説明

肝細胞増殖因子を含有する血管分化誘導促進剤

本発明は、肝細胞成長因子を有効成分として含み、内皮細胞に分化可能な内皮前駆細胞への、骨髄細胞からの分化誘導を促進する薬剤を提供し、当該薬剤は治療分野又は再生医療分野で有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は肝細胞増殖因子を有効成分として含み、骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導を促進する薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
肝細胞増殖因子(以下、HGFと略記する。)は当初成熟肝細胞に対する増殖因子として同定され、1989年にその遺伝子(cDNA)がクローニングされた(非特許文献1、2参照)。
これまでにHGFは肝細胞に加え様々な細胞に対して、増殖促進、細胞遊走促進、形態形成誘導、細胞死防止等様々な生物活性を発揮することが明らかにされている(非特許文献3〜6参照)。
HGFの生物活性はそのレセプター(受容体)であるc−Metチロシンキナーゼを介して発揮され、HGFは多彩な生物活性を有し、様々な障害に対する各種組織の修復及び保護作用機能を担っている。
HGFのもつ組織再生、保護機能の一つとして、血管新生促進活性が挙げられる。HGFは血管内皮細胞の増殖並びに遊走を促進するとともにインビボ(in vivo)においても強い血管新生誘導活性を有している(非特許文献7〜10参照)。
【0003】
しかし、上記先行技術文献のいずれにも、HGFが骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞へ分化誘導を促進することについての記載は認められない。
【特許文献1】特開平08−89869号公報
【特許文献2】特開平06−172207号公報
【非特許文献1】バイオケミカル・アンド・バイオフィジカル・リサーチ・コミューニケーションズ(Biochemical and Biophysical Research Communications)、1984年、第122巻、p.1450−1459
【非特許文献2】ネイチャー(Nature)、1989年、第342巻、p.440−443
【非特許文献3】ザ・ジャーナル・オブ・セル・バイオロジー(The Journal of Cell Biology)、1985年、第129巻、p.1177−1185
【非特許文献4】ザ・ジャーナル・オブ・バイオケミストリー(The Journal of Biochemistry)、1986年、第119巻、p.591−600
【非特許文献5】インターナショナル・レビュー・オブ・サイトロジー(International Review of Cytology)、1999年、第186巻、p.225−260
【非特許文献6】キドニー・インターナショナル(Kidney International)、2001年、第59巻、p.2023−2038
【非特許文献7】ザ・ジャーナル・オブ・セル・バイオロジー(The Jouenal of Cell Biology)、1992年、第119巻、p.629−641
【非特許文献8】プロシーディングス・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス・オブ・ザ・ユナイテッド・ステート・オブ・アメリカ(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)、1993年、第90巻、p.1937−1941
【非特許文献9】サーキュレーション(Circulation)、1998年、第97巻、p.381−390
【非特許文献10】ハイパーテンション(Hypertension)、1999年、第33巻、p.1379−1384
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、血管新生の概念が大きく変化した。すなわち従来成人における血管新生(angiogenesis)は、既存の血管内皮細胞が分裂増殖と遊走によるもののみであると考えられてきたものが、血流中の内皮前駆細胞が関与して血管をつくることで、これまで胎生期にしか起こらないと考えられていた血管発生(vasculogenesis)型の血管再生が成人においても起こっている可能性が示唆されている。この推定に基づき、内皮前駆細胞又は内皮細胞を応用して、血管の再生を行う治療法の開発が現在期待されている。
