説明

細胞表面又は組織表面染色剤組成物及びこれを用いた染色方法

【課題】細胞内部や組織内部に浸透、残留せず、かつ細胞表面及び組織表面を特異的かつ高感度に染色するための組成物及びこれを用いる染色方法を提供する。
【解決手段】色素分子が結合してなる生体非浸透性高分子を含有する細胞表面又は組織表面染色剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微鏡や内視鏡で細胞又は組織を観察する際に使用する細胞表面又は組織表面染色剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞や組織の観察は生物学・医学分野で広く一般に行われており、形態学、病理学、微生物学、細菌学、寄生虫学など多岐にわたる分野で行われている。中でも、病理診断や細胞診断などの診断には欠くことのできない手技である。
【0003】
細胞の研究で最も一般的に用いられる方法は顕微鏡観察である。光学顕微鏡下において、細胞や組織の構造物は本来無色に近く、これらの構造を顕微鏡で観察しやすくするために色素を用いて着色することを染色という。病理検査を目的とした顕微鏡観察のための試料は、通常多くの手順を経て、調製される。具体的には、採取、固定、脱水、包埋、薄切、染色という作業を要する。或いは採取した後、急速凍結、薄切、固定、染色という手順をとる。光学顕微鏡によるこのような病理検査は、通常採取した組織片を実験室内で処理後、観察、診断される。すなわち顕微鏡観察による病理組織の診断は生体組織のわずかな一部に関する情報を与えるものであり、それは採取された組織に限定される。顕微鏡による病理診断は過去の実績とその信頼性において極めて優れている。
【0004】
このような実験室内診断に対して、生体組織を生きた状態で観察、診断する手法が多く考案、実用化されている。これらは例えばMRI、PET、内視鏡観察等である。特に内視鏡による、消化器官内および気管支内部の検鏡、診断は近年ますます重要になってきている。
内視鏡検査の主な目的は、内視鏡で観察し、場合によっては組織を採取し、これらの所見から疾患を診断することである。つまり、内視鏡検査には視診が基本であり、組織の状態をより明瞭に観察するためには色素内視鏡検査法が用いられる。色素内視鏡検査法は各種色素を消化器管に直接噴霧又は静脈注射などにより、細胞や組織を染色し、色素の特性を利用して内視鏡的に観察する方法であり、現在では消化器疾患の病態生理の解明や微細診断に欠かせぬ方法となっている。
【0005】
組織染色法の技術は古くからほぼ確立されており、観察目的によって多様の染色剤が使用されている。染色剤の色素としては、目視で判別可能な可視色素や励起波長のレーザーを照射したときの蛍光を検出する蛍光色素などがあり、用いる顕微鏡や内視鏡により、両者を単独で又は、併せて使用されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
色素内視鏡検査法における大きな問題は、組織内部や細胞内部への色素分子の拡散・浸透、残留及び感度が低いことである。すなわち、多くの色素は、低分子化合物であるため、細胞や組織内部に浸透することから、安全性の問題及び表面の染色性(感度)が低下してしまうという問題がある。
また、現在、数ある色素法のうち、細胞又は組織表面のみを染色する方法としては、インジゴカルミンを代表とする色素を用いたコントラスト法がある。コントラスト法とは色素液のたまり現象を利用して消化管内面の凹凸を強調し、観察するものである。この方法は、あくまで組織凹部の液たまりを観察しているため、異型の凹凸部を有するポリープの有無などのマクロ的な観察は可能であるが、表面構造などのミクロな観察は不可能であった。
【0007】
従って、本発明の目的は、細胞内部や組織内部に浸透、残留せず、かつ細胞表面及び組織表面を特異的かつ高感度に染色するための組成物及びこれを用いる染色方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者は、色素を細胞又は組織の表面に多量に付着させる手段について種々検討したところ、生体非浸透性高分子に、色素分子が2個以上結合した高分子を用いれば、細胞や組織内部に浸透せず、かつ高分子により細胞や組織に付着して流失し難く、高感度に、細胞又は組織表面を染色できること、さらには表面構造などのミクロ構造も観察できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、色素分子が2個以上結合してなる生体非浸透性高分子を含有する細胞表面又は組織表面染色剤組成物を提供するものである。
