説明

絶縁油用組成物

【課題】高い生分解性、安定性及び低温流動性を併せ持つ、絶縁油用組成物の提供。
【解決手段】脂肪酸のエステルを含む絶縁油用組成物であって、前記脂肪酸のエステル100重量%中、炭素数18のモノエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸A)のエステル、炭素数18のジエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸B)のエステル及び樹脂酸のエステルの合計量が75重量%以上であり、かつ、前記脂肪酸のエステルの全体を100重量%とする場合、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルの含有割合が、それぞれ、25〜70重量%、20〜60重量%および0.1〜15重量%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪酸のエステルを含む絶縁油用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
絶縁油は、変圧器、回路遮断器、コンデンサなどの電気機器の絶縁と、発生熱の冷却をその役目とする絶縁材料である。その絶縁油は、長期間に渡って使用されるため、従来、不燃性に優れたPCB(ポリ塩化ビフェニール)が広く使用されていた。不燃性は、機器内で電気的故障が生じた場合、火災や爆発損傷の危険を抑制するために、必要な物性である。しかしながら、環境保全の観点から、PCBは環境に有害であることが判明し、PCBに代わって鉱物油等が用いられるようになった。近年では、生分解性と安定性の観点から、潤滑油成分として有用なポリオール脂肪酸エステル、植物油等の使用も検討されている(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。
【0003】
一方、トール油脂肪酸に代表される脂肪酸を含有する脂肪酸エステルは、従来、樹脂の配合成分として、燃料用添加剤として(例えば、特許文献3参照)、潤滑油の油性剤(添加剤)として(例えば、特許文献4参照)用いられてきた。これらの脂肪酸エステルは、前記のように添加剤として少量用いられているのみであり、過酷な条件下、例えば潤滑油主剤に求められる条件下では用いられていなかった。なお、トール油脂肪酸エステルは、油圧用オイルとしての使用も報告されている(例えば、特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−276714号公報
【特許文献2】特表平12−502493号公報
【特許文献3】特表2005−534764号公報
【特許文献4】特開2003−252829号公報
【特許文献5】特表2000−506214号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら特許文献3に開示されるような油圧用オイルとしてのトール油脂肪酸エステルは、脂肪酸、樹脂酸及び不鹸化成分を含むトール油と二価または多価アルコールとのエステルから製造されている。そしてこのトール油脂肪酸エステルの典型的な組成は、20〜40%の樹脂酸エステル、50〜75%の脂肪酸エステル、及び3〜15%の不鹸化成分を含み、樹脂酸エステルの含有量が比較的高く、十分に精製されていない。従って、このようなトール油脂肪酸エステルは、過酷な条件下での使用に耐えるほどの物性は備えていないと考えられる。
【0006】
また、絶縁油には、生分解性と安定性のみならず、低温においても機器内で滞りなく機能するため、低温流動性が求められている。しかしながら、前記ポリオール脂肪酸エステルや植物油等は、絶縁油用には低温流動性が不足するという問題点があった。また、前記トール油脂肪酸エステルは、過酷な条件下での使用に必要な物性に欠くと考えられていた。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、高い生分解性、安定性及び低温流動性を併せ持つ絶縁油を構成できる絶縁油用組成物、前記絶縁油用組成物の製造に用いられる脂肪酸組成物及び絶縁油を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、前記目的を達成するために、トール油脂肪酸エステルに着目した。本発明者は、特定な脂肪酸と樹脂酸を特定な比で含むトール油脂肪酸が、エステルに変換されると、生分解性に優れ、安定性が高く、かつ、低温流動性に優れることを初めて見出した。
この知見に基づき、本発明者らは、特定の脂肪酸と樹脂酸を構成成分とするエステルを特定な比で含む脂肪酸エステルを絶縁油用組成物として用いることにより、前記課題が解決されることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明は、脂肪酸のエステルを含む絶縁油用組成物であって、前記脂肪酸のエステル100重量%中、炭素数18のモノエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸A)のエステル、炭素数18のジエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸B)のエステル及び樹脂酸のエステルの合計量が75重量%以上であり、前記脂肪酸のエステルの全体を100重量%とする場合、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルの含有割合は、それぞれ、25〜70重量%、20〜60重量%および0.1〜15重量%である。
【0010】
また、本発明は、脂肪酸のエステルを含む絶縁油(以下、絶縁油用脂肪酸エステル組成物ともいう)であって、前記脂肪酸のエステル100重量%中、炭素数18のモノエン不飽和脂肪酸(脂肪酸A)のエステル、炭素数18のジエン不飽和脂肪酸(脂肪酸B)のエステル、及び樹脂酸のエステルの合計量が75重量%以上であり、前記脂肪酸のエステルの全体を100重量%とする場合、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルの含有割合は、それぞれ、25〜70重量%、20〜60重量%および0.1〜15重量%である。
【0011】
また、本発明は、絶縁油用脂肪酸エステル組成物用の製造に用いられる、脂肪酸組成物であって、前記脂肪酸100重量%中、炭素数18のモノエン不飽和脂肪酸(脂肪酸A)、炭素数18のジエン不飽和脂肪酸(脂肪酸B)、及び樹脂酸の合計量が75重量%以上であり、前記脂肪酸の全体を100重量%とする場合、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸の含有割合は、それぞれ、25〜70重量%、20〜60重量%および0.1〜15重量%である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、低温流動性、安定性及び生分解性に優れた絶縁油を構成できる絶縁油用組成物、前記絶縁油用組成物の製造に用いられる脂肪酸組成物及び絶縁油が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の絶縁油用組成物及び本発明の絶縁油の物性、これらの含まれる脂肪酸のエステル、及び前記脂肪酸のエステル以外の具体的態様及び好ましい態様ならびに、それらの配合形態、本発明の脂肪酸組成物、これに含まれる脂肪酸、前記脂肪酸以外の具体的態様及び好ましい態様ならびにそれらの配合形態は共通する。そこで、以下では、特に断らない限り、本発明の絶縁油用組成物に関する説明は、本発明の絶縁油用組成物を本発明の絶縁油に置き換えてもそのまま成立し、本発明の絶縁油用組成物の製造に用いられる脂肪酸等に関する説明は、本発明の脂肪酸組成物についてもそのまま成立する。