成人における内皮前駆細胞は骨髄に由来することから、本発明の目的は骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導促進剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、(1)HGFの投与により末梢血中に内皮前駆細胞の発現が増加すること、(2)該増加が骨髄細胞由来であること、及び(3)HGFが骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導を促進することを新しく発見した。本発明者らはこれら知見に基づきさらに研究を進め、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、HGFを含有することを特徴とする、骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導促進剤に関する。
また、本発明は、HGFを哺乳動物に投与し、骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導を促進する方法、並びに骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導を促進するための医薬を製造するためのHGFの使用に関する。
さらに、本発明は骨髄細胞を、HGFを含有する分化誘導促進剤と共に培養し、骨髄細胞から分化した内皮前駆細胞又は内皮細胞を哺乳動物に移植する方法、あるいは、骨髄細胞を培養し、増殖した骨髄細胞を哺乳動物に移植すると共にHGFを含有する分化誘導促進剤を投与し、移植した骨髄細胞を内皮前駆細胞又は内皮細胞へ分化誘導する方法に関する。
さらにまた本発明は、HGFの投与のみならず、HGFの遺伝子を導入することからなる、骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導を促進するための遺伝子薬剤をも包含するものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明の血管分化誘導促進剤は、骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導を促進する。内皮前駆細胞は内皮細胞へ分化し、そして内皮細胞は血管発生型の血管新生又は血管再生の効果をもたらす。本発明の分化誘導促進剤は骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導を促進するため、血管の新生又は再生を必要とする疾患の治療に有用である。
また、本発明の分化誘導促進剤の存在下で骨髄細胞を培養することにより骨髄細胞から分化した内皮前駆細胞又は内皮細胞を製造できる。そのようにして製造された内皮前駆細胞又は内皮細胞は、再生医療の分野において、血管の新生又は再生のための移植用細胞として利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明で使用されるHGFは公知物質である。種々の方法で調製されたHGFは、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、本発明で使用することができる。HGFの製造方法としては、例えば、HGFを産生する初代培養細胞や株化細胞を培養し、培養上清等からHGFを分離し、分離したHGFを精製してHGFを得ることができる。あるいは遺伝子工学的手法によりHGFをコードする遺伝子を適切なベクターに組み込み、これを適当な宿主細胞に挿入して形質転換し、この形質転換体の培養上清から目的とする組換えHGFを採取して組換えHGFを得ることもできる。(例えば、特開平5−111382号公報;Biochem.Biophys.Res.Commun.1989年、第163巻、p.967等を参照)。
【0008】
上記の宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞、例えば大腸菌、酵母又は動物細胞等を用いることができる。このようにして得られたHGFは、天然型HGFと実質的に同じ作用を有する限り、そのアミノ酸配列中の1又は複数個(例えば、数個)のアミノ酸が置換、欠失、付加及び/又は挿入されていてもよい。また同様に、HGFは、1又は複数の糖鎖が置換、欠失及び/又は付加されていてもよい。ここで、アミノ酸配列について、「1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入」とは、遺伝子工学的手法、部位特異的突然変異誘発法等の周知の技術的方法により、又は天然に生じうる程度の数(1〜数個)が、欠失、置換、付加及び/又は挿入されていることを意味する。
【0009】
