説明

肝障害検査用バイオマーカー及びそれを用いた肝障害の予測方法

【課題】本発明は、薬剤誘発性肝障害、特にグルタチオン過剰利用型肝障害を検査し得るバイオマーカー、及び該バイオマーカーを検出又は定量し、その発現様式を測定することによる薬剤誘発性肝障害、特にグルタチオン過剰利用型肝障害を予測・診断する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】コール酸、グリココール酸及びタウロコール酸からなる肝障害検査用のバイオマーカー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝障害検査用バイオマーカーに関する。より詳しくは、薬剤誘発性肝障害検査用バイオマーカーに関する。本発明は胆汁酸生合成経路のバランス変化を指標とした、薬剤誘発性肝障害、特にグルタチオン過剰利用型(枯渇型)の肝障害を検査し得るバイオマーカー、及び該バイオマーカーを検出又は定量し、その発現様式を測定することによって薬剤誘発性肝障害を予測する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、医薬品候補化合物の毒性評価試験では、ラット等の実験動物に化合物を投与してその病理組織学的変化を光学顕微鏡的あるいは電子顕微鏡的に調べていた。しかしながら、長期間投与でなければ病理組織学的変化が顕在化しないことが多く、さらに組織標本作製・検出にも時間、労力を要する等の欠点があった。
また、臨床試験における毒性試験や投薬患者における副作用の診断においては、生検標本の採取を必要とする上記の方法は、外科的侵襲が大きいためにその適用は非常に限定される。
従って、薬物起因性の毒性を効率よく、且つ非侵襲的に予測または診断し得る評価系の開発が求められている。
【0003】
末梢体液(尿、血漿など)あるいは臓器・細胞内の中間・最終代謝産物を網羅的に解析するメタボロミクス(metabolomics)は、トランスクリプトミクス・プロテオミクスの次の段階に来る生体反応の変化を捉える手法として、医学・生物学の種々の分野で利用されつつある。毒性学の分野でも、毒性発現メカニズムの解明や毒性予測の研究に本技術が活用され始めており、トキシコゲノミクス・トキシコプロテオミクスとともに、従来の毒性学的エンドポイント(症状、臨床検査、病理組織学的検査など)に代わる分子毒性学的エンドポイントへの示唆を与える技術として、薬物の安全性評価や臨床診断への応用が期待されている。
【0004】
一方、生体内での解毒作用を担う代表的な経路にグルタチオン抱合がある。グルタチオンは、体内の有害物質がグルタチオンと結合し、グルタミン酸とグリシンが切れることにより、メルカプツール酸となって排泄されると考えられている。グルタチオンは、ラジカルの捕捉、酸化還元による細胞機能の調節、各種酵素のSH供与体であり、抗酸化成分としても知られる。
【0005】
例えば、アミノピリンやアスピリンと並ぶ解熱鎮痛剤であるアセトアミノフェンは、1〜2%が未変化体として尿中に排泄され、90〜95%が肝臓でグルクロン酸抱合や硫酸抱合を受け尿中に排泄される。残りはチトクロームP−450で酸化され、肝細胞の壊死を引き起こすN−アセチルパラベンゾキノニミン(NAPQI)となる。このNAPQIは、通常は肝細胞中のグルタチオン(GSH)によって抱合され無毒化され、さらに代謝されて最終産物のメルカプト酸やシステインとなって尿中に排泄される。しかしながら、大量のアセトアミノフェンが体内にはいると、グルクロン酸抱合や硫酸抱合が飽和され、チトクロームP−450を介した代謝が進行しNAPQIの生成が増加する。NAPQIの増加に伴い、その無毒化に必要とされるグルタチオンが枯渇し、解毒しきれず、肝障害をもたらす。
【0006】
即ち、細胞内のグルタチオン濃度が低下しているような状況では、薬物による毒性が発現する可能性が高いことから、グルタチオン枯渇のバイオマーカーが求められている。
【0007】
肝臓のグルタチオンが毒物や異物に結合して消費されると、γ−グルタミルシステイン合成酵素(γ−GC)が活性化され、グルタチオンが合成される。同時にγ−GCと、グルタチオン合成酵素によって、2−アミノ酪酸を基質としてオフタルミン酸が肝臓内で生合成され、血中に排泄される。肝臓のグルタチオンが枯渇すると血中のオフタルミン酸が急増するため、血中のオフタルミン酸は肝臓のグルタチオンの枯渇を示すバイオマーカーとなり得ることがマウスで報告されている(特許文献1、非特許文献1)。
【0008】
【化1】

【0009】
しかしながら、オフタルミン酸は、肝臓内グルタチオン合成に連動するバイオマーカーであって、肝臓内のグルタチオンが枯渇していることを直接的に示すものではない。オフタルミン酸の血中濃度の上昇は、肝障害のマーカーとして一般的な生化学検査で用いられているAST(アスパラギン酸アミノ基転移酵素)、ALT(アラニンアミノ基転移酵素)の上昇よりも先に観察されるために確定診断とはならない。従って、より肝臓内のグルタチオン枯渇状態を反映し得る新しいグルタチオン過剰利用型肝障害のバイオマーカーが依然として求められている。
【0010】
又、一般的な生化学検査で用いられている肝障害マーカーであるASTやALTは、その原因を問わず肝細胞が壊れることによって血中濃度が上昇するので、薬剤誘発性肝障害、特にグルタチオン過剰利用型の肝障害を特異的に診断し得るバイオマーカーとしては不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2007−192746号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】T. Soga et al., J. Biol. Chem. 2006 281, 16768-16776
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、薬剤誘発性肝障害、特にグルタチオン過剰利用型肝障害を検査し得るバイオマーカー、及び該バイオマーカーを検出又は定量し、その発現様式を測定することによる薬剤誘発性肝障害、特にグルタチオン過剰利用型肝障害を予測・診断する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
