説明

組換えタンパク質の生産方法

【課題】遺伝子組換え微生物を高密度に培養し、効率良く(短時間で)組換えタンパク質を生産する方法を提供することである。特に、組換えタンパク質が酵素である場合には、高い活性を有する酵素を効率よく生産する方法を提供すること。
【解決手段】遺伝子組換え微生物を流加培養法により培養して組換えタンパク質を生産する方法であって、(a)初発培地が15〜50g/Lの濃度で天然物由来複合培地成分を含有し、(b)培養中の培地のpHの下限値が5.8〜6.5であり、且つ、pHの上限値が「pHの下限値+0.6」以下であり、(c)流加培地がグルタミン酸ナトリウムを含有することを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子組換え微生物を用いた組換えタンパク質の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、遺伝子組換え技術を利用して作製された遺伝子組換え微生物を培養することにより、微生物、動物又は植物等由来の様々な有用タンパク質が工業的規模で製造されている。遺伝子組換え微生物の宿主としては様々な種類の微生物が利用されているが、その中でも大腸菌は、増殖速度が速く、生化学的、遺伝子工学的、培養工学的知見等の蓄積が豊富であることなどから、組換えタンパク質生産に用いる遺伝子組換え微生物の宿主として広く利用されている。
【0003】
また、目的タンパク質の生産性を高めるために、遺伝子組換え微生物を高密度で培養する方法が多く検討されている。遺伝子組換え微生物を培養する際には、栄養源として、炭素源、窒素源、無機物質、その他微量成分等が必要となるが、これらの栄養源は当該微生物の増殖に伴って消費され、栄養源が枯渇すると遺伝子組換え微生物の生育は停止する。従って、培地中の栄養源濃度を高くすることで、当該遺伝子組換え微生物を高密度に培養できることが期待される。
しかし、高濃度の栄養源を含有する培地で微生物を培養すると、当該微生物が生育阻害を受けたり、微生物の急激な増殖とともに酢酸などの生育阻害物質が産生されたりしてしまい、結果的には高密度培養を達成することが困難となることが多い。
この問題を解決するために、培養時間の経過に応じて連続的または断続的に培地を培養液中へ流加する流加培養が広く行われている。流加培養では、任意の培地成分を培養する微生物に好適な濃度で供給可能であるため、当該微生物を高密度で培養することが可能となる。
一方、微生物の培養において、培養中の培地のpHは重要な因子である。一般に、微生物にはそれぞれ生育に適したpHの範囲が存在するため、培養を行う際には培地のpHをそれぞれの微生物に適した値に制御することが必要である。例えば、有用タンパク質の生産を目的とした遺伝子組換え大腸菌の培養においても、培養中の培地のpHを6.8〜7.2に設定することが多く行われている(特許文献1、非特許文献1参照)。
また、培地中の栄養源の一つである窒素源としては、天然物(微生物、植物、動物乳または動物肉等)由来複合培地成分が多く用いられている。天然物由来複合培地成分は、種々の含窒素化合物をバランスよく含有するものが多く、微生物を培養する際の窒素源としての利用価値は高い。例えば、特許文献1では、窒素源として、天然物由来複合培地成分であるポリペプトンNおよび酵母エキスを用いて、遺伝子組換え大腸菌の培養を行っている。
しかしながら、上述したような培地pH制御による培養方法、あるいは窒素源として天然物由来複合培地成分のみを含有する培地を用いた培養方法は、遺伝子組換え微生物を高密度で培養して有用タンパク質を効率よく生産するという目的の観点からは必ずしも十分な方法ではない。例えば、特許文献1では、遺伝子組換え大腸菌を比較的高密度で培養することには成功しているものの、目的有用タンパク質である酵素の活性は必ずしも高いものではない。更に、当該方法では、培養時間も比較的長時間(71時間)に渡っており、さらなる効率的な培養方法の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−278794号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kim et al,Journal of Biotechnology,128,638−647,2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の主な目的は、遺伝子組換え微生物を高密度に培養し、効率良く(短時間で)組換えタンパク質を生産する方法を提供することである。特に、組換えタンパク質が酵素である場合には、高い活性を有する酵素を効率よく生産する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、培地成分と培養中の培地のpHを工夫することにより、遺伝子組換え微生物を短時間で高密度に培養することができ、組換えタンパク質を効率よく生産できること、特に、組換えタンパク質が酵素である場合には、高い活性を有する酵素を効率よく生産することができることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、遺伝子組換え微生物を流加培養法により培養して組換えタンパク質を生産する方法であって、
(a)初発培地が15〜50g/Lの濃度で天然物由来複合培地成分を含有し、
(b)培養中の培地のpHの下限値が5.8〜6.5であり、且つ、pHの上限値が「pHの下限値+0.6」以下であり、
(c)流加培地がグルタミン酸ナトリウムを含有すること
を特徴とする方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、遺伝子組換え微生物を短時間で高密度に培養することにより、組換えタンパク質を効率よく生産することができる。特に、組換えタンパク質が酵素である場合には、高い活性を有する酵素を効率よく生産することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(1)遺伝子組換え微生物
本発明において、遺伝子組換え微生物とは、目的タンパク質をコードする遺伝子を細胞内に含有する微生物をいう。目的タンパク質とは、遺伝子組換え技術により産生される組換えタンパク質のことをいう。
当該微生物(宿主細胞)としては、目的タンパク質が発現できればその種類は限定されない。例えば、大腸菌、ロドコッカス属細菌、枯草菌、酵母、カビ等を挙げることができる。
【0010】
