説明

繊維又は繊維製品の改質方法とその装置

【課題】省エネルギー型であり、室温でかつ簡便な操作で安全に、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維や繊維製品の染色性等を改質できる方法およびそのための装置を提供する。
【解決手段】セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品を、光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物の存在下で光照射する。または、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品を、光照射によりラジカルを発生する化合物の存在下で光照射した後電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物で処理する。光照射によりラジカルを発生する化合物としては、好ましくは、過酸化物が用いられる。また、光照射後に繊維及び繊維製品を還元剤で処理する態様も包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品の改質方法とこれを実施するための装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む混紡繊維等は、衣料品等の原料として広く大量に用いられている。これらの繊維製品では、一般に、原料自体に不足している染色加工性等の性能を付与するための改質がなされている(例えば、非特許文献1、2、3参照)。
【0003】
しかし、これらの改質の多くは高温処理により行われているため、大量のエネルギーを要する多消費型プロセスとなっており、多量の二酸化炭素の放出を伴い、また、装置を始動してからの温度が高温で安定する迄に長時間要し、その間に無駄なエネルギーを要するという問題があった。
【0004】
また、これらの改質法では各種樹脂類、塩類、金属類、有機化合物などの機能性物質を物理的に付与することが多いため、長期間の使用や洗浄等により機能性物質が繊維や繊維製品から脱離し、その効果が十分に発現しないという問題もあった。
【0005】
そのため、繊維に対する化学反応により改質して機能付与することも行われているが、この化学反応は通常高温処理やプラズマや電子線等の物理的手段により行われる場合が多く、いずれの場合もエネルギー多消費型プロセスとなり、また大型の装置や高真空等の特殊な条件も時には必要とするといった難点があった。
【0006】
そして、ここで用いられる化学反応により行われたセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、または該繊維を含む繊維、及び該繊維または該繊維を含む繊維からなる繊維製品の改質は多くの場合加水分解により失われ、その為洗濯等により徐々に機能が低下するという問題もあった。
【非特許文献1】塩澤和男、染色仕上加工技術、地人書館、1991年発行、3.5, 3.7〜3.9、3.12節、及び第6、7章
【非特許文献2】日本学術振興会、繊維・高分子機能加工第120委員会編、学振版染色機能加工要論、色染社、2003年発行、第7、8章
【非特許文献3】繊維学会編著、やさしい繊維の基礎知識、日刊工業新聞社、2004年発行、第9章
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような問題点を克服するためになされたものであって、省エンルギー型であり、室温でかつ簡便な操作で安全に、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維や繊維製品の改質を容易とする方法およびそのための装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、かかる従来技術の難点を解消するために鋭意検討した結果、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む繊維や繊維製品を、光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物の存在下で光照射する方法が極めて有効であることを見出し、この知見に基づき本発明をなすに至った。
【0009】
すなわち、この出願によれば、以下の発明が提供される。
〈1〉光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物の存在下、セルロース系繊維(アスペクト比が300以下で、その存在比が全体の60%以上のセルロース系繊維を除く)又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品に対し、光照射することを特徴とする繊維又は繊維製品の改質方法。
〈2〉光照射によりラジカルを発生する化合物の存在下、セルロース系繊維(アスペクト比が300以下で、その存在比が全体の60%以上のセルロース系繊維を除く)又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品に対し、光照射した後に、前記炭素−炭素二重結合を有する化合物と処理することを特徴とする繊維又は繊維製品の改質方法。
