説明

耐酸化性イリジウム合金及びその製造方法

【課題】耐熱性イリジウム合金において、耐酸化性を向上させる。
【解決手段】イリジウム又はイリジウム合金の表面に、基材と不動態酸化被膜形成元素とからなる合金層を付与することにより、耐酸化性に優れたイリジウム合金とすることができる。この合金は、不動態酸化被膜形成元素、活性化剤及び焼結防止剤からなる浸透剤粉末中で所定の熱処理を施すことにより製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱性イリジウム合金に関する。
【背景技術】
【0002】
白金族元素であるイリジウムは、タングステン、レニウムに次いで融点が高く、これら非貴金属よりも酸化しにくく、酸化による消耗も少ないことから、高温強度、化学的安定性、耐酸化性とも優れた高温材料として、高温用るつぼ、耐熱器具、ガスタービン、スパークプラグ、高温用センサ、ジェットエンジンなどの広い分野で用いられている。
一方でイリジウムは、高温における耐酸化性が、他の高融点金属よりは優れるものの、十分でないことは周知の問題であり、これまでに合金設計による改善が多数試みられてきた。このようなイリジウム合金の先行例は多数あるが、比較的新しい文献を引用し、この分野の従来技術を説明する。
【0003】
特許文献1には、ロジウム又は白金を0.5〜40%を含有するイリジウム二元合金製るつぼが開示されている。同文献によれば、これらの二元合金は、純イリジウム製と比較して外観上の変化や酸化が起こらないという。
【特許文献1】特開2000−290739号公報
【0004】
特許文献2には、高温機器、ガスタービン、センサ、高融点材料溶解用るつぼ、耐熱器具など高温強度・耐酸化性が要求される耐熱材料に関するものとして、白金、パラジウム、ロジウム、ニオブ、タンタル、ハフニウム、チタン、ジルコニウム、イットリウム、ランタン、モリブデンのうちの1種以上を固溶範囲内で含有するイリジウム合金が開示されている。同文献によれば、合金表面に安定被膜が形成されることにより耐酸化性が向上するとされている。
【特許文献2】特開平10−259435号公報
【0005】
特許文献3には、前記2文献及び他の公知文献を踏まえた上で、タングステン、ジルコニウム又はロジウムを含有するイリジウム合金とこの合金製電極及びその電極を含むスパークプラグが開示されている。同文献に開示された実施例の耐酸化性は、5%白金含有イリジウム二元合金よりすぐれ、かつ、10%ロジウム含有イリジウム二元合金には劣るレベルとされている。
【特許文献3】特表2005−533924号公報
【0006】
特許文献4には、イリジウム、ロジウム、タングステン及びジルコニウムからなる合金を電極とするスパークプラグが開示されている。同文献においては、イリジウム合金の酸化消耗低減には、高価なロジウムの多量添加が不可欠であることが明らかにされている。
【特許文献4】特表2006−513529号公報
【0007】
以上概説したように、従来のイリジウム合金の開発は、耐酸化性向上に着目してなされており、高価な白金族元素の多量添加による合金設計が提案されている。
【0008】
ところで、イリジウム合金の耐酸化性が不十分なのは、前記各文献にも開示される通り、約1000℃以上で生成するイリジウム酸化物の蒸気圧が高く、この温度以上では昇華又は揮発してしまうことによる。これはイリジウム固有の性質であるから、耐酸化性を向上させるためには、他の元素を添加して、イリジウム含有量を減じることが有効である、との技術思想に基づき、合金設計において種々の工夫がなされてきた。
しかし、合金中のイリジウムを減じれば融点が低下し、高温強度が低下するなどの問題があり、反対にイリジウムが多ければ酸化消耗の問題が解決できない、というジレンマを克服できていない。