大腸菌としては、大腸菌K12株やB株等の野生株又は当該野生株由来の派生株であるJM109株、XL1−Blue株、C600株、BL21(DE3)株、W3110株等を挙げることができる。ロドコッカス属細菌としては、例えばロドコッカス ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)ATCC 12674株やロドコッカス ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)J−1株(FERM BP−1478)等を挙げることができる。酵母としては、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)等を用いることができる。
【0011】
これらの中でも、大腸菌及びロドコッカス属細菌が好ましく、大腸菌がより好ましい。大腸菌の中でもW3110株がより好ましい。遺伝子組換え操作を行い易く、また、細胞壁が強くないので産生された酵素を採取し易いからである。
(2)組換えタンパク質
組換えタンパク質とは、上記の遺伝子組換え微生物を用いて産生されるタンパク質をいう。本発明において、組換えタンパク質の種類は特に限定されず、大量、安価かつ効率的に生産させようとする目的タンパク質を適宜選択することができる。より詳細には、種々の酵素、ペプチド、構造タンパク質、抗体、サイトカインなどが挙げられる。これらタンパク質は、天然物あるいは自然界の生物より分離されうるアミノ酸配列を有するものに加え、該タンパク質を構成するアミノ酸配列において、意図的または非意図的なアミノ酸の欠失、付加、挿入、もしくは他のアミノ酸への置換が生じた、いわゆる変異体でもよい。目的タンパク質として選択し得る酵素の好適な例としては、例えば、産業上有用な酵素の一つであるハロヒドリンエポキシダーゼなどが挙げられる。
ハロヒドリンエポキシダーゼは、ハロヒドリンハイドロゲンハライドリアーゼ、ハロヒドリンデハロゲナーゼまたはハロアルコールデハロゲナーゼとも称され、後述するように、1,3−ジハロ−2−プロパノールをエピハロヒドリンに変換する活性およびその逆反応を触媒する活性(以下、「ハロヒドリンエポキシダーゼ活性」と称することがある)を有する酵素(EC number: 4.5.1.−)である。
ハロヒドリンエポキシダーゼは、アミノ酸配列の相同性などから、3つのグループ(グループA、グループB及びグループC)に大別される(J.Bacteriology 183(17),5058−5066,2001)。
グループAに属するハロヒドリンエポキシダーゼとしては、コリネバクテリウム属(Corynebacterium sp.)N−1074株由来のHheA(Biosci.Biotechnol.Biochem.58(8),1451−1457,1994)、アースロバクター属(Arthrobacter sp.)AD2株由来のHheAAD2(J.Bacteriology 183(17),5058−5066,2001)、アースロバクター属(Arthrobacter sp.)PY1株由来のDeh−PY1(J.Health.Sci.50(6),605−612,2004)などが挙げられる。
グループBに属するハロヒドリンエポキシダーゼとしては、コリネバクテリウム属(Corynebacterium sp.)N−1074株由来のHheB(Biosci.Biotechnol.Biochem.58(8),1451(1994))、マイコバクテリウム属(Mycobacterium sp.)GP1株由来のHheBGP1(J.Bacteriology 183(17),5058−5066,2001)、アースロバクター エリシー(Arthrobacter erithii)H10a株由来のDehA(Enz.Microbiol.Technol.22,568−574,1998)などが挙げられる。
グループCに属するハロヒドリンエポキシダーゼとしては、アグロバクテリウム ラジオバクター(Agrobacterium radiobacter)AD1株由来のHheC(J.Bacteriology 183(17),5058−5066,2001)、アグロバクテリウム チュメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)由来のHalB(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?db=protein&val=4960076#feature_4960076)などが挙げられる。
上記のハロヒドリンエポキシダーゼは、いわゆる野生型ハロヒドリンエポキシダーゼである。本明細書中、野生型ハロヒドリンエポキシダーゼとは、自然界の生物より分離されうるハロヒドリンエポキシダーゼを指し、該酵素を構成するアミノ酸配列において、意図的または非意図的なアミノ酸の欠失、付加、挿入、もしくは他のアミノ酸への置換がなく、天然由来の属性を保持したままのハロヒドリンエポキシダーゼを意味する。
上述した野生型ハロヒドリンエポキシダーゼのうち、アミノ酸配列が明らかにされているものについては、米国生物工学情報センター(NCBI; National Center for Biotechnology Information) により提供されるGenBankデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?CMD=search&DB=protein)において、以下のAccession No.により登録されている。
Accession No.BAA14361(コリネバクテリウム属(Corynebacterium sp.)N−1074株由来のHheAのアミノ酸配列)
Accession No.AAK92100(アースロバクター属(Arthrobacter sp.)AD2株由来のHheAAD2のアミノ酸配列)
Accession No.BAA14362(コリネバクテリウム属(Corynebacterium sp.)N−1074株由来のHheBのアミノ酸配列)
Accession No.AAK73175(マイコバクテリウム属(Mycobacterium sp.)GP1株由来のHheBGP1 のアミノ酸配列)
Accession No.AAK92099(アグロバクテリウム ラジオバクターAgrobacterium radiobacter)AD1株由来のHheCのアミノ酸配列)
Accession No.AAD34609(アグロバクテリウム チュメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)由来のHalBのアミノ酸配列)。
