説明

耐疲労特性に優れた溶接継手及びその製造方法

【課題】溶接止端部をピーニング処理した際、溶接止端部に折れ込み疵が生じるのを抑制できるとともに、十分な応力集中緩和効果を得ることが可能な、耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法を提供する。
【解決手段】溶接止端部にピーニング処理を施す際、ピーニング処理前の溶接止端部の半径ρ(mm)、フランク角度θ(°)、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径r(mm)の各々の関係が、次式{ρ/θ ≧ r/100}及び{2 ≦ r ≦ 10}をそれぞれ満足するようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶接継手及びその製造方法に関するものであり、特に、船舶や橋梁、海洋構造物等の種々の鋼構造物を構成する、耐疲労特性に優れた溶接継手及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、船舶や橋梁、海洋構造物等の鋼構造物の多くは、鋼部材間を溶接することで、各鋼部材が溶接継手によって接続されて構成されている。また、このような溶接継手は、各鋼部材間を、例えば、ガスシールドアーク溶接、被覆アーク溶接、サブマージアーク溶接等の各種溶接方法により、突合せ溶接や隅肉溶接等を行うことで製造する。この際、溶接部の表面側には、鋼部材(母材)と溶接金属との境界部に溶接止端部が形成される。このような溶接止端部の近傍は、溶接後の冷却時に溶接金属部が凝固収縮するために引張残留応力が存在し易く、さらに、部材に作用する外力によって応力が集中し易い部位となる。このため、溶接継手に繰り返し荷重が作用すると、溶接止端部より疲労き裂が発生し、鋼構造物の健全性を大きく損なう可能性がある。
【0003】
ここで、溶接継手の耐疲労強度は、鋼材(母材)強度にはほとんど依存せず、継手形状に大きく依存することが一般に知られている。特に、構造的な応力集中が大きい角回し継手や重ね継手等では、溶接部の疲労強度が母材に比べて著しく低下するため、鋼構造物の応力設計上の妨げとなる場合があり、高強度鋼材の優れたパフォーマンスを十分に活かせない可能性があった。
【0004】
このため、従来、溶接継手の耐疲労強度を向上させることを目的として、硬質の先端を持つ振動端子を用いた溶接止端部のピーニング処理を行う方法が提案されている(例えば、特許文献1、2、並びに、非特許文献1、2を参照)。
【0005】
特許文献1、並びに、非特許文献1に記載の方法ではハンマーピーニング法と呼ばれる方法を用い、また、非特許文献2に記載の方法では超音波ピーニング法を用いることにより、ともに、溶接止端部に振動端子先端の形状を塑性加工により転写する方法とされている。しかしながら、非特許文献1、2に記載の方法では、大きな曲率半径の振動端子を用いて溶接止端部を成形した場合には、溶接止端部に折れ込み庇が発生するため、疲労特性が十分に向上しない可能性がある。
【0006】
一般的に、溶接止端のピーニング処理は、先端部の曲率半径が2〜10mm程度の硬質の振動端子を用いて行われる。このような先端部の曲率半径が比較的大きい振動端子を用いてピーニング処理した場合、溶接止端部には、図6(b)に示すように深さ0.2〜0.4mm程度の折れ込み疵が形成される。通常、ピーニング処理した溶接止端部には、降伏点の5割以上の圧縮残留応力が導入されているが、この圧縮残留応力が存在する限り、折れ込み疵は閉口している(図6(c)参照)ことから、折れ込み疵による影響はほとんど無い。しかしながら、母材の降伏点レベルの過大荷重が溶接継手に加わることで、溶接止端部の圧縮残留応力が低下した場合や、高応力比の環境下においては、上述のような折れ込み疵の影響により、思わぬ疲労強度の低下を引き起こす場合がある。
【0007】
ここで、特許文献2においては、超音波衝撃処理に用いるピン先端部(振動端子先端部)の曲率半径を2mm未満と小さくすることで、折れ込み疵の発生を抑制することが可能であるとされている。しかしながら、特許文献2の方法では、超音波衝撃処理後の溶接止端部の半径が小さすぎることから、応力集中を緩和する効果が十分に得られないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平04−021717号公報
