説明

肝細胞がんマーカー

【課題】肝細胞がんに対して特異性を有するマーカーを提供する。肝細胞がんの罹患の有無を識別するための分析方法を提供する。さらに、肝細胞がんを治療するための薬物標的を提供する。
【解決手段】HCVキャリアである肝細胞がん患者のがん組織から同定されたタンパク質を含むマーカー。これらマーカーは、肝細胞がんがない肝臓組織と比較して、肝細胞がんがある肝臓組織において発現が有意に亢進する。試料中の当該肝細胞がんマーカーの発現レベルを測定し、前記肝細胞がんマーカーの基準レベルに基づき、前記発現レベルの高低に関する評価を行う、肝細胞がんマーカーの分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臨床での診断・検診・経過観察の技術に関し、とりわけ、本発明は、肝細胞がんマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
肝細胞がん(HCC: Hepatocellular Carcinoma)は、肝臓がんの9割を占めるがんであり、世界的に見ても罹患率の高い悪性腫瘍である(非特許文献1)。アジアではB型肝炎ウイルス(HBV: Hepatis B virus)やC型肝炎ウイルス(HCV: Hepatis C virus)の感染者数が多いことから、肝がんの罹患率は特に高い傾向にある。日本の過去20年間において、悪性腫瘍の中では肝臓がんは男性では3番目、女性では5番目の死亡率を占めている。また、日本における原発性肝臓がん発病の大部分はHCV感染によって引き起こされている(非特許文献2)。臨床現場で最も汎用的に用いられているHCC血清マーカーとしてAFP(Alpha fetoprotein)がある。その検出感度及び特異度としてはそれぞれ39〜65%、65〜94%と報告されている(非特許文献3)。
【0003】
マイクロアレイ解析において、遺伝子集合濃縮解析(Gene Set Enrichment Analysis : GSEA)が知られている(非特許文献4、5)。GSEAは、遺伝子のリストから特定の機能が集中して現れる遺伝子セットを見つけ出す手法である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】ジャーナル・オブ・クリニカル・ガストロエンテロロジー(Journal of Clinical Gastroenterology)、2002年、第35巻(5サプリメント2)S130−7
【非特許文献2】ガストロエンテロロジー(Gastroenterology)、2004年、第127巻(5サプリメント1)S17−26
【非特許文献3】ヘパトロジー(Hepatology)、2002年、第36巻(5サプリメント1)S84−92
【非特許文献4】プロシーディングズ・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンシーズ(Proceedings of the National Academy of Sciences)、2005年10月25日、第102巻、第43号、p.15545−15550
【非特許文献5】ネーチャー・ジェネティクス(Nature Genetics)、2003年、第34巻、p.267−273
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
HCC血清マーカーとして汎用されているAFPマーカーは、HCCだけでなく、肝繊維症や腐敗性炎症を伴うHCV持続感染者(HCVキャリア)においても高値を示すことが分かっている。すなわち、AFPマーカーは、HCC罹患には関係なく高値を示すため、HCCに対する特異性に問題がある。
そこで本発明の目的は、HCCに対してより特異的な新規マーカーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討の結果、HCVキャリアの肝がん組織(がん部及び非がん部)のプロテオーム解析を行い、肝細胞がん関連タンパク質を同定することにより、HCCに対して更なる特異度を有するマーカーを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は、以下の発明を含む。
以下は、肝細胞がんマーカー及びその分析方法に関する。
(1)