本発明におけるハロヒドリンエポキシダーゼには、上記野生型ハロヒドリンエポキシダーゼに加え、野生型ハロヒドリンエポキシダーゼのアミノ酸配列において1以上のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入または他のアミノ酸残基への置換が生じたハロヒドリンエポキシダーゼ(以下、「ハロヒドリンエポキシダーゼ変異体」と称することがある)をも含む。特に、ハロヒドリンエポキシダーゼ変異体のうち、酵素としての性能が向上したもの(改良型ハロヒドリンエポキシダーゼ)は、本発明の方法により製造される好適なタンパク質の一例である。
改良型ハロヒドリンエポキシダーゼとしては、例えば、国際公開第2008/108466号パンフレットに記載されているもの、すなわち、形質転換体あたりのハロヒドリンエポキシダーゼ活性、立体選択性、生成物阻害耐性、生成物蓄積能などが向上したもの等が挙げられる。これら改良型ハロヒドリンエポキシダーゼには、例えば、形質転換体あたりのハロヒドリンエポキシダーゼ活性が、野生型ハロヒドリンエポキシダーゼよりも高くなる属性を有するもの、後述する基質1,3−ジハロ−2−プロパノールまたはエピハロヒドリンから、エピハロヒドリンまたは4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを生成させた場合の該生成物の光学純度が、野生型ハロヒドリンエポキシダーゼにより同基質から同生成物を生成させた場合の該生成物の光学純度よりも高くなるという属性を有するもの、1,3−ジハロ−2−プロパノールまたはエピハロヒドリンからの生成物である塩化物イオンまたは4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルによる反応阻害に対する耐性が野生型ハロヒドリンエポキシダーゼよりも向上しているもの、基質1,3−ジハロ−2−プロパノールまたはエピハロヒドリンから、エピハロヒドリンまたは4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを生成させる場合に、生成物を高濃度生成および蓄積させることができるという属性を有するものなどが含まれる。
(3)遺伝子組換え微生物の作製
本発明において、遺伝子組換え微生物の作製方法は限定されず、公知の方法を使用することができる。ここでは、宿主として大腸菌を一例として記載する。
一般的に遺伝子組換え大腸菌を作製する方法としては、まず、目的タンパク質をコードする遺伝子を公知の手段により準備する。目的タンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片が取得済みであれば、そのままあるいはPCR法により増幅して用いることができる。異なるベクター上にクローニングされている場合は、目的タンパク質をコードする遺伝子部分を制限酵素を用いて切り出したり、PCR法により増幅したりすることによって取得することができる。目的タンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片が単離されていない場合、目的タンパク質遺伝子の配列情報が明らかとなっていれば、目的タンパク質の遺伝子が含まれるような染色体DNAやDNAライブラリーから、PCR法により増幅して取得することができる。
本発明において目的とするタンパク質は限定されないが、ここではハロヒドリンエポキシダーゼを一例として述べる。ハロヒドリンエポキシダーゼの場合、GenBankに公表されているハロヒドリンエポキシダーゼをコードする遺伝子(以下ハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子と称する)、例えば、コリネバクテリウムsp.(Corynebacterium)N−1074由来のハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子(hheB; Accession番号は D90350)の配列情報を基にプライマーを設計し、同菌株の染色体DNAを鋳型としてPCRを行うことで、ハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子を得ることができる。
続いて、プラスミドやファージ等のベクター上に目的タンパク質をコードする遺伝子を連結する。ベクター上には、目的タンパク質遺伝子が適切に転写、翻訳されるために必要な配列を適宜配置することが望ましい。例えば、目的タンパク質をコードする遺伝子の上流に転写プロモーターを、必要に応じて下流にターミネーターを配置したり、目的タンパク質遺伝子の上流に、SD配列を配置したりすることが好適である。
プロモーターの種類は宿主大腸菌において適切な発現を可能にするものであれば特に限定されるものではないが、例えば、トリプトファンオペロンのtrpプロモーター、ラクトースオペロンのlacプロモーター、ラムダファージ由来のPLプロモーターおよびPRプロモーターなどが挙げられ、tacプロモーター、trcプロモーターのように改変、設計された配列も利用できる。ターミネーターは必ずしも必要ではなく、その種類も特に限定されない。例えば、リポプロテインターミネーター、trpオペロンターミネーター、rrnBターミネーター等が挙げられる。
SD配列としては、大腸菌細胞内で機能する配列であれば特に限定されるものではなく、大腸菌において本来適切に発現している遺伝子のSD配列や、16SリボゾームRNAの3’末端領域に相補的な配列が4塩基以上連続したコンセンサス配列等を利用することができる。ベクターに目的タンパク質遺伝子を挿入する方法としては、制限酵素を用いる方法、トポイソメラーゼを用いる方法等を利用することができる。挿入の際、必要であれば、適当なリンカー配列等を付加してもよい。
また、一般に、ベクターには目的とする遺伝子組換え大腸菌を選別するための選択マーカーが含むことができる。選択マーカーとしては、薬剤耐性遺伝子や栄養要求性相補遺伝子、資化性付与遺伝子などが挙げられ、目的や宿主に応じて選択されうる。
大腸菌で選択マーカーとして用いられる薬剤耐性遺伝子としては、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。続いて、構築した発現ベクターを大腸菌に導入する。本発明においては、このような操作を「形質転換」、得られた遺伝子組換え大腸菌を「形質転換体」と呼ぶことがある。大腸菌への発現ベクターの導入方法、すなわち形質転換の方法としては、大腸菌にDNAが導入される方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、カルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
(4)遺伝子組換え微生物の培養(本培養)
(4−1)培地
