説明

耐吸湿性に優れた溶接材料用低水分セシウム原料

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は溶接材料用のセシウム原料に関し、より詳しくは、天然のままのセシウム原料に較べて、水分が少なく耐吸湿性に優れた溶接材料用低水分セシウム原料に関する。
【0002】
【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】アーク溶接において作業時に発生するヒューム量を低減させることは、溶接作業の3K職場からの脱却、近年関心の高まっている環境保護等の面から、クリアしなければならない課題の一つである。
【0003】一方、近年、溶接業界においては、従来主流であった被覆アーク溶接棒(SMAW)から、半自動溶接が主流になりつつある。SMAWに関しては、特公昭55−42672号に示されるとり、被覆剤(フラックス)により低ヒューム化が図られているが、半自動溶接用ワイヤ、特にヒューム発生量が多いフラックス入りワイヤ(FCW)に関しては、特公昭59−44158号に示されるとおり、フープの成分調整による低ヒューム化技術は確立されているものの、フラックスの面からの低ヒューム化技術は確立されておらず、FCWの問題点の一つとなっていた。
【0004】ヒュームは、高温蒸気が急冷されるときに酸化され、凝集することにより発生し、発生場所としては主に、溶融池、懸垂溶滴、アーク柱、スパッタ等が挙げられる。前述の特公昭59−44158号に示されているように、ヒューム量を低減させる一手段として、アークを安定させることにより、溶融池及び懸垂溶滴の乱れを極力低減させる(結果としてスパッタも減少する)方法があるが、このことから、強力なアーク安定剤を添加することによって、ヒューム量が低減することが容易に推定できる。
【0005】このような観点から、強力なアーク安定剤としては、特開平3−166000号に示されているように、天然に存在するアルカリ金属の中で最も電離電圧が低いセシウム(Cs)が考えられるが、特開平3−166000号に述べられているチタン酸セシウム、クロム酸セシウム、炭酸セシウム等では、原料水分が高いこと及び耐吸湿性が劣っていること等の問題点が存在する。特に、継ぎ目あり(シームあり)FCWでは、溶接前に大気に曝されることが多いことから、耐吸湿性が問題になる。ワイヤ中の水分が高くなると、溶接金属中に欠陥が生じることは当然であるが、それが許容できる範囲であっても、溶接時に急激にワイヤ中の水分が沸騰し、アークの吹き出しが強くなり、ヒューム量の増加作用を及ぼす。このように、特開平3−166000号に述べられているCs原料では、アークは安定するものの、ワイヤ中の水分が高いために、ヒューム量がかえって増加するという問題点があった。
【0006】本発明は、上記従来技術の問題点を解決し、アーク溶接において溶接時に発生するヒューム量を低減させるために、耐吸湿性に優れ低水分の強力アーク安定剤としてのセシウム原料を提供することを目的としている。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、前記課題を解決するために、比較的低価格で入手が容易なセシウム原鉱石に着目し、これらの原料について数多くの調査・検討を重ねた結果、ここに本発明をなしたものである。
【0008】すなわち、本発明は、酸素雰囲気1000℃で抽出・定量したK.F(カールフィッシャー)水分が2000ppm以下になるように前処理されたものであることを特徴とする耐吸湿性に優れた溶接材料用低水分セシウム原料を要旨としている。
【0009】
【作用】以下に本発明を更に詳細に説明する。
【0010】天然に存在するセシウム原料としては、セシウム原鉱石等があるが、水分量が多く耐吸湿性も著しく悪く、溶接材料用原料として使用できないという問題点がある。
【0011】そこで、数多くの調査・検討の結果、天然セシウム原鉱石について前処理を行ったもの、すなわち、酸素雰囲気1000℃で抽出・定量したK.F(カールフィッシャー)水分が2000ppm以下になるように前処理した低水分セシウム原料を用いることが効果的であることを見い出したものである。
【0012】ここで言うセシウム原鉱石とは、CsAlSi26、Cs4Al4Si926等に示されるようなポルサイト鉱(ポルックス鉱)であるが、不純物として、Li、Na、K、Rb、Mg、Ca、Sr、Ba等を含有しても良い。
【0013】ポルサイト鉱については、これまでは、天然のままで使用されていたが、層状構造をしているポルサイト鉱は層間に層間水を含有していることから、前述のとおり、溶着金属中にピットやブローホールを生じることは当然であるが、特にヒューム量を増加させる原因になっていた。
【0014】ポルサイト鉱中の水分を、酸素雰囲気1000℃で抽出・定量したKF(カールフィッシャー)水分で2000ppm以下になるように前処理するが、前処理としては、真空脱気や熱処理(焼成等の加熱処理又は溶融・粉砕処理)などが挙げられる。
【0015】K.F(カールフィッシャー)水分の測定方法はJIS K0113−90に規定されており、O2雰囲気−1000℃抽出の電量法により、水分を定量する。
【0016】K.F水分量が2000ppm以下の水分を持つように前処理されたポルサイト鉱は、低水分であり、耐吸湿性にも優れている。これは、層間水が減少することによって層間の結合力が強くなり、層間に水が進入しにくい、すなわち、吸湿しにくいためである。
【0017】このように前処理されたポルサイト鉱は、例えば、図1に示すように、30℃、80%(相対湿度)の雰囲気中に48時間放置した場合、K.F(カールフィッシャー)水分が2000ppm以下を維持し続けることができる。天然ポルサイト鉱はもともと水分量が多いうえに、放置時間の経過と共に水分を吸収して増加し続けるのに較べ、前処理されたポルサイト鉱は耐吸湿性が優れていることがわかる。
【0018】好ましいポルサイト鉱は、ポルサイト鉱中のP(リン)濃度が1000ppm以下、より好ましくは700ppm以下になるように前処理したポルサイト鉱である。ポルサイト鉱中のP濃度が1000ppm以上になると、ポルサイト鉱の溶接材料への添加量が2wt%以下の場合は問題はないが、2wt%より多くなると、溶接金属中のP濃度が高くなり高温割れの問題が生じてくる。このような点から、ポルサイト鉱の好ましい条件としては、ポルサイト鉱中のP濃度が前述の条件になるようにした場合である。
【0019】本発明のセシウム原料は、SMAW(被覆アーク溶接棒)、FCW(フラックス入りワイヤ)等の溶接材料一般に通常粉体として使用することができ、その粒度、添加量等は用途に応じて適宜決められる。
【0020】例えば、粒度は、48mesh以下(200mesh以下を20〜80%含む)であることが望ましい。上記範囲より粒度が大きくなると、溶接材料中にセシウム原料が均一に分散しにくくなり、溶接材料のアーク安定性が劣ってしまう。逆に、セシウム原料の粒度が200mesh以下が80%より多くなると、細かくなりすぎて、セシウム原料の比表面積が増加して、耐吸湿性が悪くなってしまう。
【0021】SMAW(被覆アーク溶接棒)、FCW(フラックス入りワイヤ)等のフラックス中に添加される量は0.01wt%以上10wt%以下が望ましい。0.01wt%より少ないと低ヒュームとしての効果が見られず、また10wt%より多く添加すると、スラグ量が多くなりすぎて、溶接時にスラグが先行し、スラグ巻込みの欠陥を生じ易くなる。更に好ましい添加量の範囲は0.1wt%以上5wt%以下である。
【0022】フラックス組成の一例を表1に示す。このような組成のフラックスに本発明のセシウム原料を添加し、スラグ形成剤で調整する。
【0023】
【表1】


