説明

耐炎ポリマー繊維束および耐炎繊維束の製造方法

【課題】耐炎ポリマーを含有する溶液を用いた炭素繊維製造技術において、より安定した工程通過性を実現し、得られる耐炎繊維束あるいは炭素繊維束の物性を向上するとともに、それら繊維束における単繊維間の物性バラツキの低減を図る技術を提供する。
【解決手段】ポリアクリロニトリル骨格を有する耐炎ポリマーを紡糸し繊維化してなり、かつ0.3〜30回/mの撚りを有する耐炎ポリマー繊維束、および、ポリアクリロニトリル骨格を有する耐炎ポリマーを紡糸し繊維化して1糸条あたりの総繊度が48000dtex〜200000dtexである耐炎化処理前の耐炎ポリマー繊維束を得、その繊維束に0.3〜30回/mの撚りを付与した後、耐炎化処理する耐炎繊維束の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐炎ポリマー繊維束および耐炎繊維束の製造方法に関するものであり、耐炎化および炭化工程での工程通過性を改善し、かつ炭素繊維の生産性向上を実現できる製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は力学的、化学的諸特性及び軽量性などにより、各種の用途、例えば航空機やロケットなどの航空・宇宙用航空材料、テニスラケット、ゴルフシャフト、釣竿などのスポーツ用品に広く使用され、さらに船舶、自動車などの運輸機械用途分野などにも使用されようとしている。また、近年は炭素繊維の高い導電性や放熱性から、携帯電話やパソコンの筐体等の電子機器部品や、燃料電池の電極用途への応用が強く求められており、今後も用途は拡大していくことが予想されるため、炭素繊維の生産性を向上させる技術が求められている。
【0003】
炭素繊維は、一般に耐炎化繊維を窒素等の不活性ガス中で高温加熱して炭化処理することによって得られる。また、従来の耐炎化繊維は、例えばポリアクリロニトリル(以下、PANと略記する)系耐炎化繊維であればPAN系前駆体繊維を空気中200〜300℃の高温で耐炎化(PANの環化反応+酸化反応)することによって得られている。
【0004】
しかし、この耐炎化反応は発熱反応であり、耐炎化は繊維形態すなわち固相の状態の反応である。そのため温度制御のためには長時間処理する必要があり、耐炎化を所望の時間内に終了させるにはPAN系前駆体繊維の繊度を特定の値以下の細繊度に限定する必要がある。このように現在知られている耐炎化プロセスは十分効率的なプロセスとは言い難い。
【0005】
特に、耐炎化については処理糸条が太くなる、すなわち、処理する前駆体繊維束の繊度大きくなりすぎると、繊維束内部に蓄熱し処理温度に対し繊維束内部の温度が極端に高くなり暴走反応が発生し易い。
【0006】
かかる繊維束内部での蓄熱を抑制する手段としては、繊維束を実質的に無撚の状態として繊維束横断面の形状を略矩形に保つことが有効である。しかしそのような技術を用いた場合、繊維束の集束性が低くなることと、繊維束が太くなるに従い発生する毛羽も多くなることから、ガイドロールにさばけた単繊維の毛羽が巻きつき易く、糸切れを発生させるという問題があった。
【0007】
また、繊維束が太いと、耐炎化炉を出ても繊維束がなかなか冷えず、耐炎化反応での発生ガスすなわち耐炎化途中の繊維束の油剤分解物、もしくはPANの分解物等、いわゆるタール分がガイドロールに付着しやすく、ロール表面が粘着性を帯びるために、繊維束の単繊維の毛羽がさらに巻付きやすくなり、やがては糸切れを誘発するという問題もあり、これらの改善のため検討がなされてきた(例えば、特許文献1および2参照)。
【0008】
一方、本発明者らは、有機溶媒に可溶な耐炎ポリマーおよび該耐炎ポリマーを含有する溶液を得ることに成功しており、既に提案している(例えば、特許文献3および4参照)。この提案は、これまで炭素繊維製造工程でボトルネックとなっていた気相耐炎化工程を簡略化し、製造効率を大幅に改善するものである。この技術は、炭素繊維の製造効率を飛躍的に向上させるものであるが、かかる技術を適用して耐炎化繊維束や炭素繊維束を製造するに際し、安定した工程通過性や、得られる耐炎繊維束や炭素繊維束の物性向上、それら繊維束における単繊維間の物性バラツキの低減が求められていた。
【特許文献1】特開平11−269726号公報
【特許文献2】特開2000−248432号公報
【特許文献3】国際公開第05/080448号パンフレット
【特許文献4】国際公開第07/018136号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、前記した従来技術が有する課題を解決すること、すなわち、耐炎ポリマーを含有する溶液を用いた炭素繊維製造技術において、より安定した工程通過性を実現し、得られる耐炎繊維束あるいは炭素繊維束の物性を向上するとともに、それら繊維束における単繊維間の物性バラツキの低減を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らが、耐炎ポリマーを含有する溶液を用いた炭素繊維製造技術について、さらに鋭意検討を進めた結果、かかる技術を適用して耐炎繊維束および炭素繊維束を製造するに当たり、より安定した工程通過性や、得られる耐炎繊維束あるいは炭素繊維束の物性向上、それら繊維の集合体における単繊維間の物性バラツキの低減を飛躍的に高いレベルで実現する方法を見出した。また、この技術を総繊度の大きい糸条(単糸数増加、単繊維太繊度化など)に適用すると特に効果が大きいことを見出した。
【0011】
すなわち、耐炎ポリマーを含有する溶液を製糸して得られる繊維は、紡糸した段階ですでに耐炎化が進行しているものであり、通常のPANを紡糸して得られる前駆体繊維よりも耐炎化時の発熱量が小さいので、従来の炭素繊維の製造方法であるPAN繊維を気相耐炎化する場合よりも、総繊度が大きくても燃え難いことに気付き本発明に至ったものである。
【0012】
すなわち、前記した目的を達成するために、本発明の耐炎繊維束は次の構成を有する。すなわち、PAN骨格を有する耐炎ポリマーを紡糸し繊維化してなり、かつ0.3〜30回/mの撚りを有する耐炎ポリマー繊維束である。
【0013】
また、前記した目的を達成するために、本発明の耐炎繊維束の製造方法は次の構成を有する。すなわち、PAN骨格を有する耐炎ポリマーを紡糸し繊維化して1糸条あたりの総繊度が48000dtex〜200000dtexである耐炎化処理前の耐炎ポリマー繊維束を得、その繊維束に0.3〜30回/mの撚りを付与した後、耐炎化処理する耐炎繊維束の製造方法である。