近年、より効果的な創薬設計や化合物の安全性研究を可能とする手法としてクロスオミクス解析が注目されている。クロスオミクス解析は、代謝産物の解析を行なうメタボロミクス、酵素や制御タンパク質等の解析を行なうプロテオミクス、転写や発現などの制御遺伝子に関する解析を行なうゲノミクスもしくはトランスクリプトミクス等の多様なオミックデータを統合的に扱う。
本発明者らは上記課題を解決するために、毒性試験で一般的に用いられるラットを用いたアセトアミノフェン肝障害モデル(即ちグルタチオン過剰利用型肝障害モデル)の肝及び血漿についてクロスオミクス解析(ゲノミクス、メタボロミクス)を行った。
結果、グルタチオン過剰利用型肝障害モデルにおいて、胆汁酸の生合成経路に以下のような特徴が観察された。
(1)一次胆汁酸の血中濃度が増加する。
(2)一次胆汁酸の構成比率が変化する(タウロコール酸>グリココール酸であったものが、タウロコール酸<グリココール酸と逆転する)。
さらに、肝から抽出したRNAを用いたマイクロアレイ解析や病理学的検査を行なうことにより、一次胆汁酸生合成経路におけるこのような変化が、グルタチオン過剰利用型肝障害の指標となり得ることを確認した。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。通常、メタボロミクスでは変化が観察される成分に注目して解析が為されるが、本発明者らは、変化が観察されない成分にも注目し、該成分に関連する種々の代謝経路を複合的に考察することにより、新しい指標を見出すことに成功した。
【0015】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]一次胆汁酸からなる、肝障害検査用バイオマーカー。
[2]肝障害が、グルタチオン過剰利用型肝障害である、上記[1]記載のバイオマーカー。
[3]一次胆汁酸が、コール酸、グリココール酸及びタウロコール酸である、上記[1]又は[2]記載のバイオマーカー。
[4]一次胆汁酸が、ケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸である、上記[1]又は[2]記載のバイオマーカー。
[5]化合物による肝障害の予測方法であって、
(1)化合物を投与された哺乳動物より採取した試料中のコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸を検出しその量を対照と比較する工程、
(2)該試料中のグリココール酸/タウロコール酸の構成比を測定する工程、及び
(3)上記(1)及び(2)の結果を指標として該化合物の肝障害誘発性を予測する工程、
を含む方法。
[6]化合物による肝障害の予測方法であって、
(1)化合物を投与された哺乳動物より採取した試料中のケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸を検出しその量を対照と比較する工程、
(2)該試料中のグリコケノデオキシコール酸/タウロケノデオキシコール酸の構成比を測定する工程、及び
(3)上記(1)及び(2)の結果を指標として該化合物の肝障害誘発性を予測する工程、
を含む方法。
[7]工程(1)において、試料中のコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸の総量が対照に比べて有意に多く、且つ工程(2)において、グリココール酸/タウロコール酸の構成比が1よりも大きい場合に、該化合物が肝障害を誘発すると判断することを特徴とする、上記[5]記載の方法。
[8]工程(1)において、試料中のケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸の総量が対照に比べて有意に多く、且つ工程(2)において、グリコケノデオキシコール酸/タウロケノデオキシコール酸の構成比が1よりも大きい場合に、該化合物が肝障害を誘発すると判断することを特徴とする、上記[6]記載の方法。
[9]肝障害が、グルタチオン過剰利用型肝障害である、上記[5]〜[8]のいずれか1項に記載の方法。
[10]試料が、血清又は血漿である、上記[5]〜[9]のいずれか1項に記載の方法。
[11]グルタチオン枯渇状態を診断する方法であって、
(1)診断対象の哺乳動物より採取した試料中のコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸を検出しその量を健常な哺乳動物より採取した試料(対照)と比較する工程、
(2)該試料中のグリココール酸/タウロコール酸の構成比を測定する工程、及び
(3)上記(1)及び(2)の結果を指標としてグルタチオン枯渇状態か否かを診断する工程、
を含む方法。
[12]グルタチオン枯渇状態を診断する方法であって、
(1)診断対象の哺乳動物より採取した試料中のケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸を検出しその量を健常な哺乳動物より採取した試料(対照)と比較する工程、
(2)該試料中のグリコケノデオキシコール酸/タウロケノデオキシコール酸の構成比を測定する工程、及び
(3)上記(1)及び(2)の結果を指標として該化合物のグルタチオン枯渇状態か否かを診断する工程、
を含む方法。
[13]工程(1)において、試料中のコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸の総量が対照に比べて有意に多く、且つ工程(2)において、グリココール酸/タウロコール酸の構成比が1よりも大きい場合に、グルタチオン枯渇状態であると診断することを特徴とする、上記[11]記載の方法。
[14]工程(1)において、試料中のケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸の総量が対照に比べて有意に多く、且つ工程(2)において、グリコケノデオキシコール酸/タウロケノデオキシコール酸の構成比が1よりも大きい場合に、グルタチオン枯渇状態であると診断することを特徴とする、上記[12]記載の方法。
