説明

細胞膜の可逆破壊装置

【課題】細胞膜の1点にポアが生じた時に,それ以外の部分の膜に過大な膜電圧がかかって細胞が不可逆的に破壊されてしまうことを防止することにより,高い効率での細胞融合やエレクトロポレーションを実現する。
【解決手段】パルス電圧を印加することにより細胞膜を可逆的に破壊する装置において,印加する電圧にその平均値が0であるような周波数10kHz-1MHzの変調をかける構成。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
電気的手段によって細胞融合を行う,または細胞内に遺伝子等の外来物質を導入するための装置に関する分野に関する。
【背景技術】
【0002】
電気的手段によって細胞融合を行う電気細胞融合や,電気的手段により細胞内に遺伝子等の外来物質を導入するエレクトロポレーションにおいては,電圧の印加により細胞膜が過渡的・可逆的に破壊されて微小孔(ポア)が形成され,電圧の印加が終了した後にその微小孔が自復するという,「細胞膜の可逆的破壊」と呼ばれる現象が利用される。すなわち,細胞融合においては,膜の可逆的破壊により生ずるポアが起点となり2つの細胞の接触点で両者の膜が融合し,また,エレクトロポレーションにおいては,可逆的破壊の間にポアを通して周囲にある遺伝子等の外来物質が細胞内に取り込まれる。
【0003】
これらの過程においては,細胞膜全体を不可逆的に破壊してしまうことなく,細胞膜の一部分のみに可逆的な破壊を生じせしめることが必要である。可逆的破壊は,膜にかかる電圧が約1Vとなる時のみに生じ,これより高い膜電圧は膜を不可逆的に破壊してしまい,またこれより低い電圧ではポアが生じないことが知られている。従って,従来の手法においては,この条件を満たすために,下記の理論に基づいた適切なパルス電圧とパルス幅の選択を行っていた。
【0004】
半径aの細胞に一様な電界E0を時刻 t=0 においてステップ状に印加した時,細胞膜にかかる膜電圧Vm(θ) の時間変化は
【数1】