【特許文献2】特開2007−283355号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】IIW Commission XIII, IIW recommendation Post Weld Improvement of Steel and Aluminum Structures, Revised March 2009, P20〜27
【非特許文献2】疲労強度向上向け超音波ピーニング方法、溶接学会誌 第77巻(2008) 第3号、P210〜213
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、先端部の曲率半径が比較的大きな振動端子を用いて溶接継手の溶接止端部をピーニング処理した場合であっても、溶接止端部に折れ込み疵が生じるのを抑制できるとともに、溶接止端部の応力集中を十分に緩和することが可能な、耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等が上記問題を解決するために鋭意研究を行った。この結果、ピーニング処理を施す前の溶接止端部の半径とのフランク角度、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径との関係を適正範囲に規定することにより、先端部の曲率半径が2mm以上10mm以下とされた、曲率半径が比較的大きな振動端子を用いた場合であっても、溶接止端部に折れ込み疵が生じるのを抑制できることを知見した。即ち、折れ込み疵の発生による疲労強度の低下を生じさせることがなく、且つ、溶接止端部の応力集中を十分に緩和することができ、耐疲労特性を飛躍的に向上させることが可能となることを見出した。
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0012】
[1] 溶接止端部にピーニング処理を施した溶接継手であって、ピーニング処理を施す前の、前記溶接止端部の半径ρ(mm)、フランク角度θ(°)、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径r(mm)の各々の関係が、下記(1)、(2)式を満足し、かつ、ピーニング処理後の前記溶接止端部に、ピーニング処理時の塑性加工による折れ込み疵が形成されていないことを特徴とする、耐疲労特性に優れた溶接継手。
ρ/θ ≧ r/100 ・・・・・(1)
2 ≦ r ≦ 10 ・・・・・(2)
但し、上記(1)、(2)式において、ρ:ピーニング処理前の溶接止端部の半径(mm)、θ:ピーニング処理前の溶接止端部のフランク角度(°)、r:ピーニング処理に用いる振動端子の先端部曲率半径(mm)を示す。
[2] 前記ピーニング処理を施す前の予備処理として、グラインダを用いて前記溶接止端部を成形することを特徴とする、上記[1]に記載の耐疲労特性に優れた溶接継手。
[3] 複数の鋼板を溶接した後、さらに、その溶接止端部にピーニング処理を施す溶接継手の製造方法であって、ピーニング処理を施す前の、前記溶接止端部の半径ρ(mm)、溶接止端部のフランク角度θ(°)、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径r(mm)の各々の関係が、下記(3)、(4)式を満足することを特徴とする、耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法。
ρ/θ ≧ r/100 ・・・・・(3)
2 ≦ r ≦ 10 ・・・・・(4)
[4] 前記ピーニング処理を施す前の予備処理として、グラインダを用いて前記溶接止端部を成形することを特徴とする、上記[3]に記載の耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法。
【0013】
本発明の耐疲労特性に優れた溶接継手及びその製造方法によれば、上述したように、ピーニング処理を施す前の溶接止端部の半径とフランク角度、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径との関係を適正範囲に規定する方法を採用している。これにより、先端部の曲率半径が比較的大きな振動端子を用いた場合であっても、溶接止端部に折れ込み疵が生じることがなく、且つ、溶接止端部の応力集中を十分に緩和することができる。これにより、大きな繰返し応力が作用する環境下であっても、き裂や割れ等が生じることの無い、耐疲労特性に優れた溶接継手を製造することが可能となる。従って、例えば、船舶や橋梁、海洋構造物等の鋼構造物を建造する際、鋼部材間を溶接して溶接継手を製造する工程に本発明を適用することにより、鋼構造物の耐疲労特性を向上させるメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法の一例を模式的に説明する図であり、(a)溶接継手全体の断面図、(b)ピーニング処理を行う際の、溶接止端部のフランク角(°)及び半径ρ(°)と、振動端子の先端部の曲率半径r(mm)を示す断面図である。