[15]試料が、血清又は血漿である、上記[11]〜[14]のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明のバイオマーカーは、肝障害、特にグルタチオン過剰利用型の肝障害の有無を評価するのに有用である。グルタチオンは肝臓での解毒作用の一種であるグルタチオン抱合において重要な役割を果たし、当該物質の枯渇が薬剤の副作用につながることから、グルタチオン枯渇のバイマーカーとして、本発明のバイオマーカーは有用である。また、グルタチオン過剰利用型の肝障害を誘発しない化合物のスクリーニングにも好適に用いることができる。さらに、本発明のバイオマーカーは、化合物によって誘発される肝障害を予測するのに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】哺乳動物における胆汁酸の生合成経路を示す模式図である(KEGGマップ)。
【図2】アセトアミノフェン肝毒性誘発時の、種々のバイマーカーの変動を調べた結果を示す図である。生化学的マーカーとしてはAST及びALTを用いた。病理組織学的変化の指標としては、EC(細胞の好酸性変化)、Nec(壊死)、Inf(炎症性細胞の浸潤)、Swl(細胞の腫大)を調べた。コール酸、タウロコール酸及びグリココール酸は本発明のバイオマーカーである。
【図3】アセトアミノフェン肝毒性誘発時の、肝臓及び血漿中における本発明のバイオマーカーの量を測定した結果を示すグラフである。
【図4】肝臓における一次胆汁酸の生合成経路を示す模式図である。
【図5】アセトアミノフェン肝毒性誘発時の、肝臓における一次胆汁酸の生合成経路を示す模式図である。
【図6】グルタチオン過剰利用型の肝障害の判定基準を模式的に示した図である。
【図7】アセトアミノフェン経口投与ラットからのサンプル(血漿サンプル)調製の手順を示す模式図である。
【図8】アセトアミノフェン経口投与ラットからのサンプル(肝臓サンプル)調製の手順を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、一次胆汁酸からなる、肝障害検査用バイオマーカーを提供する。
胆汁酸には、肝臓で合成される胆汁酸である、コール酸やケノデオキシコール酸等の一次胆汁酸と、小腸の腸内細菌により一次胆汁酸から生成される二次胆汁酸(デオキシコール酸やリトコール酸)がある。コレステロールから誘導されるコール酸が、タウリンと抱合(アミド結合)するとタウロコール酸が生成され、グリシンと抱合(ペプチド結合)するとグリココール酸が生成される。この抱合反応には、胆汁酸CoA:アミノ酸−N−アシルトランスフェラーゼ(EC.2.3.1.65)が関与している。
【0019】
【化2】

【0020】
胆汁酸は、正常では、タウロコール酸やグリココール酸として、胆汁液中に入る。
図1に、哺乳動物における胆汁酸の生合成経路(KEGGマップ)を示す。本発明において一次胆汁酸とは、コール酸及びケノデオキシコール酸の遊離型、タウリン抱合型、グリシン抱合型が挙げられるが、好ましくはコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸である。ケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸の組合せもまた好ましい。
【0021】
本発明のバイオマーカーの検査対象となる肝障害は、少なくとも通常の生化学検査で用いられている肝障害のマーカー(例、ASTやALT)の血中濃度に有意な上昇が認められる肝障害であり、好ましくはASTやALTの血中濃度の有意な上昇に加え、一次胆汁酸の血中濃度の上昇が認められる肝障害であり、より好ましくはそれらの病態に加え、胆汁酸の構成比に変動が認められる肝障害である。ここで「胆汁酸の構成比の変動」とは、正常の場合にはタウロコール酸(TCA)>グリココール酸(GCA)であったものが、GCA>TCAと逆転することをいう。即ちGCA/TCAの構成比が1よりも大きくなるような病態を有する肝障害である。具体的にはグルタチオン過剰利用型の肝障害である。
【0022】
胆汁酸の構成比の変動は、ケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸の組合せにおいても同様に観察することができる。すなわち、正常の場合にはタウロケノデオキシコール酸>グリコケノデオキシコール酸であったものがグルタチオン過剰利用型の肝障害の場合にはグリコケノデオキシコール酸>タウロケノデオキシコール酸と逆転する。
以下、便宜上、一次胆汁酸が、コール酸、グリココール酸及びタウロコール酸の組合せの場合で本願発明を説明するが、ケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸の組合せにおいても同様に本発明のバイオマーカーとして、また本発明の予測方法や診断方法のツールとして使用することができる。
本明細書中、「構成比」とは、各成分が試料(検体)中の濃度で示される場合は「濃度比」に相当する。
【0023】
グルタチオン過剰利用型の肝障害の代表的なものとしては、アセトアミノフェン、リファンピシン、フェニトイン、ブロモベンゼン、スルファサラジン、メチルテストステロン、フルタミド、メチマゾール、ディルティアゼム、ダントロレン、ダナゾール、フェナセチン等の薬物による肝障害が挙げられる。さらに、γグルタミルシステイン合成酵素欠乏症(OMIM 230450)やグルタチオン合成酵素欠乏症(OMIM 266130)でのグルタチオン枯渇状態が報告されている(Blood 95: 2193-96 (2000);J Pediatrics 139: 79-84 (2001)等)。また、パーキンソン病やエイズにおいてもグルタチオンの減少が報告されている(Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry 20: 1159-70 (1996);Lancet 334, Issue 8675: 1294-1298 (1989))。
【0024】
本発明のバイオマーカーはこの様な作用機序が明らかな肝障害の検査・診断に用いることができるのに加え、肝障害の有無、特にグルタチオン過剰利用型の肝障害であるか否かを予測・診断する為にも好適に用いることができる。