【数2】



ただし、θ:電界方向を θ= 0ととった時の極座標の天頂角,τ:時定数,
m:細胞膜の単位面積あたりの静電容量,
ρin 、ρout:細胞内液および外液の抵抗率
U. Zimmermann and W. M. Arnold: "Biophysics of electroinjection and electrofusion",Journal of Electrostatics, 21, p.309-345 (1988)
で与えられる(図1参照)。しかしながら,式(1)は,球形の完全な膜が存在する時の膜電圧を与えるもので,たとえば図1で示すパルス電圧の印加により膜の一点にポアが形成された場合は,膜電圧の分布がこの式から大きく異なることになる。
【特許文献1】特表2002−516088号公報
【0005】
すなわち,式(1)は,細胞膜にかかる電圧の大きさは,電気力線の最上流側(北極:θ=0)の位置および最下流側(南極:θ=π)の位置で最大となることを示しているので,電圧を印加した場合,まずこのいずれかの位置にポアが形成されることが予想される。すると,ここを通して電流が流れ,他方の極の充電がさらにすすみ,ここには,式(1)で与えられる以上の過大な電圧がかかることになり,この位置が不可逆的に破壊されてしまう。このような,いわば将棋倒しのように細胞膜の別の位置に過電圧が伝搬する現象は,細胞を破壊してしまうため,細胞融合やエレクトロポレーションの効率の低下をまねく。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は,細胞膜の1点にポアが生じた時に,それ以外の部分の膜に過大な膜電圧がかかって細胞が不可逆的に破壊されてしまうことを防止することにより,高い効率での細胞融合やエレクトロポレーションを実現する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明においては,印加する電圧に,適切に選択された周波数で,かつ平均値が0となるような高周波の変調をかけることにより,ポア形成時の細胞膜の不可逆的破壊を防ぐ。
【発明の効果】
【0008】
本装置によれば,膜上の1点にポアが形成された時にも,膜の他の場所での膜電圧分布はポア形成前と同じであるので,細胞膜の不可逆的破壊が生じず,高い効率での細胞融合やエレクトロポレーションが実現される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明によれば,膜上の1点にポアが形成された時にも,膜の他の場所での膜電圧分布はポア形成前と同じであるので,細胞膜の不可逆的破壊が生じず,高い効率での細胞融合やエレクトロポレーションが実現される。
【実施例1】
【0010】
本発明の実施例を図2を用いて説明する。
細胞膜にポアが生じる前の膜電圧分布は,図1および式(1)-(2)で説明した通りである。一般的に,細胞膜の単位面積あたりの静電容量Cmは,細胞種によらず 1 μF/cm2 程度であることが知られているので,式(2)の細胞膜充電の時定数は,半径 a = 5 μm の細胞に対して,周囲の媒質が生理塩濃度の溶液である場合にはτ = 40 ns,周囲の媒質が1mM程度の低濃度の塩溶液である場合には τ = 2 μs 程度となる。従って,膜に不可逆的破壊を起こすためには,これより長いパルス電圧を用いることになる。現実的には,ポアの形成を確実にするため,数十μs以上,数十ms程度までの長いパルスが用いられることが多い。
【0011】
一方,図2に示したように,膜の1点にポア3が生ずると,この等価抵抗4を通して,ここから電流5が流れ込み,これが膜の等価容量6を充電することになる。これにより,膜は,式(1)で与えられる膜電圧を越えてさらに充電されることになり,結果として,ある確率で膜の不可逆的破壊が生じ,これが細胞融合やエレクトロポレーションの効率低下につながる。
【0012】
ところで,このポア形成後の膜の充電の時定数τcは,等価抵抗4の値をR,等価容量6の値をCとすると、
τc= C R (3)
で与えられる。Rは,薄膜に小孔のある場合の縮流抵抗,
R=ρ/δ (4)
ただし,ρは媒質の導電率,δは小孔の直径
で,Cは膜全体の静電容量
C = 4π a2 Cm (5)
で近似できるので,これらの値を用いれば
τc= 4 π a2 Cm ρ/ δ (6)
となる。ちなみに,半径 a = 5 μm,ポアの直径 δ = 100 nmとし,生理塩濃度の溶液を仮定すれば τc= 160 μs,1mM程度の塩溶液を仮定すればτc= 24 ms 程度である。
【0013】
図2(a)の等価回路によれば,印加される電圧の周期Tが
T <τc (7)
であれば,ポア形成後の膜充電が進まないことがわかる。上記の数値例からもわかるように τ<<τcであるので、
τ<T <τc (8)
となるような印加電圧の周期Tの選択が容易に可能で,そのようにとれば,ポアの形成はされるが,ポア形成後の膜充電は生じないことになる。
【0014】
この条件は,式(8)を満たすような単一パルスによっても実現可能であるが,ポアの形成をより確実にするためには,前述のように,ある程度の時間(1msec〜50msec)にわたり電圧(1V〜1.5V)を印加し続けることが望ましい。このためには,図2に示すような高周波バースト波形において,電圧が正である周期T+と電圧が負である周期T-のいずれもが式(7)を満たすようにとった波形が最も適切である。周期T+は例えば0.5〜25msec、周期T-は、例えば、0.5〜25msecが示されるが、これらの数値に限られるものではない。
【0015】
なお,このような波形において,直流分を含んでいると,その直流分はポア形成後の膜充電を生ずることになる。従って,印加電圧波形は、直流分を含まない,すなわちその平均値が0となる波形であることが必要になる。ただし、この波形に対する条件は,図2において T+=T-であることに限定されるものではなく,いかなるT+とT-の組み合わせに対しても電圧の時間平均が0であればよい。
【産業上の利用可能性】
【0016】
本発明は、細胞の薬剤応答計測や薬剤スクリーニング,動植物の品種改良、生育調整、形質転換等の動植物の細胞操作等様々な生化学的分野において有効に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】従来例を示す図である。
【図2】本発明の一実施例を示す図である。
【符号の説明】
【0018】
1 細胞
2 細胞膜
3 ポア
4 ポアの等価抵抗,
5 充電電流
6 細胞膜の等価容量

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルス電圧を印加することにより細胞膜を可逆的に破壊する装置において,印加する電圧にその平均値が0であるような周波数10kHz-1MHzの変調をかけることを特徴とする細胞膜の可逆破壊装置。
【請求項2】
前記パルス電圧の周期Tが、膜の充電の時定数 τcより小さい請求項1に記載の細胞膜の可逆破壊装置。
【請求項3】
前記パルス電圧が交番パルスである請求項1に記載の細胞膜の可逆破壊装置。
【請求項4】
前記パルス電圧がバースト状である請求項1に記載の細胞膜の可逆破壊装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−174901(P2007−174901A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−373463(P2005−373463)
【出願日】平成17年12月26日(2005.12.26)
【出願人】(000126757)株式会社アドバンス (60)
【Fターム(参考)】