S ribosome protein S19、 Signal recognition particle 9 kDa protein、Beta-hexosaminidase subunit alpha precursor、Heat shock protein HSP 90-alpha、Tublin alpha-1A chain、Tublin alpha-1B chain、Dynein light chain 1, cytoplasmic、Filamin-B、Aldehyde dehydrogenase 1、 Malate dehydrogenase, cytoplasmic、Cytosol aminopeptidase、S-adenosylhomocystein hydrolase、Retinal dehydrogenase 1、及びTransgelin-2 からなる群から選ばれる少なくとも1種のタンパク質を含む、肝細胞がんマーカー。
【0008】
上記のタンパク質は、肝細胞がん患者体内で基準レベルに比べて発現量が亢進するものである。
基準レベルは、肝細胞がん患者由来のがん性試料における上記タンパク質レベルの対照となるタンパク質レベルでありうる。
【0009】
(2)
生体試料中の、S ribosome protein S19、Signal recognition particle 9 kDa protein、Beta-hexosaminidase subunit alpha precursor、Heat shock protein HSP 90-alpha、Tublin alpha-1A chain、Tublin alpha-1B chain、Dynein light chain 1, cytoplasmic、Filamin-B、Aldehyde dehydrogenase 1、 Malate dehydrogenase, cytoplasmic、Cytosol aminopeptidase、S-adenosylhomocystein hydrolase、Retinal dehydrogenase 1、及びTransgelin-2 からなる群から選ばれる少なくとも1種の肝細胞がんマーカーの発現レベルを測定し、前記肝細胞がんマーカーの基準レベルに基づき、前記発現レベルの高低に関する評価を行う、肝細胞がんマーカーの分析方法。
【0010】
(3)
前記生体試料が免疫組織化学染色されるべき原発巣組織であり、前記発現レベルが前記組織におけるがん部位の染色強度であり、前記基準レベルが肝細胞がん移患者の肝臓組織におけるがん部位の染色強度である、(2)に記載の方法。
(4)
前記生体試料が破砕された組織を含むものであり、前記発現レベルが前記試料中において検出された測定濃度であり、前記基準レベルが前記肝細胞マーカーの基準濃度である、(2)に記載の方法。
前記(3)及び(4)の方法においては、前記組織としては、生検組織(組織生検材料)でありうる。生検組織は、検査・手術などで採取された組織である。生検組織としては、切除組織でありうる。切除組織は、手術で切除された組織である。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、生体内で肝細胞に対して特異性を有するマーカーが提供される。
また、本発明の肝細胞がんマーカーの提供により、生体から採取した試料を用いて肝細胞がんの罹患の有無を識別するための分析方法を提供することができる。従って、本発明によると、肝細胞がん診断や予後診断を評価する指標を提供することができる。
特に、本発明の肝細胞がんマーカーによって肝細胞がん患者の予後予測を可能とすることは、外科的手術や化学治療といった治療法の選択を早期段階から行うことを可能とするものであり、患者への負担の軽減や医療費の削減をもたらすと考えられる。
【0012】
さらに、本発明の肝細胞がんマーカーは、肝細胞がんの新たな治療標的として提供することができる。
また、本発明の肝細胞がんマーカーは、肝細胞がんの治療をより効果的に達成するための新たな創薬標的として提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】HCVキャリアである肝細胞がん患者の肝臓組織における可溶性画分(CF)から同定された肝がん関連タンパク質の解析結果である。
【図2】HCVキャリアである肝細胞がん患者の肝臓組織における不可溶性画分(CSF)から同定された肝がん関連タンパク質の解析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<肝細胞がんマーカー>
本発明は、肝細胞がんのマーカーを提供する。