【図2】本発明に係る耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法の一例を模式的に説明する図であり、ピーニング処理に用いる振動端子を示す部分概略図である。
【図3】本発明に係る耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法の一例を模式的に説明する図であり、振動端子を用いてピーニング処理する際の溶接止端部を示す概略図である。
【図4】本発明に係る耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法の一例を模式的に説明する図であり、振動端子を用いて溶接止端部をピーニング処理する際の手順を説明する工程図である。
【図5】本発明に係る耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法の一例を模式的に説明する図であり、折れ込み疵の発生と、溶接止端部の形状、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の曲率半径との関係を示すグラフである。
【図6】従来のピーニング処理による溶接止端部の折れ込み疵の生成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法の一実施形態について、図1〜5を適宜参照しながら説明する。なお、本実施形態は、本発明の耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り本発明を限定するものではない。
【0016】
上述したように、従来の方法で溶接止端部にピーニング処理を施した場合には、溶接止端部に折れ込み庇が発生するため、疲労特性が十分に向上しない可能性があった。また、折れ込み疵が発生するのを抑制するため、振動端子の先端部の曲率半径を小さくした場合には、溶接止端部における応力集中の緩和効果が十分に得られず、耐疲労強度の向上効果が不十分となるという問題があった。
本発明者等は、上記問題を解決するために鋭意研究を行い、ピーニング処理を施す前の溶接止端部の半径とフランク角度、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径との関係を適正範囲に規定することで、曲率半径が比較的大きな振動端子を用いた場合でも、溶接止端部に折れ込み疵が生じるのを抑制できることを発見した。即ち、折れ込み疵の発生による疲労強度の低下が生じず、且つ、溶接止端部における十分な応力集中緩和が得られ、耐疲労特性を飛躍的に向上させることが可能となることを明らかにした。
【0017】
即ち、本実施形態の耐疲労特性に優れた溶接継手10は、溶接止端部にピーニング処理を施した溶接継手であり、ピーニング処理を施す前の溶接止端部の半径ρ(mm)、フランク角度θ(°)、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径r(mm)の各々の関係が、下記(1)、(2)式を満足し、かつ、ピーニング処理後の溶接止端部に、ピーニング処理時の塑性加工による折れ込み疵が形成されていないことを特徴とする。
ρ/θ ≧ r/100 ・・・・・(1)
2 ≦ r ≦ 10 ・・・・・(2)
但し、上記(1)、(2)式において、ρ:ピーニング処理前の溶接止端部の半径(mm)、θ:ピーニング処理前の溶接止端部のフランク角度(°)、r:ピーニング処理に用いる振動端子の先端部曲率半径(mm)を示す。
ここで、図1(b)に示すように、ピーニング処理前の溶接止端部23は、鋼板表面で溶接金属が立上り始める点を指し、溶接止端部23のフランク角度θとは、母材(鋼板1)表面に対してビード(溶接金属部21)が盛り上がる角度を指す。