〈3〉光照射によりラジカルを発生する化合物を、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品の一部だけに付与して光照射することを特徴とする〈1〉又は〈2〉の改質方法。
〈4〉光照射によりラジカルを発生する化合物が過酸化物であることを特徴とする〈1〉から〈3〉のいずれかに記載の改質方法。
〈5〉光ビームまたはマスクを通して光照射を行うことを特徴とする〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載の改質方法。
〈6〉上記<1>から<5>のいずれかの方法での光照射後に繊維及び繊維製品を還元剤で処理することを特徴とする繊維及び繊維製品の改質方法。
〈7〉上記<1>、<3>から<6>のいずれかの方法を行うための改質装置であって、光源とともに、光照射によりラジカルを発生する化合物と前記炭素−炭素二重結合を有する化合物の存在下でセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品に光照射する手段を備えている繊維又は繊維製品の改質装置。
〈8〉上記<2>から<6>のいずれかの方法を行うための改質装置であって、光源とともに、光照射によりラジカルを発生する化合物の存在下でセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品に光照射する手段と、光照射した後に該炭素−炭素二重結合を有する化合物と処理する手段を備えている繊維又は繊維製品の改質装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法と装置によれば、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品の改質を室温で簡便な装置を用いて安全に行うことができ、また、上記繊維及び繊維製品の改質範囲を拡大して新たな機能の発現や染色性の改善等を実現することができる。また、本発明の方法と装置は、持続的な社会の発展に必要な、省資源、省エネルギー、環境負荷低減技術として多いに寄与するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明でいう、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む繊維とは、セルロース系繊維単独又は動物性繊維単独の他、それぞれの単独繊維以外の複数の繊維からなる繊維を意味する。ここで、セルロース系繊維又は動物性繊維以外の繊維とは、ポリエステル、ナイロン等の合成繊維、アセテート等の半合成繊維等を指すものとする。
【0012】
本発明の対象となるセルロース系繊維としては植物繊維や再生繊維が挙げられる。植物繊維としては木綿、麻、竹繊維、バクテリアやその他の原料から得られるナノファイバー等が挙げられ、再生繊維としてはビスコースレーヨン、ポリノジック、スフ、テンセル、キュプラ、等が挙げられるが、これ以外のセルロース系再生繊維も対象となる。また、本発明の対象となる動物性繊維としては絹や羊毛等が挙げられるが、この他にも動物由来の繊維の任意のものを用いることができる。
【0013】
セルロース系繊維又は動物性繊維を含む繊維製品としては糸、織物、衣服、各種容器、装飾品等、主にセルロース系繊維又は動物性繊維からなる製品以外にも、他の素材との複合体等からなる製品にもセルロース系繊維又は動物性繊維に由来する繊維が含まれている場合にはこれらの任意のものを用いることができる。
【0014】
本発明でいう、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む繊維又は繊維製品の改質とは、該繊維及び繊維製品が本来有する機能、性能、性質等とは異なる新たな機能、性能、性質等を付与することを意味し、新たな機能、性能、性質等が付与されていれば、本来有する機能、性能、性質等を併せ持っていてもよい。
【0015】
繊維及び繊維製品の具体的な改質態様としては、染色性、濃色性、深色性、風合い、防縮性、親水性、撥水性、防水性、親油性、形状記憶性、導電性、しわ加工性、防しわ性、難燃性、樹脂加工性、防虫性、妨カビ性、消臭性、加工性、減量加工、グラフト性、架橋、SR性、電磁波シールド性、メッキ性、芳香性、芳香徐放性等が挙げられるが、これらの機能、性質等に限定されるものではなく、該繊維や繊維製品が本来有する機能、性能、性質等とは異なる新たな機能、性能、性質等を付与するものであればよい。
【0016】
本発明において用いる照射光としては目的として付与することによる機能、性能、性質や、付与のための効率等を考慮して選択してよいが、一般的には、120〜800nmの、好ましくは190〜600nmの紫外線や可視光(以下、紫外可視光ともいう)を用いることが望ましい。紫外可視光源としては特に制限はなく、連続光でもパルス光でもよく、低圧水銀灯、高圧水銀灯、キセノン灯、ブラックライト、各種LED、各種エキシマランプ等の通常の光源を用いることができるが、これらに限定されるものではなく従来公知の光源を適宜に用いることができる。照射光強度にも特に制限は無いが、紫外可視光の連続光源としては0.1mW〜10kWの光源が適している。
【0017】