あえて耐酸化性を向上させるには、イリジウム含有量を低下させるほかなく、そのために耐酸化性が極めて高いが、極めて高価なロジウムや白金の多量添加が必須となって、大変高価な合金とならざるを得ず、経済的合理性を解決できない問題も依然としてある。こうした高価な合金は、耐酸化性に優れるとしても、その用途はおのずと限られてしまう。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、以上説明したように従来のイリジウム合金の宿命的問題点に鑑み、耐酸化性を飛躍的に向上させ、より長期にわたって安定的に使用可能な低コストのイリジウム合金、その応用製品及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本願の第1の発明は、耐熱性イリジウム合金において、イリジウム又はイリジウム合金からなる基材と、その基材表面の一部又は全部に基材成分と不動態酸化被膜形成元素とを含んでなる合金層を備え、その合金層中のイリジウムが基材界面から表面にかけて連続的に組成傾斜することを特徴とする耐酸化性イリジウム合金である。
ここで、イリジウム合金とは、イリジウムが主成分である耐熱金属を意味し、溶融法により製造されるものや焼結法により製造されるものなどがある。
不動態酸化被膜形成元素とは、要するに高温の酸素存在下において合金表面に保護性の緻密な酸化被膜を形成する元素であればよい。
又、前記合金層中のイリジウムが基材界面から表面にかけて連続的に組成傾斜するということは、基材と合金層との界面において基材側イリジウム濃度と合金層側イリジウム濃度が等しく、かつ、合金層の表面では、イリジウム濃度が基材中のイリジウム濃度より小さいことを意味し、例えば、合金層断面のイリジウム濃度が、界面から表面にかけて、単調減少しなくてもよい。
【0011】
第2の発明は、前記耐熱性イリジウム合金において、前記不動態酸化被膜形成元素が、クロム、コバルト及び珪素からなる群より選択される1又は2以上の元素であることを特徴とする耐酸化性イリジウム合金である。
クロム、コバルト又は珪素のうちの1種以上を含んでなる合金層は、酸化熱処理又は使用環境において、これら元素の酸化物被膜を形成し、基材中のイリジウムを酸化消耗から保護する。
【0012】
第3の発明は、前記耐熱性イリジウム合金において、第2の発明に記載した合金層に、さらにアルミニウムを含むことを特徴とする耐酸化性イリジウム合金である。
前記合金層にさらにアルミニウムを含んでなる合金層は、前記不動態酸化被膜形成元素とアルミニウムと複合酸化被膜又はアルミナ被膜を形成し、基材中のイリジウムを酸化消耗から保護する。
【0013】
第4の発明は、前記耐熱性イリジウム合金において、第1〜第3の発明に記載した合金層の厚さが、1〜50μmであることを特徴とする耐酸化性イリジウム合金である。
合金層厚さをこの範囲とすると好適で、合金層厚さが1μm以上であれば、耐熱性を向上させるに十分な量の保護性酸化被膜が形成され、又、50μm以下であれば、合金層と基材との線膨張差や弾性係数の差に起因するクラックや合金層のはく離を効果的に防止できる。
前記耐酸化性イリジウム合金を用いることにより、本発明の目的を達成する耐熱部材又は電極を提供することができる。
【0014】
第5の発明は、上記第1〜第4の発明の何れかに記載の耐酸化性イリジウム合金からなる耐熱部材である。
ここで、耐熱部材とは、高温で使用され、高い耐酸化性を要求される部材を意味し、具体的には、例えば、ガラス溶解用るつぼ、器具、ガスタービン部品などがある。
【0015】
第6の発明は、上記第1〜第4の発明の何れかに記載の耐酸化性イリジウム合金からなる電極である。
ここで、電極とは、高温で使用され、高い耐酸化性を要求される電極を意味し、具体的には、例えば自動車用ガスセンサの電極、航空機エンジン、自動車エンジンの点火プラグ用電極などがある。
【0016】
第7の発明は、不動態酸化被膜形成元素と活性化剤と焼結防止剤を混合してなる浸透剤粉末と、イリジウム又はイリジウム合金からなる基材とを接触して配置し、600℃以上の不活性雰囲気又は真空中で10分以上加熱保持して拡散処理した後、冷却することを特徴とする耐酸化性イリジウム合金の製造方法である。