【0014】
さらに、前記した目的を達成するために、本発明の炭素繊維は次の構成を有する。すなわち、上記した方法で得られる耐炎繊維束を炭素化してなる炭素繊維である。
【発明の効果】
【0015】
本発明による耐炎繊維束は、従来のPANを用いた場合より太繊度であっても耐炎化工程および炭化工程での工程通過性を向上させることができ、また、太繊度の炭素繊維を得ることができることから、炭素繊維の生産性をさらに向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の耐炎ポリマー繊維束は、PAN骨格を有する耐炎ポリマーを紡糸して繊維化してなる。
【0017】
PAN骨格を有する耐炎ポリマーは、従来のPANを紡糸して得られる前駆体繊維を空気中で加熱して得られるPAN系耐炎化繊維の化学構造と類似するものである。PAN骨格を有する耐炎ポリマーであることは、残存ニトリル基の存在を確認することで判断することができ、具体的には、赤外分光測定(IR)により2240cm−1付近に吸収ピークを示すものであることを確認することができる。また、耐炎構造を有することは、核磁気共鳴(NMR)装置により13−Cを測定した場合、ポリマーに起因して150〜200ppmにシグナルを有することで確認することができる。本発明のPAN骨格を有する耐炎ポリマーとしては、溶液化が容易な点でPAN系ポリマーを前駆体として得られる耐炎ポリマーであることが好ましい。
【0018】
かかる耐炎ポリマーを紡糸するために、耐炎ポリマーを含有する溶液を用いる。耐炎ポリマーを含有する溶液とは耐炎ポリマーを主とする成分が溶媒中に分散および/または溶解している溶液である。ここで、溶液は粘性流体であり、賦形や成形する際に流動性を有するものであれば良く、室温で流動性を有するものはもちろんのこと、ある温度で流動性のない固体やゲル状物であっても、加熱や剪断力により加工温度付近で流動性を有するもの全てを含む。
【0019】
また、本発明において、「耐炎」とは「防炎」という用語と実質的に同義であり、「難撚」という用語の意味を含んで使用する。具体的に耐炎とは燃焼が継続し難い、すなわち燃え難い性質を示す総称である。耐炎性能の具体的評価手段として、例えばJIS Z 2150(1966)には薄い材料の防炎試験方法(45°メッケルバーナー法)についての記載されている。評価すべき試料(厚さ5mm未満のボード、プレート、シート、フィルム、厚手布地等)をバーナーで特定時間加熱し、着火後の残炎時間や炭化長等を評価することで判定できる。残炎時間は短い方が、炭化長も短い方が耐炎(防炎)性能は優秀と判定される。また繊維製品の場合、JIS L 1091(1977)に繊維の燃焼試験方法が記載されている。該方法で試験した後に炭化面積や残炎時間を測定することで同様に判定できる。本発明における耐炎ポリマーや耐炎繊維としては、耐炎性能の度合いも非常に高度で全く着火しない耐炎性を持つものから着火後に燃焼がある程度継続するものまで広範囲にまたがるものであるが、後述する実施例に示される具体的な評価方法によって耐炎性能が定めた水準以上で認められるものが対象となる。具体的には耐炎性能が優秀あるいは良好であることが好ましい。特に耐炎ポリマーの段階においては、単離の条件によってポリマーの形状・形態が変化し、その性質は、かなりバラツキ易いので、一定の形状に成形せしめた後に評価する方法を採用するのが良い。なお、本発明における耐炎ポリマー繊維束も、後述の実施例に示される具体的な耐炎性の評価手段によって測定し得る。
【0020】
PAN系ポリマーを前駆体とした場合の耐炎ポリマーの構造は完全には明確となっていないが、PAN系耐炎化繊維を解析した文献(ジャーナル・オブ・ポリマー・サイエンス,パートA:ポリマー・ケミストリー・エディション(J.Polym.Sci.Part A:Polym.Chem.Ed.),1986年,第24巻,p.3101)では、ニトリル基の環化反応あるいは酸化反応によって生じるナフチリジン環やアクリドン環、水素化ナフチリジン環構造を有すると考えられる。有機溶媒に溶解している耐炎ポリマーは、分子間に微量架橋結合が生じることがあっても溶解性を損なわない限り支障はない。このような観点から、耐炎ポリマーの前駆体であるPAN系ポリマーは直鎖状であっても、枝分かれしていても構わない。また、アクリレートやメタクリレートやビニル化合物等の他の共重合成分をランダムにもしくはブロックとして骨格に含むものであっても良い。
【0021】
本発明における耐炎ポリマーの分子量は、成形方法に応じた粘性を有する分子量とすれば良いが、前駆体として用いるPAN系ポリマーについては、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)にて測定される質量平均分子量(Mw)は、1000〜1000000であることが好ましい。前駆体ポリマーの質量平均分子量が1000より低い場合、耐炎化にかかる時間は短縮できるが、耐炎ポリマー間の水素結合などの分子間相互作用が弱くなるために、得られる耐炎繊維束に十分な強度を与えることが困難となる。一方、前駆体ポリマーの質量分子量が1000000を超えると、耐炎化にかかる時間が長くなるために生産コストが高くなったり、耐炎ポリマー間の水素結合などによる分子相互作用が強くなりすぎるために、冷却時にゲル化し、賦型温度で耐炎ポリマーを含有する溶液の流動性が得られ難くなることがある。前駆体ポリマーの質量平均分子量は、より好ましくは10000〜500000であり、さらに好ましくは20000〜300000である。
【0022】
耐炎ポリマーを含有する溶液に用いる溶媒としては、有機溶剤、特に極性有機溶剤が好ましく用いられる。本発明において好ましく用いられる極性有機溶剤は、常温の下でLCRメータによって測定される比誘電率が2以上のものであることが好ましく、より好ましくは10以上のものである。比誘電率がこのような値にあると、耐炎ポリマーをより安定的に分散することが可能で、かつ凝固過程での分散媒抽出が容易で取扱い易い。比誘電率が小さすぎると、凝固過程で水系凝固浴を用いる場合に分散媒の抽出が難しくなる。また、比誘電率の上限は特にないが、あまりに大きすぎると、耐炎ポリマーを安定的に分散することが難しくなる場合があるので、比誘電率が80以下の極性有機溶剤を用いることが好ましい。
【0023】