また、「1又は複数の糖鎖が置換、欠失及び/又は付加したHGF」とは、例えば(1)天然のHGFに付加している1又は複数の糖鎖を酵素等で処理し糖鎖を欠損させたHGF、(2)糖鎖が付加しない様に糖鎖付加部位のアミノ酸配列に変異が施されたHGF、あるいは(3)天然の糖鎖付加部位とは異なる部位に糖鎖が付加するようアミノ酸配列に変異が施されたHGF等をいう。
【0010】
さらに、HGFのアミノ酸配列と少なくとも60%以上の相同性を有する蛋白質、好ましくは80%以上の相同性を有する蛋白質、より好ましくは90%以上の相同性を有する蛋白質、さらに好ましくは95%以上の相同性を有する蛋白質であって、かつ骨髄細胞から内皮前駆細胞ないし内皮細胞への分化誘導活性を有する蛋白質も含まれる。上記アミノ酸配列について「相同」とは、蛋白質の一次構造を比較し、配列間において各々の配列を構成するアミノ酸残基の一致の程度の意味である。
【0011】
本発明で使用されるHGFにおいては、C末端がカルボキシル基(−COOH)のほか、天然型HGFと実質的に同じ作用を有する限り、カルボキシレート(−COO)、アミド(−CONH)又はエステル(−COOR)等であってもよい。ここでエステルにおけるRとしては、置換基を有してもよい低級アルキル基(例えば、メチル、エチル、プロピル、シクロペンチル、ベンジル、フェネチル等)、アリール基(例えば、フェニル、α−ナフチル等)、経口用エステルとして汎用されるピバロイルオキシメチル基等が挙げられる。さらに、本発明で使用されるHGFには、天然型HGFと実質的に同じ作用を有する限り、N末端のメチオニン残基のアミノ基が保護基(例えば、ホルミル基、アセチル等のアシル基等)で保護されているもの、N端側が生体内で切断され生成したグルタミル基がピログルタミン酸に変化したもの等も含まれる。
【0012】
本発明において内皮前駆細胞とは、内皮細胞、主として血管内皮細胞へ分化する細胞をいう。
【0013】
本発明の分化誘導促進剤は骨髄細胞から、血管発生型の血管新生又は血管再生に関与する内皮細胞へ分化する内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導を促進するので、ヒトの他、哺乳動物(例えば、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、イヌ、ネコ等)の血管新生又は血管再生を必要とする疾患に適用できる。そのような疾患としては、例えば下肢閉塞性動脈硬化症、心筋梗塞、虚血性腸炎、虚血性大腸炎、脳梗塞等が挙げられる。また、血管新生又は血管再生は、火傷や傷の治癒段階にみられる脈間形成の生理現象の一つでもあるので、本発明の血管分化誘導剤は火傷や傷の治療にも有用である。
【0014】
また、内皮前駆細胞は内皮細胞へ分化するので、損傷を受けた血管内皮の修復に関与する。このため本発明の血管分化誘導剤は、血管内皮が損傷を受ける疾患、例えば播種性血管内凝固症候群;微小血管内血小板血栓形成;血栓症;動脈硬化症;糖尿病性動脈硬化症;抗癌剤(例えばドキソルビン等)などの薬物に起因する血管内皮傷害;喫煙毒性による血管内皮障害;リウマチ性関節炎、多発性筋炎、多発性動脈炎等の自己免疫疾患;悪性リンパ腫、白血病、胃癌等の悪性疾患に合併して発生する血管内皮障害;細菌、ウイルス等の感染症あるいはワクチン接種に続発して発生する血管内皮障害等における血管内皮の修復、再生を目的に用いることができる。
【0015】
本発明の血管分化誘導促進剤は、種々の製剤形態、例えば液剤、固形剤、カプセル剤等をとりうるが、一般的にはHGFのみ又はそれと慣用の担体と共に注射剤、吸入剤、坐剤又は経口剤とされる。上記注射剤は、水性注射剤又は油性注射剤のいずれでもよい。水性注射剤とする場合、公知の方法に従って、例えば、水性溶媒(例えば、注射用水、精製水等)に、医薬上許容される添加剤、例えば等張化剤(例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、グリセリン、マンニトール、ソルビトール、ホウ酸、ホウ砂、ブドウ糖、プロピレングリコール等)、緩衝剤(例えば、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス緩衝液、グルタミン酸緩衝液、イプシロンアミノカプロン酸緩衝液等)、保存剤(例えば、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル、クロロブタノール、ベンジルアルコール、塩化ベンザルコニウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、ホウ酸、ホウ砂等)、増粘剤(例えば、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール等)、安定化剤(例えば、亜硫酸水素ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、アスコルビン酸、ジブチルヒドロキシトルエン等)、pH調整剤(例えば、塩酸、水酸化ナトリウム、リン酸、酢酸等)などを適宜添加した溶液に、HGFを溶解した後、フィルター等で濾過して滅菌し、次いで無菌的な容器に充填することにより調製することができる。