【0017】
第8の発明は、上記第7の発明に記載の耐酸化性耐熱合金製造方法において、前記接触して配置する方法が、浸透剤粉末のペースト状組成物をイリジウム又はイリジウム合金に塗布することを特徴とする耐酸化性イリジウム合金の製造方法である。
【0018】
第9の発明は、上記第7又は8の発明に記載の耐酸化性耐熱合金製造方法において、前記浸透剤粉末が不動態酸化被膜形成元素10〜50%と活性化剤3〜20%と焼結防止剤30〜87%を混合してなることを特徴とする耐酸化性イリジウム合金の製造方法である。
【0019】
第10の発明は、上記第7又は8の発明に記載の耐酸化性耐熱合金製造方法において、前記拡散処理の温度が900〜1300℃、かつ、時間が30分〜10時間であることを特徴とする耐酸化性イリジウム合金の製造方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、従来のイリジウム合金の宿命的問題点を解消し、耐酸化性を飛躍的に向上させ、より長期にわたって安定的に使用可能な低コストのイリジウム合金、その応用製品及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の実施の形態について、以下詳細に述べる。
【0022】
既に述べたとおり、従来のイリジウム合金の宿命的課題は、耐酸化性の改善であり、多数の従来技術に開示される通り、多年に渡り合金設計による改良が重ねられてきた。
【0023】
イリジウム合金の耐酸化性が劣る原因は、主成分であるイリジウムが、約1000℃以上の高温酸素存在下で揮発性酸化イリジウムを生成することにある。そのため、合金設計の方針は、同環境でも酸化しがたい添加元素の探索であり、多くの例で高融点金属が選択されている。なかでも、比較的融点が高く、酸化しにくい白金族元素の1種であるロジウムを添加することによる耐酸化性の改善が注目されてきた。
【0024】
しかしながら、ロジウムを添加元素とする場合には、合金の融点低下及び価格高騰の問題が無視できない。ロジウムの融点は1960℃で、主成分イリジウムの8割程度に過ぎず、耐酸化性向上のための多量添加は、合金の融点を下げ、高温強度を低下させてしまう。又、ロジウム地金価格は、2007年3月現在で1gあたり24,000円を超え、近年稀に見る暴騰が続いており、ロジウムを多量に使用することが困難となっている。
【0025】
このように添加元素として有望視されるロジウムの問題はもとより、他の添加元素にしても、多量に添加すれば、加工性を著しく悪化させる問題、添加元素自体の酸化消耗の問題が顕在化し、十分な耐酸化性を発現するには、合金設計による改良には、自ずと限界がある。
【0026】
本発明は、従来のイリジウム合金の問題に鑑みて鋭意研究の末、完成されたもので、次に述べる耐酸化性に優れたイリジウム合金を得ることができる。
【0027】
本発明は、耐熱性イリジウム合金において、イリジウム又はイリジウム合金からなる基材と、その基材表面の一部又は全部に基材成分と不動態酸化被膜形成元素と含んでなる合金層を備え、その合金層中のイリジウムが基材界面から表面にかけて連続的に組成傾斜することを特徴とする耐酸化性イリジウム合金である。
【0028】
本発明のイリジウム合金は、その表面に前記合金層を備えるために、高温酸素存在下に不動態酸化被膜が形成される。この不動態酸化被膜は、雰囲気中の酸素の、イリジウム合金内部への拡散を遮断するから、基材のイリジウム自体は酸化することなく、したがって、揮発性酸化イリジウムを生成することもない。又、前記合金層中のイリジウムが基材界面から表面にかけて連続的に組成傾斜するために、合金層と基材との密着に優れる。
【0029】
本発明のイリジウム合金の特徴的な構成は、こうした作用によってイリジウムの酸化消耗を抑制し、合金層の耐久性を向上させ、高い耐酸化性を発現するのである。
【0030】