【0025】
本発明のバイオマーカーは哺乳動物由来である。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類を挙げることが出来る。哺乳動物は好ましくは霊長類、より好ましくはヒトである。また、本発明のバイオマーカーを後述のように化合物毒性の予測や化合物のスクリーニングに使用する場合には、マウスやラット等の実験動物が好適に用いられる。
【0026】
本発明の肝障害検査用バイオマーカーとして、一次胆汁酸、特にコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸が同定された経緯を以下に示す。
本発明者らは、トキシコゲノミクスによる安全性バイオマーカーの探索を行なう過程で、肝毒性を誘発することが報告されているアセトアミノフェン(APAP)を経口投与したラットの肝臓及び血漿を用いてメタボロミクスを行った。ラットにAPAPを経口投与し、経時的に肝及び血漿を採取した。肝及び血漿サンプルからはキャピラリー電気泳動質量分析計(CE−TOFMS)による514種類の代謝標準物質のメタボロミクスを、肝からは別にRNAを抽出しマイクロアレイ解析を行なった。結果、肝臓内でのグルタチオンの枯渇に関連して、胆汁酸の量及びその構成比に変動が起こることが確認された。上記により一次胆汁酸は肝障害、特にグルタチオン過剰利用型の肝障害検査用バイオマーカーとして、あるいは投与される化合物がグルタチオン過剰利用型の肝障害を誘発するか否かを予測する際の指標マーカーとなり得る。
【0027】
本発明のバイオマーカーを用いた肝障害の検査は、被験者より採取した生体検体に含まれる一次胆汁酸を検出又は定量することによる。当該検査において、生体検体は被験者から採取した末梢体液(尿、血漿、血清等)が挙げられ、好ましくは該血漿や血清である。
【0028】
生体検体中の本発明のバイオマーカーの検出又は定量の方法は、当該バイオマーカーの検出又は定量が可能な方法であれば良く、特に限定されない。ここで定量とは、バイオマーカーである一次胆汁酸、特にコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸の量(検体中の濃度)を定量することである。各成分の検出・定量はいかなる方法によって行なってもよく、各成分を同時検出してもよいし、それぞれ別個に検出してもよい。各成分を同時検出する方法としては、例えば核磁気共鳴法(例:H NMR、13C NMR)、ガスクロマトグラフィー(GC)法、ガスクロマトグラフィー−質量分析(GC−MS)法、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法、HPLC−NMR法、液体クロマトグラフィー−質量分析(LC−MS)法、LC−MS−MS法、薄層クロマトグラフィー−質量分析(TLC−MS)法、キャピラリー電気泳動質量分析計(CE−TOFMS)、イムノアッセイを利用する方法(ラジオイムノアッセイ等)等が挙げられるが、これらに限定されない。各検出方法における各種パラメータなどの測定条件については、測定物質の種類等に応じて当業者は容易に適宜選択して行うことができる。
【0029】
本発明は、上記バイオマーカーを用いた、化合物による肝障害の予測方法を提供する。当該予測方法は、具体的には以下の工程を含む。
工程1:化合物を投与された哺乳動物より採取した試料中のコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸を検出しその量を対照と比較する工程、
工程2:該試料中のグリココール酸/タウロコール酸の構成比を測定する工程、及び
工程3:工程1及び工程2の結果を指標として該化合物の肝障害誘発性を予測する工程
【0030】
本発明の予測方法の適用対象となる哺乳動物は、事前に化合物を投与されたものであれば動物種に特に制限はなく、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類を挙げることが出来る。動物の性別、齢、体重等は特に制限されず、動物種によっても異なるが、例えばヒトの場合、母体保護の観点などから、第I相試験では、通常健常成人男性が好ましく選択される(女性・小児特有の疾患治療薬や抗癌剤などの場合はこの限りではない)。また、ラットの場合は、約2〜約24月齢、体重約100〜約700gのものが好ましく用いられるが、これに限定されない。
哺乳動物がヒト以外である場合、遺伝学的および微生物学的に統御されている動物個体群を用いることが好ましい。例えば、遺伝学的には近交系、クローズドコロニーの動物を用いることが好ましく、ラットの場合、例えばSprague−Dawley(SD)、Wistar、LEW等の近交系ラットが挙げられ、マウスの場合、BALB/c、C57BL/6、C3H/He、DBA/2、SJL、CBA等の近交系マウスおよびDDY、ICR等のクローズドコロニーマウスが挙げられるが、これらに限定されない。また、微生物学的にはコンベンショナル動物であってもよいが、感染症の影響を排除する観点から、SPF(specific pathogen free)もしくはノトバイオートグレードのものを用いるのがより好ましい。
【0031】
哺乳動物に投与される化合物としては、例えば医薬または動物薬の候補化合物(被験動物がヒトの場合は臨床試験段階の化合物)などが挙げられる。
哺乳動物に化合物を投与する方法は特に制限されず、例えば、試験化合物を固形、半固形、液状、エアロゾル等の形態で経口的もしくは非経口的(例:静脈内、筋肉内、腹腔内、動脈内、皮下、皮内、気道内等)に投与することができる。試験化合物の投与量は、化合物の種類、動物種、体重、投与形態、投与期間などによって異なり、例えば3日間程度の短期間投与の場合、動物が生存し得る範囲で、標的器官の細胞が生存し得る最高濃度の試験化合物に一定時間以上曝露され得るのに必要な量などが挙げられる。臨床試験においては、前臨床試験で得られたデータに基づいて設定された範囲内で種々の投与量が選択される。投与は1回ないし数回に分けて行うことができる。投与から試料採取までの時間は動物種、試験化合物の投与量、体内動態等によって異なるが、例えばラットの場合、高用量を短期間投与する場合は、初回投与から約1〜約7日間、好ましくは約3〜約5日間である。また、低用量を長期間投与する場合は、初回投与から約1ヶ月以上、好ましくは約2〜約6ヶ月程度が挙げられる。