また適当な溶解補助剤、例えばアルコール(例えば、エタノール等)、ポリアルコール(例えば、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、非イオン界面活性剤(例えば、ポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油50等)などを使用してもよい。
【0016】
油性注射剤とする場合、油性溶媒としては、例えば、ゴマ油、大豆油等が用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等を使用してもよい。調製された注射液は、通常、適当なアンプル又はバイアルに充填される。注射剤中のHGF含量は、通常0.0002〜0.2w/v%程度、好ましくは0.001〜0.1w/v%程度に調整される。なお、注射剤等の液状製剤は、凍結保存又は凍結乾燥等により水分を除去して保存するのが望ましい。凍結乾燥製剤は、用時に注射用蒸留水等を加え、再溶解して使用される。
【0017】
経口剤としては、例えば錠剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、カプセル剤、液剤、乳剤、懸濁剤、シロップ剤等の剤形が挙げられる。これら製剤は公知の方法によって製造される。顆粒及び錠剤として製造する場合には、医薬上許容される添加剤、例えば賦形剤(例えば、乳糖、白糖、ブドウ糖、デンプン、結晶セルロース等)、滑沢剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ステアリン酸、ステアリン酸カルシウム等)、崩壊剤(例えば、デンプン、カルメロースナトリウム、炭酸カルシウム等)、結合剤(例えば、デンプン糊液、ヒドロキシプロピルセルロース液、カルメロース液、アラビアゴム液、ゼラチン液、アルギン酸ナトリウム液等)などを用いることにより製造することができる。また、顆粒剤及び錠剤には、適当なコーティング剤(例えば、ゼラチン、白糖、アラビアゴム、カルナバロウ等)、腸溶性コーティング剤(例えば、酢酸フタル酸セルロース、メタアクリル酸コポリマー、ヒドロキシプロピルセルロースフタレート、カルボキシメチルエチルセルロース等)などで剤皮を施してもよい。
【0018】
カプセル剤として製造する場合には、公知の賦形剤、例えば流動性と滑沢性を向上させるためのステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク又は軽質無水ケイ酸;加圧流動性を増すための結晶セルロースや乳糖;あるいは上記崩壊剤等を適宜選択できる。HGFは前記賦形剤と共に均等に混和し、又は粒状化し、若しくは粒状化としたものに適当なコーティング剤で剤皮を施し、カプセルに充填するか、適当なカプセル基剤(例えば、ゼラチン等)にグリセリン又はソルビトール等を加えて可塑性を増したカプセル基剤で被包成形してもよい。これらカプセル剤には所望に応じて、着色剤、保存剤(例えば、二酸化イオウ、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル等)などを加えることができる。カプセル剤は、通常のカプセル剤の他、腸溶性コーティングカプセル剤、胃内抵抗性カプセル剤、放出制御カプセル剤とすることもできる。
【0019】
腸溶性カプセル剤とする場合、腸溶性コーティング剤でコーティングしたHGF又はHGFに上記の適当な賦形剤を添加したものを通常のカプセルに充填する。あるいは、腸溶性コーティング剤でコーティングしたカプセル、若しくは腸溶性高分子を基剤として成形したカプセルにHGF単独又はHGFに上記の適当な賦形剤を添加したものを充填することができる。
【0020】
シロップ剤として製造する場合には、例えば安定剤(例えば、エデト酸ナトリウム等)、懸濁化剤(例えば、アラビアゴム、カルメロース等)、矯味剤(例えば、単シロップ、ブドウ糖等)、芳香剤等を適宜選択して使用することができる。
【0021】
また、坐剤も慣用の基剤(例えばカカオ脂、ラウリン脂、グリセロゼラチン、マクロゴール、ウィテップゾル等)を用いた製剤上の常法によって調製することができる。
【0022】