本発明で好ましく用いられる極性有機溶剤としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、Nメチル2ピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、スルホラン、ジメチルイミダゾリジオン、エチレングリコールおよびジエチレングリコール等が挙げられ、DMSO、NMP、DMFおよびDMAcがより好ましく、これらの中でも塩に対する溶解性の高さから特にDMSOとDMFが好ましく用いられる。これらの極性有機溶剤は、1種だけで用いても2種以上混合して用いても良い。
【0024】
溶媒の含有率は、耐炎ポリマーを含有する溶液の全量に対して45重量%以上かつ95重量%以下であることが好ましい。有機溶剤の含有率が45重量%より低くなると、耐炎ポリマーを含有する溶液の安定性が著しく低下して流動性を失う場合があり、一方、有機溶剤の含有率が95重量%を超えると、耐炎ポリマーを含有する溶液の粘度が低くなって繊維化が困難になる場合がある。
【0025】
また、本発明の目的を妨げない範囲で、水等の他の溶媒(例えば、水溶性溶剤)を極性有機溶剤と組み合わせて用いることで均一な溶液としても良い。水を用いることは、成形時の溶媒除去が比較的容易である点やコストの観点から好ましい。水を添加する場合の添加量は、耐炎ポリマー100重量%に対して、下の方としては5重量%以上、10重量%以上、20重量%以上、上の方としては300重量%以下、200重量%以下、150重量%以下の順に好ましい。
【0026】
本発明における耐炎ポリマーを含有する溶液の粘度は、紡糸方法、紡糸温度、口金の種類等によってそれぞれ好ましい範囲とすることができるが、粘性が低すぎても紡糸し難くなる場合がある。そのため、紡糸温度においてB型粘度計で測定された溶液粘度が、1Pa・s以上100Pa・s以下であることが好ましく、より好ましくは2.5Pa・s以上50Pa・s以下である。
【0027】
耐炎ポリマーを含有する溶液において、耐炎ポリマーの含有率は、耐炎ポリマーを含有する溶液の全量に対して5重量%以上かつ45重量%以下であることが好ましい。耐炎ポリマーの含有率が5重量%より低くなると、紡糸の際の生産性が低くなることや得られる繊維束の品位が低下することがあり、一方で含有率が45重量%より高くなると、耐炎ポリマーを含有する溶液の流動性が低下して紡糸が困難になる場合があるからである。耐炎ポリマーの含有率は、より好ましくは6重量%以上かつ30重量%以下である。
【0028】
本発明に用いる耐炎ポリマーの製造方法については、前駆体であるPAN系ポリマーの固体単体もしくは有機溶剤に分散した状態のポリマーのいずれを加熱処理するものであっても構わない。耐炎ポリマーの固体は極性溶媒に対して親和性が低く分散し難い場合があるので後者の手法が好ましい。
【0029】
本発明に用いる耐炎ポリマーの前駆体であるPAN系ポリマーを有機溶剤中に分散させた分散体を加熱処理して耐炎ポリマーを得る場合は、耐炎化が進行する限りにおいて、その温度、時間、装置の条件および手法は特に限定されない。加熱方法も特に限定されず、ジャケット式熱媒循環、マントルヒータ、オイルバス、またはイマージョンヒータに代表される工業的に市販されている加熱装置のいずれを用いても構わない。ただし、高温で耐炎化をおこなうときに溶剤の突沸、および発火や引火の危険性が高くなるので使用する溶剤の沸点以下で行うことが好ましい。また、反応時間は、耐炎化反応が発熱反応であるので、短時間の反応は除熱が困難となり暴走反応に至る場合があるため30分以上に調整することが好ましい。一方で、長時間にわたり耐炎化をおこなうと単位時間当たりの生産量が低下して非生産的であるため、反応時間は24時間以内が好ましく、より好ましくは1時間以上12時間以下である。
【0030】
本発明に用いる耐炎ポリマーの前駆体であるPAN系ポリマーの分散体を加熱処理して耐炎ポリマーを得る際には、酸化剤と環化剤を用いることにより、160℃の温度以下の低温で反応を進行させることができ、好ましい態様である。
【0031】
ここで、酸化剤とは、反応によって前駆体ポリマーから水素原子を引き抜く作用もしくは酸素原子を供与する作用を有する化合物のことであり、具体的には、安全性や反応性からニトロ系化合物やキノン系化合物等が挙げられる。
【0032】
ニトロ系化合物としては、反応時の熱安定性から芳香族環をもつモノニトロ化合物がより好ましく、例えば、ニトロベンゼン、o,m,p−ニトロトルエン、o,m,p−ニトロフェノール、ニトロキシレンおよびニトロナフタレン等が挙げられ、ニトロベンゼン、o,m,p−ニトロトルエンおよびo,m,p−ニトロフェノールが特に好ましく用いられる。また、キノン系化合物としては、例えば、1,4−ベンゾキノン、クロラニル、ブロマニル、クロロ−1,4−ベンゾキノン、ジクロロ−1,4−ベンゾキノン、ブロモ−1,4−ベンゾキノン、ジブロモ−1,4−ベンゾキノン、テトラフルオロ−1,4−ベンゾキノン、2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−1,4−ベンゾキノン、オルトベンゾキノン、オルトクロラニルおよびオルトブロマニル等が挙げられ、1,4−ベンゾキノン、クロラニル、ジクロロ−1,4−ベンゾキノンおよび2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−1,4−ベンゾキノンが特に好ましく用いられる。
【0033】
これらの酸化剤の添加量は特に限定されないが、前駆体ポリマー100重量部に対して0.1〜200重量部が好ましく、より好ましくは1〜100重量部である。これらの酸化剤は1種だけで用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。
【0034】
また、環化剤とは、前駆体ポリマーを、結合の生成によって非環状骨格部位を環状構造へと誘導する化合物のことであって、具体的には、例えば、アミン系化合物、グアニジン系化合物、アルコール系化合物、アミノアルコール系化合物、カルボン酸系化合物、チオール系化合物、アミジン系化合物などの有機系求核剤、金属アルコキシド化合物、金属アミド化合物、金属イミド化合物、金属水素化物、金属水酸化物、金属炭酸塩およびカルボン酸金属塩等が挙げられる。環化効率の高さおよび試薬の安定性の観点から、アミン系化合物、グアニジン化合物、アミノアルコール化合物、金属アルコキシド化合物および金属イミド化合物が好ましく用いられる。中でも、耐炎ポリマーの分散性の観点から、アミノアルコール系化合物が特に好ましく用いられる。