培地とは、遺伝子組換え微生物の培養において生育環境を提供するものをいい、具体的には、水等の水性媒体中に炭素源、窒素源、無機塩類等を溶解したものをいう。「初発培地」とは、後述する流加培養方式によって培養を行う場合において、前培養(シード)が接種されて培養(本培養)が開始される培地をいう。「流加培地」とは、初発培地による培養を開始した後に、培養時間の経過に応じて連続的または断続的に初発培地へ継ぎ足される培地をいう。
初発培地も流加培地も滅菌して培養に使用するのが好ましい。当該培地の滅菌方法は、培地を、増殖能力のある微生物等が存在しない無菌状態にすることができる方法であれば限定されない。例えば、加圧滅菌(オートクレーブ;例えば121℃、20分間の加熱滅菌)やろ過滅菌(例えば孔径0.45μmまたは0.2μmのフィルターによるろ過)等による滅菌方法が挙げられる。加熱滅菌の際に培地成分同士の反応が懸念される場合には、1種類以上の培地成分を、それ以外の培地成分とは別に滅菌し、各々を滅菌後に混合してもよい。
本発明において、遺伝子組換え微生物の培養に使用する培地は、当該微生物が資化しうる炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、当該微生物が短時間で高密度に培養され、組換えタンパク質を効率よく生産することができる培地であればよい。窒素源以外の各成分の量も限定されず、当業者が適宜選択することができる。
(4−1−1)初発培地
本発明の初発培地において、窒素源としては、少なくとも天然物(微生物、植物、動物乳または動物肉等)由来の複合培地成分を用い、さらに塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸又は有機酸のアンモニウム塩;アンモニア;その他アミノ酸や窒素化合物等を用いることができる。天然物由来複合培地成分としては、例えば、ペプトン(牛乳、獣肉、魚肉あるいは大豆タンパク質等由来)、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカー等が挙げられ、これらの中でも酵母エキスが好ましい。
本発明で使用する培地は、窒素源として天然物由来複合培地成分を含有する。当該天然物由来複合培地成分の量(本培養開始時点)は、15〜50g/L、好ましくは18〜40g/L、より好ましくは20〜30g/Lとする。天然物由来複合培地成分の量を15g/L以上とすることにより、遺伝仕組換え微生物を高密度に培養することができる。また、50g/L以下とするのは、それ以上培地に添加しても使用量に比して効果が低いからである。
炭素源としては、グルコース、ガラクトース、フラクトース、スクロース、ラフィノース、デンプン等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類が挙げられる。これらの中でも、グルコース、フラクトース、ガラクトース等の糖類が好ましく、フラクトースがより好ましい。
無機塩類としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸銅、炭酸カルシウム等が挙げられる。
本発明の初発培地には、必要に応じて、上記の成分以外の成分を添加することもできる。その成分や量についても当業者が適宜選択することができる。例えば、ビタミン等、培養中の培地の発泡を防ぐために消泡剤を等も添加してもよい。さらに、ベクターおよび目的遺伝子の脱落を防ぐために選択圧をかけた状態で培養してもよい。すなわち、選択マーカーが薬剤耐性遺伝子である場合には、相当する薬剤を培地に添加してもよい。例えば、アンピシリン耐性遺伝子を含む遺伝子組換え微生物を培養する場合には、培地にアンピシリンを添加してもよい。
(4−1−2)流加培地
本発明では、大量の(高密度の)微生物を培養するため、培養中に(培養過程において)初発培地に流加培地を添加する。
流加培地の成分は、培養中の微生物の生育速度が十分に保たれれば限定されない。本発明においては、初発培地と同様の成分を使用することができる。例えば、炭素源、窒素源等、無機塩類、必要に応じてその他の成分を添加することができる。
流加培地の各成分の量も、培養中の微生物の生育速度が十分に保たれれば限定されず、当業者が適宜選択することができる。窒素源の濃度については、培養中の培地中の濃度が上記の濃度に保たれるように、流加培地を調製すればよい。窒素源としては、天然物由来複合培地成分を含有することが好ましく、その濃度としては50〜300g/L、好ましくは80〜250g/L、より好ましくは100〜200g/Lである。天然物由来複合培地成分の量を50g/L以上とすることにより、遺伝仕組換え微生物を高密度に培養することができる。また、300g/L以下とするのは、それ以上培地に添加しても使用量に比して効果が低いからである。
本発明においては、流加培地はグルタミン酸塩を必須成分とする。グルタミン酸塩を含む流加培地を培養中の培地に添加することにより、遺伝子組換え微生物の生育・増殖速度が保たれるだけでなく、活性の高い酵素が産生されるからである。
本発明で使用するグルタミン酸塩は、D体、L体又はラセミ体のいずれのものも使用することができる。また、グルタミン酸が有する2つのカルボキシル基のうちどちらか一方が塩を形成していてもよいし、両方のカルボキシル基が塩を形成していてもよい。塩としては、ナトリウム、カリウム等が例示できる。好ましくは、グルタミン酸ナトリウム(2−アミノペンタン二酸ナトリウム)であり、より好ましくは、そのL体のものである。
添加する流加培地中のグルタミン酸塩の濃度は、遺伝子組換え微生物の生育・増殖が十分に行われれば限定されない。例えば、流加培地に含まれる天然物由来複合成分の質量濃度に対して0.5〜1.5倍の質量濃度、好ましくは0.6〜1.4倍の質量濃度、より好ましくは0.7〜1.3倍の質量濃度とすればよい。0.5倍の質量濃度以上とするのは、微生物の生育・増殖速度が保持される効果が十分に得られるからであり、1.5倍の質量濃度以下とするのは、それ以上添加しても顕著な効果が得られにくいからである。
添加する流加培地の体積は、遺伝子組換え微生物の生育が十分に行われれば限定されないが、例えば、初発培地の体積の0.1倍以上1倍以下の体積とすればよく、好ましくは初発培地の体積の0.15倍以上0.75倍以下の体積、より好ましくは初発培地の体積の0.2倍以上0.5倍以下の体積である。0.1倍以上とするのは、遺伝仕組換え微生物を高密度に培養することができるからである。また、300g/L以下とするのは、それ以上培地に添加しても使用量に比して効果が低いからである。
(4−2)培養方法