また、吸入剤も常套製剤化手段によって調製することができる。吸入剤として製造する場合、その添加剤としては、一般に吸入用製剤に使用される添加剤であればいずれのものであってもよい。例えば、噴射剤の他、上記した賦形剤、結合剤、滑沢剤、保存剤、安定化剤、等張化剤、pH調整剤、及び矯味剤(例えば、クエン酸、メントール、グリチルリチンアンモニウム塩、グリシン、香料等)などが用いられる。噴射剤としては、液化ガス噴射剤、圧縮ガス等が用いられる。液化ガス噴射剤としては、例えば、フッ化炭化水素(例えば、HCFC22、HCFC−123、HCFC−134a、HCFC142等の代替クロロフルオロカーボン類等)、液化石油エーテル、ジメチルエーテル等が挙げられる。圧縮ガスとしては、例えば、可溶性ガス(例えば、炭酸ガス、亜酸化窒素ガス等)、不溶性ガス(例えば、窒素ガス等)などが挙げられる。
【0023】
また、本発明で用いられるHGFは、生体分解性高分子と共に、徐放性製剤とすることもできる。HGFは特に徐放性製剤とすることにより、血中濃度の維持、投薬回数の低減、副作用の軽減等の効果が期待できる。該徐放性製剤は例えばドラッグデリバリーシステム、第3章(CMC、日本、1986年)等に記載の公知の方法に従って製造することができる。本徐放性製剤に使用される生体内分解性高分子は、公知の生体内分解性高分子のなかから適宜選択できるが、例えば多糖類(例えば、デンプン、デキストラン、キトサン等)、蛋白質(例えば、コラーゲン、ゼラチン等)、ポリアミノ酸(例えば、ポリグルタミン酸、ポリリジン、ポリロイシン、ポリアラニン、ポリメチオニン等)、ポリエステル(例えば、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸/グリコール酸重合体又は共重合体、ポリカプロラクトン、ポリ−β−ヒドロキシ酪酸、ポリリンゴ酸、ポリ酸無水物、フマル酸−ポリエチレングリコール−ビニルピロリドン共重合体等)、ポリオルソエステル、ポリアルキルシアノアクリル酸(例えば、ポリメチル−α−シアノアクリル酸等)、ポリカーボネート(例えば、ポリエチレンカーボネート、ポリプロピレンカーボネート等)などである。好ましくはポリエステル、更に好ましくポリ乳酸又は乳酸/グリコール酸重合体又は共重合体である。ポリ乳酸/グリコール酸重合体又は共重合体を使用する場合、その組成比(乳酸/グリコール酸)(モル%)は徐放期間によって異なるが、例えば徐放期間が2週間ないし3カ月、好ましくは2週間ないし1カ月の場合には、約100/0ないし50/50である。該ポリ乳酸/グリコール酸重合体又は共重合体の重量平均分子量は、一般的には5,000ないし20,000である。ポリ乳酸/グリコール酸共重合体は、公知の製造法、例えば特開昭61−28521号公報に記載の製造法に従って製造できる。生体分解性高分子とHGFの配合比率は特に限定はないが、一般に生体分解性高分子に対して、HGFが0.01w/w%〜30w/w%程度である。
【0024】
上記した各製剤中のHGF含量は、剤形、適用疾患、疾患の程度、年齢等に応じて適宜調整することができる。
【0025】
また、本発明の血管分化誘導促進剤には、本発明の目的に反しない限り、その他の医薬活性成分を適宜含有させてもよい。このような医薬活性成分としては、例えば、冠状血管拡張薬(例えば、亜硝酸アミル、硝酸イソソルビド、ニトログリセリン、トラピジル等)、β遮断薬(例えば、オクスプレノロール、カルテオロール、ブクモロール、ブフェトロール、プロプラノロール、ピンドロール等)、カルシウム拮抗薬(例えば、ジルチアゼム、ベラパミル、ニフェジピン、ニカルジピン等)、末梢循環障害治療薬(例えば、アルプロスタジルアルファデクス、カリジノゲナーゼ、トコフェロール、ニコモール等)、抗不整脈薬(例えば、アジマリン、プロカインアミド、リドカイン等)、降圧薬(例えば、フロセミド、トリクロルメチアジド、ヒドララジン、交感神経抑制薬、カルシウム拮抗剤等)、高脂血症薬(例えば、クロフィブラート、プラバスタチン、シンバスタチン、ロバスタチン、ニコモール等)、抗凝血薬(例えば、ヘパリン、ワルファリン、ジクマロール、アスピリン等)、血栓溶解薬(例えば、ウロキナーゼ等)、抗糖尿病薬(例えば、トルブタミド、クロルプロパミド、アセトヘキサミド、グリベンクラミド、メトホルミン、アカルボース等)、抗炎症剤(例えば、ジクロフェナクナトリウム、イブプロフェン、インドメタシン等)、抗菌剤(例えば、セフィキシム、セフジニル、オフロキサシン、トスフロキサシン等)、抗真菌剤(例えば、フルコナゾール、イトラコナゾール等)などが挙げられる。
【0026】
また、これらの医薬活性成分を含む製剤を本発明の製剤と併用して使用することもできる。これらの医薬活性成分は本発明の目的が達成される限り特に限定されず、適宜適当な配合割合又は併用割合での使用が可能である。
【0027】