【0035】
アミン系化合物としては、アミン骨格を有するものであればいずれでもよいが、例えば、アンモニア、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、アリルアミン、ペンチルアミン、オクチルアミン、ドデシルアミン、アニリン、ベンジルアミン、トルイジン、エチレンジアミン、プロパンジアミン、シクロへキサンジアミン、デカメチレンジアミン、3,5−ピリジンジアミン、N,N−ジメチルエチレンジアミン、N,N−ジエチルエチレンジアミン、3,5−ジメチルベンゼン2,4−ジアミン、および1,12−ドデカンジアミン等が挙げられる。
【0036】
グアニジン系化合物としては、グアニジン構造を有するものであればいずれでもよいが、例えば、グアニジン炭酸塩、グアニジンチオシアネート、グアニジン酢酸塩、グアニジンリン酸塩、グアニジン塩酸塩、グアニジン硝酸塩、グアニジン硫酸塩、メチルグアニジン、エチルグアニジン、ジメチルグアニジン、アミノグアニジン、フェニルグアニジン、ナフチルグアニジン、ニトログアニジン、ニトロソグアニジン、アセチルグアニジン、シアノグアニジン、およびグアニルウレア等が挙げられ、特に好ましく用いられるのは、グアニジン炭酸塩、グアニジン酢酸塩およびグアニジンリン酸塩である。
【0037】
アミノアルコール系化合物としては、例えば、モノエタノールアミンとジエタノールアミン等が挙げられ、プロパノールアミン金属アルコキシド化合物としては、例えば、カリウムtert−ブトキシド、ナトリウムtert−ブトキシド、カリウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムエトキシド、ナトリウムエトキシド、カリウムイソプロポキシド、ナトリウムイソプロポキシド、カリウムイソブトキシド、ナトリウムイソブトキシド、ナトリウムフェノキシド等が挙げられ、特に好ましく用いられるのは、カリウムtert−ブトキシドとナトリウムtert−ブトキシドである。
【0038】
金属イミド化合物としては、例えば、カリウムフタルイミドやナトリウムフタルイミド等が挙げられ、中でもカリウムフタルイミドが好ましく用いられる。
【0039】
これら環化剤の添加量は特に限定されないが、前駆体ポリマー100重量部に対して0.1〜500重量部が好ましく、より好ましくは1〜200重量部であり、さらに好ましくは3〜100重量部である。
【0040】
本発明に用いる耐炎ポリマーを得るためにPAN系ポリマーの分散体を加熱処理する際には、酸を添加することが好ましい。酸は、加熱処理の前に加えても、加熱処理中に加えても構わない。
【0041】
ここで、酸とは、プロトンの授受によって酸と定義される酸と、電子の授受によって酸と定義される酸のどちらに定義されるものであっても良い。また、それらのうち2種類以上を混合して用いても良い。
【0042】
具体的に、プロトンの授受によって酸と定義される酸としては、例えば、塩酸、硝酸、硫酸、リン酸および臭化水素酸のような無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、カプロン酸、エナント酸、カプリリ酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリル酸、ミリスチル酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、安息香酸、メチル安息香酸、フタル酸、無水フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、サリチル酸、没食子酸、ピルビン酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、アコニット酸、グルタル酸、アジピン酸、フェルロイル、ヒドロキシ安息香酸、ホモサリチル酸、ピロカテク酸、レソルシル酸、ゲンチジン酸、バニリン酸、イソバニリン酸、オルセリン酸、アサロン酸、マンデル酸、フタロン酸、ベンジル酸、フロレト酸、トロパ酸およびクマル酸のようなカルボン酸や、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、トシル酸、カンファースルホン酸、タウリンおよびナフタレンスルホン酸のようなスルホン酸等が好ましく挙げられる。
【0043】
また、電子の授受によって定義される酸としては、例えば、塩化アルミニウム、塩化亜鉛、塩化鉄、銀トリフラート、シアン化鉄および塩化銅等のルイス酸が挙げられる。
【0044】
これらのうち、大量にかつ安価に入手可能であることや、金属を含まないことで環境負荷の少なく、さらに大規模での取り扱い性に優れた、カルボン酸もしくはスルホン酸を用いることが好ましい。なかでも、少ない量で効果が著しくみられるカルボン酸が好ましく用いられる。カルボン酸の中では、反応に使用する極性溶媒への溶解性が高い、沸点が高く、反応温度を高く設定することのできるカルボン酸、具体的には安息香酸、ヒドロキシ安息香酸、メチル安息香酸およびアミノ安息香酸等のモノカルボン酸、フタル酸、イソフタル酸およびテレフタル酸等のジカルボン酸が好ましく用いられる。
【0045】
これらの中でも、ジカルボン酸であるフタル酸、イソフタル酸およびテレフタル酸が好ましく、紡糸工程での糸切れはさらに激減されて工程安定性が向上する。これは、酸1分子内にカルボキシ基が2つ存在することにより耐炎ポリマー間の架橋が起こり、耐炎ポリマー同志の絡み合いによる相互作用が大きくなるためと考えられる。
【0046】
また、上記の酸と同様に、酸無水物および酸塩化物も好ましく用いることができる。ここでいう酸無水物とは、化学辞典(東京化学同人版)で定義されているカルボン酸のカルボキシ基2個から1分子の水が失われて、2つのアシル基が酸素原子を共有するかたちの化合物を指す。具体的な酸無水物としては、例えば、アジピン酸無水物、無水コハク酸、酪酸無水物、クエン酸無水物、酒石酸無水物、ヘキサン酸無水物、安息香酸無水物および無水フタル酸が好ましく挙げられる。
【0047】
さらに、酸塩化物とは、化学辞典(東京化学同人版)で定義されているカルボン酸のカルボキシ基に含まれるヒドロキシ基を塩素で置換した化合物を指す。具体的な酸塩化物としては、例えば、塩化アセチル、塩化プロピオニル、塩化ピバロイル、塩化ブタノイル、塩化ベンゾイル、塩化アニソール、塩化ナフトイルおよびフタロイルジクロリドが好ましく挙げられる。
【0048】