また、本発明は上記組成物を用いることを特徴とする細胞表面又は組織表面の染色方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明組成物を用いれば、細胞表面又は組織表面が高感度で染色され、そのミクロ構造も観察可能である。また、本発明組成物は、細胞や組織内部に浸透しないので残留性等の問題がなく、かつ細胞表面及び組織表面への付着性が高いので顕微鏡や内視鏡による観察が容易である。従って、本発明組成物を用いて細胞又は組織染色による診断法によれば、細胞又は組織のミクロ構造まで高感度で染色できる結果、より高精度な診断が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の細胞表面又は組織表面染色剤組成物は、色素分子が2個以上結合してなる生体非浸透性高分子を含有する。生体非浸透性高分子としては、生体非浸透性であれば、合成高分子であると、天然高分子であるを問わないが、天然高分子が好ましい。これらの高分子としては、アミノ基、水酸基、ホルミル基等の官能基を2個以上、特に10個以上有する高分子が好ましい。また、生体非浸透性とは、粘膜等には付着するが、細胞内に浸透しないことをいう。
【0012】
天然高分子の例としては、多糖類及びタンパク質が挙げられる。多糖類としては、消化されない多糖類、すなわち食物繊維に属する多糖類が好ましく、例えばデンプン、ポリデキストロース、難消化性デキストリン、各種植物由来の植物繊維、アルギン酸等が挙げられる。タンパク質としては、酵素で分解されないタンパク質が好ましく、血清アルブミン、卵アルブミン、ラクトアルブミン等のアルブミン、ミオゲン、ロイコシン等が挙げられる。アルブミンとしては、ヒトアルブミン、特に自己血液由来のアルブミンが特に好ましい。
【0013】
合成高分子の例としては、分子量50,000以上の合成高分子、例えばポリアルキレンポリアミン、ポリアリルアミン、ポリビニルアミン、ポリ(メタ)アクリル酸ジアルキルアミノアルキルエステル、ポリ(メタ)アクリル酸ジアルキルアミノアルキルアミド、ポリアミジン、ポリビニルピリジン、ポリビニルイミダゾール等が挙げられる。これらのうち、分子量50,000〜1,000,000のポリアルキレンポリアミンが好ましい。
【0014】
また、高分子には2個以上の官能基を有するのが1分子あたりに結合する色素分子の数が多くなり、染色性(感度)が向上するので好ましい。高分子1分子あたりの官能基の数は、2個以上、さらに10個以上、さらに50個以上が好ましい。ここで官能基としては、アミノ基、水酸基、ホルミル基等が好ましい。
【0015】
また、高分子の分子量は、生体非浸透性を考慮すると、3万〜100万、さらに10万〜50万が好ましい。
【0016】
本発明に用いられる色素分子としては、可視色素及び蛍光色素のいずれでもよく、例えばトルイジンブルー、クリスタルバイオレット、ルゴール、インジゴカルミン、コンゴーレッド、フェノールレッド、アクリジンオレンジ、フルオロセインなどが挙げられる。
【0017】
生体非浸透性高分子に色素分子を結合させるには、例えば高分子と色素分子とを直接反応させる方法、色素分子にアミノ基等の官能基を導入して高分子と反応させる方法等が挙げられる。また、高分子中の色素の結合率は、官能基に対して20〜80%、さらに30〜80%、特に30〜50%が、染色性及び細胞又は組織表面への残留性の点から好ましい。
【0018】
本発明の染色剤組成物中の色素の含有量は、染色性及び染色像の鮮明さの点から、0.01〜70質量%、さらに0.01〜50質量%、特に0.01〜20質量%が好ましい。
【0019】
本発明の染色剤組成物は、液体、顆粒、錠剤等の形態も使用することができる。消化管内で撒布する場合又は粘膜下投与する場合は液体が好ましく、経口投与する場合は液体、顆粒、錠剤等が好ましい。
【0020】
本発明の染色剤組成物には、その形態(剤型)に応じて種々の成分を配合できる。例えば、粘稠剤、増粘剤、界面活性剤、甘味剤、防腐剤、香料、pH調整剤、水等を配合できる。
【0021】
pH調整剤としては、pHを5〜9にするもの、例えば、塩酸、リン酸、クエン酸、リンゴ酸、酢酸及びこれらの塩、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸マグネシウム、炭酸水素ナトリウム、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、ピロリン酸四ナトリウムなどが挙げられる。
【0022】
また溶剤としてエタノール、水などを配合し得る。錠剤の場合は、結合剤、崩壊剤などの公知の錠剤用成分を用いることができる。