【0032】
投与期間中の給餌・給水、明暗周期などの飼育方法は特に制限されないが、例えばラットやマウスなどの場合、市販の固形もしくは粉末飼料と新鮮な水道水もしくは井戸水を自由摂取させ、12時間明期/12時間暗期のサイクルで飼育する方法が挙げられる。必要に応じて一定時間絶食および/または絶水させることもできる。
【0033】
本発明の予測方法に用いられる哺乳動物より採取される試料は、一次胆汁酸、特にコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸が検出され得る生体試料であれば特に制限はない。被験動物への侵襲が少ないこと、及びグルタチオン枯渇に連動した胆汁酸の構成比の変動が顕著に観察されることから末梢体液(尿、血漿、血清)、特に血漿や血清を用いることが好ましい。
【0034】
末梢体液の採取方法としては、例えば尿の場合、ヒトであれば通常の検尿の方法が挙げられ、非ヒト哺乳動物であれば、化合物の投与から一定時間経過後に仙椎刺激もしくは膀胱圧迫により新鮮尿を強制採取するか、代謝ケージを用いて採尿容器内に一定時間(例えば約1〜約24時間、好ましくは約3〜約12時間)内の自然排泄尿を蓄尿することにより行うことができる。特殊な手技を必要としないことやデータのばらつきが少ない等の点では後者が好ましい。蓄尿する場合、尿中代謝物の変化を防ぐために採尿容器を氷冷しておくことが好ましく、また、防腐剤としてトルエン、チモール、濃塩酸等を微量滴下しておいてもよい。さらに、尿の蒸発を防ぐために採尿容器に少量の流動パラフィンを添加することもできる。採取した尿は必要に応じて遠心分離等により上清を精製した後測定に供されるが、測定までに時間を要する場合は凍結保存し、用時融解して用いてもよい。
【0035】
血漿の場合は、ヒトであれば通常の採血方法により肘の裏側や手の甲等から静脈血を採取し、非ヒト哺乳動物であれば、尾静脈、尾動脈、眼窩静脈叢を傷つけて流出した血液を毛細管などを用いて採取し、必要に応じてヘパリン、EDTA、クエン酸ナトリウム等の抗凝固剤を添加して遠心分離もしくは血漿分離膜による濾過により血球を分離除去することにより調製することができる。血清の場合は、同様に採取した血液を一定時間以上放置して血餅を形成させた後、遠心分離等により上清を採取することにより調製することができる。血漿、血清とも測定までに時間を要する場合は凍結保存して用時融解して用いることができる。
【0036】
本発明の予測方法では、上記のようにして得られた検体中の、コール酸(CA)、グリココール酸(GCA)及びタウロコール酸(TCA)を検出・定量する。
哺乳動物においては、コール酸は、胆汁酸CoA:アミノ酸−N−アシルトランスフェラーゼ(EC.2.3.1.65)の働きによるタウリン抱合又はグリシン抱合によりそれぞれTCA及びGCAに変換される(図4)。本発明者らは、正常の場合ではTCA及びGCAの血中における量関係がGCA<TCAであるのに対して、グルタチオン枯渇状態の場合には、胆汁酸(CA、GCA及びTCA)の総量が有意に増加することに加えて、その量関係がGCA>TCAと逆転すること、すなわち、グルタチオン枯渇状態ではGCA/TCAの構成比が1よりも大きくなることを見出した。ここで、「有意に」とは対照と比較した場合、その差が統計学的に有意であることを意味する。
従って、検体中のCA、GCA及びTCAの量を測定し、さらにGCAとTCAとの構成比を測定して化合物非投与の場合(対照)のそれと比較し、その結果、(1)CA、GCA及びTCAの総量(CA+GCA+TCA)が増加し、且つ(2)GCA/TCAの構成比が1よりも大きければ、その化合物はグルタチオン過剰利用型肝障害誘発性であると予測することができる。
CA、GCA及びTCAはいかなる測定方法によって検出してもよく、各成分を同時検出してもよいし、それぞれ別個に検出してもよい。具体的には、本発明のバイオマーカーを検出又は定量する方法として上記した方法と同様な方法が用いられる。
【0037】
本発明の予測方法の確度は、病理組織学的変化の観察などにより評価することができる。さらに、肝から抽出したRNAを用いたマイクロアレイ解析を同時に行い、その結果に基づいて確認することができる。
【0038】
本発明の予測方法によれば、1日程度の比較的短期間の測定であっても、GCA/TCAの構成比が1よりも大きくなり、グルタチオン過剰利用型の肝障害誘発性であると予測することができる。このように、本発明の予測方法は、より短期間に陽性・陰性の確度の高い判定が可能であり、従って医薬品開発の初期段階においては開発化合物のスクリーニングの効率化を図ることができ、一方、臨床試験段階においては、具体的な症状を発現する以前に肝毒性の発症リスクを予見することができ、被験者の危険を低減することができる。
【0039】
本発明は、上記バイオマーカーを用いた、グルタチオン枯渇状態であるか否かを診断する方法を提供する。当該診断方法は、具体的には以下の工程を含む。
(1)診断対象の哺乳動物より採取した試料中のコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸を検出しその量を健常な哺乳動物より採取した試料(対照)と比較する工程、
(2)該試料中のグリココール酸/タウロコール酸の構成比を測定する工程、及び
(3)上記(1)及び(2)の結果を指標としてグルタチオン枯渇状態であるか否かを診断する工程、
を含む方法。
ここで、グルタチオン枯渇状態とは、上述の通り、アセトアミノフェン等の種々の薬物によって引き起こされる肝臓中のグルタチオン濃度の著しい減少、あるいはγグルタミルシステイン合成酵素欠乏症やグルタチオン合成酵素欠乏症等で観察される肝臓中のグルタチオン濃度の著しい減少をいう。
診断対象は、具体的には、グルタチオン枯渇が疑われる、あるいは副作用としてグルタチオン枯渇を引き起こすことが報告されている薬物を投与した患者である。「健常」とは、他のバイオマーカーによる評価、あるいは病理組織学的評価によっても肝障害を生じているとは認められない場合を意味する。