本発明において肝細胞がんのマーカーとして提供するタンパク質は、HCV(hepatis C virus)持続感染者(HCVキャリア)における肝臓組織のがん部と非がん部とから抽出されたタンパク質試料から、2−ニトロベンゼンスルフェニルクロリド(NBSCl)を用いた同位体標識法(NBS法)によるプロテオーム解析技術によって同定された。NBS法は、2種類の状態のタンパク質試料(具体例として正常部位由来の試料及びがん部位由来の試料)のうち一方を重い試薬(2−ニトロ[136]ベンゼンスルフェニルクロリド)で修飾し、他方を軽い試薬(2−ニトロ[126]ベンゼンスルフェニルクロリド)で修飾し、得られたNBS修飾タンパク質試料双方を互いに混合し、トリプシン消化など当業者による適切な処理を行い、質量分析装置でペプチド量の違いを測定することにより、2種類の状態のタンパク質試料におけるタンパク質含有量の相対的な差を調べることができる方法である。NBS法は、Rapid Commun. Mass Spectrom., 2003, 17, 1642-1650及び国際公報第2004/002950号パンフレットなどに記載されている。
【0015】
これらのタンパク質は、当業者によって選択されるあらゆるタンパク質精製技術によって単離及び精製することができる。例えば、イオン交換、アフィニティ、及びサイズ排除カラムクロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー、遠心分離、溶解度差、及び電気泳動などを含む技術を用いることができる。
【0016】
具体的に、本発明の肝細胞がんマーカーは、S ribosome protein S19、 Signal recognition particle 9 kDa protein、Beta-hexosaminidase subunit alpha precursor、Heat shock protein HSP 90-alpha、Tublin alpha-1A chain、Tublin alpha-1B chain、Dynein light chain 1, cytoplasmic、Filamin-B、Aldehyde dehydrogenase 1、 Malate dehydrogenase, cytoplasmic、Cytosol aminopeptidase、S-adenosylhomocystein hydrolase、Retinal dehydrogenase 1、及びTransgelin-2 から選ばれるタンパク質を含む。上記タンパク質は、HCVキャリアである肝がん患者における肝臓組織において、非がん部に比べてがん部で発現亢進を示すものである。
【0017】
本発明の肝細胞がんマーカーは、HCVに感染しているが肝がんに罹患していない患者と、HCVに感染し且つ肝がんにも罹患している患者とを区別することができる。すなわち、本発明の肝細胞がんマーカーは、HCV感染の有無に関わらず、肝がんの罹患の有無を識別することができる。従って、本発明の肝細胞がんマーカーは、肝細胞がんに特異的なマーカーである。
【0018】
本発明の肝細胞がんマーカーは、例えば以下の用途で用いられる。組織中のマーカーの発現レベルを測定することによって、肝細胞がん診断を行うために用いられうる。また、PETなどの画像診断において用いられるプローブの標的として用いられうる。或いは、肝細胞がんの治療標的として用いられうる。
【0019】
<肝細胞がんマーカーの分析方法>
本発明は、上記タンパク質群から選ばれる少なくとも1種のタンパク質を肝細胞がんマーカーとして使用することにより試料を分析する方法を提供する。本発明の方法においては、上述のタンパク質が、肝細胞がん患者体内で基準レベルに比べて発現量が亢進するマーカーとして用いられる。基準レベルは、肝細胞がん患者由来のがん性試料における上記肝細胞がんマーカーレベルの対照となるレベルでありうる。例えば、肝細胞がん患者由来の正常試料などにおける上記肝細胞がんマーカーレベルが挙げられる。
【0020】
本発明の方法においては、分析に供されるべき試料を用意し、当該試料から、上記タンパク質群から選ばれる少なくとも1種の肝細胞がんマーカーの発現レベルを取得する。当該肝細胞がんマーカーの基準レベルに基づいて、取得した発現レベルの高低に関する評価を行う。発現レベルが基準レベルより高いとの評価をもって、当該試料が由来する個体が肝細胞がんに罹患している可能性が高いことの指標とすることができる。
【0021】
分析に供されるべき試料としては、肝細胞がんの罹患を識別すべき対象となる個人に由来する生体試料でありうる。
生体試料は、生体から採取した試料であることが好ましい。生体から採取した試料は、培養細胞株を除く意である。生体から採取した試料は、生体内での生命現象が直接反映されているものである。
分析に供されるべき試料としては、例えば、肝細胞や肝臓組織、及びそれらの抽出物などが挙げられる。また同試料としては、血清、尿などの体液を含むものも挙げられる。
肝細胞や肝臓組織には、組織生検材料などが含まれる。組織生検材料には、生検組織が含まれ、検査・手術などで採取されうる。特に、手術で切除された組織が挙げられる。それら組織は、組織切片、組織破砕物又は後述の組織抽出物の態様で提供されてよい。