【0024】次に本発明の一実施例を示す。
【0025】
【実施例】
【0026】天然のポルサイト鉱に対し、前処理として焼成法を種々の条件で施して、表3に示すような種々のK.F水分量のセシウム原料(ポルサイト鉱)を調整し、48mesh以下の粉体を原料とした。
【0027】上記セシウム原料(ポルサイト鉱)を5wt%添加したFCW(フラックス入りワイヤ)用のフラックスを、軟鋼フープ(表2に示す化学成分、0.9mmt×13mmw)の場合はフラックス率16±1wt%で、高合金鋼フープ(SUS304、0.4mmt×9mmw)の場合はフラックス率22±1wt%で、それぞれFCW(ワイヤ径1.2mmφ)を作製した。そのフラックス組成は表1に示すとおりである。
【0028】耐吸湿性は、セシウム原料を試料とし、図2R>2に示すような秤量瓶に試料高さ5mmになるようにサンプリングし、以下の条件にて吸湿後、試料の質量(吸湿量)を測定した(風袋重量は予め測定済み)。その結果を表3に示す。なお、K.F(カールフィッシャー)水分量はJISK0113−90に準拠し、酸素雰囲気1000℃で抽出・定量した。
・予備乾燥 :110℃×2時間・吸湿条件 :30℃×80%(相対湿度)×48時間(放置時間)・吸湿量測定:K.F(カールフィッシャー)水分の測定・吸湿量の評価:◎(800ppm未満)○(800ppm以上2000ppm以下)△(3000ppmより多く10000ppm未満)×(10000ppm以上)
【0029】ヒューム量の測定は、JIS Z 3930に規定される方法により行った。ヒューム量は下向き・垂直姿勢で1分間アークを発生した時の重量(mg/min)を測定した。ワイヤ径1.2mmφの各種のFCWを用い、適正電流・適正電圧で溶接した。ヒューム量の評価は、従来例のFCW(表3の試験No.1)のヒューム量からの減少率(%)で以下の基準により評価した。その結果を表3に示す。
◎:30%以上減○:25%減〜30%減(25%含む、30%含まず)△:10%減〜25%減(25%、10%は含まず)×:10%減〜0%減
【0030】表3において、No.1は天然のままのセシウム原料(ポルサイト鉱石)を使用した従来例であり、K.F水分が15000ppmと多く、耐吸湿性が悪い。また、No.2はK.F水分が6000ppmの例で耐吸湿性が悪い。No.3はK.F水分が3000ppmの例で、耐吸湿性が改善されるものの、充分ではない。
【0031】これらに対し、本発明例のうち、No.4はK.F水分が2000ppmのセシウム原料(ポルサイト鉱)を使用したもので耐吸湿性が良好であり、ヒューム量も減少している。No.5はK.F水分が1000ppmの例で耐吸湿性が良好であり、ヒューム量も減少している。No.6はK.F水分が500ppmの例で耐吸湿性が極めて良好であり、ヒューム量も更に減少している。
【0032】なお、本実施例の場合は、ポルサイト鉱中の水分量を減少させる方法として、焼成法を用いたが、本発明は、ポルサイト鉱中の水分量によるものであるから、水分量低減方法自体には、何等影響されない。
【0033】
【表2】