【0023】
本発明の染色剤組成物は、細胞又は組織表面を非特異的に染色することができるので、顕微鏡又は通常の可視光内視鏡観察時における細胞又は組織表面染色剤として有用である。
【0024】
また、色素として蛍光色素を用いた場合には、蛍光顕微鏡、蛍光内視鏡及び共焦点内視鏡観察用の細胞又は組織表面染色剤組成物として有用である。
【0025】
本発明の染色剤組成物を用いて細胞表面又は組織表面を染色するには、インビトロの場合には通常の組織切片を作成後に本発明染色剤組成物を適用すればよい。また、インビボの場合には、本発明染色剤組成物を局所撒布又は経口投与した後に内視鏡で観察すればよい。
【0026】
また、本発明の細胞又は組織表面染色剤組成物と、これとは異なる色素分子のみを併用することにより、細胞表面と細胞内部をそれぞれ染色することが可能となる。これにより、細胞表面と内部の染め分けにより、より鮮明な像を得ることが可能となる。これは共焦点顕微鏡や共焦点内視鏡といった、表面から内部へと3次元的な断層像を観察するような用途において、一見すると組織の境界を識別しにくいような像を観察する際に特に有用である。
【実施例】
【0027】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制限されるものではない。
【0028】
実施例1
BSA-FITCの製造方法
10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH9.0)で調製したBSA(10mg/mL)溶液1mLに、同じく10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH9.0)に溶解したFITC溶液(同人化学社製;1.0mg/mL)200μLを加え反応させた。この溶液をゲルろ過(カラム:Sephadex G25)によりろ過・分画し、過剰な低分子成分(FITC)を除去し、BSA-FITC溶液を回収した。
【0029】
実施例2
デンプン-FITCの製造方法
10mg/mLに調整したデンプン(和光純薬製可溶性デンプン)溶液500μLに0.05Mに調整した過ヨウ素酸ナトリウム溶液を500μL加え、15時間遮光・室温で反応させた。反応溶液にF1uorescein amineを24mg添加して、遮光・室温で反応させた。反応溶液を遠心分離し、上清を回収し、不要のFluoresceinを除去した後、上清600μL当り20μLの割合で0.5%のテトラヒドロほう酸ナトリウム溶液を混合し、4℃で2時間反応させた。反応後、反応溶液をSehpadex G25カラムによりゲルろ過し、未反応の低分子成分を分離し、目的のデンプン-FITC溶液を回収した。
【0030】
実施例3
以下の撮影写真はFITC(緑)、Rhodamine(赤)として擬似カラーで色をつけてある。
実験1の写真(図1)より、細胞内に浸透する色素とBSA-色素の染め分けが確認できる。PEI-色素では大腸全体が染まっており、BSA-色素では大腸の表面のみが染まっていることがわかる。
【0031】
実験1
BSA-FITCとRhodamineによる染色
ホルマリン固定済みラット大腸切片をBSA-FITC溶液(1.1mg/mL)に1分間浸潰する。PBSで表面を洗い流し、Rhodamine溶液に1分間浸漬する。PBSで表面を洗い流し、共焦点顕微鏡で観察する。励起波長488nm、543nm(図1)。
BSA-FITCが組織の内部にまで浸透せずに、組織表面のみを染色しているのがわかる。
【0032】
実施例4
実験2の写真(図2)より、細胞内に取り込まれる色素とデンプン−色素の染め分けが確認できる。PEI-色素では大腸全体が染まっており、デンプン−色素では大腸の表面のみが染まっていることがわかる。
【0033】
実験2
デンプン-FITCとRhodamineによる染色
ホルマリン固定済みラット大腸切片をRhodamine溶液に1分間浸漬する。PBSで表面を洗い流し、デンプン−FITC溶液(4.0mg/mL)に1分間浸漬する。PBSで表面を洗い流し、共焦点顕微鏡で観察する。励起波長488nm、543nm(図2)
デンプン−FITCが組織の内部にまで浸透せずに、組織表面のみを染色しているのがわかる。
【0034】
実施例5
実施例1で作成したBSA-FITC及び実施例2で作成したデンプン−FITCの断面像で浸透性を確認するために凍結切片を作成し、蛍光顕微鏡(ライカ社製、DM IRB)により観察を行った。使用した対物レンズは×5、×10、×40である。
いずれも組織の表面のみを染色していることが写真で確認できる(図3)。
【0035】
実施例6