肝臓や肝臓組織の抽出物は、肝細胞や肝臓組織を、当業者に公知の方法によってホモジネート又は可溶化されることにより得られるものである。
【0022】
上記タンパク質の発現レベルの取得は、例えば、生体特異的親和性に基づく検査によって行われうる。生体特異的親和性に基づく検査は当業者に良く知られた方法であり、特に限定されないが、イムノアッセイが好ましい。具体的には、ウエスタンブロット、ラジオイムノアッセイ、ELISA、サンドイッチイムノアッセイ、免疫沈降法、沈降反応、免疫拡散法、免疫凝集測定、補体結合反応分析、免疫放射定量法、蛍光イムノアッセイ、プロテインAイムノアッセイなどの、競合及び非競合アッセイ系を含むイムノアッセイが含まれる。イムノアッセイにおいては、個体の試料中のマーカーに結合する抗体の存在を検出する。具体的には、アッセイ試料中において、測定すべきマーカータンパク質及び当該タンパク質の抗体からなる免疫複合体を形成しうる条件のもと、試料を当該抗体に接触させることによって行われる。より具体的なイムノアッセイプロトコルは、当業者であれば容易に選択することができる。
【0023】
或いは、上記タンパク質の発現レベルの取得は、上記の生体特異的親和性に基づく方法以外のタンパク質定量法によって測定することもできる。例えば、既に述べたNBS法は、定量性に優れた方法である。この場合、上記タンパク質を既知レベルで調製した試料や、正常試料などの適当な試料を対照試料として、分析対象試料との間における前記タンパク質の存在量の差を調べることによって、測定を行うことができる。
【0024】
本発明の方法が実施される態様の一例として、以下が挙げられる。
本態様においては、分析に供される試料として、手術などで切除を行った肝がん組織の切片が用いられる。この組織は免疫組織化学染色に供され、免疫組織化学染色によって生じた染色の強度、並びに染色の分布(単位面積当たりの染色割合)を併せてマーカーの発現レベルの指標とする。基準レベルは、肝がん患者における正常部位の染色強度、並びに染色の分布(単位面積当たりの染色割合)を考慮したものでありうる。例えば、染色強度が基準レベルより強い領域が、分析に供された組織の30%以上の範囲に分布していることをもって、当該試料が由来する個体が肝細胞がんに罹患している可能性が高いことの指標とすることができる。
或いは、上記例においては、発現レベルの取得及び評価をマスイメージング法に基づいて行っても良い。
【0025】
本発明の方法が実施される態様の他の一例として、以下が挙げられる。
本態様においては、分析に供される試料として、生検組織などを破砕又は抽出に供して調製されたものが用いられる。この試料はマーカータンパク質の濃度測定に供され、得られた測定値が、マーカーの発現レベルの情報となる。基準レベルには、例えば、別の試料において得られた当該マーカーの測定値や、当該マーカーに固有の閾値が含まれる。この態様においては、測定値が基準レベルと比較され、測定値が基準レベルを超えていることをもって、当該試料が由来する個体が肝細胞がんに罹患している可能性が高いことの指標とすることができる。
【0026】
本発明の方法において、本発明の肝細胞がんマーカーは単独で用いられてもよいし、他のいかなるマーカーと組み合わせて用いられてもよい。従って、本発明の方法は、本発明の肝細胞がんマーカーの発現レベル情報の取得と同様に他のマーカーの発現レベル情報を取得することを含んでいてよい。
【0027】
<治療標的分子及び創薬標的分子>
本発明の肝細胞がんマーカーは、肝細胞がんの治療のための治療標的分子となりうる。
肝細胞がんの治療には、がん化した肝細胞を死滅させることを含む。
本発明の肝細胞がんマーカーを治療標的分子又は創薬標的分子とすることにより、以下の医薬候補分子が提供されうる。
【0028】
当該医薬候補分子の一態様は、治療標的分子又は創薬標的分子に対する特異性を有するものである。より具体的には、治療標的分子又は創薬標的分子に免疫特異的に結合する抗体を含むものが挙げられる。抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、及び、分子生物学的技術により調製した抗体を含む。ここで抗体とは、広く免疫特異的に結合する物質であればよく、抗体フラグメントや抗体融合タンパク質も用いられてよい。いずれの場合も、抗体の調製は、当業者に良く知られた方法によって行われる。また、抗体は、創薬分野における抗体工学技術によって通常なされる分子改変及び修飾が施されてよい。
上記医薬候補分子は、がん化した肝細胞に対して供給されることによって、その細胞の死滅、又は成長を抑制する反応を惹起しうる。
【0029】