本発明では、遺伝子組換え微生物を高密度に培養することができる。高密度とは、単位体積当たりの菌濃度が高い状態と換言される。菌濃度は、波長630nmにおける光学密度(以下、OD630と称する)や、乾燥菌体重量濃度によって表される。すわなち、本発明において高密度に培養された状態とは、培養終了時における培養液のOD630の値が50程度以上、好ましくは70程度以上、さらに好ましくは90程度以上である状態をいう。あるいは、培養終了時における培養液の乾燥菌体重量濃度が20g/L程度以上、好ましくは30g/L程度以上、さらに好ましくは40g/L程度以上である状態をいう。
(4−2−1)培養方式
本発明の培養方式は、流加培養方式(Fed−batch culture)である。流加培養方式とは、培養中の培地(例えば、初発培地)に培地を連続的又は断続的に流加(添加)し、培養終了時まで培地を容器から抜き取らない培養方法をいう。
流加培地を添加していく方法(feeding mode)としては、遺伝子組換え微生物が短時間で高密度に培養され、組換えタンパク質を効率よく生産することができる方法であればいかなる方法でもよい。例えば、定流的流加法(constant)、指数的流加法(exponential)、段階的増加流加法(stepwise increase)、比増殖速度制御流加法(specific growth−rate control)、pHスタット流加法(pH−stat)、DOスタット流加法(DO−stat)、グルコース濃度制御流加法(glucose concentration control)、酢酸濃度モニタリング流加法(acetate concentration monitoring)等が挙げられる。
流加培地を添加するタイミングとしては、培養中の微生物の生育・増殖が保たれれば限定されない。例えば、初発培地中の炭素源が、80〜99.9%消費された時点、好ましくは85〜99.5%消費された時点、より好ましくは90〜99%消費された時点に、添加を開始すればよい。80%以上消費された時点で流加培地を添加するのは、流加培地を添加することによる短時間で高密度に微生物を培養できる(高活性なタンパク質を効率よく得ることができる)という効果を得ることができるからである。また、99.9%以下とするのは、それ以上炭素源が消費された状態で流加培地を添加しても、当該効果が得られないことがあるからである。
あるいは、培養が進むにつれて初発培地中の溶存酸素濃度が低下していくが、当該溶存酸素濃度が培養開始時の初期培地中の溶存酸素濃度の80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上に回復した時点で、流加培地を添加することもできる。
流加培地を添加する量及び速度は、培養中の培地中において上記の窒素源の濃度が保たれ、遺伝子組換え微生物の生育・増殖が十分に保たれれば限定されない。例えば、培地の成分の濃度を濃くすれば添加する流加培地の量は少なくて済むので好ましい。
(4−2−2)pH
培養中(本培養)の培地のpHは、pHの下限値を5.8〜6.5、好ましくは6.0〜6.5とする。当該範囲のpHで培養することにより、短時間で高密度に微生物を培養できる(高活性なタンパク質を効率よく得ることができる)からである。一方、pHの上限値は「pHの下限値+0.6以下」、好ましくは「pHの下限値+0.01以上0.58以下」、より好ましくは「pHの下限値+0.05以上0.55以下」である。
本発明中においてpHの下限値とは、培養中に制御するpHの下限の値であり、pHがその値を下回りそうになるとアルカリを添加して上昇させればよい。また、pHの上限値とは、培養中に制御するpHの上限の値であり、pHがその値を上回りそうになると酸を添加して下降させればよい。
培養中のpH制御には、無機または有機の酸、アルカリ溶液を用いることができる。酸は、無機酸の使用が好ましく、例えば、硫酸、リン酸、塩酸、硝酸などが挙げられる。アルカリとしては、水酸化ナトリウムやアンモニアなどが挙げられる。
(4−2−3)その他条件
本発明の培養の形態は、遺伝子組換え微生物が短時間で高密度に培養され、組換えタンパク質を効率よく生産することができる形態であればいかなるものでもよい。宿主として大腸菌を使用する場合は、通気攪拌培養(ジャーファーメンター)による好気的条件下での培養が好ましい。
培養温度は、遺伝子組換え微生物が十分に生育・増殖すれば限定されない。例えば、10℃〜45℃、好ましくは15℃〜40℃、より好ましくは20℃〜37℃とすることができる。必要に応じて培養中に温度を変更することもできる。
培養中の圧力については限定されない。大気圧で培養することもできるし、必要に応じて加圧下で培養してもよい。圧力としては、例えば、0〜0.1MPa、好ましくは0.01〜0.05MPaを加圧した状態で培養することができる。加圧することにより、培地中の溶存酸素濃度が上昇するため、培養終了後の菌濃度や液活性がより高くなる。
培養時間は微生物が十分に高濃度に生育・増殖している限り限定されない。例えば、5〜120時間、好ましくは10〜100時間、さらに好ましくは15〜80時間、さらにより好ましくは20〜60時間程度とすればよい。また、培養の終了時期についても特には限定されないが、微生物の増殖が定常期に達してから終了すればよい。
また、本発明では、必要に応じて前培養を行うこともできる。前培養とは、遺伝子組換え微生物を高密度に培養しようとする培養(本培養)に接種するためのシード(種)を調製するための培養である。前培養を適切に行うことにより、本培養のシードとして必要な菌体量を確保することができる。前培養に用いる培地は、本培養における遺伝子組換え微生物の高密度培養を達成しうるものであれば特段限定されない。例えば、本培養の初発培地と同様の炭素源、窒素源等、無機塩類を含有することができ、必要に応じてその他の成分を添加することもできる。前培養時の培養温度やpH、圧力、培養時間についても、本培養における遺伝子組換え微生物の生育を妨げる条件でなければよい。培養温度は、例えば、10℃〜45℃、好ましくは15℃〜45℃、より好ましくは20℃〜37℃とすればよい。培養中の培地のpHは、本培養と同様に酸やアルカリを用いて一定範囲の値に制御してもよいが、必ずしもその必要はなく、例えば、培地調製時に培地のpHを5〜9、好ましくは6〜8、より好ましくは6.5〜7.5の値に調整し、培養中はpH制御をせずに培養を行ってもよい。圧力は、大気圧で培養してもよく、必要に応じて、0〜0.1MPa、好ましくは0.01〜0.05MPaを加圧して培養を行うこともできる。培養時間は、本培養において遺伝子組換え微生物が高密度に培養されるために必要な菌体量が得られる時間とすればよく、特段限定されない。例えば、0.5〜24時間、好ましくは1〜12時間、より好ましくは3〜9時間とすればよい。本明細書では特に断らなければ、本培養を指すものとする。
【0012】
(5)組換えタンパク質の取得