実施例2で作成したデンプン−FITCでマウス(8週齢、オス)の摘出直後の大腸片を染色した後、ホルマリン固定し染色断面を見るために凍結切片を作成し、共焦点顕微鏡(Zeiss社製,LSM510)により観察した。対物レンズの倍率は20倍のものを使用した。比較例としてグルコース−FITCにおいても同様に行った。
グルコース−FITCは組織表面及び内部への浸透が若干確認できたが、デンプン−FITCは組織の表面が強く染色されており、内部への浸透は見られなかった。
【0036】
実施例7
PEI(ポリエチレンイミン)−インジゴカルミンによる大腸組織の染色
インジゴカルミンは色素を用いた内視鏡診断などにおいては、コントラスト法により液溜りによる現象を観察するものである。インジゴカルミンは青色系色素で粘膜に吸収されず赤色系の粘膜に対して強調される(多田正大、磯 彰格他(臨床内科,Vol 7, No.2, 1992))。この生体非吸収性のインジゴカルミンを生体非浸透性のPEI(分子量70,000)と反応させたPEI−インジゴカルミンでマウス(8週齢、オス)の摘出直後の大腸を染色した。この染色した断面を見るためにクライオスタット(ライカ社製,CM3050S)を使用して6μmの凍結切片を作成し光学顕微鏡(ライカ社製,DM IRB)により観察した。
比較例としてインジゴカルミン単体を大腸に塗布しリン酸緩衝生理食塩水で洗い、同じく凍結切片を観察した。
【0037】
インジゴカルミン単体のものは洗い流され、残存色素はほとんど確認できなかったのに対し、PEI−インジゴカルミンは組織表面が染色されている状態が確認できた。
【0038】
比較例1
ミオグロビン(分子量17,000,和光純薬製)にフルオレセインイソチオシアネート(FITC)を結合させた染色剤は以下嚢胞法で調製した。ミオグロビン10mg/mL水溶液にFITC 1mg/mL水溶液を添加し、25℃下2時間攪拌する。過剰に存在する未反応のFITCはゲル濾過クロマトグラフィーカラム(PD-10、アマシャムバイオサイエンス社製)で除去する。
精製したミオグロビン−フルオレセイン染色剤をラットのホルマリン固定大腸サンプルに撒布し共焦点顕微鏡で観察した。その結果、図4に示すように生体吸収性のミオグロビンに色素を結合させた染色剤は、組織内部まで染色していた。
【0039】
他にチトクロムC(分子量約13,000,和光純薬製)についても同様にFITCと結合させ染色剤を調製した。染色性は上記と同様の方法でラット大腸を染色し、観察した。その結果、図5に示すように、生体吸収性のチトクロムCに色素を結合させた染色剤は、組織内部まで染色していた。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】BSA-FITCとRhodamineによるラット大腸切片の染色結果を示す図である。
【図2】デンプン-FITCとRhodamineによるラット大腸切片の染色結果を示す図である。
【図3】BSA-FITC又はデンプン−FITCにより染色された大腸切片の凍結切片の蛍光顕微鏡観察結果を示す図である。
【図4】ミオグロビン−FITCによるラット大腸切片の染色結果を示す図である。
【図5】チトクロムC−FITCによるラット大腸切片の染色結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
色素分子が結合してなる生体非浸透性高分子を含有する細胞表面又は組織表面染色剤組成物。
【請求項2】
生体非浸透性高分子が、合成高分子、タンパク質又は多糖類である請求項1記載の細胞表面又は組織表面染色剤組成物。
【請求項3】
色素分子が、可視色素及び蛍光色素から選ばれるものである請求項1又は2記載の細胞表面又は組織表面染色剤組成物。
【請求項4】
色素分子が生体非浸透性高分子に10個以上結合しているものである請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞表面又は組織表面染色剤組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載の組成物を用いることを特徴とする細胞表面又は組織表面の染色方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−223966(P2007−223966A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−48589(P2006−48589)
【出願日】平成18年2月24日(2006.2.24)
【出願人】(000000527)ペンタックス株式会社 (1,878)
【Fターム(参考)】