医薬候補分子の他の一態様は、本発明の肝細胞がんの治療標的分子を含むものである。上記医薬候補分子は、免疫刺激量でがん化した肝細胞に対して供給されることによって、その細胞の死滅、又は成長を抑制する免疫応答を惹起しうる。ここで、免疫刺激量とは、がんの処理のために所望する免疫反応を惹起することが可能な抗原の量をいい、当業者によって良く知られた方法で決定されるものである。この形態によると、いわゆるがんワクチン療法として知られている、当業者に良く知られた方法を用いてがんの処理が行われる。
【0030】
上記医薬候補分子は、自らを有効成分とし、薬剤として許容される希釈剤、担体、賦形剤などをさらに含むことによって薬剤組成物となりうる。上記薬剤組成物は、肝細胞がんの治療に用いられる潜在的な治療剤として特定されうる。或いは、上記薬剤組成物は、肝細胞がんの治療に用いられる治療剤として用いられうる。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0032】
[実験例1]
大阪大学医学部の倫理規定に沿って同意が得られた患者(HCV感染が確認された肝がん患者n=10)の肝がん組織を採取し、以下に示す手法により、NBS(2-nitrobenzenesulfenyl)法による定量プロテオーム解析に供した。
【0033】
採取されたそれぞれの組織を可溶化バッファーA(50 mM Tris-HCl(pH8.0),100 mM NaCl, 10 mM EDTA, プロテアーゼインヒビター(アプロチニン, PMSF, ロイペプシン)水溶液)中でホモジナイズし、100000×G (4℃, 1時間)で遠心分離した後、その上澄み液を可溶性画分(CF:Cytosolic fraction)として得た。次に、遠心で得られた沈殿に可溶化バッファーB(6M グアニジン、2w/v% CHAPS、10 mM EDTA、プロテアーゼインヒビター(アプロチニン, PMSF, ロイペプシン)水溶液))中で再度ホモジナイズし、100000×G (4℃, 1時間)で遠心分離した後、その上澄み液を不溶性画分(CSF:2% CHAPS-soluble fraction)として得た。
【0034】
これら可溶性画分、および不溶性画分の抽出タンパク質をそれぞれNBS試薬により処理を行い、タンパク質の発現解析を行った。NBS試薬処理に関しては、13C NBS Stable Isotope Labeling Kit-N(島津製作所)の推奨プロトコルに従い、安定同位体標識を行った。具体的には、正常組織から抽出されたタンパク質を12CNBS(Light NBS)でラベル化し、がん組織から抽出されたタンパク質を13CNBS(Heavy NBS)でラベル化した。得られたそれぞれのラベル化タンパク質を混合し、キットの推奨プロトコルに従い、脱塩・還元・アルキル化、およびトリプシン消化を行った。次に、同キットのプロトコルに従い、ラベル化ペプチドを濃縮した。濃縮したラベル化ペプチドに関しては、引き続いてC18カラムを用いたμHPLCによる分離を行い、MSプレートに塗布した。このようにして準備したサンプルに関して質量分析装置Axima-TOF2 TM (島津製作所製)を用いて測定し、各タンパク質の相対定量解析を行った。
【0035】
各症例の相対定量解析の結果に基づくプロテオームデータ(Tumor(がん部位)/Normal(非がん部位): T/N比)を用いて、6割以上の症例において1.5倍以上(又は0.66倍以下)の発現変動を示すピークを選択し、選択されたピークについて、質量分析装置Axima-QIT(島津製作所製)を用いてMS/MS解析によるタンパク質同定を行った。
【0036】
その結果、139種類(がん部位において発現が亢進したもの:66種類、発現が抑制されたもの:73種類)が肝がん関連タンパク質として同定された(表1及び表2)。表1及び表2において、Frequency(%)は、タンパク質のペアピークが検出された検体のうち、がん部及び非がん部位において、タンパク質の発現量が1.5倍以上変動した検体数の割合 (%)、すなわち、{(がん部における発現量/非がん部における発現量)が1.5倍以上又は0.66倍以下の比で変動した検体数}×100/{NBSラベル化ペプチドのペアピークが検出された検体数}を表す。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
肝細胞がん関連タンパク質として同定されたもののうち、マーカーとしての有用性の観点から、がん部位で発現が亢進するタンパク質に着目した。