本発明により、遺伝子組換え微生物は高密度に培養され、多量(高濃度)のタンパク質が生産される。特に、目的タンパク質が酵素である場合は、高い活性を有するタンパク質を高収量で得ることができる。
組換えタンパク質は、遺伝子組換え微生物の菌体外に生産されてもよく、遺伝子組換え微生物の菌体内に蓄積されてもよい。組換えタンパク質が遺伝子組換え微生物の菌体外に生産される場合は、公知の方法により、必要に応じて培地から組換えタンパク質を単離・精製することができる。
また、組換えタンパク質が遺伝子組換え微生物の菌体内に蓄積される場合は、遺伝子組換え微生物を遠心分離やろ過等の公知の手段によって回収し、高圧処理、超音波処理、界面活性剤等の化学物質処理等によって菌体を破砕することにより、組換えタンパク質を得ることができる。必要に応じ、破砕された菌体を除去するなどして、組換えタンパク質をさらに単離・精製することができる。
組換えタンパク質の単離・精製には、珪藻土等を用いたろ過、疎水クロマトグラフィー(例えばbutyl Toyopearl)、陰イオンクロマトグラフィー(例えばMono Qカラム)、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動等を単独で又は適宜組み合わせて行うことができる。また、組換えタンパク質は、適当な担体に保持し固定化タンパク質として使用することもできる。
(6)組換えタンパク質の使用
得られた組換えタンパク質は、所望の用途に使用することができる。特に、組換えタンパク質が酵素である場合には、当該酵素が触媒し得る反応の触媒として使用することができる。以下、ハロヒドリンエポキシダーゼを一例として、組換えタンパク質について述べる。
ハロヒドリンエポキシダーゼは、1,3−ジハロ−2−プロパノールから光学活性4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリル(特開平03−053889号公報、特開2001−25397号公報)、エピハロヒドリンから光学活性4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリル(特開平03−053890号公報)を製造することができる。
従って、本発明方法により産生された高活性のハロヒドリンエポキシダーゼを、シアン化 合物存在下、1,3−ジハロ−2−プロパノール又はエピハロヒドリンと接触させることで、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルへ変換することができる。
ここで、1、3−ジハロ−2−プロパノールとは、下記一般式(1)で示される化合物である。
【0013】
【化1】

(式中、X、Xはハロゲン原子)
ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が好ましく、塩素、臭素が特に好ましい。具体的には1,3−ジフルオロ−2−プロパノール、1,3−ジクロロ−2−プロパノール(以下、「DCP」と称することがある)、1,3−ジブロモ−2−プロパノール、1,3−ジヨード−2−プロパノール等が挙げられ、好ましくは、1,3―ジクロロ−2−プロパノール、1,3−ジブロモ−2−プロパノールである。
また、エピハロヒドリンとは、下記一般式(2)で示される化合物である。
【0014】
【化2】

(式中、Xはハロゲン原子)
ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が好ましく、塩素、臭素が特に好ましい。具体的にはエピフルオロヒドリン、エピクロロヒドリン(以下、「ECH」と称することがある)、エピブロモヒドリン、エピヨードヒドリン等が挙げられ、特に好ましくはエピクロロヒドリン、エピブロモヒドリンである。
また、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルとは、下記一般式(3)で示される化合物である。
【0015】
【化3】

(式中、Xはハロゲン原子)
ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が好ましく、塩素、臭素が特に好ましい。具体的には4−フルオロ−3−ヒドロキシブチロニトリル、4−クロロ−3−ヒドロキシブチロニトリル(以下、「CHBN」と称することがある)、4−ブロモ−3−ヒドロキシブチロニトリル、4−ヨード−3−ヒドロキシブチロニトリル等が挙げられ、好ましくは、4−クロロ−3−ヒドロキシブチロニトリル、4−ブロモ−3−ヒドロキシブチロニトリルである。
なお、エピハロヒドリンは種々の医薬品や生理活性物質の合成原料として有用な物質である。例えば、(R)−エピハロヒドリンの開環シアノ化によって得られる(R)−(−)−4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルは、L−カルニチンの合成原料として有用であることが知られている(特開昭57−165352号公報)。
シアン化合物としては、シアン化水素、シアン化カリウム、シアン化ナトリウム、シアン酸又はアセトンシアンヒドリン等の反応液中に添加した際にシアンイオン(CN)又はシアン化水素を生じる化合物又はその溶液を用いることができる。
「ハロヒドリンエポキシダーゼ活性」は、単位時間あたりの1,3−ジハロ−2−プロパノールからのエピハロヒドリン生成量または塩化物イオン生成量を測定することにより求めることができる。エピハロヒドリン生成量は、例えば、液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィーなどによって定量することができる。また、塩化物イオン生成量は、例えば、その塩化物イオンの生成に伴って低下するpHをある一定の値に保つように連続的または断続的にアルカリ溶液を添加し、時間あたりに要したアルカリの量から便宜的に求めることができる。また、改良型ハロヒドリンエポキシダーゼに対する抗体を作製し、ウェスタンブロットやELISA法などの免疫学的手法によっても推定することが可能である。その他、ハロヒドリンエポキシダーゼ活性が形質転換体内における発現量と比例すると仮定する場合は、ハロヒドリンエポキシダーゼ活性が既知であるサンプルと比較することなどにより、SDS−PAGEなどの分析手段によっても間接的に推定することができる。SDS−PAGEは当業者であれば公知の方法を用いて行うことができる。
本明細書中、「形質転換体あたりのハロヒドリンエポキシダーゼ活性」とは、「形質転換体乾燥菌体単位質量あたりのハロヒドリンエポキシダーゼ活性」を意味し、「菌体比活性」とも称する。「液活性」とは、単位溶液量あたりのハロヒドリンエポキシダーゼ活性を意味する。