基材のイリジウム合金は、イリジウムを主成分とする合金であれば、任意の組成でよく、合金層は後工程で付与可能であるから、基材の製法も任意としてよい。一般的な板材や線材の他、微小なチップ様電極、形状が複雑なタービンエンジン部品などにも用いることができる。
【0031】
本発明の第1の効果である高い耐酸化性を得るには、イリジウム又はイリジウム合金の表面に前記合金層を形成すれば足り、高価な白金族元素、例えばロジウムを多量に添加する必然性はまったくない。したがって、低価格でありながら、高い信頼性が得られ、世界的に進行するといわれる資源インフレのさなかにありながら、さまざまな利用分野において経済合理性の高い機器・部品を提供することができる。
【0032】
さらに、本発明のイリジウム合金は、表面が酸化被膜で覆われ、基材金属が露出することがないため、強度低下が抑制できる。例えば、純イリジウムの場合には、高温酸化によって、表面がポーラスになり、又、ロジウムなどとの合金の場合には、表面上の粒界からの酸化消耗が顕著である。このような表面の変化は、予亀裂が多数存在するに等しく、したがって、比較的延展性に乏しいイリジウム合金にあっては、消耗前に比べ顕著な強度低下を示し、単なる酸化消耗に次いで、寿命低下の原因となるのである。本発明のイリジウム合金は、酸化被膜で覆われることにより、表面の多孔質化や粒界の予亀裂発生を効果的に防ぐことができ、強度低下が抑制されるのである。
これと同様の作用により、電気部品として用いた場合には、エロージョン等による表面劣化を防止し、断線を防ぐことができるため、電気部品の信頼性が向上する。
又、同様の作用により、表面に酸化被膜が形成されるために、イリジウム又はイリジウム合金に含まれる他の金属と使用環境中に含まれる腐食性物質との接触を遮断でき、直接反応によって生じる腐食を未然に防ぐ効果も期待できる。
【0033】
さらに好適には、前記合金層に含まれる不動態酸化被膜形成元素が、クロム、コバルト及び珪素の内のいずれか1種又は2種以上の組合せが望ましい。又、これら不動態酸化被膜形成元素に加え、アルミニウムを含む合金層を備えたイリジウム合金も好適である。イリジウム、又は、クロム、コバルト若しくは珪素を含まないイリジウム合金と、アルミニウムとからなる合金層は、大変脆く亀裂を生じやすいため、本発明の目的である耐久性向上においては不向きである。
【0034】
さらに好適には、前記合金層の厚さを1〜50μmとするとよい。合金層厚さが1μm以上であれば、耐熱性を向上させるに十分な量の保護性酸化被膜が形成され、又、50μm以下であれば、合金層と基材との線膨張差や弾性係数の差に起因するクラックや合金層のはく離を効果的に防止できる。
【0035】
以上説明した本発明のイリジウム合金は、その特徴を活かして耐熱部材として用いるのが好適である。特に、表面の一部又は全部が前記合金層を備えるガラス溶解用るつぼや耐熱器具、ガスタービンの耐熱部材に適する。これら耐熱部材は、耐酸化性、耐食性に優れ、強度低下が生じないため信頼性及び耐久性が高く、さらに従来のイリジウム合金製耐熱部材より低コストで提供されるため経済合理性に優れるなど、利点が多い。
【0036】
又、本発明のイリジウム合金は、その特徴を活かして電極として用いるのが好適である。特に、表面の一部又は全部が前記合金層を備える電極として、高温酸素存在下又は腐食環境下で用いられるセンサ用電極や航空機・自動車のエンジンに用いる点火プラグ電極に適する。これら電極は、耐酸化性、耐食性に優れ、強度低下が生じないため組込まれる電気機器の信頼性及び耐久性を向上させ、さらに従来のイリジウム合金製電極より低コストで提供されるため経済合理性に優れるなど、利点が多い。
【0037】
次いで、前記イリジウム合金の製造方法について述べる。
【0038】
前記合金層は、不動態酸化被膜形成元素と活性化剤と焼結防止剤とからなる浸透剤粉末から、不動態酸化被膜形成元素が基材表面へ拡散することによって形成される。