【0014】
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油は、前記のように脂肪酸のエステルを含む。本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油は、絶縁油用組成物及び絶縁油を100重量%とする場合、脂肪酸のエステルを好ましくは70重量%以上、より好ましくは80量%以上、さらに好ましくは85重量%以上、さらに好ましくは90重量%以上含む。この脂肪酸のエステル100重量%中、炭素数18のモノエン不飽和脂肪酸(脂肪酸A)のエステル、炭素数18のジエン不飽和脂肪酸(脂肪酸B)のエステル、及び樹脂酸のエステルの合計量が、前記のように、75重量%以上であり、好ましくは80重量%以上であり、より好ましくは83重量%以上である。このような組成を有することにより、具体的には、不飽和脂肪酸エステルが多く、飽和脂肪酸エステルが少ないことにより、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油は流動点が低下し、すなわち、低温流動性が向上する。また、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油は、酸価の値が低く、すなわち、金属への腐食性が極めて低く安定性にも優れる。さらに、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油は、従来の鉱物油に比べ、生分解性に優れる。
【0015】
[脂肪酸]
本発明において、前記炭素数18のモノエン不飽和脂肪酸(脂肪酸A)及び前記脂肪酸Aのエステルを構成する前記脂肪酸Aとしては、例えば、cis−6−オクタデセン酸(ペトロセリン酸)、trans−6−オクタデセン酸(ペトロセライジン酸)、cis−9−オクタデセン酸(オレイン酸)、trans−9−オクタデセン酸(エライジン酸)、cis−11−オクタデセン酸(cis−バクセン酸)、trans−11−オクタデセン酸(バクセン酸)等が挙げられ、cis−9−オクタデセン酸(オレイン酸)が好ましい。
【0016】
本発明において前記脂肪酸のエステルには、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステル以外に、さらに炭素数16、20または22を有するモノエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸a)のエステルを含んでもよい。その場合、前記脂肪酸aのエステルは、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルの合計量100重量部に対して、例えば25重量部以下、好ましくは20重量部以下、より好ましくは15重量部以下である。また、本発明において前記脂肪酸には、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸以外に、さらに炭素数16、20または22を有するモノエン不飽和脂肪酸(脂肪酸a)を含んでもよい。その場合、前記脂肪酸aは、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸の合計量100重量部に対して、例えば25重量部以下、好ましくは20重量部以下、より好ましくは15重量部以下である。
【0017】
この前記炭素数16、20または22を有するモノエン不飽和脂肪酸(脂肪酸a)及び前記脂肪酸aのエステルを構成する前記脂肪酸aとしては、例えば、2−ヘキサデセン酸(2−パルミトレイン酸)、7−ヘキサデセン酸(7−パルミトレイン酸)、cis−9−ヘキサデセン酸(パルミトレイン酸)、trans−9−ヘキサデセン酸(trans−9−パルミトレイン酸)、cis−9−イコセン酸(ガドレイン酸)、cis−11−イコセン酸(ゴンドイン酸)、trans−11−イコセン酸(trans−ゴンドイン酸)、cis−11−ドコセン酸(セトレイン酸)、cis−13−ドコセン酸(エルカ酸)、trans−13−ドコセン酸(ブラシン酸)等が挙げられる。
【0018】
本発明において、前記炭素数18のジエン不飽和脂肪酸(脂肪酸B)及び前記脂肪酸Bのエステルを構成する前記脂肪酸Bとしては、例えば、cis−9,cis−12−オクタデカジエン酸(リノール酸)、trans−9,trans−12−オクタデカジエン酸(リノエライジン酸)、cis−9,trans−11−オクタデカジエン酸、trans−10,cis−12−オクタデカジエン酸、cis−9,cis−11−オクタデカジエン酸、cis−10,cis−12−オクタデカジエン酸、trans−10,trans−12−オクタデカジエン酸、trans−9,trans−11−オクタデカジエン酸、trans−8,trans−10オクタデカジエン酸等が挙げられ、cis−9,cis−12−オクタデカジエン酸(リノール酸)が好ましい。
【0019】
本発明において前記脂肪酸のエステルには、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステル以外に、さらに炭素数16、20または22を有するジエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸b)のエステルを含んでもよい。その場合、前記脂肪酸bのエステルは、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルの合計量100重量部に対して、例えば25重量部以下、好ましくは20重量部以下、より好ましくは15重量部以下である。また、本発明において前記脂肪酸には、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸以外に、さらに炭素数16、20または22を有するジエン不飽和脂肪酸(脂肪酸b)を含んでもよい。その場合、前記脂肪酸bは、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸の合計量100重量部に対して、例えば25重量部以下、好ましくは20重量部以下、より好ましくは15重量部以下である。
【0020】
この前記炭素数16、20または22を有するジエン不飽和脂肪酸(脂肪酸b)及び前記脂肪酸bのエステルを構成する前記脂肪酸bとしては、例えば、cis−9,cis−12−ヘキサデカジエン酸、trans−9,trans−12−ヘキサデカジエン酸、cis−9,trans−12−ヘキサデカジエン酸、trans−9,cis−12−ヘキサデカジエン酸、cis−8,cis−11−イコサジエン酸,trans−8,trans−11−イコサジエン酸、cis−8,trans−11−イコサジエン酸、trans−8,cis−11−イコサジエン酸、cis−5,cis−13−ドコサジエン酸,trans−5,trans−13−ドコサジエン酸、cis−5,trans−13−ドコサジエン酸、trans−5,cis−13−ドコサジエン酸等が挙げられる。
【0021】