ハロヒドリンエポキシダーゼを酵素として使用する際の基質濃度は、酵素安定性の観点から0.01〜15(W/V)%が好ましく、0.01〜10(W/V)%がより好ましい。また、シアン化合物の使用量は、酵素安定性の観点から基質の1〜3倍量(モル)が好ましい。
溶媒としては、水又は緩衝液を使用することができる。緩衝液としては、例えば、リン酸、ホウ酸、クエン酸、グルタル酸、リンゴ酸、マロン酸、o−フタル酸、コハク酸又は酢酸等の塩等によって構成される緩衝液、Tris緩衝液、グッド緩衝液等を使用することができる。
反応温度は酵素反応が十分に進む温度であれば限定されない。例えば、5〜50℃、より好ましくは10〜40℃とすればよい。反応中の反応液のpHも酵素反応が十分に進むpHであれば限定されない。例えば、4〜10、好ましくはpH6〜9とすればよい。
反応時間も限定されず、基質等の濃度、菌体濃度、その他の反応条件等によって当業者が適時選択することができる。例えば、1〜120時間、好ましくは5〜100時間とすればよい。なお、本反応においては、反応の進行に伴い生成する塩素イオンを反応系内から取り除くことにより、光学純度をより一層向上させることができる。この塩素イオンの除去は、硝酸銀等の添加によって行うことができる。
反応液中に生成した組換えタンパク質は、公知の方法を用いて採取、精製することができる。例えば、生成物が4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの場合は、遠心分離により反応液から菌体を除去した後、酢酸エチル等の溶媒で抽出を行い、減圧下に溶媒を除去することにより4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルのシロップを得ることができる。これらのシロップを減圧下に蒸留することによりさらに精製することもできる。
【実施例】
【0016】
特開2008−278794号公報記載の方法により調製した微生物形質転換体W3110/pSTK002−T133A+F136S+D199Hを使用し、培養を以下のように行った。
【0017】
<実施例1>
前培養
W3110/pSTK002−T133AF136S+D199Hのコロニーを、500mLフラスコ中に調製した100mLの前培養培地(酵母エキス 25g/L、リン酸二水素カリウム 1.5g/L、アンピシリンナトリウム 0.1g/L;pH7.2)に植菌し、温度37℃、回転数210rpmにて、6時間振とう培養を行った。
前培養培地は、アンピシリンナトリウム以外の各成分必要量を水に溶解して100mLにメスアップした後に加熱滅菌(121℃、20分間)を行い、室温に冷却後、予め0.20μmのフィルターでろ過除菌しておいたアンピシリンナトリウム水溶液(100g/L)を無菌条件下にて100μL添加して調製した。
本培養
得られた前培養液のうち16mLを、3Lジャーファーメンター中に調製した1.6Lの本培養初発培地(フルクトース 40g/L、酵母エキス 25g/L、リン酸水素二カリウム 1.5g/L、硫酸マグネシウム七水和物 2.375g/L、硫酸マンガン五水和物 0.2g/L、塩化カルシウム二水和物 0.02g/L、硫酸亜鉛七水和物 0.02g/L、アンピシリンナトリウム 0.1g/L、プルロニックL−61(株式会社ADEKA 日本) 0.5g/L)に植菌し、温度37℃、回転数500rpm、通気量2L/min、圧力0.05MPa、pHの下限値を6.0、pHの上限値を「pHの下限値+0.5」である6.5とし(水酸化ナトリウム25%水溶液及び硫酸24%水溶液を使用)、培養を行った。
本培養初発培地は、必要量のフルクトースを水に溶解して400mLにメスアップした後に加熱滅菌(121℃、20分間)したものと、フルクトース及びアンピシリンナトリウム以外の各成分必要量を水に溶解して1.2Lにメスアップした後に加熱滅菌(121℃、20分間)したものとを無菌条件下で混合し、室温に冷却した後、予め0.20μmのフィルターでろ過除菌しておいたアンピシリンナトリウム水溶液(100g/L)を1.6mL添加して調製した。
流加培地の添加
培養開始約22時間後、すなわち、フルクトースが97.5%消費された時点(培養中の培地中の溶存酸素濃度が約10ppmとなった時点)に、25w/w%リン酸水素二カリウム水溶液を18mL添加し11.25g/Lにした後、続いて約17mL/hrの一定速度で本培養流加培地(フルクトース 300g/L、酵母エキス 187.5g/L、グルタミン酸ナトリウム 166.88g/L)の添加を開始した。
25%w/wリン酸水素二カリウム水溶液は、20gのリン酸水素二カリウムを60gの水に溶解した後に、0.2μmのフィルターでろ過除菌し、無菌条件下でピペットにて18mL取り調整した。
本培養流加培地は、各成分の必要量を予め水に溶解して上記濃度となるようメスアップした後、別途予め加熱滅菌(121℃、20分間)しておいた混合セルロース製フィルター(アドバンテック(株) 日本)、および加圧ろ過器を用いて無菌条件下で加圧ろ過(0.2MPa)を行い、室温に冷却して調整した。
培養中は適時サンプリングを行いながら、計46時間培養を行った。流加培地は、培養開始22時間後から培養終了の約46時間後までで、合計400ml添加した。培養中の溶存酸素濃度は、培養開始約10時間前後において1ppm前後にまで低下したのち10ppm前後まで回復した。流加培地を添加してからは再度低下して、大部分の時間は1ppmから5ppmの間で推移した。
培養のpHは、約10時間前後まではほぼ6.0に保たれた後、6.0〜6.5で推移し、流加培地を添加してからは6.5に保たれた。得られた培養液について、菌濃度を測定した。菌濃度の測定は、630nmにおける吸光度(OD630)を測定することで行った。
酵素(組換えタンパク質)の調製
培養液5mLを、6,000rpmで5分間の遠心分離を行った。上清を除去し、得られた湿菌体50mM Tris−硫酸(pH8)を加えOD630=22.6とし、均一になるよう再懸濁して菌体懸濁液を得た。得られた菌体懸濁液を、超音波破砕機VP−300(タイテック株式会社、日本)を用いて破砕処理を行い、菌体破砕液を得た。
酵素反応
得られた菌体破砕液1mLを、15,000rpmで5分間の遠心分離を行った。得られた上清を粗酵素液とし、以下のようにハロヒドリンエポキシダーゼ活性を測定した。
100mLの活性測定用反応液(50mM DCP、50mM Tris−硫酸(pH8))を調製して、温度を20℃に調整した。該反応液に、適宜希釈した粗酵素液を添加し、反応を開始した。
ハロヒドリンエポキシダーゼ活性による塩化物イオンの遊離に伴うpHの低下を、pH自動コントローラを用い、0.01規定の水酸化ナトリウム水溶液を用いて、pHを8に保つよう連続的に調整した。10分間の反応の間に、pHを8に保つために投入された0.01規定の水酸化ナトリウム水溶液の量から、塩化物イオン生産量を算出し、ハロヒドリンエポキシダーゼ活性(U)を算出した。