不動態酸化被膜形成元素は、単一元素の粉末でもよいし、2種以上の元素を選択する場合には、それぞれの単一元素粉末を混合して用いるか、又は、合金粉末などの形態で用いるのがよい。
活性化剤は、600℃以上の不活性雰囲気又は真空中の加熱によって不動態酸化被膜形成元素と反応し、このハロゲン化物を生成するものであればよく、例えば、塩化アンモニウム、フッ化アンモニウムなどが適する。不活性ガス又は真空中とするのは、前記合金層が形成される前に浸透剤又は基材の酸化を防ぐためである。
焼結防止剤は、拡散処理の過程で浸透剤粉末が固く焼結し、過度の収縮により亀裂を発生し、製造上の作業性を損なうことがないようにする目的で配合する。好適な例は、アルミナ粉末で、この他、例えば、ジルコニア系、シリカ系、マグネシア系などの耐火物原料であってもよい。
【0039】
前記合金層は、前述のように生成するハロゲン化物から不動態酸化被膜形成元素が基材表面に拡散して形成されるので、浸透剤粉末と基材とは、近接して配置されることが望ましく、より好ましくは、接触して配置する。より具体的な手段として、基材を浸透剤粉末に埋め込む方法、又は浸透剤粉末のペースト状組成物を基材表面に塗布する方法がある。
【0040】
不動態酸化被膜形成元素を含む前記合金層の形成手段は、この他に溶融めっき・溶融塩めっきによる方法、スパッタなど物理蒸着による方法など、公知の薄膜形成手段を取り得る。本発明の方法によれば、これらと比べ簡便で、低コストかつ低環境負荷で製造できるなど利点が多い。
【0041】
浸透剤粉末の好適な配合割合は、不動態酸化被膜形成元素10〜50%と活性化剤3〜20%と焼結防止剤30〜87%の範囲である。この範囲を好適とする理由は、不動態酸化被膜形成元素が10%以上、又は活性化剤が3%以上であれば、本発明の目的に十分な前記合金層を形成することができ、焼結防止剤が30%以上であれば、浸透剤粉末が固く焼結するなどして作業性を損なう恐れがないからである。
【0042】
拡散処理は、上述の通り、基材への拡散反応が生じる熱処理条件とすればよく、900〜1300℃、かつ、30分〜10時間の範囲であれば、より好適な合金層とすることができる。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例により説明する。
【0044】
(従来例)
まず、表1に示す従来例について説明する。
従来例1は、純イリジウムである。
従来例2は、5%白金添加イリジウム合金である。
従来例3は、10%ロジウム添加イリジウム合金である。
従来例4は、30%ロジウム添加イリジウム合金である。
【0045】
【表1】

【0046】
先に引用した先行技術文献によると、純イリジウムに白金族元素を適宜添加することにより耐酸化性が向上するとされており、中でもロジウムの添加はその効果が高いことが開示されている。そこで、耐酸化性が特に優れるとされるこれら合金を用いて、1200℃大気中で20時間加熱する耐熱試験を実施した。
試験片は、表1に示す合金組成となるよう原料を配合し、アーク溶解で合金化し、熱間加工を経て、φ0.6mmの線を作製し、約20mmの長さに切断して作製した。
表1の酸化消耗性は、前記耐熱試験における質量減少率と定義し、従来例3の10%ロジウム添加イリジウム合金の質量減少率を10として規格化して表示している。
【0047】
結果が示す通り、白金族元素との合金化による耐酸化性の効果は顕著で、ロジウムが多量に含まれる従来例3の合金の酸化消耗性は、純イリジウム比5%にまで、従来例4では、同1.5%にまで低減した。
【0048】
(実施例)
次に、表2に示す本発明の実施例を説明する。
【0049】
【表2】

【0050】
実施例に用いた基材は、前記従来例を踏まえ、5%白金添加イリジウム合金(実施例1〜6)、純イリジウム(実施例7〜9)及び10%ロジウム添加イリジウム合金(実施例10〜19)とし、その表面を有機溶剤で脱脂、洗浄した。
【0051】