本発明において前記脂肪酸のエステルには、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステル以外に、さらに炭素数18のトリエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸C)のエステルを含んでもよい。その場合、空気存在下の安定性の維持及び低温流動性の観点から、前記脂肪酸Cのエステルは、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルの合計量100重量部に対して、例えば0.01 〜10重量部、好ましくは0.01〜8重量部、より好ましくは0.01〜5重量部である。また、本発明において前記脂肪酸には、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸以外に、さらに炭素数18のトリエン不飽和脂肪酸(脂肪酸C)を含んでもよい。その場合、空気存在下の安定性の維持及び低温流動性の観点から、前記脂肪酸Cは、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸の合計量100重量部に対して、例えば0.01〜10重量部、好ましくは 0.01〜8重量部、より好ましくは0.01〜5重量部である。
【0022】
この前記炭素数18のトリエン不飽和脂肪酸(脂肪酸C)及び前記脂肪酸Cのエステルを構成する前記脂肪酸Cとしては、例えば、cis−9,cis−12,cis−15−オクタデカトリエン酸(α−リノレン酸)、cis−6,cis−9,cisー12ーオクタデカトリエン酸(γ−リノレン酸)、trans−9,trans−12,trans−15−オクタデカトリエン酸(リノレンエライジン酸)、cis−9,trans−11,trans−13−オクタデカトリエン酸(α−エレオステアリン酸)、trans−9,trans−11,trans−13−オクタデカトリエン酸(β−エレオステアリン酸)、cis−9,trans−11,cis−13−オクタデカトリエン酸(プニカ酸)、trans−10,trans−12,trans−14−オクタデカトリエン酸等が挙げられ、cis−9,cis−12,cis−15−オクタデカトリエン酸(α−リノレン酸)、cis−6,cis−9,cis−12−オクタデカトリエン酸(γ−リノレン酸)等が好ましい。
【0023】
本発明において前記脂肪酸のエステルには、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステル以外に、さらに炭素数16、20または22を有するトリエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸c)のエステルを含んでもよい。その場合、前記脂肪酸cのエステルは、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルの合計量100重量部に対して、例えば10重量部以下、好ましくは7重量部以下、より好ましくは5重量部以下である。また、本発明において前記脂肪酸には、さらに炭素数16、20または22を有するトリエン不飽和脂肪酸(脂肪酸c)を含んでもよい。その場合、前記脂肪酸cは、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸の合計量100重量部に対して、例えば10重量部以下、好ましくは7重量部以下、より好ましくは5重量部以下である。
【0024】
この前記炭素数16、20または22を有するトリエン不飽和脂肪酸(脂肪酸c)及び前記脂肪酸cのエステルを構成する前記脂肪酸cとしては、例えば、cis−9,cis−12,cis−15−ヘキサデカトリエン酸、trans−9,trans−12,trans−15−ヘキサデカトリエン酸、cis−5,cis−8,cis−11−イコサトリエン酸、trans−5,trans−8,trans−11−イコサトリエン酸、cis−13,cis−16,cis−19−ドコサトリエン酸、trans−13,trans−16,trans−19−ドコサトリエン酸等が挙げられる。
【0025】
本発明において、前記樹脂酸及び前記樹脂酸のエステルに含まれる前記樹脂酸は、モノカルボンジテルペン酸類であり、例えば、アビエチン酸、ジヒドロアビエチン酸、テトラヒドロアビエチン酸、デヒドロアビエチン酸、ネオアビエチン酸、ピマル酸、レボピマル酸、パルスリン酸、イソピマル酸等が挙げられる。
【0026】
本発明において、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルの含有割合は、前記のように、脂肪酸のエステルの全体を100重量%とする場合、それぞれ、25〜70重量%、20〜60重量%および0.1〜15重量%であり、好ましくは、25〜65重量%、20〜60重量%および、0.2〜15重量%であり、より好ましくは、25〜65重量%、25〜55重量%および0.2〜15重量%であり、らに好ましくは、30〜60重量%、25〜55重量%および0.2〜15重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜15重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜10重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜5重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜2重量%である。
【0027】
本発明においては、脂肪酸のエステルの全体を100重量%とする場合、前記脂肪酸Aのエステルと前記脂肪酸Bのエステルの合計、及び前記樹脂酸のエステルの含有割合が、好ましくは、それぞれ、65〜95重量%および0.1〜15重量%であり、より好ましくは65〜90重量%および0.2〜15重量%であり、さらに好ましくは70〜90重量%および0.3〜15重量%であり、さらにより好ましくは70〜90重量%および0.3〜10重量%であり、さらにより好ましくは70〜90重量%および0.3〜5重量%であり、さらにより好ましくは70〜90重量%および0.3〜2重量%である。
【0028】
本発明においては、前記脂肪酸が、トール油脂肪酸由来であるのが好ましい。トール油脂肪酸は、パルプ製造中の廃液から得られるため、廃棄物を有効に利用できるからである。前記トール油脂肪酸は、例えば、特定な生育地で成長した松から得ることができる。前記特定な生育地としては、北欧、北米等の寒冷地であるのが好ましい。本発明における特定な脂肪酸と樹脂酸を特定な比で含むものを得ることができるからである。前記トール油脂肪酸は、粗トール油を蒸留すること、及び分画することによって得ることができる。前記蒸留としては、水蒸気蒸留等が挙げられる。前記水蒸気蒸留により、粗トール油から、トール油脂肪酸、樹脂酸、ピッチ等に分画することができる。また、本発明においてトール油脂肪酸を使用する場合、熱安定性及び酸化安定性の観点から、精製することによって、脂肪酸A、脂肪酸B、及び樹脂酸を、本発明の絶縁油用組成物、絶縁油または脂肪酸組成物に好適な態様にすることが好ましい。このような精製は、例えば、蒸留、水蒸気蒸留等による分別によって行うことができる。トール油脂肪酸の市販品としては、例えば、ハリマ化成株式会社製のハートールFA-1(商品名)、ハートールFA-1P(商品名)、アリゾナケミカル社製のSYLFAT 2LT(商品名)が挙げられる。
【0029】