本発明で用いる耐炎ポリマーを得る際に、多量に酸等を加えると耐炎化反応の進行が遅くなったり、前駆体ポリマーが析出してくる場合があるので、酸、酸無水物および酸塩化物の総添加量は、前駆体ポリマー100重量%に対して、0.01重量%から200重量%の範囲であることが好ましく、より好ましくは0.1重量%から50重量%の範囲である。
【0049】
具体的に、例えば、前駆体ポリマーとしてPAN系ポリマーを用い、酸としてジカルボン酸を用いる場合の酸の添加量は、PAN系ポリマー100重量%に対して、0.01重量%から50重量%の範囲であることが好ましい。酸の添加量が50重量%を超えると、耐炎ポリマーを含む分散体の分散安定性が低下し流動性を失いやすくなる場合があるためである。酸の添加量は、更に好ましくは0.05重量%から25重量%の範囲である。
【0050】
なお、本発明で用いる耐炎ポリマーまたは耐炎ポリマーを含有する溶液中にはシリカ、アルミナ、ゼオライト等の無機粒子、カーボンブラック等の顔料、シリコーン等の消泡剤、リン化合物等の安定剤・難燃剤、各種界面活性剤、その他の添加剤を含有させることもできる。また耐炎ポリマーの溶解性を向上させる目的で塩化リチウム、塩化カルシウム等の無機化合物を含有させることもできる。これらは、耐炎化を進行させる前に添加しても良いし、耐炎化を進行させた後に添加しても良い。
【0051】
最終的に得られた耐炎ポリマーを含有する溶液の粘度、ポリマー濃度や耐炎化の進行度合、溶媒の種類等によって、前記した好ましい範囲に各要件を適宜調整することができる。
【0052】
次に、PAN骨格を有する耐炎ポリマーを紡糸して繊維化し耐炎ポリマー繊維束を得るに好適な方法について説明する。
【0053】
耐炎ポリマーを含有する溶液を繊維状に紡糸して耐炎ポリマー繊維となすわけであるが、その紡糸法としては、プロセスの生産性を上げるために湿式紡糸法あるいは乾湿式紡糸法を採用するのが好ましい。
【0054】
具体的に紡糸は、前記した耐炎ポリマーを含有する溶液を紡糸原液とし、配管を通しブースターポンプ等で昇圧し、ギアポンプ等で計量押出し、口金から吐出することによって行うことができる。ここで、口金の材質としてはSUSあるいは金、白金等を適宜使用することができる。
【0055】
また、紡糸原液が口金孔に流入する前に、前記した無機繊維の焼結フィルターあるいは合成繊維例えばポリエステルやポリアミドからなる織物、編物、不織布などをフィルターとして用いて、紡糸原液を濾過あるいは分散させることが、得られる耐炎繊維束において単繊維断面積等のバラツキを低減させる面から好ましい。
【0056】
口金孔径としては0.01〜0.5mmφ、孔長としては0.01〜1mmの任意のものを使用できる。また、口金孔数としては10〜1000000まで任意のものを使用できる。孔配列としては千鳥配列など任意に選択することができ、分繊し易いように予め分割しておいても良い。
【0057】
口金から直接または間接に凝固浴中に紡糸原液を吐出し、凝固糸を得る。凝固浴液は、
紡糸原液に使用する溶媒と凝固促進成分とから構成するのが、簡便性の点から好ましく、凝固促進成分として水を用いるのがさらに好ましい。凝固浴中の紡糸溶媒と凝固促進成分の割合、および凝固浴液温度は、得られる凝固糸の緻密性、表面平滑性および可紡性などを考慮して適宜選択することができ、特に凝固浴濃度としては溶媒/水=0/100〜95/5の任意の範囲で、30/70〜70/30が好ましく、40/60〜60/40が特に好ましい。また、凝固浴の温度は0〜100℃の任意の温度とすることができる。また、凝固浴としてはプロパノールやブタノール等の水との親和性を低減させたアルコールならば100%浴として用いることもできる。
【0058】
ここで、得られた凝固糸の膨潤度を100〜1000重量%、好ましくは200〜900%、さらに好ましくは300〜800%とするのが良い。かかる範囲は可紡性の観点から決められ、さらに後工程の浴延伸性に影響を与え得るものであり、かかる範囲であれば、得られる耐炎繊維束において単繊維断面積の変動係数を小さくすることができる。
【0059】
次に、凝固糸を、延伸浴で延伸するか、水洗浴で水洗するのが良い。もちろん、延伸浴で延伸するとともに、水洗浴で水洗しても良い。かかる延伸倍率は、1.01〜5倍、好ましくは1.05〜3倍、より好ましくは1.1〜2.5倍とするのが良い。延伸浴は温水または溶媒/水が用いられ、溶媒/水の延伸浴濃度は0/100〜70/30の任意の範囲とすることができる。また水洗浴としては、通常、温水が用いられ、延伸浴および水洗浴の温度は50〜100℃であることが好ましく、より好ましくは60〜95℃、さらに好ましくは65〜85℃である。
【0060】
本発明において、単繊維繊度を前術した好ましい範囲とするには、口金孔径を適宜選択することや、口金からの吐出量を適宜定めることにより制御することができる。また、単繊維繊度を大きくする場合には、乾燥時間を長くする、或いは乾燥温度を上げることが、溶媒残存量の低減の観点から好ましい。さらに、単繊維の断面形状は丸孔、楕円孔、スリット等の口金吐出孔の形状と溶媒除去する際の条件によって制御することができる。
【0061】
耐炎ポリマー繊維には、必要に応じて繊維の乾燥重量当たりの油剤成分付着量が所望の値となるように、たとえば繊維重量当たり0.01〜20重量%の範囲で適宜シリコーン系油剤などの油剤が付与されていても良い。
【0062】
油剤を付与する方法はいずれを問わないが、例えば、口金よりポリマーの溶剤と水などの凝固剤を混合した凝固浴に吐出された繊維に水洗、浴中延伸等の処理を施したものに後述の油剤を付与するのが好ましい。付与方法としては、糸条内部まで均一に付与できることを勘案し、適宜選択して使用すればよいが、具体的には、油剤を適正な乳化剤を使用して水分散液にして調製し、その水分散液を浸漬法、噴霧法、タッチロール法、あるいはガイド給油法などで水膨潤状態の繊維に付与する手段が採用される。
【0063】
かかる油剤の製造には、各種油剤調製法が適用でき、例えば、これまで述べてきた油剤成分を混合して、油剤とすることができる。油剤の各成分の混合は、プロペラ撹拌、ホモミキサーおよびホモジナイザーなどを使って行うこともできる。また、この混合物を水に分散して用いることもでき、その場合は、転相乳化法などを用いて油剤成分の平均粒子径を0.001〜1μmに制御することが好ましい。平均粒子径はより好ましくは0.01〜0.5μmであり、さらに好ましくは0.05〜0.25μmである。かかる平均粒子径は、市販のレーザー回折を原理とする粒度分布計などで確認することができる。