本発明の血管分化誘導促進剤は、その製剤形態に応じた適当な投与経路により投与され得る。例えば、注射剤の形態にして静脈、動脈、皮下、筋肉内等に投与することができる。その投与量は、患者の症状、年齢、体重等により適宜調製されるが、通常HGFとして0.001mg〜1000mg、好ましくは0.01mg〜100mgであり、これを1日1回又は数回に分けて投与するのが適当である。
【0028】
本発明の血管分化誘導促進剤は、インビトロで、骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導を促進させる薬剤として用いることができる。骨髄細胞としては、ヒトを含むすべての哺乳動物の骨髄細胞を用いることができるが、浮遊性の骨髄細胞が好ましい。例えばヒト骨髄細胞を公知の方法により採取し、細胞培養液に懸濁した後、プラスチックシャーレー上に播種し培養し、浮遊細胞のみを回収する。次に、浮遊性の骨髄細胞を本発明の血管分化誘導促進剤と共に培養する。細胞培養液としては、通常用いられる培養液、例えばDMEM、MEM、RPMI1640、IMDM等を用いることができる。前記細胞培養液中には、通常の細胞培養に用いる添加物、例えば、牛胎児血清等を添加してもよいが、移植免疫等の観点から無血清の細胞培養液を用いるのが好ましい。血管分化誘導促進剤におけるHGFの濃度は、約1ng/mL〜約100ng/mLが好ましい。培養条件は、通常用いられる細胞培養に用いられる条件、例えば約35℃±2℃、5%二酸化炭素存在下等である。このようにして培養した骨髄細胞は、1〜5週間培養することにより、内皮前駆細胞ないし内皮細胞へと分化させることができる。このようにして分化誘導された骨髄細胞に由来する内皮前駆細胞ないし内皮細胞は、移植用細胞として利用可能である。
【0029】
より具体的には、例えば下肢閉塞性動脈硬化症の患者自身の骨髄細胞から分化、増殖させた内皮前駆細胞又は内皮細胞を、該患者の下肢閉塞性動脈硬化症による潰瘍壊死部に筋肉内注射等により移植することが可能である。本方法によれば下肢閉塞性動脈硬化症の移植に必要な内皮前駆細胞又は内皮細胞を患者自身の骨髄細胞から大量に得ることが可能となる。
また、移植は骨髄細胞を培養増殖し、増殖した未分化の骨髄細胞を移植用細胞として利用し、本発明の血管分化誘導促進剤をレシピエントに投与する態様であってもよい。本方法によれば、下肢閉塞性動脈硬化症から採取した少量の骨髄細胞を培養増殖し、大量の骨髄細胞を該患者自身に戻すと共に本発明の血管分化誘導促進剤を投与するので、移植された骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導は生体内で効率よく行われることになる。
上記移植に用いる骨髄細胞は、移植免疫の観点から移植される同一個体から採取したものが好ましい。
【0030】
近年、HGF遺伝子を用いた遺伝子治療に関する報告がなされており(Circulation、1997年、第96巻、No.3459;Nature Medicine、1999年、第5巻、p.226−230;Circulation、1999年、第100巻、No.1672;Gene Therapy、2000年、第7巻,p.417−427等を参照)、そのような遺伝子治療は技術的に確立された技術となっている。本発明においては、前述のようなHGFの投与のみならず、HGF遺伝子を導入することからなる骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導の遺伝子治療剤をも包含するものである。以下、HGFの遺伝子治療につき詳細に記述する。
【0031】
本発明において使用される「HGF遺伝子」とは、HGFの発現可能な遺伝子を指す。具体的には、非特許文献2、特許第2777678号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.1989年、第163巻、p.967、又はBiochem.Biophys.Res.Commun.1990年、第172巻、p.321等に記載のHGFのcDNAを適当な発現ベクター(非ウイルスベクター、ウイルスベクター)に組み込んだものが挙げられる。ここでHGFをコードするcDNAの塩基配列は、前記文献に記載されている他、ジーンバンク(GenBank)等のデータベースにも登録されている。従って、これらの配列情報に基づき、適当なDNA部分をPCRのプライマーとして用い、例えば肝臓等のmRNAに対してRT−PCR反応を行うこと等により、HGFのcDNAをクローニングすることができる。これらのクローニングは、例えばMolecular Cloning 2nd Edt., Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等の基本書に従い、当業者ならば容易に行うことができる。
【0032】