本発明においてはエステルを構成する前記脂肪酸の酸価とケン化値の差は、不純物の量と相関しており、5mgKOH/g以下が好ましい。本発明でのケン化値(SV)は、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定したケン化値である。本発明の酸価(AV)は、JIS−K2501「石油製品及び潤滑油−中和試験方法」(2003年)に基づいて測定した酸価である。
【0030】
また、本発明においてエステルを構成する前記脂肪酸のヨウ素価は、流動点を低くし、安定性を高める観点から、100〜160が好ましい。本発明のヨウ素価は、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定したヨウ素価である。
【0031】
さらに、本発明においてエステルを構成する前記脂肪酸の曇り点は絶縁油組成物の流動点を下げる観点から、10℃以下が好ましく、6℃以下がより好ましい。本発明の曇り点は、JIS−K2269(1987年)に基づいて測定した値である。
【0032】
[脂肪酸エステル]
本発明においては、前記脂肪酸のエステルは、前記脂肪酸とアルコールから得られるエステルであり、前記アルコールが、1〜6のヒドロキシ基を有する脂肪族アルコールであるのが好ましい。前記1〜6のヒドロキシ基を有する脂肪族アルコールとしては、例えば、1〜6のヒドロキシ基を有する炭素数1〜12の脂肪族炭化水素が挙げられる。前記1〜6のヒドロキシ基を有する炭素数1〜12の脂肪族炭化水素としては、メタノール、エタノール、ブタノール、プロパノール;エチレングリコール、2,2−ジメチル−1,3−プロパンジオール(ネオペンチルグリコール)、1,3−ブタンジオール;グリセリン、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、トリメチロールブタン;ペンタエリトリトール、エリトリトール;アラビトール;ソルビトール、マンニトール等が好ましく、トリメチロールプロパン、ペンタエリトリトール、トリメチロールエタン、トリメチロールブタン、ネオペンチルグリコール、及びグリセリンがより好ましく、グリセリンがさらに好ましい。本発明において、前記エステルは、前記脂肪酸Aとアルコールのエステル、前記脂肪酸Bとアルコールのエステル、及び前記樹脂酸とアルコールのエステルを含むのが好ましい。本発明においては、前記脂肪酸Aとアルコールのエステル中のアルコールと、前記脂肪酸Bとアルコールのエステル中のアルコールと、前記樹脂酸とアルコールのエステル中のアルコールは、同一であっても、異なっていてもよい。
【0033】
本発明において、前記エステルは、前記脂肪酸と前記アルコールとを、触媒を用いずに反応させてもよいし、任意に触媒存在下に溶媒中で混合して製造してもよい。前記触媒としては、硫酸、パラトルエンスルホン酸等の酸触媒、塩化スズ、塩化チタン等の金属触媒が挙げられる。前記脂肪酸と前記アルコールの反応比は、前記脂肪酸が前記アルコールに対して過剰であるのが好ましい。具体的には、アルコールと脂肪酸とを、脂肪酸/アルコール=1.0〜1.4、更に1.05〜1.3の当量比で反応させることが、エステル化の反応速度を向上させる観点から好ましい。
【0034】
前記脂肪酸と前記アルコールとのエステル化反応の条件は、例えば、アルコールと脂肪酸とを脂肪酸/アルコール=1.0〜1.4の当量比で反応させる場合、反応温度は180〜260℃、反応時間は5〜15時間、反応圧力は13〜101kPaである。エステル化反応の終点は、反応生成物中の水酸基価を目安としてもよく、好ましくは反応生成物の水酸基価が5mgKOH/g以下となる時点を終点とすることができる。例えば、前記アルコールがグリセリンの場合、前記脂肪酸と前記アルコールとのエステル化反応は、窒素気流下、常圧下230〜250℃で5〜12時間反応させ、水酸基価が5mgKOH/g以下となるまで反応を行う。
【0035】
前記エステルは、脱酸、水洗、脱水、脱色、ろ過等の必要な処理を行い精製するのが好ましい。前記脂肪酸を前記アルコールに対して過剰に用いた場合、前記脂肪酸と前記アルコールとの反応生成物から、未反応の脂肪酸を除去する(以下、「脱酸」と呼ぶ)のが好ましい。具体的には、反応生成物を減圧処理して脂肪酸を反応生成物から除去することが挙げられる。減圧処理により除去した脂肪酸は回収して、別のエステルの反応原料として利用することができる。また、反応生成物に、脂肪酸を吸着し得る吸着剤を加えて、前記吸着剤により前記脂肪酸を吸着させ、その吸着剤を取り除くことにより脂肪酸を除去してもよい。前記脂肪酸の除去方法としては、吸着剤を用いる方法より、前記減圧処理のほうが、除去効率や脂肪酸の再利用の観点から好ましい。
【0036】
この反応生成物に残存する未反応の脂肪酸の除去は、反応生成物中の酸価を目安に行うことができる。具体的には、好ましくは反応生成物の酸価が0.5mgKOH/g以下、より好ましくは0.3mgKOH/g以下、更に好ましくは0.2mgKOH/g以下となるまで、前記反応製生物を減圧処理すればよい。
【0037】
予め脱酸された反応生成物を脱色してもよい。前記脱色は、色素の吸着能を有する吸着剤(以下、「脱色吸着剤」という)を反応生成物と接触させることにより行うのが好ましい。前記脱色吸着剤としては、活性炭、活性白土等が挙げられる。これら脱色吸着剤は、反応生成物の着色度に応じて、反応生成物に対して0.1〜1.5重量%使用するのが好ましい。
【0038】
エステルの酸価を更に下げる必要がある場合には、脂肪酸を吸着し得る吸着剤(以下、「酸吸着剤」という)を、予め脱酸された反応生成物と接触させることで、脂肪酸の除去を行うことが好ましい。前記酸吸着剤としては、活性アルミナ、活性白土、水酸化アルミニウム、アニオン交換吸着能を有する合成ゼオライトもしくはイオン交換樹脂もしくはハイドロタルサイト類等が挙げられる。前記酸吸着剤は、反応生成物に対して、0.1〜2.0重量%の割合で用いられることが好ましい。酸吸着剤と脱色吸着剤とを同時に添加して使用しても良いし、脱色した後、酸吸着剤を用いても良い。
【0039】
なお、本発明の絶縁油用組成物及び本発明の絶縁油は、前記脂肪酸のエステルのみを含んでもよいが、低温流動性、安定性及び生分解性に優れるという本発明の効果を損なわない範囲において、前記脂肪酸のエステル以外の成分をさらに含んでもよい。但し、金属、金属塩等の導電性化合物等は、電気絶縁性を低下させる観点から含まないことが好ましい。
【0040】
[添加剤]
本発明の絶縁油用組成物及び本発明の絶縁油の性能をさらに改良するために、前記絶縁油用組成物及び本発明の絶縁油はさらに添加剤を含んでもよい。前記添加剤としては、例えば、ジ−tert−ブチル−p−クレゾール、ビスフェノールA等のフェノール系の酸化防止剤、フェニル−α−ナフチルアミン、N,N−ジ(2−ナフチル)−p−フェニレンジアミン等のアミン系の酸化防止剤、ベンゾトリアゾール等の防錆剤、ビタミンE等の抗微生物剤、ポリ酢酸ビニルオリゴマー、ポリ酢酸ビニルポリマー、アクリル酸オリゴマー、アクリル酸ポリマー等の流動点降下剤、カルボジイミド類等の加水分解抑制剤、炭素数5から18のアルキルグリシジルエーテル、アルキルグリシジルエステル等の希釈剤等が挙げられる。これらの添加剤の含有量は特に限定されないが、絶縁油用組成物及び絶縁油全体を基準として、例えば2.0重量%以下、好ましくは1.5重量%以下、より好ましくは1.0重量%以下である。
【0041】