ただし、溶接止端部23からの距離が、ピーニングに用いる振動端子の先端部の曲率半径r以上の位置の溶接金属21の形状は、ピーニング処理に伴う折れ込み疵の発生に関して影響しないため、溶接止端部23のフランク角度θは、溶接止端部23からの距離が、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径r以下の領域のビード形状より決定することが望ましい。
本発明に係る溶接継手10は、特に限定されるものではなく、如何なる溶接継手であっても良い。図10に示す突合せ溶接継手だけでなく、例えば、隅肉溶接継手、角回し溶接継手にも適用される。また、接合される鋼板1としても特に限定されるものではなく、如何なる母材組成や組織、機械的特性を有する鋼板を用いてもよい。また、溶接条件に関しても特に限定されるものではなく、如何なる溶接材料や溶接方法を用いたとしても本発明が適用される限り優れた耐疲労性能を有する溶接継手を提供することができる。
【0018】
鋼板1を溶接することで得られる溶接継手10は、図1(a)の模式断面図に示すように、鋼板1の端部1a同士を突き合せた状態で、この端部1aに沿って溶接することで溶接部20が形成されてなる継手である。溶接部20は、溶接金属部21と、この溶接金属部21の周囲に形成される溶接熱影響部22とから構成される。
【0019】
溶接金属部21は、溶接材料(溶接ワイヤ、溶接棒)を供給しながら行うアーク溶接によって形成され、その組成や金属組織、機械的特性、溶接ビード形状等が、母材や溶接材料の組成や溶接入熱等の各種溶接条件によって制御される。また、溶接金属部21は、突き合わされた鋼板1上において、各々の側端部が溶接止端部23とされている。
また、本発明における溶接止端部23は、図3(a)、(b)の概略図に示すように、振動端子5を用いた打撃によるピーニング処理が施された後は、溝状の打撃痕が形成される。
【0020】
溶接熱影響部22は、溶接によって形成される溶接金属部21の周囲に生成され、溶接入熱によって母材特性が変化した領域である。溶接熱影響部22は、その靱性や強度等により、継手特性に影響を与える。
【0021】
以下に、本発明において、溶接によって形成される溶接部20の溶接止端部23に対し、ピーニング処理を施す際の手順について、図4(a)〜(c)を参照しながら説明する。
図4(a)に示すように、鋼板1の端部1a同士を突き合わせ、溶接されて得られる溶接継手10の溶接部20には、溶接金属部21の側端部が溶接止端部23とされている。
そして、図4(b)に示すように、溶接止端部23に対して振動端子5を押し当て、所定の振動を付与しながら、溶接止端部23に沿って振動端子5を移動させることにより、溶接止端部23を打撃処理する。これにより、図4(c)に示すように、溶接止端部23は、母材と溶接金属部21の間にまたがるようなピーニング溝となる(図3(a)、(b)も参照)。この際、ピーニング溝、即ち、溶接止端部23の位置には、ピーニング処理によって押し拡げられた鋼材料が、周囲の鋼材料からの変形拘束を受けることにより、圧縮残留応力が付与される。
【0022】
本発明においては、上述のような、溶接継手に対してピーニング処理を施す工程において、図1(b)に示すピーニング処理を施す前の溶接止端部23の半径とフランク角度θ、及び、図2に示す振動端子5の先端部51の曲率半径r(mm)との関係を適正範囲に規定している。
以下、本発明において規定する、溶接部20と振動端子5の形状に関して詳細に説明する。
【0023】
本発明者等は、ピーニング処理を施す前の溶接止端部の半径ρ(mm)、フランク角度θ(°)、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径r(mm)の各々の関係を(1)式で表される関係に規定するにあたり、以下に説明するような実証実験を行った。
【0024】
まず、フラックス入りワイヤ(JIS Z 3313 YFW−C50DR、ワイヤ径:1.2mm)を用いて、種々の溶接条件、具体的には、溶接電流:200〜300A、アーク電圧:22〜33V、溶接速度:27cm/minの各条件で、鋼板にビードオンプレートを実施した。この際、鋼板として、板厚が20mmとされた、JIS G3106準拠のSM490A鋼板を用いた。また、シールドガスとしては、炭酸ガス(CO:100%)を用いた。そして、溶接後にシリコン製の印象材を使用して溶接止端部の型をとることで、溶接止端部のフランク角度θ及び半径ρを計測した。