各工程は、上記した、本発明の肝障害の予測方法における各工程と同様にして実施される。
最終的には、当該診断方法は、工程1において、試料中の1次胆汁酸(コール酸(CA)、グリココール酸(GCA)及びタウロコール酸(TCA))の総量が対照に比べて有意に多く、且つ工程2において、GCA/TCAの構成比が1よりも大きい場合に、グルタチオン過剰利用型の肝障害が発生していると判断する工程を含む。試料中の1次胆汁酸(CA+GCA+TCA)の総量が対照に比べて有意に多いが、工程2において、GCA/TCAの構成比が1以下である場合には、その肝障害は、肝障害誘発性ではあるがグルタチオン過剰利用型の肝障害ではないことが予測される。
グルタチオン過剰利用型の肝障害の判定基準を図6に模式的に示す。
【0040】
本発明はまた、本発明の予測方法や診断方法に好適に用いることができるキットを提供する。本発明のキットは、一次胆汁酸、特にコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸の測定用試薬を含むことを特徴とする。測定用試薬としては、定量的解析を可能とするものである限り特に限定されない。具体的には、本発明のバイオマーカーを検出又は定量する方法として上記した方法が実施可能な試薬を含む。
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、これらは単なる例示であって本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0041】
(1)材料と方法
<アセトアミノフェン(APAP)投与ラットのメタボロミクス>
APAP投与ラットの肝臓サンプル、血漿サンプルを用いて測定した。
陽イオン測定、陰イオン測定、ヌクレオチド測定用の3種類のキャピラリー電気泳動−質量分析計(CE−MS)の分析条件で合計514種類の代謝標準物質(陽イオン性293種類、陰イオン性191種類、ヌクレオチド類30種類)を測定し、この標準物質を用いて、APAP経口投与(1000mg/kg)ラット及びコントロールラットの投与後3、6、9、24時間後の肝臓と血漿中の代謝物を同定し、定量した。各時間でAPAP経口投与ラットとコントロールラットの測定結果に対して両側検定(T検定)を行なった。
【0042】
1.APAP経口投与ラット又はコントロールラットからの試料調製
雄性ラット(Crl:CD(SD)IGS;6週齢)にAPAP(体重1kgあたり1000mg)又はコントロールとして生理食塩水を単回経口投与した。自由給水、自由給餌で飼育した。APAP経口投与3、6、9、24時間後のラットから肝臓及び血漿を採取した。各ポイントで1群あたり5匹のラットを用いた。
【0043】
2.サンプルの前処理、測定(血漿)
メチオニンスルホン、MES及びCSA(10−カンファースルホン酸)を各20μMとなるように調製したメタノール溶液450μLに血漿50μLを加え攪拌した。さらにクロロホルム500μL、ミリQ水200μLを加えて攪拌し、4℃、4,600gで5分間遠心分離した。上層の水−メタノール層から取れる限りの量を限外濾過フィルター(分画分子量5,000Da)にとり、4℃、9,100gで2時間遠心分離した。濾液200μLを遠心濃縮したものをサンプルとした。測定前に3−アミノピロリジン及びトリメサートを各200μM含有する水溶液25μLで溶解し、表1及び2に示すCE−TOFMS測定条件で測定した。血液からのサンプル調製の手順を図7に示す。
【0044】
3.サンプルの前処理、測定(肝臓)
メチオニンスルホン、MES及びCSA(10−カンファースルホン酸)を各20μMとなるように調製したメタノール溶液625μLに肝組織(約30〜60mg)を浸漬し、ジルコニアビーズ(5mm×2,3mm×4)を用いて組織を破砕した。上清の水−メタノール層より取れる限りの量を限外濾過フィルター(分画分子量5,000Da)にとり、4℃、9,100gで3時間遠心分離した。濾液300μLを遠心濃縮したものをサンプルとした。測定前に3−アミノピロリジン及びトリメサートを各200μM含有する水溶液50μLで溶解し、表1及び2に示すCE−TOFMS測定条件で測定した。組織からのサンプル調製の手順を図8に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
4.サンプルの定量
代謝物質標準液(STD)は表3に記載の濃度に調製し、各測定条件の最初に対応するSTDを測定した後でサンプルを測定した。
【0048】
【表3】

【0049】
血漿中の各成分の濃度は内部標準検量法に従い、メタノールと血漿との懸濁液中の内部標準物質(IS)濃度を18μMとして下記式を用いて算出した。
【0050】
【化3】

【0051】
肝臓中の各成分の濃度は内部標準検量法に従い肝臓を破砕後のメタノール中のIS濃度を20μMとして下記式を用いて算出した。求められたメタノール中の濃度よりメタノール625μL中のモル数を求め、各サンプルの重さ(g)で割り、肝臓1gあたりのモル数を求めた。
【0052】
【化4】

【0053】
<アセトアミノフェン(APAP)投与ラットの生化学的検査>
上記メタボロミクスで用いたAPAP経口投与ラット又はコントロールラットに対して、APAP投与3、6、9及び24時間後に、肝障害のマーカーとして一般的に用いられているAST及びALTの血中濃度を測定した。
AST及びALTは通常当分野で実施されている方法を用いて測定した。即ち、AST及びALTはJSCC常用基準法によって測定した。
<アセトアミノフェン(APAP)投与ラットの組織病理学的所見>
上記メタボロミクスで用いたAPAP経口投与ラット又はコントロールラットに対して、APAP投与3、6、9及び24時間後に病理組織学的な評価を行なった。
病理組織学的な評価としては、肝細胞の好酸性変化、壊死、炎症性細胞の浸潤及び細胞の腫脹の有無、程度を観察することにより行なった。各時点で採取した肝組織を10vol%中性緩衝ホルマリンで固定後、定法に従ってパラフィン包埋、薄切標本作製、ヘマトキシリン・エオシン染色し、肝組織及び/又は肝細胞を顕微鏡下で観察することにより評価した。