また、本発明は、前記のように、脂肪酸のエステルを含む絶縁油用組成物用の、脂肪酸組成物であって、前記脂肪酸100重量%中、脂肪酸A、脂肪酸B及び樹脂酸の合計量が75重量%以上であり、好ましくは80重量%以上であり、より好ましくは83重量%以上である。また、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸の含有割合は、脂肪酸の全体を100重量%とする場合、それぞれ、25〜70重量%、20〜60重量%および0.1〜15重量%であり、好ましくは25〜65重量%、20〜60重量%および、0.2〜15重量%であり、より好ましくは25〜65重量%、25〜55重量%および0.2〜15重量%であり、さらに好ましくは30〜60重量%、25〜55重量%および0.2〜15重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜15重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜10重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜5重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜2重量%である。
【0042】
前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸については、前記のとおりである。この脂肪酸組成物としては、トール油脂肪酸が好ましい。また、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸を含む、脂肪酸のエステルを含む絶縁油用組成物用の、脂肪酸組成物用キットであり、前記キットは、キットの全体を100重量%とする場合、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸の含有割合が、それぞれ、25〜70重量%、20〜60重量%および0.1〜15重量%であり、好ましくは25〜65重量%、20〜60重量%および、0.2〜15重量%であり、より好ましくは25〜65重量%、25〜55重量%および0.2〜15重量%であり、さらに好ましくは30〜60重量%、25〜55重量%および0.2〜15重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜15重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜10重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜5重量%であり、さらにより好ましくは35〜60重量%、30〜50重量%および0.3〜2重量%である。
【0043】
[物性]
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の40℃における動粘度は、冷却効果を高める観点から130mm2/s以下が好ましく、100mm2/s以下がより好ましく、65mm2/s以下がさらに好ましく、60mm2/s以下がさらにより好ましい。また、引火点を下げない観点から、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の40℃における動粘度は、10mm2/s以上が好ましく、13mm2/s以上がより好ましく、15mm2/s以上がさらにより好ましい。すなわち、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の40℃における動粘度は、例えば10〜130mm2/s、好ましくは10〜100mm2/s、より好ましくは13〜65mm2/s、さらに好ましくは15〜60mm2/sである。
【0044】
また、100℃における動粘度は、冷却効果を高める観点から20mm2/s以下が好ましく、17mm2/s以下がより好ましく、15mm2/s以下がさらに好ましい。また、引火点を下げない観点から2mm2/s以上が好ましく、4mm2/s以上がより好ましく、6mm2/s以上がさらにより好ましい。すなわち、100℃における動粘度は、例えば、2〜20mm2/s、好ましくは4〜17mm2/s、より好ましくは6〜15mm2/sである。なお、本発明において動粘度とは、JIS−K2283(2000年)に基づいて測定した動粘度を意味する。また、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の40℃における動粘度を前記10〜130mm2/sの範囲に制御するのは、例えば前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルが、トール油脂肪酸とグリセリンとから得るエステルである場合、エステル化反応の際に窒素雰囲気下で反応を行い、空気の混入による酸化、高温による重合を避けることにより達成できる。また、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の100℃における動粘度を前記2〜20mm2/sの範囲に制御するのは、同様に、例えば前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルが、トール油脂肪酸とグリセリンとから得るエステルである場合、エステル化反応の際に窒素雰囲気下で反応を行い、空気の混入による酸化、高温による重合を避けることにより達成できる。
【0045】
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の流動点は、例えば−70℃〜−5℃、好ましくは−70℃〜−10℃、より好ましくは−70℃〜−20℃、さらに好ましくは−70℃〜−30℃である。流動点が−70℃〜−5℃の範囲であれば、寒冷地での使用にも適するからである。なお、本発明において流動点とは、JIS−K2269(1987年)基づいて測定した流動点を意味する。
【0046】
また、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の流動点を前記−70℃〜−5℃の範囲に制御するのは、例えば、前記絶縁油用組成物及び絶縁油に含有される飽和脂肪酸のエステルの量を出来る限り少なくし、すなわち原料中の飽和脂肪酸を好ましくは5重量%以下、より好ましくは3重量%以下となるようにし、かつ、前記絶縁油用組成物及び絶縁油に含有される脂肪酸のエステルとして、ヨウ素価ができるだけ大きい(例えばヨウ素価が70〜160の)脂肪酸と水酸基を1〜6個有するアルコールとのエステルを選択することにより達成できる。
【0047】
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の引火点は、例えば250℃〜350℃、好ましくは275℃〜350℃、より好ましくは300℃〜350℃である。引火点が250℃〜350℃であれば、難燃性であり、絶縁油としての使用に適するからである。なお、本発明において引火点とは、JIS−K2265(1996年)に基づいて測定した引火点を意味する。また、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の引火点を前記250℃〜350℃の範囲に制御するのは、例えば、前記絶縁油用組成物及び絶縁油に含有される脂肪酸エステルの分子量を470以上のエステルにし、蒸気圧を抑制することにより達成できる。
【0048】