また光源として各種レーザーを用いることができ、レーザー光はパルス光でも連続照射光でもよいが、エキシマレーザー(ArFエキシマレーザー、KrFエキシマレーザー、XeClエキシマレーザー、XeFエキシマレーザー等)、アルゴンイオンレーザー、クリプトンイオンレーザー、YAGレーザーの第2、及び第3高調波等を用いることができるが、これらに限定されるものではなく従来公知のレーザーを適宜に用いることができる。
【0018】
紫外可視レーザー光としては、特別な制約はないが、波長が140〜800nm、好ましくは190〜600nm程度のものを用いることが望ましい。
【0019】
レーザー照射光強度にも特に制限は無いが、パルス光では0.1mJ/パルス〜1kJ/パルス、連続光は0.1mW〜10kWの光源が適している。
【0020】
光照射には光ビームを用いることができる。このような光ビームとしては各種レーザーの使用が適しているが、通常の光源を用いて各種レンズやミラー類等の光学系を用いて光を特定の方向に照射できるものであればビームが平行光線でなくても用いることができる。これらの光ビームを各種ミラー類等の光学系を用いることにより移動しながら対象となるセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維または繊維製品に照射することができる。
【0021】
また、マスクを通して光照射を行うこともできる。マスクを用いて光照射を行う場合には、マスクは光源と対象となるセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維または繊維製品の間の何れの位置に置いても良く、光源としては上記の光源の何れをも用いることができる。また、光源とマスクの間、及び/又はマスクと対象となるセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維または繊維製品の間に各種レンズやミラー類等の光学系を設置して、マスクのパターンを縮小、拡大、変形することもできる。
【0022】
また、通常の光照射、光ビームによる光照射、及びマスクを用いる光照射において、光源の特性、及び/又は各種レンズやミラー類等の光学系を用いることにより光照射面内の光強度に強弱を付けることによりセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維または繊維製品の改質の度合いにグラデーションを付けることもできる。
【0023】
光照射時間は、布の種類、厚さ、形態、溶液の種類と濃度、更には、照射紫外可視光の種類や光強度等を考慮することにより適宜定められるが、定常光源の場合は通常1秒〜120分、各種レーザーを用いた場合には連続レーザーでは通常1μ秒〜30分、パルスレーザーでは通常1〜1000パルスもあれば充分であるが、これらの照射時間に関わらず必要な改質が起こるのに必要な時間光照射を行えばよい。
【0024】
本発明において用いる光照射によりラジカルを発生する化合物としては、好ましくは各種過酸化物、各種光重合開始剤、等が挙げられ、特に過酸化水素や過酸類が好ましいが、これらに限定されるものではなく、該化合物が光照射により単独、或いは他の化合物との相互作用により、ラジカル、ラジカルカチオン、或いはラジカルアニオンを発生するものであればよい。
【0025】
本発明において用いる電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物は芳香族化合物も含み、光照射による繊維及び繊維製品の改質を著しく阻害するものでなければ従来公知の電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物が使用できる。また、該炭素−炭素二重結合が分子内に複数有る化合物、該炭素−炭素二重結合を有する化合物の任意が高分子化合物である化合物、該炭素−炭素二重結合を有する部位が高分子化合物にグラフトされた化合物等も該炭素−炭素二重結合を有する化合物として用いることができる。また、これらの該炭素−炭素二重結合を有する化合物のいずれかを単独で用いてもよいが、複数の該炭素−炭素二重結合を有する化合物からなる混合系を用いることもできる。
【0026】
ここで用いる電子吸引性基が直接結合した炭素−炭素二重結合の置換基数や置換基の種類にも制限は無く、他の置換基として水素、電子供与性基、電子吸引性基のいずれの特性を有する炭化水素基、各種官能基を有する炭化水素基、各種官能基等、適宜に用いることができる。
【0027】
電子吸引性基としては、たとえば、NR、SR、NH、NO、SOR、CN、SOAr、COOH、F、Cl、Br、I、OAr、COOR、OR、COR、SH、SR、OH、Ar、アルキン、アルケン(ここでArは芳香族基を表す)等が挙げられる(非特許文献4参照)が、これらに限定されるものではない。