次いで、先端部の曲率半径r(mm)が、各々、2mm、3mm、4mm、5mmとされたピン(振動端子)を用いて、溶接止端部の超音波衝撃処理を施した。この際、超音波衝撃処理装置は、振動数:27kHz、仕事率:1kWの条件で動作させた。振動端子の先端部の曲率半径rを適宜変化させて、溶接止端部に超音波衝撃処理を施した。
そして、溶接止端部における折れ込み疵の発生の有無を調べ、その結果を図5に示した。また、図5のグラフ中における直線(実線)は、上記(1)式で表される関係の下限を示し、グラフ中において、この直線を含む上側の領域が上記(1)式で表される範囲となる。
【0025】
図5のグラフに示すように、溶接止端部のフランク角度θ及び半径ρ、並びに、振動端子の先端部の曲率半径rの各関係が本発明で規定する範囲内、即ち、上記(1)式を満足する場合には、溶接止端部に折れ込み疵が生じること無く、良好な溶接継手を製造できることが明らかである。
一方、図5に示すように、上記各条件の関係が上記(1)式で規定される下限を下回った場合には、溶接止端部に折れ込み疵が発生する結果となっている。
【0026】
本発明者等は、上記実証実験により、溶接止端部における折れ込み疵の発生を防止でき、且つ、溶接止端部の応力集中を十分に緩和するための最適条件として、溶接止端部の形状を決定するフランク角度θ及び半径ρと、ピーニング処理条件である振動端子の先端部の曲率半径rとを、上記(1)式で表される関係とすることを導き出した。
【0027】
なお、振動端子の先端部の曲率半径rが2mm未満の場合には、溶接止端部に折れ込み疵自体は発生し難いもの、一方で、応力集中の緩和効果が不十分となることから、本発明の対象外である。また、曲率半径rが10mmを超えても、応力集中を緩和する効果は飽和し、耐疲労特性のさらなる向上は得られず、また処理時間もより長く必要となる。これより、振動端子の先端部の曲率半径rの範囲は、上記(2)式で表すものとした。
また、溶接ままの状態では、溶接止端部の半径ρとフランク角度θが上記(1)、(2)式を満足しない場合であっても、グラインダを用いて溶接止端部の半径ρとフランク角度θを上記(1)、(2)式を満足するように成形した後にピーニング処理を施すことで、溶接止端部に折れ込み疵が生じることの無い、良好な溶接継手を製造できる。なお、本発明は、ピーニング処理前の溶接止端部にはアンダーカットやオーバーラップが存在しないことが前提となっており、アンダーカットやオーバーラップが存在する場合には十分な効果が得られない可能性がある。そのため、アンダーカットやオーバーラップが存在する場合にもグラインダにより溶接止端部を成形した後にピーニング処理を施すことができる。
【0028】
なお、本発明で説明する折れ込み疵の発生状態については、例えば、ピーニング処理した後の溶接止端部の断面を、光学顕微鏡等によって観察することで確認することが可能である。
【0029】
また、図2〜図4に示す例においては、ピーニング処理用の振動端子5を、軸方向から見た断面形状で円形としているが、これには限定されず、例えば、楕円形や長方形等に構成しても良い。
また、振動端子5の太さ(直径)としても、先端部51の曲率半径rが上記範囲内であれば、特に限定されず、本発明の製造方法を適用して溶接継手を製造する際の継手寸法等を考慮しながら、適宜設定すれば良い。
【0030】
また、本発明においては、溶接方法としては、特に限定されるものではなく、上記したワイヤ(JIS Z 3313 YFW−C50DR、ワイヤ径:1.2mm)を用いたガスシールドアーク溶接のみならず、母材の鋼種等を勘案しながら溶接方法、溶接材料(溶接ワイヤ、溶接棒)を適宜選定すれば良い。
【0031】
以上説明したように、本発明に係る耐疲労特性に優れた溶接継手及びその製造方法によれば、上述したように、ピーニング処理を施す前の溶接止端部の半径とフランク角度、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径との関係を適正範囲に規定する方法を採用している。これにより、先端部51の曲率半径が比較的大きな振動端子5を用いた場合であっても、溶接止端部23に折れ込み疵が生じることがなく、且つ、溶接止端部23における応力集中を十分に緩和することができる。これにより、大きな繰返し応力が作用する環境下であっても、き裂や割れ等が生じることの無い、耐疲労特性に優れた溶接継手10を製造することが可能となる。従って、例えば、船舶や橋梁、海洋構造物等の鋼構造物を建造する際、鋼部材間を溶接して溶接継手を製造する工程に本発明を適用することにより、鋼構造物の耐疲労特性を向上させるメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