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の水分含有量は、例えば200ppm以下、好ましくは100ppm以下、より好ましくは50ppm以下である。水分含有量が200ppm以下であれば、錆の発生及びエステルの加水分解を抑制可能だからである。なお、本発明において水分含有量とは、JIS−K2275(1996年)に基づいて測定した水分含有量を意味する。また、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の水分含有量を前記200ppm以下の範囲に制御するのは、例えば、80℃以上の温度にて減圧下窒素を投入しつつ絶縁油用組成物及び絶縁油を脱水処理することにより達成できる。
【0049】
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の水酸基価(OHV)は、例えば0.01〜7.0(mgKOH/g)、好ましくは0.01〜5.0(mgKOH/g)、より好ましくは0.01〜4.0(mgKOH/g)、さらに好ましくは0.01〜2.0(mgKOH/g)である。水酸基価が0.01〜7.0(mgKOH/g)であれば、熱安定性が高く、かつ吸湿性を抑制可能だからである。なお、本発明において、水酸基価とは、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定した水酸基価を意味する。また、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の水酸基価を前記0.01〜7.0(mgKOH/g)の範囲に制御するのは、例えば、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルを、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸とアルコールから得る際に、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸の量を前記アルコールに対して当量以上用いてエステル化することにより達成できる。
【0050】
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の酸価(AV)は、安定性と金属腐食防止の観点から、例えば0.001〜0.1(mgKOH/g)であり、0.001〜0.07(mgKOH/g)が好ましく、0.001〜0.04(mgKOH/g)がより好ましい。酸価を前記範囲に制御するには、例えば、前記の脱酸工程を酸価が0.1(mgKOH/g)となるまで反応を行うことで達成できる。
【0051】
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油は、ヨウ素価が、例えば70〜160であり、好ましくは80〜155であり、より好ましくは90〜150である。前記ヨウ素価が70〜160であれば、流動点が低くなり、かつ、酸化安定性を高めることが可能だからである。前記ヨウ素価は、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油に含まれる脂肪酸のエステルの、原料である脂肪酸の入手方法により制御することができる。具体的には、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルを、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸とアルコールから得、前記脂肪酸Aと前記脂肪酸Bと前記樹脂酸がトール油脂肪酸由来である場合、粗トール油からの水蒸気蒸留の条件の制御による不純物の低減と、さらなる原料である松として特定な生育地由来の松(例えば寒冷地の松、好ましくは北欧または北米の松)を選択することにより、行うことができる。なお、本発明においてヨウ素価とは、JIS K0070(1992年)に基づいて測定したヨウ素値を意味する。
【0052】
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油は、体積低効率(絶縁性)を高く維持する観点からケン化値が220mgKOH/g以下が好ましく、分子量が上がり粘度が上がるのを防ぐ観点から180mgKOH/g以上が好ましい。本発明のケン化値(SV)は、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定したケン化値である。
【0053】
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油は、体積抵抗率が、例えば1×1013〜1×1018Ω・cm、好ましくは3×1013〜1×1018Ω・cm、より好ましくは5×1013〜1×1018Ω・cmである。体積抵抗率が1×1013〜1×1018Ω・cmであれば、電気絶縁性を満足するからである。なお、本発明において体積抵抗率は、JIS−C2101「電気絶縁油試験方法」(2006年)に基づいて測定した25℃での値を意味する。また、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の体積抵抗率を前記1×1013〜1×1018Ω・cmの範囲に制御するのは、例えば、前記絶縁油用組成物及び絶縁油中にイオン性物質を含まないようにすることにより達成できる。
【0054】
本発明の絶縁油用脂肪酸エステル組成物は、OECD 301Bによる生分解性試験で
、生分解度が28日間で60%上となる。
【0055】
本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油は、色相が、例えば2.5以下、好ましくは1.5以下、より好ましくは1.0以下、さらに好ましくは0.5以下である。色相が2.5以下であれば、酸化等による劣化が極めて起こりにくいからである。なお、本発明において色相は、JIS−K2580(2003年)に基づいて測定した値を意味する。また、本発明の絶縁油用組成物及び絶縁油の色相を前記2.5以下に制御するのは、例えば、エステルを合成する際に空気の混入を避け、さらに合成後のエステルを活性炭や活性白土等で精製処理することにより達成できる。
【0056】
また、本発明の絶縁油用組成物は、例えば、後述する実施例1記載の絶縁油用組成物のように、従来のものより、残存する金属の腐食を抑制する観点から、酸価(AV)が低いのが好ましい。また、本発明の絶縁油用組成物は、錆の発生を抑制の観点から、水分含有量が低いのが好ましい。また、本発明の絶縁油用組成物は、熱安定性が高く、かつ吸湿性を抑制する観点から、水酸基価(OHV)が低いのが好ましい。また、本発明の絶縁油用組成物は、電気絶縁性の観点から、ケン化値(SV)が適度に大きいことが好ましい。また、本発明の絶縁油用組成物は、流動点を低下させ、かつ、酸化安定性を高める観点から、ヨウ素価は70〜160が好ましい。
【0057】
前記製造方法に準じて、実施例1のエステルを得ることができる。例えば、実施例1の脂肪酸エステルは具体的には以下の条件で製造した。
【0058】
(製造例1)
脂肪酸組成物(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)とグリセリンとから、エステルを製造した。具体的には、攪拌棒、窒素ガス吹き込み管、温度計及び冷却器付き水分分離器を備えた5リットルの4つ口フラスコに、グリセリン(330g、3.6モル)及び脂肪酸組成物(「ハートールFA−1」、酸価194、平均分子量289:3574g(12.4モル))(グリセリンの水酸基1当量に対して前記脂肪酸組成物のカルボキシル基が1.15当量に対応する)を25℃で仕込んだ。