<遺伝子レベルでの解析>
アフィメトリクス社のGeneChipを用いて測定された遺伝子発現の数値をMAS5.0アルゴリズムを用いて正規化等の処理をした後、同様に処理したコントロールデータに対して、Log2で対数変換することにより、遺伝子レベルでの各分子の発現レベルを確認した。
例えば後述の、胆汁酸CoA:アミノ酸−N−アシルトランスフェラーゼ(EC.2.3.1.65)の発現量は、アフィメトリクス社のGeneChip(Rat Genome 230 2.0 Array)とラットの肝臓および血漿画分を用いて、各画分に含まれる核酸分子をGeneChip上の核酸アレイとハイブリダイズさせ、1つまたは複数の標識成分で標識して、ハイブリダイズしたポリヌクレオチド複合体を検出することにより測定した。
【0054】
(2)結果
APAPを経口投与して24時間後には、ASTやALTが1.5〜2.7倍増加し、その時点で小葉中心性に肝細胞の好酸性化、壊死及び肝細胞腫大並びに肝細胞の浸潤が認められた。即ち、APAPを経口投与して24時間で肝毒性が起こっていることが確認された(図2)。
メタボロミクスにより、肝からは226種類、血漿からは147種類の代謝物を同定、定量することができた。肝ではコントロールに対して109種類の、血漿では60種類の有意な変動が検出された。投与後24時間において、肝における還元型グルタチオンの減少と同時にオフタルミン酸とその前駆物質の増加が観察された。
さらに、血漿中の一次胆汁酸濃度に有意な変動が観察された(図2)。
図2より明らかなようにAPAP経口投与24時間後(この時点では肝毒性が起こっている)では、コール酸及びグリココール酸の血漿中の濃度の有意な上昇が観察された。一方、タウロコール酸はAPAP経口投与24時間後においてもその血漿中濃度に有意な変化が認められなかったが、肝毒性により細胞が死んでいる(ASTやALTの上昇、病理組織学的評価から明らか)ことを考慮すれば、肝細胞あたりで見れば実際にはタウロコール酸の産生量は2倍程度上昇しているものと考えられた。
以上の知見より、コール酸及びグリココール酸とともに、タウロコール酸も肝障害、特にグルタチオン過剰利用型の肝障害のバイオマーカーとして機能し得ることが示された。
【0055】
一次胆汁酸のバイオマーカーとしての機能をより明確にするために、コール酸、グリココール酸及びタウロコール酸の血漿中濃度の合計(以下、便宜上、「一次胆汁酸総量」とも称する)を棒グラフに、グリココール酸及びタウロコール酸の血漿中濃度をそれぞれ折れ線グラフにしたものを組み合わせた。結果を図3に示す。APAPを経口投与したラットから採取したサンプルはいずれも血漿中の一次胆汁酸総量が対照に比べて増加し、さらに一次胆汁酸の構成比に変化が認められた。APAPを投与することにより血漿中の濃度がグリココール酸>タウロコール酸となった(=グリココール酸/タウロコール酸の構成比が1よりも大)。一方、APAP処理していないラットでは、血漿中の一次胆汁酸総量が極端に少ないコントロール4以外では、いずれもグリココール酸<タウロコール酸という、APAP処理したラットとは逆の結果を示した。
【0056】
図3及び図4から明らかなように、肝代謝において、システインはグルタチオン生成経路とコレステロール代謝経路の両方に作用する。APAPを投与することによってシステインのグルタチオン生成経路への寄与が優先して進行し、それに伴ってコレステロール代謝経路で利用されるタウリンの量が減少する(タウリンの量は一次胆汁酸同様メタボロミクスにより測定)。一方でグリシンの量は減少せず(グリシンの量も同様にメタボロミクスにより測定)、さらに、コレステロール代謝経路でコール酸をタウリン抱合する、あるいはグリシン抱合するのに利用される酵素である胆汁酸CoA:アミノ酸−N−アシルトランスフェラーゼ(EC.2.3.1.65)の発現量はAPAP投与によってほぼ一定である。
従ってAPAP投与によるグルタチオンの枯渇状態がタウリンの減少を招き、それに伴って血漿中のタウロコール酸とグリココール酸の量関係を逆転させることになる。
これらの知見に基づいて、グルタチオン過剰利用型の肝障害の判定基準が得られた(図6)。
【0057】
メタボロミクスデータを解析した結果、図4にある4遺伝子が関連することが判明し、トキシコゲノミクスから得られた遺伝子発現情報を用いて判別分析をおこなった。まず、文献情報等を用いて、グルタチオン過剰利用型枯渇を起こす化合物(12個)と、グルタチオン枯渇を起こさない化合物(46個)に分類し、学習セットを作った。ここではそれぞれをポジ化合物、ネガ化合物と呼称する。つぎに、線形判別を用いて、4遺伝子の発現変動で、ポジ化合物とネガ化合物を分類可能であることを判別分析で確認し、学習セットを含めた化合物の予測を行った。用いた遺伝子は以下の4遺伝子である。
【0058】
Gclc : Gamma-glutamylcysteine synthetase (EC 6.3.2.2)
Gss : Glutathione synthetase (EC 6.3.2.3)
Cyp7a1 : Cytochrome P450, family 7, subfamily A (EC 2.3.1.65)
Baat : Bile acid-CoA: amino acid N-acyltransferase (EC 1.14.13.17)
【0059】
判別分析の結果、高い判別率で判別できた一例を下に示す。
変数名が1370688_at_Gclc_24_3hr である場合、
1370688_atがアフィメトリクス社のプローブID、
Gclcが遺伝子の略称、
24_3hrが24時間の発現値から3時間の発現値の差分を示す。
他の判別関数の変数についても同様のルールで表示する。変数の種類とその係数を表4に、その判別結果を表5に示す。
【0060】
【表4】

【0061】
【表5】

【0062】
上記の判別空間にポジネガ化合物以外の遺伝子発現値を投影することにより、ポジらしい化合物からネガらしい化合物、もしくはその逆順に、順位付けを行った。ポジ化合物が上位中心に順位付けされた (表6:表6−1、表6−2)。