さらに、本発明で使用されるHGF遺伝子は上記遺伝子に限定されず、発現するタンパク質がHGFと実質的に同じ作用を有する遺伝子である限り、いずれの遺伝子も本発明で使用されるHGF遺伝子として使用できる。すなわち、前記cDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAや、前記cDNAによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1から複数(好ましくは数個)のアミノ酸が置換、欠失、付加及び/又は挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA等のうち、HGFとしての作用を有するタンパク質をコードするものであれば、本発明で使用されるHGF遺伝子の範疇に含まれる。そのようなDNAは、例えば通常のハイブリダイゼーション法やPCR法等により容易に得ることができ、具体的には前記Molecular Cloning等の基本書等を参考にして行うことができる。
【0033】
本発明で使用されるHGF遺伝子は、前述のHGFタンパクと同様、骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導に適用することができる。
HGF遺伝子を有効成分とする遺伝子治療剤を患者に投与する場合、常法、例えば別冊実験医学,遺伝子治療の基礎技術,羊土社(1996年)、別冊実験医学、遺伝子導入&発現解析実験法、発行:羊土社、日本(1997年);日本遺伝子治療学会編遺伝子治療開発研究ハンドブック、発行:エヌ・ティー・エス、日本(1999年)等に記載の方法に従って、投与することができる。
製剤形態としては、上記の各投与形態に合った種々の公知の製剤形態をとることができる。製剤中のDNAの含量は、治療目的の疾患、患者の年齢、体重等により適宜調節することができるが、通常、本発明のDNAとして0.0001〜100mg、好ましくは0.001〜10mgである。
また、HGF遺伝子とHGFは独立して使用することもできれば、両者を併用して用いることもできる。
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
%は特にことわりのない限り質量%を示す。
【実施例】
【0034】
実施例1
レシピエントマウス
C57BL/6系マウスにグリーン蛍光蛋白質(GFP)を強化するようにトランスジェニックされたマウスが、大阪大学(日本)で作成された。GFP胎児(13.5日目)の肝臓からの肝細胞をMorishitaらの方法に従って、移植する前に12Gyの容量の放射線を照射したC57BL/6雄マウスに移植した(Hypertension、1999年、第33巻、p.1379−1384)。
移植3週間後、循環白血球(末梢血白血球)の95%以上がGFPマウス由来の骨髄細胞で完全に入れ替わっていることを示したマウスをレシピエントマウスとして、実験に供した。
【0035】
肺毛細血管損傷の誘発と処置
ブタ膵由来エラスターゼ(200単位/kg,Sigma,St.Louis,MO)をレシピエントマウスの鼻腔内に注入した。エラスターゼ注入3週間後に、レシピエントマウスは肺に気腫性変化を示し、損傷した肺毛細血管が観察された。この時点で、肺気腫が誘発されたレシピエントマウスは、無作為にベヒクル投与群及びHGF投与群の2グループに分けられた。ベヒクル投与群には、生食を、HGF投与群には、HGF1mg/kgを1日1回、12日間腹腔内注射した。
【0036】
組織学的解剖
レシピエントマウスの肺を、20cmHOの圧で4%パラホルムアルデヒド−PBSで固定し、常法に従いそのパラフィン包埋切片を作製し、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色をおこなった。GFPは抗GFP抗体(Abcam,Cambridge,UK)を用いて検出し、3,3’−ジアミノベンジディンで視覚化した。
【0037】
GFP陽性細胞の表現型(phenotype)を識別するため、抗CD34及びCD45抗体(Pharmingen,San Diego,CA)を用いて凍結切片の免疫蛍光染色をおこなった。
【0038】
各マウスから採血した末梢血液中のSca−1(骨髄細胞由来の表面抗原)末梢血細胞は、抗Sca−1がコートされたマイクロビーズを使うMagnetic Cell Sorting System(Miltenvi Biotec, Bergisch Gladbach, Germany)を用いて単離した。単離されたSca−1末梢血細胞中の内皮前駆細胞又は内皮細胞は、Sca−1及び血管内皮増殖因子(VEGF)の受容体の一つであるFlk−1の発現を指標として、フローサイトメトリー〔FACSCalibur(自動細胞解析分離装置,BD,San Jose,CA)〕を用いて細胞分布を測定した。なお、Sca−1の検出は、フルオレセインイソチオシアネートで標識された抗Sca−1抗体を用い、またFlk−1の検出は、フィコエリスリン(蛍光赤色色素)で標識された抗Flk−1抗体(Pharmingen)を用いた。