【実施例】
【0032】
以下、本発明の耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0033】
本実施例においては、40k鋼(JIS G3106 SM400A)、50k鋼(JIS G3106 SM490A)、60k鋼(JIS G3106 SM570Q)の強度レベルの異なる3種類の鋼板を用いた。これらの鋼板の板厚はいずれも20mmであり、各鋼板より短冊状の試験片を切り出し、荷重非伝達十字溶接継手もしくは角回し溶接継手を製作した。各溶接継手は、いずれも長さ500mm、幅100mmの板の中央両面に、同材からなる長さ100mm、幅50mmの縦板を配置し、SMAW:被覆アーク溶接もしくはFCAW:フラックス入りアーク溶接により接合した。
この際、40k鋼及び50k鋼の溶接においては、50k鋼用被覆アーク溶接棒(JIS Z 3311 D4316、棒径:5mm)または50k鋼用フラックス入りワイヤ(JIS Z 3313 YFW−C50DR、ワイヤ径:1.2mm)、60k鋼の溶接においては、60k鋼用被覆アーク溶接棒(JIS Z 3312 D5816、棒径:5mm)または60k鋼用フラックス入りワイヤ(JIS Z 3313 YFW−C60FR、ワイヤ径:1.2mm)をそれぞれ使用した。シールドガスとしては、炭酸ガス(CO:100%)を用いた。溶接入熱量は15000〜20000J/cmとし、溶接電流、アーク電圧、溶接速度を調整することで、溶接ビードの止端半径とフランク角度を変化させた。そして、溶接後にシリコン製の印象材を使用して溶接止端部の型をとることで、溶接止端部のフランク角度θ及び半径ρを計測した。このとき、十字溶接継手については幅方向に4等分する3点について測定し、それらの平均値を用いた。角回し溶接継手については幅中心の1点のみを測定し、その値を用いた。
【0034】
次に、下記表1及び表2に示すような方法を用いて、溶接止端部のピーニング処理を行った。この際、超音波衝撃処理としては、先端部の曲率半径rが、各々、1.5mm、2mm、4mm、5mm、10mmとされたピン(振動端子)を用いた超音波衝撃処理装置を使用し、振動端子を、振動数:27kHz、仕事率:1kWの条件で動作させた。また、ハンマーピーニングとしては、空気圧式のリベッティングハンマー(打撃数=2800B.P.M、ピストン径=14.3mm、ストローク38mm)の振動端子を、先端部の曲率半径が4mmのピーニングハンマーに付け替えたハンマーピーニング装置を使用した。ハンマーピーニングを行う際のハンマーピーニング装置の空気圧は、約0.4MPa〜0.6MPaである。
【0035】
なお、10mmのピンを使用した超音波衝撃処理の場合のみ、溶接ままでは上記(1)、(2)式を満足することが困難であったため、まずバーグラインダを用いて溶接止端部を研削加工し、その後、超音波衝撃処理を施した。
【0036】
そして、ピーニング処理を施した後の溶接継手試験片を用いて、応力範囲150MPa、応力比0.5、周波数10Hz、室温、大気中の条件で疲労試験を実施し、破断までの繰返し数を評価した。また、破断した試験片の溶接止端部の断面を切り出し、研磨、ナイタール腐食した後、溶接止端部断面を光学顕微鏡で観察することにより、折れ込み疵の発生状態を確認した。
下記表1及び表2に、各評価結果の一覧を示す。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
表1に示すように、溶接止端部形状及びピーニング条件が本発明の請求項1に記載の範囲とされた本発明例(試験番号1〜10)の溶接継手は、折れ込み疵が無く、また、疲労寿命の評価が全て220万サイクル以上であり、耐疲労特性に優れていることが明らかとなった。
【0040】
これに対して、表2に示すように、試験番号11〜20の比較例においては、溶接止端部形状及びピーニング条件が本発明の請求項1の範囲を外れているため、溶接止端部に折れ込み傷が生じるか、あるいは、疲労寿命が低い結果となった。