かかる結果は、グルタチオン枯渇に関与する遺伝子としてGclc、Gss、Cyp7a1、及びBaatという4種の遺伝子を選択することの妥当性を示し、さらにそれらの発現変動の相互関係がグルタチオン過剰利用による枯渇をおこす化合物を選別するのに妥当であることが示された 。
表6は、線形判別分析の結果から得られた得点順化合物を抜粋した結果を示す。線形判別で用いた学習セットはPosiおよびNegaと表記した(すべて表示)。学習セット以外の化合物はunknownと表記した(上位下位それぞれ10個を表示)。
【0063】
【表6−1】

【0064】
【表6−2】

【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は肝障害、特にグルタチオン過剰利用型の肝障害の有無を評価するのに有用であり、従ってグルタチオン過剰利用型の肝障害誘発性の肝毒性を予測し、より安全性の高い薬物をスクリーニングすることが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一次胆汁酸からなる、肝障害検査用バイオマーカー。
【請求項2】
肝障害が、グルタチオン過剰利用型肝障害である、請求項1記載のバイオマーカー。
【請求項3】
一次胆汁酸が、コール酸、グリココール酸及びタウロコール酸である、請求項1又は2記載のバイオマーカー。
【請求項4】
一次胆汁酸が、ケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸である、請求項1又は2記載のバイオマーカー。
【請求項5】
化合物による肝障害の予測方法であって、
(1)化合物を投与された哺乳動物より採取した試料中のコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸を検出しその量を対照と比較する工程、
(2)該試料中のグリココール酸/タウロコール酸の構成比を測定する工程、及び
(3)上記(1)及び(2)の結果を指標として該化合物の肝障害誘発性を予測する工程、
を含む方法。
【請求項6】
化合物による肝障害の予測方法であって、
(1)化合物を投与された哺乳動物より採取した試料中のケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸を検出しその量を対照と比較する工程、
(2)該試料中のグリコケノデオキシコール酸/タウロケノデオキシコール酸の構成比を測定する工程、及び
(3)上記(1)及び(2)の結果を指標として該化合物の肝障害誘発性を予測する工程、
を含む方法。
【請求項7】
工程(1)において、試料中のコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸の総量が対照に比べて有意に多く、且つ工程(2)において、グリココール酸/タウロコール酸の構成比が1よりも大きい場合に、該化合物が肝障害を誘発すると判断することを特徴とする、請求項5記載の方法。
【請求項8】
工程(1)において、試料中のケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸の総量が対照に比べて有意に多く、且つ工程(2)において、グリコケノデオキシコール酸/タウロケノデオキシコール酸の構成比が1よりも大きい場合に、該化合物が肝障害を誘発すると判断することを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項9】
肝障害が、グルタチオン過剰利用型肝障害である、請求項5〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
試料が、血清又は血漿である、請求項5〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
グルタチオン枯渇状態を診断する方法であって、
(1)診断対象の哺乳動物より採取した試料中のコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸を検出しその量を健常な哺乳動物より採取した試料(対照)と比較する工程、
(2)該試料中のグリココール酸/タウロコール酸の構成比を測定する工程、及び
(3)上記(1)及び(2)の結果を指標としてグルタチオン枯渇状態か否かを診断する工程、
を含む方法。
【請求項12】
グルタチオン枯渇状態を診断する方法であって、
(1)診断対象の哺乳動物より採取した試料中のケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸を検出しその量を健常な哺乳動物より採取した試料(対照)と比較する工程、
(2)該試料中のグリコケノデオキシコール酸/タウロケノデオキシコール酸の構成比を測定する工程、及び
(3)上記(1)及び(2)の結果を指標として該化合物のグルタチオン枯渇状態か否かを診断する工程、
を含む方法。
【請求項13】
工程(1)において、試料中のコール酸、グリココール酸及びタウロコール酸の総量が対照に比べて有意に多く、且つ工程(2)において、グリココール酸/タウロコール酸の構成比が1よりも大きい場合に、グルタチオン枯渇状態であると診断することを特徴とする、請求項11記載の方法。
【請求項14】
工程(1)において、試料中のケノデオキシコール酸、グリコケノデオキシコール酸及びタウロケノデオキシコール酸の総量が対照に比べて有意に多く、且つ工程(2)において、グリコケノデオキシコール酸/タウロケノデオキシコール酸の構成比が1よりも大きい場合に、グルタチオン枯渇状態であると診断することを特徴とする、請求項12記載の方法。
【請求項15】
試料が、血清又は血漿である、請求項11〜14のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−2610(P2012−2610A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−136687(P2010−136687)
【出願日】平成22年6月16日(2010.6.16)
【出願人】(505314022)独立行政法人医薬基盤研究所 (17)
【Fターム(参考)】