浸透剤配合は、実施例ごとに表2に示す不動態酸化被膜形成元素粉末30%、塩化アンモニウム10%、アルミナ粉末60%とし、これらを乳鉢で5分間混合し、さらにV型混合器を用いて、60rpmで30分間混合した。
なお、不動態酸化被膜形成元素は、前記の通り30%配合したが、複数の元素からなる実施例16〜19は、それぞれの元素の粉末を15%ずつ配合し、合計で30%とした。
【0052】
拡散処理は、基材と浸透剤粉末とをステンレス製容器に充填し、容器ごと管状炉内に設置して、毎分100mLのアルゴン気流下で室温から1050℃まで昇温し、1時間経過後に室温まで炉冷した。ただし、表2の実施例において、基材及び不動態酸化被膜形成元素が同じもので、合金層厚さが厚いものについては、前記同様の雰囲気及び温度で加熱し、3時間経過後に室温まで炉冷した。
【0053】
このようにして処理した試験片を試料包埋樹脂に埋め込み、鏡面まで研磨した後、断面をEPMAにて分析したところ、いずれの実施例でも不動態酸化被膜形成元素を含む合金層が確認できた。その合金層の厚さは、表2の通りであり、合金層中のイリジウム濃度は、界面から表面にかけて連続的に変化し、界面では基材と等しく、表面では基材より減少していた。実施例3の表面付近の断面構造を図1に、元素分布を図2に示す。
【0054】
前記浸透剤をイソプロパノールに溶いてペースト状組成物とし、このペースト状組成物を基材に表面に塗布後乾燥させて、拡散処理を施した場合にも、実施例と同様の合金層が形成された。
【0055】
これら実施例の耐酸化性は、従来例と同様の耐熱試験を実施し、合金層を形成していない基材の酸化消耗性と比較した。すなわち、実施例1〜6については、表1従来例2の5%白金添加イリジウム合金を、実施例7〜9は、表1従来例1の純イリジウムを、実施例10〜19は、従来例3の10%ロジウム添加イリジウム合金を基準として、その比率(酸化消耗比)を表2及び図3に示した。酸化消耗比は、値が小さいほど基材より耐酸化性が向上したことを表す。
表2及び図3から明らかなように、いずれの実施例のイリジウム合金も、基材そのものより格段に酸化消耗が低下した。中でも、コバルト及び珪素の効果は顕著であった。
【0056】
耐熱試験後のEPMAによる断面観察では、試験片表面が不動態酸化被膜形成元素の酸化物被膜で覆われており、この被膜下の基材は、実施例1、実施例2、実施例7、実施例10、実施例11及び実施例16においては、ごく僅かな消耗が確認されたが、その他の実施例では、なんら消耗の痕跡を見出せなかった。
【0057】
図4及び図5に従来例3のイリジウム合金及び実施例3のイリジウム合金の耐熱試験後の断面をそれぞれ示す。従来例のイリジウム合金は、表1に見た通り、純イリジウムより耐酸化性に優れるものの、十分とはいえず、図4のようにイリジウムが酸化、消耗していた。特に粒界は激しく消耗し、脱イリジウムにより気孔やロジウムリッチ相が形成されていた。耐熱試験後の試験片を用いて、引張試験を試みたところ、破断荷重は、元のイリジウム合金を大幅に下回るものであった。
【0058】
一方、実施例3のイリジウム合金は、図5のように表面にコバルト酸化物被膜が形成され、その直下には、内部酸化して形成された酸化コバルトが観察された。従来例のような、イリジウムの消耗の痕跡は、まったく認められなかった。耐熱試験後の引張試験では、極端な破断荷重の低下は認められなかった。
【0059】
(比較例)
次に、表3に示す比較例を説明する。
【0060】
【表3】

【0061】
比較例1は、不動態酸化被膜形成元素をアルミニウム単独として拡散処理したものである。合金層は形成されるが、はく離してしまった。
【0062】
比較例2は、不動態酸化被膜形成元素をクロムとし、拡散処理を900℃、5分間としたもので、表3に示す通り合金層厚さは1μm未満であった。耐熱試験結果は、表3及び図3に示す通り、基材と同程度となり、合金層厚さが不足したために耐酸化性は向上しなかった。