【0064】
本発明では、通常、油剤を付与した後には乾燥を行うが、具体的には、50〜300℃での乾燥と、200〜350℃での延伸を分離して行うことが好ましい。
【0065】
乾燥方法としては、乾燥加熱された複数のローラーに直接接触させることや熱風や水蒸気を送る、赤外線や高周波数の電磁波を照射する、減圧状態とする等を適宜選択し組み合わせることができる。ここで、繊維表面の水分をとばすための、所謂、恒率乾燥の段階においては、ローラーなどに接触させて乾燥すると単繊維間接着し易いため、シリコーン油剤によるゲル化皮膜が十分に形成されるまでは、非接触で乾燥させる方法を採用することが好ましい。
【0066】
また、非接触で乾燥する方法において、通常、熱風を送る場合、繊維の走行方向に並行流あるいは直交流させることによって行うことができる。輻射加熱方式の赤外線は遠赤外線、中赤外線、近赤外線を用いることができ、マイクロ波を照射することも選択できる。
【0067】
乾燥後の繊維の比重は、通常、1.15〜1.5、好ましくは1.2〜1.4、より好ましくは1.2〜1.35である。乾燥後の繊維における単繊維の断面積の変動係数は、好ましくは5〜30%、より好ましくは7〜28%、さらに好ましくは10〜25%である。また、乾燥後の繊維における単繊維の伸度は0.5〜20%であることが好ましい。さらに、乾燥後の繊維は、示差走査熱分析(DSC)で求めた酸化発熱量(J/g)が50〜400であることが好ましい。場合によって、連続乾燥ではなくバッチ的な乾燥を行うこともできる。
【0068】
次に、延伸については、延伸温度は200〜350℃の範囲で任意に設定することができ、延伸倍率は1.1〜4倍が好ましく、1.2〜3.5倍がより好ましく、1.3〜3.0倍がさらに好ましい。延伸倍率は必要とされる耐炎繊維束としての強度や繊度から設定される。また、延伸に際しての処理時間は、繊維を所望の割合だけ延伸させることができれば十分であるが、繊維の工程通過速度を遅くして処理時間を長くすることにより、延伸の効果と併せて熱処理により耐炎性をさらに向上させる効果も得られるため、温度や単繊度にもよるが、処理時間は0.01〜60分の任意の値を採用できる。
【0069】
本発明では、乾燥前のみならず、延伸前後など他の部分においても、高次加工の必要性に応じて油剤を適宜付与しても良い。この場合、油剤の種類としては特に限定されず、ポリエーテル系、ポリエステルの界面活性剤、シリコーン、アミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン、ポリエーテル変性シリコーンを単独あるいは混合して付与することができるし、その他の油剤成分を付与しても良い。
【0070】
本発明では、上記のようにして得られる耐炎ポリマー繊維束に0.3〜30回/mの範囲の撚りを付与する。この範囲の撚りを付与することによって、耐炎化および/または炭化工程における単糸毛羽のローラーへの巻き付きを原因とした糸切れを減少させることができる。
【0071】
すなわち、ローラーに単繊維が取られた際、本発明の繊維は撚りを付与していることから、取られた単糸は撚り部分で引っかかり切れるので、連続的に単繊維がローラーに巻き付くことを防止できる。その結果、単繊維巻き付きで糸切れに至るといった問題を防止することができ、製品収率および品位の向上につながるのである。
【0072】
また、一般的に生産性向上のためには、工程速度の高速化が取り入れられているが、この工程速度高速化に伴い、単繊維毛羽の巻き付きから糸切れに至るまでの時間が短くなるため、糸切れする前に巻き付いた単繊維毛羽を除去することが困難となる。本発明は、この様な場合に効果が発揮されるのである。
【0073】
また、本発明における耐炎ポリマー繊維とは、耐炎ポリマーを紡糸し繊維化してなる繊維であって、耐炎化や炭素化などの焼成に供する前段階の繊維を指し、耐炎化処理され炭素化処理される前段階の耐炎繊維を含むものである。各単繊維の断面形状は、円、楕円、まゆ型、場合によっては不定形であっても良い。
【0074】
本発明において、耐炎ポリマー繊維は、その比重が、1.1〜1.6であることが好ましく、1.15〜1.55がより好ましく、1.2〜1.5がさらに好ましい。かかる比重が小さすぎると単繊維内部に空孔が多く、繊維強度が低下する場合があり、逆に大きすぎると緻密性が高まりすぎて伸度が低下する場合がある。なお、比重は従来公知の液浸法や浮沈法によって測定できる。
【0075】
本発明において、耐炎ポリマー繊維束を構成する単繊維の引張強度は0.1g/dtex以上が好ましく、1g/dtex以上がより好ましく、2g/dtex以上がさらに好ましい。また、強度は高ければ高いほど好ましいが、その後の工程における取り扱い性や加工のし易さなどの観点から、上の方としては10g/dtex以下が適当である。かかる引張強度は万能引張試験器(例えばインストロン社製 モデル1125)を用いて、JIS L 1015(1981)に準拠して測定できる。
【0076】
耐炎ポリマー繊維束に含まれる溶媒成分の残存率は、10重量%以下が好ましく、5重量%以下がより好ましく、1重量%以下がさらに好ましい。かかる溶媒残存率が大きすぎると耐炎ポリマー由来の耐炎性が損なわれる場合がある。
【0077】
また、耐炎ポリマー繊維束を構成する単繊維の繊度については、0.6〜10.0dtexの範囲であることが好ましく、より好ましくは0.65〜7.0dtex、さらに好ましくは0.7〜5.0dtexの範囲である。単繊維繊度が0.6未満である場合、得られる炭素繊維が細くなってしまうため、炭素繊維の生産性向上という点では効果が小さくなる。また、単繊維繊度が10.0デニールを超える場合、単糸断面において表層から内層にかけて熱処理の時間差が生じ易く、その結果表層と内層における処理度合いにも差ができるため、炭素繊維の欠陥を生じ易くなるといった問題がある。
【0078】
本発明の耐炎ポリマー繊維束は、そのまま炭素化処理に供しても良いが、次のようにして一旦耐炎繊維束となして後、炭素化処理に供するのが良い。すなわち、1糸条あたりの総繊度が48000dtex〜200000dtexである耐炎化前の耐炎ポリマー繊維束を得、その繊維束に0.3〜30回/mの撚りを付与した後、耐炎化して耐炎繊維束とするのである。
【0079】