【0059】
次に、攪拌下の前記フラスコ内に窒素ガス(1L/分)を吹き込みながら加熱してフラスコ内の反応混合物の温度を240℃まで昇温させた。この温度で保ちながら、前記フラスコ中で生成する水を前記水分分離器を用いて除去し、反応を進行させた。反応を進行させながらフラスコ中の反応混合物の水酸基価を測定し、水酸基価が1.9mgKOH/gになったとき(240℃で10時間維持した後であった)に反応を終了した。次に、前記フラスコ内の反応混合物の温度を240℃で維持したまま、減圧下(圧力は0.001kPa)で残存する脂肪酸組成物を前記反応混合物より除去した。その後、前記フラスコ内に水蒸気を導入し、さらに前記反応混合物より残存する脂肪酸組成物を留去して粗エステルを得た。この粗エステルの酸価は0.18mgKOH/gであった。粗エステルを活性炭処理、次いで酸吸着剤処理により精製し、脂肪酸のエステル(2984g、収率92%)を得た。なお、原料として用いた脂肪酸組成物の組成を、表1に示す。
【0060】
(製造例2)
脂肪酸組成物(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)の代わりに脂肪酸組成物(「SYLFAT 2LT」アリゾナケミカル社製 酸価196)3538g(12.4モル)を用いた以外は、製造例1と同様にして脂肪酸のエステル2923g(収率91%)を得た。なお、原料として用いた脂肪酸組成物の組成を、表1に示す。
【0061】
(製造例3)
脂肪酸組成物(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)の代わりに脂肪酸組成物(「ハートールFA−1P」、ハリマ化成株式会社製 酸価191)3630g(12.4モル)を用いた以外は、製造例1と同様にして脂肪酸のエステル2898g(収率88%)を得た。なお、原料として用いた脂肪酸組成物の組成を、表1に示す。
【0062】
(製造例4)
脂肪酸組成物(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)の代わりに脂肪酸組成物は「ハートールFA−1」(ハリマ化成株式会社製 酸価194)1685g(5.8モル)を用いた以外は、製造例1と同様にして脂肪酸のエステル2880g(収率90%)を得た。なお、原料として用いた脂肪酸組成物の組成を、表1に示す。
【0063】
[実施例1〜4]
前記製造例1〜4で製造した脂肪酸のエステルを含む組成物を、絶縁油用組成物とし、各種物性を測定した。その物性の測定方法は、以下のとおりである。絶縁油用組成物の組成及びその物性を表2に示す。
【0064】
[物性の測定方法]
40℃及び100℃における動粘度は、JIS−K2283(2000年)に基づいて測定した動粘度である。
【0065】
粘度指数は、JIS−K 2283(2000年)に基づいて測定した粘度指数である。
【0066】
流動点はJIS−K2269(1987年)に基づいて測定した流動点である。
【0067】
引火点は、JIS−K2265(1996年)に基づいて測定した引火点である。
【0068】
酸価(AV)は、JIS−K2501「石油製品及び潤滑油−中和試験方法」(2003年)に基づいて測定した酸価である。
【0069】
水分含有量は、JIS−K2275(1996年)に基づいて測定した含有量である。
【0070】
水酸基価(OHV)は、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定した水酸基価である。
【0071】
ケン化値(SV)は、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定したケン化値である。
【0072】
ヨウ素価は、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定したヨウ素価値である。
【0073】
体積抵抗率は、JIS−C2101「電気絶縁油試験方法」(2006年)に基づいて測定した25℃での値である。
【0074】
25℃または15℃における密度は、JIS−K2249(1995年)に基づいて25℃または15℃で測定した値である。
【0075】
色相は、JIS−K2580(2003年)に基づいて測定した値である。
【0076】
曇り点は、JIS−K2269(1987年)に基づいて測定した値である。
【0077】
(比較例1)
大豆油から得られた脂肪酸から更に飽和脂肪酸を除去した脂肪酸組成物を用意した。この脂肪酸組成物とグリセリンとを実施例1に記載の方法に準じて反応させ、エステル組成物を得ることができる。このエステル組成物を絶縁油用組成物とし、絶縁油用組成物の組成及びその物性値を表2に示す。
【0078】
(比較例2)
菜種油(菜種白絞油)の組成及びその物性値を表2に示す。
【0079】
(比較例3)
鉱物油の組成及びその物性値を表2に示す。これらのデータは、「第25回絶縁油分科会研究発表会要旨集(社団法人石油学会、平成17年6月3日京都市勧業館)第41〜45頁」による。
【0080】
【表1】

【0081】
実施例1で用いた脂肪酸において、脂肪酸全体を100重量%とする場合、脂肪酸A、脂肪酸B、樹脂酸の含有量は、それぞれ、46.0重量%、39.3重量%および1重量%である。また、脂肪酸Aと脂肪酸Bの合計と樹脂酸の含有量は、脂肪酸全体を100重量%とする場合、それぞれ、85.3重量%および1重量%である。また、脂肪酸全体を100重量%とする場合、脂肪酸A、脂肪酸Bおよび樹脂酸の合計量は、86.3重量%である。
【0082】
実施例2で用いた脂肪酸において、脂肪酸全体を100重量%とする場合、脂肪酸A、脂肪酸B、樹脂酸の含有量は、それぞれ、31.3重量%、45.2重量%および1.9重量%である。また、脂肪酸Aと脂肪酸Bの合計と樹脂酸の含有量は、脂肪酸全体を100重量%とする場合、それぞれ、76.5重量%および1.9重量%である。また、脂肪酸全体を100重量%とする場合、脂肪酸A、脂肪酸Bおよび樹脂酸の合計量は、78.4重量%である。
【0083】
実施例3で用いた脂肪酸において、脂肪酸全体を100重量%とする場合、脂肪酸A、脂肪酸B、樹脂酸の含有量は、それぞれ、38.7重量%、33.3重量%および4.3重量%である。また、脂肪酸Aと脂肪酸Bの合計と樹脂酸の含有量は、脂肪酸全体を100重量%とする場合、それぞれ、72重量%および4.3重量%である。また、脂肪酸全体を100重量%とする場合、脂肪酸A、脂肪酸Bおよび樹脂酸の合計量は、76.3重量%である。
【0084】
実施例4で用いた脂肪酸において、脂肪酸全体を100重量%とする場合、脂肪酸A、脂肪酸B、樹脂酸の含有量は、それぞれ、59.2重量%、22.0重量%および0.5重量%である。また、脂肪酸Aと脂肪酸Bの合計と樹脂酸の含有量は、脂肪酸全体を100重量%とする場合、それぞれ、81.2重量%および0.5重量%である。また、脂肪酸全体を100重量%とする場合、脂肪酸A、脂肪酸Bおよび樹脂酸の合計量は、81.7重量%である。
【0085】
【表2】

【0086】