【非特許文献4】J. March著、Advanced Organic Chemistry, 4th Ed, John Wiley & Sons, New York, 1992, pp. 17-19 電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物としては、アクリル酸やメタクリル酸等の炭素−炭素二重結合と共役したカルボン酸類、およびこれらのカルボン酸の各種エステルやアミド、アクリロニトリル、フマロニトリル等の炭素−炭素二重結合と共役したニトリル類、ビニルヘキシルエーテル等の各種アルキルエノールエーテル類、メチルビニルケトン、ビタミンK、ビタミンC等の炭素−炭素二重結合と共役したカルボニル化合物類、ニトロエチレン等の炭素−炭素二重結合と共役したニトロオレフィン類、ビニルスルホン酸等の炭素−炭素二重結合と共役したスルホン酸、及びそれらの各種エステル、テストステロン等のステロイド類、スチレン、シクロヘキサジエン、ブタジエン、ヘキサトリエン、各種カロテン、ビタミンA等の共役した炭素−炭素二重結合を有する化合物、フラーレン、アントラセン、等の多核芳香族化合物類、ヒノキチオール等の複数の電子吸引性基が炭素−炭素二重結合と共役したもの、等が挙げられるがこれらに限定されるものではなく、炭素−炭素二重結合に直接電子吸引性基が結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物であればよい。また、該炭素−炭素二重結合が分子内に複数有る化合物としては、先に挙げたアラキドン酸等、が挙げられ、該炭素−炭素二重結合を有する化合物が高分子化合物である化合物、該炭素−炭素二重結合を有する部位が高分子化合物にグラフトされた化合物としてはポリビニルアルコールのポリアクリル酸エステルやポリメタクリル酸エステル等が挙げられるが、これらに限定されるものではなく、該炭素−炭素二重結合が分子内に複数有る化合物、該炭素−炭素二重結合を有する化合物が高分子化合物である化合物、該炭素−炭素二重結合を有する部位が高分子化合物にグラフトされた化合物等であればよい。
【0028】
また、本発明においては、改質により付与された新たな機能、性能、性質等の安定化等や、該機能、性能、性質等の更なる改質のために、光照射後に繊維及び繊維製品を還元剤で処理する方法も採ることもできる。
【0029】
還元剤としては、特に制約はなく従来公知の還元剤の任意のものを使用できる。このような還元剤としては、チオ硫酸ナトリウム、ハイドロサルファイト、水素化ホウ素ナトリウム、ロンガリット、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、ヒドラジン等、或いは還元性を有するビタミンC、各種アルデヒド類、ギ酸等の有機化合物を挙げることができるが、これらに限定されるものではなく還元性を有するものであればよい。また、これらの還元剤のいずれかを単独で用いてもよいが、複数の還元剤からなる混合物を用いることもできる
本発明の光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物の、繊維又は繊維製品に対する作用については、光照射により発生したラジカル(ラジカル、ラジカルカチオン、ラジカルアニオン)種により上記繊維または繊維製品の表面上にラジカルが発生し、この様に発生したラジカル種が該炭素−炭素二重結合と反応して結合を形成することにより改質が起こるものと考えられる。あるいは、光照射により発生したラジカル種により、該炭素−炭素二重結合を有する化合物の重合が上記繊維または繊維製品上で起こり、その結果生じた高分子化合物が上記繊維または繊維製品に物理的に付着することにより改質が起こることも考えられる。さらには、光照射により発生したラジカル種により上記繊維または繊維製品にラジカルが発生し、このラジカルと上記繊維または繊維製品で起こった該炭素−炭素二重結合を有する化合物の重合物中の炭素−炭素二重結合との反応により、該炭素−炭素二重結合を有する化合物の重合体を上記繊維または繊維製品にラジカル反応により結合することによる改質も起こるものと考えられる。このようなラジカルの炭素−炭素二重結合への付加反応は、電子吸引性基を有する炭素−炭素二重結合について広く起こることが有機化学的に知られている(例えば、非特許文献5参照)。また、このような炭素−炭素二重結合を分子内に一つ有する化合物ばかりではなく、分子内に複数有する化合物においても同様のラジカル反応が起こると考えることは合理的である。
【0030】
しかし、本発明方法では、上記の推定反応機構に関わらず、光照射によりラジカルを発生する化合物の存在下で、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維や繊維製品が光照射を受けることにより改質が起こればよいことは勿論である。
【非特許文献5】東郷秀雄著、有機フリーラジカルの化学、講談社サイエンティフィック、2001年発行 本発明の実施の態様に特別な制限はないが、好ましい実施の態様としては、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品を、光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物を含む薬液に浸漬或いは懸濁させて光照射する方法、あるいは該薬液に浸して引き上げた所に光照射する方法、もしくは該薬液を上記繊維または繊維製品に塗布、吹きつけ等を行い光照射する方法等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0031】
特に該薬液を上記繊維または繊維製品に塗布、吹きつけ等を行う際にはエアーブラシやブラシ類等を用いて上記繊維または繊維製品全体に該薬液を付与するばかりではなく、対象物の一部に付与することにより部分的な改質を起こすことも可能で、この部分的な改質により文字、図表等の形態を有する改質を起こすことができる。また、これらの光照射は上記繊維または繊維製品が静置している状態、或いは移動している状態で行うことができる。