ここで、耐炎化について、温度は200〜350℃の範囲で任意に設定することができ、その際の延伸倍率は1.0〜4.0倍が好ましく、1.1〜3.0倍がより好ましく、1.2〜2.5倍がさらに好ましい。耐炎化における延伸倍率は必要とされる耐炎繊維束としての強度や繊度から設定される。また、処理時間は、繊維の耐炎性を向上させることができれば十分であり、耐炎化前の耐炎ポリマー繊維束の耐炎性、耐炎化の温度および繊度にもよるが、処理時間は0.01〜60分の任意の値を採用できる。
【0080】
本発明では、前記のようにして得た耐炎繊維束を不活性雰囲気で高温熱処理する、いわゆる炭素処理することにより炭素繊維束を得ることができる。より具体的には、前記した耐炎繊維束を、不活性雰囲気中、最高温度を300℃〜3000℃の範囲の温度で炭素化処理する。得られる炭素繊維束は、耐炎化前に撚りが付与されており、炭素化工程においてもローラーへの単糸巻き付きなどが抑制されるため、繊維の欠陥が生じ難く、良好なストランド強度を発現し得るものであり、かつ工程通過性よく得ることができる。
【0081】
炭化処理の処理温度について、最高温度の下の方としては、800℃以上、1000℃以上、1200℃以上の順に好ましく、最高温度の上の方としては、1800℃以下も使用できる。また、かかる炭素繊維束をさらに不活性雰囲気中、2000〜3000℃で加熱することによって黒鉛構造の発達した炭素繊維束とすることもできる。
【0082】
本発明において得られる炭素繊維束は、強度として0.1GPa以上、0.2GPa以上、0.3GPa以上であることが好ましく、また強度の上の方としては10.0GPa以下が適当である。強度が低すぎると補強繊維として使用できない場合がある。強度は高ければ高いほど好ましいが、10.0GPaあれば本発明の目的として十分なことが多い。
【0083】
また、かかる炭素繊維束を構成する単繊維は、繊維直径が1nm〜7×10nmが好ましく、10〜5×10nmがより好ましく、50〜10nmがさらに好ましい。かかる繊維直径が1nm未満では繊維が折れやすい場合があり、7×10nmを超えるとかえって欠陥が発生しやすい傾向にある。また、本発明で得られる炭素繊維束は、比重が1.3〜2.4が好ましく、1.6〜2.1がより好ましく、1.6〜1.8が特に好ましい。1.3未満だと繊維が折れやすい場合があり、2.4を超えるとかえって欠陥が発生しやすい傾向にある。比重は液浸漬法や浮沈法によって測定できる。
【0084】
得られた炭素繊維束はその表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いる電解液には、硫酸、硝酸、塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシドといったアルカリ又はそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量については、適用する炭素繊維束により適宜選択することができるが、5.0〜50クーロン/gとすることが好ましい。
【0085】
かかる電解処理により、得られる複合材料において炭素繊維材料とマトリックスとの接着性が適正化でき、接着が強すぎることによる複合材料のブリトルな破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないといった問題が解消され、得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0086】
本発明で得られる炭素繊維束は、表面処理した後、集束性を付与するためサイジング処理をすることもできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0087】
本発明では、耐炎ポリマー繊維の時点で撚りが付与され、耐炎化および/または炭化工程を通過させてなるものであり、収束性に優れた炭素繊維が得られるため、表面処理後にサイジング剤を付与しなくても良いことが多い。この様にして得られた炭素繊維束は、チョップドストランドとして好適であり、サイジング剤を使用しなくても良いため低コストでの製造が可能となる。
【実施例】
【0088】
次に実施例により、本発明をより具体的に説明する。なお実施例における各物性値または特性は、以下の方法により測定した。
【0089】
<耐炎化工程通過性>
耐炎ポリマー繊維束を耐炎化するに際し、耐炎化に要する時間の上限を90分と設定し、正常に通過した場合を○、暴走反応による糸切れが発生した場合および耐炎化上限時間である90分以内に耐炎化が終了していないと判断した場合を×として評価した。
【0090】
なお、耐炎化が終了していない状態の評価としては、(炎テスト)耐炎化を終了した繊維を水平から約10°角で傾きをつけて張り、低い方に3KD当たり10gの荷重をかけた状態で、低い方からバーナーの炎を当てて繊維を燃焼させたときの収縮残留率を求める方法により実施し、この収縮残留率が80%未満である場合および燃焼して繊維形態を保持できなかった場合を耐炎化が終了していない状態とした。
【0091】
<耐炎化工程安定性>
耐炎ポリマー繊維束を耐炎化するに際し、ローラーへの単繊維巻付き発生頻度および毛羽立ちなど糸へのダメージにより、以下の基準で評価した。
【0092】
5:単糸巻付き:1回/60分未満
糸の毛羽立ち1個/10m未満
4:単糸巻付き:1回/60分以上、3回/60分未満
糸の毛羽立ち3個/10m以上、1個/10m未満
3:単糸巻付き:3回/60分以上、6回/60分未満
糸の毛羽立ち6個/10m以上、10個/10m未満
2:単糸巻付き:6回/60分以上、15回/60分未満
糸の毛羽立ち10個/10m以上、30個/10m未満
1:単糸巻付き:15回/60分以上
糸の毛羽立ち30個/10m以上
60分以内に暴走反応起因以外の糸切れが起こった場合
<各工程の単繊維物性>
JIS L 1015(1981)に従って引張試験を行った。表面が滑らかで光沢のある紙片に5mm幅毎に25mmの長さの単繊維を1本ずつ試料長が約20mmとなるよう両端を接着剤で緩く張った状態で固着した。試料を単繊維引張試験器のつかみに取り付け、上部のつかみの近くで紙片を切断し、試料長20mm、引張速度20mm/分で測定した。測定数はn=50とし、平均値を引張強度とした。
【0093】
<炭素繊維束のストランド強度>
炭素繊維束に下記組成の樹脂を含浸させ、130℃の温度で35分間硬化させた後、JISR 7601(1986年)に基づき、引張試験を行い、n=6の平均でストランド強度を求めた。
【0094】
{樹脂組成}