試験番号11〜18は、ピーニング処理を施す前の溶接止端部の半径ρ(mm)、フランク角度θ(°)、及び、ピーニング処理に用いた振動端子の先端部の曲率半径rの各々の関係が、請求項1で規定する上記(1)式、即ち、次式{ρ/θ ≧ r/100}を満たしていない。このため、何れの例においても、溶接止端部に折れ込み疵が発生し、また、疲労寿命の評価が全て60万サイクル以下であり、本発明例に比べて劣っていることが判る。
【0041】
また、試験番号19は、ピーニング処理に用いた振動端子の先端部の曲率半径rが1.5mmと、本発明で規定する上記(2)式、即ち、次式{2≦r≦10}を下回っている。このため、溶接止端部に折れ込み疵は生じなかったものの、疲労寿命の評価が80万サイクルとなり、本発明例に比べて劣っていることが判る。
また、試験番号20は、本発明で規定する上記(1)、(2)式の両方を満足していない。このため、溶接止端部に折れ込み疵が生じ、疲労寿命の評価が40万サイクルで、本発明例に比べて劣っていることが判る。
【0042】
以上説明した実施例の結果より、本発明の耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法が、先端部の曲率半径が比較的大きな振動端子を用いた場合であっても、溶接止端部に折れ込み疵が生じることがなく、且つ、溶接止端部における応力集中を十分に緩和することができ、大きな繰返し応力が作用する環境下であっても、き裂や割れ等が生じることの無い、耐疲労特性に優れた溶接継手を製造することが可能となることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、例えば、船舶や橋梁、海洋構造物等の鋼構造物を建造する際、鋼部材間を溶接して溶接継手を製造する工程に本発明を適用することにより、鋼構造物の耐疲労特性を向上させるメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
【符号の説明】
【0044】
1…鋼板、1a…端部、5…振動端子、51…先端部(振動端子)、10…溶接継手、20…溶接部、21…溶接金属部(溶接部)、22…溶接熱影響部(溶接部)、23…溶接止端部、ρ…ピーニング処理前の溶接止端部の半径、θ…ピーニング処理前の溶接止端部のフランク角度、r…ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接止端部にピーニング処理を施した溶接継手であって、
ピーニング処理を施す前の、前記溶接止端部の半径ρ(mm)、フランク角度θ(°)、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径r(mm)の各々の関係が、下記(1)、(2)式を満足し、
かつ、ピーニング処理後の前記溶接止端部に、ピーニング処理時の塑性加工による折れ込み疵が形成されていないことを特徴とする、耐疲労特性に優れた溶接継手。
ρ/θ ≧ r/100 ・・・・・(1)
2 ≦ r ≦ 10 ・・・・・(2)
{但し、上記(1)、(2)式において、ρ:ピーニング処理前の溶接止端部の半径(mm)、θ:ピーニング処理前の溶接止端部のフランク角度(°)、r:ピーニング処理に用いる振動端子の先端部曲率半径(mm)を示す。}
【請求項2】
前記ピーニング処理を施す前の予備処理として、グラインダを用いて前記溶接止端部を成形することを特徴とする、請求項1に記載の耐疲労特性に優れた溶接継手。
【請求項3】
複数の鋼板を溶接した後、さらに、その溶接止端部にピーニング処理を施す溶接継手の製造方法であって、
ピーニング処理を施す前の、前記溶接止端部の半径ρ(mm)、フランク角度θ(°)、及び、ピーニング処理に用いる振動端子の先端部の曲率半径r(mm)の各々の関係が、下記(3)、(4)式を満足することを特徴とする、耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法。
ρ/θ ≧ r/100 ・・・・・(3)
2 ≦ r ≦ 10 ・・・・・(4)
【請求項4】
前記ピーニング処理を施す前の予備処理として、グラインダを用いて前記溶接止端部を成形することを特徴とする、請求項3に記載の耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−71140(P2013−71140A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210748(P2011−210748)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)