さらなる絞込みを行うために、各画分(CF,CSF)で同定された肝がん関連タンパク質のグループごとに、GSEAを用いた“タンパク質発現−遺伝子発現”の相関解析を行った。その結果を図1に示す。図1において、Gene List (L) (横軸)は、HCV陽性のHCC患者71症例の遺伝子発現解析結果を基に、がん部位における各遺伝子発現量の平均値の高い順に並べたもの(Rankin in gene list)であり(後述図2においても同じ)、プロテオーム解析で同定したがん関連タンパク質を対応する遺伝子の順に並べたものがProtein Set (S)である。横軸の左側ほどランクが高いことを意味する。この実験例の場合のEnrichment Score (ES)とは、がん組織で発現が亢進するタンパク質のセットが遺伝子発現と関連性がない場合のランク分布と比較して、どのくらい関連性が偏っているかを基に計算したスコア値を示す。CFで同定されたタンパク質セットについては、統計学的有意(p<0.05)に発現が遺伝子と相関していることが分かった。Top ESは各タンパク質に対するESを積算した(Running ES)際の極大値を意味するもので、この実験例の場合はTop ESまでに含まれるがん関連タンパク質が遺伝子と発現相関が強いセットとして考えられる。よって、遺伝子との発現相関が強い19種類のタンパク質を肝がんマーカー候補として絞り込んだ(表3)。
【0040】
【表3】

【0041】
一方、CSFで同定されたタンパク質グループについても同様の解析を行った。その結果を図1と同様に示したものを図2に示す。統計学的有意な発現相関は示していなかった(p=0.31)ものの、遺伝子との発現相関が強い7種類のタンパク質を肝がんマーカー候補として絞り込んだ(表4)。
【0042】
【表4】

【0043】
これらのタンパク質は、肝細胞がんとの関連性が報告されていないものであった。























【特許請求の範囲】
【請求項1】
S ribosome protein S19、 Signal recognition particle 9 kDa protein、Beta-hexosaminidase subunit alpha precursor、Heat shock protein HSP 90-alpha、Tublin alpha-1A chain、Tublin alpha-1B chain、Dynein light chain 1, cytoplasmic、Filamin-B、Aldehyde dehydrogenase 1、 Malate dehydrogenase, cytoplasmic、Cytosol aminopeptidase、 S-adenosylhomocystein hydrolase、Retinal dehydrogenase 1、及びTransgelin-2 からなる群から選ばれる少なくとも1種のタンパク質を含む、肝細胞がんマーカー。
【請求項2】
生体試料中の、S ribosome protein S19、 Signal recognition particle 9 kDa protein、Beta-hexosaminidase subunit alpha precursor、Heat shock protein HSP 90-alpha、Tublin alpha-1A chain、Tublin alpha-1B chain、Dynein light chain 1, cytoplasmic、Filamin-B、Aldehyde dehydrogenase 1、 Malate dehydrogenase, cytoplasmic、Cytosol aminopeptidase、S-adenosylhomocystein hydrolase、Retinal dehydrogenase 1、及びTransgelin-2からなる群から選ばれる少なくとも1種の肝細胞がんマーカーの発現レベルを取得し、前記肝細胞がんマーカーの基準レベルに基づき、前記発現レベルの高低に関する評価を行う、肝細胞がんマーカーの分析方法。
【請求項3】
前記生体試料が免疫組織化学染色されるべき肝臓組織であり、前記発現レベルが前記組織におけるがん部位の染色強度であり、肝細胞がん患者の肝臓組織におけるがん部位の染色強度である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記生体試料が破砕された組織を含むものであり、前記発現レベルが前記試料中において検出された測定濃度であり、前記基準レベルが前記肝細胞マーカーの基準濃度である、請求項2に記載の方法。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−2857(P2013−2857A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−131874(P2011−131874)
【出願日】平成23年6月14日(2011.6.14)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)