性化する物質がp16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質である請求項1記載の細胞増殖培地。
【請求項3】
p16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質がMAPキナーゼ阻害剤である請求項2記載の細胞増殖培地。
【請求項4】
p16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質がp38MAPキナーゼ阻害剤である請求項2記載の細胞増殖培地。
【請求項5】
間葉系幹細胞の増殖培地である請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞増殖培地。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の培地を用いて培養された細胞培養物。
【請求項7】
間葉系幹細胞の培養物である請求項6記載の細胞培養物。
【請求項8】
Rb/INK4a経路を不活性化する物質の存在下で細胞を培養する工程を包含する細胞増殖方法。
【請求項9】
Rb/INK4a経路を不活性化する物質がp16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質である請求項8記載の細胞増殖方法。
【請求項10】
p16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質がMAPキナーゼ阻害剤である請求項9記載の細胞増殖方法。
【請求項11】
p16INK4aタンパク質の発現を抑制する物質がp38MAPキナーゼ阻害剤である請求項9記載の細胞増殖方法。
【請求項12】
細胞が間葉系幹細胞である請求項8〜11のいずれか1項に記載の細胞増殖方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−325444(P2006−325444A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−151229(P2005−151229)
【出願日】平成17年5月24日(2005.5.24)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【出願人】(502196050)国立成育医療センター総長 (8)
【Fターム(参考)】