【0032】
光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物を含む薬液で同時に処理する代わりに、光照射によりラジカルを発生する化合物で処理した繊維又は繊維製品に光照射を行う操作と、この様に処理した繊維又は繊維製品を該炭素−炭素二重結合を有する化合物と処理する操作を分けて行うこともでき、それぞれの操作において上記同時処理で用いる手法を使用することができる。
【0033】
光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物はそれらの溶液であってもよく、その場合の溶媒としては、照射光を殆ど吸収しないで光照射による繊維及び繊維製品の改質を著しく阻害するものでなければ特に制約はなく従来公知の溶媒を適宜に使用することができる。
【0034】
このような溶媒としては、たとえば、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドなどの極性溶媒の他に、デカン、ドデカン、テトラデカン等の脂肪族炭化水素や、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素(分子内に脂肪族基を有する芳香族炭化水素も含む)等の無極性溶媒、プロピルアミン、エチレンジアミン、各種カルボン酸、各種ポリカルボン酸、などのプロトン性溶媒等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0035】
また、これらの溶媒のいずれかを単独で用いてもよいが、複数の溶媒からなる混合溶媒を用いることもできる。
【0036】
また、光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物、あるいはその溶液の繊維及び繊維製品への浸透性を高める為に界面活性剤を共存させることもできる。
【0037】
界面活性剤としては、光照射による繊維及び繊維製品の改質を著しく阻害するものでなければ従来公知の界面活性剤の任意のものを使用できる。このような界面活性剤としては、たとえば、高級脂肪酸アルカリ塩、アルキル硫酸塩、アルキルスルホン酸塩、アルキルアリールスルホン酸塩、スルホコハク酸エステル塩などの陰イオン界面活性剤、高級アミンハロゲン酸塩、ハロゲン化アルキルピリジニウム、第四アンモニウム塩などの陽イオン界面活性剤、ポリエチレングリコールアルキルエーテル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、脂肪酸モノグリセリドなどの非イオン界面活性剤、アミノ酸などの両性表面活性剤などが例示される。
【0038】
また、これらの界面活性剤のいずれかを単独で用いてもよいが、複数の界面活性剤からなる混合物を用いることもできる。
【0039】
また、それらの界面活性剤の溶液を用いることもできるが、このような溶媒としては、水、アルコール類、鎖状または環状の炭化水素類、エーテル類等の単独溶媒あるいはこれらの混合溶媒が挙げられる。界面活性剤の含有量は溶媒に対する界面活性剤の飽和濃度以下であれば特に制限はないが、好ましくは溶媒に対して、0.0001〜50重量%、より好ましくは0.01〜10重量%とするのが適当である。
【0040】
つぎに、本発明方法を実施するための代表的な改質装置の幾つかを以下に例示するが、本装置はこれらに限定されるものではない。
【0041】
図1の装置は、糸状または織物状の天然繊維を含む繊維や繊維製品を改質するために好ましく用いられる改質装置の一例である。図1の装置は、セルロース系繊維又は動物性繊維繊維を含む、繊維や繊維製品の全体に、薬液槽で光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物を付与し、該繊維や繊維製品全体に光照射を行い、その後で洗浄槽に於いて過剰な薬液などを除去するものである。
【0042】
この装置によれば、上記繊維または繊維製品を薬液に浸漬し、引き上げた所に光照射することができる。
【0043】
図2の装置は、糸状または織物状のセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維や繊維製品の改質するために好ましく用いられる改質装置の他の例である。図2の装置は、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維や繊維製品の全体に、薬液槽で光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物を付与し、光ビームにより該繊維や繊維製品の一部に光照射を行い、その後で洗浄槽に於いて過剰な薬液などを除去し、その後、還元処理槽で還元剤によって処理するものである。
【0044】
この装置によれば、上記繊維または繊維製品を薬液に浸漬し、引き上げた所に光学系を用いて光ビームを動かす光照射を行うことにより、必要な箇所に任意のパターンを伴う改質が可能となる。還元剤で処理することによって、光照射時に発生したカルボニル基や過酸化物などの不安定物質をアルコールなどの安定した化合物に変換することができる。