・3,4−エポキシシクロヘキシルメチル−3,4エポキシシクロヘキシルカルボキシレート(ERL−4221、ユニオンカーバイト社製) 100重量部
・3フッ化ホウ素モノエチルアミン(ステラケミファ社製) 3重量部
・アセトン(和光純薬工業社製) 4重量部
(実施例1)
アクリロニトリル100重量部、イタコン酸0.6重量部、DMSO371重量部、アゾビスイソブチロニトリル0.4重量部、オクチルメルカプタン1重量部を反応容器に仕込み、窒素置換後に65℃で5時間、75℃で7時間加熱し重合し、DMSOを溶媒とするアクリロニトリル99.5モル%とイタコン酸0.5モル%からなるポリアクリロニトリル共重合体(PAN)を含む溶液を調製した。系全体をポンプで排気して30hPaまで減圧することで脱モノマーした後に160℃に加温しDMSOとモノエタノールアミン(MEA)を加え60分間均一な状態で反応させた。さらにオルトニトロトルエン(ONT)を加え160℃で120分間反応させ、黒色の耐炎ポリマー含有溶液を得た。この際の仕込み重量比はPAN/DMSO/MEA/ONT=10/78/6/6であった。
【0095】
冷却して得た耐炎ポリマー含有溶液の粘度は25℃で50Pa・s、50℃では20Pa・sであった。
【0096】
この耐炎ポリマー含有溶液を湿式紡糸装置で繊維化した。耐炎ポリマー溶液を焼結フィルターを通した後、孔径0.06mmφの孔を48000ホール有する口金から30℃のDMSO/水重量比=55/45浴中に紡出した。
【0097】
この凝固糸を80℃のDMSO/水重量比=30/70浴中を通して1.1倍に延伸し、引き続いて90℃のDMSO/水重量比=10/90浴中を通して1.03倍に延伸した。
【0098】
さらに90℃の温水浴において、溶媒類をほとんど水に置換しつつ洗浄した。
【0099】
その後、アミノ変性シリコーン66.5重量%、エポキシ変性シリコーン28.5重量%、エチレンオキサイド変性シリコーン5.0重量%および乳化剤よりなる工程油剤を油剤濃度3.0重量%として付与して熱風循環炉中200℃で1.5分間乾燥し、続いて熱風循環炉中260℃で2.2倍に延伸を実施し、接着が無く、しなやかな状態の耐炎化処理前の耐炎化ポリマー繊維束が得られた。
【0100】
得られた耐炎ポリマー繊維束に撚り数5回/mで撚りを付与した後、さらに熱風循環炉中260℃で1.2倍に延伸すると同時に30分間熱処理して耐炎化処理を進行させ耐炎繊維束を得た。得られた耐炎繊維束は、単繊維繊度が1.0dtex、単繊維強度が2.3g/dtex、単繊維伸度が18%であった。
【0101】
耐炎化処理工程における耐炎ポリマー繊維束の工程通過性については暴走することなく処理可能であったため「○」、工程安定性については「5」で良好であった。
【0102】
さらに、得られた耐炎繊維束を窒素雰囲気中、300〜800℃で予備炭化し、次いで窒素雰囲気中、1400℃で炭化処理して炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束は、単繊維強度が3.1GPa、単繊維弾性率が225GPa、比重が1.79であり、ストランド強度は3.3GPaであった。各種評価結果を表1に示す。
【0103】
(実施例2、3)
耐炎ポリマー繊維束に付与する撚り数を表1に示す如く変更したこと以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。各種評価結果を表1に示す。
【0104】
(実施例4)
口金を、吐出孔を24000ホール有する口金に変更した以外は、実施例1と同等にして炭素繊維束を得た。各種評価結果を表1に示す。
【0105】
(比較例1)
実施例1で調整した、DMSOを溶媒とするアクリロニトリル99.5モル%とイタコン酸0.5モル%からなるポリアクリロニトリル共重合体(PAN)を含む溶液を、55℃のDMSO/水重量比=60/40浴中に孔径0.06mmの孔を24000ホール有する口金から紡出した。この凝固糸を熱水中で延伸、水洗した後、実施例1と同様の工程油剤を付与して乾燥緻密化し、単繊維繊度が1.0dtexのPAN系前駆体繊維を得た。得られたPAN系前駆体繊維に撚り数5回/mで撚りを付与した後、実施例1と同様に耐炎化処理を進行させようとしたが、暴走糸切れが発生した。
【0106】
(比較例2)
撚り数を数0.3回/mに変更した以外は、比較例1と同様にして耐炎化処理を進行させようとしたが、暴走糸切れが発生した。
【0107】
(比較例3、4)
耐炎ポリマー繊維束に付与する撚り数を表1に示す如く変更したこと以外は、実施例1と同様に耐炎化処理を進行させた。
【0108】
比較例3では、暴走糸切れは発生しなかったが、耐炎化で単繊維巻き付きが発生したため、毛羽の多い耐炎繊維束が得られた。さらに、得られた耐炎繊維束を実施例1と同様にして予備炭化・炭化処理して炭素繊維束を得たが、耐炎繊維束の品位に由来して単繊維物性のバラツキが大きく、平均した単繊維物性は低くなった。各種評価結果を表1に示す。
【0109】
一方、比較例4では、耐炎化において暴走糸切れが発生した。
【0110】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明は、ポリアクリロニトリル骨格を有する耐炎ポリマーを原料として品位の良い炭素繊維束を生産性良く製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリル骨格を有する耐炎ポリマーを紡糸し繊維化してなり、かつ0.3〜30回/mの撚りを有する耐炎ポリマー繊維束。
【請求項2】
単繊維繊度が0.6〜10dtexである請求項1に記載の耐炎ポリマー繊維束。
【請求項3】
ポリアクリロニトリル骨格を有する耐炎ポリマーを紡糸し繊維化して1糸条あたりの総繊度が48000dtex〜200000dtexである耐炎化処理前の耐炎ポリマー繊維束を得、その繊維束に0.3〜30回/mの撚りを付与した後、耐炎化処理する耐炎繊維束の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法で得られる耐炎繊維束を炭素化してなる炭素繊維束。

【公開番号】特開2009−197358(P2009−197358A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−39667(P2008−39667)
【出願日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】