実施例に記載の処理条件でなくても、900℃〜1300℃、かつ、30分〜10時間の範囲で拡散処理したところ、厚さが1〜50μmまでの健全な合金層が形成され、耐酸化性が向上した。
【0063】
比較例3は、基材を厚さ0.5mmのタングステン板としたものである。
比較例4は、基材を厚さ0.5mmのタンタル板としたものである。
これらの比較例は、耐熱試験後には、すべての金属部分が消失し、耐酸化性の向上は認められなかった。
【0064】
以上説明の通り、本発明によれば、耐酸化性が、従来のイリジウム合金より飛躍的に優れるイリジウム合金を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明のイリジウム合金(実施例3)の断面図
【図2】本発明のイリジウム合金の断面におけるイリジウムの元素分布
【図3】実施例のイリジウム合金の基材との酸化消耗比
【図4】従来例3の耐熱試験後断面図
【図5】実施例3の耐熱試験後断面図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐熱性イリジウム合金において、イリジウム又はイリジウム合金からなる基材と、その基材表面の一部又は全部に基材成分と不動態酸化被膜形成元素とを含んでなる合金層を備え、その合金層中のイリジウムが基材界面から表面にかけて連続的に組成傾斜することを特徴とする耐酸化性イリジウム合金。
【請求項2】
前記不動態酸化被膜形成元素が、クロム、コバルト及び珪素からなる群より選択される1又は2以上の元素であることを特徴とする請求項1に記載の耐酸化性イリジウム合金。
【請求項3】
前記合金層に、さらにアルミニウムを含むことを特徴とする請求項2に記載の耐酸化性イリジウム合金。
【請求項4】
前記合金層の厚さが、1〜50μmであることを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の耐酸化性イリジウム合金。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の耐酸化性イリジウム合金からなる耐熱部材。
【請求項6】
請求項1〜4の何れかに記載の耐酸化性イリジウム合金からなる電極。
【請求項7】
不動態酸化被膜形成元素と活性化剤と焼結防止剤を混合してなる浸透剤粉末と、イリジウム又はイリジウム合金からなる基材とを接触して配置し、600℃以上の不活性雰囲気又は真空中で10分以上加熱保持して拡散処理した後、冷却することを特徴とする耐酸化性イリジウム合金の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の耐酸化性イリジウム合金の製造方法であって、前記接触して配置する方法が、浸透剤粉末のペースト状組成物をイリジウム又はイリジウム合金に塗布することを特徴とする耐酸化性イリジウム合金の製造方法。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の耐酸化性イリジウム合金の製造方法であって、前記浸透剤粉末が不動態酸化被膜形成元素10〜50%と活性化剤3〜20%と焼結防止剤30〜87%を混合してなることを特徴とする耐酸化性イリジウム合金の製造方法。
【請求項10】
請求項7又は8に記載の耐酸化性イリジウム合金の製造方法であって、前記拡散処理の温度が900〜1300℃、かつ、時間が30分〜10時間であることを特徴とする耐酸化性イリジウム合金の製造方法。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図1】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−280597(P2008−280597A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−127883(P2007−127883)
【出願日】平成19年5月14日(2007.5.14)
【出願人】(000198709)石福金属興業株式会社 (55)