【0045】
図3の装置は、糸状または織物状のセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維や繊維製品の改質するために好ましく用いられる改質装置の更に他の例である。図3の装置は、光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物により満たされている薬液槽に、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維や繊維製品を投入し、該薬液と繊維や繊維製品を撹拌しながら光照射を行ものである。
【0046】
この装置によれば、上記繊維または繊維製品を薬液に浸漬し、必要に応じ薬液を注入しながら撹拌中で光照射を行うことにより、取り扱いが煩雑な小さな上記繊維または繊維製品の改質を容易とする。
【0047】
図4の装置は、織物状又は成形されたセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維や繊維製品の改質するために好ましく用いられる改質装置例である。図4の装置は、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維や繊維製品の一部にスプレー等により光照射によりラジカルを発生する化合物を部分的に付与し、光ビームにより該繊維や繊維製品の一部に光照射を行い、その後で洗浄槽に於いて過剰な薬液などを除去した後、薬液槽で電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物による処理を行うものである。
【0048】
この装置によれば、薬液を対象とする上記繊維または繊維製品に吹き付けてから光照射を行うため、光照射によりラジカルを発生する化合物の吹きつけにロボットアーム等の可動機能を付与することにより上記繊維または繊維製品の形態に関係なく必要な箇所に薬液を付与することができ、また、三次元的な光照射の制御を行うことにより、上記繊維または繊維製品の形態に関係なく必要な箇所の改質が可能となる。
【実施例】
【0049】
次に実施例に基づき、本発明を更に詳細に説明する。もちろん、以下の例によって本発明で限定されることはない。
実施例1
綿布を3mol/Lのアクリル酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理の綿布と比べて顕著な赤紫色を示したことより、綿布の表面構造が変化し綿布の改質が起きたことが判明した。
実施例2
綿布を0.9mol/Lのメタクリル酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理の綿布と比べて顕著な青紫色を示したことより、綿布の表面構造が変化し綿布の改質が起きたことが判明した。青紫色は光照射面の方が顕著であった。
実施例3
マーセル化した綿布を3mol/Lのアクリル酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理の綿布と比べて顕著な赤紫色を示したことより、綿布の表面構造が変化し綿布の改質が起きたことが判明した。赤紫色の度合いは通常の綿布よりも顕著であった。
実施例4
マーセル化した綿布を0.9mol/Lのメタクリル酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理の綿布と比べて顕著な青紫色を示したことより、綿布の表面構造が変化し綿布の改質が起きたことが判明した。青紫色は光照射面の方が顕著であった。青紫色の度合いは通常の綿布よりも顕著であった。
実施例5
テンセル布を3mol/Lのアクリル酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理のテンセル布と比べて顕著な赤紫色を示したことより、テンセルの表面構造が変化しテンセル布の改質が起きたことが判明した。
実施例6
テンセル布を0.9mol/Lのメタクリル酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理のテンセル布と比べて顕著な青紫色を示したことより、テンセルの表面構造が変化しテンセル布の改質が起きたことが判明した。青紫色は光照射面の方が顕著であった。
実施例7
テンセル布を0.3mol/Lのマレイン酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理のテンセル布と比べて僅かに緑がかった色となったことより、テンセルの表面構造が変化しテンセル布の改質が起きたことが判明した。
実施例8
ポリノジック布を3mol/Lのアクリル酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理のポリノジック布と比べて顕著な赤紫色を示したことより、ポリノジックの表面構造が変化しポリノジック布の改質が起きたことが判明した。赤紫色は光照射面の方が顕著であった。
実施例9
ポリノジック布を0.9mol/Lのメタクリル酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理のポリノジック布と比べて顕著な青紫色を示したことより、ポリノジックの表面構造が変化しポリノジック布の改質が起きたことが判明した。青紫色は光照射面の方が顕著であった。