【0034】
【表3】


【0035】
【発明の効果】以上詳述したように、本発明によれば、耐吸湿性に優れた低水分のセシウム原料を提供するので、アーク溶接において溶接時に発生するヒューム量を顕著に低減でき、強力アーク安定剤としての使用効果が大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】天然のポルサイト鉱と本発明のポルサイト鉱についての吸湿特性を示す図である。
【図2】吸湿試験方法を説明する図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 酸素雰囲気1000℃で抽出・定量したK.F(カールフィッシャー)水分が2000ppm以下になるように前処理されたものであることを特徴とする耐吸湿性に優れた溶接材料用低水分セシウム原料。
【請求項2】 30℃、80%(相対湿度)の雰囲気中に48時間放置した時のK.F(カールフィッシャー)水分が2000ppm以下である請求項1に記載の耐吸湿性に優れた溶接材料用低水分セシウム原料。
【請求項3】 P(リン)濃度が1000ppm以下である請求項1又は2に記載の耐吸湿性に優れた溶接材料用低水分セシウム原料。
【請求項4】 ポルサイト鉱を主成分とする天然セシウム原鉱石を前処理したものである請求項1、2又は3に記載の耐吸湿性に優れた溶接材料用低水分セシウム原料。

【図2】
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【図1】
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【特許番号】第2788847号
【登録日】平成10年(1998)6月5日
【発行日】平成10年(1998)8月20日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−265626
【出願日】平成5年(1993)9月29日
【公開番号】特開平7−96392
【公開日】平成7年(1995)4月11日
【審査請求日】平成8年(1996)1月29日
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【参考文献】
【文献】特開 平7−96393(JP,A)