【0039】
結果
肺毛細血管損傷レシピエントマウスのFlk−1陽性細胞の分布図を図1に示した。HGF投与群[HGF(+);グレイライン]では、該細胞分布図は、コントロール群[HGF(−)]に比し、全体に右側にシフトした。これは、HGF投与群では、Flk−1陽性細胞、すなわち内皮前駆細胞又は内皮細胞が増加することを示している。
【0040】
レシピエントマウスの肺組織切片の観察において、エラスターゼを投与したレシピエントマウスでは、肺毛細血管が破壊されていたが、HGF投与群では、エラスターゼ無処置群の肺とほとんどかわらない程度に肺毛細血管が観察された(図2参照)。免疫蛍光染色によるレシピエントマウスの組織学的観察結果は、HGF投与群の肺毛細血管内皮細胞は、GFPマウス由来の骨髄細胞から分化していることを示した(図3参照)。
【0041】
本結果は、骨髄細胞から分化誘導された内皮前駆細胞又は内皮細胞が、さらに分化し新たに肺毛細血管を再生したことを示すものである。
【0042】
実施例2
方法
各マウスから末梢血を全量0.5〜1.0mL採血した。末梢血単核細胞(PBMC)を、Ficoll−Hypaque密度勾配法(Lymphosepal;IBL、群馬、日本)で分離した。赤血球を、赤血球溶血緩衝液(0.15M 塩化アンモニウム、0.01M 炭酸水素カリウム、0.1mM EDTA−2Na、pH 7.2)により除去した。血管内皮前駆細胞であるSca−1/F1k−1/c−kit細胞を、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)標識抗マウスSca−1抗体(BD Pharmingen、San Diego、CA)、フィコエリスリン(PE)標識抗マウス胎児肝臓由来キナーゼ1/血管内皮成長因子受容体−2(Flk−1/VEGF−R2)(BD Pharmingen)、及びアロフィコシアニン(APC)標識抗−c−kit抗体(BD Pharmingen)で染色し、FACSCalibur(BD、San Jose、CA)で分析した。
【0043】
結果
内皮前駆細胞を含む末梢血単核細胞の数は、HGF処置により、生理食塩水処置マウスと比べて、増加した。循環Sca−1/F1k−1/c−kit細胞の数は、HGF処置マウスでは増加した(表1)。これらの結果は、HGFが末梢Sca−1/F1k−1/c−kit細胞(内皮前駆細胞表現型と一致)の数の、骨髄細胞から循環系への増加を誘発し、それゆえ肺実質は骨髄細胞からより多くの前駆細胞を受容することができるものと示唆された。
【0044】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の血管分化誘導促進剤は、骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導を促進する薬剤として有用である。本発明の血管分化誘導促進剤は、そのような内皮前駆細胞又は内皮細胞を用いて、血管の新生又は再生を行うので、再生医療分野に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】図1は肺毛細血管損傷レシピエントマウス末梢血における骨髄由来細胞分画のFK−1抗体の発現分布を示す。
【図2】図2は肺毛細血管損傷レシピエントマウスにおける肺の組織学的所見を示す。
【図3】図3は肺毛細血管損傷レシピエントマウスにおける肺毛細血管の免疫蛍光染色を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝細胞増殖因子を含有することを特徴とする骨髄細胞から内皮前駆細胞又は内皮細胞への分化誘導促進剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2007−528365(P2007−528365A)
【公表日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−527789(P2006−527789)
【出願日】平成17年3月7日(2005.3.7)
【国際出願番号】PCT/JP2005/004385
【国際公開番号】WO2005/084700
【国際公開日】平成17年9月15日(2005.9.15)
【出願人】(899000035)株式会社 東北テクノアーチ (68)
【出願人】(502068908)クリングルファーマ株式会社 (16)
【Fターム(参考)】