実施例10
ポリノジック布を0.3mol/Lのマレイン酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理のポリノジック布と比べてやや緑がかった青となったことより、ポリノジックの表面構造が変化し、ポリノジック布の改質が起きたことが判明した。
実施例11
キュプラ布を3mol/Lのアクリル酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理のキュプラ布と比べて顕著な赤紫色を示したことより、キュプラの表面構造が変化しキュプラ布の改質が起きたことが判明した。
実施例12
キュプラ布を0.9mol/Lのメタクリル酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理のキュプラ布と比べて顕著な青紫色を示したことより、キュプラの表面構造が変化しキュプラ布の改質が起きたことが判明した。
実施例13
キュプラ布を0.3mol/Lのマレイン酸と5%の過酸化水素を含む水溶液に含浸させ、引き上げた所に15Wの低圧水銀灯照射を60分行い、水、メタノール、水、中性洗剤、水の順で洗浄した後、一晩減圧乾燥した。得られた布を鑑別染料(カヤスティン)により染色したところ、未処理のキュプラ布と比べ濃色化したことより、キュプラの表面構造が変化しキュプラ布の改質が起きたことが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明方法を実施するために使用される代表的な改質装置の説明図。
【図2】本発明方法を実施するために使用される他の代表的な改質装置の説明図。
【図3】本発明方法を実施するために使用される更に他の代表的な改質装置の説明図。
【図4】本発明方法を実施するために使用される更に他の代表的な改質装置の説明図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光照射によりラジカルを発生する化合物と電子吸引性基が直接炭素−炭素二重結合を形成する炭素原子に結合した炭素−炭素二重結合を有する化合物の存在下、セルロース系繊維(アスペクト比が300以下で、その存在比が全体の60%以上のセルロース系繊維を除く)又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品に対し、光照射することを特徴とする繊維又は繊維製品の改質方法。
【請求項2】
光照射によりラジカルを発生する化合物の存在下、セルロース系繊維(アスペクト比が300以下で、その存在比が全体の60%以上のセルロース系繊維を除く)又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品に対し、光照射した後に、前記該炭素−炭素二重結合を有する化合物と処理することを特徴とする繊維又は繊維製品の改質方法。
【請求項3】
光照射によりラジカルを発生する化合物を、セルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品の一部だけに付与して光照射することを特徴とする請求項1又は2に記載の繊維又は繊維製品の改質方法。
【請求項4】
光照射によりラジカルを発生する化合物が過酸化物であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の繊維又は繊維製品の改質方法。
【請求項5】
光ビームまたはマスクを通して光照射を行うことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の繊維又は繊維製品の改質方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の方法での光照射後に繊維及び繊維製品を還元剤で処理することを特徴とする繊維及び繊維製品の改質方法。
【請求項7】
請求項1、3から6のいずれかに記載の方法を行うための改質装置であって、光源とともに光照射によりラジカルを発生する化合物と前記炭素−炭素二重結合を有する化合物の存在下でセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品に光照射する手段を備えていることを特徴とする繊維又は繊維製品の改質装置。
【請求項8】
請求項2から6のいずれかに記載の方法を行うための改質装置であって、光源とともに、光照射によりラジカルを発生する化合物の存在下でセルロース系繊維又は動物性繊維を含む、繊維又は繊維製品に光照射する手段と、光照射した後に該炭素−炭素二重結合を有する化合物と処理する手段を備えていることを特徴とする繊維又は繊維製品の改質装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−68145(P2009−68145A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−238545(P2007−238545)
【出願日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000004374)日清紡績株式会社 (370)
【Fターム(参考)】