実施例1の絶縁油用組成物において、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、脂肪酸Aのエステル、脂肪酸Bのエステル、樹脂酸のエステルの含有量は、それぞれ、45重量%、39重量%および1重量%である。また、脂肪酸Aのエステルと脂肪酸Bのエステルの合計と樹脂酸のエステルの含有量は、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、それぞれ、84重量%および1重量%である。また、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、脂肪酸Aのエステル、脂肪酸Bのエステル、および樹脂酸のエステルの合計量は、85重量%である。
【0087】
実施例2の絶縁油用組成物において、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、脂肪酸Aのエステル、脂肪酸Bのエステル、樹脂酸のエステルの含有量は、それぞれ、31.3重量%、45.2重量%および1.9重量%である。また、脂肪酸Aのエステルと脂肪酸Bのエステルの合計と樹脂酸のエステルの含有量は、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、それぞれ、76.5重量%および1.9重量%である。また、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、脂肪酸Aのエステル、脂肪酸Bのエステル、および樹脂酸のエステルの合計量は、78.4重量%である。
【0088】
実施例3の絶縁油用組成物において、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、脂肪酸Aのエステル、脂肪酸Bのエステル、樹脂酸のエステルの含有量は、それぞれ、40.9重量%、35.5重量%および4.3重量%である。また、脂肪酸のエステルAと脂肪酸Bのエステルの合計と樹脂酸のエステルの含有量は、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、それぞれ、76.4重量%および4.3重量%である。また、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、脂肪酸Aのエステル、脂肪酸Bのエステル、および樹脂酸のエステルの合計量は、80.7重量%である。
【0089】
実施例4の絶縁油用組成物において、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、脂肪酸Aのエステル、脂肪酸Bのエステル、樹脂酸のエステルの含有量は、それぞれ、59.8重量%、22.2重量%および0.5重量%である。また、脂肪酸Aのエステルと脂肪酸Bのエステルの合計と樹脂酸のエステルの含有量は、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、それぞれ、82重量%および0.5重量%である。また、脂肪酸エステル全体を100重量%とする場合、脂肪酸Aのエステル、脂肪酸Bのエステル、および樹脂酸のエステルの合計量は、82.5重量%である。
【0090】
前記表1及び2に示すように、実施例1〜4と比較例1〜3との結果から、本発明の絶縁油用組成物は、従来のものより、流動点が低いことが確認できた。従って、本発明の絶縁油用組成物は、寒冷地での使用にも適する。また、本発明の絶縁油用組成物は、従来のものと同等の引火点であることが確認できた。従って、本発明の絶縁油用組成物は、難燃性であり、絶縁油としての使用に適する。
【0091】
また、本発明の絶縁油用組成物は、従来のものより、酸価(AV)が低いことが確認できた。従って、本発明の絶縁油用組成物は、安定であり、残存する金属の腐敗を抑制することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明の絶縁油用組成物及び脂肪酸組成物は、例えば絶縁油として、若しくは絶縁油用組成物又は絶縁油を製造するために有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪酸のエステルを含む絶縁油用組成物であって、
前記脂肪酸のエステル100重量%中、
炭素数18のモノエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸A)のエステル、
炭素数18のジエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸B)のエステル及び、
樹脂酸のエステルの合計量が75重量%以上であり、かつ、
前記脂肪酸のエステルの全体を100重量%とする場合、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルの含有割合が、それぞれ、25〜70重量%、20〜60重量%および0.1〜15重量%である絶縁油用組成物。
【請求項2】
前記脂肪酸のエステルの全体を100重量%とする場合、前記脂肪酸Aのエステルと前記脂肪酸Bのエステルの合計、及び前記樹脂酸のエステルの含有割合が、それぞれ、65〜95重量%および0.1〜15重量%である請求項1に記載の絶縁油用組成物。
【請求項3】
前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸が、トール油脂肪酸由来である請求項1または2に記載の絶縁油用組成物。
【請求項4】
前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルが、それぞれ、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸とアルコールとから得られるエステルであり、
前記アルコールが、1〜6のヒドロキシ基を有する脂肪族アルコールである請求項1〜3のいずれかに記載の絶縁油用組成物。
【請求項5】
前記脂肪族アルコールが、トリメチロールプロパン、ペンタエリトリトール、トリメチロールエタン、トリメチロールブタン、ネオペンチルグリコール及びグリセリンからなる群から選択される1以上である請求項4に記載の絶縁油用組成物。
【請求項6】
脂肪酸のエステルを含む絶縁油であって、
前記脂肪酸のエステル100重量%中、
炭素数18のモノエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸A)のエステル、
炭素数18のジエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸B)のエステル及び、
樹脂酸のエステルの合計量が75重量%以上であり、かつ、
前記脂肪酸のエステルの全体を100重量%とする場合、前記脂肪酸Aのエステル、前記脂肪酸Bのエステル及び前記樹脂酸のエステルの含有割合が、それぞれ、25〜70重量%、20〜60重量%および0.1〜15重量%である絶縁油。
【請求項7】
脂肪酸のエステルを含む絶縁油用組成物用の製造に用いられる、脂肪酸組成物であって、
前記脂肪酸組成物中の前記脂肪酸100重量%中、
炭素数18のモノエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸A)、
炭素数18のジエン不飽和脂肪酸(以下、脂肪酸B)及び
樹脂酸の合計量が75重量%以上であり、かつ、
前記脂肪酸の全体を100重量%とする場合、前記脂肪酸A、前記脂肪酸B及び前記樹脂酸の含有割合が、それぞれ、25〜70重量%、20〜60重量%および0.1〜15重量%である脂肪酸組成物。