1Uは上記条件下でDCPから1分間あたり1μmol塩化物イオンを脱離する酵素量に相当するものと定義した。粗酵素液の液活性から培養液換算の液活性を算出した。また、後述する比較例で得られた菌濃度及び液活性を100%として、相対菌濃度および相対液活性を算出した。結果を表1に示す。
<実施例2>
本培養時のpHの下限値を5.8に、pHの上限値を「pHの下限値+0.4」である6.2にし、pH制御に用いる酸を40w/w%リン酸とする以外は、実施例1と同様な方法によって培養を実施した。得られた培養液について、実施例1と同様の方法で菌濃度、液活性を測定し、比較例で得られた菌濃度及び液活性を100%として、相対菌濃度および相対液活性を算出した。結果を表1に示す。
【0018】
<実施例3>
本培養時のpHの下限値を6.5に、pHの上限値を「pHの下限値+0.5」である7.0にする以外は、実施例1と同様の方法によって培養を実施した。得られた培養液について、実施例1と同様の方法で菌濃度、液活性を測定し、比較例で得られた菌濃度及び液活性を100%として、相対菌濃度および相対液活性を算出した。結果を表1に示す。
<比較例>
本培養時のpHの下限値を7.2に、pHの上限値を「pHの下限値+0.3」である7.5にする以外は、実施例1と同様な方法によって培養を実施した。得られた培養液は、実施例1と同様の方法で菌濃度、液活性を測定した。結果を表1に示す。
【0019】
【表1】

表1に示すように、pHの下限値を6.0、pHの上限値を6.5にして行った培養(実施例1)における菌濃度(OD630)は127であり、pHの下限値を7.2、pHの上限値を7.5にして行った培養(比較例)における菌濃度(OD630=80)の約1.6倍であった。また、pHの下限値を5.8、pHの上限値を6.2にして行った培養(実施例2)およびpHの下限値を6.5、pHの上限値を7.0にして行った培養(実施例3)における菌濃度(OD630)もそれぞれ127及び131であり、比較例における菌濃度(OD630)の約1.6倍であった。
【0020】
さらに、実施例1における液活性は4,328U/mlであり、比較例における活性(1,711U/ml)の約2.5倍であった。また、実施例2および実施例3における液活性はそれぞれ4,558U/mlおよび5,024U/mlであり、それぞれ、比較例における活性の約2.7倍、約2.9倍であった。
【0021】
以上の結果から、グルタミン酸ナトリウムを含有する培地を用い、培養中のpHの下限値を5.8〜6.5にし、且つ、pHの上限値を「pHの下限値+0.6」以下に制御することで、遺伝子組換え大腸菌を短時間で高密度に培養することができ、工業的に有用な組換えタンパク質を効率よく生産できること、特に、組換えタンパク質が酵素である場合には、高い活性を有する酵素を効率よく生産することができることが示された。
<試験例1>
実施例1で得られた粗酵素液を用いた、1,3−ジハロ−2−プロパノールおよびシアン化合物からの4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造
実施例1で得られたW3110/pSTK002−T133A+F136S+D199H粗酵素液を、シアン化カリウム(KCN)存在下、1,3−ジクロロ−2−プロパノール(DCP)と接触させることにより、4−クロロ−3−ヒドロキシブチロニトリル(CHBN)を以下のように製造した。
【0022】
反応液基本組成は表2のようにし、反応スケールは2mLで行った。
【0023】
【表2】

反応は20℃にて3時間行った。反応終了後、以下に示す分析条件により、反応液中のDCP、ECHおよびCHBN濃度を分析した。
反応液中のDCP、ECHおよびCHBN濃度分析
反応液中のDCP、ECHおよびCHBN濃度分析は、逆相系HPLCにより、行った。逆相系HPLC分析条件を表3に示す。
【0024】
【表3】

反応終了液100μLを、上表記載の移動層400μLにより希釈混合した後、上表記載の分析条件により分析を行った。予め、濃度既知のDCP、ECHおよびCHBN溶液を用いて検量線を作成し、該検量線を用いて反応液中のDCP、ECHおよびCHBN濃度を求めた。結果を表4に示す。
【0025】
【表4】

シアン化合物存在化、実施例1で得られた粗酵素液を1,3−ジハロ−2−プロパノールと接触させることで、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを製造できることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子組換え微生物を流加培養法により培養して組換えタンパク質を生産する方法であって、
(a)初発培地が15〜50g/Lの濃度で天然物由来複合培地成分を含有し、
(b)培養中の培地のpHの下限値が5.8〜6.5であり、且つ、pHの上限値が「pHの下限値+0.6」以下であり、
(c)流加培地がグルタミン酸ナトリウムを含有すること
を特徴とする方法。
【請求項2】
流加培地が50〜300g/Lの濃度で天然物由来複合培地成分を含有する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
流加培地中のグルタミン酸ナトリウムの質量濃度が、天然物由来複合培地成分の質量濃度の0.5倍〜1.5倍である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
添加する流加培地の体積が初発培地の体積の0.1倍〜1倍である、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
初発培地中の炭素源が80〜99.9%消費された時点で流加培地の添加を始める、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
遺伝子組換え微生物の宿主が大腸菌である、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
組換えタンパク質がハロヒドリンエポキシダーゼである、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
シアン化合物存在下、1,3−ジハロ−2−プロパノール又はエピハロヒドリンを請求項1〜7のいずれかに記載の方法で得られた組換えタンパク質に接触させる工程を含む、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法。